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チュ♪
「聖様・・・、卒業しちゃってもいいですよ」
「・・・・・」
「それじゃあ」
「・・・・・、祐巳ちゃん」
祐巳が教室を出て行った後、まだその場から動かない聖。
―――腰、抜けちゃったかも。
ふと思い、優しい唇が触れたあたりを、手でそっとなぞる。
―――少し、震えていたな。
なぞった手を、そのまま自らの唇へ運び、そして口付ける。
「え?ええ?イチゴ牛乳味??」
―――レモンじゃないんだ。
―――でも、祐巳ちゃんらしいかな。
< 了 >
なぜ、死んでしまったの
なぜ、死んでしまうの
なぜ、生きているの
なぜ、死なせてくれないの
悲しみを癒すものはなく
それでも明日はやってくる
※ オリキャラのみです、個人的に暗めに書いたつもりなのでご注意ください
「お嬢様、お友達の方が迎えにいらしてますよ」
「今行きます」
週に一度の剣道は私が楽しみにするただひとつの習い事だった
家でも幼稚舎でもいつも一人、人形のようにじっとしていた、友達なんていなかった
大人が私を気にかけてくれるのにはわけがあるということは直感的にわかった
誰も私を私として見てくれない、そんな中で私は育った
「おっす、元気にしてたか?」
「まあまあ、ってところね」
習い事がない日のほうが珍しい生活を送るようになって久しいことは彼女も知っていた
そしてそういうことでは疲れなくなっているということも
だからこそ、彼女と過ごすひと時が幸せに感じられたのだ
「じゃあいこうか」
「はい」
「「いってきます」」
どこかに出かけるときには必ず大人が一緒だった、それがどんな近くであっても
有馬道場だって例外ではなかった
最初のころは笑われることもあった、いじめられることもあった
でも、それも昔の話
「今日もがんばろうね」
「うん」
彼女は私が入門した三ヵ月後にやってきた
男の子のような彼女に、皆が憧れていた
そして彼女は私を選んだ
曰く、寂しそうだったから
「昔と比べてほんとに強くなったよね、僕たち」
「うん」
聞けば彼女も似たような環境で育ったらしい
私と違ったのは彼女は親に反抗し続けてきたということ
私は彼女に安らぎを与え彼女は私に勇気をくれた
二人でいればできないことなどない、そう思えるような日々を私たちは過ごした
「こうやって一緒に道場に行けるのも……」
「幸せ?」
「うん」
一緒に道場に通おうと言い出したのはどちらだったか、もう覚えていない
二人が欲したのは二人だけの時間
私の生まれて初めてのわがままは彼女の熱心な説得もあって聞き入れられた
彼女の両親も私たちを引き離すことはできなかった
「好きだよ」
「わたしもよ」
私たちの関係を快く思わない人はそれこそたくさんいた
それでも私たちの周りに人が集まり始めた
私たちに“友達”と呼ぶべき存在が生まれた
私たちを“私たち”と呼ぶ意味が生まれた
この時間が私たちを世界につなげとめていた
たとえ何があっても二人が一緒にいられる
世界が二人のために時間を止めてくれる
一瞬の永遠が私たちのすべてだった
突然始まった物語は突然の終わりを迎える
強い光とけたたましい音、何かの焦げるようなにおいだけが頭に残っている
気がつくと私は病院のベッドの上にいた
周りの人は皆、闇を身に纏っていた
澄みわたる青空に一条の煙が走っていった
それはとても懐かしく、そして悲しい色をしていた
まるで夢のようで、それでいてリアルな世界が私を包んでいた
私は、誰?
ごきげんよう。【No:2988】の続きです。
雪美にはこれから出雲の方で出来ないことをやっていってもらおうと思っています。
雅様…お姉さまと『姉妹』になって数日、部室に行く前に必ず寄る場所があります。
それはお姉さまと永遠の愛を誓った場所…お聖堂です。
なぜか足を運んでしまうのです。
今日ももちろん来ました。
ただ今日は先客がいるようです。
それにパイプオルガンの音まで聞こえてきます。
しかも演奏されている曲はフランスの作曲家、シャルル・マリー・ヴィドールの『オルガン交響曲第5番』。オルガンのみで演奏される曲です。
しかし、なんて渋い選曲なんでしょう。私はこの曲が好きなので気にはしませんが…
お聖堂にいたのは写真部の先輩、あきら様とベージュ様でした。
オルガンを弾いているのはベージュ様…なんといいますか…似合いすぎです。
ステンドグラスから漏れてくる柔らかな光が彼女たちを照らし、この世のものとは思えないほど美しい光景でした。
ベージュ様の奏でるオルガンを聴きながらうっとりしているあきら様はすごく幸せそうで…なぜか涙が出てきそうになってしまいました。
あきら様は私の存在に気付いたのか、私に微笑みかけてきました。
明朗快活で普段は向日葵のように笑うあきら様。
だけど今あきら様が浮かべた笑顔…微笑みは正に女神様の微笑み。美しすぎて思わずドキッとしてしまいました。
手招きをするあきら様に促され、二人のそばへ。
あきら様の隣に座り、しばらくの間ベージュ様を眺めます。
白く、細く、美しい指がよく手入れされたオルガンの鍵盤の上で踊っています。
これではうっとりしてしまうのも無理はないでしょう。
「ベージュちゃん綺麗でしょう?」
「…はい」
「あたしたちはね、この時間が何よりも好きなんだ。誰にも譲ることが出来ない大切な時間って誰にだってあるでしょう?」
「…ええ」
「あたしたちにとって今こうしている時間がそうなんだ…大好きなベージュちゃんと二人きり、今は雪美ちゃんも一緒だけど、二人だけで一緒にいる時間が何よりも大切で幸せなの。そういうわけだから、あたしたち今日の部活はお休みするね」
「はい、わかりました」
そういって微笑むあきら様。
オルガンを弾きながらベージュ様も微笑んでくださいました。
少しお祈りをしてお聖堂を出ました。
お二人から幸せを少し分けてもらった気がします。
「ごきげんよう」
写真部の部屋に入ると、受験対策講習とかでいない三年生以外はみなさんそろっていました。
「ごきげんよう、雪美。遅かったじゃない、どうしたの?」
「あの、お聖堂に行って来たのですが、そこであきら様たちに会いまして」
「じゃあ今日はあの二人来ませんね」
「琴美様。どうして分かったのです?」
「いつもの事だから」
「はあ…」
「あの二人はさ、ご両親たちも認めているというか、諦めているというか…」
「愛し合っているんですよ。もちろん友達としてではなく、恋人同士として」
「そうなのですか」
「ええ、二人とも似たようなネックレスしているでしょう?」
「……あれはロザリオじゃないんですか?」
今まで黙って話を聞いていた美影さんも口を開きます。
「あれはロザリオじゃないわ。あれはネックレスよ。プラチナ製の」
「そして、あのネックレスにはやっぱりプラチナ製の指輪が通してあるの。ペアリングよ」
「「ペアリングですか?!」」
「ええ。いつかは分からないけど指輪交換したらしいわ」
「「……」」
「あの二人は幼馴染でね、いつも一緒にいたらしいよ。小さい頃からお互い好き合ってて、引き返すことが出来ない関係にまでなったのよ」
「ベージュさんはあの通りの抜群の容姿と優れた学力で、素晴らしいオルガニストでもあるけど、反面気がちょっと弱くてね、初等部や中等部の頃はあきらさんの後ろに隠れているような人だったの」
「そんなベージュに自信を付けさせたのもあきらだから、ベージュにとってあきらは最上位の存在なのよ」
「あきらさんはあきらさんでベージュさんに一目惚れした、とか言ってるからもうある意味手遅れなのよ、あの二人」
お姉さまと琴美様が交互にあきら様とベージュ様の事を教えてくれます。
「……素敵な関係なのですね」
「そうね、憧れるわね」
私もお姉さまとそんな関係になりたいですね。
「ところでさ、雪美。明日デートしない?」
「え?!デートですか?」
「そう。それで写真部らしくいろんな写真撮りながら。素敵でしょ?」
「はい!」
「じゃあ決まりね」
お姉さまとデート。最高です。何を着ていきましょうか…
「あのう…お邪魔じゃなければ…」
「美影ちゃんも一緒に行きたいの?」
「…すみません」
「……別にいいけど、雪美は?」
「お姉さまと二人きりではないのは残念ですけど…美少女なお二人と一緒にお出かけなんてそれはそれで…いいですよ」
「…私はともかく、あんたも美少女でしょ?まあ、そういうわけだから、一緒に遊ぼう、美影ちゃん」
「ありがとうございます!」
ふふふ。美影さん嬉しそうです。いいことをしたと思います。でも次はお断りですよ、美影さん?
「じゃあ、どこにいこっか?」
「そうですね」
楽しそうに話を始める私たち。そんな私たちの輪に入ってくる一つの黒雲、負のオーラ。
「………あの、私は仲間外れですか?」
「……琴美、ごめん。あんたも来る?」
「………はい!」
琴美様ってさみしがり屋さんなのでしょうか?可愛いですけど。
「じゃあ、改めて何処に行く?」
「私は連れて行ってもらえるだけで嬉しいですから…」
「すぐには思いつきません」
「そうよね〜。私も見切り発車で雪美を誘ったから…」
お姉さま、結構無責任ですね…
手詰まりかと思った時…
「私、行きたいところがあるのですが…」
「どこ、美影ちゃん」
「西武新宿線の南大塚です」
「……あそこってなにかあったっけ?」
地元の方々なら遊べるスポットをいくつか知っているかもしれませんが…
「とりあえず行きたいのです」
「わかったわ。そこにしましょう」
「雅さん、ほんとにいいんですか?」
「いいじゃない、他に案は無いわけだし」
「そうですね、それでみなさん。待ち合わせはどうなさいますか?」
「やっぱりK駅でしょう。そこで電車に乗って所沢から新宿線に乗り換えていきましょう?」
「ええ…」「わかりました」
「………」
なぜか返事をしない美影さん。少し震えていますがどうしたのでしょう?
所沢で何か嫌なことでも?
「美影ちゃん?どうしたの?」
「…………せん」
「「「……?」」」
やっと何かを言ったと思えば小さすぎて聞こえません。美影さんを除く私たちはなんだろうと顔を見合せます。
「あの、美影さん?」
「全然わかっていません!!!」
「うわあ!」
突然大きな声を出す美影さん。わけがわからない。
「……わかってないって、何が?」
美影さんのあまりの剣幕におずおず質問する琴美様。
「もちろん、鉄道の楽しみ方です!電車に乗る時の楽しみ方です!!その鉄道の途中から乗ってどうするんですか?!!新宿線だったら西武新宿から乗らなきゃだめなんです!!」
「……美影ちゃん…」
「わかりましたか?!」
「……え、ええ。わかったわ。わかったから睨まないで…K駅で待ち合わせて西武新宿まで行って、そこから南大塚を目指せばいいのね?」
「はい!」
つい数分前までと違い、上機嫌の美影さん。どこぞの猛獣みたいですよ…
「二人もそれでいいよね?」
「「ええ(はい)、もちろん(です)」」
こうしてお姉さまとの初めてのお出かけは美影さんに押し切られ南大塚(埼玉川越)に行くことになりました。事前調査が必要ですよね…
「あの、当日は私が案内しますから」
「そうね、お願いね」
「はい」
必要ないみたいです。
なにはともあれ、楽しみですね。
「ふふ、話し合いしたら疲れたわね。今日はこのまま終わりにしようよ、琴美」
「ええ?」
「いいじゃない。おうち帰って明日着ていく服決めたいし」
「…そうね。わかりました。そういえば、美影ちゃん。どんな服がお勧めなのかしら?」
「少し歩きますので、動きやすい服装でお願い致します」
「わかりました」
「はああ〜、ちょっと残念ね」
「どうして?」
「雪美の可愛い私服姿が見れるかもって思ってたから」
「すみません」
「あ、ごめんごめん。別に責めてるわけじゃないよ。まあ今度二人きりの時までのお楽しみにしておこうっと。ね〜、雪美?」
そう言って抱きしめてくるお姉さま。琴美様と美影さんが見ているので少し恥ずかしいですよ…
「お、お姉さま〜」
「うふふふ♪」
そんな私たちのそばで何やら深刻な顔をしている琴美様。
「……ねえ、美影ちゃん。お話がありますから。ついて来てくださいませんか?」
「…?あ、はい。わかりました」
「そういうわけだから、私たちは先に失礼いたしますね」
「ええ、わかったわ。部室の鍵は返しておくわね」
「はい、ありがとうございます。それではまた明日」
「ごきげんよう、雪美さん、雅様」
「「ごきげんよう」」
「琴美、どうしたのかしら?」
「そうですね」
「まあいっか」
「はい」
少々気になりますが、今はお姉さまとの時間を楽しもうと思います。
次の日、K駅。
「ふう、みなさん、まだですかね?」
待ち合わせのK駅に一番乗りの私。
お姉さまはまだでしょうか?
「ごきげんよう、雪美さん」
次に来たのは美影さん。ちょっと残念です。お姉さまだったら少しの間だけでも二人きりだったのですが…そんなこと考えるのは美影さんに失礼ですね。
「はい、ごきげんよう、美影さん」
「雪美さん早いんですね」
「ええ、お姉ちゃんに車で送ってもらいましたから」
「そうですか。私は電車できました」
「ふふ、さすがですね」
「ふふふ」
なんだかんだ言って美影さんとお話しするのも楽しいです。
半刻の後、全員そろったので西武新宿へ。
「西武新宿って変なところにあると思いませんか?」
「そういえばそうね」
「なぜかしら。JRとは違うところにあるわよね?」
「ふふふ、そうですね。今西武新宿が立っているところは、仮の場所ですから…」
「そうなんですか!?」
「はい。本当はJR新宿駅と同じ場所まで延びる予定だったのですが、新宿駅には場所が無く、西武新宿が立っている歌舞伎町の方からもこのままにしておいて欲しい…との声があって今の場所に落ち着いたのですよ。だから西武新宿線の最初の駅、特急の停まる駅にしては狭く中途半端なところに立っているのですよ…ふふふふ」
「そういえば、高田馬場へも近すぎですよね」
「そうでしょう、そうでしょう」
「てゆうか美影ちゃん、マニアック過ぎだわ」
「ふふふふ、光栄の至りです、雅様」
美影さんのマニアックな情報を楽しみながら、新宿線に乗っています。
鷺の宮駅を過ぎたころ…
「そろそろ、西鷺の宮ですね…」
「何言ってるの、美影。鷺の宮の次は下井草でしょう?そんな名前の駅はありませんよ」
「ふふふ、お姉さま甘いですよ。西鷺の宮は“かつて”鷺の宮の次に在った駅ですよ」
「…もう、そんなこと知らないわ」
「ふふふ、むくれないでください、お姉さま。それに可愛いだけですよ?」
「もう!生意気よ、美影!」
「うふふふ…」
「もっとも、西鷺の宮駅は開業してから2年くらいで閉鎖したらしいです。今はかつてのプラットホーム跡に変電所があるくらいです」
凄いコアなネタですよ美影さん。それにしても、『美影』、『お姉さま』?
「ねえ、貴女たち『姉妹』になったの?」
「ええ」
「でもどうして?」
「だって、雅さんたちが羨ましかったし、それに美影ちゃんを妹にしたかったのよ。いいでしょう?」
「へ、へえ〜」
「そういう訳で、今日はダブルデートですよ、雅様」
「そうね、最高じゃない。ねえ、雪美?」
「はい、そうですね」
電車がたくさん置いてある上石神井では、美影さんは電車を降りようとしましたが、琴美様に止められていました。仕方なく電車の中からたくさん電車基地の写真を撮っていました。
こんなにテンションの高い美影さんは初めてで、結構面白いです。
「池袋線の池袋〜椎名町間にもかつて上り屋敷駅っていうのがありまして、西鷺の宮と同時期に廃駅になっているんですよ」
「西武線の中で唯一の独立線、西武多摩川線は私の一押しです!」
どうやら美影さんは電車マニアのようです…
「やっと着いたわね、南大塚」
「各駅にするからですよ…」
「各駅じゃないと楽しくありません」
「そうね、美影。のんびりしている各駅停車の方が楽しいわ。急いでいるわけじゃないしね」
「お姉さま…わかっていただけて嬉しいです」
「今度、多摩川線も乗りに行きましょう?」
「はい!お姉さま!!」
そう言いながら琴美様に抱きつく美影さん。本当にうれしそうです。
「私もそうだけど、妹持つと変わるわね」
「そのようですね」
「さあ、美影ちゃん。これからどうするの?」
「はい。ここからがメインです」
「当たり前でしょ。どこかいい場所があるの?」
「ええ。もうすでに着いていますよ」
「どこなんですか?」
「そこに線路がありますでしょう?それを終点まで辿るんです」
「はい?」
「そこの線路は現在使われてはいませんが、かつては入間川の方から砂利を運ぶのに使われていた立派な鉄道だったのですよ」
「そうなの?!」
「はい。名前を『西武安比奈線』といい私たち電車好きの間ではとても有名な休止路線なのです」
それから少し、本当に少し歩くとかつての踏切がありました。
「本当に鉄道だったのね…駅のあの分岐は引き込み線かと思っていたわ」
「そうですね」
「でもさ、この踏切の向きと、そこの電線を通すための柱があってないわ」
「そうですね…謎です」
「美影ちゃんでも知らないんだ」
「はい。………とっても悔しいです。激しく悔しいです!!」
「美影ちゃん、怖いわ…」
「すみません…」
そしてしばらく歩くと国道16号に出ました。
「………、………。…忌々しい国道16号め!これさえなければ、これさえなければ!!」
「美影さん、怖いですよ…」
「………、ここは踏切だった場所です…かつての道具が残っていたらしいんですが今では撤去したようですね…写真に取りたかった…」
本当に悔しそうです。
そう言えば最初の踏切もここも線路がコンクリートで埋められています。
それを見る美影さんは何やらぶつぶつ言っていてやっぱり怖いです。
近くの歩道橋を渡って反対側へ。
線路の構内へは、柵がしてあって入れませんでした。
「………、なぜこんなものを?」
声にどすが利いていて怖いです…
しかししばらくすると線路に侵入できるところがありました。
「なんだ、入れるじゃない」
「そのようですね、お散歩している人もいますし。長年放置しているということで管理側も文句言えないのかもしれませんね」
「それにさっき植木置いてあるところもあったし」
「「……」」
美影さんたちを見ると嬉しそうに写真をとっていました。
しばらくすると広々とした畑が見えてきました。
そこにも線路が通っていて、その上には電線まで通っています。
「……ねえ、まるで今にも電車が来そうじゃない?」
「はい、雅様。今でもこの線路たちは電車が来るのを待っているのです。40年もの間」
「40年ですか?!」
「左様です。かつて入間川から砂利を運んでいると言いましたよね。この『安比奈線』は砂利運搬用の貨物専用線だったのです」
「それで、なぜ今は使われていないの?」
「砂利の採取が禁止になったからです。入間川の上流に出来たダムが原因で川に砂利が流れなくなり、砂利を取ると周りの橋や建設物が崩れてしまう可能性があったためです。1967年に禁止されると同時に休止線になったのです」
「休止線ってどういうことですか?」
「そのままの意味です。『安比奈線』は廃線といっても過言ではないのですが、こちらの方に車両基地を作るという計画がありそのため残っているんです。もっとも何回も頓挫しては持ち上がるを繰り返しているんですが」
「じゃあ、どっちに転ぶかは…」
「わかりませんね。周辺住民の反対もありますからね」
「大変ね…」
「本当ですよ…」
途中小さな橋や、踏切、木のトンネルなどを通って楽しかったです。
「…………」
八瀬橋に来たところで、美影さんが再び険しい顔になりました。
この橋によって寸断されている線路の方を見ると積まれている線路もありました。
「この橋さえなければ………この橋さえなければ!!」
「はあ…」
この橋の一番近くのコンビニのある交差点を渡り、反対側へ。少し歩くと旧安比奈駅の方まで線路が伸びているのが見えました。
等間隔に並んだ電柱がトロリー線のついていない電線を遠い向こうまで渡しています。
その光景は本当に今すぐにでも電車が来そうで、汽笛が聞こえて来そうで、素晴らしいと思ってしまいました。
農地を通り抜け線路に出ました。
切り替えポイントがありました。
「もうそろそろ、安比奈駅ですよ」
木の根っこや雨風のせいでよれよれになった線路を見ると、本当に健気だと思ってしまいます。
「40年待ち続けているんですね…」
「…はい。そしてこれからも…朽ち果てようともこの線路たちは電車を待ち続けます。それは100年経っても200年経っても同じことです」
「永遠に待ち続けるということなのね…」
「途方もないわね…」
「そうですよ。これは遺跡なんですから。古代都市の遺跡が人を待ち続けるのと同じように、この鉄道遺跡も永遠に電車を待ち続けます」
「そうか…そんな風に考えることもできるのね。美影ちゃん、貴女って凄いわね」
「いいえ。私はただの電車好きです」
「そんなことないわ、美影。とっても素敵よ」
「…お姉さま」
「見る影もないわね…」
「そうですね、ゴミだらけで…」
「私たちはもう少し考えなければならないわね。使うだけ使って必要がなくなれば簡単に放置して…無責任だわ」
「草木もボーボーで」
「ですがここはかつてプラットホームがあった場所です」
「こうしてみると結構広かったのね、安比奈駅って」
「そうみたいね」
「いつかまた、ここが駅として復活するのを見てみたいです」
「………はい」
今日は美影さんのおかげでいい体験をすることができました。
そして自分たちが作り利用したものに対する敬意というものがいかに大切なのかということを考えさせられた一日でした。
後書という名の言い訳
おそらく今までで最長です。そしてマニアック。
最初のあきらとベージュのくだりは、琴美にさみしい思いをさせるためのものです。
この安比奈線以外にも休止線扱いの廃線『鉄道遺跡』は栃木県にもありまして『わたらせ渓谷鉄道』の間藤〜足尾本山間がそうです。ここの場合。廃止にしたくても予算が無く出来ないんですけど。廃止にすると線路や踏切など鉄道に関する機材を全撤去しなければならないと決められています。
美影さんの趣味はこの他にもたくさん存在します。今回よくしゃべりましたね…
このお話は実体験に基づいています。
私が東京に住んでいたころ(2007年当時)に雪美たちと同じように南大塚から安比奈までの3.2キロを歩いてみました。写真を撮っておきたかったですね。
その頃の風景を再現しましたので今はどうか知らないですけど、安比奈線はあると思います。wikiを見ても特に変わっていなかったので…
東京や埼玉に住んでいる方で興味がある方は是非行ってみてください。
そう言えば、私が東京を去るのと同時に開業した副都心線、乗りたいです!
※2009年8月8日、文字の色を変えました。
ごきげんよう。
性懲りもなく新シリーズ。
「雪美」がある程度落ち着き、「出雲」はなかなかまとまらず。
気分転換程度のつもりです。
このシリーズはシリアスといいますか、全体的に少し暗めで…
最後にはハッピーエンドになるようにしたいと思っています。
『……ちゃ…ん、いままで…こど…くだったわた…しに、ひかり…をあたえて…く…れてありがとう。……あ…なたとすごした…ごねんか…んとてもしあ…わせだった…わ』
『お母さん、そんなこと言わないで!お願いだから!!』
『ご…めん……ね、もっとあな…たと…いっしょに……いたか…た』
『だったらそんなこと言わないでってさっきから言ってるじゃない!!』
『……ちゃん、ありがとう。そ…して、ご…め………』
『お母さん!ねえ、お母さん!!どうしたの?!!何か言ってよ!!ねえ!!』
『………』
『……お…かあ…さ…。………あ、……ああ、……あああああ!!いやーーーーー!!!』
がばっ
「はぁはぁ……。夢か……」
最近、たった一人の家族だったお母さんが死んでしまってから、お母さんが臨終した時の出来事ばかりを夢で見るようになった。
毎晩、毎晩この夢。もう疲れてしまった…
はっきりいって、わたしもお母さんの後を追いたくてしょうがない。
しかし、自分で絶った命というものは必ず奈落へ落ちるとの事。
それはそうだろう。自分を「殺す」ということなのだから、神様が許してくれるはずがない。
わたしはあくまでお母さんのそばに行きたいのだ。それでは意味がない。
一人だったわたしを引き取り、5年もの間、わたしを育ててくれた、愛情を注いでくれた人なのだから、地獄に落ちるはずがない。
わたしに看取られながら、ただ静かに穏やかにひとしずくの涙とともに息を引き取ったお母さん。最後の最後までわたしに愛情を注いでくれた。
それを無駄にするわけにはいかない。
「……でも、また一人なのね、わたし…」
こうなったのはすべてわたしを産んだ親が悪いのだ…
まだ中学に上がる前、お母さんと出会う前。
まだわたしは産みの親を怨んではいなかった。孤児院の先生方からいつか迎えに来てくれるよと教えられていたから。
いつか金銭面で余裕が出来たら必ずわたしを迎えに来ると言い残して去って行ったらしい。
わたしは双子らしい。わたしが生まれたころ、実の両親は凄く貧乏で、とても二人の子供を育てる余裕が無かった。そこでわたしが犠牲になった。
双子ということでどちらが孤児院に預けられてもおかしくなかったが。
ある日わたしは、町をぶらぶらしていた。孤児院は古く、少し辛気臭かったので一日中いると気が滅入りそうだった。
経営も微妙で必死にやりくりしている先生方は毎日疲れ切っていた。
それでは最高の笑顔なんて出せるはずもなく、辛そうで、無理やり向けてくる彼女たちの笑顔はわたしを更に不幸にした。
この頃、お小遣いは2か月、あるいは3か月に一回しかもらえなかったので、買い物するつもりはなく、ただ適当にぶらぶらしていた。
気分転換のつもりだったが、幸せそうなカップルや家族連れ、友達同士であふれかえっている町は、わたしの孤独を呼び覚ましただけだった。
更に……
わたしは見てしまった。
わたしと同じ顔をした女の子が幸せそうに親と寄り添い合っているのを…
その女の子は、似たような顔をした男の子と母親を取り合っていた。
わたしは実の親たちの第一子、二子と聞いていた。
つまりあの男の子はあの女の子の弟で、つまりはわたしの弟でもあって……
彼らを見た時、あの人たちがわたしの家族だと確信していた。
母親もわたしと似ているところがあったから。
そして、もうひとつ確信したことがあった。それは…
実の両親に裏切られたということだ。
惨めだった。とても惨めだった。
今まではいつかお父さんとお母さんが迎えに来てくれると信じていた。
だからこそ孤児院での暮らしに、先生方の辛そうな笑顔に耐えてこられた。
でも…今、たった今それが崩れた。音を立てるように崩れ落ちた。
憎い!憎い!激しく憎い!!
弟が!!それ以上に両親が!!
一番憎かったのは……わたしの事など知らないで育ったであろう、あの女の子だった。
生まれた時点では、どちらがわたしの立場になるなど神にしかわからなかっただろう。
幸せそうな笑顔を見ているのがとても辛かった。
もう、誰も信じられない…そう思った。
絶望の帰り道、わたしは自分があの女の子を憎んだことが辛かった。あの子が悪いわけじゃないのに…そんなことを一瞬でも考えてしまった自分が恥ずかしくて、情けなくて…
孤児院に帰ったらなぜわたしが泣いているのか、先生方は真っ先に質問してくる。
それが嫌で、途中公園に寄った。もうすぐ夕方なので誰もいなかった。好都合だった。
声をあげて泣きたかったから…
夢中で泣いた。このまま体中の水分が抜けてしまえば、楽になれるだろうか。そう思って夢中で泣いた。
誰かが近寄ってくるのも気づかずに…
「お嬢ちゃん、どうして泣いているの?」
それが、お母さんとの出会いだった。
それから間もなく、わたしはお母さんに引き取られることになった。
お母さんの所に行ってすぐの頃は、何も信じられなくて、拒絶していた。
でもお母さんはそれでも根気強くわたしと向き合ってくれた。
わたしが拒絶するとお母さんは悲しそうな顔をした。
わたしを寝かしつけた後、どうすればわたしが心を開いてくれるのかと深夜遅くまで考えていた。
それも毎晩。
それからだんだんお母さんの悲しそうな顔を見るのが辛くなった。
もう無理だと思った。
この人を拒絶するなんて無理だと思った。
わたしがお母さんに謝って抱きついたとき、幸せを感じた。生まれて初めて幸せを感じた。泣きながらも嬉しそうにわたしを抱きしめ頬ずりしてくる。
この人なら、お母さんなら信じることができると心の底からそう思った。
わたしに愛情を注いでくれた初めての人だったから…
お母さんと買い物したり、旅行したり、料理をしたり、他にもたくさんいろんなことを一緒にした。
今までになく最高の時間が流れて行った。
わたしはお母さんの言いつけはすべて守った。
唯一つ反発したものといえば、「リリアン女学園」に入ることだ。
お母さんが卒業した学校、「リリアン女学園」。
それだけなら断る理由など存在しなかったが、この学校は「母親」が出た学校でもあるのだ。あの女が踏み入ったところなんて絶対に入りたくなかった。
ただこの反発は、わたしを一生後悔させることになるのだが…
しかし、この幸せは長くなかった。
お母さんが肝臓がんを患っていたからだ。
わたしを引き取る前のお母さんは、好きだった人に裏切られ、酒におぼれた生活を送っていた。
わたしと出会う数年前には立ち直っていたのだが、既に病魔は確実にお母さんとこの幸せな生活を蝕んでいた。
そして、わたしが高校生になった今年、ついに力尽きた。
また、一人になってしまった。
ただ、お母さんを怨むことはできなかった。
お母さんはわたしにかけがえのない時間を与えてくれたから…
わたしはふとお母さんの思いでを辿ってみたくなった。
もう少しだけ、お母さんと一緒にいたかった。
だから、わたしはわたし自らの禁を犯すことにした。
最近、学園祭で賑わいを見せていた「リリアン女学園」。
その行事も終わり、再び静かな生活を取り戻している。
そんな時期にわたしは、この学園に転入する。
わたしのクラスメイト達はざわついている。
無理もないと思う。こんな時期に転入生なんて…
「それでは、今日から私たちとともに勉強する、新しい仲間を紹介するわね。さあ、自己紹介をなさって」
新しい仲間ねぇ…わたしはそんなつもりはない。この今まで苦しみや悲しみとは無縁そうな連中となれ合うつもりはない。まあいいや…
「ごきげんよう、わたしは松原祐沙です。よろしく…」
仲良くするつもりなんてないからこんな程度でいいだろう。
「え?ええっと祐沙さん、他には何かないの?」
一番手前の姫カットの女の子が訊いてくる。
「他に何があるの?名前だけで十分でしょう?」
ざわっ
わたしの一言にクラス中でざわめきが起こる。
「何あの人、あんな言い方…」とか、「麗華さんが優しく訊いたのに、返事がきつすぎるわ」とか、「わたくし、あの人とは仲良くなれそうにありません」とか。
『仲良くなれそうにない』ねえ…ふん。わたしだって仲良くするつもりなんてないわよ。
だから、そう言った子の前をわざと通り過ぎて、
「よかったわ、わたしだってあんたと仲良くするつもりなんてないからさ。まあ所詮お嬢様も人間ってことよねえ?」
って睨みつけながら言ってやった。
ふふふ、何こいつ、人に聞こえるようにあんなひどいこと言っておいて、自分が同じこと言われたら怯えてやがる。馬鹿みたい。
まあいいや。わたしはここに学生だった頃のお母さんに会いに来たんだから、いけすかないクラスメイトとのなれ合いなんて必要ない。
放課後、ホームルームと掃除をさぼり、学校のなかをぶらぶらしていた。
朝、一応お祈りをしたマリア像の近くまで来た。
そこで見たものは、お下げ髪の子がボーイッシュカットの子にネックレス(あとで聞いた話だがロザリオというそうだ)を渡している(返している)光景だった。
このあと、これが原因でひと騒動起こることになる。
あとがき
このシリーズの設定は、祐巳ちゃんに双子の妹がいたら…彼女らが生まれた時、両親がとても貧乏だったら…数年経って両親が孤児院に預けた主人公の事を忘れてしまっていたら…というありえないifの世界です。
別に福沢さんちが嫌いなわけではないです。
自治区初の原作の時間軸。うまく出来たらいいなと思っています。
原作は「黄薔薇革命」と「レイニーブルー」が好きです。
あのまま、寄りが戻らなかったらどうなっていたんでしょうね?
※2009年8月8日、文字の色を変えました。
「紅薔薇さま」
「ん? どうしたの菜々ちゃん?」
黄薔薇のつぼみ有馬菜々は、今ここに福沢祐巳が一人しか居ないのを幸いに、前から聴こうと思っていた疑問をぶつけることにした。
「お姉さま……由乃さまって、どんなタイプですか?」
「……う〜ん、そうだねぇ。こう、チョコレートの箱を開ける時、パリパリパリって上手く開けることが出来ないと怒るタイプかなぁ」
「はぁ、なるほど」
菜々はそれを聞くと、心のメモ帳にしっかりと書き込んだ。
「白薔薇さま」
「はい? どうかしたのかしら菜々ちゃん?」
菜々は、今ここに藤堂志摩子が一人しか居ないのを幸いに、前から聴こうと思っていた疑問をぶつけることにした。
「お姉さま……由乃さまって、どんなタイプですか?」
「……そうね。こう、割箸が綺麗に二つに割れないと怒るタイプかしら」
「はぁ、なるほど」
菜々はそれを聞くと、心のメモ帳にしっかりと書き込んだ。
「瞳子さま」
「はい? 何かしら菜々さん?」
菜々は、今ここに紅薔薇のつぼみ松平瞳子が一人しか居ないのを幸いに、前から聴こうと思っていた疑問をぶつけることにした。
「お姉さま……由乃さまって、どんなタイプですか?」
「……そうですわね。こう、ポーションタイプのミルクやシロップを開けた時、中身が飛び散ったりすると怒るタイプですかしら」
「はぁ、なるほど」
菜々はそれを聞くと、心のメモ帳にしっかりと書き込んだ。
「乃梨子さま」
「ん? なに菜々ちゃん?」
菜々は、今ここに白薔薇のつぼみ二条乃梨子が一人しか居ないのを幸いに、前から聴こうと思っていた疑問をぶつけることにした。
「お姉さま……由乃さまって、どんなタイプですか?」
「……そうだなぁ。こう、フライドチキンを覆う紙が、ミシン目に沿って綺麗に切れないと怒るタイプかなぁ」
「はぁ、なるほど」
菜々はそれを聞くと、心のメモ帳にしっかりと書き込んだ。
「部長」
「あれ? 何かな菜々ちゃん?」
菜々は、つい先日剣道部の部長に就任した田沼ちさとに、前から聴こうと思っていた疑問をぶつけることにした。
「お姉さま……由乃さまって、どんなタイプですか?」
「……そうねぇ。こう、インスタントのカレーうどんの粉末が、最後まで溶けずに固まって残っているのを見ると怒るタイプかな」
「はぁ、なるほど」
菜々はそれを聞くと、心のメモ帳にしっかりと書き込んだ。
「逸絵さま」
「うん? なぁに菜々ちゃん?」
菜々は、ついでだから姉の友人である陸上部員軽部逸絵にも、前から聴こうと思っていた疑問をぶつけることにした。
「お姉さま……由乃さまって、どんなタイプですか?」
「……そうねぇ。こう、鰹節の袋とかを開ける時、両側の切り込みが一直線に繋がって切れないと怒るタイプかしらね」
「はぁ、なるほど」
菜々はそれを聞くと、心のメモ帳にしっかりと書き込んだ。
「そんなワケで、色んな方からお聞きしたお姉さまのタイプですが……」
「何よソレ」
意味分かんないってな風情で、訝しげな視線を菜々に送る黄薔薇さま島津由乃。
「お姉さまは、『思う様に事が運ばないと怒るタイプ』と言う結論が導き出されました」
菜々は、今まで聞いた例を全て挙げながら説明した。
「そんなの、私じゃなくても怒るとおもうけど」
「そうですか? 私はどれもあまり気にしないですけど」
『違うよ由乃さ〜ん。突っ込むのは、全員がなにかと“怒るタイプ”って表現した所だよ〜』
祐巳のみならず、志摩子も瞳子も乃梨子も、同じように心でツッコミを入れたが、当然相手に伝わるわけがなかった。
ごきげんよう。
【No:3007】の続きです。溜まった妄想は吐き出さなければ…
「よ、よしの…」
ボーイッシュカットの女の子は一方的にネックレスを返されたショックのせいなのか、一言呟いたっきりしばらく呆然としていた。
見ていられないほどに痛々しかった。
人というものは極限の悲しみを突然突きつけられると涙は出ないのかもしれない。
名前も知らない人だったのでどうしようもなかった。
近寄って慰めたくても、相手の事が全く分からない。お下げの子とこの少女がどんな間柄なのかもわからないので、本当にどうしようもなかった。
ただただ見ているしかできないのが情けなかった。
一方的な拒絶というものはとても辛い。
わたしはそれを誰かが味わうのを目の前で見て、見過ごせるほど鬼ではない。
誰かがお母さんのように悲しむのは嫌だった。
それは、わたしの中にある優しさなのか、それともただお母さんの悲しむ顔を誰かが悲しむのを見て思い出したくないだけなのか、わからないが。
何も出来ないのが辛くて、情けなくて。その場を後にするしかなかった。
気を紛らすために校舎の中をブラブラしてみた。
しばらくすると音楽室が見えてきた。
かつてここの学生だったお母さんは、合唱部に入っていた。
つまりここは、お母さんの思い出が詰まった場所なのだ。
「入れるのかな」
ドアは開いていた。
「不用心ね…」
誰もいない音楽室は独特の雰囲気がある。
窓を開けてみると、部活動をしている子たちの声が聞こえてくる。
こんなわたしでもどこかの部に入れば孤独を感じなくなるのだろうか。
……いや、どこにいても変わらない。わたしが自分を孤独だと思っている間は永遠に孤独なのだ。
ピアノに近づく。お母さんはパートリーダーだったのでこのピアノに触れたかもしれない。
「ファ」の音を鳴らしてみる。久しぶりだ。うちにもピアノがあるが、お母さんが死んでしまってから一度も触っていなかった。
お母さんはわたしにピアノを教えてくれた。とても楽しかった。
それ故に、ピアノに触るのが怖くなってしまった。
しかし、物は試しだ。もう大丈夫かもしれないから。
お母さんが唯一、わたしに弾いてくれとねだった曲だ。
ロシアの作曲家、アレンスキーの『ロシア民謡による幻想曲』。
ピアノと管弦楽のための曲だが、おもなメロディーはピアノが演奏する。
悲痛な旋律が終始曲を支配し、最後にはピアノの独奏で静かに終わっていく。
なぜお母さんがこの曲が好きだったのかは知らない。
だめだ…涙が出てくる……
「……もっ、い…しょ…に…いてほ…しかった…のに……」
美しく手入れされた鍵盤にわたしの涙が落ちる。
だめだ…ここにいては…
音楽室を出ようとしたが、ドアの所に誰か立っていた。
「貴女、どうしたの?そんなに泣いて」
しまった。見られてしまった。合唱部の人なのだろう。
とても美人で一瞬、女神様かと思った。
うかつだった。ドアが開いているということは、無論誰かがここを使うために鍵を開けたということだ。
関係無い人をわたしの悲しみに巻き込む必要はない。
「……なんでもないです」
「なんでもなくないでしょう?」
「私でよければ、話して頂戴」
「いいえ、結構です。ちょっと悲しくなっただけですから…」
そう言って無理やり会話を打ち切り、音楽室を後にした。
「ゆーみちゃん!」
考え事をしながら歩いていたらいきなり抱きしめられた。
ものすごい嫌悪が体中を駆け巡る。
いきなり抱きしめられたことに対してなのか、『祐巳ちゃん』と呼ばれたことに対してなのか、それとも両方か。
とにかく最悪だ。
だから全力で抵抗した。
「いや!放して!!」
「え?!祐巳ちゃん!どうしたの?」
抵抗しても放してくれない。だから…
「放してっていってるでしょう!かみつくわよ!!」
つい怒鳴ってしまった。
「わかったわよ。放してあげるからかみつかないで」
抱きついてきたはほりの深い顔で、外人に見えた。
「今日の祐巳ちゃん、ご機嫌斜め?」
「ご機嫌斜めです。それにわたしは『祐巳ちゃん」じゃないです」
「?あ〜。あっはっはっは!わかった!祐巳ちゃん私を楽しませようとしてくれてるんだね?」
「はあ?」
「うんうん。あ〜嬉しいな〜。すっごい幸せ。私って愛されてるな〜。ありがとう、祐巳ちゃん」
何言ってるんだ、こいつは…
「………。わたしは祐巳じゃないです…」
「え〜。だってさあ、相変わらずのタヌキ顔だし、子供っぽいツインテールだし」
タヌキですって?!
「子供っぽくて悪かったですね。わたしは松原祐沙です。祐巳じゃないです」
「え?松原?福沢じゃなくて?」
「………」
「え〜と。わかった祐巳ちゃんではないんだね。じゃあさ、漢字ではどう書くの?」
「なんで教えなきゃいけないんですか?」
「いいじゃん。それに私は泣く子も黙る『白薔薇様』なんだぞ?」
「ろさぎがんてぃあ?」
なんだそりゃ?そういや、聞いたことがあるような、ないような…
お母さんの昔話では出てこない単語だからわからないや。
「そう。だから逆らわない方が身のためだよん♪」
音符が付いてそうな語尾が癪に障るが、まあいいや。
「羽衣ノ松の『松』に、原っぱの『原』、しめすへんに右と書いて『祐』、それにさんずいに少ないとかいて『沙』です」
「それは…なんて言ったらいいんだろう。しっかし、祐巳ちゃんと同じ言い方してる」
「そうですか…」
同じ顔に、同じ髪型、そして今の説明の仕方。
双子だという証拠なのだろう。
「でもさ〜。何で抱きついたときもっと変な悲鳴を上げてくんないの?」
「はい?」
「例えばさ、『ぎゃう!』とか怪獣みたいな」
「それは、それは。申し訳ございません。あいにくとわたしはそこまでユニークな性格ではありません。ですから、それは『祐巳ちゃん』に求めてください」
「さっきから言い方がきついね」
「……」
「まあいいや。今度抱きつくときはもっと可愛い反応してね?」
「厭です!!」
「あっはっは〜」
そう言ってろさぎがんてぃあは去って行った。
変な人だ。逆らうなっていってたけどそんなに権力のある人なのか…
変な学校だ。
だけど、あの人と話をしている間、なぜかさみしくなかった。
あんな人に気に入られているなんて、羨ましいな…祐巳は…
音楽室の女神様とろさぎがんてぃあに会ってから数日が過ぎた。
学校全体に言いようのない悲壮感が満ちている。
「あ、あのう。祐沙さん。祐沙さんは『紅薔薇の蕾の妹』とどのような御関係なのです?」
「は?」
「ですから、『紅薔薇の蕾の妹』とどのような御関係なのですか?」
『ろさきねんしす・あんぶとん・ぷてぃすーる』?
「何それ。美味しいの?」
「ええ?!美味しくはありませんわ」
ふーん。孤立しているわたしに疎外感を与えないために意味不明な会話をして楽しませようとしてくれているんだ、この人。名前なんて言うのかな?
「ねえ。貴女の名前は?」
「雲雀丘恋歌です。あっ、私の事はどうでもよくって…」
「そうかしら。その『ろさきねんしす・あんぶとん・ぷてぃすーる』より貴女の方が重要なんだけど、わたしにとっては」
「そうですか?ありがとうございます。って私の質問にも答えてください」
「でも…『ろさきねんしす・あんぶとん・ぷてぃすーる』って何のことか知らないもの。答えようがないわよ」
「あ、すみません。祐沙さんは編入したてですものね。わからない筈なのに私ったら」
頬を染めて申し訳なさそうにしている恋歌さんはちょっと可愛かった。
「それより、『ろさきねんしす・あんぶとん・ぷてぃすーる』って?」
「『紅薔薇様』というのは我らリリアンの生徒会長の事で『紅薔薇の蕾』とはその妹のことです。そして『紅薔薇の蕾の妹』とはさらにその妹を指すのです」
「ふーん。ちょっとややこしいわね。じゃあさ、『ろさぎがんてぃあ』って?」
「『白薔薇様』は御存じなのね?まあ。あのお方は美しいもの…」
「そうじゃなくて、こないだいきなり抱かれて、その後話をしたの。別に憧れを抱いているわけじゃないわ」
「お話をしたことがあるのですか?!羨ましいです!」
「そ、そうなの…」
この子、テンション高い…
「ごめんなさい、話がそれまして…『白薔薇様』も生徒会長です。後もうひとり、『黄薔薇様』がいます」
「この学校、生徒会長が三人いるんだ。それで、妹って?」
「妹とは…」
恋歌さんはこの学校の『姉妹制度』について、余すところなく教えてくれた。
「それで祐沙さん。今度こそ私の質問に答えてください」
忘れてくれているかと思ったんだけど…
でも、本当の事は言いたくないな…
「う〜ん。え〜と。他人の空似よ。ドッペルゲンガーみたいなやつよ」
「そうですか…名前や容姿が似ていらしたから…」
「別に。確かに似ているものね」
「ええ。それよりお聞きになりまして?『黄薔薇の蕾の妹』が『黄薔薇の蕾』にロザリオを返したみたいなのです。とんでもない暴挙です」
「え〜と。そのロザリオってのをお姉さまに返すとどうなるの?」
「姉妹は解消されます。通常であれば姉からロザリオを返せっていうんですけど」
「そうなんだ。そう言えば少し前にそんなの見たわ」
「ええ?!ど、どど、どこで?!」
恋歌さんっておもしろいな。ころころ表情が変わって、そこが凄く可愛くて、羨ましいな。
「マリア像の前でだけど」
「それですよ!まさしく!!」
「嘘ぉ!」
わたしってばとんでもない所に居合わせたの?それを止めなかったわたしって…
「ねえ、それって止めないとやばかった?」
「いいえ。それは問題ではありません。あくまで『姉妹』に関しては当人同士の責任ですから、他人が如何こうするする必要はありませんし、権利もありません」
「はあ…よかった」
「ただですね…『ロザリオ返し』をやった方たちが問題なのです」
「なんで?」
「それは本来生徒たちの模範であるべき方たちだから、影響が心配されますわ」
「そうか…」
恋歌さんの心配は的中した。
黄薔薇姉妹に影響されてかなりの数の『姉妹』たちがその関係を解消し出したのである。
もっとも恋歌さんと話をしたあの日から、そういう現象はあったようなのだが、学園のあちこちで見られるようになった。
学校に早く来すぎたわたしは校内をブラブラしていたのだがついに見てしまった。
クラスメイトが『ロザリオ返し』をしているところを。
「ごきげんよう、祐沙さん」
「…ごきげんよう」
恋歌さんはよくわたしに声をかけるようになった。
「祐沙さん、あゆみさんどうなさったのかしら?」
「あゆみさんって?」
「あゆみさんは三列目の2番目の席の方です」
「ありがとう」
…というか申し訳ない。毎日のように恋歌さんには質問してしまっている。
嫌な顔一つしないで答えてくれるので、ついつい質問してしまう。
「いいえ。よろしいのですよ。だって貴女が入ってきた時…」
「…ああ。あれは」
「ふふふ」
恋歌さんにはかなわないな…
「それで、あゆみさんがどうとか」
「ええ。元気がございませんの…心配ですわ」
「あの人、今朝ロザリオ返してたわよ」
「ええ?嘘でしょう?」
「本当よ。この目で見たもの」
「だって、あゆみさんは霧子様とラブラブだったのですよ?」
霧子様とはあゆみさんのお姉さまだろう。
「ラブラブって…でも…」
「すみません。別に疑っているわけでは…」
「いいんだけどさ。でもどうしてあんなことを?」
昼休み。あゆみさんは何人かを伴って悲痛な顔をして泣いていた。
「ああ、あゆみさんたらとうとう泣き出してしまいましたわ」
「なんで泣くのよ?」
「霧子様にロザリオをお返しになったからでは?」
「何それ?!意味わからない!!」
無性にむかっ腹のたったわたしはあゆみさんのもとへ。
「ねえ、あゆみさん。なぜ泣いているの?」
あゆみさんに質問したのにその取り巻きの一人がわたしの文句を言いだした。
「まあ!なんてデリカシーの無い!あゆみさんは悩んだ末に霧子様にロザリオをお返しになさったのに!!」
「じゃあなんでロザリオを返したのよ。その理由は?」
今度はあゆみさんが答えてくれた。
「そ…それは…わたくしが…お…ねえ…さまに…ふさ…わしく…ないから…です」
「ふさわしくない?そんなこと霧子様が言ったの?」
「……いいえ。だって…ロサ…フェ…ティダ…アン…ブ…トン「もういいわ!」
だめだ。この子が何を言いたいか分かった。
「ゆ、祐沙…さん?」
「黄薔薇様の蕾の妹がそのお姉さまにロザリオを返したから、貴女も霧子様に返さなくてはいけないのでは、お姉さまにふさわしくないのでは。そう思ったのね?」
「……はい」
「………ん、ぷ…あっははははははは!!」
「なぜ笑うのですか?!ひどいです!!」
「ははははは!は〜、は〜。ひどい、ひどいねぇ。確かにね」
「じゃあ、笑わないでください!!」
「ひどいのはあんたの方よ!」
「なぜですか?!」
「フン!そんなことも分からないなんて、確かにあんたは霧子様にふさわしくないわ。いつロザリオ返せって言われてもおかしくないわ」
「祐沙さんいい加減になさったら?!」
周りの子たちもわたしを睨んでくる。
なんて馬鹿な子たちなんだ。
「だってさ、この学校の生徒会の奴がしたことに感化しちゃって、意味不明なこと考えて、それで姉妹解消した。馬鹿じゃない?」
「そんな言い方…」
「じゃあさ。あんたは今、霧子様、どうしてるか分かってる?」
「……え?」
「いきなりあんなことされて、今にも死にそうになっていたわ。可哀そうに。あんたみたいな子を妹に持ったばっかりに…」
「………」
「霧子様、あんたの事要らないって、私にふさわしくないってそういったの?もしそうならあんたに代わって文句言ってきてあげる。でもそうじゃないんでしょ?」
「……」
「拒絶された方の立場を考えなさいよ。きっと霧子様は今日もあんたといっぱい仲良くしたい、いっぱいお話したい、そう思って学校に来たはずよ。それなのに、くだらないことに感化されて…何が悩んだよ!何がふさわしくないよ!」
「……グスッ」
「周りのあんたたちもね!どうして間違ってるって教えてやんないわけ?!何一緒になって泣いてるのよ?それでもあゆみさんの友達なの?!」
「「「………!!」」」
「間違っていたら教えてあげる、正しい方へ導いてあげるのが友達なんじゃないの?!どんなつもりで涙を流しているのか知らないけど、その涙には何の価値もないわ!!」
「祐沙さん…」
「まあ、憧れの山百合会だっけ?それに少しでも近づきたいっていう気持ちは分からないでもないわ。でもさ、方法を考えなきゃ、ね?」
「……はい」
あゆみさんが流している涙は、先ほどとは明らかに違う反省の涙、後悔の涙を流している。
「ほら、そんな顔が出来るならまだ許してもらえるかもしれないわ。さっさと霧子様に謝ってきなさいよ」
「はい!祐沙さん、ありがとうございます!」
「はいはい。でも、マリア様がみてるからやっぱり許してはもらえないかもね」
あゆみさんはすごい速さで教室を後にした。
「祐沙さん、貴女…」
「わたしはさ、別にあの子と霧子様のよりを戻したいわけじゃないの。お母さんが過ごしたこの学校が理不尽な涙で汚れるのが嫌だったの。あと、教室が辛気臭いのが嫌だっただけよ」
「……そうですか」
「あんたたちにもう一回言うけど、あんな慰め、何の価値もないんだからね」
「…はい」
わたしは拒絶してお母さんをたくさん傷つけてしまった。
傷つく方も、傷つける方も辛いのだ。
わたしはただ、それを他の誰かが味わうのを黙ってみているのは嫌だったのだ。
この前、『黄薔薇様の蕾』を助けることはできなかったが、あゆみさんたちが復縁したことがきっかけで多くの姉妹が元に戻ったらしい。
あとがき
結局は祐沙もタヌキの血をひいているということです。
困っている人とかを見るといてもたってもいられないのです。
祐巳ちゃんや祐沙の『祐』という字、「天の助け」という意味です。
祐巳ちゃんの『巳』、「ヘビ」とか「火」、「子」という意味なのでやっぱりおめでたい名前ですよね。
祐沙の『沙』、「砂・砂漠」、「細かくおいしいもの(砂糖とか)」、「水辺」、そして「水で洗って悪い物を去る」なんて意味があります。
祐沙の名前は実のところ適当だったのですが、いい名前を付けれたなと思っています。
※2009年8月8日、文字の色を変えました。
幻想曲シリーズ
※注意事項※
登場人物が天に召される描写があります。
パラレルワールドを題材にしています。
連載で【No:2956】→【No:2961】→【No:2964】→【No:2975】→【No:2981】→【No:2982】→【No:2996】→【これ】→【No:3013】→【No:3015】→【No:3020】(完結)になります。
以上を踏まえて、お読みください。
夕食はドルチェが有名なイタリアンレストランだった。
「家でお母さんの手料理でも」と提案したのだが、「それは明日ね」とまた強引に連れてこられて、である。
最後のデザートは早くもクリスマスを思わせるケーキだった。もう、そんな季節なんだ。
「お父さんも叔父さんもフラフラだから、タクシー呼ぶって言ってる」
店の外で星空を見ながら夜風に当たっていると令ちゃんが出てきてそう言った。
「大人の皆さんは、毎晩、はしゃぎすぎだよね」
由乃がこちらの世界に来てから3日連続でお食事会である。
お父さんの肝臓とメタボなお腹が本当に心配になる。
「由乃がいてくれるから、嬉しいんだよ」
令ちゃんが笑う。
「伯父さんがはしゃいでるのは令ちゃんが学校に通うようになったからだよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
学校に通うのは由乃がこっちにいる間だけなんて言わせない。令ちゃんにはこのまま頑張ってもらって次の選挙に出て黄薔薇さまになってほしい。
「……ねえ、電車で帰ろうよ」
どうせ支倉家、島津家の計6名は1台のタクシーには乗りきれないし、今日は一緒に帰らなかったし。由乃は令ちゃんのジャケットの袖を引っ張って言った。
「うん。そうだね。じゃあ、そう言ってくる」
令ちゃんが中に入っていく。
ちらりと時計を見る。この時間ならいつも見てるドラマの時間に間に合うな、こっちでも全くおんなじ内容をやっていてくれててラッキー。ぼんやりとそんな事を考えていると令ちゃんが戻ってきてOKと合図をする。
行こう、って。
歩き始めた令ちゃんの背中をちょっとだけ見送って、由乃は小走りで令ちゃんに追いついて手をつなぐ。
並んで歩ける幸せは、それがかけがえのない事だと知っているからこそ。
他愛ない瞬間だけど、この時の事をいい思い出として思い出せるように、由乃は優しく微笑んだ。
その翌日。
この日の過ごし方で残りの3日間が決まると言ってもいい。
由乃は気合を入れて登校し、朝、日出実ちゃんに声をかけた。
「リリアンかわら版の号外は出来た?」
「今日印刷の予定よ」
予想どおりである。
「じゃあ、申し訳ないんだけど、それを止めて明日号外が出せないようにしてちょうだい」
「ええっ!?」
日出実ちゃんは叫び声をあげる。
「あれ、出されると作戦が狂うのよ。明日出せなければなんでもいいわ。プリンタの電源落としたり、わざと紙を挟んだりして、とにかく間に合わせないようにして」
日出実ちゃんは無言で首を横に振る。
「そうね。確かに今なら全部聞かなかった事にして何もしないっていう手もあるでしょうね。でも、私はこっちの世界を変えるためにこっちにきたの。土曜日にはいろいろな事が起こるでしょうけれど、あなた一人だけそれに乗り遅れて、お姉さまのいない学園生活を送る事になってもいいのかしら?」
「別に私はお姉さまを作るために入部したんじゃないわ」
胡散臭いものでも見るように日出実ちゃんは睨んでくる。
「じゃあ、聞くけど、真美さんの事はどう思ってるの?」
「な、何を唐突に!?」
「ねえ、日出実ちゃんは真美さんの姉妹になりたいとは思わない?」
由乃は日出実ちゃんの肩を抱くと耳元でささやいた。
「真美さまの?」
「私はね、『島津由乃が死ななかった』パラレルワールドから来たの。死んだ人間が生き返るだなんておかしいでしょう? そういう事なの。信じられないでしょうけど。で、向こうの世界ではあなた、真美さんの妹なの。あなたがどうやって真美さんの妹になったか、私は知っている。私についてくればそう悪い事にはならないから」
「え、え、え〜」
驚いた表情で唸り声なのか驚きの声なのか微妙な声を出す。
「それに、あの号外を出して恥をかくのは真美さんよ。真美さんの事嫌いじゃないなら真美さんのためを思って止めるべきよ」
日出実ちゃんは悩んでいるようだった。
「あの、あの号外の何が問題なんですか?」
「私が支倉令さまの妹である事を書かれたかわら版が明日の全校集会前に出るのが問題なのよ。だって、あのロザリオ、明日の放課後には私の首には掛かっていないと思うもの。あ、そうだ。私が『黄薔薇革命』の島津由乃だって事、忘れてるんじゃないでしょうね?」
由乃は意味ありげに微笑んだ。
「よ、由乃さん……また」
「まあ、とにかく号外はどんな手段を使ってもいいから止めて」
そう言うと日出実ちゃんを解放し由乃は背を向けて歩き始めた。
日出実ちゃんが走っていく足音がした。
計算通りであれば、昼には事が動くはず。
それまでに次を片付けよう。
教室に行くと笙子ちゃんに声をかけられた。
「由乃さん、昨日は掃除しないでどうしちゃったの? 心配したのよ」
サボり、とすぐに言わないのがリリアンの生徒。笙子ちゃんも例外ではない。
「ごめんなさい。急用が出来てしまって。笙子ちゃんには言っておくべきだったわ」
しおらしく謝って、その場はやり過ごす。
授業を受け、笙子ちゃんのご機嫌がよろしいあたりで切り出す。
「笙子ちゃん。2人で話があるんだけど、いい?」
そう言って非常階段のところまで引っ張っていく。
「土曜日の午後に高等部の全校集会があるのは知ってる?」
「ええ。聞いているけど」
「そこで、祐巳さんの身に何かが起こるらしいの」
ふうん、と笙子ちゃんは気のない相槌を打つ。
「でね、詳しく知っているわけじゃないんだけど、武嶋蔦子さんがどうやら1枚かんでるらしいのよ」
「えっ」
笙子ちゃんが驚く。
「私、祐巳さんの事を思って、蔦子さんの動きを止めようと思って。でも、1人じゃどうにもならないから、力を貸してくれる人がほしいんだけど」
嘘は言ってない。ちょっといろいろと言葉が足りないだけ。いろいろ、の部分が肝心なのだけど。
笙子ちゃんを上目遣いで見つめる。
「つ、蔦子さまを……」
「笙子ちゃんなら出来ると思うの。私が合図するから、止めましょう」
由乃は笙子ちゃんの手を取って言う。
「で、でも……」
笙子ちゃんは目を白黒させている。
「2本目の紅薔薇と私は友達で、蔦子さんとも私は友達で。だから、私はやらなきゃいけないの。でも、今頼りに出来るのは笙子ちゃんくらいしかいなくて……」
「……」
笙子ちゃんはうつむいて考えている。
「ごめんなさい。やっぱりこんなこと言われても困るわよね。いいわ。忘れてちょうだい」
手を離すと由乃は非常階段に笙子ちゃんを残して教室に戻る。
「待って、由乃さん」
追ってきた笙子ちゃんに声を掛けられてから、ちょっと間を開けて振り返る。
「私、やらないとは言ってないわ」
笙子ちゃんが言う。
「やってくれるの?」
由乃が確認すると笙子ちゃんはうなずいた。
「ありがとう。嬉しい」
もう一度笙子ちゃんの手を取って教室に戻った。
順調。順調。
昼休み、お弁当を持って薔薇の館に行こうとすると真美さんに捕まった。
「ちょっと来てもらうわ」
由乃は引っ張られてクラブハウスの新聞部の部室に連れ込まれる。
「何よ」
「何よ、じゃないわよ。号外を止めろ、って言いだすわ。日出実ちゃんを使って実力行使にでようとするわ」
真美さんは不機嫌そうな顔で仁王立ちしてそう言う。
他の部員たちもいるのだが、壁際に張り付いて恐る恐る様子を窺うように見ているだけで積極的に2人の間に入ってくるような者はいない。
「大きな声ね。隣の蔦子さんに聞こえるわよ」
「プリンターが動いているから多少は平気よ」
真美さんがプリンターを指して言った。
なるほど。これだけの音がしていれば多少は大丈夫だろう。
「真美さん、私は号外は止めた方がいいとは思ってるけど、それだけが目的じゃないわ」
「何かあるわけ?」
「真美さんと、二人きりでお話がしたかったのよ」
壁際にいる部員たちを真美さんはちらりと見た。そして、ちょっと考えたのち、その部員たちを外に出した。
「二人きりで、って、何の話?」
「土曜日の高等部の全校集会、祐巳さんに関してドッキリが仕掛けられるのは知ってるわね」
「ええ」
真美さんは顔色一つ変えない。
「でも、それは私に対して言っているだけで、実際の狙いは私。仕掛け人は山百合会全員、プラス瞳子ちゃん、可南子ちゃん、蔦子さん、真美さん、それに令ちゃんもってところかしら?」
真美さんはピクリと眉を動かした。
「私は月曜日の放課後ぐらいには向こうの、パラレルワールドに戻らなくてはならない。その事は何度も言った。でも、パラレルワールドを信じる信じないは別にして、みんなは由乃の意思で戻るのであれば、それを翻意させようと思っている」
由乃は続ける。
「そこで翻意させるためのイベントが仕組まれた。祐巳さんが幸か不幸か姉妹別れしていたのを利用して、祐巳さんのためと言って私を動かして、そこをうまく利用してしかけてくる。祐巳さんたちの件は実はそんなに深刻じゃない。いや、ひょっとしたら祥子さま、瞳子ちゃん、真美さんがグルになって祐巳さんにしかけているんじゃない?」
真美さんは黙って聞いていたが、静かに言った。
「それで? それで、そうだとして、由乃さんは何をしようとしているの?」
由乃はにやりと笑いながらこう言った。
「紅薔薇さま、2本目の紅薔薇にドッキリをしかける。驚くでしょうね。自分達がひっかけようという相手にだまし討ちにされるなんて」
「それだけじゃないでしょう?」
さすが、真美さんは分かっている。わかっていてその先をしっかり由乃の口から言わせようというのだ。
「ええ。真美さんにはこっちについてもらおうと思ってね」
それを聞くと真美さんは、フッと笑った。
「何を言ってるのよ、由乃さん。無理無理。相手はあの紅薔薇さま姉妹だよ? 仮に私が由乃さんについたところで変わらないでしょう? やめておいたら?」
カチーン!
「無理」だの「やめておいたら」だのという言葉は由乃にとってはむしろ青信号。こっちの真美さんは付き合いが浅い分だけわかってないのだ。
「何を、無理じゃないわ! だいたい、真美さんは自分たちの都合で山百合会の予算使って全校集会開いちゃうような薔薇さま達を許すわけ? いつから新聞部は山百合会広報部になったのよ? 祐巳さんたちとなあなあの関係になって適当に出された情報を尻尾振ってホイホイとリリアンかわら版に載せれば記事には事欠かないでしょうけど、それがジャーナリズムってやつなのっ!」
「な、なんですって!?」
「いい事言うじゃない」
ふいに後ろから声がして振り向くと築山三奈子さまが立っていた。
「お姉さま!」
「真美、今回はあなたの負けよ。私たち新聞部は何のために存在しているの? 何のために毎週リリアンかわら版を出しているの?」
ずん、と部屋の中央に進み出て三奈子さまが言う。
「お言葉ですが、読者の皆さんは山百合会幹部の情報を望んでいます。ある程度うまく付き合って、より多くの情報を引き出すことだって、必要な事なんです」
真美さんは冷静に反論する。
「あなた、祐巳さんと同じクラスになってからいいように取り込まれたわね。今のあなたのやってる事は山百合会報道官の仕事であって、リリアン女学園高等部の新聞部の仕事じゃないわ。一般生徒のためを思うなら、薔薇さま方がどんな事をしているのか常に見極めて、間違った時は間違ってるって書くのがジャーナリズムでしょう?」
これが本当にあの築山三奈子さまなのかっ!?
由乃が死んで影響が全くないと思っていたのに、こんなところに影響が出てるのかっ!?
由乃はびっくりして口をはさむ事が出来なかった。
「そ、そうですが……」
「友達だからって、書かなきゃいけない事は書くのがあなたの立場よ。情に流されて記事が書けないようなら、新聞部なんてやめなさい」
「いいえ、お姉さま。私は友達だからこそ、祐巳さんたちが間違っている時は間違っているっていう記事を書きます! 今回だって、情勢を見極めてあくまで中立の立場としていろいろと──」
「じゃあ、中立の立場で由乃さんに乗っても問題ないじゃない。『潜入ルポ、山百合事変・黄薔薇の乱の舞台裏』でネタのないこの時期を乗り切れるのよっ!」
とどのつまりがそれか。
一瞬でも、不覚にも、湧きあがった由乃の感動を返せ!
「そうですね。由乃さんの記事も載せやすくなりますしね」
真美さんも、転んでもただでは起きない性格であった。
その後、由乃は祥子さま達には内緒という条件で、計画の仔細を白状させられた。
しかし、三奈子さまと真美さんが向こうの計画にも何もしないで中立の立場でいる事と号外の中止を約束してくれたのだから、一定の成果と思う事にする。
放課後。
由乃は掃除の後、由乃は中等部の校舎に寄って、その後薔薇の館に向かった。
「ごきげんよう」
「由乃、遅かったけど何かあったの?」
令ちゃんが聞いてくる。
「ちょっとね」
「さあ、明日の準備にとりかかりましょう」
祥子さまの号令で講堂に向かう。
明日の全校集会は講堂で行われる。
卒業式などの高等部の生徒以外に来賓を迎える行事は第1体育館だが、それ以外の始業式とか選挙の立会演説会などは講堂が使われる。椅子が備え付けてあり、準備といっても放送機材の確認とかで簡単に済んでしまう。それすら放送部の担当で、こちらがやるべきことはない。
祥子さまがざっと明日の流れを説明する。
『冬季の生活の諸注意』という内容で、冬はすぐに暗くなるから防犯ブザーを持って歩くようになんてありきたりなものだったが、実際に防犯ブザーを鳴らしたところその音が思いの外大きくてちょっと驚いてしまった。
「……と、まあ、こんな感じかしら?」
実演してみて不都合はない。
特に何もないという事で黄薔薇姉妹は解放された。
「令ちゃん、のど乾いたから、ミルクホールにいこうよ。りんごジュースがいい」
「うん。いいよ。行こうか」
カバンとコートを持ってミルクホールに移動する。
中途半端な時間なので人はあまりいない。
ジュースを飲んでいると「由乃」と呼ばれた。
「何?」
令ちゃんが微笑みながら由乃の顔を見ている。
「日曜日は、まだいてくれるんだよね?」
「うん」
「日曜日は、何をしたい?」
「うーん、日曜日ね。どうしようかな?」
7日間、学校だけじゃないのは理解していても、そうやって改まって聞かれるまで思い当たらなかった。充実していたっていうよりは、パラレルワールドの違いに驚きっぱなしでそんな暇なかったから。
「2人で行きたいところはある? やりたい事でもいいし」
「令ちゃんは、何かある?」
由乃は逆に聞く。
「いっぱいありすぎて、決められなくて」
そう言って笑う。由乃も実はいっぱいあるのだが、どうせなら2人でないと出来ない事をしたい。
「剣道は? 向こうで剣道始めて、最近、竹刀を持って防具も付けて練習に出てるんだよ」
「剣道? 由乃は剣道がいいの?」
令ちゃんはちょっと嫌そうに言う。
竹刀でパシンパシンと叩きあうのが楽しいというのはある程度実力があっての話。由乃は残念ながら半年ほど前に初めて剣道の世界の門を叩いた超初心者。それに引き換え令ちゃんは引きこもっていてブランクがあっても江利子さまをKO出来る二段の腕前。一方的に殴られるか、手加減してもらうかで、それはきっと楽しくないだろう。
「うーん。やっぱりやめとく」
「それがいいよ」
ほっとしたように令ちゃんが言う。
「思いつかないから、じっくり考えていい?」
「いいよ」
令ちゃんは嬉しそうに笑った。
マリア様に手を合わせて、銀杏並木を歩いていると向こうから見た事のある人と見た事のある人の奇妙な組み合わせを見た。
乃梨子ちゃんと、志摩子さんのお姉さまでリリアン女子大に通う佐藤聖さまである。
「あっ、由乃ちゃん! 令も」
聖さまは珍しいものを見たかのように頭の先からつま先まで視線を送る。
「お久しぶりです」
「ごきげんよう」
令ちゃんと二人で由乃は挨拶した。
「江利子の言う通り、もの凄く元気そうだね」
笑顔で聖さまが言う。
「ええ。ご覧のとおりの健康体で闊歩してます。残念ながら期間限定ですけどね」
サービスしてぐるりと回って見せる。
「聖さまも相変わらずというか、何というか」
一方の聖さまは、というと、乃梨子ちゃんを後ろから抱えて、猫でも撫でまわすかのように乃梨子ちゃんのおかっぱ頭を撫でていたのだった。
乃梨子ちゃんはひたすら耐えている。
「ん? ちょっとした孫とのスキンシップよ」
聖さまが手を緩めると素早く乃梨子ちゃんが脱出する。
「志摩子さんは?」
「ちょっと、雑務が残ってまして薔薇の館です。私は大学の購買部にお使いに行ったら……はーっ」
由乃の問いに乃梨子ちゃんがため息をついて答えた。
「聖さまと遭遇しちゃったのね」
「はい」
聖さまはそんな言い方をされてもへっちゃらで、ニヤニヤしている。
志摩子さんには手を出さないくせに、乃梨子ちゃんには平気なんだ。何をやってるんだか。
「聖さま、ご迷惑とご心配をおかけしました」
令ちゃんが丁寧に詫びる。
聖さまも令ちゃんが引きこもっている間に来てくれたみたいだ。
「いや。元気そうでなにより。江利子もほっとしてた」
片手をあげて聖さまはそれに答える。
「蓉子も会いたがっていたよ。由乃ちゃん、期間限定って事はどこか行っちゃうの?」
聖さまはさらりと言ったキーワードでも絶対に逃さない。
「パラレルワールドから1週間ほどこちらに出張中で、月曜日には帰るんです。あ、そうだ」
由乃はひらめいた。
「聖さま、明日はお暇ですか?」
「え?」
「お暇があったら、お昼頃に蓉子さまも誘って高等部に遊びにいらしてくださいよ」
「ん? ああ、蓉子には言っておくよ」
意味ありげに聖さまはそう答えた。
なんだろう。
急に申し出た事だから、用事があるのかもしれない。
「では、お待ちしてます。また明日。ごきげんよう」
「ごきげんよう」
聖さまと乃梨子ちゃんに見送られて由乃は令ちゃんと手をつないで帰った。
電話をかけた後の夕食は、久しぶりにお母さんの肉じゃがだった。
御馳走もいいけど、こういうのも、なんていうか、いいものである。
向こうの世界ではちょくちょく食べてるけど、こっちの世界じゃあと何回お母さんの手料理を食べられるのか。
それを考えるとお食事会なんてもったいないと思うのだが、月曜日には帰ってしまうので、日曜日には盛大なお別れ会をやると言われてしまった。
お父さんがタヌキを通り越してブタになってしまいそうである。
クリーニング店から向こうの世界から着てきた制服が返ってきていた。向こうの世界から履いてきた上履きも綺麗になってそこにある。
由乃は首にかかっていたダークグリーンの石のついたロザリオを外すと向こうの世界の制服のポケットにしまった。
そして、昨日買った「勇者の剣」の包みを開ける。
中から出てきたのはダークグリーンの石のついたロザリオ。
向こうの世界から持ってきた、そして令ちゃんがかけてくれたのと全く同じデザインのロザリオである。
由乃はそれをこっちの世界の制服のポケットに入れた。
これですべての準備が終わった。
朝が来た。
こっちの世界の制服を着て、朝食を食べ、令ちゃんと登校する。
「ごきげんよう。蔦子さん」
初冬の早朝という寒い中カメラを片手に登校風景を撮る蔦子さんに声をかける。
「蔦子さん、今日、高等部の全校集会が終わったら、記念撮影をしてほしいのだけど、いいかしら?」
「ええ。もちろん」
蔦子さんはにっこりと笑う。
「じゃあ、マリア像の前でね」
約束して教室で普通に授業を受ける。
授業が終わって、講堂に向かう。
普通なら1年菊組の列に入るのだが、祥子さまに言われた通り瞳子ちゃんの側にくっついている。
同じ椿組の乃梨子ちゃんをわざわざ壇の下に呼んで、由乃をここに配置する不自然さ。
祥子さまは本気で由乃が気づかないとでも思ったのだろうか。
それとも、これも祥子さまの策略なのだろうか。
由乃はどっちでもいいと思った。
だって、青信号は綺麗に点いてしまっているのだから、もう計画をやめる気なんてさらさらない。
先手必勝。
由乃はしかけた。
「ちょっと待ったーっ!!」
由乃の叫び声が講堂に響き渡った。
続く【No:3013】
ここでは美少女な祐巳が登場します
私の見た目は地味。それが原因で昔はよくイジメられたものだ。
けれど私は気にしなかった。靴を隠されようが、無視をされようが、気にしなかった。
だって、家に帰ると優しい家族がむかえてくれる。
それだけで、私は嫌なことなんて忘れてしまうのだ。
「祐巳ー。学校おくれるぞ」
「うん。今行くー」
髪をセットしていた私は随分洗面所を使っていたようだ。
「祐巳ちゃん、はい、お弁当」
「ありがと。お母さん」
お母さん特製のお弁当をうけとって玄関へむかった。
「じゃあ、いってきまーす」
「はーい。いってらっしゃい」
いつもと変わらない朝の時間。ここから私の今日の1日がはじまる。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう。利香さん」
この人は南 利香さん。
いじめられていた私と仲良くしてくれた優しい人。
「祐巳さんよー その地味なめがねちょっとかえちゃえばー?」
「えー。でも今変えてももったいないし」
「じゃあ、なんでそんな髪型なの?」
「別に意味はないんだけどー・・・ま、今日はおろしちゃおうかな」
と、私は2つにしばっているリボンをいっきにほどいた。
「!?」
「どう?」
自分の髪は茶色がかかって、昔よくからかわれたけど・・・
「利香さん?」
「・・・。」
何故か利香さんが私の髪をみてかたまっている。
そ、そんなにへんかな?
「か・・・」
「か?」
「かわいい!!」
「へっ?」
な、なんで!?
瞳子のリリアン摩訶不思議報告
皆様ごきげんよう、瞳子です。
さて、いまだにHPの再開に着手していない馬鹿……もとい…。
書きかけのシリーズが4〜5本あったのにほっぽり出したままのアホ……いえいえ…。
それどころか!
『未来の白地図』からこっちの新刊は買ってすらいないオオタワケ者! ←ここ重要ですわよ!
まあ、その『アホ・馬鹿・オオタワケ』のケテルが、皆さんがすでに忘れ去っているだろうに、HDDの底から発掘した書きかけの遺物に、頼まれてもいないのに加筆してUPするという……ハァ〜、こやつ何も考えてないですわね。
あんまり期待すると、それこそ馬鹿を見るかもしれませんわよ。
ところで、『六条梨々』と『杉浦仁美』って誰のことか覚えていらっしゃいますか?
1、薔薇の館
「うぅぅぅぅ〜〜〜んんん………ぬぬぬぬ……むむむ……っんがぁぁ〜〜〜……」
「………便秘? 瞳子」
「いえ、そちらは快調なのですが……って何を言わせますの?!」
放課後の薔薇の館。 お姉さま方は三人そろって職員室へ行ってらして当分帰って来ない。 菜々ちゃんは、本日部活日のため欠席なのですわ。
「うなってるから。 快調なんだ……うらやましい(←小声)」
「え? やばいんですの?」
「…ごにょ…ごにょ………」
乃梨子さんに耳打ちされたその日数は、私には想像もできない日にちでした。
「ええっ?! ちょ…大丈夫なんですの?」
「薬飲まなきゃかな〜……。 で? 何うなってたのよ? テストじゃないよね、この前のはわりと良かったもんね、私には負けたけど」
「まあ、乃梨子さんは学年トップをキープしていらっしゃるし、あくまで目標ですけれど……。 そうではなくて、雑誌の編集部から新作を書いてくれないかと依頼を受けたのですわ」
『仁美の摩訶不思議報告』を載せていただいた雑誌『ほんとうにあった不思議な話』編集部から”なんかネタ無いっすか〜? あったらよろしくお願いしたいんですが”っと軽い調子で言われたのですけれど、最近山百合会の仕事が忙しくて乃梨子さんも梨々になっていられない状態でした。 それは私も同じなのですが。
「……また安受けあいして…なるほどね、書くネタがなくてPCの前でうなってたんだ」
「そうですわ。 あ〜、でもこれノートPCではありませんわ、電子メモ帳ポメラですわ。 乃梨子さん、最近”梨々”として活動されてないからネタに困ってしまいますわ。 何かネタはありませんか? なんでしたら、その優秀な頭脳を駆使してでっち上げてもらってもかまいませんけれど」
「いやだめでしょそれじゃあ。 私は別に六条梨々なんかどうでもいいんだけどね」
「そんな事言わずに、何かありませんの?」
「面白いかどうかわかんないけど、使ってないネタあるじゃない」
「ありましたか?」
「ほら、2ヶ月くらい前……」
*
*
*
*
2、ミルクホール
「…っで、これの鑑定をしてもらいたいんだけど……どうしたの二人とも頭抱えちゃって」
「……いえ…あ〜…これって、どういうこと日出実さん?」
「そうですわ……、てっきり心霊写真らしきものを何枚か見るだけかと思ってましたのに……それに……」
「…うん…ごめん……。 でも察してほしいわ…」
「そう暗くならないで、日出実ちゃんもがんばった方だと思うわよ。 ま、私の方が二、三枚上手だったってだけよ」
一枚ではなく、二、三枚上と悪びれもせずにそう言いながらトレードマークのメガネがキラリ、カメラのレンズをさらにキラリと輝かせるのは、美しい時をそのままに…”リリアンの専属カメラマン”の異名を持ち、”改造手術を受けて加速装置が付いている”だとか”密かにドコデ○ドアを装備している”との都市伝説までお持ちの武嶋蔦子さま。 日出実さんでなくても撒けないでしょうね。
「……乃梨子さん、覚悟を決めるしかありませんわよ、蔦子さまのことです、こちらのこともご存知でいらっしゃると思いますわ」
「それはわかってる、わかってるけど……」
「なに? 私にいまさら『わぁ〜、乃梨子ちゃんが六条梨々だったんだ〜』って、驚いてほしいの?」
「蔦子さま、棒読みでいまさら言っていただかなくてもいいです。 私が言いたいのはですね……この量のことなんですよ……」
真実さまや三奈子さまが、いまだにご存じないのが不思議なのですけれど、その辺の事はどうなっているのでしょうかね?
とりあえず蔦子さまは、ご自身の信用確保のためとはいえ秘密厳守は徹底して守っていただけますから口止め云々する事は無いでしょう。
乃梨子さんが頭を抱えている元凶、それは…目の前に”ドデッ”っと積まれている引越しに使うような大きなダンボール箱5つ。 ……フィルム代や現像代、写真部のあの予算内で賄えているのでしょうか? ちょっといけない商売でもなさっていらっしゃるのでしょうか?
こんなに運ばされて、笙子さんお疲れ様ですわ。
でも…軽々と持ち上げてらっしゃいましたわね、紙もこれだけまとまるとかなりの重さになるでしょうに。 台車を使って来たとはいえ、ダンボールを降ろす時さして力を入れている様子はありませんでしたが…意外と力持ちなんでしょうか?
「まあ、言わなくてもわかると思うけど、これは私が撮った没写真の数々よ、一部笙子ちゃんが撮った物も入ってるけど。 私は基本的に撮ったものは、その子にあげちゃってるけど、中には出来が気に入らなくて渡さずに廃棄しちゃう物もある、これがそれってわけ。 でも、中には…」
出来は悪くなくても、そこに意図しないものが写ってしまっている物もある…そういうことですわね。 DPEの現場では、ユーザーに渡せない写真もかなりあると聞いた事があります。 もっとも、取り越し苦労の場合も多々あるのでしょうが。
「だいたい分かりましたけど、この数というのは……時間掛かりますよ?」
「あら? 六条梨々の写真鑑定は早いって言うから持って来たんだけど?」
確かに乃梨子さんの鑑定は早いですわ、一枚5秒ほどで鑑定を終えてしまわれます。 しかし、この量は‥‥。
「鑑定と抽出は別問題ですから……」
「と、とりあえず、こうしていても何にもならないし。 乃梨子さんやってくれないかな?」
げんなりしている乃梨子さんに日出実さんは両手を合わせます。 そう言えば、そろそろリリアン瓦版の締め切りですわね。 今回は心霊写真特集でもされるのでしょうか? プライバシーの問題をどうクリアーする気なんでしょう、見ものですわ。
「確かに頭抱えたまんまじゃはじまらないか……。 瞳子、手伝って…」
「分かりましたわ」
こうして、乃梨子…もとい、六条梨々と没写真軍団との一見地味〜〜な戦いがはじまったのですわ。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
「……どの箱にも…入ってるわね……見ていくしかないか…」
そう言うと乃梨子さんは最初の箱を開けて、いっぱいに詰まっている写真を1分程見つめてから、おもむろに堆積している写真の中に手を入れ1枚、2枚とピックアップしていきます。
「あいたたた……」
それはそうですわ。 どっかの拳法の達人は熱く熱した砂に突きを入れて手を鍛えたなんて言う話を聞きますが、箱いっぱいに詰め込まれた写真の中に手を突き込めば、極一般人な乃梨子さんが手を傷めないはずがありません。
結局少量ずつ箱から取り出して、その中から該当写真をピックアップしていくと言う地味な作業を繰り返すことになるのですが………時間掛かりますのでそのシーンは割愛いたしますわ、一悶着あったのですけれど………。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
1つ目の箱からは14枚、2つめの箱からは8枚、3つめの箱からは9枚、4つ目の箱からは11枚、5つ目の箱からは5枚の写真を拾い上げました。
さて、日出実さんのご要望は『使えそうなの』とのことでしたが、聞くまでも無くリリアン瓦版になのでしょうね。
拾い上げた47枚の写真をざっくりと選り分ける乃梨子さん。
「こっちの36枚が、所謂オーブってヤツ、この6枚が霊が通りすがりにたまたま写りこんだだけの特になんてことの無い心霊写真」
「なんてこと無いって……」
「そんなに怖がることも無いわ、因縁も無いし。 放って置いても実害は無いわ」
「ですが…こっちのオーブ? 私には埃に光が当たってそう見えるだけに思えてならないですわ」
「そう言う物の方が多いわよ。 実際‥‥え〜〜っと……あ〜これこれ、これなんかは典型的な埃に光が当たったの。 で〜……こっちはよくある目の錯覚、4っつの点が目、鼻、口のような位置関係にあると人はそこに顔があると思ってしまうの。 そして……これ、心霊関係じゃあないんだけど…蔦子さま」
「んん〜……あ〜現像液のムラかな、たぶん」
なにやら霞のように見えるものが、朗らかに笑っている女生徒の肩に掛かっているのです、乃梨子さんに言われなければ”エクトプラズム”? に見えますわ。 デジカメ全盛の世の中で、フィルムカメラに何か拘りでも持たれているらしい蔦子さま。
さて5枚の詳細ですわ。
その写真には…由乃さまが写っていらっしゃいます。 どこかへ向かっていらっしゃる様子ですわね、眉間にしわを寄せて”ガスッガスッ”という足音まで聞こえてきそうなのはさすが蔦子さまの仕事ですわね。 そしてその肩のところに……人の…女性の手のようですわね。
「由乃さまに憑いている女性の霊体が、由乃さまに『ちょっと待って冷静になりなさい』って……言ってるんだけど。 まあ、見て分かるとおり聞こえてないのよね〜」
”苦労が絶えないみたいねお姉さん…” 私にはそう聞こえたのですがはたして…。
祐巳さま由乃さまが薔薇さまになられて、菜々ちゃんが由乃さまの妹になった頃、この時乃梨子さんが言った”お姉さん”の意味が分かるのですが、それはまた別のお話ですわ(ホント自分の話しをリンクさせるのが好きですわね。 しかも微妙に違ってますわ)
残り4枚ですわ。
3年生の方でしょうか? 落ち着いた面持ちで夕日を浴びながら並木道を歩いていらっしゃいます。 素人目にはなかなか素敵なポートレートで、これといって変には見えないですが?
「これ…腰に近い所…」
あ、何か…なんと言うんでしょう、フワフワとした物が彼女の腰の付近にあるのが見えますわね。 オーブに見えますけれど違うのでしょうか? でも、乃梨子さん何か言いにくくそうですわね。
「いいのかな……浮世離れしてるリリアンに通ってても…現代の女子高生ってこと……なのかしらね……」
「ずいぶん持って回った言い方ね、なんなの?」
「これ……水子です」
”ヒキッ”一瞬空気が固まりましたわ。 そ、それは…思いっきりプライベートな事ですけれど…私もそうですが、みなさん免疫が無い話題だけに反応に困りますわね……。
「確か…この人花寺の男子と付き合ってたわね……」
つ、蔦子さま……恐るべし………ですわ…。 そう言えば由乃さまは祐巳さまの弟さんとお付き合いしていらっしゃったはず、大丈夫でしょうか? (そういうことにしておいて下さいまし)
「これ…放って置いてもいいんでしょうか? 水子の祟りって恐ろしいって何かで読んだ記憶がありますけど」
「すべての水子が祟るわけじゃないわ、この場合…」
笙子さんが神妙な顔をして乃梨子さんに問いかけます。 机の上に一旦おいた件の写真をもう一度手にとって詳しく視ていますわ。
「……この子は……あ、今は上がってるわね。 うまく供養もされているみたいだし。 水子にも性格が有ってね、とっとと現世に見切りをつけて次の機会に備えて上がるのもいれば、いつまでも母にしがみついている子もいるわ」
霊にも性格が有るらしいことは、私も今までの経験で何とはなしに気づいていたのですが、水子にもそのようなものがあったのですね。
「……手術して間もない頃じゃあないかな、これ」
まだまだ知らないことだらけですわ。
あと3枚ですわね。
合唱部で独唱をされている方を撮った写真ですわね。 仮にAさまとしておきましょう。 蟹名静さまほど名が通っていらっしゃらないですけれど、実力はあるお方ですわ。 写真中央で曲名は分かりませんが凛として一際輝いて見える…のですけれど、どこに霊が写っているのでしょう? あ、あらら?
「こいつ、性質が悪いわ」
乃梨子さんが鋭い目つきで写真の一点を睨みつけてからピシッとそこを指し示してくれました。
「あっ」
「ひっ」
「ぅぁ〜」
「あらら、これは……ホント性質が悪そうですわ」
最初が蔦子さま、笙子さん日出実さん私の順ですわ。 独唱をされているAさんのすぐ後ろに良く見るとぼんやりと人が立っています。 ”ニタ〜”っと底意地の悪さが分かるような顔をしていまして、前へと伸ばした手が……。
「首…首絞めてませんか?」
笙子さんが言うように、その霊は伸ばした手を独唱をしているAさんの首に絡めています。
後で聞いた話ですが、蔦子さまと日出実さんは顔はなんとなく分かったそうですけれど、手は分からなかったそうですわ。
「こいつは人の不幸を面白がってる、人を貶めようと画策して、最終的に自殺させる。 ……人の話し聞かないのよね〜このてのヤツは」
「なんとか…ならないのですか?」
「なんとかって……どうしろと?」
「つまり笙子さんは、この霊を…除霊? できないのかと言いたいんでしょ?」
笙子さんの言葉を日出実さんが翻訳します。 まあ、分からないではありませんけれど。
「この人、確か今月に入ってから部屋に引きこもっちゃったそうだけど、関係有るのかしらね?」
この手の心霊関連は信じていなさそうに見える蔦子さまですけれど、乃梨子さん(六条梨々)の事はある程度評価していただいているのでしょうか?
「もし関係あるなら良くない方へ向かっているんじゃない? 何とかなるなら…」
「言いたい事は分かります、でも……こういう嫌なヤツでも上げてやるのが原則なんです。 よっぽどのことでもない限りは…」
「よっぽどのことではないんですか? なんか、もう何人も犠牲者が出ていて、この写真の方も……」
やれる…んですけどね……ただ…ん〜〜ん。
「乃梨子さん……梨々さん。 あれをやるしかないのでは?」
「何をやれって言うのかしら? 仁美さん?」
「……前に私を助けてくれた時の……念波の巡航ミサイル…トマホーク?」
以前手がけた依頼の時のことですわ。
ただの動物霊が依頼人の友達に悪さをしているのかと思っていたものが、性質の悪い霊体と結託していて、なんか新興宗教のご本尊に収まっていて、私にまで手を出そうとしたのですわ。 そのすべてが分かった時に、乃梨子さんはそのご本尊を粉砕してしまったことがあります。
後から聞いた話ですと、なんでもトマホーク巡航ミサイル見たいな物を発射して着弾した時に核爆発のイメージを送ったとか。
相手はどうなったのでしょう?
私もおじい様に告げ口しましたのでタダですんでいないと思いますわ。 どうなったか考えたくはありませんけれど。
「もっと簡単な方法もあるわ」
掻い摘んで以前の依頼の事とどうしたのかをお話している間に、いろいろ視ていた乃梨子さんが写真を覗き込むようにしながらいいました。
「この人の住んでる町に……神社…浅間神社があるはず……そこに行ってお参りできればOK。 お参りできればね。 当然妨害されるけど」
「今、乃梨子さんがぶっ飛ばした方が早いじゃあありませんか」
「めんど……いや違った…」
「めんど…?」
「ホントは強制排除はしないほうがいいのよ。 さっきも言ったけど、こんな霊(の)でも原則は上げてやらないとダメだから。 やるとなると……、一旦私か瞳子が引き取って、まあ、主に瞳子側に行っちゃうんだけど。 説得と浄霊って流れかしらね〜」
『この手のヤツは面倒で時間掛かるんだけどね〜』。 っと溜息をつく乃梨子さん。 『その間面白い反応をする瞳子が見れるんだけど〜』とは余計なお世話ですわ。 そんな事やる気はありませんけれど。
「ま、そのミサイルと核? ってのも見てみたい気もするけど。 私ってそっち関係の体験も無いのよね〜、当然見えない。 残〜念」
蔦子さまは少し肩をすくめて見せましたが、笙子さんはちょっと複雑な顔をしています。 笙子さんって実は視える人なんでしょうか? 勝手な設定ですわね。 核兵器を見たいという蔦子さま、いいんでしょうかそれで?
「お姉さまと同じクラスだったわね…結果話してみようかしら…」
後日談として。 真実さまと祐巳さまと由乃さまと志摩子さまの4人がかりでAさまを神社に連れ出して無事御参りを果たしたとか、かなり苦労をされたのだそうですが……。
残り2枚ですわ。
あら、笙子さんですわね。 どうやら冬の渡り廊下。 最近の写真ですわねカメラの方へ振り向いた所でしょうか? 少し驚いた顔をしていらっしゃいますわ。 ピントもばっちり合っているのはさすがと思いますけれど……。 はて、何でしょう? 全体に漂う違和感のようなものは?
「これって…あの時のですか?」
「うん、ま〜ね、3ショット撮った内の1枚ね。 なんとなく渡すべきじゃないなって思ってたのだけど。 それがこういうところで出てくるとわね。 それで? これって笙子ちゃんにどんな影響があるの?」
少し身を乗り出した蔦子さま、妹は持たないと公言していらっしゃいましたけれど気分はお姉さまでしょうか? 笙子さんは頬が少し赤くなっていますけれど、その方面の事は他の方に補完していただいた方がよいでしょうね。
「被写体は悪くないんですよ」
「極上だと思いますわ」
「うん、まあそうだけど。 普通の心霊写真だと、写っている人に関わりあるのが殆んどなんだけど、これの場合は写している人。 写真を撮っている蔦子さまの方に関わりがあるのよ」
「わ、わたし?!」
あら? 珍しく少し動揺していらっしゃいますわ蔦子さま。
「この写真よく見てください。 この霊は笙子さんとカメラの間にいてしかもカメラの方に、蔦子さまの方に向かってきている所なんですよ」
乃梨子さんの解説を聞いてよく見てみますと、なるほど、うす〜〜くですけれど目を見開いて何かを叫んでいるような人の影が見受けられますわね。
「関わりと言っても、たまたま通りかかったら、たまたま波長が合ったので近付いて来ているところを、たまたまシャッターを切っちゃったんですね」
「……たまたまって、そんなんありなの?」
「ありますよ、わりと…。 ま、ほっといても離れますけど、気分良くないですよね。 守護霊でもない霊が、四六時中へばり付いてるの」
「何とかなるわよね?」
「何とかできますよ、私じゃなくて蔦子さまでも何とか出来ますよ」
なんか二人で笑顔で腹の探り合いをしている感じがして結構怖いですわ。
「その気があるなら写経をしてください。 般若心経を2回。 それを出来るだけきれいな川畔でこの写真と一緒に焼いて、その灰と塩を混ぜて川に流してください。 流したら降り帰らずに離れれば終わりです」
「…そう……ふ〜〜ん…」
さて、最後の1枚ですわ。
「あら、私ですわね」
「前から言ってるけど、瞳子は呼びやすいからね」
「いいのか悪いのか……。 でも蔦子さま。 これ、どうやって撮ったんですの」
「ふふふ、企業秘密」
「今回のは、瞳子関係ないけどね」
校内を移動中の私と、敦子さんと美幸さんが写っています。 白ポンチョを着て……。
「ちょっと珍しいものが写ってるのよね〜。 ここら辺」
そう言いながら乃梨子さんは、美幸さんの右側後ろにある植え込みの少し上辺りを、指先で円を描いて見せる。
「………横顔…ですの?」
「なんか、黒いフードみたいなの被って見えるんですけど」
「………分かる?」
「……え〜、ちょっと分かんないです」
蔦子さまと日出実さんは頭の上にクエスチョンマークが見えますわね。 笙子さん、力持ちで視える人? キャラ付けの方向性間違えていませんか?
「珍しいわよこれ、普通写るものじゃないしね。 ま、これの場合は通り過ぎただけのようだけど」
「何ですのこれ?」
「死神」
………………………
…………………
……………
………
……
…
「私も見たの2度目だわ」
「い、いえ…あの、なんとおっしゃいました乃梨子さん」
「ん? 死神? 珍しすぎるよね、こんなもの撮っちゃうとは、さすが蔦子さま」
「3名ほど固まってしまっていますけれど。 死神ですのこれ?!」
「そう。 次の仕事先に行こうとしている所かしらねぇ〜、仕事熱心だわ彼らは。 まあ、そんなに怖がらないで」
「怖いですわよ! って、本当にいるんですのね死神って」
「人間の天寿を書き付けた帳面通りに抜けた魂を案内するだけなんだけど」
3人が固まったままなのを放って置いて『魂が迷わないように案内する重要な神なんだけど、やっぱり死は穢れって取られるから誤解されやすいのかな?』っと……なんか解説してますわ。 その死神、なにもリリアンの中を通って行く事も無いでしょうに。
「まあ、珍しい者が写ってるってだけで、何か障りがあるわけじゃないんだけどね。 ……あの〜、そろそろ帰って来ませんか3人とも……まずかった? これ出したの」
写真をヒラヒラさせて微妙な表情になった3人を、不思議な者を見るような目で見る乃梨子さん。 あなたが不思議な人だと思うのですが、言わない方がいいのでしょうね、やっぱり。
「で、これもらってもいいですか?」
「ん? まあ〜いいかな、これ確か新聞部の依頼で撮った写真ね。 表情はいいんだけど、この時の依頼とは違ったからボツにしたのよね〜。 まあ3人には焼き増ししてあげてるけどね」
真ん中にお姉さま右に由乃さま左に志摩子さま、この構図はリリアン瓦版に載った写真と同じ。 ただ屋外で撮ったらしい写真の中では、急にふいた風に何かあったのか表情がやわらかくなっていい感じの写真になっています。 ………私も、欲しいですわ。
「ま、これにも写っているんですけどね」
「え?」
「これを撮った少し後に雪降りましたよね?」
「ん? ああ、降ったわね。 この後ヘアーセットやり直して2枚撮って、そっちを新聞部に渡したのよね。 よく分かるわね?」
「…まあ」
*
*
*
*
3、薔薇の館
「…そう言えば、あの時もらった写真に写っているものって何なんですの?」
「関東だとレアだと思う。 ……あ〜、でも温暖化で東北以北じゃないと見られないかな」
「その口ぶりですと、悪いものではなさそうですわね」
「冬限定だけどね」
「冬限定? 何なんですの?」
「雪ン子。 ふふふ、雪の精よ。 空からフワフワ降りて来ててね、あの写真の中だけで5匹いるのよ。 ん? お姉さま達、戻ってきたみたいね」
「あ、そうですわね。 片付けませんと…」
階段を何事か相談しながら昇って来るお姉さま方、『…喫茶マウンテンに行ってみたいんだけどね…』『…噂は聞いてるけど、挑戦しに行ってみる? 名古屋だっけ…』『よく分からないのだけど、すごそうな話ね…』 何の話をしているのでしょう? 危険な単語もあったようですが。 依頼の原稿を続けるわけにも行かなくなります。 電子メモ帳をしまって、お迎えの準備をしませんと。
「ただいま〜。 あ、瞳子〜。 お汁粉食べたいな〜わたし」
「そのような物はありませんわ。 帰りに買ってこればよろしかったのに」
「え〜〜、だってほら。 指をこう”パチン”って鳴らすと、執事とかメイドとかがサッと現れて最高のお汁粉を持ってきてくれるとか」
「…それは指を”パチン”っと鳴らせるようになってから言って下さいませ。 ホントに、執事やメイドを何だと思ってらっしゃるのですか」
『あれ〜っ?』と言いながら指を鳴らそうと腕をブンブン振ってます…………かわいい(ハート)
「それはそうとして、さっき話してたんだけど……」
挑戦とか勝負とかの話しだといきいきしますわね由乃さまは。
話しの内容は、名古屋の『喫茶マウンテン』と言うお店があり、そこには甘党をうならせるようなメニューがあるんだとか。 危険な香りを感じ取った乃梨子さんは反対したのですが、的確ではない反対は却下され、喫茶マウンテンへ登山? することになったのですが……喫茶店へ行くのに登山? まあ、これは別のお話と言うことで。
ただ、人間の創造力とは、時として霊より恐ろしい物を生み出すのだと実感できる体験だったと…………。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 了 〜〜〜
幻想曲シリーズ
※注意事項※
登場人物が天に召される描写があります。
パラレルワールドを題材にしています。
連載で【No:2956】→【No:2961】→【No:2964】→【No:2975】→【No:2981】→【No:2982】→【No:2996】→【No:3010】→【これ】→【No:3015】→【No:3020】(完結)になります。
以上を踏まえて、お読みください。
もし、信号が黄色だったら? ──注意して進む。
赤だったら? ──自己責任で進む。
白だったら? ──自分の色に染めながら進む。
黒だったら? ──手探りで信じて進む。
茶色だったら? ──汚れをかわしながら進む。
玉虫色だったら? ──その時の気分で。でも、たぶん進む。
じゃあ、青だったら? ──決まってる。真っすぐに先頭を切って進むのだ。
「ちょっと待ったーっ!!」
壇上で説明していた祐巳さんがこちらを見る。
由乃は素早く列から離脱し祐巳さんめがけて駆け出していた。
蔦子さんが気づいてこちらの方に駆けてくる。
「笙子ちゃん、頼む!」
「えっ!?」
声をあげたのは蔦子さんだったか、笙子ちゃんだったか。とにかく、飛び出してきた笙子ちゃんが蔦子さんにタックルする。不意打ちで蔦子さんはそのまま笙子ちゃんと一緒に倒れる。
「失礼!」
由乃は2人をひょいと飛び越える。
「待ちなさい!」
立ちはだかるのは細川可南子ちゃん。こっちの世界でもでかい。いや、こっちの方がでかいのかもしれない。
右にかわそうとするが、素早く回り込まれそうになり、それならばと由乃は左にターンするが、可南子ちゃんはバスケで鍛えた身のこなしで、切り返してさっとついてくる。
「ごめん!」
由乃は身を低くして、素早く可南子ちゃんのスカートを掴むと思い切りまくりあげた。
「きゃあっ!!」
慌ててスカートを抑え込む可南子ちゃん。それより素早く由乃はスライディングで可南子ちゃんの足元をくぐりぬけると立ち上がり、前だけ見て駆け出す。
新聞部の皆さんがあちこちに立っているものの、昨日の約束通り中立を守って手出しはしてこない。
壇の下で待ちかまえている乃梨子ちゃんがこちらに向かってくる。
しかし、由乃はあと一歩で意外な敵に捕まった。
後ろから音もなくぴったりくっついてきていた、松平瞳子ちゃんである。
後ろから抱えられるような格好となり、由乃は両腕の自由を奪われた。
「くっ!」
由乃は首を激しく振って抵抗する。
三つ編みおさげが鞭のように瞳子ちゃんに襲いかかる。
しかし、標準装備の盾ロールが三つ編みの衝撃を次々と吸収する。
「そんな事したって、放さないわよ!」
まさに攻防一体の盾ロール、攻撃に転じてドリルでやられたら、防御というものを知らない由乃はまずい事になる。
ならば、と、由乃は体重を後ろの瞳子ちゃんに預け、正面に来た乃梨子ちゃんの体を駆け上がるかのように足を動かす。
「うわっ!」
蹴られて吹っ飛ぶ乃梨子ちゃん、負けじと裏投げというか、バックドロップで由乃をしとめようとする瞳子ちゃん。
しかし、不幸にも加勢しようとして瞳子ちゃんの背後にたどりついた可南子ちゃんが死に体の由乃を救った。
由乃の体が宙に浮きあがり、足が弧を描いて見事に可南子ちゃんにサマーソルトキックを決めたのだ。
「きゃあぁ!」
不安定な体勢になり、瞳子ちゃんはそのまま沈む。
1年椿組トリオ、撃沈。
由乃は脱出すると、一気に壇上の人となった。
「由乃っ!?」
令ちゃんが、ぽんっと壇上に現れた。
しかし、それを祥子さまが制した。
どういう事かはわからないが、作戦継続。由乃は叫んだ。
「福沢祐巳さんっ!」
「はいっ!」
フルネームで呼ぶと祐巳さんは緊張したように返事をした。
「私は、祐巳さんが好きっ!」
由乃の顔から火が出て耳まで赤くなる。
つられて祐巳さんの顔も赤くなる。
講堂中の人が二人に注目する
「私は1年生で、しかも、今、お姉さまのロザリオが首にかかっていない。そして、今祐巳さんには妹がいない。これって条件が揃っていると思わない?」
講堂中から「えっ!?」「まさか!?」と声が聞こえてくる。
「よ、由乃さん!?」
祐巳さんは目をぱちくりさせて、裏返った声でそれだけ言うのがやっとで、あとは口をパクパクさせている。
「私は祐巳さんさえよければ、今ここでもいいと思ってる」
一歩前に出る。
「略奪」「逆プロポーズ」という言葉が聞こえてきた。
「え、ええええっ!?」
祐巳さんは見事に動揺して固まってしまった。
「私の事は好き? それとも嫌い?」
由乃は一気に攻める。
「それは、その……好きではあるけれども、でも……なんというか……」
祐巳さんはオロオロして、ただでさえ煮え切らないのが輪をかけてぐずぐずになってしまった。
「どうしたの? 言いたい事があるなら、はっきりして」
「そんな風に見た事はないし、だからと言ってその……」
人よりちょっぴり短い堪忍袋の緒を持って生まれた由乃のイライラは頂点に達した。
「ええい、ウジウジウジウジと! 言いたい事ははっきり言えっ! たとえどんな経過でも、選挙で生徒の代表として選ばれた人間がどうして自信を持ってものが言えないっ! そんな事だから妹に愛想を尽かされたんでしょっ!」
びしっ、と由乃は祐巳さんを指差した。
講堂が静まり返った。
「人の心は家と同じよ。『友達の部屋』、『お姉さまの部屋』、『妹の部屋』って感じの部屋がいくつもあって、その部屋にそれぞれの思いを住まわせるの。なのに、祐巳さんの家はがたがたで、住むにはとても頼りないから、『こんなところには住めない』って妹が逃げてった。それが今の祐巳さんよ」
祐巳さんは黙って由乃を見つめている。
「そりゃあ、我を通して人を不快にさせたり、傷つけることだってあるわ。でも、そんなの怖がってたら一歩も前に進めないでしょう? 不快にさせたり、傷つけたりしたらちゃんと謝って、やり直したっていいじゃない。好きなら好き、嫌いなら嫌い、それの何が駄目なの?」
由乃は祐巳さんを見つめ返す。
「そ、それは……」
「そもそも、祐巳さんにとって妹なんてどうだっていい問題なの?」
「そ、そんな事! わ、私は瞳子ちゃんの事──」
「言いたい事があるなら本人に言いなさいよ! それに、妹に『ちゃん』なんて付けるなっ!」
由乃は祐巳さんの肩を抱いてくるりと瞳子ちゃんの方を向かせると、そおれっと前に押し出した。
とととっと祐巳さんは前に出て、壇から落ちそうになるのを堪える。
「とっ、瞳子っ」
真っ赤になって、力いっぱい名前を呼ぶ。
講堂中の視線が別の二人に移る。
呼ばれた本人は、由乃と祐巳さんとのやり取りの間に乃梨子ちゃん、可南子ちゃんと一緒に復活してじっと祐巳さんを見ていた。
「あ、あのっ」
呼び捨てにして呼びかけたはいいが、祐巳さんの頭の中はまだまだ混乱しているらしくて後が続かない。
「……やっと、呼び捨てにしてくれましたね」
さすが出来た妹だ。
瞳子ちゃんは静かにそう言って祐巳さんにフッと笑いかける。
「祐巳さま、いいえ、お姉さま。今までのご無礼お許しください」
瞳子ちゃんは演劇部で鍛えた講堂中に響く声でそう言って90度に頭を下げた。
「ううん、瞳子。私こそ謝らないと。ごめん。駄目な姉で本当にごめん!」
祐巳さんも頭を下げる。
がばっ、と体を起して瞳子ちゃんは言った。
「お姉さま」
祐巳さんが頭をあげる。
「もう一度私を妹にしてくださいませんか?」
祐巳さんがうなずいて手を差し伸べる。
「おいで」
呼ばれるまま瞳子ちゃんが壇に上がってくる。
祐巳さんの制服のポケットからロザリオが出てくる。祥子さまから貰ったあれだ。
瞳子ちゃんが膝を曲げて頭を少し下げる。
両手にかけられて大きな輪になったロザリオを祐巳さんが縦ロールに引っかからないようにかけていく。
静かに祐巳さんが両手を離して、瞳子ちゃんが膝を直す。
「2本目の紅薔薇と紅薔薇のつぼみに拍手を」
いつの間にかマイクの前に立っていた志摩子さんの声にかぶるように講堂中から拍手が起こる。
中には感動して泣きだす生徒もいた。
ちらりと壇の下を見ると乃梨子ちゃんが大泣きしていて、可南子ちゃんが困ったようにハンカチを差し出していた。
「祐巳さん、おめでとう。瞳子ちゃんも」
由乃は心から祝福した。
「ありがとう。由乃さん」
「ありがとう」
二人は笑っている。
「全校集会はこれで終わりですが、その前に一つだけお話があります」
志摩子さんの声がする。
「これは私の個人的な話ですが、私の家は仏教の寺です」
「えっ!?」
きゅ、急に何を言い出すんだ志摩子さん!?
講堂中の人が今度は驚いて志摩子さんを見ている。
「私自身はキリスト教の信者で、この事について悩み、ずっとこの事を隠し続けてきました。そして、この事が知られたらリリアンを去ろうとさえ思っていました。しかし、寺の娘がキリスト教の信者であってはいけないという事はない、隠している事はないと言ってくれる人たちに出会い、もう、隠すのをやめる事にして、今、こうして皆さんに告白しました。でも、私自身は何も変わりません。今後ともよろしくお願いします」
再び講堂中から拍手が起こる。
いつの間にか移動してきた乃梨子ちゃんが志摩子さんの手を握っていた。
「乃梨子ちゃん、さっきは蹴り飛ばしてごめんなさい」
生徒の退場を見送りながら由乃は乃梨子ちゃんに詫びた。
「まったくですよ、もう」
乃梨子ちゃんは蹴られたタイのあたりをなでるようにして言う。
「瞳子の件が丸く納まらなかったら4の字固めくらいはお返ししましたよ」
「うわっ! それは勘弁」
乃梨子ちゃんが笑ったので由乃も笑った。
「志摩子さん、それにしてもどうして急に告白する気になったの?」
祐巳さんが聞いている。
「由乃さんの話を聞いて、父に確認してみたの。本当に檀家と賭けをしていたんですって」
志摩子さんが苦笑する。
「その時に、どうして私に家の事を口止めしたのかを聞いたの」
「お父さんはなんて言ったの?」
「人間の喜び、楽しみ、悲しみ、怒り、憎しみ、苦しみ、そういったもので悩む人のよりどころになるのが宗教だから、まずはそういったものを知る事が大事で、家がどうこうという事とは別の次元の話で。家の事はどこかへ置いておいて、友達を作って、普通の女の子がするような事を一通りやって、その中にあるいろいろな事を感じなさいって」
「それで?」
「そして、その上で宗教の道を志したいというのであれば、仏教だろうがキリスト教であろうがそんな事は些細なことだから、『言うな』と言ったのは家の事はあまり考えなくていいって意味だったって」
「じゃあ、言っちゃっても構わないって?」
「ええ。そして、それを乃梨子に相談したら、いいんじゃないかって言うから」
微笑みながら志摩子さんは乃梨子ちゃんと見つめあう。
「なるほど。これで仏像デートも大っぴらにできるってわけだ。このっ」
由乃は乃梨子ちゃんの肩に肩をぶつける。
「別に。私は志摩子さんの意思を尊重しただけです」
プイっと横を見る。
あれ? 今……
「ありがとう。由乃さんの話がなかったら告白しようだなんて思わなかったわ。告白して、こんなに気持ちがすっきりするなんて」
志摩子さんが満面の笑みで由乃の手を取る。
「私は、たまたま口が滑ったって言うか……いや、口が滑ったと言えば、今、乃梨子ちゃん、『志摩子さん』って言ったよね?」
乃梨子ちゃんがカシカシと頭をかく。
「由乃さんが令さまの事を『お姉さま』って呼ばないで『令ちゃん』って呼んでいるのを聞いて、学校では『お姉さま』、それ以外は『志摩子さん』でって。私もその方が嬉しいから。でも、まだ慣れてないのよね」
志摩子さんに暴露されて真っ赤になって乃梨子ちゃんはこっちを見ていた。
からかってやりたいが、乃梨子ちゃんにはさっき蹴とばした借りもある。
武士の情けで黙っていてやろう。
「じゃあ、先にマリア像のところで待ってて。ちょっと用があるから」
由乃は一人駆け出した。
由乃がマリア像の前に行くと昨日の夕食前の電話の相手、鳥居江利子さまが輝かしいおでこと笑顔で待っていた。
その前には仲間たち、祐巳さん、瞳子ちゃん、祥子さま、乃梨子ちゃん、そして令ちゃんがいて、ちょっと外れたところにカメラを持った蔦子さん、それに寄り添う笙子ちゃんがいる。
「ごきげんよう。遅れてごめんなさい」
微笑みながら現れたのは、祥子さまのお姉さまの水野蓉子さま、蓉子さまに手を取られて現れた聖さま、その後ろに志摩子さんが控えていた。
「いや、志摩子がどうしても一緒に写真を取りたいから来てくれって大学に押しかけてまで言うから」
志摩子さんが呼びに行かなきゃ来ないつもりだったんですね、聖さま。ここの姉妹っていうのも独特だが、今はそれどころじゃない。
「江利子さま、本日は来てくださってありがとうございます。ごきげんよう、蓉子さま。お忙しい中ありがとうございます、聖さま」
由乃はぺこりと頭を下げる。
全員がごきげんようといえいえとが混じった頬笑みを返してくれる。
「蔦子さん、笙子ちゃんもありがとう。でも、皆さん。写真を取る前にちょっとだけ由乃に時間をください」
蔦子さんは軽く手をあげて、他のみんなは小さくうなずいて答える。
「令ちゃん」
令ちゃんは不思議そうに由乃の後ろを見つめていた。
令ちゃんだけじゃなくて、他の仲間も。
由乃の後ろには菜々がいた。
「見てて」
由乃は菜々の方を見た。
菜々はちょっと不安そうに由乃を見た。
昨日、中等部に行って、世界を変える覚悟があるなら今日の放課後時間がほしいと菜々に言っておいた。
具体的な話はしなかった。
そして、今日菜々は黙ってついてきてくれた。
由乃はポケットから「勇者の剣」、ダークグリーンの石のついたロザリオを取りだした。
「ああっ! 由乃さん、さっきロザリオ持ってないみたいな事言ってたじゃない!」
祐巳さんが思わず声をあげる。
「首にかかってない、とだけ言ったじゃない。それに、私は姉がいないとも、祐巳さんに私を妹にしてくれとも言った覚えはないけれど?」
「う……」
「わかったら、黙って見てて」
改めて由乃は菜々と向き合う。
何故、わざわざ「勇者の剣」を買ったのか?
もちろん、今向こうの世界の制服のポケットに入っているロザリオは向こうの世界の菜々の首にかけるからだ。
では、今由乃が両手で輪を作って持っているロザリオはどうするつもりなのか?
もちろん、こうするつもりだ。
「菜々」
「はい」
「前に言ったかもしれないけれど、私はこの『島津由乃が死んだ』世界の人間じゃなくて、『島津由乃が死ななかった』世界の人間で、あと2日、月曜日の午後には私が望もうと望むまいと『島津由乃が死ななかった』世界に帰されてしまう存在なの」
周囲から「えっ」という声が上がる。
菜々は黙って由乃を見つめている。
「それだけでも条件を満たしていないのに、さらにこっちでは私は高等部1年生で、あなたは中等部3年生。本来ならば申し込む事なんて出来ないんだけど、でも、どうしても私は私のお姉さまに妹を紹介したかった。だから、有馬菜々さん、私の妹になってくださいっ」
言った。
言ってしまった。
ボールは向こうにある。
その場にいる全員が菜々に注目する。
「あの、由乃さまの妹になったら、その、きれいなロザリオをもらえるんですか?」
由乃はドキリとした。
「あなた、向こうの世界のあなたと同じ事を言うのね」
それは、向こうの世界で菜々と初めて会った時に言われた台詞だったからだ。
「それは、たぶん根っこの部分では同じ人間だから、ではないでしょうか」
それだから由乃はこっちの世界の人達の事を信じてここまで行動出来たのだ。でも、同じ事を考えていただなんて。まだ返事をもらってないのに嬉しくなってくる。
「そうね。でも、こんな時にばか正直に言わなくたって」
由乃の事はあくまでロザリオのおまけなんですか、そうですか。
まあ、こっちじゃ4日前に会って、ちゃんと話をしたのが一昨日、トータルで3時間も話したかどうかだから、そんなところで判断するしかないのだろうけれど。
「でも、ちゃんと言わないと怒られてしまいそうですもの」
本当に菜々はよくわかっている。
「あなたはこのロザリオがほしい?」
由乃は菜々に聞いていた。
「ええ。とてもきれいで、欲しくて欲しくてたまりません。そんな理由でお受けしてもいいのでしょうか?」
やっと由乃が投げたボールが返ってきた。
しかし、それは由乃が予想していた諾否ではなかった。
予想外だった。
このままロザリオを渡す?
ロザリオのおまけは嫌だって断る?
由乃は……
「……は?」
ロザリオを自分の首にかけた。
「菜々、世界を変えたかったら自分でも動かないと。本当に欲しいなら、私からこのロザリオを奪い取ってみなさい!」
なんでそうなるの? 申し込んでいたのは由乃(さん又はちゃん)でしょう? とその場に居合わせた仲間たちがポカンとした表情になる。
「はいっ!」
嬉しそうに菜々が答えて由乃に飛びかかる。
「おっと」
由乃はひらりとかわして仲間のところに飛び込む。
「菜々ちゃん、こっち!」
「菜々ちゃん、頑張れ!」
みんなは何故か笑いながら菜々に声援を送る。
こっちだって簡単にロザリオのおまけにはなりたくない。
聖さまの周りを回ったり、江利子さまを盾にしたりしてしぶとく粘る。
菜々の手が伸びてくるのをバックステップでかわすつもりが、、がしっと両肩を掴まれた。
あっ、と思った時は遅く、菜々にロザリオを取られてしまった。
「おめでとう!」
「やったね、菜々ちゃん!」
歓声をよそにふり返る。
目があった志摩子さんが首を横に振っている。
じゃあ、誰だ?
「由乃さん、かけてあげないの?」
お返しとばかりに祐巳さんが言ってくる。
「わかってるわよ、もう」
菜々の手からロザリオを取ろうとすると今度は菜々がさっとそれをかわして言う。
「今度は由乃さまの番です」
「な、なんですって!?」
その場にいた全員が爆笑した。
菜々が駆け出す。
何故こっちが追いかけなくちゃあならないんだっ!
「いい子だからよこしなさいっ!」
振り向いて菜々はにやりと笑う。
「由乃さん、右!」
「頑張れ、頑張れ!」
追う方と追われる方、逆になって、瞳子ちゃんの周りを回ったり、蓉子さまを盾にする菜々に手を伸ばす。
ひょいと憎らしくよける菜々、ああっ! もう!!
勢いよく、体当たりするぐらいの勢いで飛びかかって、菜々の手からロザリオを奪い取ったが、勢い余って、マリア様のお庭の池に一直線に体が向かっていく。
「うわあっ!」
「由乃っ!!」
あわやというところで令ちゃんが由乃を抱きかかえて事なきを得た。
「もう、いいかげんにして」
令ちゃんが怒る。
「まあ、いいじゃないの」
江利子さまが笑いながら令ちゃんの肩に手を置く。
「じゃあ、菜々」
「はいっ」
由乃は菜々と向かい合う。
菜々が頭を下げる。
そっとロザリオをかけて由乃はゆっくりと手を離した。
「令ちゃん」
由乃は令ちゃんの方を見て言った。
「私がいなくなったあと、菜々の事を任せられるのは令ちゃんしかいないと思ってる。菜々の事、よろしくお願いします」
由乃は頭を下げた。
「令、責任重大よ? これじゃあ引きこもってはいられないわね」
くすくすと笑いながら江利子さまが言う。
「……わかりました」
令ちゃんが静かに言う。
「菜々。私はあとちょっとでいなくなっちゃうけど、でも、私があなたのお姉さまだって事は変わらない事実なんだからね!」
「はいっ」
菜々は元気よく返事をした。
「由乃ちゃん、やってくれたわね」
祥子さまが声をかけてきた。
「まったく、今日は令にドッキリをしかけて由乃ちゃんがいなくなった後も学校に来るように仕向けようとしたのに」
えっ!?
狙いは由乃じゃなかった!
そうか、だからあの時祥子さまは何か感じて令ちゃんを止めてくれたんだ。
あの時令ちゃんを止めてくれなかったら作戦は失敗していたかもしれない。
「祥子さま、いろいろとありがとうございました」
由乃は頭を下げた。
「その言葉は早いわよ。月曜日までいるんでしょう?」
祥子さまは笑った。
「はい」
由乃が返事をすると祥子さまが由乃の肩に手を置いた。
ああ、さっきの手はこれだったか、と思った。
「じゃあ、そろそろ写真撮りまーす」
蔦子さんが声をかける。
「じゃあ、黄薔薇ファミリーから」
由乃は令ちゃん、江利子さま、菜々とマリア像の前に並ぶ。
「どうやって並びますか?」
令ちゃんが聞く。
「うーん、じゃあ、令は菜々ちゃんの後ろ、由乃ちゃんは私の前、『おばあちゃんと孫』で」
江利子さまはそう言って由乃の肩に手を置いた。
フラッシュが光る。
「よかったわね、江利子」
蓉子さまが江利子さまに声をかけていた。
こっちの世界では、令ちゃんは引きこもって、由乃は死んでいたから、江利子さまは卒業式の時、妹たちのいない写真を取った事になる。
半年以上遅れての黄薔薇ファミリー揃っての記念撮影は、たった今加わったばかりの菜々も入った4人での写真になった。
くるりと江利子さまが向こうを向いた。
江利子さまを見ている蓉子さまの表情で、江利子さまがどんな顔をしているのかわかってしまった。
「次は紅薔薇ファミリーで。めでたく元の鞘に収まりましたの記念撮影よ!」
ちょっとハイテンションな祥子さまがそう言って祐巳さんと瞳子ちゃんを引っ張ってくる。
蓉子さまが嬉しそうに瞳子ちゃんの頭をなでていた。
「白は何もないの? じゃあ、ノリリンのファーストキスを頂く記念とかはどう?」
聖さまが乃梨子ちゃんに迫る。
「馬鹿言ってるんじゃなーいっ!!」
乃梨子ちゃんの叫びが響く。
志摩子さんは嬉しそうに笑っている。
学年別に、全員で、由乃と一人一人。
みんな次々と写真に納まった。
由乃は蔦子さんに自分の分は2枚ずつ欲しいとお願いした。
向こうの江利子さまに自慢して、調子に乗って没収されるつもりだった。
写真撮影が終わって、お開きになった。
「ごきげんよう。由乃ちゃん、向こうでも元気でね」
「ごきげんよう。今日は楽しかった」
「ごきげんよう。じゃあ、ね」
こちらの蓉子さま、聖さま、江利子さまとは今日が最後だろう。
「ごきげんよう」
由乃は手を振ってこたえた。
「ごきげんよう」
残りのメンバーはバスに乗って帰る。
こちらは月曜日に会えるだろう。
「ごきげんよう」
由乃はいつものように令ちゃんと歩いて家に向かう。
「まさか、由乃が妹を作るなんて」
ぼんやりと令ちゃんが言う。
「折角、妹を作ったのに帰っちゃうんだ」
令ちゃんはため息をつく。
「言ったでしょう? 私の力じゃどうしようもないのよ。まあ、かぐや姫は月に帰るもんだと思ってよ。それに、菜々は向こうにもいるから、向こうでも菜々を妹にする」
実は全然そんな段階じゃないけれど、でも、一度は菜々は由乃の差し出した手を取ってくれたのだ。もう一度もきっと大丈夫。その時はもっと格好よく渡そう。
「そっか」
令ちゃんが呟くように言う。
風が通り抜ける。
ぶるっと震える。
「じゃあ、私が向こうの世界に行っちゃおうかな」
令ちゃんが突然言う。由乃の足が止まる。
「やっぱり無理かな。あ、それに、向こうの世界には私がいるのか」
令ちゃんが笑いかける。
「ねえ、むこうではどんな感じなの? もし、由乃が生きていたら私とどんな風にすごしていたの?」
「いないよ」
「え?」
「向こうに令ちゃんはいないよ」
「え」
令ちゃんが固まる。
「私が殺したんだ」
続く【No:3015】
3011のつづき
「ありえないって」
「ほんとだって!可愛いよ!」
「からかわないでよー・・・」
もう、利香さんったらいつもからかうんだから・・・
地味な私が可愛いはずがないでしょ。
「んー・・・っそうだ!」
「?」
「ちょいと待ってて。」
何を考えたのか、利香さんが教室から出て行った。
「どうしたものか・・・」
しばらくして利香さんが帰ってきた。
あ、蔦子さんだー
「な、なにごと!?」
「でしょー?」
「何よ?」
もう、蔦子さんまで・・・
「・・・はっ!」
「「なに!?」」
「祐巳さん・・・メガネとってみそ」
「えー?とったら目が見えないーー」
「とれ」
「はい。」
利香さん怒ると怖いー・・・
う、全然見えない・・・
「どう?」
「「・・・・」」
「?」
もー・・・二人ともさっきからなんなのよ。
かたまってばっか
「・・・蔦子さん」
「利香さん」
「??」
「祐巳さんの顔を撮れ」
「はい」
カシャッ
「うー・・・」
目がチカチカするよぉ・・・
「何いきなり・・・」
「ほい。祐巳さんメガネ」
「ん。」
蔦子さんったら、いきなり写真撮るんだから・・・
うー・・・まだ目がチカチカするよ・・・
「ん。写真」
「う?」
わぁ、綺麗な人ー
こんな人この学校にいたんだー・・・
「この人だれ?」
「「ん。」」
二人とも私の方に指をさしているけど・・・
あ、私の後ろか。
後ろを見たけれどいない。ということは・・・
「わ、私?」
「「そうよ」」
「う、うそ」
私こんな綺麗な人じゃないよーーー!!?
幻想曲シリーズ
※注意事項※
登場人物が天に召される描写があります。
パラレルワールドを題材にしています。
連載で【No:2956】→【No:2961】→【No:2964】→【No:2975】→【No:2981】→【No:2982】→【No:2996】→【No:3010】→【No:3013】→【これ】→【No:3020】(完結)になります。
以上を踏まえて、お読みください。
バン、と銃で撃たれたような衝撃が全身に走った。
カバンを落とした事すら気付かず、由乃が拾って渡してくれたが、それも何度か目の呼びかけでようやく気付いた。
「殺した、って……」
やっとそれだけの言葉を絞り出した。
「こっちの世界と、向こうの世界って、『黄薔薇革命』を境に分岐しているみたいなの。こっちでは私は手術に失敗して死んじゃったけど、向こうではロザリオ返したその日に令ちゃんはトラックにはねられて死んじゃった」
由乃は淡々と話す。
「即死だったって。私はその時すでに手術するって決まってたからショックを受けないようにって、お父さんもお母さんも令ちゃんが死んじゃった事内緒にして、入院させられて。令ちゃんと一緒に肩を並べて歩きたかったから頑張って手術したのに、終わったら令ちゃんはもういないって伯父さんに教えられたのよ。ばかみたい」
由乃は私を見ながら自嘲した。
「入院中に祐巳さんを呼び出して、令ちゃんの事聞き出そうとしたら、口止めされてたらしくてオロオロしちゃって。それで令ちゃんに何かあったってわかったけど、まさか死んじゃってたとは思わなかった。せめて最期のお別れぐらいはしたかった」
由乃は視線をそらさなかった。
「でも、事故でしょう? 由乃が──」
最後まで言う前に由乃が言った。
「私が殺したの! 私がロザリオ返さなければ、令ちゃんはトラックの前に飛び出さなかったから、死ぬ事なかったんだもの」
私は由乃を抱きよせていた。
涙こそ流していなかったが、由乃は泣いているような顔をしていた。
「そんなの、由乃が悪いんじゃないよ。だって、私だってロザリオ返されたけれど、トラックにぶつからないで生きてる。由乃のせいじゃない」
由乃は私に離してと言うように手でそっと体を押す。
しかし、私は離さなかった。
「でも、向こうでは令ちゃんは交通事故で死んだっていうのは表向きで、私がロザリオを返したせいでショックで自殺したってみんなは思ってる。私が帰った後、令ちゃんが幽霊みたいに由乃と喧嘩した事を言って歩いたのを見たって人が大勢いて、その事がリリアンかわら版にも書かれてたから」
「ひどい……」
何ていう筋違いな事を。何故、由乃のせいにするんだ。
「ごめん。私が悪かった。あの時ホームルームと掃除サボって無理に由乃について行こうとしたから。ロザリオ返されてぼーっとして歩いてたから。あの時由乃を怒らせて心臓に負担をかけたから、手術だって失敗して……」
悪いのは私だ。
私がちゃんとしていなかったから由乃を苦しめる結果になってしまったんだ。
「……」
顔に由乃の手があたった。
いつの間にか流れていた涙を由乃が指でぬぐってくれていたのだった。
「令ちゃん、最後のは違うでしょう? 手術の失敗はいろいろな原因が悪い方に重なったからだってお母さんが言ってた。だから、こっちの由乃が死んだ事に令ちゃんは関係ないよ」
「そんな事っ! だって、あの時由乃はあんなに怒って、走るなんて事しなかったのに走って行って……あの時の無理がたたって」
由乃は私の口に指をあてた。黙って、という意味らしい。
「令ちゃん。よく考えてよ。手術の前に何度も検査したんだよ? 手術できないほど怒ってたら、手術は延期になったと思わない?」
由乃が私を見上げながら言う。
「だから、令ちゃんは関係ない。それに、私は令ちゃんの事、嫌いになった事なんてないよ。ロザリオ返したって、令ちゃんの事が好きなのは全然変わらないもの」
微笑んで由乃が言う。
「でも、そんな事考えて引きこもってたの? 本当にばかなんだから。私だって、令ちゃんが死んだってわかった時、いっぱい泣いたよ。でも、私は気付いたんだよ」
真っすぐに見つめてくる由乃の目に吸い込まれそうになる。
「私たちは近すぎて、いつか離れてしまうって事に死ぬまで気付かなかったけど、たとえ離れ離れになっても私の心の部屋に令ちゃんはちゃんと住んでて、由乃が必要な時はちゃんと訪ねてきてくれるって」
「訪ねる?」
「歌だか何かであったでしょう? 人が死んだら風になったり、土になったり、星になったりってやつ。令ちゃんが死ぬまでそんなの嘘だって思ってたけど、死んでからはそうなんだって思えるようになった」
由乃が一瞬目を閉じる。
「そう思ったら、令ちゃんはいつだって私の事見ててくれてるんだって思えてきて、いつまでもメソメソしてちゃいけないって。頑張って学校に通って、選挙にも出て。そうだ、私は向こうでは黄薔薇さまなんだよ。江利子さまには随分お世話になったわ。いろいろな意味で」
意味ありげに由乃が笑う。
「こっちでは令ちゃんが黄薔薇さまでおそろいかなってちょっと思ったのに。まさか、学校に通ってなかっただなんて」
「ごめん」
「だから、もう二度と令ちゃんのせいにしないで」
無言でうなずいた。何度も何度も。
「由乃も」
「ん?」
「私を殺したなんて言わないで。もし、由乃のせいで死んでいたなら、私もここにはいないはずだから。ロザリオを返されても生きてる支倉令はいるし、それに、私を殺した由乃が黄薔薇さまになんてなれないでしょう?」
由乃はじっと考えるように私を見つめた後、小さく頷いた。
落ち着いてきて、どちらともなく離れて再び家路をたどる。
「そうだ。明日の予定なんだけど」
由乃が思い出したように言う。
「私、自転車に乗れるようになりたい。自転車に乗れたら、むこうの令ちゃんと一緒に走れるし」
笑顔で由乃はそう言った。
参った。これは大変な事になった。
しかし、この流れで断る事は出来ない。
夜、叔父さん達の許可が出て、明日は公園で由乃の自転車の練習に付き合う事になった。
「離しちゃ嫌だよっ!」
「うん。大丈夫だよ」
「ちょっと、なんで離さないのっ? ああ、もう」
明けて日曜日。私と由乃は近所の公園にいた。
朝ごはんを食べて、さっそく公園に向かって、一通り教えると、由乃が自転車にまたがってよろよろと漕ぎ出す。
私は自転車の後ろをしっかりつかんでいて、由乃が「離さないで」というから手を離さなかったのに、怒られる。
「今、私は自転車に乗る練習をしているのよ? 『離さないで』って言っても離すのが当たり前じゃない」
「えっ、なにそれ」
「バンジージャンプの台から突き落とすなって言ったら突き落とす、熱湯をかけないでって言ったら熱湯をかける。そういうもんでしょ」
心なしか威張って由乃は言う。
「それは、お笑いの世界でしょう?」
「自転車の練習の作法だってそういうものよ。『離さないで』は『離せ』よ」
いつのどの作法なんだか。ああ、素直じゃない。
「はいはい。『離さないで』が『離せ』なのね」
再び由乃が自転車にまたがって走り出す。
「離さないでっ!」
パッと手を離す。
ばたりと倒れる前に由乃が足をつく。
「もう! 今のは離しちゃ駄目でしょう?」
また怒られる。
「ええっ、『離さないで』って言うから、離したのに」
「だから、『離さないで』ってちゃんと言ったじゃない」
「なによ、それ」
離してほしい時も「離さないで」、離してほしくない時も「離さないで」。
いったい、いつ、どうすればいいんだ?
「だから、スピードとか、揺れとか、なんか、そういうので見ててわからない?」
わかりません、そんなもの。
「難しいよ」
はあっ、とため息が出る。
由乃はとっとと自転車にまたがり、私はまた後ろを抑える。
「だから、離さないでねっ!……ああっ、また違うって!」
また、由乃の意思と違った事をしてしまったらしい。
素直に、「離して」って言ってくれればいいのに。
「ああっ、まだ離さないでよっ!」
しかし、これはきつい。
あと1日と数時間で由乃はこの世界からいなくなる。
「離しちゃ駄目だってっ!」
由乃曰く、望んでいてもいなくても関係なく、私のいない世界に強制送還される。
自惚れでもなんでもなく、由乃にとって私のいない世界にどれほどの意味があるのか。
「駄目っ! 離さないでよぉー」
出来る事ならば、由乃をこの世界に置いておきたい。
この手を離したくなんかない。
向こうに一緒に行って由乃とずっと暮らしたって構わない。
「まだまだだって! ここで離さないでっ!」
向こうにだって、両親はいる。友達も、仲間もいる。
現に、由乃は向こうで友達だった人達とうまくやっていた。
「離すのやめてっ!」
なのに、由乃は離してほしいという。
丈夫な体を手に入れたから、守らなくてもいいって。
「今離すんじゃないのっ!」
でも、由乃を離すなんて出来ない。
「なんで、さっきじゃないのっ!? だから、離さないでって言ってるのにっ!」
由乃は強い。
私が泣いている間、学校に通って、選挙を勝ち抜いて薔薇さまになっていた。
そして、妹も作ってしまった。
「ああーっ、もう、だからさっきから言ってるでしょう!? 離さないでってば」
この手を離したら、由乃は遠くに行ってしまう。
私は一人取り残されてしまう。
そんなの……
「離さないでよっ!」
でも、この1年、ずっと考えていた事があった。
私にとって、由乃のいない世界にどれほどの意味があると言うのか?
意味がないなら、何故、私は由乃の後を追わないのか?
「駄目駄目! 離しちゃ!」
後を追わないなら、じゃあ、私は何をするべきなのか?
私は、何のために生きているのか?
そもそも、私の人生って何だ?
「離さないでっ!」
手を離すと、それは絶妙なタイミングだったらしく、すっと由乃は自転車をこいでまっすぐ進んでいく。
「令ちゃん!」
嬉しそうに由乃が振り返る。
「由乃、危ないっ!」
慌てて由乃が前を見るが、真っすぐに、目の前の木に向かっていく。
ブレーキをかけて止まってくれればいいものを、磁石に引きつけられるクリップみたいに向かっていって、激突して、引っくり返った。
「由乃っ!」
由乃はゆっくりと起き上る。
「大丈夫?」
「う、うん」
と言ったが、小さくイタタ……と由乃が呟く。
「どうして止まらなかったの?」
「だって、知らないんだもの、止まり方」
いかにも由乃らしい言い方だ。
「ブレーキをかければいいんだよ」
「ブレーキかけたらさ、倒れない?」
「そういう時は、足をつけばいいんだよ」
こんな風に、とやって見せる。
「そんなの、教えてもらってないもん」
思わず頭を抱える。
最初にやって見せたはずなのに、進むところだけはしっかり聞いていたのだろうが、止まる事なんて流していたのだろう。
本当に由乃らしい。
「でも、今の調子でやればいいのね。じゃあ、もう一回」
由乃はまたサドルに座った。
「離さないで」からやり直しである。
「じゃあ、離さないでよっ!」
再び由乃が手を離れて風に乗ったように走り出す。
その時、頬に風があたった。
(由乃?)
確かに、由乃を感じた。
由乃は手を離れて、ずっと進んで行ってるのに。
(いや、これは)
これはこっちの世界の由乃だ。
マリア様と一緒に見守っていてくれている由乃だ。
昨日、向こうの世界の由乃が教えてくれた、風になった由乃だ。
由乃が死んで、私は初めて由乃を感じられた。
(由乃……)
死んだ由乃は、ずっと私を訪ねてきたかった、本当は何度も訪ねてきたのかもしれない。
しかし、私は引きこもって、ずっと由乃を感じる事が出来なかった。
いや、拒否していたのだ。
向こうの由乃に教えられなければ、私はこうしてこれから時折訪ねてくるであろう由乃に気付かなかったかもしれない。
私は生きていていいんだ。
私は自由にしていいんだ。
私は由乃から手を離していいんだ。
(ありがとう、由乃)
向こうの由乃といえば。
「やった! 止まれたよ!」
今度はブレーキを踏んで、足をつく事に成功していた。
「うん。じゃあ、今度は曲がってみようか」
「曲がる」
「そうだよ。道路も行先も真っすぐだけじゃないでしょう? いちいち自転車降りて、方向転換して、また乗るの?」
「まさか」
その後、何度も派手に転倒し、帰り道に私の愛車を門にぶつけて廃車にしてくれた。
叔父さんが新車を買ってくれるというので黄色いのを選んだら、「帰ったらおそろいのを買う」って言って嬉しそうにしていた。
料亭でさよならの会をやって、家に帰った。
夜が明けたら、明日は由乃が帰る日だ。
続く【No:3020】
ごきげんよう。【No:3009】の続きです。
一日の終わり。
パソコンを起動し、『フリーセル』をプレイする。
ただひたすらに、何度も何度も…
嫌な事を忘れるためなのか、それとも他に理由があるのか。それすらもわからずにただひたすらに、何度も何度も…
なんと陳腐な娯楽なのだろう。無駄な時間だけが過ぎてゆく。
つまらない…
それでもやり続ける。
いつかやらなくなる日は来るのだろうか…
あゆみさんや黄薔薇姉妹が復縁したのが影響して「復縁ブーム」が到来した。
まあ、あっという間の出来事だったが…
ただ、それで終わりという訳では無かった。
恋歌さんがわたしに山百合会のメンバーの写真を見せてくれている。
リリアンというマリア様の庭に通う者ならやっぱり知っておくべきだと押し切られた。
どうも恋歌さんには敵わない。
「それで、このお方が『黄薔薇様』、鳥居江利子様です」
『ろさ・ふぇてぃだ』ね。この人、凸広いな…
黄薔薇革命ってこの人の妹たちが引き起こしてんだよね…
この人、何してたんだろう?
「ねえ、この人、黄薔薇革命のとき…」
「…?あ、ああ。確か親知らずがどうたらこうたら…みたいです」
「どうたらって。病気だったのね」
「はい。このお方が本調子だったらあれは起こらなかったかもしれないですね…」
「…そうね」
まあ、病気なら仕方がないだろう。口の中が痛いなんて日常生活にも影響があるだろうし。黄薔薇革命の事でこの人を責めるのはおかしいと思う。
「そして『黄薔薇の蕾』の支倉令様とその『妹』の島津由乃さんです」
この二人は…まさしくわたしがあの日見た二人だ。
なんでもベストスール賞をもらった人たちなんだとか。
そんな二人が…まして、リリアンの象徴の一つ『黄薔薇』を冠する二人があんなことすれば純粋培養のお嬢様たちへの影響は計り知れない。
なぜか言いようのない怒りが込み上げてきた。
この二人はあれだけの騒動を起こして今は平然と学校に通っている。
しかも復縁までして、以前よりも仲がよくなっているらしい。
「祐沙さん?」
「……へ?」
「お顔が強張っていましてよ?どうかなさったのですか?」
「……そんな。大丈夫よ」
「いいえ。聡明な貴女の事です。いろいろあるのでしょう?」
「聡明って、わたしが?!そ、そんなことあるわけないじゃない!」
「あらあら、怒らせてしまいましたか?ご謙遜なさらなくても大丈夫ですよ」
「ちょっ!面と向かってそんなこと…」
「うふふふ。恥ずかしいのですか?百面相していますわよ?」
「お願い!もうやめてよ、恥ずかしい…」
「可愛らしいですね、祐沙さんは」
やっぱり敵わないな…
「結構の数の姉妹が復縁できたようですね」
「そうみたいね。まったく、何考えてんだか…」
「まあ、そうおっしゃらずに。でも、何組かは結局破局したまま終わってしまいました」
「……まあ、自業自得だけど…その一言で片付けたくはないわね」
「そうですね」
このクラスにも破局したままの姉妹の子はいる。
何とも悲痛だ。今にも死にそうな顔をしている。
そんなにお姉さまを愛しているのなら…いや、止そう。きりがない。
本当にこれで『黄薔薇革命』は終焉を迎えてもいいのだろうか…
いや、いいわけがない!
放課後、わたしは恋歌さんと一緒に『薔薇の館』へと足を運んだ。
『紅薔薇様』はここを生徒であふれる場所にしたいそうだ。
でもこんな頼りない建物にたくさんの人が来たら簡単に崩れそう…
「祐沙さん。いったい何をなさるんですか?」
「少しお話してくるだけよ。なんなら貴女はここで待っていてもいいわよ」
「いいえ、貴女を一人で戦わせはしません。一緒に居させてください」
「あ、ありがと…」
「いいえ、こちらこそ」
恋歌さんは恥ずかしい言葉でも平気で相手に伝えることができる。
素晴らしいとも、羨ましいとも思う。だから普段、彼女には敵わないのだ。
「祐沙さん。会議中とありますが…」
「関係無いわ。笑い声が聞こえるもの」
「貴女ってどうしてそんなにかっこいいのですか?」
「な、ななな。…何言ってるのよ?!」
「本心を言葉にしただけです」
「恋歌さんお願いだから…わたし、そういう風に言われるの慣れてない…」
「じゃあ、鍛えなくてはね、祐沙さん」
「………くぅ〜」
でも彼女からは勇気をもらった気がする。実を言うとちょっとだけ怖気づいていたから…
でも、もう大丈夫。
ビスケットのような扉を開ける。
「失礼します」
「何の用?!今は会議中と書いてあるのが見えなかったの?!!」
長い黒髪を携えた人がヒステリック気味に怒鳴って来た。
「…ひぃ」
恋歌さんは完全にひるんだのか、わたしの腰に抱きついてかろうじて立っている。
今の恋歌さんの顔を見ることが出来ないのが悔しい。
きっと可愛い顔をしている筈だ。
恋歌さんがわたしに抱きついているせいで、彼女の体温が伝わってくる。
そのおかげでわたしは不思議と怒鳴ってくる彼女が全く怖くなかった。
「会議中ですか…優雅にお茶会をしているようにしか見えませんけどね」
「なんですって?!!」
「まあまあ、祥子。落ち着いて」
この前わたしに抱きついてきた人だ。
「聖様!落ち着いていられますか!あの子は私たちを侮辱しているのですよ?!!」
「侮辱も何もどう見たってお茶会じゃないですか」
「今、ちょうど休憩中だったんだ。許してよ、祐沙ちゃん」
「休憩中ですか…図書委員の人たちは昼休みも放課後も一生懸命、私たちが図書室を使いやすいようにってがんばってくださっていましたが?ねえ、恋歌さん」
「……?!え?!そ、そうですね!そうでした!!」
無茶振りしてごめんね、恋歌さん。
「は〜あ…えらい人ってどこ行ってもこんなものなのね。日本の国会みたい」
「祐沙ちゃん何気にきついね…」
「貴女!大概にしなさい!」
「わたし、間違った事なんて言っていませんよ?事実じゃないですか」
「貴女、祐巳のような顔をしているくせに…?」
なぜか黒髪の少女『祥子』さんは勢いが無くなった。
「祐巳?もう一人?」
「へ〜。貴女祐巳のこと知っているんですか」
「私の妹よ…」
祥子さんは驚きが隠せないらしい。
というか、ここにいる人たち(聖を除いて)みんな幽霊でも見ているかのように固まっている。
すると聖様は、
「ねえ祐巳ちゃん、祐沙ちゃんの隣に立ってよ」
「わ、わたしがもう一人…」
今の声の方を向くと、『もう一人』のわたし、『福沢祐巳』がショックを受けて佇んでいた。
「はじめまして、福沢祐巳さん。どうやらわたしの事は全く知らないみたいね」
「……え?ええ?」
目を白黒させたまま、祐巳はわたしの隣に立った。
「聖、貴女あの子の事知っているの?」
「うん、運命的な出会いをしたんだ〜。ね、祐沙ちゃん」
「そうでしたか?いきなり抱きつかれて凄く不快でしたよ」
「そんなこと言わないでよ〜。祐巳ちゃんかと思ったんだもん」
そう言いながらわたしと祐巳に近づいて来て…
「ぎゃう!!」「……やっぱり」
それより今の「ぎゃう!!」って…
「あ〜。祐巳ちゃんの怪獣の鳴き声…可愛いな〜」
「せ、聖様〜。やめてくださいよ〜」
「や〜だ。ふふふ、ダブル祐巳ちゃんを抱きしめることに成功しました、紅薔薇様!」
「聖。やめなさい」
「はいはい。しっかし相変わらず祐沙ちゃんは反応薄いね」
「厭だとあの時言いましたが?」
「はいはい、そうだったね。もう少し可愛げが無いと素敵なお姉さまに会えないぞ〜」
「…どうでもいいです」
「貴女!『姉妹制度』を侮辱なさる気?!」
祥子さん、上級生なので祥子様か…再びヒステリックに叫ぶ。
この人は無視だ…
「ね、ねえ…貴女は…」
隣で祐巳がいまだショックから立ち直ることができず、情けない声で聞いてくる。
「わたしは松原祐沙。まあ、今は貴女の事はどうでもいいの。わたしは『黄薔薇の蕾の妹』に用事があるの」
「わ、私?!」
お下げの子が驚いた反応をする。
「そうよ。貴女」
「ねえ、令ちゃん。私あの子に何かしたかな…」
「わからないよ、由乃。なんで私が知ってるの?」
…自覚がないのか。じゃあ、とことんわからせてやるわ…
「とりあえず、退院おめでとう」
「え?あ、ありがとう」
「術後の調子はどう?」
「ばっちりよ。すこぶる良好よ」
「そう。それはよかった」
「令様とも仲直り出来て…」
「ええ、凄くうれしいわ」
「そう…」
思ったとおり、この女は何も分かっていない。
わたしがここに来た理由。無理もないとは思うが…
少しトーンを落として問いかける。
「ねえ、理恵さんって知ってる?」
「理恵?誰よそれ」
「じゃあ、和美さんは?」
「知らないわよ」
「美貴子さんは?淑恵さんは?!春奈さんは?!!」
「し、知らないわ」
「そう。じゃあ教えてあげるわ!お姉さまにロザリオ返して、そのまま破局しちゃった人たちよ!!」
「そ、それがどうしたっていうのよ!!」
「それがどうしたですって?!!本気でそんなこと言っているの?!!」
「はあ?!当たり前じゃない?!!自業自得でしょ?!!」
「確かにそうよ。でもねあんたに一番責任があるのよ!!」
わたしは由乃さんの胸倉を掴んで無理やり立たせた。
彼女は唇が触れ合うくらいの距離でわたしに怒鳴りつけてくる。
「何すんのよ!!」
「あんたは何で令様にロザリオを返したの?」
「はあ?!あんた『黄薔薇革命』を蒸し返す気?!」
「そうよ。そもそも『黄薔薇革命』は終わっていないわ」
「なんでよ?!」
「それより理由は?」
「……。令ちゃんの隣を歩きたかったの。支えられているだけじゃ嫌だったの」
「そう…いいお話じゃない」
「だから。もういいでしょ?!」
「いいわけないわ!」
「どうしてよ?!」
「それでロザリオを返して、学園中に悪影響を与えて、あんたは令様とちゃっかり仲直りして…それで御咎め無しなんて…許されるわけない!」
「だから!ロザリオ返した子たちは自業自得でしょ?!」
「そうよ。だけどね、この学園には貴女たちに憧れている子たちがたくさんいるのよ。少しでも貴女たちに近づきたいって思っているの。影響されない方がおかしいわ」
「……でも」
「本来生徒たちの模範であるべき貴女たちが、ただの我儘で学園中を振りまわして…こんなの…こんなの…」
「……な、なに泣いてんのよ。さっきまでの勢いはどうしたのよ」
「……う…る…さいわ…ね…」
最近感情的になるとどうしても涙が出てきてしまう。
「……だから!山百合会の人たちが何も裁きをしないなら…わたしが代わりに下してやるわ!!!」
ぱあん!!
「いったいわね!!何すんのよ?!!」
ぱあん!!
由乃さんの頬をひっぱたいた後、わたしの頬にも鋭い痛みが走った。
「……そう。…それが貴女の答えなのね。何も反省していないじゃない」
わたしの想いが彼女に伝わらず、悔しくて睨んでしまった。
「……!」
「…今の痛みはすぐに消えるでしょう。だけどね、不運にも貴女たちの我儘に振り回されて、結果最悪のルートに堕ちてしまった人たちの痛みはこんなもんじゃないわ」
「………」
「……今にも死んでしまいそうな子だっているもの。相手に一方的に拒絶されるのってとても辛いの。貴女にそれがわかるの?」
「……いいえ」
「…いい?貴女のしたことは既に取り返しがつかない。もちろん何度も言うけど最悪の結果を招いたのは彼女たちの自業自得。だけど全校から慕われている貴女たちにも責任があるの。お願いだからこれ以上みんなの期待を裏切るのはやめてほしい…」
「……わかったわ。ごめんなさい」
「別にわたしに謝らないでほしいわ。わたしはただお母さんが通ったこの学園が理不尽な涙や感情で汚されたくないだけ…」
「……そう」
「ひっぱたいてごめんなさい。貴女に目を覚ましてほしくて…」
「いいわ。私の方こそ…」
「由乃ちゃん、次の生徒集会でみんなに謝罪をしましょうか…」
「…はい」
「…由乃、私も一緒に…」
「それでは駄目よ、令ちゃん。令ちゃんも含めて被害者なんだから、私一人でみんなに謝るわ」
そんな由乃さんはなんだか勇ましかった。さすが島津の姓を引く人だ。
彼女の竹を割ったような性格は好感が持てた。
これで『黄薔薇革命』がようやく終焉するだろう。
「祐沙ちゃん、ありがとう」
「…?何がですか」
「何がって、貴女はこんなにもリリアンの事を考えてくれているじゃない」
「そのことについてはさっき言いましたが?」
「ふふふ、そうだったわね。でも貴女のおかげで改めてこの学園について考えなければならないことが見つかったから」
「そうですか、それはよかったですね」
「貴女!!お姉さまに失礼です!!」
「祥子。いいの。祐沙ちゃん、本当にありがとう」
「……はい」
「じゃあ、お礼も兼ねてお茶でもどう?」
「………紅茶は嫌いですから結構です。もう用は済んだので失礼します」
「そう、残念。また遊びに来てね」
「……それはどうでしょうね」
こうして恋歌さんと一緒に薔薇の館を後にした。
「私、何の役にも立たなかったですね…」
悲しそうな恋歌さん。そんな顔も可愛い人だ。
「一緒にいてくれただけでも嬉しかったんだけど。本当に」
「そうですか」
「うん!」
嬉しそうに微笑む恋歌さん。やっぱり笑った顔の方が可愛いな。
「待って!」
「…?」
振り返ると祐巳が追いかけてきていた。
「……何か用?」
「ね、ね………はぁはぁ…」
「紅薔薇の蕾の妹、落ち着いてください」
「そうよ」
「……ご、ごめ……」
……………
「ねえ、祐沙ちゃんはわたしと関係があるんでしょう?」
「……そんなことか…」
「そんなことって…」
「貴女はわたしの事を知らずに育ったのね?」
「……え?じゃあ…」
「ねえ、祐巳さん」
「な、何?」
「今まで幸せだった?これからも幸せ?」
「え?う、うんそうだよ、きっと」
「そう、よかった。幸せじゃないなんて言ったら許さないつもりだったから。それじゃあね」
「あ!ちょっと」
やっぱり『実の』両親はわたしの事なんて忘れていた。
……最悪だ
「祐沙さん、やっぱり…」
「恋歌さん、その話はやめてね?」
「……はい」
今日も『フリーセル』をやるだろう。
ただひたすらに…
いつかやらなくなる日は来るのだろうか…
あとがき
黄薔薇革命後に由乃たちに何か制裁があった様な記述が特に無いことからこんな話に…
今回は(も)外部から来たキャラが主人公なので、出来事を冷静に見ることが出来るのです。
由乃さん、原作キャラの中では一番好きかもしれません。
由乃×志摩子(逆でもいいです)が百合百合していたら最高かもです。
志摩乃梨も好きなんですけど…
フリーセル、パソコンに初めからあったトランプゲーム。
なぜか延々とやってしまいます。別に楽しいわけじゃないんですけどね。
祐沙ちゃんに言わせたい台詞、今回全部できたから満足です。
次は『いばらの森』のあたりですね。
そろそろもう一人のヒロインと絡ませていこうと思います。
難しそう…
ここまで読んでくださってありがとうございました。
またよろしくお願いします。
※2009年8月7日、一部修正しました。
※2009年8月8日、文字の色を変えました。
「っていうお店ができてたんですけど」
「ふうむ。せっかくの乃梨子ちゃんの申\し出だけど、そこまであからさまに白薔薇のテリトリーへそう簡単には…」
「わたし行きます」
「…行ってみるのもまたいいんじゃないかと思うわ」
「よかった。それでは山百合会みんなでいけるわね」
「そうね。とにかく部活をやっているとお腹がへって仕方がないのよ」
「それでは皆様、レッツゴーです」
「いざ白薔薇のアジトへ」
「一度、乃梨子ちゃんの本当の年を聞いてみたいわね」
「もしもし?」
「なんでしょう?」
「みなさん、なぜ私たちには聞かれないのでしょうか」
「いや、間違いなく来るでしょうから。お腹ぽんぽこ薔薇さま」
「ぽんぽこいうな」
白薔薇さま、藤堂志摩子。
何時からなのかは定かではないが、彼女は“ウサギ”に喩えられるようになっていた。
可愛らしいところはラビットでもあり、同時に色っぽいところはバニーでもあり、その比喩はさもありなん。
もっとも、ごく一部では“縁側でひなたぼっこしている老猫”と称されたこともあるが。
“タヌキ”の紅薔薇さま、“ネコ”の黄薔薇さま、そして“ウサギ”の白薔薇さま。
もちろんこれらは、彼女たちの外見や雰囲気から導き出されたイメージであり、尊称から来る語呂合わせによる部分もある。
所謂『タヌ・キネンシス』、『ウサ・ギガンティア』というヤツだ。
山百合会は動物園かよ、と突っ込まれそうではあるが、考えてみれば、ショボイ動物園ではある。
白薔薇さま、藤堂志摩子。
“西洋人形”とも称される学内屈指の美女であり、その落ち着いた雰囲気と穏やかな物腰は、二年生の時点で既に白薔薇さまとしての貫禄十分であり、上級生であった紅薔薇さま・黄薔薇さまと比較しても、まったく遜色がなかった程だ。
清楚で可憐、一見細身ではあるが実はグラマー。
ふわふわと揺れる巻き毛は春風を髣髴させ、潤んだ瞳は何時も遠くを見ているよう。
また、敬虔なクリスチャンでありながらも実家は寺であり、日舞の名取でもある彼女は、まさに和洋折衷、今風に言うならハイブリッドと言ったところ。
神秘的な雰囲気を身に纏い、何時も穏やかな微笑みを浮かべ、桜色の唇から紡ぎ出されるややハスキーな彼女の声、「ごきげんよう」の挨拶を聞く生徒たちは、一様に頬を赤らめ、一部はのぼせた様な表情となり、一部は照れて俯き加減となり、その中には気を失ってしまう生徒も出る始末。
恐らく志摩子は、高等部最強の生徒と言っても過言ではないだろう。
そんな彼女の微笑みは、まさに即死級のクリティカルヒット。
食らった少女達は、哀れなる骸をその場に晒すのみ。
故に志摩子は、ウサギはウサギでも、こう呼ばれる。
ボーパル・バニー──と。
―――とある秋の日の午後。
学園祭も終わり、リリアン女学園高等部はまったりした秋の空気が漂っているようだ。
「とは言っても、差し迫った問題もあるのよねぇ」
「う〜〜ん」
「・・・・・」
場所は薔薇の館。
集うは薔薇の蕾である三人の乙女。
島津由乃、福沢祐巳、二条乃梨子の三人がテーブルを囲みながら顔を突き合わせていた。
「下級生と親しくなる切欠が多い学園祭も終わっちゃったしさ」
「そうだよね〜」
「・・・・・」
「剣道の練習試合までに何とかしないといけないし」
「あんまり残って、ないもんね」
「・・・・・」
「どこかに手頃なイイ娘いないかしら」
「イイコはいね〜か〜♪イチゴはうま〜か〜♪」
「・・・・・」
「何よ祐巳さん。“悪い子はいねぇか”のノリで言わないで真剣に考えてよね!」
「その“ノリ”は乃梨子ちゃんの“ノリ”とかけてる?」
「・・・・・」
「かけてない!ていうか、さっきから無視するなっ!そこの一年!!」
「それ、美味しいよね♪」
「・・・・・」
至って真面目な話題を展開しようとしていたはずだが、ご覧の惨状である。
一名は完全無視。
というか、昼休みが始まってすぐに購買で買ったイチゴミルクを飲んでいて会話に参加していない。
先程の幸せな思い出に浸りながら、さっき新たに自分の好物の1つに追加されたイチゴミルクを飲みながら、先輩二人の話を聞いており「自分にはまだまだ先の話ですから」的に全自動で受け流していただけだ。
余談ではあるが、薔薇の館でイチゴミルクを取り出した瞬間に「それ、私も好きなんだ♪」と言ったお姉さまの親友である先輩に手を握られ、一緒にくるくる回るダンスを強制的にやらされた。
ちょっぴり嬉しかったが顔には出さなかった。
もちろん、お姉さまにも先輩のお姉さまにも知られては大変だから。
大切な思い出だし、二人だけの秘密にしておこうと心に決めた。
二条乃梨子、まだまだ命は惜しいのだ。
もう一名は天然狸娘。
親友の切実な悩みに大いに共感する部分があるものの、いかんせん今日は話に集中できないでいる。
隣でイチゴミルクを飲む後輩にどうしても意識がいってしまうのだ。
イチゴミルク。アレは、マジで美味しいのだ!
それを普段仏頂面の後輩が持っていたので思わず、手と手を取って踊ってしまった。
先輩の行動としては如何なものかと一瞬頭によぎったが
「もともと威厳なんて自分には似合わないし、親友の妹は自分にとっても可愛い後輩であるからして、素直に喜びを分かち合おう」
という、独自の理論展開によって看破された。
始めは後輩もイチゴミルクが気に入ったか感想を聞こうと思い注意を向けていたが、黙々と飲み続けるのを見ているうちに「私も一口欲しいなぁ」と思うようになり、今現在はその旨を視線にのせて強烈にアピールしている最中である。
なお、同時に頭の中で「もし一口もくれなかったら、その味が残っているであろう唇を奪ってやろうか」などという、大変危険な会議が開催されていた。
福沢祐巳、甘いものは譲れないのだ。
最後の一名は猪突猛進。
体育祭の時にしてしまった約束を何としても、何としてでも達成したい。そこにはプライドや何やら色々しがらみもあるけれど、純粋に妹が欲しいというのも一応はある。
一応は。
真剣に考え、真剣に悩みを分かち合い、真剣に相談しあう、そんな場面。
しかし自分の仲間である親友と、もう一人の親友の妹である少女は何やら自分達の世界にそれぞれが浸っている。
その理由はわかっているというか、その場面に自分もいたのだ。
何だか視線がイチゴミルクから後輩の唇へと移行しつつある親友と、表面上は無表情だがどことなく嬉しそうなオーラを発して自分を無視している後輩。
「お姉さまにバラしてやろうかしら?」そう呟くまでのカウントダウンはすでに開始されている。
それはそれで面白そうだ。
島津由乃、将来の妹より目先の娯楽が好きなのだ。
「そうですね、何か今までにない新しい事でも始めてみてはどうでしょうか」
イチゴミルクを飲み終え、渋々といった感じで乃梨子が提案する。
( 祐巳は何か落胆したようだが、一瞬怪しい光が目にやどる。 )
「「新しい事?」」
二重奏で答える二年生コンビ。
せっかく可愛い後輩が話題にのってきてくれたのだ、お姉さん達としては大いに喜ばしいことである。
( 祐巳はゆっくりと体を乃梨子のいる方へと向けていく。 )
「はい、例えば趣味とか」
「趣味、ねぇ〜」
「しゅみ、ね〜〜」
後輩の提案に、何かいいものはないかと思考を巡らす二人。
( 祐巳は何か機会を伺う様にゆっくりと気配を断つ。 )
「それを切欠に一年生と話が出来たりするかもしれませんし」
「なるほどねぇ〜。う〜〜ん、趣味かぁ〜」
「・・・・・ッ!(今だっ!)」
「同じ趣味なら話も弾む・・・って、うわぉ!!!」
「・・・・・」
「くっ!ミスった・・・」
「いきなり何するんですか、祐巳さま」
「どうしたの祐巳さん、飛び掛ったりして。一年生のクセに生意気なのはわかるけどさ」
「イチゴ、ミルクの、味の残ったその唇を」
「えっ」
「いや、それセクハラだし。てか何トキメイてんのよ、ガチな白薔薇一族末っ子」
「イチゴ、はぁはぁ」
「・・・・・」(っぽ)
「それもう、ただの変態だから。お前ら、キモイからヤメロ」
「ヨシノンも、はぁはぁ」
―――スタスタスタ。 ゴンッ!!
「あぐぅ」
―――スタスタスタ。 ゴンッ!!
「っっぐ!」
「いたいよ〜由乃さん」
「何するんですか、いきなり」
「調子に乗るなよ」
「うぐぅ」
「・・・・・萌ぇ」
「ふ〜ん・・・」
―――スタスタスタ。 ゴンッ!!
―――スタスタスタ。 ゴンッ!!
その後、泣き出した祐巳の機嫌を直すために後程イチゴミルクを購入すると約束するのに5分、祥子さまに言いつけると言う乃梨子を祐巳のスク水写真(蔦子撮影非公開ver)で買収するのに2分かかった。
「セクハラで思い出したんだけどさ」
「何ですかいきなり」
「違うもん。セクハラじゃなくてね、イチゴミルクの、味を」
「この前読んだ漫画なんだけどさ、登場人物が先代の薔薇様たちに何か似てんのよね」
「話が飛びますね。どんな漫画なんですか?」
「あの、私の話、聞いてる?」
「なんかどこかの都市でドンパチやったりする話なんだけどさ」
「物騒な話ですね」
「えっと、私のこと、きらいかな」
「主人公はいつも発情しているような奴でね、でもどこか影を持っていてさ。実はずっと孤独な世界で生きてきた暗く悲しい過去を持っているのよね。先代で言うと・・・」
「・・・・・」
「わかった!!聖さまだ♪」
「正解よ、祐巳さん。10ポイント獲得☆」
「ていうか聞いてたんですね、祐巳さま。あと、ポイントって何ですか?」
「えへへ〜、やった〜♪」
「100ポイント貯まると令ちゃんのケーキと交換できるのよ」
「いつ、そんなルールできたんですか」
「由乃さん!!私、頑張るね!!」
「じゃあ次ね。その主人公にはライバルがいるのよ。そいつは昔から主人公と知り合いみたいなんだけど、ちょっと変な頭でね、スキンヘッドでピカピカなのよ。さて先代では」
「・・・・・(ん?)」
「ん〜〜〜っ、江利子さま、かなぁ」
「正解よ、祐巳さん。10ポイント獲得☆」
「・・・・・(いやいや気のせいだよね)」
「やった!!由乃さん、次の問題、早く!!」
「OK祐巳さん。主人公やライバルはよく問題を起こすのよ。特に主人公が酷くてね。で、それを取り締まったり、二人が無茶苦茶しないように目を見張っているの女刑事がいるの。その」
「・・・(え?え?)」
「わかった、蓉子さまだ!!」
「正解よ、祐巳さん。けど先に二人の薔薇様が出たあとだから今のは無しね。」
「えへ〜バレた〜」
「あの、由乃さま。その女刑事ってどんな感じなんですか」
「何、乃梨子ちゃん興味あんの?まぁいいわ。その女刑事は黒髪のショートボブヘアでいかにもキッチリしてます、男なんかには負けませんって感じでさ、まさに蓉子さまみたいな人よ」
「へ〜蓉子さまみたいな婦警さんか〜。カッコよさそうだね〜〜」
「・・・(もしかして、いや、でも)」
考え込む乃梨子をよそに、
「その婦警さん、やっぱりモテモテなのかなぁ」
「確かに格好いいんだけどさ、凄すぎて男が近づけないって感じ?」
「そうなんだ。でも見てみたいなぁ、蓉子さまの婦警さん姿」
「今度祐巳さんも読んでみたら」
「うん、蓉子さまに似てる人が出てくるならお姉さまにも教えてあげようかな」
「でも結構ハードボイルドよ」
なんて会話を繰り広げている祐巳と由乃。
「あの、由乃さま」
「ん?何」
「その漫画のタイトルって覚えてますか?」
「タイトル?覚えてるわよ」
「タイトルは “ CITY HU●TER ”っていうの」
「え?由乃さん、その漫画、街を狩るの?」
「まっさか〜」
祐巳と由乃ののんきな声を聞きながら、リリアンの掲示板に「XYZ」が流行らなければいいなぁ、と乃梨子は思った。
その為にはとりあえず、今の会話を新聞部に聞かれたり、薔薇の館の中で例の漫画が流行るのを阻止する方法を乃梨子は考えなければならいだろうが。
続かない
幻想曲シリーズ
※注意事項※
登場人物が天に召される描写があります。
パラレルワールドを題材にしています。
連載で【No:2956】→【No:2961】→【No:2964】→【No:2975】→【No:2981】→【No:2982】→【No:2996】→【No:3010】→【No:3013】→【No:3015】→【これ】(完結)になります。
以上を踏まえて、お読みください。
今日、向こうの世界から着てきた制服を着て、向こうの世界から履いてきた上履きを持った由乃と登校し、マリア像の前で蔦子さんから写真を受け取った。
あと数時間で由乃は『令の死んだ世界』に帰るのだ。
昼休みの薔薇の館。
「でもさあ、あり得ないと思わない? 今日の占いのラッキーアイテムに『手裏剣』だよ? そんなの持ってる人なんてそうそういないと思わない?」
由乃は湿っぽい空気を払うようにテレビの話題を持ち出すが、祥子、祐巳ちゃん、瞳子ちゃん、志摩子、乃梨子ちゃんはお通夜のように黙っている。
「仮に持ってたとして、それ持って学校なり会社なりにいったら、絶対に『お前は忍者かっ』って突っ込まれるよ。それって、全然ラッキーじゃないし」
「由乃さん」
やっと祐巳ちゃんが口を開く。
「何?」
「やっぱり、どうしても帰らなくちゃいけないの?」
全員の動きが止まる。
「言わなかった? これはもう私の意思云々ってものじゃないのよ」
土曜日、菜々ちゃんにもそう言っていた。みんなもいたはずだが。
「ねえ、もし、パラレルワールドだとしたら、どうやってこの世界に来たの?」
祐巳ちゃんが質問を変える。
「う〜ん、細かくは覚えてないんだけど、薔薇の館からこっちに送られて。一瞬、夢かな、とも思ったんだけど、祐巳さんが入ってきて、いきなり念仏唱えられた」
由乃は思い出しながら言う。
そんな事したんだ、祐巳ちゃんは。
まあ、私もあの時夢か何かかと思ったもの。
「あの、いいでしょうか」
乃梨子ちゃんが発言する。
「どうしたの?」
「私、『パラレルワールド』について、調べてみたんです」
これは私が調べた範囲での私なりの解釈ですが、と前置きして乃梨子ちゃんは言った。
「『パラレルワールド』というのは何かのきっかけで分岐した並行世界で、たとえば、由乃さまの言葉を借りるのであれば、『由乃さまが死ぬ』事と『由乃さまが生きている』事のどちらが起こっても矛盾しない状態があります。その状態の時に、その世界の分岐となる何らかの『きっかけ』があって、その結果、私たちはたまたま『由乃さまが死ぬ』という方の世界の住人に、向こうの私たちはたまたま『由乃さまが生きている』世界の住人になってしまった、ここまではいいでしょうか?」
祐巳ちゃんは難しそうな表情で乃梨子ちゃんの言葉を咀嚼し、祥子はすんなりわかったのか軽く頷く。
「うん。それは私も感じてた。こっちの世界がまるで『黄薔薇革命』からスパッと分岐したみたいって。『黄薔薇革命』以前に起こっていたり、私の起こした事に影響されない事はそのままなのよ。たとえば、志摩子さんの実家がお寺だったり、今やってるテレビドラマは向こうでも同じ内容をやってたりって感じで」
由乃の補足になんとなく一同が頷く。
「パラレルワールドの説明はわかったわ。で、乃梨子ちゃんは何か言いたい事があるのでしょう?」
祥子が促すと、乃梨子ちゃんが頷いて本題に入った。
「つまりですね、『パラレルワールド』が存在するならば、何らかの『きっかけ』があれば世界は分岐するって事じゃないですか。それならば、これから世界を分岐させる何らかの『きっかけ』を作って、『由乃さまがパラレルワールドに帰れなくなってしまった世界』と『由乃さまがパラレルワールドに帰ってしまった世界』をうまく分岐させる事ができたなら、うまくいけば私たちは『由乃さまがパラレルワールドに帰れなくなってしまった世界』の住人になれる。そう思うんです」
「待って、うまくいかなかったら私たちは『由乃さんがパラレルワールドに帰ってしまった世界』の住人になるかもしれないし、もっと別の何かが起こってしまうかもしれないじゃない」
志摩子がそう言う。
別の何かが起こる、それは確かに恐ろしい。
「でも、何もしないで由乃さんとお別れするよりはいいよ。こっちとあっちの世界の分岐って『黄薔薇革命』だったんでしょう? 戦争があったとか、そういう大袈裟な事じゃなくってさ。だったら、何かやろうよ。一生懸命に何かやって、駄目だったら駄目だったで受け入れよう」
祐巳ちゃんが言う。
「まったく、あなたって子はそうやっていつもつっ走る。でも、今回はいいわ。やりましょう」
祥子がそれに乗っかる。
「それで、具体的にはどんな事を?」
瞳子ちゃんが聞く。
「それは皆さんと相談しようと思いまして」
「なんだ、具体的な作戦があるわけじゃないのね」
乃梨子ちゃんの言葉にほっとしたように由乃が言う。
「あの」
祐巳ちゃんが何かひらめいたようだ。
「とりあえず、手を握ったりして連れて行かれないようにするのはどうだろう?」
「あ、それは無理」
由乃は笑って即座に否定した。
「だって、こっちに送られてくる時、祐巳さんたちが側にいて手をつかんでくれたけどこっちにきちゃったんだもの」
「そっか」
がっかりと祐巳ちゃんがうなだれる。
「じゃあ、いっそ縛り付けてみたらどうでしょう?」
瞳子ちゃんがとんでもない事を提案する。
「縛る!? 道具はどこにあるのよ?」
ぎょっとした表情で由乃が聞き返す。
「庭の整備なんかに使う荒縄があったわ。針金や鎖なんかもあった気がするけれど」
志摩子が答える。さすがは環境整備委員会……
「って、そんなもので縛る気!?」
うっかり流されるところだった。一体、何の環境を整備してるんだ。
一度環境整備委員会にはガサ入れが必要かもしれない。
「だって、手をつかんだくらいでは駄目なのでしょう?」
静かに微笑む志摩子。いや、その微笑みがかえって怖い。
「待って、さっきの乃梨子ちゃんの説明だと、それでは足りないと思うの」
祥子が考えながら言う。
「世界が分岐した『きっかけ』が『黄薔薇革命』だというのであれば、もっと、こう、学校全体を巻き込むようなエネルギーが必要ではないかしら?」
「さ、祥子さま!? 個人的な事情に学校全体を安易に巻き込まないでくださいっ」
由乃が祥子に突っ込みを入れた。
「あら? 来季の令は黄薔薇さま、由乃ちゃんはそれを支える黄薔薇のつぼみ、ならば少なくとも来季の高等部の生徒にとっては関わりのある事ではなくって?」
祥子はすでに由乃が残る世界のヴィジョンを描き始めている。
そうならなかった時の落胆が心配だ。
「じゃあ、みんなでロザリオを返すんですか?」
瞳子ちゃんが聞く。
それじゃあ、土曜日の事が全部無駄になってしまう。
「それはこの前やったじゃない。それに今は逆指名ブームがきてるのに」
乃梨子ちゃんが瞳子ちゃんに突っ込む。
「逆指名ブーム?」
由乃が聞く。
「ええ。全校集会でのやり取りを見て感動した下級生から申し込むのが増えているそうです」
「まあ……」
乃梨子ちゃんの説明に祥子が目を見開く。
「『黄薔薇革命』といい、今回の事といい、由乃ちゃんってエネルギーの塊みたいね」
「そ、それはけなされてるのですか?」
「ほめているのよ」
真顔で祥子が言う。言われた由乃は釈然としないようだ。
「由乃さんに対抗できるエネルギー……あ」
祐巳ちゃんが何か思いついたようだが、何故か、嫌な予感しかしない。
「江利子さまを呼んでみたらどうだろう?」
どうしてだろう、こんな時に限ってお姉さまの名前が出てくる。
みんな、お姉さまをなんだと思っているんだ。
「蓉子さまと聖さまのお力も借りて、学校中をパニックに陥れてはどうでしょう?」
「乃梨子ちゃん! どさくさにまぎれて何て事をっ!!」
由乃が乃梨子ちゃんを叱りつける。
「落ち着いて、お三方だって今日は大学でそれぞれ授業というか講義を受けてるはずよ」
志摩子が冷静に突っ込む。
「でも、リリアンかわら版の『黄薔薇革命』の記事を読む限り、それぐらいのエネルギーがありましたよ。あれは」
「あれは築山三奈子さまの記事の書き方が絶妙だったからね」
ふり返るように祐巳ちゃんが言う。
「じゃあ、新聞部を巻き込めばよいのですわ」
瞳子ちゃんがすかさず言うと、「いいね」「そうしましょう」とみんながあっさり同意する。
「な、何て事を!?」
「でも、新聞部は時間がかかるんじゃないかしら。由乃さんが帰るまでに間に合わないんじゃ駄目よ」
志摩子がまた突っ込む。
今日の志摩子は突っ込みに忙しい。でも、志摩子はたまに天然な事を言い出すから油断はならないのだけど。
「じゃあ、放送部にかけあって、三奈子さまと由乃さまのエネルギー体コラボというのはどうでしょう?」
また瞳子ちゃんが余計な事を言い出す。
「賛成!」
「なんでそうなるのよっ!?」
由乃が叫んだ瞬間、予鈴が鳴った。
ここまでである。
「戻りましょう」
由乃と私の事を思っていろいろ考えてくれるのは有難い話だが、由乃をこの世界にとどめておく事が正解とは思えなかった。
だからといって、由乃が嫌いなわけでは断じてない。
ただ、由乃は向こうの世界へ帰すべきだと思う。
放課後。
教室を掃除していると、バタバタと何者かが走っている。
「令さまっ!」
飛び込んできたのは、ええと、笙子ちゃん、由乃のクラスメイトだった。
「どうしたの?」
「さっき、教室に薔薇さま方がやってきて、由乃さんを荒縄で縛って連れて行ってしまったんです。何だか尋常じゃなかったので」
「えっ!?」
まさか、お昼の冗談のような話を実行してしまおうというのだろうか。
その時、スピーカーから全校放送が流れてきた。
『ピンポンパンポーン。リリアン女学園の皆様、お掃除ご苦労様です』
「さ、祥子っ!?」
祥子の声だった。驚いた事に「ピンポンパンポーン」も祥子が口で言っていた。
「みんな、ごめん!」
「あ、令さん!?」
慌てて放送室にダッシュする。笙子ちゃんが付いてくる。
『山百合会プレゼンツ、特別生放送、《山百合事変を語る》をお届けします。インタビュアーは新聞部の築山三奈子さん、ゲストに島津由乃さんをお迎えしています』
『ちょ、ちょっと。これはどういうつもりですかっ! 人を荒縄で縛って、こんな放送始めるだなんて、どうかしてるんじゃないですかっ!!』
由乃の叫び声が聞こえる。
本当に縛られているのか。
『では、インタビューを始めさせていただきます。由乃さん、山百合事変解決の立役者として』
『三奈子さまもインタビューしてる場合じゃないでしょう!?』
『いろいろうかがいます。まず、山百合事変を知ってどう思われましたか?』
『こらあっ!! 人の話を聞きなさいっ!』
ここで、放送室とは逆の方向に曲がる。
「令さま、そっちは──」
「わかってる! 先に行ってて!」
見えてきた扉を開いて飛び込む。
入ったのは職員室だった。
「先生! 鍵を!」
先生たちは私の顔を見て驚いている。
「支倉さん……」
「鍵をっ!! 由乃が、由乃が大変な事になるんですっ!! 放送室の鍵を開けてくださいっ!!」
先生は頷くと、合鍵を渡してくれた。
受け取って、お礼もそこそこに飛び出して、放送室に向かう。
放送室の前に一足先に駆け付けた笙子ちゃんが立っている。
放送室の鍵を開ける。
扉を開いた勢いに驚いて、祥子が振り返るが、それより先に目に入ってきたのは、縛られながら抗議している由乃の姿だった。
「令」
祥子が立ちはだかる。
「由乃は返してもらう」
掃除していてそのまま持ってきてしまった箒を構えて、祥子と向かい合う。
「わかってるの? 由乃ちゃんは──」
「邪魔するなら」
竹刀のように箒を振ると祥子は一歩引いた。
放送ブースに突入する。
「令ちゃん」
「放送はもう、終わり。さあ、行こう」
観念したように、三奈子さんが由乃の縄を切った。
由乃の手を取って、私達は走り出した。
校内放送が聞こえる。
『緊急事態発生! なんと支倉令さんが、島津由乃さんを連れて逃走中です。見かけた方は、二人を放送室に連れ戻してください』
祥子の声だった。
何をたくらんでいるのかは知らないが、全校生徒から追われる事になってしまった。
まさに、学校全体を巻き込んでしまったわけだ。
「由乃、どこなの?」
「何が?」
「向こうの世界に帰れる場所。やっぱり、薔薇の館?」
「うん。でも、どうして?」
由乃が不思議そうに聞く。
「見てればわかるわよ。帰らないと大変な事になるんでしょう?」
「……やっぱり、令ちゃんにはわかっちゃうんだ」
由乃は一瞬目を伏せた。
「ええ。帰る、帰るって言い続けてるのはたぶん決心が揺らぐだけじゃないって、結構前から気付いてた。だから、出来るなら私が一緒に行こうとも思った。それも駄目なんだろうけど」
校舎を出ようとすると、志摩子に率いられた生徒たちが待ちかまえていた。テニスラケットを持っている生徒すらいた。
「由乃、ついてきて」
箒を構えると、待ちかまえて飛びかかってくる生徒たちに次々と面と胴を入れ、テニスラケットが届く前に小手、面と連続で決める。
「桂さん!」
志摩子がその生徒に駆け寄った。
「ごめん、やっぱり私じゃ無理だった」
志摩子はそのまま置いておいて、ぴったりとついてくる由乃と一緒に校舎を出た。
「それで」
先程の続きをしゃべり始める。
「もし、戻れなかったら、無理してこっちに来たわけだから、こっちの世界も、向こうの世界もなくなるって」
「由乃を連れてきた何者かがそう言ったのね」
「うん」
なのに、お節介な生徒たちが次々と追ってくる。世界を分岐させる必要はないというのに。
足元に何かが転がってくる。手裏剣だった。
「に、忍者!?」
「今日のラッキーアイテムですから」
といって登場したのは竹ぼうきを構えた瞳子ちゃん、乃梨子ちゃんたちだった。
「1年生トリオ敗れたり! ラッキーアイテムを捨ててどうする?」
由乃の言葉に一瞬1年生たちがたじろぐ。
「令さま、何を考えているんですか? 由乃さまが帰ってもいいんですか?」
乃梨子ちゃんが聞いてくる。
「由乃を帰さない方が問題なのよ」
箒を構えると、向こうがかかってくる。
しかし、相手は素人、小手を決めると簡単に竹ぼうきを放す。
竹ぼうきに持ち替えた後は簡単に倒せた。
振り向くと、私の使っていた箒を構えて、由乃が瞳子ちゃんに面を決めていた。
その構えや持ち方からして本当に剣道をやっていたんだなと、ちょっと嬉しくなった。
「お姉さま、令さま」
菜々ちゃんが走ってきた。
「菜々」
「放送を聞いてきました。なんだか、大変な事になってるようで」
「とにかく、薔薇の館へ行こう」
3人で薔薇の館を目指す。
予感はあったが、薔薇の館の前には祐巳ちゃんと剣道部の面々が待ち受けていた。
今度の相手は竹刀を持っている。
「令さま」
祐巳ちゃんが口を開く。
「通して。もう、時間がないんだから。由乃を帰さないと」
「本当にそれでいいんですか?」
「ええ」
私は頷いた。
「この世界の由乃の肉体はなくなってしまったけれど、由乃はずっと私と一緒にいる。だから、向こうの世界の由乃を向こうの世界の私に返す事に未練はないの」
「そうですか」
「わかったら通して」
祐巳ちゃんは何も言わない。
「由乃」
私が気を引くから。そう言うように私は竹ぼうきを構える。
「わかりました。降参します」
祐巳ちゃんの言葉でその場にいた全員がさっと道を作る。
「じゃあ、行こう」
由乃と菜々ちゃんを連れて薔薇の館に入った。
「由乃さん」
祐巳ちゃんの声に由乃が答えた。
「ごきげんよう。祐巳さん」
階段をギシギシいわせて、ビスケットの扉を開ける。中には誰もいなかった。
ほっとして由乃の方を振り向く。
「由乃っ!?」
見てぎょっとした。
由乃の体が透けていた。
「由乃、体が──」
「うん」
由乃の体がだんだん透明になっていく。こうやって向こうの世界に帰っていくんだ。
「お姉さまっ」
菜々ちゃんが由乃の手を握る。
「菜々。ありがとう。これからは令ちゃんが菜々の事導いてくれるから」
菜々ちゃんが何度も頷く。
「令ちゃん」
「由乃」
どちらともなく抱きあって、ほぼ同時に、私たちは言った。
「ありがとう」
最後に見たのは由乃の満足そうな笑顔だった。
「……帰ったのね」
気がつくと、祥子が後ろに立っていた。
「ええ」
「ごめんなさい。あなたが本当に由乃ちゃんのいない世界でやっていけるかどうか、不安で試してしまったの。分岐させるっていうのは後付けだけど、本当に分岐するならそれはそれでいいとも思ったわ」
「大丈夫。由乃はずっと一緒にいるから」
それから、私はちゃんと学校に通って、剣道部に出たり、薔薇の館に通ったりしていた。
早いもので今日は由乃が死んで2回目のクリスマスである。
薔薇の館でクリスマスパーティーを開く事になっていた。
菜々ちゃんも呼んである。
ミサが終わって、私はマリア像の前に立っていた。
「お待たせしました」
菜々ちゃんが来た。
「行きましょうか」
「待って」
私は手提げ袋から黄色の風船とヘリウムガスを取りだした。
「それ、声が変わるガスですよね」
菜々ちゃんが言う。
「ええ。でも、こういう性質もあるのよ」
風船にガスを詰めて膨らませ、紐をくくりつけると、風船が浮き上がる。
「お店で売ってくれる風船は、このガスが入っている事が多いのよ」
「へえ」
「これなら空の上の方まで飛んでいくでしょう?」
「ああ」
納得したように菜々ちゃんは封筒を取り出した。
表書きには「お姉さまへ」と書いてある。
私も封筒を取り出す。表書きは「由乃へ」である。
紐に私と菜々ちゃんの封筒をつけて、二人でそっと風船を放した。
冬の空をゆっくりと黄色の風船が上っていく。
「雪だ」
粉雪がちらり、ちらりと舞っていた。
クリスマスカードをありがとう、と由乃が言っているようにゆっくりと雪が降ってきた。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい」
菜々ちゃんを連れて、薔薇の館に向かって歩き始めた。
たとえ、実際につなぐ手がなくなってしまっても、心の中でしっかりとつながれた私と由乃の手を離す事は誰にも出来ない。
由乃はこの世界にいて、私はその由乃を感じられる。
由乃のいる世界で、私は前を向いて生きている。
-終わり-
「ふう、やっぱりお姉さまは見落としとかないねえ」
「ま、そりゃそうよね」
「やれやれ。え、○▽♯♪×□」
「何よ、いったい。祐巳さん」
「な、ななななな」
「菜々はいないわよ」
「なに、これ」
「何よ。ああ、こんなとこにあったのね」
「って由乃さんのなの?このわら?人形?」
「そうよ。呪いのわら人形」
「何でそんなものを。ま、まさか、瞳子を?」
「なんでよ。そんなことする理由ないじゃない」
「いや、選挙とか、ぼそぼそ」
「これは令ちゃん用なのよ」
「ええ、とうとうロザリオ返しに飽き足らず」
「だから、違うって。こう使うのよ」
「なにしてるの、これ」
「見てわからない?人形がお菓子を作ってるのよ。こうしておくと、令ちゃんがお菓子を持ってくるの」
「………」
「それから、忘れ物したときにはこのわたしの部屋の模型にこう品物を書いて、人形を置いておくと」
「………令さまが取ってくると」
「そう。分かってるじゃない」
「それって」
「ただ、欠陥品なのよ、これ。令ちゃんがみてないと効果がないんだもの」
「それって、………」
「ねえ、由乃さん」
「なに、志摩子さん」
「その人形、令さまも由乃さんを呼びたくて置いてあったのではないかしら」
「さあ。でもこんなのを持って外には出たくないわよね」
クロスオーバーの小ネタ集です。
古かったり、マニアックだったり、まあ、微妙なものばかりです(笑)
1つでも知っているのがありますように。
リリアン女学園。
そこを牛耳るのは山百合会という一部のゴージャスメンバーだった。
山百合会に逆らう事は許されず、山百合会に歯向かったり、気に入られなかったものには生徒、教師の区別なく「赤札」が貼られ、全校生徒からいじめの対象となり、学園を追い出される。
そんな学園で赤札を貼られた祐巳はいじめのターゲットになってしまった。
「ちょっと、こんな! 嫌っ!」
それを助けてくれたのは、山百合会のメンバー聖だった。
「私、こういうの嫌いだから」
一方、山百合会の一人、祥子は祐巳に惹かれていく。
「私は小笠原グループの娘なのよ! 私の言う事を聞けば赤札を取り消さない事もなくってよ」
「誰があなたの言う事なんか聞くもんですかっ!」
反発する二人。
しかし、関わっていく中で二人は互いに想いあうようになっていく。
二人の前に横たわる数々の試練。次々に起こるトラブル。
果たして、二人の関係はどうなる!?
(元ネタ『花より男子』)
静「じゃあ、イタリアに行った私を聖さまが追ってくださるんですか?」(わくわく)
祥子「その予定はありません」
普通の女子高生祐巳はトイレに流されてしまった!
「陛下、お待ちしておりました」
流された先は魔界。
そして、祐巳は伝説の薔薇さま蓉子に選ばれた薔薇さまだという。
「陛下、いつでもおそばにいますよ」
友人兼信頼できる部下ニジョウ卿乃梨子。
「こんなへなちょこ、薔薇さまに相応しくありません!」
ひょんなことから婚約者になったマツダイラ卿瞳子。
「ゲッ! また発明品!?」
結構乙女趣味な摂政のハセクラ卿令。
「ああ、今日も陛下は美しい……」
祐巳一筋の教育係オガサワラ卿祥子。
「祐巳さん、大丈夫?」
猊下と呼ばれる人間界でも親友の武嶋蔦子。
ちょっと変わった仲間たちと共に魔界を治める薔薇さまとして祐巳は成長していく。
(元ネタ『○マシリーズ』)
祐巳「シンクロ率高すぎませんか?」
令「気のせいだから」
全寮制のリリアン女学園には普通科(デイクラス)と、エリートたちの通う夜間部(ナイトクラス)が存在していたが、夜間部の生徒たちは皆吸血鬼(ヴァンパイア)だった。
「はーい、皆さん、近づかないで……あっ、祥子さま」
風紀委員の松平瞳子と福沢祐巳、二人は学園の秘密を守る守護係(ガーディアン)だったが、瞳子は夜間部の小笠原祥子に憧れていた。
「祥子さま、祥子さまって……たまには……」
吸血鬼を憎む祐巳。しかし、祐巳には秘密があった。
「ゆ、祐巳さま! 何を!?」
祐巳は過去、吸血鬼に襲われ生き残るも吸血鬼にされてしまっていたのだ。
「とりあえず、銃を下ろしてほしいわ。その『紅薔薇の銃』は私たちにとって脅威だから」
瞳子に近づく祥子。彼女は瞳子の秘密を知っていた。
「もし、私が本当に吸血鬼になってしまったら、その時は、瞳子、あなたの手で……」
運命に翻弄される3人の未来はいかに!?
(元ネタ『ヴァンパイア騎士』)
由乃「しっかし、こういうシリアスなのって黄薔薇でやらないわよね」
菜々「お姉さま、それはいくらなんでも冒険しすぎです」
私、藤堂志摩子。私、見えちゃうんです。
例えば、あの方。
『あ〜、白薔薇さまのスク水写真撮りたーい』
あの方。
『バレンタインデート!? その辺に白いカード落ちてないかしら』
だけど、ある時見えない人に会ったんです。
佐藤聖さま。
でも、聖さまは祐巳さん一筋で、あ、でも、静さまも聖さまの事が好きで、え? 私? 私は……
不思議な関係の女の子と女の子のちょっと甘い学園コメディー。
(元ネタ『スクールランブル(School Rumble)』)
祐巳「あの、志摩子さんのお姉さん役の私が主人公らしいんだよね」
乃梨子「まだいいですよ。私なんか中の人つながりを意識しなくても『姐さん』以外あり得ないって……」(←涙目)
武蔵野の丘の上にある学校に通う二人。
「令ちゃん、待ってよ」
病弱で小柄な少女由乃と。
「学校で『令ちゃん』って呼ぶのやめな」
普通の高校生令。
普通の二人が普通に過ごす学園生活。
しかし、二人の関係は武蔵野空襲で一変する。
空襲の中、令は味方兵器の正体を見てしまった。
「令ちゃん。私、最終兵器になっちゃた」
兵器として進化を続ける由乃。なすすべもなくそれを見守る令。
「由乃っ!」
「いやっ! 見ないで……令ちゃんにだけは見られたくない」
戦火の中、二人はどうなる!?
(元ネタ『最終兵器彼女』)
乃梨子「手術ってそういうのだったんですか」
由乃「信じるなっ!」
※ここにもリトルホラーズネタバレがあったのを投稿後に気付いた(笑)失礼。
「うわあ、どうしよう」
剣道部顧問、山村は粉々になった優勝カップを見て頭を抱えた。
優勝カップをかけて、大仲女子の顧問と勝負の約束をしたのだ。
「とにかく、メンバー集めないと」
現在メンバーは3名。
「ごめん! 今日も山百合会だわ」
副部長でイエローな島津由乃。
「令さまっ(はあと)」
令につられて入部したピンクな田沼ちさと。
「入部します」
期待の新星レッドアリマー……じゃなかった、レッドな有馬菜々。
今、弱小剣道部の挑戦が始まる。
(元ネタ『BAMBOO BLADE』)
ちさと「ところで、ブルーとグリーンって、誰?」
由乃「黄色のヘタレなら一名知ってるんだけどね」
※リトルホラーズネタバレあり
「こ、ここは……!?」
学園祭の準備で居残りをしていた山百合会の面々が飛ばされたのは昔のリリアン女学園の校舎だった。
学園をさ迷い歩く一同の前に現れた少女の口から語られた真実。
「ここで私をこうして抱きしめて、彼は言ったわ。学校を辞めなければならなくなった。もう会えない。だから一緒に来ないか……」
それはかつて在籍していた少女の悲劇。
「気をつけて! 向こうは強い憎しみの心を持っている」
「一体どうしたらいいの!?」
「ぐすっ。お姉さまっ、お姉さまっ」
「が、学園中の怨霊が! ああっ!!」
学園の最深部に到達した時に一同の見たものとは!?
そして、全員無事に帰りつけるのか!
(元ネタ『コープスパーティー』)
メノウ「『ワンペア』が怖いのかしら? それとも『コープスパーティー』が怖いのかしら」
コハク「どちらにしても『リトル』ではないわね」
「私は、彼を助けます」
藤堂志摩子は祐麒という少年を助けた事により、状況が一変するものの、佐藤聖の妹候補たちが次々といなくなり、白薔薇のつぼみの地位を得た。
「この事件の犯人、それは一番得をした人物……藤堂志摩子」
「はっ! まさか、あの時のギンナンが……」
濡れ衣を着せられ逃亡しながら祐麒を追う志摩子。
それを追い詰める敏腕捜査官水野蓉子。
捜査線上に浮かびあがる謎の語句。
「薔薇の館」
「みょうじのないかつら」
事件を追い、リリアンから花寺へ向かう一行。
「いや、あれは私だった! 祐麒は私の話を黙って聞いていたのっ!」
記憶を取り戻す祐巳。
すべての真実が明らかになる時、悲劇の真相が明らかに!?
(元ネタ『MONSTER』)
桂「だ・か・ら、私は苗字がないんじゃなくて、明かしてないだけだけっ!」
志摩子「え? そうなの?」
黒い幽霊団(ブラックゴースト)によって改造された9人のサイボーグ達!
能力は高いがほとんど役に立たない001江利子!
とにかく夢中で突っ走る002祐巳!
数キロ先のギンナンが落ちる音さえ聞き分ける003志摩子!
全身武器、攻撃あるのみ004由乃!
ハンカチを切り裂くパワーは絶大005祥子!
料理は任せろ006令!
多彩な変身能力で演じ分ける007瞳子!
別に余ったわけじゃない008聖!
そして、全ての能力を持った009乃梨子!
サイボーグ達を改造した蓉子博士と共に、今日も9人は死闘を繰り広げる。
(元ネタ『サイボーグ009』)
由乃「新刊に新たな改造人間の気配がっ!」
祐巳「由乃さん、注意書きのないところのネタバレはNGだよ」
「お姉さま、報告書は?」
「もちろん、この通り。紅薔薇さまたる者、この程度のことが出来なくてどうします?」
薔薇の館を取り仕切る紅薔薇さまこと水野蓉子は品位、教養、武術、料理、容姿などあらゆる点で完ぺきな存在だった。
小笠原家の娘、祥子を妹に迎え、多忙だが幸せな日々を過ごしていた。
だが、それは表向きの話。
「悪魔で紅薔薇さまですから」
蓉子の正体は祥子に召喚され、契約している悪魔なのだ。
「助けて、お姉さま」
「御意、祥子」
今日もどこかで紅薔薇さまを敵に回したものがその命を散らす。
(元ネタ『黒執事』)
蓉子「祥子も偉くなったわね」
祥子「お、お姉さまっ!?」
以上10件です。
お付き合い、ありがとうございました。
ごきげんよう。【No:3016】の続きです。
もうすぐ期末試験が始まる。
わたしは別に気にはしていない。
難しいとされている編入試験をパスしてこの学校に入ったわたしはそれなりに学力には自信がある。
テストでいい点を取るとお母さんが目いっぱい褒めてくれるのが嬉しくて、勉強はかなり頑張った。
どうしたらより理解できるかを重点に置き、ひたすら試行錯誤して身につけた勉強法が今も生きているので、期末試験が迫っているなんて理由で焦ったりはしない。
どの学校でも期末試験の時期はみんな焦って勉強している。
このリリアンという純粋無垢の天使たちが通う女学校も例外ではない。
苦手科目で躓き泣き出してしまいそうな子、一心不乱で参考書と睨めっこしている子、友達と問題を出し合い正解したり間違えたりして一喜一憂している子。
様々な光景を目にすることができる。
もうすっかり『黄薔薇革命』は過去のものになり、話題にも上らなくなった。
そんなリリアン女学園でまたひそかに一つの噂が広まっていた。
「ふぅ…みんな目が血走ってるわね。そこまでしたら逆におかしくなっちゃいそう…」
授業で取ったノートを見ながらクラスメイトを眺めてみる。
きっと寝不足なのだろう。髪の毛がボサボサの子もいる。
身だしなみを整える余裕もないのか…
「祐沙さ〜ん…助けてください〜」
「…?どうしたの?」
恋歌さんが今までに聞いたこともないような情けない声を出している。
いつもより弱っている恋歌さんは新鮮だ。…不謹慎か。
「数学のこの公式が全然さっぱり理解できないのです…」
「…はあ。どれどれ…」
ああ、確かにややこしい奴だ。
「これはさ…」
恋歌さんは怖いくらいに真剣なまなざしで参考書を睨み、わたしの話を聞いている。
いつも敵わない彼女にこうして勉強を教えるのはなかなか楽しい。
「ありがとうございます。助かりました」
「いいえ。わたしも復習になってよかったもの」
「ふふふ…」
「へへへ…」
恋歌さんと出会っていなかったら今頃わたしはどうなっていたんだろう…
そういえば彼女はいつもわたしにつきっきりだけど、他に友達はいないのかな?
わたしに話しかけるようになって友達がいなくなったなんて夢見悪いな…
「ねえ恋歌さん。恋歌さんってわたし以外の子と話をしているところって見たことないんだけど…答えたくないならいいからさ…もしかしてわたしと話すようになったから…」
「祐沙さんとお話をするようになったから…というのはありませんよ。そんな程度で私から離れていくような人など願い下げです」
「そ、そう…」
「もともと私は浮いてしまっているので…何故かは知らないのですが。だからあまり気にはしていません」
ストイックな人だな…
「でもそろそろある人が帰ってくるはずなので、それでさみしくなかったというのもありますよ」
「ある人?」
「ええ。私の幼馴染で、今はご両親のご都合で海外に行っていましたが…私と離れて暮らすのがもう嫌みたいで単身で戻ってくるのです」
「単身でって…」
「私の家で一緒に暮らすのです。楽しみです」
「居候ってことか」
「そうですね」
「その人って男?女?」
「ふふふ…明朗快活の可愛い人ですよ」
こんなに嬉しそうな彼女は初めて見る。
その時…
「恋歌ちゃーーん!!」
急に教室の戸が開いて少し小柄な子が入って来た。
「紀穂さん!!」
そして恋歌さんに抱きついて頬ずりし始めた。
「う〜ん…久々の恋歌ちゃん…あったかくていい匂いがして柔らかくて…もう死んでもいいよう…恋歌ちゃん、好き好き、だ〜い好き!」
「き、紀穂さん、恥ずかしいので今はやめてください!」
「や〜だ。だって幸せなんだもん…このまま眠っちゃいたい…それかいっそ一つになっちゃいたい…」
「紀穂さん!!」
「ぶ〜。いいじゃない」
ふくれっ面になりながら恋歌さんから離れる、紀穂さん。
顔を紅くしている恋歌さん。
そんな二人をクラス中の子たちが不思議そうに見ている。
「じゃあさ〜、帰ったら、いい?」
「………え、ええ。帰ったら思う存分に甘えてくださって結構ですから…」
「やった〜!やっぱり恋歌ちゃん、大好きだよ〜」
「はあ…。で祐沙さん、この方が先ほどお話した方です」
「この人が…ずいぶん急だね」
「ええ。そろそろ帰ってくるとは聞いていましたが…急すぎですよ、紀穂さん」
「だってサプライズの方がいいかと思って」
「そうですね。いきなり貴女が現れて嬉しくて仕方がありませんもの」
「恋歌ちゃん…」
この二人…ラブラブだ…
「それよりさ…この子は?」
「あ。この方は私のお友達の松原祐沙さんです」
「松原祐沙よ、よろしくね」
「へ〜。恋歌ちゃんのお友達。私は花園紀穂だよ。恋歌ちゃんとは…えへへ〜」
「うん。何となく解るから言わなくてもいいわ。熱中症になりそう…」
「祐沙さん!!」
「だって…」
「いいよ〜。祐沙ちゃん、仲良くしてね」
「ええ、こちらこそ」
恋歌さんが浮いているのはこの人との関係があるからなのかな。
まあ、わたしは恋歌さんの事はとっても好きだし、そんな恋歌さんが心の底から愛している紀穂さんだ。いい子なんだろう。
「でもさ。嫌な時期に帰って来たわね」
「どうして?」
「もうすぐ期末だよ」
「期末だと嫌なの?祐沙ちゃんってお勉強できないの?」
「祐沙さんはこのクラスではトップですよ?」
「へ〜。じゃあ別に平気でしょ?」
「そうね。貴女はどうなの?」
「う〜ん…あんまり気にしないかな。結果も大事だけど自分が苦手なところがわかる大切な試験だからあんまし…」
「そういう風にも考えられるのね」
「そうそう。何事もポジティブにね」
恋歌さんは彼女のこういうところに惚れたのかな。凄く好感が持てる。
紀穂さんのもっともな意見を耳にしたわたしのクラスメイト達はいい緊張感を持って試験勉強に勤しむようになった。
凄いな、紀穂さん。
最近広まっていた噂は試験が終わるころかなり蔓延していた。
今度の主役は『白薔薇様』。
毎回よくやってくれるよ、山百合会幹部の連中は。
それにしても不思議な学校だ。どうして生徒会役員にこれほどまでに人気が集まるのだろう。
それが理解できないわたしは今回の噂に関して言えば、まったく興味が無かった。
「相変わらずリリアンは生徒会に人気が集まってるんだね」
「そうですね。今回は『白薔薇様』。なんでも自伝を出版なさったとか…」
「あの人、そんなに波乱万丈な人生を歩んできてるんだ。17の身空で」
「ええ。去年の今頃凄かったですよ。確か恋人と駆け落ちしようとして振られたらしいですよ」
「駆け落ちか〜。やるね」
「……確かにね。でもあの人去年は『白薔薇の蕾』だったんでしょ?なんというか、自覚に欠けているわね。こないだの『黄薔薇革命』みたい」
「……そうですね。ここ数年山百合会幹部の方たちはどこかおかしいです。彼女たちの事情はあるんでしょうけど、だからと言って一般の生徒によくない影響を与えたりするのは感心しません」
「まあ、人間だってことだと思うよ?」
まさにその通りだろう。
期末は…まあ、いつも通り。あんなに嘆いていた恋歌さんも、あまり気にはしていなかった紀穂さんも、平均点以上で申し分なかった。
もうすぐ冬休みだというのに、古文の先生が突然『万葉集』の歴史的意義についてレポートにまとめて提出、なんて面倒くさい宿題を出してきた。
なんでもうちのクラスは古文の平均点が学年で一番低かったようで、連帯責任なんだそうだ。
全く…わたしはほぼ満点だったのに…
そのせいでうちのクラスの面々は『噂』なんてものに気を取られている暇が無くなった。
そんな時、久しぶりに祐巳に会った。恋歌さんたちと一緒に図書室でレポートをまとめている時だった。
「ごきげんよう、祐沙ちゃん」
「……ごきげんよう。何か用?」
「レポート大変そうだね」
「そうね。面倒だけど仕方ないわ」
「あはは…」
「で?用はそれだけ?」
「えっと…」
「………?」
祐巳は歯切れが悪い。どうしたのか。
しばらく難しそうな顔をしていたが、ついに意を決したように話し始めた。
「祐沙ちゃん、今日うちに来てほしいんだけど…」
「……は?」
「はって…だからうちに来てほしい…ううん、違うね。うちに帰って来てほしいの」
「どうしてよ。嫌なんだけど…」
「お母さんたちがね祐沙ちゃんに会いたがってるの」
「そう…まあ、お断りだからよろしく伝えておいて」
「だめ!!祐沙ちゃんは今日、わたしと一緒に帰るの!!」
「…!いきなり怒鳴らないでよ…わかったから…」
「よかった…話すことがいっぱいあるから」
「わたしは無いけどね」
祐巳は嬉しそうに笑っている。間抜けな笑顔をしているが、さすがに『紅薔薇の蕾』の『妹』の座を射止めただけあって他の子たちには無い何かを持っているようだ。
それが素直に羨ましかった。
「ねえ、祐沙ちゃんって双子だったの?」
「その事は触れてはいけませんよ」
「わかった…」
隣で二人がひそひそ交わしている会話は聞かなかったことにした。
バスに乗っている間、祐巳はひっきりなしにわたしに話しかけてきた。
つまらなそうに返事をしても彼女は気にも留めず話しかけてきた。
何が楽しいんだろう…
「さあ着いたよ」
「………うん」
ここがわたしが育つはずだった、祐巳と一緒に育つはずだったわたしの家か…
「別に緊張しなくていいからね」
「………そうは言ってもね、初めて来た場所だし、わたしにとっては知らない他人の家なのよ?」
「そう言わずにね。みんな待ってるから」
「待ってるねぇ…」
「ただいま〜。祐沙ちゃん連れて来たよ!」
祐巳が帰宅の挨拶をすると奥の方からバタバタと足音がこっちに近づいてくる。
「お帰りなさい祐巳ちゃん。それと祐沙ちゃんも…」
『母親』はわたしを見るなり嬉しそうに微笑むと、さらに近づいて来てわたしを抱きしめようとした。
「お帰りなさい、祐沙ちゃん…」
『母親』の抱擁を回避する。
「………やめてよね。帰ってきたわけじゃないわ。祐巳さんに連れてこられただけ。話があるのなら手短にしてよね。帰って夕飯の支度しなきゃいけないんだから」
「祐沙ちゃん…」
祐巳はわたしの台詞を聞いてとたんに悲しそうな顔をする。
「祐沙ちゃん、そんなことする必要はないわよ。祐沙ちゃんの分も用意しているんだから。それにここは貴女の家なのよ」
「何をいまさら母親面して…わたしの『お母さん』は一人だけよ。無論それは貴女じゃない」
「祐沙ちゃん…」
「……とりあえず上がってね」
「さあ、祐沙ちゃん」
「……………」
夕飯まで祐巳の部屋にいることになった。
女の子らしい可愛い部屋だ。部屋の内装は無論その部屋の持ち主の内面が反映される。
ほとんど飾っていない殺風景なわたしの部屋とは大違いだ。
写真立に飾ってある写真を見てみた。
「それはね、わたしと祥子様のきっかけになった写真なんだ」
「………そう」
「蔦子さんには感謝してるんだ。その一枚のおかげで、苦労はあったけど最高の学園生活が送れているから」
「………」
「まさかわたしが祥子様の妹なんていまだに信じられない時があるし、毎日楽しいよ。それに由乃さんとか志摩子さんとか素晴らしい親友とも出会えたし」
「………学園中に悪影響を及ぼしてる連中と一緒にいて楽しい、ね…」
「そんなこと言っちゃだめ!確かにそんなこともあったけど、いつもは学園のみんなの生活がより良いものになるようにがんばってるんだから」
「………そう」
祐巳の強い瞳は嘘はついていないんだ、と語りかけてくるようで何も言えなくなった。
なんだかわたしと祐巳の今までの違いをまざまざと見せつけられたようでもあった。
「ねえ祐沙ちゃん」
わたしが俯いていると不意に祐巳がわたしの髪を撫でてきた。
「……なにするの?」
「えへへ。だって祐沙ちゃんってわたしと髪型が一緒なんだもん」
「それがどうしたの?」
「嬉しいなって思ってね」
満面の笑みを浮かべながらわたしの髪を撫で続ける。
その笑顔はとても幸せそうで、わたしの中の暗い物を溶かしてしまいそうで…
「……」
「16年も離れていたのに同じ髪型なんて、わたし達ってやっぱり双子なんだね」
「………そうね」
「えへへへ」
髪型一つで幸せになるなんて、なんて単純なんだろう。
でもわたしもちょっぴり嬉しいと感じている。
彼女の笑顔と合わさり久しぶりに少しだけ気分が穏やかになったような気がした。
「祐巳ちゃん、祐沙ちゃん。ご飯だから降りてらっしゃい」
夕食の席には既に『父親』と『弟』が着いていた。
『弟』は目を丸くしてわたしを見ている。おそらくここ数日この家庭でわたしの事が話題になってもわたしの存在を信じることができなかったのだろう。
無理もない。わたしの『実の両親』と学校で顔を合わせた事のある祐巳はともかく、『弟』とは完全に初対面なのだから。
「16年ぶりだね、祐沙ちゃん」
「………」
「さ、さあ祐巳ちゃんも祐沙ちゃんも席について」
「は、は〜い。ほら祐沙ちゃん、わたしの隣に…」
「……うん」
他人が作った手料理は久しぶりだ。だけどわたしが『母親』を毛嫌いしてしまっているせいで全然おいしくない。箸が進まない。
「祐沙ちゃん、遠慮しないでたくさん食べていいのよ?」
「………はい」
「祐沙、敬語は要らないよ」
「………」
遠慮なんてしていないし、敬語だって使っていない。
ただわたしはあくまで自分は赤の他人であることをこの人たちに強調したかっただけだ。
「お味はどう?」
「………普通です。…お母さんの方がおいしかった」
「……そんなぁ。ちょっとショックだわ」
「祐沙、そのお母さんという人は…」
「…………。…………今年の春に死んだわ」
「……え?!じゃあ祐沙ちゃん今、一人なの?」
「一人じゃないわ。お母さんは実家や親せきと絶縁状態だったから遺骨はわたしが持ってる。だから一人じゃない…」
場の空気が重くなってしまった。
「ねえ、祐沙ちゃん。その…お金とかはどうしているの?」
「………そんなこと聞かないでほしいわね。まあ、保険金とかお母さんの蓄えとかよ。たくさん残してくれたわ。嬉しくないけどね」
「……そうなのか」
夕食は暗い雰囲気のまま終わった。
その後なぜわたしは孤児院に預けられたままになったのかを聞いた。
わたし達が生まれた当時、『両親』はとても貧乏だった。
子供を一度に二人も育てるのは難しかったそうだ。
そこで生まれたばかりのわたしは孤児院に預けられたのだ。
『両親』はその後、一生懸命に働いた。祐巳を託児所に預けながら、共働きで。
いつかわたしを引き取ったとき、たくさん我儘をきかせてあげられるようにと一生懸命働いてくれていた。そして少しずつお金がたまっていったらしい。
しかし、二人とも仕事のしすぎでストレスが溜まり、お互いを慰め合った。その結果、祐麒君が生まれた。
祐麒君はそのまま普通に育てられた。
それこそが、わたしが忘れられてしまう原因だったのだ。
もともと二人の子がいた福沢家。片方は預けられていて早く引き取ろうと躍起になっていた。そこにもう一人生まれて再び子供が『二人』になり、精神的にも追い詰められていた両親はわたしが帰って来たと錯覚を起こしてしまったのだ。
さらに孤児院の方にも原因があった。わたしを赤ん坊の時から預かっていたため、わたしの事が可愛くて仕方が無かったそうなのだ(これは『両親』が孤児院に電話して聞いたそうだ)。
『両親』はわたしを引き取れるめどが立ったら電話をすると孤児院に約束していたらしい。そこでいつまでも電話が無いのをいいことに孤児院側は福沢夫妻に一切連絡を入れなかったのだ。
つまりは『両親』の錯覚と孤児院側のエゴによって起こってしまった悲劇なのだ。
悲しかった。わたしは信じていた孤児院に裏切られていて、間違いはあったがわたしの為に一生懸命になってくれていた『両親』を怨んでいた。
ただ孤児院は孤児院でわたしを一生懸命育ててくれた。
誰かのせいに出来ない状況なのだ。
わたしは逃げるように福沢家を後にした。
負の感情を一方的にぶつけてきた人たちと一緒にいられるほどわたしは強くなかった。
あとがき
祐沙が忘れられた理由、これが精一杯です。
タイトルは後半にかかっています。
自治区のお話で初めて男性が出てきました(出雲と雪美を除いて)。
たぶんもう出てこないと思います。祐麒なんて名前だけだし…
百合作品に男は要らないと思っているので扱いはこんな程度です。
※2009年8月13日、少し加筆しました。
※なんか変です
ノートに斜線が引かれていたあの小笠原祥子を妹にした日、水野蓉子は下校中に黒服を着た集団に囲まれた。
「な、何なの!?」
「あなたがお嬢さまの……」
黒服の一人が呟く。
「とにかく、来てもらおう」
普通の女子高生の自分ではかなわないと判断した蓉子は大声で助けを求めようとした。しかし、それよりも早く気絶させられ、車に押し込まれた。
蓉子が目を覚ますと、それはどこかの別荘のような建物で、ベッドに寝かされていた。
部屋には先程の黒服達が見張りのように距離を置いてこちらを見ている。
黒服の一人が扉を開けると年配の男性が現れた。
「な、何?」
「リリアン女学園高等部2年椿組水野蓉子さん、紅薔薇のつぼみとも呼ばれていて、今日、小笠原祥子にロザリオを渡して姉妹となった。間違いありませんね?」
年配の男性は静かに蓉子に語りかける。
「……もし、私が別人だって答えたら、あなた、どうする気?」
「電気ショックで記憶を飛ばします。何、ちょっとした副作用で脳細胞が半分ぐらい使い物にならなくなってしまいますが、気にしないでください」
さわやかな笑顔で年配の男性は言う。
「き、気になるわよっ! 水野蓉子で間違いないから、変な事しないで」
「そうでしょう。仮に間違いがあっては、この部屋にいる全員の記憶を飛ばしてクビにしなくてはなりませんよ」
年配の男性はそういうと正体を明かした。
自分は小笠原祥子の祖父で、周りの黒服は小笠原家の家族を守る護衛だと言う。
そういえばちょっとだけ祥子に似ていない事もない。
「いや、大変に失礼しました」
祥子の祖父は深々と頭を下げる。
「で、その祥子さんのお祖父さまが何の用でしょう?」
「祥子は小笠原家の一人娘。その立場ゆえに幼少期より『いろいろと』狙われているのです」
誘拐されそうになったりしたとでもいうのだろうか。由緒正しいお金持ちの娘には平民にはありえないドラマチックな日常があるのかもしれない。
「リリアンに通うようになってから、行き帰りなどは護衛が祥子に気づかれぬよう守ってきました。祥子一人であれば何とかなりますが、あなたもとなるとさすがに手が回らないのです」
祥子を妹にしてしまった瞬間にその『いろいろと』に巻き込まれても仕方がないという事か。
「ははあ、では、それなりに覚悟を決めてほしいと?」
お姉さま方の引いた斜線にはそんな意味もあったのかもしれない、と蓉子は今さらながら思う。
「いえ、そうではなくて。自分が守られて姉であるあなたに何かあっては祥子はとても苦しむでしょう。ですから、ご自身の身を守るために、一流の兵士となるべく訓練を受けていただきたいのです」
何を言い出すんだ、このジジイ、と言いたかったが一応祥子の祖父らしいので我慢した。
「訓練期間は下校時間以降登校時間までで、家にはしばらく帰れませんが、ご両親には裏から手を回します。訓練場所は地下の施設を利用しますので、一般人には学習塾に通ってるようにしか思われません。講師陣にはソマリアからイラクまでを渡り歩く歴戦の傭兵やら、成功率ナンバーワンのスナイパーやらを用意してあります」
なんて手回しのいい。
「ちなみに、拒否するとどうなるんですか?」
「拒否したり、誰かにしゃべったりしたら電気ショックで記憶を飛ばします。何、ちょっとした副作用で(以下略)」
それはすでに相談ではなかった。蓉子に選択の余地はないのだ。
蓉子はその日を境に地獄の訓練を受ける事になった。
始めは体力づくりで、制服などは一見普通のものだが軍人のフル装備並みの重さのある素材で、それを身につけさせられて日常的に体力づくりをさせられた。夜は兵器の扱い方、護衛や軍人としての知識、爆発物の処理、応急治療などを学び、やがて体力がつくと実技と称して格闘技やら射撃訓練をさせられた。
24時間監視下に置かれ逃げる事も出来ない。多少寝不足気味でも祥子も聖も江利子もお姉さまたちも蓉子は勉強に打ち込んでいるというくらいの認識しかないようだ。
夏休みに突入し、訓練が終日となると、不眠不休でのサバイバル、パラシュート降下など精鋭部隊の兵士並みの訓練をさせられた。技術的にさまざまな乗り物を操縦する事も出来るようになり、年齢的に取得可能なバイクの免許を貰った。
そして。
「よく、ここまで耐えた。キミはこれで一流の兵士だ」
教官から認められ、以降は自宅から通うことを許された。
数ヵ月ぶりに家に帰ったが、両親は相当脅されているらしく、何も言われなかった。
花寺の学校祭、体育祭、修学旅行とスケジュールをこなし、学園祭の準備期間がやってきた。
山百合会はフル稼働し、帰る時間もイレギュラーになった。
そんなある日。祥子と二人で作業に集中し、気付くと他のメンバーは帰ってしまっていた。
バス停に着くと、最終便はもう行ってしまったみたいだった。
「あー、ついてないわね」
「電話をかけて、家の者を呼びましょう」
祥子が提案する。
「携帯持ってるの?」
「携帯は持ってませんが、近くのコンビニに行けば公衆電話があるでしょうし、無くても借りる事が出来るでしょう。お姉さまもご一緒に」
本当は平気なのだが、断って変に怪しまれるのもどうかと思い、祥子の行為に甘える事にして、コンビニに向かう。
だが、そこにはいわゆる暴走族と呼ばれる集団がたむろしていた。
無視して通り過ぎようとすると囲まれる。
「ねえ、こんな時間まで何してたわけ?」
「俺たちと遊んでかない?」
ニヤつくいかにも素行と頭の悪そうな男たち。
やれやれ、訓練の成果が試されるというわけか。と蓉子は祥子に伸びた手を素早くつかむとひねりあげた。
「いっ! てててえっ!! 何をしやがるっ!!」
「祥子、店の中に入ってて」
プロの手ほどきを受けた蓉子はあっという間に彼らを倒していく。
だが、人数が多く、蓉子の手の回らなかった者が祥子を捕まえるのを防ぎきれなかった。
「きゃっ! 何をっ!!」
かなわないと見た彼らは無理やり祥子を乗せて車で逃走した。
蓉子は即決した。
「借りるわよ」
カバンの中に「念のため」入れておいた銃を取り出すと、止まっていた暴走族の物らしいバイクにまたがり蓉子は車を追った。
素早くタイヤを撃ち抜き、車に追いつくと、窓をたたき割り、ロックを外して暴走族を引きずり下ろし、奥に乗せられていた祥子を救出する。
「乗って」
祥子は無言でうなずくと蓉子の後ろに乗り、蓉子にしがみつく。
敵は意外としつこかった。
かなわないとわかっているのに、集団で追いかけてきたのだ。
「あ〜、このバイク目立つからな」
「蓉子さん!」
やっと追い付いてきたのか、黒服たちを乗せた車が隣を走っていた。
「祥子はお任せした方がいいかしら?」
「そのまま小笠原邸へお願いします! ここは我々が引きつけます」
黒服は初動ミスを取り返すべく、暴走族を一蹴する気らしい。
「いいわ」
それにしても、派手なバイクに銃、もし自分が日本の警察に捕まったらどうするつもりなんだ、いや、小笠原グループなら何とかしてしまうのか。何とか出来るなら、暴走族も自分たちで何とかしろよ、と心の中で突っ込みながら蓉子は小笠原邸に向かった。
路地を通り、住宅街を抜け、小笠原邸が見えてきた。
ところが、そこには黒服とは思えない、むしろ暴走族と思われる男がバイクにまたがり待ちかまえている。
「役立たずね」
黒服は全員電気ショックだな、そう思いながら蓉子は一旦バイクを止めると銃を構えた。
男がバイクを走らせこちらに向かってくる。
有効射程に入り、蓉子は冷静に引き金を引いた。
タイヤを撃ち抜き尚も男が向かってきたので、男にもお見舞いした。
男が動かないのを確認すると蓉子はそのまま小笠原邸に入った。
連絡を受けた黒服と祥子の祖父が待っていた。
「さすが蓉子さん。よくぞ祥子を守り抜きました。合格です」
「合格……って、まさか」
「その通り! これはあなたの最終訓練です。あなたにはこれから祥子の側でその腕をふるっていただきたいと思っています。ちなみに、あの暴走族はこちらでお願いした傭兵で……」
「いい加減にせんか、ジジイ!」
もう、祥子の祖父という事を忘れて蓉子は突っ込んでいた。鍛え上げられた鉄拳で。
その日以来、蓉子は祥子の身に危機が迫っているという情報が流れるたびに祥子の祖父の連絡を受け、祥子を守るというハードな日々を送るようになった。
今日もリリアン女学院の校舎の屋上でライフルを構えながら静かにその時を待っている。
校門のあたりが騒がしくなる。
ツインテールの少女が銃を構え、祥子をかばいながら必死に黒服の車まで逃げようとする。少女は訓練中の身で頑張っているが、守り切れてはいない。
蓉子は引き金を引いて、祥子の安全を確認するとそのままツインテールの少女のところへ向かった。
「まだまだね、祐巳ちゃん」
「蓉子さま。あっ! もしかして、さっき助けてくれた銃撃は」
蓉子はにやりと笑った。
「とりあえず、あのジジイを殴りに行きましょうか」
蓉子は自身の後継者である祐巳に向かってそう言うと歩きだした。もう、自分もこの子も戻れないな。と思いながら。
ごきげんよう。【No:3023】の続きです。
今回は久しぶりに途中で視点が変わります。
『…このまま、このまま、松原祐沙でいさせてください』
そう言い残して福沢邸から逃げて来た。
全てが神の悪戯。
そう結論付けるしかほかなかった。
わたしは自分を愛してくれた人を怨むことができる人間ではない。
今まで一方的に恨み続けてきたが、わたしはそれ以外何をしたのだろう。
両親がかつてしたことは全てわたしや祐巳の事を愛しているからこそ。結果はどうあれ、深く愛してくれていたのは分かった。
孤児院もしかり。わたしを赤ん坊の時から面倒を見てくれていた。それ故の行動だったにすぎない。
0歳のころから面倒を見ていたら情が移り、手放せなくなってしまうのは人の性。
地球上でもっとも子供に愛情を注ぐ動物、それが人間である。
そしてお母さん。5年しか一緒に居なかったがたくさんの思い出をくれた。たくさんの愛情を注いでくれた。
わたしは…?今までしてきたことは…?
ただ自分の境遇に胡坐を掻いて、何もしていなかったではないか。
していたこととすればさっき言ったように周りを怨んでいただけだ。
両親にだって自分から連絡すればこんなことにはならなかった筈だ。
一つだけよかったとすれば、お母さんのような素敵な女性を一人さみしく…ではなくそばにいて看取ってあげれた事だ。
情けない…ただ情けないだけだ…
きっと今のわたしは『福沢』も『松原』も名乗る資格など無いだろう。
わたしは変わらなければならない。
だから今だけは…マリア様のせいにさせてもらおう。
『お母さん』と『お母さん』。二人は同じ『マリア様の庭』に通っていた。
そんな二人を見守り続けることができなかった…そういうことにさせてもらおう。
わたしが『福沢』にも『松原』にもふさわしくなれるまで…
鏡を見ながら自分の髪をそっと撫でてみる。
今の髪はお母さんが天に召されるまで、そして今現在に至るまで伸ばしてきたものだ。
お母さんが最後に触った髪。そして祐巳が初めて触った髪。
大好きな二人が触った髪。
それだけで嬉しくなってくる。それと同時に悲しくなってくる。
わたしはたくさんの不義理を犯してきた。
もうこれ以上は許されない。
祐巳にはひどい事を言ってしまった。それでもわたしに、わたしだけに笑顔を向けてくれた。
その笑顔にいつか、いつの日にか答えるために…
もう一度撫でる。
これで最後にしよう…
もう過去に縛られるのは終わり。
その戒めとして…
わたしは髪を切った。
孤児院に居た頃、チビどもの髪はわたしが切ったいた。
先生に教わりながら段々身に付けていった、わたしの隠れた特技だ。
それが今、役に立っているのは皮肉かそれとも神の悪戯か…
髪が元に戻るときには、今よりも素敵な女の子になっていることを願って…
それでもすぐに立ち直ることなんてなかなかできないわけで、何とか隠すぐらいしかできなかった。
もしかしたら恋歌さんや紀穂さんにはばれているかもしれない。
気を遣わせてしまって申し訳ないが、そんな彼女たちをより愛しく思え、何よりそれが嬉しかった。
この他にも悩みがあった。
それは古文のレポートだ。
クラス全体のテストの成績が悪かったばっかりに冬休みの前だというのに宿題として出されたものだ。
レポート用紙10枚以上じゃないと受け付けないと言われている。
ちなみに論文形式でもいいとの事なのでわたしはそっちにすることにした。
試験休み、冬休みを返上してやらなければならない宿題がわたし達のクラスは他のクラスより多くなった。
それもかなり厄介な奴。
おかげでほんの少し、気を紛らせることができた。
宿題なんかでそんな風になった奴なんて空前絶後、わたしくらいだろう。
わたしだって本当は宿題なんて大嫌いなんだから…
試験休みでほとんど人がいない図書室。
独特の雰囲気があって結構好きだ。
この場所でお姉さまと愛を育む生徒はそれなりに多いと聞く。
勉強を教えてもらったり、一つの本を二人で読んだり…
羨ましいな…
祐巳は祥子様とそういうことをしたりするのかな?
わたしの大切な祐巳。かけがえのない『もう一人のわたし』。
きっと祥子様と素敵な関係を築いていくことだろう。
ただそんな祐巳を、一方的に傷つけてしまったのはわたしの最大の枷。
………
だめだ…最近はこんな事ばかり考えてしまう。
さっさと宿題を始めてしまおう。
「……く!なんでこんな高い所に置いてあるのよ!」
『万葉集』の事が書いてある本を数冊見つけたが、一番良さげな本は椅子を使っても、そこからさらに背伸びをしても届かない所にあった。
「なによ!ここは女の子が通う学校よ!ジャイアント馬場なんて来ないんだから!!」
もう少し本棚の高さを加減しなさいっての!!
ものさしを使ってみたが、本には届くもののうまく引っかからない。
所詮ものさしなど線を引いたり長さを測る以外に使い道なんてない。
「役に立たないわね、あんたって…」
それでもわたしはものさしを使って本を取るのに夢中になっていた。
「ねえ、貴女」
「ひゃあ!」
いきなり声を掛けられバランスを崩してしまった。
このままでは足を捻るかもしれない。
床にぶつかる衝撃を覚悟しながら心の中ではいきなり声をかけた人物に悪態をついていた。
が…
いつまで経っても固い衝撃は訪れることはなく…
むしろ柔らかい物に包まれている。
「よかったわ。私が声を掛けたせいで怪我をされたら夢見が悪かったわ」
「………!!」
誰かに抱きしめられていた。
「ごめんなさいね」
「……いいえ」
わたしは突然の出来事に何も出来ず、ただこの少女にしばらく抱きしめられていた。
数分か数十分か…過ぎた。
「あの…もうそろそろ…」
「ごめんなさいね、もう少しだけ…」
「…はい」
「……やっと貴女を捕まえることができたわ」
「え?」
「ずっと機会を伺っていたんだけど、貴女と接点は無かったから」
「そうですね…でもわたしなんて…」
「ふふふ…やっぱり貴女は『紅薔薇の蕾の妹』に最も似ていて、最も似ていない存在ね」
「……そうですか。でもどうしてわたしを知っているんですか?」
「それはね、貴女は気にしていなかったのかもしれないけど、祥子さんに妹が出来た直後に、その…『祐巳ちゃん』にそっくりな子が入って来たってことで話題になったのよ」
「……知らなかったです」
「そうよね。貴女は周りを拒絶しているように見えたから…」
「………」
「私が貴女を初めて見たのは音楽室」
「あ…」
「部室に行ったあと、忘れものに気付いて取りに行って帰ってきたら素晴らしい演奏をしているじゃない。でもそれが途中で終わってしまったから不思議に思って急いで音楽室に戻ったわ」
この人は…
「そしたら貴女がピアノの椅子に座って泣いていたのよ」
「貴女は…音楽室の女神様…」
「女神様?私が?」
「はい…凄く綺麗な人に泣いているところを見られて焦りました」
「どうして?」
「だって…」
「ふふふ…可愛いわね」
さらにギュッと抱きしめてくる。
彼女の規則正しい鼓動と、優しい温もり、柔らかさを感じて…
「すみません…そろそろ……」
「どうして?」
「なんだか…ね…むく……な……」
「あらあら…しょうがないわね」
彼女に抱きしめられ、安心して緊張が解けたわたしは……
……………
彼女に出会ったのは『黄薔薇革命』の直前だった。
「はあぁ、お弁当箱を教室に忘れるなんて…」
教室に忘れた弁当箱を取ってきて音楽室に戻っている時だった。
「……あら?誰かが音楽室にいるみたいね」
部員の子かしら?ずいぶん早いわね。でも私も人もことは言えないか。
音楽室に一度行って教室に戻って…ってくらい余裕があるんだから。
そんなことより音楽室から聴こえてくるピアノの音だ。
美しく繊細でどこか物悲しいその旋律…
早く確かめたかった。
だから禁止されているのに廊下を走った。
途中、白薔薇様とすれ違ったような気がしたがどうでもよかった。
早くしなければ…
しかしあと少しというところで演奏が止んでしまった。
「どうしたのかしら?」
そう呟いて音楽室に入ると…
「……もっ、い…しょ…に…いてほ…しかった…のに……」
「は…」
天使が泣いていた。少なくとも私はそう思った。
目の前にいるのは天使。翼の折れた天使。
窓から入ってくる秋の物悲しい光を浴びて、その天使は泣いていた。
美しく手入れされた鍵盤に彼女の涙が落ちる。
その涙の一つ一つまで美しいと思った。
しかしよく見てみると天使は私と同じ制服を着ていて…
見とれている場合ではない。
何とかしてあげなければ…
「貴女、どうしたの?そんなに泣いて」
彼女は私に気付いていなかったのか、びっくりした様子でこちらを向いた。
なんだかその仕草が可愛くて、どうにかして捕まえておかなければと思った。しかし…
「…な、なんでもないです」
「なんでもなくないでしょう?私でよければ話して頂戴」
「いいえ、結構です。ちょっと悲しくなっただけですから…」
そう言い残して彼女は逃げるようにして音楽室を後にした。
「ちょっと、待って…」
聞こえてなかったのかもしれない。振り返ることもせず彼女は居なくなった。
それから彼女は図書室で見かけるようになった。
最初は一人でいることが多く、今にも消えてしまいそうで。
でも周りを完全に拒絶していて…その光景は凄く悲しかった。
少しすると育ちのよさそうな美人と可愛いを足して2で割ったような女の子と来るようになった。
少しずつ儚さが消えていっていたので安心した。
一緒にいる子には『祐沙さん』と呼ばれていた。可愛い名前だ。
『祐沙ちゃん』に話しかけたかったが、接点が無かったのでちょっと勇気が無かったのが情けない。
『黄薔薇革命』で学校中が揺れた時、クラスメイトの霧子さんもその波にのまれて可哀そうだった。大好きな妹にロザリオを返されてしまったからだ。
見ていられないほど痛々しかった。が、それは長続きしなかった。
霧子さんの妹がクラスメイトに叱咤されて、もう一度スールになってくださいと謝ってきたからだ。
叱咤した子は『祐沙ちゃん』という名前だと言っていた。その子には凄く感謝しているとも言っていた。お礼までしに行ったらしい。
凄い子だと思った。
薔薇の館に乗りこんで、『黄薔薇の蕾の妹』にまで説教したようだった。
彼女はこの学園を愛しているんだ…
その事が凄く嬉しかった。
最近は「いばらの森」が噂になっていたが、私は彼女の方が気になっていた。
図書室に現れる度、彼女を眺めていた。もちろん誰にも気付かれないように。
試験が終わり、休みに入ったが、彼女はクラスの連帯責任のペナルティに勤しんでいた。
そんなある日、彼女は『紅薔薇の蕾の妹』と会話していた。
何やら押し切られたみたいで困惑していたが…
その次の日、つまり今日彼女が背負っている負の感情がまた大きくなっていた。
可愛らしいツインテールもなくなっていて驚いてしまった。
もう躊躇していてはだめだ。
私に何ができるのかはわからないが…
「なによ!ここは女の子が通う学校よ!ジャイアント馬場なんて来ないんだから!!」
古文のスペースの方から祐沙ちゃんの声がした。
ちょっと機嫌が悪いらしい。
行ってみると、手にしたものさしに文句を言っていた。
「役に立たないわね、あんたって…」
ちょっとやさぐれている彼女も可愛かった。
そしてまたものさしを使って高いところの本を取ろうと一生懸命になっている。
「………可愛いわ…」
凄く可愛かった。いけないわ…図書委員として助けてあげないと…
これがきっかけで彼女と接点が持てる。
「ねえ、貴女」
後ろから声を掛けたが…
「ひゃあ!」
彼女はびっくりしてバランスを崩してしまった。
何とかしないと!!
無我夢中で彼女を抱き留めた。
そのまま少しの間、会話することもなく、祐沙ちゃんを抱きしめていた。
……………
抱き合ったまま少し会話をした後、祐沙ちゃんは眠ってしまった。
もしかしたら寝不足なのかもしれない。
彼女をソファーまで運んで寝かせてあげた。膝枕をしてあげた。
なんて可愛い寝顔なんだろう。
目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。
いやな夢でも見ているのだろうか。
少しでも祐沙ちゃんに安心してもらいたくて彼女の手を握ってあげた。
「め…がみ…さま…」
ふふふ、寝言言ってるわ。
きっと女神様は私のことよね。
「大丈夫よ、私はここにいるから…安心してね、祐沙ちゃん」
「………ひ…とりに…しな…いで…」
『ひとりにしないで』か…
よっぽど辛い事があったのね。
大丈夫だから。貴女さえよければずっと一緒にいてあげるから…
それにしても、女神様か…
「そんなこと言って、攫っちゃうわよ?可愛い天使さん…」
私はそう呟いて祐沙ちゃんのおでこにそっとキスをした。
ふぅ…リリアンを出ていくうえでもうひとつ心残りが出来てしまったわ…
あとがき
祐沙ちゃんのお話もいよいよ佳境です。
ちなみにこの頃、祐巳ちゃんは「いばらの森」でも大活躍。
お疲れ様、祐巳ちゃん。
目いっぱい背伸びする女の子、可愛いですよね。しかも届かなかったら…
このありえない設定のお話は(たぶん)あと少しで終わりなので、もうちょっとお付き合い願います。
※書いてる方もおかしいと思います(でも、うpする)Σ(・Д・)コラッ
小寓寺を受け継ぐ藤堂家には秘密があった。
「……では、お前はシスターになりたいと。家は継ぎたくないというのだな?」
「はい。ですから、勘当してください」
頭を下げる小学生の少女、藤堂家の娘、志摩子。向かい合うのは現藤堂家の家長である志摩子の父であった。
「駄目だ。お前は何もわかっておらん」
そして、父との話し合いの結果、リリアン女学園に入学する事になった。
父は最後に言った。
「よいか志摩子。家の事は誰にも言ってはならぬ。言えば、勘当どころではないからな」
志摩子は頷いた。
時が流れ、志摩子はリリアン女学園高等部に進学していた。
この春、桜の木の下で、志摩子は印象的な出会いを体験した。
その人の名は佐藤聖。白薔薇さまという生徒会長だった。
それから、紆余曲折を経て、志摩子は聖の妹になった。
そんなある日の事だった。
その日、薔薇の館に用はなく、志摩子はまっすぐ家に帰ろうと校門を出た。
「志摩子」
呼ばれて見ると志摩子の兄、賢文がいた。
「あの、何か?」
兄は強引に志摩子を車に乗せると、車にはすでに父が乗っていた。
「これを」
父は一枚の写真を差し出してきた。
「これは……!」
かなり粗い画質だったが、写っているのは白薔薇さまで、手足を縛られ、目隠しをされていた。
「この人を返してほしければここへ来いという手紙が『犬』の本部に届いた」
地図の入った手紙の写しを見せられる。
「『犬』の……」
『犬』。
それは小寓寺を受け継ぐ藤堂家の秘密であった。
藤堂家が僧侶というのは世を忍ぶ仮の姿で、その実態は『犬』と呼ばれる忍者集団を率いる頭領の家柄だった。
某悪魔系バンドかと突っ込まれても、本当に世を忍んでいるのだから、仕方がない。
「でも、私は家を継ぐ気はありません」
志摩子は変わらぬ決意を述べた。
「お前にその気はなくとも、藤堂家にいる以上、外部の人間からはそんな区別はつかない」
父は冷ややかに言う。
「だから、あの時、勘当してくださいとお願いしたんです」
「お前は『抜け忍』の厳しさをわかってはいない。お前には准至の話もしただろう」
准至。その名を聞いて志摩子の表情が硬くなる。准至は志摩子の実の父で、賢文の兄にあたる。志摩子の実の母への愛を取り、『抜け忍』として生きようとしたが、かなわなかったという。
「それに、こうなってしまってはお前のとるべき道は二つ。一つはこれは忍びの世界の事だと割り切り、この写真の少女を見捨てる」
「見捨てる……」
ガン、と鈍器で殴られたような衝撃を志摩子は受ける。
「もう一つは、忍びの世界に留まり『犬』を使いこの少女を救う。そうすれば少女は助かるだろう」
「……」
しかし、それは二度とは戻れない道を行くという事に他ならない。
志摩子は迷った。
それは百合根とギンナンどっちが好きかと聞かれるぐらい答えづらかった。いや、この場合もっと重いが。
「待て、親父」
兄が割って入る。
「なんだ。お前は関係ない」
「いや、もう一つ選択肢がある。『犬』を動かさず、志摩子が『個人の力』でその人を救いに行くというものだ」
父はため息をついた。
もう、志摩子の答えは決まっていたからだ。
「私は、自分の力だけでお姉さまを助けにいきます」
そう言うと、志摩子は車を降りた。
なんというハットリくん、またはナルトな展開だが、助けに行くと決めちゃったのだから仕方がない。
数時間後、志摩子は地図の指していた屋敷の見える場所に立っていた。
背負っているバックパックからノートパソコンを取り出す。
忍者というと映画や漫画の派手な忍術を想像されそうだが、それはあくまで創作上の話。
伝統芸能を継承しているわけではないので「ニンニン」「ドロン」などという忍者は現代では通用しない。
忍者の仕事は、姿を隠して敵地に忍び込み内情を探るスパイ活動、破壊工作、謀略、離間工作などで、武芸もある程度は必要だが、現代社会に適応した忍者ともなると、コンピュータとネットワークに関する技術は必須となる。他に精密機械や薬品などの知識があったり、一芸に秀でているスペシャリストだったりするとよりよいらしい。
現代でも通用する忍者集団『犬』を率いる藤堂家の人間として、志摩子も幼少期よりコンピュータとネットワークの知識を叩きこまれていた。6歳で某公共機関のデータベースに証拠も残さずアクセスしてみせて父に褒められた思い出もある。
取り出したノートパソコンを開いてキーボードを叩く。
地図の屋敷は結構な広さの屋敷であった。
ここに来るまでに確認しておいた事から導き出した理想的な侵入経路を得るためにしかけたプラスティック爆弾の遠隔操作と、停電操作を行う。出来れば屋敷のセキュリティシステムの乗っ取りもしたいが、そこまでは厳しいというのはわかっていた。
ドオォン!
計算通りの爆発と停電で混乱している隙に屋敷に侵入した。
停電は一瞬で回復し、自家発電システムがある事を知るが、想定内である。
結構な広さがある屋敷、という事は、よほど大人数がいなければ簡単に人には出合わないという事になる。
赤外線の見える特殊なグラスをつけているため、トラップも回避し、余裕で中を進んでいく。いわゆるメガネ志摩子状態だが、ストーリーには関係ない。
とある部屋にあった屋敷のパソコンに事前に作っておいたUSBメモリーをつける。入れてある自動起動プログラムで屋敷内部のコンピュータを制圧する。
あっさり制圧できたのは、おそらくセキュリティに関連するものではないようだ。たぶん、セキュリティのコンピュータは別のネットワークを使っているか、つなげずにいるかなのだろう。
一応制圧したパソコンでその事を調べるが成果はない。
一通り部屋を調べ、諦めて地道に歩き回ってホットルームを探る。2階にはそれらしい場所はなかった。
ならば、地下であろうか、と振り向くと人が立っていた。
「ごきげんよう。侵入者さん」
唇の両端をあげるようにして、でも怒っているような目で睨んでくるのは縦ロールの少女だった。こういうシーンで盾ロール呼ばわりしてはいけない。シリアスな雰囲気の時盾ロール誤植は気付くと引いてしまうからだ。
「この写真の方を返していただけないかしら?」
冷静に志摩子は粗い画質の写真を見せて言う。
「そんなものは餌ですよ」
少女は冷笑して言う。
「何故?」
「こうするからです」
少女はナイフを片手に切りかかってきた。
志摩子はかわす。
「あ、危ないわ」
「当たり前でしょう? あなたを殺す気でかかってるんですから」
少女は皮肉っぽく言う。
「あの、何かを間違えているのではなくって? 私を殺してどうなるの?」
「どうもこうも。あなたは『犬』の人なのでしょう?」
いささか拍子抜けしたように少女が聞く。
「私は家を継ぐ気はありません」
きっぱりと志摩子は言う。
「継ぐ気がない。なら、何故ここに来たんです?」
「個人として、大切な人を助けに来ただけです」
「ふん、個人としてね。じゃあ、個人として大切な人を助けるために、死んでもらいましょうか。どうせ『抜け忍』になったら殺されるのでしょう? 同じ事じゃないですか」
少女は邪悪な笑みを浮かべる。
「もし、私があなたに殺されたら、本当にこの方を助けてくれるんですか?」
志摩子は聞いた。
「……だから、そんなものは餌だと言っているでしょう?」
少女はナイフを振りかざす。
志摩子は特殊警棒で応戦する。
ナイフの刃を受け流し、手首からひねって少女を投げ、逆にナイフを取り上げて少女につきつける。
「この写真の人を返してください。そうすれば大人しく帰ります」
志摩子は少女の目を見ながら言う。
「……仮にそうすれば、今は助かっても、あの人はまた狙われるでしょう。それでもいいんですか?」
「……」
少女の問いかけに、志摩子は答える事が出来ない。
「個人として、あなたはあの人を守れるとでもいうんですかっ? そんな甘い事が通用する世界だとでもいうのですかっ!?」
「わ、私は……私は『犬』になります! 『犬』になって、お姉さまを守ります!!」
志摩子は大声で宣言していた。
「……家を継がないという、決意はいいんですか?」
「私にはこの方が必要なんです。だから、もう、いいんです」
「それは、本当だな?」
聞きなれた声がして、振り向くとそこには父、兄が立っていた。
あっけにとられている間に、少女が脱出する。
「瞳子ちゃん、お世話になりましたな」
父が少女にそう挨拶する。
「いいえ。頭領のお願いとあれば、この松平瞳子、これぐらいは何でもありません。よかったですわ。これで『犬』も安泰ですもの」
瞳子ははしゃいでいる。
「……あの、これは一体?」
志摩子は事態が飲み込めず聞く。
「いや、実は主君からリリアン女学園に通う孫を守りたいので『犬』よりメンバーを派遣してほしいと頼まれてな。ちょうど該当するのがお前しかいなかったもので、在学中だけでも手伝ってほしいと思ってちょっと一芝居打ったのだ」
頭を叩きながら父は言う。
「あの、では……」
「瞳子ちゃんは『犬』のメンバーなのだが、主君のたっての希望でその孫を守るために松平家に養子に入った。まあ、これからお前をサポートしてくれる」
よろしくお願いします、と瞳子が頭を下げる。
「いえ、ですから……」
「一度『犬』になると決めたのだから、もう、取り消しは許さんぞ」
「そうではなくて、ですね」
「何だ?」
父が聞く。
「あの、お姉さまは、どちらに?」
そもそも、志摩子は囚われのお姉さまを救出に来たのだった。
「ああ、あの写真は合成だ。佐藤さんは家に帰ってその後遊びに行ったらしい」
「じゃあ、私は騙されたんですか?」
「だから、一芝居打ったと言っている」
父は悪びれもせず言う。
なんというチェリーブロッサムな展開。読者は「またかよ」とうんざりしているというのに志摩子は全く気づいてなかった。
「志摩子。俺はお前がキャッチセールスとか振り込め詐欺に遭わないか心配になってきた。わかるか? お前は騙されて『犬』になっちゃったんだぞ?」
兄がご丁寧に現実を突き付けてくる。
「まあ、頭領も若さまも。私がサポートいたしますから」
瞳子ちゃんが更にダメ押しする。
忍者というと映画や漫画の派手な忍術を想像されそうだが、それはあくまで創作上の話。
伝統芸能を継承しているわけではないので「ニンニン」「ドロン」などという忍者は現代では通用しない。
忍者の仕事は(以下略)
現代でも通用する忍者集団『犬』を率いる藤堂家の人間として、志摩子も幼少期より毒劇物と危険物の知識を叩きこまれていた。8歳で蔵を爆破させてみせて父に褒められた思い出もある。
志摩子は無言でダイナマイトを取り出すとためらう事無く爆破した。
翌日、複雑な表情で志摩子に「ごきげんよう」と挨拶された聖が志摩子を心配してくれたのだが、それは別の話。
ごきげんよう。【No:3025】の続きです。
タイトル、季節外れですね。
「………ううん……?」
わたし、寝ちゃったのか…
寝る前の記憶を引っ張り出してみる。
見たい本が高い所にあって…
ものさしで取ろうとして…
ものさしに文句言って…
もう一回背伸びして…
誰かに後ろから声をかけられて…
びっくりして…
バランス崩して椅子から落ちて…
誰かに助けてもらって…
抱きしめられたまま話をして…
………
………?
そこから記憶が無い。
抱きしめられているのが気持ち良くて、安心できて…
ああ。それで眠っちゃったんだ。
じゃあ、ここは図書室で…
女神様はどうしたんだろう?
なんか頭が柔らかい物の上に乗っている。
……?
「おはよう、祐沙ちゃん。よく眠れた?」
「ひゃい?!」
誰かが…って女神様の決まってるか…がわたしを覗きこんでくる。
覗きこんでくる?
じゃあ、わたしは………
「祐沙ちゃん、まだ寝ぼけているの?」
「い、いいえ!ごめんなさい!!おはようございます!!」
あわてて飛び起きた。
ゴツン!
「いったー!!」
「痛いわ!祐沙ちゃん!!」
うぅ…頭と頭がごっつんコしちゃった…
「ごめんなさいぃ…」
「ううん。私もいきなり貴女を覗きこんで驚かせてしまったもの」
「……はい」
「うふふふ。そんなに気にしないで」
「でも…」
「可愛い貴女をもう一つ見つけられたからいいわ」
「な、何言ってるんですか!」
「ふふ。ものさしに文句言ったり、精一杯背伸びしてるのに届かなかったり、いきなり眠りだしたり、寝言言ったり…眼福ね」
「…………!!」
「あら?ねえ祐沙ちゃん」
「……なんですか?」
「涎垂れてるわ」
「ええ?!はじめに教えてくださいよ!!」
わたしは慌てて口の右端をこする。
「ふふふ。違うわ。逆よ、逆」
「こ、こっちですか?!」
今度は左端をこする。
「とれましたか?」
「………え、ええ。と、とれたわ…ぷ…ぷぷ」
「あ、あの女神様?」
「…………ク……」
あれ?女神様ってば肩が震えてる?
もしかして…遊ばれた?
「もう!どうして騙すんですか?!」
「ふふふふ。ごめ…んなさい…だってこんなに簡単に…あは、ふふふ」
「うう〜〜。恥ずかしいよぅ…」
「は〜、は〜。ごめんなさい。本当に貴女って可愛いわ…」
なんて嬉しそうな顔をしているんだ、この人は…
「ねえ、祐沙ちゃん」
「はい?!」
「あら、ご機嫌斜め?ごめんなさい。ちょっと調子に乗ってしまったわ」
「別に…それで、女神様。なんですか?」
「私は蟹名静よ」
「……は!」
「ふふふ…」
「すみません!」
「いいのよ。女神様って呼ばれるの、なんだか良かったから」
「そ、そうですか…こ、今度からは静様って呼びますから!」
「そうね。みんなの前で『女神様』って呼ばれるのはやっぱり恥ずかしいもの」
「ううぅ…」
静様と初めてお話したこの時は、最初から最後までいじられてしまった。
ちょっと恥ずかしくて、ちょっとムカついたけど、静様は終始笑顔だったので、わたしも楽しかった。ような気がした。
12月24日。
今日は終業式だった。つまりは明日からは冬休み。
試験休みの後に一日だけ学校に行ってその後冬休みだからいまいちピンと来ない。
祐巳に家に帰ってこないか?と誘われたが、お母さんを一人にしたくなかったので断ってしまった。
断った瞬間すぐにシュン…となってしまったので、初詣は一緒に行くことにした。
凄い喜んでくれたので何とか事なきを得た。
はぁ…祐巳は喜怒哀楽が激しいな。たぶんきっとわたしもそうなんだろうな…
帰宅後、町に出てみた。
クリスマスに占領された街に誘われてしまったのだ。
キラキラ光るイルミネーション、サンタの格好をして客引きをしているケーキ屋の少女、クリスマスソングをガンガンに流しているCD屋。
全てがクリスマスに染まっていた。
いつもは憂鬱なお出かけも、今日ばかりは楽しそうな雰囲気にのまれて楽しかった。
「せっかくだから今日はクリスマスに染まってみようかな…」
夕飯の買い出しに来たスーパーでそんな事を呟く。
「う〜ん。ローストチキンでも作ろうかな。ピザもいいかも…」
「じゃあ、付け合わせはシーザーサラダがいいわ。ワインの付け合わせはチョリソーね」
「ひゃあ!」
いきなり思考に割り込まれ、抱きしめられた。
「誰ですか?!」
キッと後ろを振り向くと…
「ごきげんよう、祐沙ちゃん」
「し、静様…」
どうしてここにいるのかしら?
「あ、あの、静様?」
「どうしてここに?かしら?」
「はい」
「意外に近所なのよ、私と貴女って。本屋さんに行こうとしたら貴女を見かけてついて来たの」
「ついて来たって…すぐに声をかけてくださればよかったのに」
「だって貴女の驚く顔が見たかったんだもの」
そんな理由…きっとムキになったらまた遊ばれるから、もういいや。
「それで、静様。本屋さんはいいんですか?」
「ええ。今日は貴女と遊びたいわ」
「ええ?わたしとですか?」
「いいでしょ?ついでに冬休み中ずっと貴女と一緒にいたいわ」
「ええ?!」
「貴女って一人で暮らしているんでしょう?」
「ええ。実質的には一人ですね」
「実質的?」
「あ!こっちの話です!」
「…?とりあえず一人なのね?じゃあいいわよね?」
冬休み中この人と二人きりなの?危険なような気がするけど…
ごめんね祐巳。せっかく帰ってくるよう誘ってくれたのに…
なんだか静様に興味があるんだよね。それに一人だと滅入っちゃうし…
「いいですよ。でもご両親にしっかり確認してくださいね?」
「まあ。私はもう子供じゃないのに」
そう言うと静様は携帯電話を取り出し、母親と連絡し始めた。
「大丈夫でしたか?」
「ええ。可愛い女の子が一人さみしく年を越さなくちゃいけないのって言ったらすぐにOKしてくれたわ」
「その割には通話が長かったですね」
「ふふふ。貴女の事を詳しく教えてあげていたの」
「ええ?!変なこと教えてないですよね?」
「ええ。この間の事を話しただけよ?」
「この間って…もう!!」
「ふふふふ」
早速遊ばれているわ…はあ…
「それで、今日の夕飯はどうするの?」
「そうですね。やっぱりローストチキンにします」
「そうね。鶏肉が安いもの」
「あ!本当ですね。それなのにかなり良質です!!」
「ふふふ…」
「静様、どれくらい食べますか?」
「そうね…せっかくだから…」
それなりの量の鶏肉と他の食材を買いこんでスーパーを後にした。
「半分持ちますよ、静様」
「いいじゃない、彼氏に荷物を持ってもらうのは女の子の特権よ?」
「特権って、静様だって女の子じゃないですか」
「だって私と祐沙ちゃん、どっちが彼氏かって言ったら私でしょ?」
「言ってる意味がわかりません」
「ふふふ。いいじゃない」
「はあ…」
結局静様は荷物を譲ってくれなかった。
「ねえ、祐沙ちゃん。あの髪飾り、可愛いわね」
「え?どれですか?」
帰る途中で通りかかったアクセサリーショップではクリスマスセールと題して路上販売をしていた。
こんなに寒いのに…気合入ってるな。
「これよ」
「はあ…まあ、確かに」
平台の一番端にポツンと置いてあったやつだ。
銀色で二つの星を象った髪飾りだ。
「ほしい?」
「え?」
しっかり見てみると結構可愛い…
「ほしいですね」
「じゃあ買ってあげるわ」
「ええ?いいですよ」
「いいじゃない。クリスマスプレゼントってことで、受け取って?」
「……わかりました。ありがとうございます」
アクセサリーをプレゼントって本当に彼氏みたいな事をするな、静様は。
でも、人からものをプレゼントしてもらうのは久しぶりだったから素直に嬉しかった。
「どうぞ、上がってください」
「ええ、お邪魔するわね」
「今、お茶を入れてきますから待っていてくださいね。あ、あっちに洗面所があるのでうがいしてください」
「わかったわ。ありがとう」
「お茶って緑茶なのね」
「はい。紅茶って苦手なんですよ。匂いとか後味とか」
「そうなの」
「ええ」
「それにしても…ごめんね。殺風景ね」
「そうですね。あんまり飾るのって好きじゃないんですよ」
「貴女らしいわ」
「もう少し可愛げがあったらいいなって思うんですけどね…そろそろ夕飯用意しますね」
「ええ、お願いね」
「はい」
……?あれ?『お願いね』?手伝ってくれないのかしら?
まあ、お客さんだからいいか。
エプロンを付けて台所に立っていると妙に視線を感じる。
「あ、あの静様?そんなに見つめられると恥ずかしいんですけど?」
「ごめんね?貴女が可愛いからつい…」
「またそれですか」
「それと…」
「それと?」
「新婚夫婦ってこんな感じなのかなって」
「はいィ?!」
「可愛いエプロン着けた可愛いお嫁さんの後ろ姿を見て幸せを感じる私…まさに新婚ね」
「もう!静様!!」
「割と本気よ、私」
「そうですか…」
「ふふふ…顔を紅くした貴女って本当に可愛いわ」
「……うぅ…恥ずかしいので勘弁してください!!」
「はいはい、わかったわ。ちょっと調子に乗ってしまったわ」
「はあ…」
「おいしいわね。やっぱりお嫁に来てほしいわ」
「お口に合うようで何よりです」
「幸せね〜。両親がクリスマスで旅行に行ってくれてよかったわ」
「え?じゃあ…」
「お母さんは私が祐沙ちゃんの家にお泊まりするのだめって言えなかったのよ、最初から」
「くぅ…静様〜〜〜」
「ふふふ。睨まない、睨まない」
今は入浴中。静様と…
「静様…わたしは幼児体型だからいやだって言ったじゃないですか」
「そう?そんなに気にするほどじゃないと思うけど…貴女って小柄だからこれくらいでちょうどいいと思うわ。それにここのラインがとってもお気に入りだわ」
「ひゃう!なんで触るんですか?」
「いいじゃない、触るも何も、既に密着してるし」
「うう〜」
そう、わたしと静様は完全に密着している。静様が後ろからわたしを抱きしめているからだ。
静様の大きめの胸が背中に当たって…ドキドキする。
「この間の図書室と同じ格好よね。今日はお風呂の中だから寝ちゃだめよ?」
「それよりのぼせそうですよ…」
「ふふふふ。そうしたらじっくり介抱してあげるわ」
「さっきと言ってることが違いますよ〜」
「ふふふふ…」
寝ると時も一緒だ。
「あの、抱きしめられてるの恥ずかしいです」
「今さらじゃない」
「そうですけど…」
「今日は楽しかったわ」
「そうですね」
「良かった。最近の貴女は元気が無かったから」
「……そんなに気にしてくださっていたんですか…」
「ええ。一目惚れ、しちゃったから。貴女に」
「…そうですか」
「貴女のおかげでいろいろ吹っ切れたし、貴女とこうしていられるのは今までにないくらい幸せだから最高のクリスマスね」
「ふふっ。ありがとうございます」
「貴女は一人じゃないって教えてあげることもできたわ」
「そうですね…わたし、もっと素敵な女の子になりますから…静様」
「……?どういうこと?」
「わたしは今までわたしを愛してくれた人たちにたくさんの不義理を犯してきました。だから…」
「そう…話してくれてありがとう。じゃあ私そのお手伝いをさせてもらうわ」
「静様…」
「一人じゃ辛いわ…でもせめて二人なら…ね?」
「はい…」
静様の優しい温もりを感じながら聖夜は更けていった。
一週間ほど過ぎて年が明けた。今日は元旦。
「ねえ、祐沙ちゃん。初日の出を見に行きましょう。海まで」
「今からですか?遠くないですか?それに電車だって…」
「それに関しては大丈夫。今から一度私の家に行きましょう」
「は、はぁ…」
少し歩いて静様の家にやって来た。
「ちょっと待っていて」
「はい」
どうするつもりなのかな?
数分して静様が戻って来た。
少し大きめのバイクとともに…
「こ、これに乗るんですか?」
「ええ、大丈夫よ。免許だって持ってるし。運転はなかなかよ?」
「は、はぁ…」
静様には何度も驚かされているな…
「じゃあメット被って後ろに座って。私の腰に腕を回して、しっかりつかまって」
「はい」
少し大きいエンジン音を響かせて夜道を疾走する。
バイクを運転している静様はかっこよかった。
信号待ちの時に目があったとき、凄いドキドキしてしまった。
ここ一週間の静様とのギャップがあって…ずるいよ、静様…
ご来光を拝む。
「綺麗ね」
「はい!」
海に来たのは久しぶり。しかも初日の出は初めて。興奮してしまう。
「来てよかったわね」
「そうですね」
「ねえ。なんてお願いしたの?」
「それは…だめです。教えちゃうと叶わなくなっちゃいます」
「それもそうね」
「そうですよ」
今日はお餅を食べたり、箱根駅伝を見たり(途中見覚えのあるおさげが映っていた。気のせいか?)してのんびり過ごした。
祐巳から初詣は明日にしてほしい、という電話もあった。
1月2日。
「祐沙ちゃん、そろそろ出かけましょう」
「はい」
「で、どこの神社なの?」
「学校の近くに…」
「ああ、あそこね。行きましょうか」
「バイクでですか?」
「もちろん」
道は結構空いていた。
静様がスピード出しすぎないか心配だった。
「結構人がいるわね」
「そうですね。道、空いてましたもんね。それより祐巳は何処かな」
「適当に歩いてたら見つかるわ」
屋台を眺めながら歩いていたら祐巳を見つけた。
なぜか『白薔薇様』と一緒にいた。
まあ、こっちはこっちで静様を連れているし、祐巳にはその事言ってないし。
たこ焼きを食べさせあっている。
「祐巳さん、白薔薇様…あけましておめでとうございます」
「ひゃあう!!」「おっと!」
「あれー祐沙ちゃん。どうしてここに?それに…静まで…」
「祐巳さんと待ち合わせていたんです」
「私は祐沙ちゃんとデートです」
「もう!静様!!」
毎回毎回恥ずかしい事言うんだから!!
「えっと、祐沙ちゃん、静様あけましておめでとうございます。ねえ。祐沙ちゃんこの人…」
「静様?学校で知り合って…ごめんね?せっかく帰ってきてって言ってくれたのに」
「ううん、いいんだよ」
「祐沙ちゃんって本当に双子だったのね」
「静様、祐沙ちゃんからわたしのこと聞いてるんですね」
「ええ。クリスマスの時に教えてくれたの」
「そうだったんですか」
「大丈夫、変なことは言ってないから」
「よかった〜」
「ねえ、祐沙ちゃんさ〜。髪切ったんだね」
「え?そうですよ」
「だめじゃん。ツインの子は抱きしめた時にツインが顔に当たるから可愛いのに〜」
そう言って白薔薇様はわたしを抱きしめようと…
「聖様、祐沙ちゃんに抱きつかないでください」
「ええ〜なんで〜」
「祐沙ちゃんはわたしのお嫁さんです」
「お嫁さんって…」
「そうです。ここ一週間くらいお風呂だって「静様!!」
「すみません、聖様。祐沙ちゃんから止められちゃいました」
「静、祐沙ちゃんちに泊ってるの?」
「はい。家が近いんです。両親は旅行に行ってるので」
「いいな〜。ちょっとくらいお裾分けしてよ」
「嫌です。だいたい聖様には祐巳ちゃんや志摩子さんがいるではないですか。節操無しです」
「きついな〜」
新年早々相変わらずだなこの人…
学校が始まった。
さすがに静様は昨日家に帰ったけど…
クラスに着くとやたら視線を感じる。
なんだろう?
「あけましておめでとうございます。祐沙さん」
「あ、あけましておめでとう、恋歌さん」
「祐沙さん、瓦版の事なんですけど…」
「瓦版?」
「これなんですけど」
「どれどれ…」
〈発覚!!リリアンの歌姫と一年生の松原祐沙さんの熱愛!!〉
「な、何これ?!」
「これゴシップなんですか?」
「え?え?」
記事を見てみると…冬休み前の図書室での出来事と終業式の日、静様と一緒に買い物をしている時の事が写真付きで掲載されていた。
さすがにそれ以上の事は書かれていなかったが…瓦版に書かれていることは全部事実だ。
「祐沙さん?」
「あはは…あははは…」
静様、どうしましょう?!
「え?どうしましょうって?いいじゃない、全部事実だし。それにこれのおかげで私たち、公認カップルよ」
あとがき
長くなりすぎました。
そして静様の設定が…一応バイクは中型です。免許の年齢もOKです。
設定が無理やりなのは今に始まったことではないので…
祐沙ちゃんの幸せな気持ちが少しでも伝われば嬉しいです。
祐巳ちゃんと同じ遺伝子、きっと紅薔薇属性の祐沙ちゃんを静様にたくさんいじらせることができて満足だから…静様はたぶん白薔薇属性。
それにしても、祐沙ちゃんが静様に懐くの早すぎな気もしますが…いいです。
だって、早くしないと静様、イタリアに行っちゃいますからね。
はじめまして、お姉さま方。弥生と申します。読むだけでは失礼と思い、投稿させて頂く事に致しました。皆様方のお目汚しとなる事をまずお詫び申し上げます。
ごきげんよう、私の名前は三橋 早苗(みはし さなえ)。
この春からリリアン女学園の一年生です♪ 周りを見ると知らない人ばかりですが、こんな事で挫けません!友達100人出来るかな♪えいえいおー! あああ、皆さんそんな残念な子を見るような目で見ないで〜。
なんとか逃げて来ました。って逃げたらダメでしょ!しっかりするのよ早苗!
キーンコーンカーンコーン
はっ!?遅刻遅刻〜!
ふぅ、なんとか間に合った〜。
「あら、ギリギリですね〜。」
そう話しかけてくるのは同じクラスの御園 春菜(みその はるな)さん。
「間に合うようには来たんですけどね〜。」
「その割には随分髪が乱れてますわよ?」
「うっ、それは...」
「それは?」
「それはヒ・ミ・ツ♪」
「......」
引かれてしまいました。
そんなこんなで待ちに待った昼休み
「おべんと♪おべんと♪嬉しいな♪」
「あら、随分嬉しそうね。早苗さん。」
「それはもう嬉しいですよ春菜さん。食べる事が嫌いな人はいませんから♪」
「そうですわね♪」
「今日のおべんとは何だろな♪」
パカ...チャリ〜ン
「500円て...そりゃないぜ...マミー...」がっくり
「お、お気を確かに早苗さん...ミルクホールに行けば、食事が出来ますわ。だから泣かないで...」
「ありがとう春菜さん。でもミルクホールってどこですか?」
「一緒に行きますので泣かないで。ねっ、ね」
「ありがとうぅ」
ミルクホール
「随分人が多いですね〜。」
「いつもこれ位ですよ?」
「そうですか。では何にしようかな?ラーメンセットにしようかなっと」
「汁物は飛びますわよ?早苗さん」
「大丈夫ですよ(多分)こぼしませんから。」
「そうですか。どこの席にしましょうか?」
「あの窓側の席が開いているようです。あちらの席でどうですか?春菜さん」
「そうしましょう」
「あちゃー!?座る席ないなー」
「貴女がランチに構っているから遅れたんですけどね〜」
「う゛っ、良いじゃないネコが好きなんなだから」
「確かに瞳のネコ好きは今に始まった事じゃ無いけどね。」
「だから悪かったって。恵もこれがなければ可愛いのに。」
「どうせ可愛くないですよ〜だ」
皆様方にお知らせいたします。携帯か
No.3028の続きです
「(何とかして話題を変えないと)あー、窓側の席開いているからあそこにしましょう!」と恵を引きずって行く
「あー、失礼。相席宜しいかな?」
「こちらで宜しければどうぞ。いいですか?春菜さん?」
「ええ、早苗さん。どうぞ、お姉さま方」
「ありがとー。恵もいつまでも拗ねてないで、早く食べようよ〜。」
「そうですわね。昼休みも終わってしまいますし。」
「お姉さま方?2人もお姉さんがいたの?春菜さん。」
「違います。このリリアンでは上級生に『様』を付けて、複数居られる時には『お姉さま方』とお呼びするのよ。」
「へえ〜。そうですか。『先輩』ではないんですね。」
「ええ」
「話しの途中悪いのだけど、貴女外部から?」
「はい、そうですが?」
「随分と小さいから小等部かと思いましたわ。」
「ち、ちょっと、恵」
「あら、私としたことが、失礼致しましたわ。」
「ええ、小さくて可愛いでしょう?」
「さ、早苗さん?」
「......これは拍子抜けしたわ。イヤミも通じないなんて。面白いわね貴女、名前は?」
「小さいのは言われ慣れてますので。私は三橋 早苗です。そう言う貴女様は?」
「私は七瀬 恵(ななせ めぐみ)よ」
「これも何かの縁だし私達自己紹介しよっか。私は神無月 瞳(かんなづき ひとみ)。よろしくね♪今ので解るとおり恵は一言多いから気にしないでね。」
「うるさいわね!元はといえば貴女が悪いんでしょう!」
「まあまあ落ち着いて。気を取り直してあなたの名前は?」
「私は御園 春菜と申します。こちらこそお願いいたします。」
「私達はいつもミルクホールで昼食を取ってるから、気が向いたらいつでも声掛けてね♪」
「瞳がランチに構っていて、遅くなるのがほとんどですけどね。」
「そう言いつついつも付き合ってくれる恵なのであった。」
「...(赤面)い、いいから早く戻りましょう!授業が始まってしまうわ!」
「まだこんなに残ってるのに〜。まあいいか。じゃあまったね〜。」
「瞳!何してるのよ!早く来なさい!」
「はいはい」
「面白い先輩方でしたね〜」
「『お姉さま方』ですよ。早苗さん」
「てへっ♪(ペロッ)言い慣れなくて。」
「...私達も戻りましょう。」
*****
続きます。
以前こちらのコメントでリクエストいただいていた瞳子の妹の話です(オリキャラです)。
「萌えな感じ」とお願いされたのですが、萌えはどうやってもうまく書けません。
なんとか頑張ってみましたので、ご覧ください。
ヴァレンタインイベントが終わって、松平瞳子は妹の岬実花と二人きりになった。
「お姉さま、チョコレートです」
実花が包みを差し出してくる。
「ありがとう」
と、瞳子は受け取って包みを開いて箱を開ける。
箱にはトリュフチョコが並んでいる。
「もしかして、手作り?」
よく見ると粒の大きさが微妙に違っていたり、いびつに歪んでいたりする。
初心者が頑張って作ったのがわかって可愛い。
「はい」
はにかんだように実花が言う。
「私にだけ?」
「も、もちろん」
慌てるところが怪しい。
祐巳さまにでも作ってきたのだろうか。
実花は祐巳さまに気に入られて、普段はおもちゃにされてしまっているが、本人もまんざらではない態度なのだ。
ならば、と瞳子にいたずら心が湧きあがった。
「実花」
「はい」
「このチョコを一つ取って」
瞳子はもらったチョコレートの箱を実花に差し出す。
「はい」
実花は言われるまま箱からチョコレートを一粒つまみあげる。
「それを私の口に」
「へ?」
きょとんとして実花は聞き返してくる。
「私に食べさせてって言ってるのよ。鈍い子ね」
すました表情でさらりと言う。
内心はドキドキものだが、絶対にそんなそぶりは見せない。
「ええっ!?」
実花はチョコを落とさんばかりに驚いた。
「嫌ならいいわ」
すかさず言う。
「そ、そんな事はっ」
真っ赤になって実花は震える手でそっと瞳子の口にチョコレートを入れてくれた。
口の中でチョコレートがゆっくりと溶けて、味が広がって行く。
「美味しいわ。ミルク味で、中はほんのりビターにしてあって」
「あ、それは、ちょっと焦がしちゃったかもしれません。ごめんなさい」
実花は気まずそうに言う。
「馬鹿ね。言わなければそんなのわからなかったのに」
「す、すみません」
「マヨネーズとかケチャップ味にしなかっただけ上出来よ」
「醤油味なら試してみたんですけど、うまく固まらなかったのでやめました」
愛想笑いをしながら実花は言う。
こんな突拍子もない事を考えつく妹だが、自分の思いもよらない考えにたまにドキリとさせられる。
「まあ、あなたってば、本当に突拍子もない事を実行するのね」
呆れたような演技をすると、慌てて実花が謝ってくる。
「すみません」
「いいわ」
瞳子は用意してきた赤の包装紙で包まれた箱を取り出す。
「実花」
「……はい?」
本当に実花はわかっていないようなきょとんとした表情をする。
「あなたにチョコレートをあげるって言ってるのよ。もう、鈍いにもほどがあるわ」
拗ねたように実花を睨む。
「ええっ!? まさか、お姉さまからいただけるだなんて」
実花は本当に想定外だったらしく慌てている。
「あら、いらなかった?」
箱をそっとひっこめる。
いいえ、と言いながら実花は必死の形相で手を伸ばす。
豊かな表情も魅力的だ。自分は表情豊かな人が好きなのだなと瞳子は思う。
「有難く頂戴します」
実花は恭しくチョコレートを受け取る。
さっそく包装紙を丁寧にはがそうとしてうまくはがれないテープと格闘している。
こんな不器用な子がよくまあ手作りチョコレートを作れたものだと感心する。
「あなたと違って手作りなんかじゃないけれど、でも、あなたにはこれを渡したくて」
瞳子はぎこちない手つきの実花を見ながらくすくすと笑う。
開けた瞬間の顔をじっと見つめて、予想通りの表情に満足した。
「あ……」
中から出てきたのは、小さなスイカだった。
スイカの皮の模様がプリントされた銀紙でまん丸のチョコレートが包まれていた。
この季節には見られない、季節外れのチョコ。
しかし、二人には意味があった。
去年の7月、瞳子と実花は出会った。
親しくなるうちに、瞳子の祖父の『山の麓の松平病院』の側に実花の実家があり、普段、実花は寮からリリアンに通っている事を知った。
夏休みになり、瞳子は『山の麓の松平病院』に行った折、実花の招きで実花の実家を訪ねた。
「ごきげんよう、瞳子さま。本当に来ていただけるとは思いませんでした」
実花はスイカの収穫を手伝っていた。
「こちらこそ、押しかけてしまってごめんなさい」
瞳子は手土産のゼリーを渡す。
実花は畑に出ていた家族に瞳子を紹介すると、家に案内してくれた。
「お手伝い? 忙しそうね」
「ええ。この畑は祖父の畑です。祖父は今年で引退するので、このスイカも今年が最後です」
実花は少し寂しそうに言う。
「残念ね。美味しそうなのに」
「ええ、美味しいですよ。そうだ、よかったらどうぞ」
実花は収穫したスイカを切って瞳子に勧めてくれた。
「甘い! 美味しい」
瞳子は採れたてのスイカに舌鼓をうつ。
何度かこちらに来ていたが、こんなスイカは初めてだった。
「それにこのみずみずしさ。きっと大切に手をかけられて作られたスイカなのね」
ええ、と実花が頷く。
「私、東京に行ってみたくて、リリアンを受けたんです」
スイカを食べ終わる頃、実花は話し始めた。
「寮のある高校で私が知ってるのはリリアンしかなくって。私は馬鹿だから、猛勉強さえすれば絶対にリリアンにいけるって信じてたから他は受けなくて。いざ、リリアンに合格して、リリアンの学費と寮費を合わせたら、家じゃあ出せないぐらいに高くて。そんな事も知らなかった。でも、奨学金を受けるには私の成績じゃ全然足りないし、いっそ諦めて中学浪人しようかと思ったら、祖父がお金を出してくれて」
実花は一気に話し続ける。
「そのお金っていうのが、あのスイカ畑を売ったお金だったんです。馬鹿な私のせいで、祖父は生き甲斐だった畑を失ってしまって引退する事に……」
瞳子は思わず実花の手を取った。
「実花、自分を責めてはいけないわ」
「でも」
「お祖父さまはあなたの未来を開いてくれた。お祖父さまに感謝する事はあっても、自分を責めたり、自分を貶めたりするのはやめて」
瞳子は実花の目を見つめて言った。
実花の眼は涙でぬれていた。
「そんな。私なんか」
「私なんかって言うのはやめなさい。あなたは、私の妹になるのだから勝手に自分の価値を下げないでちょうだい」
「えっ」
数日後、夏休み中ではあったが、山百合会の仕事があったので、祐巳さまに立ち会ってもらって、マリア像の前で瞳子と実花は姉妹になった。
チョコレートを一つつまみあげて、銀紙をむこうとした実花の手が止まる。
「あの、お姉さま」
「何?」
もじもじとして何も言えなくなる実花。
しかし、その表情は何をしてほしいのか丸わかりだった。
「……やっぱりいいです」
「よくないわ」
瞳子はチョコレートを素早く取り上げた。
「こうしてほしいんでしょう?」
瞳子は銀紙をむいたチョコレートを実花の口元に差し出した。
「お、お姉さま!? 私、そんなおねだりしているような顔してましたか?」
していた、と言ってもいいが、ここはあえて言わない。
「なんとなく、そう思っただけよ。だって、私はあなたのお姉さまだもの」
実花は真っ赤になってうつむいた。
その顔を見ているだけで、瞳子の持っているチョコレートまで溶けてしまいそうだった。
やがて、意を決したように瞳子の方を見た実花の口に瞳子はチョコレートを入れてやった。
ごきげんよう。【No:3027】の続きです。
いよいよクライマックス?です。
「祐沙さん、これは事実なんですね?」
「まあ…そうね…」
「いつの間に…この写真、恋人同士のように腕を組んでらっしゃいますよ?」
「ここここ、こいびとって…」
「祐沙ちゃん明らかに動揺してるね」
「だだだだって…」
新学期早々に発行されたリリアン瓦版のせいで朝から尋問のようなことを恋歌・紀穂夫妻いにされている。
全く…自分たちはどうなのよ。紀穂さんが帰って(戻って)来てからというもの、恋歌さんは毎日のように彼女と腕を組んで登下校をしているくせに…
“じゃあ、あれはやっぱり…”
“ええ、そうに違いないわ…あの時の祐沙さん、凄く幸せそうでしたもの…”
“その後、ロサ・カニーナは祐沙さんの家に泊まったらしいですよ”
“うそ…”
マジで…?かなりの人に見られちゃってる?
腕を組んでって言ってきたのは静様だっていうのに…うかつだったわ…
「でもさ、祐沙ちゃん。せっかく静様と仲良くなったのに、もうすぐお別れなんて…」
「そうですわね…」
「へ?紀穂さん、今なんて?」
「だから、静様とお別れだって…」
「嘘でしょう…いつ?どうして…」
なんで?わたし、何も聞いてないよ…
「お聞きになってらっしゃらないのですか?」
「だから!何を?!」
わたしは立ち上がって恋歌さんの肩を思いっきり掴んでしまった。
「い、痛いです、祐沙さん。落ち着いて…」
「お願い…何を知ってるのか早く教えて…早く…」
「わ、わかりましたから…」
「静様は『リリアンの歌姫』と呼ばれるほど歌が上手な方です。それ故に、数年前からイタリアの方から声がかかっていたんです」
「そ、それで?」
「理由は存じませんが留学が先延ばしになっていたのです。ですが去年の暮に…」
「暮にってわたしが静様と…」
なんでですか、静様…もう留学を決めていたのなら…どうして…どうして!
いてもたってもいられなくなってわたしは教室を飛び出した。
「祐沙さん!暮と言っても!祐沙さん!」
「あ〜あ、たぶん聞こえてないよ」
「はぁ…言い方が悪かったですね…」
2年藤組の扉を開ける。
上級生のクラスだが、『ごきげんよう』あるいは『失礼します』も忘れて静様に近づく。
「静様!」
「え?!祐沙ちゃん?」
「静様、どうして何も教えてくださらないのですか?!静様にとってわたしなんてそんな程度なんですか?!冬休みの間はただの遊びだったんですか?!ひどいです!ひどいです!!」
「ちょっと祐沙ちゃん?!いきなりどうしたの?!」
「静様!留学なさるなんて大事なことをわたしに隠していたじゃないですか!こっそりいなくなるつもりだったんですか?!わたし、もう…も…う……ひ…と…に…な…」
「祐沙ちゃん!ああ、どうしよう…」
泣き出してしまったわたしを見て、2年藤組のみなさまは何事か、とざわつき始めた。
「はあ…祐沙ちゃん。場所を変えましょう…」
「………」
静様に連れられて古い温室にやって来た。
「祐沙ちゃん…」
「すみませんでした…でも…」
「ごめんね、隠していたつもりじゃないの。貴女に話すのを忘れていたの」
「そんなの答えになっていません…」
「そうね。ちゃんと話すから…」
静様が留学をすると正式に学校側に伝えたのはわたしと出会った日。正確には再会した日。
その後図書室で委員の業務に取りかかった。
そんな時にわたしと再会した。
「だから嬉しくて舞い上がってしまって…その後貴女と冬休みを一緒に過ごして…」
「それで…忘れちゃったんですか」
「そう。あまりにも楽しくて幸せで…」
「よかった…遊ばれたのかなって不安になっちゃいました」
「そんなことあるはずないわ。私を信じて?」
「……わたしも冬休み…今までで一番…だったから…そ…れが……いつわ…りだ…たら…どう………よ…て…」
「ごめんね、祐沙ちゃん」
そう言って静様はわたしを抱きしめてくれた。
そのままわたしは泣きじゃくってしまった。
「はあ…私ったら…大事な貴女を泣かせてしまうなんて…」
「わたしも…すみません…」
「両親も学校側も好意的に協力してくれていたから私としてもみんなの期待に応えたかったのよ」
「そうですね。それは大事です。わたしも応援します」
「ありがとう、祐沙ちゃん。だからね、貴女に出会わなければそのまま留学していたと思うわ」
「それじゃあわたしなんかと…」
「それは言っちゃだめよ。私にとって貴女は何より大事なの。貴女の涙を見て強く思ったわ」
それを聞いて胸が熱くなった。でも…
「静様……でも、わたしが原因で留学を止めるなんてダメです。そんなことしたらわたしは静様と出会ったことを後悔しなければなりません…」
「留学はやめないわ。それは安心して」
「………はい」
安心はしたがさみしい気持ちの方が強かった。
どのみちお別れは確定。
「でもね、貴女ともっと学園生活を続けたいのよ」
「そんなの無理ですよ…」
「だから、だからね、私、生徒会選挙に立候補、しようと思ってるの」
「は?」
「それで受かったら、留学は来年に延ばすわ」
「えーーー!」
なんだかかなり不純な理由での立候補な気がするが、嬉しかった。
一緒に選挙の準備をしたりして楽しかった。
そして何より幸せだった。
大好きな静様の横顔をたくさん眺めることができたから…
この頃、なぜ『白薔薇の蕾』は立候補しないのか、が話題になっていた。
このまま彼女が立候補しなければ静様が当選する確率はかなり高くなるが。
静様が用事があるとかで久しぶりに校内をブラブラしてみた。
なんだろうな。前よりも景色が綺麗に見える。
静様のおかげかな?
“どうして?祐沙ちゃんのため?”
“それもあるけど、どこかに所属しているのは私にとって枷なの。お姉さまを…”
……?わたし?聞き覚えのあるこの声は祐巳?もう一人は?
割り込むようで悪いが訊いてみることにした。
「ねえ、わたしがどうしたの?」
「あ、祐沙ちゃん…」
「ごめん、聞こえちゃって」
「そんなに大声だったかしら。はしたないわ」
この人が『白薔薇の蕾』か。綺麗な子だな。
「それで?」
「志摩子さんがね、あ、この子が志摩子さんね」
「うん」
「まだ、立候補していなくて。それで…」
「祐巳さんに理由を訊かれていたんです」
「そう…それで立候補しないのはわたしのためだとか」
「ええ…最近の幸せそうな貴女を見ていると水を差したくなくて」
「……ありがとう。でもそれで貴女が意志を曲げてしまうなんてだめよ」
「そ、そうよね」
「あとお姉さまがどうとか」
「ええ、こんな私だからお姉さまは私を妹にしてくれて、山百合会に引き込んでくれたと思うのだけど…どこかに所属しているのは私にとって枷だから…」
「……なによ枷って」
「それは言えないわ。言ってしまうとこの学園を辞めなくてはいけなくなるから」
「何それ」
「それは…」
「言いたくないならいいわ。……ねえロザリオっていうの、見せてよ」
「ロザリオ?」
「なんで祐沙ちゃん」
「見たことなくて」
「静様からもらわなかったの?」
「貴女は私の恋人だから妹にはしないって言われたから」
「うわぁ、アツアツだね」
「それはどうも」
「羨ましいわね」
そう言いながら志摩子さんはロザリオを取り出しわたしに貸してくれた。
「ふうん、これがロザリオ。綺麗ね」
「そうね。これは私とお姉さまが繋がっている証よ」
「そう…じゃあさ、これ、引き千切ってもいい?」
「祐沙ちゃん?!何言ってるの?!!」
「そうだわ!いいわけないわ!!」
「だってさあ、あんた白薔薇様の思いを何も理解していないじゃない」
「……ええ?」
「せっかく白薔薇様があんたのために、あんたが成長できるように考えて行動してくれたのに。わたし、あんたがどんな人間なのか知らないけどさ、今の印象だと綺麗だけどただのバカだよね」
「祐沙ちゃん!!そんなことないよ!!!」
「だから、今のままだとって言ってるじゃん。枷も何なのか知らないけど。そうだ、枷って何?わたしが理解できるような内容ならこれ、返してあげる」
「……それは」
「引き千切ってもいいわけ?わたしだって好きでこんな事やってんじゃないんだけど」
「……私はクリスチャンなの。でも、お寺の娘で…」
「……?それが枷?」
「……ええ。だって罪深いものそんなの」
「意味わかんない。わたしそんなくだらないこと考えてる奴に同情されてるわけ?」
「そんな言い方…」
「ふざけんじゃないわよ、あんた。自分の生まれを枷だって言ってるのよ?それこそ罪深いじゃない!
世界中を見てみなさいよ!戦場に生まれてしまってる子だっているのよ?!生まれた瞬間にお母さんと死別してしまってる子だっているの!生きたくても生きることが出来ない子だっているし、その点あんたはどう?!そんなに綺麗な人間に生んでもらえて、今まで何一つ不自由なく育ててもらえて、こんなに立派な学校に通わせてもらえてこんなに恵まれてるのに!!」
「私は寺の娘なのにクリスチャンなの!」
「だから!それがどうしたのよ?!じゃあどうしてリリアンに通っているの?!親に認められてここにいるんでしょ?!あんたそれを枷だって言ったら白薔薇様だけじゃない、ご両親の思いまで無駄にしているじゃない!!それが一番罪深いわ!!いい加減目を醒ましなさいよ!!」
「……そうね」
「これ返すから」
ロザリオを志摩子さんにしっかりと手渡す。
「…え?」
「それ見てしっかり考えなさいよ。あんたの周りの人の想いとか。あんたを大事に思ってくれている人たちをせいぜい裏切らないことね」
「わかったわ…」
「祐沙ちゃん」
「何?」
「ありがとうね?でも、やり方が過激だね」
「そうかしら?生徒の模範になるべき人物が情けない面してるから、これくらいでいいと思うけど?」
「そうかもね。でも祐沙ちゃん。このまま志摩子さんが立候補しなかったら…」
「あんな人に同情されたくなかっただけよ。たとえ静様が留学することになってもわたしの想いが消えない限り、静様だって同じ。そう信じてるから。大丈夫よ」
「いい人と出会えたんだね」
「そうね。最高の出会いが出来たわ」
あとがき
三番煎じです。ごめんなさい。
カニーナV.S志摩子、どうしても無理でした。
後半のシーンは原作では薔薇の館が舞台なんですよね。書いている途中で気付きました。
でも、二次創作ですしご都合主義ということで見逃してください。
タイトルは前半に掛っています。
ごきげんよう、お姉さま方。読み切りです。
****
「お姉さまはUFOをシンジマスカ?」
いきなり変な事を言い出すこの少女は柚木 夏美
「いきなり何を言い出すのかしら?あなたこの暑さでとうとう頭がおかしくなったのかしら?」
そういうこの少女は坂本 沙織
「この間ネットサーフィンをしていたら、『UFO講座』というのを見つけまして、今申し込むと過去3年分の雑誌をプレゼントしてくれるそうです。」
「もう少し女の子らしいサイト見なさいよ。」
「今年ご卒業されるお姉さまに、何かインパクトのある思い出をと思ったのですが。」
「インパクトありすぎよ!」
「そうですか。では『UFO観測隊に1日体験入隊』というのはどうでしょう?」
「...UFO以外ないの?」
「では『キャトルミュー...』」
「UFOから離れろ!いい加減にしなさい!何でそんなにUFOにこだわるのよ!!」
「今日は私の誕生日なので、両親にお姉さまを紹介しようと思いまして。」
「何で夏美のご両親とUFOが関係するのよ!!」
「だって私は...」
その時夜空に何かが光った。
「な、何っ?」
その光はどんどん近づいている。
「パパ、時間通りに来てくれたんだ。」
「な、夏美っ、あなた、いったい...。」
「私は.........。」
******
「はっ?!」
ガバッ
チュンチュン、チチチチ...
「あ、朝...夢だったの...はっ?今日は何日っ?」
沙織は、あわててTVを付けて携帯を確認する。
「そ、そうよね、夏美は今、ご両親の田舎に帰ってるはず、居るわけ無いよね...。今日戻って来るんだし...。」
カレンダーを見ると印しが付けてある。
『夏美とデート』
「でも...何であんな夢なんか見たのかしら?」
ふと、昨日のTV欄を見てみる
特番で『UFOの真実』とかかれてある。
「あんな番組を見たせいね。あの子が宇宙人なんて...そんな馬鹿な事...無いよね...。」
夢と知って落ち着く。
「いつまでも馬鹿な事考えない。昼頃には帰って来るんだから、迎えに行ってあげないと拗ねちゃうわ、あの子。さあ支度支度っと。」
*****
「お帰りなさい、夏美。」
「ただいま帰りました、お姉さまっ!」
抱き合う2人。
「疲れたでしょう夏美?」
「いいえ、お姉さまのお顔を見たら疲れも吹き飛びました。」
「そう。」
「ところでお姉さまはUFOをシンジマスカ?」
「えっ?」
ごきげんよう、お姉さま方。
***
とある病室。
「やっと手術も終わったね、由乃。」
「そうだね令ちゃん。」
「これでやっと一人前になれるんだね。」
「うん。今まではどんなに血を吸いたくても、吸おうと思う度に発作を起こしてたからね。」
「そうだったね。」
「そのたびに令ちゃんのお世話になって。」
「それは言わない約束だよ、由乃。早速試してみる?」
「うん。ゴメンね、令ちゃん。」
カプッ チュー...
「あ、ああ...由乃...」
バタッ
「由乃...吸いすぎ...」
ガクッ
「ゴメンね令ちゃん。でも、美味しかったー。あっと、先生呼ばないと。」
ビー
「はーい、何かありましたか?」
「またやりすぎたので令ちゃん診て下さい。」
「もう、お盛んね。今行くから。」
「お願いしまーす。」
***
「ふむ、命に別状は無いようだ。吸いすぎには注意するように言って置いたはずだが?」
「ごめんなさい。『試してみる』って言われたものでつい。」
「気を付けなさい。でももう大丈夫のようだ。今ので傷も塞がったようだし。」
「本当ですか?」
「2、3日様子を見てからの退院となるが、まだ学校には行かないように。」
「えー。」
「辻褄が合わんだろう。」
「ぶー。」
「いつもの輸血パック出しとくから、それで我慢しなさい。。」
「はーい、先生。」
「ではお大事に。くれぐれも吸いすぎには注意するように。」
「ありがとうございました。」
「ふぅ、これでやっと入院生活ともオサラバじゃ〜。今まですぐ隣に美味しそうな子羊が沢山いたのに、手を出せないもどかしさといったらありゃしない。令ちゃんが下の子達に手を出してないから、やっと初物を美味しく頂ける〜。はー、待ち遠しいな〜。祐巳さんと志摩子さん美味しそう〜。真実さんや、蔦子さんや......」
「うう...よ、由乃ぉ...」
「あれ?まだいたの?令ちゃん。もう帰っていいよ。用済んだし。」
「ひ、ひどい...」
「でも私が死んだら今世紀最後の異能者だったから良かったじゃない。」
「そうだけど...」
「私、もう眠くなったしもう寝るね。オヤスミ令ちゃん。」
「おやすみ由乃...はぁ帰ろう...『偉大な先人達』に...お姉さま方に何て報告しょう...『由乃は元気いっぱいです』とでも言っておこう...うん...そうしよう。」
ごきげんよう、お姉さま方。
****
「恵、さっきの一年生どう思う?」
「何?瞳気になるの?」
「うん。恵の『毒舌』をスルーした子って、初めてじゃない?」
「本当に小等部だと思ったんですもの、仕方ありませんわ。それに『嫌味』ならまだしも『毒舌』とは何ですの?只のジャブじゃない、あんなの。まだ泣かせてませんし。」
「ま、確かに。で、どうする?」
「どうするって何よ。」
「妹にするかどうかってこと。」
「嫌よ。子守してるみたいだもの。」
「そんな事言っていいのかな〜。」
「今の内に素直になることを覚えないと、将来行き遅れるよ〜。」
「ッ...余計なお世話よ!そういう瞳はどうなのよ!」
「私は猫好きじゃなきゃヤダ。」
「...あなた...」
「当たり前じゃない。猫好きは『猫に始まり猫に終わる』よ。基本中の基本。」
「そんな事ばかり言うから、いつまで経ってもお姉さまが居ないのよ。」
「恵よりマシ。貴女なんて憧れの沙織さまから申し出の時に、一人テンパって沙織さまを泣かせた上に、UFOマニアの夏美に取られるのよ。あの時はあなたの憂さ晴らしで被害者が多くて大変だったわ。お陰で後始末が...」
「うるさいわね『猫娘』」
「本当の事じゃない『毒舌姫』」
「......」
「......」
「部活に行こっか。」
「そうね。不毛な争いをしても時間の無駄ですし。」
*****
『美術部』
ガラガラ
「遅い!2人共!!」
2人を一喝するこの少女は3年松組の天羽 舞(あまはね まい)
美術部部長、と言っても3人しかいない。
「今年誰一人入部しなければ廃部だというのに貴女達2人は...」
「部長のせいじゃないですか。来る日も来る日も同人誌ばかり手伝わせるから居なくなるんですよ。」
「同感です。そんな事ばかりしてるから『腐女子』って呼ばれるんですよ。お陰美術部は『腐女子の館』扱いされる始末。」
「それに今度の勧誘までに発表する絵は出来たんですか?何でしたっけ?」
「『17歳という奇跡に笑って欲しくて』よ。それにこれは今朝仕上がったわ!」
「また泊まり込んだですか?バレますよ?その内。」
「部長も歳なのに無理なさるから、肌がUターンいたしますわよ?」
「うるさい!ほっとけ!貴女達はどうなのよ!」
「私は出来てますよ?『ランチとツンデレ』」
ピクッ
「(無視無視)私は『子供達のワルツ』ですわ。」
「子守は嫌だったんじゃなかったの?」
「猫の世話よりマシですわ!」
***
続きます。
ごきげんよう、お姉さま方。読み切りです。
***
「ねえねん聞いた?祐巳さん。」
「何の事?真実さん。」
「お御堂の裏にある杉の木何だけど、ある晴れた日の午後にその杉の木に触りながら振り返ると、」
「ふ、振り返ると?」
「出るらしいのよ。」
「嫌、嫌、そんな話しないで。」
「そんな顔しないで、祐巳さん。この話にはまだ続きがあるの。」
「つ、続きって...」
「スールが居ない人だったら、これからのスールが出るらしくて、スールが居る人だったら、」
「だったら...。」ギュッ
「今のスールが出ると」
「出ると...」ゴクリ
「必ず破局するらしいのよ。」
「イヤーッ!」
「祐巳さん声が大きいって!」
「だって...」
「今までに『これ』を試して破局した人は多いらしいわ。それで私も試してみようと思うの。」
「や、やめなよ、真実さん。」
「新聞部の意地にかけて調査するわ!蔦子さんにも協力を依頼してるのよ。」
「そ、そうなの?」
「そ・こ・で、うふっ」
「何か嫌な予感がするんだけど。」
「祐巳さんにも一肌脱いで欲しくて。」
「怖いから嫌。」
「大丈夫よ。痛くないし、昼間だから怖くないから。」
「それなら真実さんがやればいいじゃない。」
「私はダメよ。日出美と破局したくないし取材で忙しいし。」
「本音が出てるわよ。」
「もちろん。それに紅薔薇様ともあろう御方が、子羊達の破局を黙認すると?」
「ッ...!」
「交渉成立、ご協力感謝しまーす。ではお昼休みにお御堂で待ってるわ。」
「やられた。」
***
「待ってたわ、祐巳さん。」
「蔦子さんは?」
「蔦子さんにはもうスタンバってもらってるから、後は祐巳さんだけ。」
「そうなんだ...」
***
「こんな感じ?真実さん?」
「そう、そんな感じ。後はゆっくり振り返るだけ。」
「瞳子が出てきたらどうしょう...」
ドキドキ...ドキドキ...クルッ「えっ!?」
「ヤッホー祐巳ちゃん。」
「何で聖様がここに?」
「いやー、ゴロンタについてきたら、祐巳ちゃん達が居たから何やってのかなって」
「聖様、これはカクカクシカジカで。」
「ああ、これね。」
「何か知ってるんですか?聖様。」
「私が詩織と別れた時に流したデマ。新聞部は知ってる筈だけど?」
ギクッ
「真実さん?」
「ごめんなさい、祐巳さん。知ってたけど、記事が無くてドッキリを...」
「私は無実よ。」
「ごめんなさ〜い。」
※もう、どうしていいかわからない話です。
鳥居江利子は裏門を出て帰路についた。
「支倉令、か」
今日、妹にした下級生の名前をそっと口にすると、無意識に笑みがこぼれる。
これからの学園生活を想像すると楽しくて仕方がない。
江利子は輝かしく、希望に満ちた未来を持つ少女であった。──数十秒後までは。
信号待ちをしていると、トラックが左折してくる。
トラックがバランスを崩す。
江利子も気づいてとっさに後ろに下がる。
トラックが横転し、積み荷が江利子に襲いかかるように崩れてくる。
「きゃあっ!!」
一瞬の事に目をつぶってしまった。
恐る恐る目を開けると、目の前に金属の塊が見える。
カシュ、カシュ、ウイイィン……
何かの機械のようで、トラックから投げ出されたはずみで誤作動を起こしているのか、忙しくレンズやらランプやらが一斉に動いているのが見える。
重そうな機械、所々に見える鋭利な角。ちょっとでもずれていればとぞっとする。
「大丈夫かっ!?」
「女の子が巻き込まれたっ! 今すぐ病院へ!」
江利子は病院に運ばれた。
幸い傷一つなく、ちょっとショックを受けていて、念のため精密検査をするという事になりその日は入院を勧められた。
「あの、家に連絡したいのですが」
「ああ、お家には連絡しておきました。はい、これ」
看護師が返してよこしたのは江利子の生徒手帳だった。
江利子は違和感を感じた。自分は気を失ったわけではないのに、なぜ、そこまで気の利いた事をしてくれるのか。
「あの、やっぱり帰ります。特に父が心配性で、顔見せないと」
やばい事に巻き込まれる前に江利子は逃げようとした。が、すでに手遅れだった。
「その必要はないと言っているんです」
背後から近づいてきたのは、事故現場で江利子を病院に運ぶよう指示していた中年男性だった。
「そんなに疑らなくても、ご家族は大丈夫ですから」
笑顔で言ってくるが、その笑顔がかえって胡散臭い。
「……あなた、カシワギ重工の人ね」
「どうしてそれを?」
中年男性は笑顔、というより笑顔を作ろうとしてひきつった顔になった。
「隠すつもりなら胸元のバッジ、外したらどうなのかしら? カシワギ重工の小父さんが変な事したって言いふらしてやる!」
プライドをかなぐり捨てて江利子は精一杯の攻撃を食らわせてやったつもりだった。
だが、逆効果だった。
「こうなっては仕方がありません。あなたに選択肢を二つ用意しました。一つは、この場所とあの機械の記憶を消すために電気ショックを受けてもらいます。その場合脳細胞の約50%が死滅しますが我慢してください」
「なんて非常識な事言ってるのよっ! も、もう一つは?」
「我々にちょっと協力してもらうだけでいいんです。こちらも外部に知られるような事になった場合は、あなただけではなく秘密を知った可能性の高い人、つまり、あなたの家族やその生徒手帳に書かれていた方々──お友達ですか? も電気ショックを受けてもらいます」
家族と友人が人質……馬鹿な父と兄貴たちはともかく、母や友人たち、蓉子や聖にお姉さま、妹になったばかりの令まで……江利子はめまいがしてきた。
「協力って、何をさせる気?」
「あなたは適合者としてあの機械、『JFK』の操縦者(ナビゲーター)になっていただくための訓練をしていただきたい。いえ、普通に学校に通っていて構いませんが、放課後の時間を使えば3年でモノになると思います」
「私、生徒会やってるから放課後は都合が悪いのだけど」
最後の抵抗を試みる。
「では、下校時間以降登校時間までを使いましょう。傍から見ればあなたは習い事のピアノ教室に通っているようにしか見えないので安心してください。家にも帰れるように配慮しますから」
「でも、あの父と兄貴たちが納得するとは思えないわ」
「ご安心ください。プロジェクト協力者にはお父さまもお兄さまも安心してあなたを託す気になる方もいると思いますから」
つまり、この小父さんの後ろには父も兄も引かざるを得ないような凄い人たちが付いているのだから、無駄な抵抗はやめろ、という最後通牒である。
こうなったら諦めてこの状況を受け入れて、訓練などを楽しむ以外に方法はない。
実際江利子はそうする事にした。
家に帰ったら、家族は江利子と暮らせるだけで満足だ、と言って詮索はしてこない。
この父と兄貴たちをここまで黙らせるカシワギ重工のバックに江利子は恐ろしいものを感じた。こんな状況に置かれ逃げる事も出来ない。多少疲れていても令も蓉子も聖もお姉さまたちも江利子は何か面白い事を見つけて夢中になっているくらいの認識しかないようだ。
さて、『JFK(Junk Fighter KASHIWAGI)』と呼ばれるこの機械はおおざっぱに言ってしまえばもの凄く高性能なラジコンロボットで、ゴーグル状の電極を操縦者の脳や神経につなぐ事で複雑な動きを可能にするものだったが、何の理由は知らないが操縦者に適合するものは数千人に一人の割合だと後から聞かされた。
割り当てられた機体は『ピプシロホドン』というコードネームがつけられた、大型犬ぐらいの大きさのものだった。体の一部になるのだから大切にするようにと言われたが、機械に愛情なんて全然湧かなかった。
いざ、動かしてみると本当に手足のように動かせた。変形する事で、高速移動、隠密移動、飛行、潜水の移動及びデータ移動、撮影、薬品の散布、小品の回収などの複雑な作業もこなせる。慣れてくると自分がやるより『ピプシロホドン』にやらせた方が早いくらいだった。
夏休みに突入し、訓練が終日となると、操縦者の安全確保のためにと最低限の護身術を教えられ、訓練場所も実際の建物に侵入したり、機体に取り付けられた武器の取り扱いなど実戦的な要素にシフトしていった。
そして。
「いや、鳥居さんは天才だ。3年かかるプログラムをもうこなしてしまうなんて。これからはスペシャリストとして協力してもらうよ」
花寺の学校祭、体育祭、修学旅行、学園祭と時間はあっという間に過ぎていく。
その間にたまに呼び出されては指示された建物に侵入してデータを取り出したり、撮影をさせられたりしたが、訓練の延長上のものでしかなかった。
だから、この日もそんなものだと思っていた。
いつものように車に乗せられて目的の場所に到着すると、江利子はバンダナを外し、ゴーグルをつけ、バンダナが当たっていたあたりに電極が間違いなくはまっている事を指で確認すると『ピプシロホドン』を起動させ、トランクから『ピプシロホドン』を出す。
「準備はいいわ」
小父さんがどこかに連絡を取る。
GO、と合図され『ピプシロホドン』が侵入を開始する。
蜘蛛のように静かに壁を駆け上り、蛇のように換気口から侵入、ヤモリのように天井を移動、目的の部屋に到着し、パソコンを起動。
そこで『ピプシロホドン』のセンサーが異常を感じた。
「!?」
「どうした?」
「警報が。撤退しないと」
「くっ、それがいい」
警報が鳴る。
パソコンのスイッチを入れるのに手順があったのだろうか。
仕方なく、来たルートを逆走し撤退する。
パアアァン!
銃声が鳴り響く。
車の位置がばれている。
一体どんな施設に侵入させられたのか、いや、知る必要はない。
今必要な情報は自分たちが無事に離脱できるか否か、である。
「まずい、事前にばれていたのか。とにかく撤退を……」
車を走らせようとするが、タイヤをぶち抜かれ、うまく走る事が出来ない。
「救援を要請する」
「間に合うの!?」
「それまでは『ピプシロホドン』を戻して時間を稼いでくれ」
『ピプシロホドン』が換気口に到達した瞬間に飛行形態をとり、換気口を突き破り、銃撃を開始する。
幸い敵は対空装備がないようだが、『ピプシロホドン』の装填数からいってもつとは思えない。
敵は『ピプシロホドン』の攻撃をかいくぐり、江利子たちの乗る車に一斉攻撃を仕掛けてきた。
とっさに『ピプシロホドン』を変形させ、盾にして防ぐが、『ピプシロホドン』の装甲では次の一撃が限界だろう。
ドオオォン!
爆発音がする。反対側から銃撃が起こり、敵と応戦している。
「救援が来た」
ドアがノックされ、小父さんがドアを開ける。
小父さんに続いて外に出た江利子は仰天した。
「蓉子!?」
「江利子!?」
お互いに、「何故、ここにあなたがいる?」というひきつった顔をして見つめあう。
銃撃音が響く。
「と、とにかくこっちに」
蓉子の指示で建物の隙間を駆け抜け、車に飛び乗る。
車の屋根に『ピプシロホドン』を着地させ、装備しておいたグレネード弾を発射し、その隙に逃げ切った。
「いや、小笠原のお義父さまにまた借りが出来てしまいましたよ」
小父さんは笑いながら言う。つまり、蓉子は小笠原というどこかで聞いた事のある名前の人の差し金で救援に来たらしい。
安全なところにつくと、蓉子が送って行くと申し出て、小父さんと別れた。『ピプシロホドン』は整備が必要なので小父さんに預けた。
小父さんを見送って二人は歩き始めた。
「詳しく、聞いてもいいのかしら?」
江利子は聞いた。
「あなたが、それについて詳しく語ってくれるならね」
蓉子は江利子のゴーグルを指して答えた。
つまり、お互いに聞いてはくれるなという事だ。
江利子はとりあえずゴーグルを外して、しまった。
「覚えてる?」
蓉子がポツリと言う。
「何が?」
「初めて妹連れて薔薇の館に行った時のこと」
「ああ、あの時もお互いに『なんで?』って顔して見つめあったわね」
懐かしいわ、とわずか半年前の事を振り返る。
江利子たちはほぼ同時に目をつけていた妹候補にロザリオを渡して、同時に薔薇の館に連れて行ったのだ。
「あの時以来のマヌケな顔だったわね」
「蓉子もね」
二人で顔を見合せて笑った。なんとなく普段の感じに戻ってきた。
「ねえ」
江利子はなんとなく聞いた。
「もう、元の生活には戻れないのかしら?」
今の生活は刺激的だ。だが、今日のような目にあっては命が持たない。
「うーん、戻れない事もないみたいよ」
蓉子はちょっと考えてから言う。
だが、江利子は蓉子の次の言葉を聞いて、二度と戻れない事を悟った。
「副作用で脳の細胞が半分使い物にならなくなるみたいだけど」
(蓉子の事情を知らない人は【No:3024】へ)
ごきげんよう、お姉さま方。脱線です。
***
私には密かに憧れていた方がいた
私が困っていた時にそっと手を差し伸べてくださったあの御方
私はその手に運命を感じました
この胸に抱く儚い想い
でもあの方にとっては子羊達の中のただ一匹
あの方は子羊達を導くマリア様の一人
私は欲深き罪人
あの方を独り占めしたくなったその時に、神は無慈悲にも罰を...下されました
あの方は純真無垢なあの子を妹になさったのです
私の運命は実りませんでした
あの子があの方を「お姉さま」と呼ぶ度に胸が痛む
あの方があの子と笑顔になる度に胸が締め付けられる
私はあの時の密かな気持ちが忘れられずにいる
神は私に安息の日を...罪深い私を許して下さる日が来るのでしょうか?
もし、許されるのなら、心の中で「お姉さま」とお呼びしてもよろしいですか?
※やっぱり変なのです。
その日、菜々はお祖父ちゃんの部屋に呼ばれ、二人で向かい合って座っていた。
「菜々。12歳になったらこの家の者は必ずやらなければいけない事がある」
ふうん、というように菜々は頷く。
「12歳になったら、一人で歩いて旅をするんだ。これは、ご先祖さまがお侍さんだった頃からのしきたりで、お祖父ちゃんも、お前の母さんもやってきた事なんだよ」
一人で旅、というだけで菜々はちょっと興奮した。
「と、いうわけで、菜々。今年の夏休みの宿題は早めに片付けなさい。旅は夏休みに決行する」
「はい」
菜々は言われた通り、その年の宿題を頑張って7月中に片づけた。自由研究だけは、旅の事を書いた日記を提出する事にした。
ルートは山梨から奥多摩を抜け家に帰ってくる。それだけのものだったが、準備から一人で行わなくてはならない。必要なものをリュックに詰め、立ち寄れそうなキャンプ場などをチェックする。
そして、いよいよ出発の日がやってきた。
夜遅く、お父さんの運転する車にお祖父ちゃんと一緒に乗って山梨に向かう。
お祖父ちゃんが慣れたようにあっち、こっちと指示を出し、やがて車はある場所に止まる。
菜々は車から降りて、荷物の入ったリュックを背負い、靴ひもを結び直す。
「あの山から朝日が出たら出発だ。もし、旅が出来なくなったと判断したら、連絡を寄越しなさい」
「はい」
菜々は頷いた。
朝日が昇り、菜々は自宅のある武蔵野に向かって歩き始めた。
事前に調べてあったルートを通って、予定通り初日に泊まろうと思っていたキャンプ場にたどり着く。リュックからテントを出して、飯ごうで炊いたご飯を食べて、毛布にくるまって、懐中電灯の明かりで今日の出来事を日記に書く。
別に大した事があったわけじゃない。ただ、歩いただけだが、風景やら、通り道にあったお地蔵さまやら雲の模様やら、話しかけてきたおじさんやら、菜々にとっては全てが刺激的だった。
その全てを日記に書く事は出来なかったが、とても満足して眠りについた。
3日目に予定外の事が起こった。
大雨が降って、予定していたルートが崖崩れで通行止めになり、別のルートを使わなくてはならなくなったのだ。
慌てて地図を広げるが、やっと見つけた代わりのルートは予想外に遠かった。道はぬかるみ思うように進めない。キャンプ場にたどり着く前に日没。それも、森の中という最悪の状況である。
なんとかテントを張って、ビスケットをかじる。
とにかく今日は休んで、明日森を脱出しよう、そう決めて毛布にくるまった時、何かの気配があった。
(野犬? 熊だったら、どうしよう……)
「誰かいますか?」
テントの外から女の子の声がした。
人間だ。
菜々は恐る恐るテントの外を見てみると、中学生ぐらいの女の子が立っていた。
「夜分遅くすみません。あの、突然で申し訳ありませんが、一晩泊めていただけませんか?」
少女は申し訳なさそうにそう言った。
普通に街で見るような綿のパンツにスニーカー、フードの付いたジャケットその中はたぶんTシャツ、髪は二つに縛っているが帽子はかぶっていない、リュックも持っていないようだ。
「あ、あの。あなたは一体?」
「私、リリアン女学園中等部2年桃組の福沢祐巳といいます」
聞くと、福沢さんは雨のせいで泊まろうと思っていた場所が水浸しになってしまい、泊まれそうな場所を探していてテントを見つけたとの事。事情は痛いほどわかったが、菜々にも事情がある。
「あの、このテントは一人用で」
「邪魔にならないようにするから、お願い!」
手を合わせて拝まれる。
「……わかりました。テントの中に入れるだけですよ」
「ありがとう」
笑顔でギュッと手を握られてドキッとして、慌てて振りほどく。
「じゃあ、私はこの辺で丸まって寝ますから、福沢さんはその辺で」
「うん。あ、そうだ。私の事は祐巳って下の名前で呼んでね」
そう、祐巳さんは言うと、菜々の指示したあたりで丸まってすぐに眠ってしまった。
(何なんだ、この人……)
菜々はそう思いながら、予想以上に疲れていたのですぐに眠ってしまった。
翌朝。
菜々が目を覚ますと、テントの中に祐巳さんの姿はなかった。代わりに外からいい匂いがする。
そっとテントから外をうかがうと、祐巳さんが火をおこして、魚を焼いていた。
「おはよう。あ、起こしちゃった?」
「いえ。あの、それより、それ……」
「近くに沢があって、そこで捕ったイワナ。魚は嫌い?」
「いえ」
「じゃあ、テントに入れてもらったお礼に一匹どうぞ」
祐巳さんはにこにこしながらそう言った。
「熱っ!」
菜々は有難く魚を頂いた。
「ねえ、お名前聞いていい? テントに入れてくれた恩人の名前を知りたいの」
祐巳さんは魚を頬張りながら聞いてくる。
「恩人だなんて、大した事はしてませんよ。それに、魚を頂いたので、その件は貸し借り無しです」
「あ、そう」
祐巳さんはちょっとがっかりしたようだった。
「名前は、田中菜々です」
「菜々ちゃんか。菜々ちゃんはどこへ行くの?」
「家に帰るところです。家のしきたりで、12歳になったら一人で歩いて旅をするんです」
「へえ、似たような事をする家があるんだね」
祐巳さんがちょっと驚いて言う。
「うちはね、昔、鬼退治をした家だって言い伝えがあって、14歳になったら一人で家から鬼退治をした場所まで行って、帰ってくる旅をしなくちゃいけないしきたりがあるの。もちろん全部歩き」
へへっと祐巳さんは笑う。
「でも、荷物とか、ありませんよね?」
昨夜の光景を思い出して菜々が聞く。
「荷物はご先祖様が鬼退治の時に持って行った『布』と『火打石』と『縄』だけ。お金も駄目」
そう言うと祐巳さんは荷物を見せてくれた。
「布」は普通のバンダナで、「火打石」は普通の石みたいだったし、「縄」は庭で木を縛るような縄だった。
「それだけで、旅をしてるんですか?」
菜々は自分の持ち物と比べて驚いた。
「うん。鬼退治の場所には行ったから、あとは家に帰るだけ」
菜々ちゃんと一緒だね、と言って祐巳さんは笑う。
「ねえ、家はどこ?」
祐巳さんが聞く。
「武蔵野です」
「それも私と一緒だね。じゃあ、また会うかも」
そう言うと祐巳さんは立ちあがった。
「一人旅、頑張ってね」
祐巳さんは出発してしまった。
見送りながら、祐巳さんだって、一人旅じゃないの。と菜々は思った。
旅は続き、その日は朝から快晴で暑かった。
地図の上では東京都に入ったあたりで、朝からヘリコプターが山の上を旋回していた。
人里を目指してズンズン進む。
ガサガサ……
何かの気配がする。
びっくりして立ち止まる。
じっとそちらを見ていると、見覚えのある顔が出てきた。
「菜々ちゃん、こんにちわ」
「ああ、祐巳さん」
菜々は内心ほっとした。
「ねえ、あれの事知らない?」
あれ、とヘリコプターを指して祐巳さんは訪ねるが、菜々も知らないので首を振る。
「そっか。菜々ちゃんがラジオでも持ってたら何か知ってるかと思って声をかけたんだよね」
祐巳さんは、それは残念、という顔をした。
「菜々ちゃんは気にならない?」
「まあ、ちょっと」
「ちょっと、か。じゃあ、このあたりに友達がいるから、聞きに行かない?」
行く、とも言っていないのに、祐巳さんは菜々の手を取って駆け出した。
夏の真昼、日陰もなく眩しいくらいの日差しの中を二人で駆けていく。
ぽつん、と家が見えてきた。
「おじさん」
ベランダで窓を開けてお爺さんが何か作業していたが、祐巳さんが声をかけるとお爺さんはにっこりと笑った。
庭につながれていた犬が嬉しそうに吠える。
どうやらこのお爺さんが祐巳さんの友達らしい。菜々の予想とは違っていたのでちょっとびっくりした。
「おや、祐巳ちゃん。その子は?」
「友達の菜々ちゃん」
「とっ……」
いつ友達になったんだ、とも思ったが、わざわざ否定してややこしくするのもどうかと思って黙っていた。
「もう、鬼退治の場所には行ったのかい?」
「はい。これ、おじさんにお土産です」
祐巳さんはポケットからお守りを取り出してお爺さんに渡していた。
「祐巳ちゃんの分は?」
「私の分はちゃんとあります」
微笑んで祐巳さんが答える。
お爺さんに勧められるまま家に上がり、お茶とお菓子をごちそうになってしまった。
取り留めのない話をした後、祐巳さんがついでのように聞いた。
「あの、朝からヘリコプターが飛んでますよね。どうしたんですか?」
「ああ、この辺に悪い奴が逃げてきたって今朝ニュースで言っとった」
凶悪犯で、警察からこのあたりの住民に注意が回ってきたらしい。
「うちは離れておるから、避難しなさいと言われたが、留守にする方が不安だからな。それに、あの子もおるし」
お爺さんは庭の犬を指して笑った。
「祐巳ちゃん達はどうする? もう夕方で危ないから今日は泊まって行かないかい?」
「菜々ちゃん、お言葉に甘えて、今日は泊まって行こうよ」
祐巳さんがお祖父さんの言葉に乗っかる。
「えっ!?」
菜々は驚く。確かに気が付いたら日が暮れかけている。
「で、でも。私は一人旅をするしきたりで──」
「おや、しきたりが大流行だね。それならうちの事を手伝って行きなさい。そのお礼に泊めてあげるよ」
「そうしようよ。実は、行きもおじさんの家に泊めてもらったんだよね」
優しく祐巳さんが笑顔でそう言う。
何故か、なんとなく、それならいいか、と菜々はお爺さんの家の手伝いをするという条件で泊まって行くことにした。
夕食の支度、お風呂掃除などを手伝い、3人でご飯を食べる。
有難かったのはお風呂で、今までキャンプ場のシャワーかテントの中で体を拭くくらいだったので、祐巳さんの「背中流してあげようか」と言うのを丁重に断り、とても気持ちよく頂いた。
布団を敷いて、久々に体を伸ばして休む。隣で祐巳さんがプールに飛び込むように布団の上でバタバタしていておかしかった。
「菜々ちゃん」
真夜中に揺さぶられて目が覚める。
お爺さんの緊張した声がする。
「よくない奴が近くに来たみたいで、電話線をやられた」
「えっ」
菜々は飛び上がらんばかりに驚いた。
「祐巳ちゃんと菜々ちゃんは押し入れの中に隠れていなさい。俺はお隣さんのところへいって警察に連絡する」
お爺さんがそう言うと、祐巳さんに押し込まれるように、菜々は押し入れに入った。続いて祐巳さんが入る。
「気をつけて」
お爺さんが何かを持って出ていく。
犬の吠える声がする。
「あのおじさんは」
祐巳さんが小声で教えてくれた。
「熊撃ちの名人で、多少の事は大丈夫。シロ──あの犬も強いから」
菜々は祐巳さんにしがみついていた。
暗闇の中どれぐらいこうしていただろう、不意にシロの悲鳴が聞こえる。
菜々のしがみついた手に力がこもる。
大丈夫だよ、というように祐巳さんが優しく菜々の手に手を重ねてくれる。
ベランダが開く音がする。何者かが入ってくる気配がする。
静かに、というように祐巳さんが口に指をあてる。怖くて声なんか出やしないのだが。
気配がゆっくりと2階に向かっていく。
祐巳さんが押し入れの扉を開く。
菜々は慌てる。
「大丈夫」
祐巳さんは荷物の縄を柱にくくりつけてそっと戻ってくる。
「合図したら、思い切り引っ張って」
そう言って祐巳さんは縄の端を菜々に持たせると暗闇の中に消えてしまった。
一人で押し入れの中に残されて、不安な時間が過ぎていく。どれくらい時間がたった事だろう。
「菜々ちゃん!」
夢中で力いっぱい縄を引っ張る。
大きく何かが倒れる音、シロの声、押し入れの中からそっと覗いてみると、つまづいて犬に襲われてる男の人を祐巳さんが武器で殴りつけていた。
「菜々ちゃん、手を放して!」
菜々が手を放すと同時に祐巳さんが縄で素早く男を柱に縛り付け、電気をつけた。
男は気を失っていた。
「一体──」
「ご先祖様は、こうやって鬼退治をしたそうよ」
祐巳さんの手にはバンダナが握られていた。
バンダナの端っこで石をくるんで縛り、余った部分を長くひも状にして、反対側の端っこに結び目が作ってあった。
「おお、鬼退治までしていたか」
お爺さんが警察官を連れて戻ってきた。
菜々はその場にへたり込んだ。
「大丈夫?」
「大丈夫、というか、気が抜けた、というか──」
菜々は放心していた。
恐怖なのか、安堵なのか、緊張から解放されたからなのか、たぶん全部なのかもしれないが、腰が抜けたように動けなくなってしまった。
祐巳さんがよしよしと言うように抱きしめてくれたので、甘えるようにしがみついた。夜が明けるまでそうしていた。
朝が来て、警察の人に話を聞かれた後、家に連絡が行った。旅もここまでという事か。
「祐巳さん。旅が終わっちゃいましたね」
「うん? 終わってないよ」
祐巳さんは笑顔で答える。
「旅は中断。家に帰って落ち着いたら、もう一回ここからやり直すつもりだもん」
そうか、と菜々も思った。
「じゃあ、私もそうします」
うんうん、と祐巳さんが頷いてから言った。
「しかし、菜々ちゃんは大人だね。私は昨日、怖くて仕方がなかったけど、菜々ちゃんが落ち着いてたから頑張れたんだよ。一人だったら怖くて泣いてたかもしれない」
菜々は驚いた。
「そんな、私だって怖くて怖くて、もう、どうしていいかわからなくって」
「そう? でも、菜々ちゃんがいてくれたおかげだよ」
自分は何も出来なかったのに、縄を引っ張ったのだって必死だったし、いろいろ思いついて「鬼退治」をしたのは祐巳さんなのに、そう言おうとしたら名前を呼ばれた。
「菜々」
振り向くとお父さんが迎えに来て、挨拶して別れた。
「……で、帰ってきました」
菜々は旅の顛末を祖父に語っていた。
「なるほど。まあ、そんな奴にあったのは不運だったが、よく頑張った」
お祖父ちゃんは優しい笑顔でほめてくれた。
「でも──」
「中断なのだろう? 落ち着いたらまた続ければいい」
菜々は黙る。不運だったと慰められても、再開してもいいと言われても、本当は最後まで歩きとおして家に帰りたかった悔しさがあった。
「お前の姉たちに比べたら立派な旅だぞ。やれ靴ずれしただの、蚊に刺されただの、風呂に入れないのが嫌だのと言ってとっとと帰ってきたのだから」
「へっ!?」
姉たちの情けなさより、そんなに簡単に帰ってきていい旅だったのか、というところに菜々は驚いた。
「やっぱり、お前かな」
何がお前なのか、を聞いて菜々はまた仰天する事になる。
その後、菜々の苗字が有馬に変わり、リリアンに通う事になったが、祐巳さんと再会するのは3年後である。
ごきげんよう、お姉さま方。脱線です。
***
季節は夏真っ盛り。
ここ、リリアン女学園に待望の夏休みがやって来る。
ここに3人の生徒がいるが、まあ、関係ないのでほっとこう。何?気になる?仕方ない、話の聞こえる所に行くとしよう。
?「も〜い〜くつね〜る〜と〜なつや〜す〜み〜」
?「嬉しそうだね、由乃さん。」
?「そうね。」
由「あったりまえじゃない!夏休みよ、夏休み!これが嬉しくなくて何が嬉しいっていうの?」
?「まあ、確かに。」
?「そうね。」
由「私、海行きたい!海!」
?「えっ?何?突然?」
?「そうね。」
由「私、思うの。最上級生になったし、そろそろ息抜きしてもいいと思うの。」
?「うーん、息抜きかぁ。どう思う?志摩子さん?」
志「そうね。」
由「それに私達3人で、何処かへ行ったことって無かったじゃない。」
?「言われてみれば確かに...」
志「そうね。」
由「最後の夏休みなんだし、思い出作りしたいし。」
?「思い出作りかぁ。でもどこに行くの?」
志「そうね。」
由「湘南よ、湘南!あそこなら日帰り出来るし、たっぷり遊べると思うの。」
?「でもナンパとかされないかな?」
志「そうね。」
由「それも含めていい思い出じゃない。誰が1番声をかけられるか勝負しない?」
?「勝負はちょっと...」
志「そうね。」
由「意気地無し。」
?「だって。」
志「そうね。」
由「まあいいわ。でも海に行くのは賛成?」
?「取り敢えず賛成...かな?」
志「そうね。」
由「じゃ決定〜。明日水着買いに行かない?」
?「水着かぁ。どんなのにしようかな〜。」
志「そうね。」
由「ビキニなんてどう?ビキニ!」
?「恥ずかしいよ〜ビキニなんて。」
志「そうね。」
由「開放感抜群だと思ったのにな〜。」
?「せめてワンピースにしない?」
志「そうね。」
由「じゃ、決まりね。待ち合わせは駅前でいい?」
?「いいよ〜。ついでにランチも一緒にしない?」
志「そうね。」
由「賛成〜。じゃ時間11時頃でいいかな?」
?「うん、それでいいよ。」
志「そうね。」
その時、3人の後ろの扉が開いて誰かが現れた。
「遅れてごめ〜ん、由乃さん、志摩子さん。」
2人?3人じゃなくて?
由「あれっ?!祐巳さん?!ここに居たんじゃなかったの?」
祐「今来た所だけど?」
由「じゃ、今まで私達が話してたのって...」
祐「?」
志「そうね。」
由「うーん。」バタン
志「クスッ
ごきげんよう、お姉さま方。脱線です。
***
『蔦子の祐巳観察日記』
ごきげんよう、皆さん。写真部のエース、武嶋蔦子です。今日は私だけが知っている『ありさん事件』をご紹介したいと思います。祐巳さんと言えば甘いもの、甘いものと言えば祐巳さん。え?そんなの知ってる?ちっちっち、これだから素人は。まずは人の話を聞きなさい、人の話を。損はさせないから。
あれは、そう冬服から夏服に代わる少し前のこと。私はいつものように、茂みの中に潜んで撮影をしていた。決して盗撮ではない、断じて盗撮ではない。マリア像の前に場所移動すると、そこに紅薔薇ファミリーがやって来た。
「今日も暑いですね、お姉さま。」
「そうね、祐巳。」
「衣替えまであと一週間。頑張りましょう、お姉さま。」
「ええ。ところで祐巳。」
「何ですか?お姉さま。」
「あなたの制服ってそんなに黒かったかしら?」
「そんなこと無いと思いますけど?」
「気のせいかしら?」
「気のせいです。お姉さま。」
「それならいいのだけれど。」
そうこうする内にマリア像の前に立つ2人。そしていつものようにお祈りをして、いつものように儀式を行ったその時、事件は起こった。
「祐巳、タイが曲がっていてよ?」
「はい、お姉さま。」
「何か...動いて...」
「何ですか?お姉さま?」
紅薔薇様が祐巳さんのタイに触れた時だった。そしてそれはファインダー越しにでも解るものだった。賢明な諸君の事、ここまでくればもうおわかりの事だろう。そう、祐巳さんの制服が黒く見えたのは...『蟻』だったのである。それもとてつもない数の。気を失う紅薔薇様。そしてそこで初めて自分の異変に気付く祐巳さん。
私はシャッターチャンスで有るにも関わらず、シャッターを切ることが出来なかった。怖くなって逃げだしたのである。
その後、2人がどうなったかは...私も知らない...。
この忌まわしい事件は秘密裏に処理され、リリアン瓦版に載ることは無かった。
後の調査でわかったことだが、この時の祐巳さんの血糖値は、驚くなかれ、なんと530000だったそうだ。祐巳さんは小笠原系列の病院に強制隔離され、今は正常値である。1日で下がったらしく、医者団も驚きを隠せずにいたそうだ。そして今はいつものように紅薔薇様の側に付いている。
***
以上が、語られることの無かった『ありさん事件』の全容である。
ごきげんよう、お姉さま方。No.3034の続きです。
***
「猫の世話よりマシですわ!」
「厳しい事言うね〜。だから育たないんだよ?胸が。」
「ッ...!あなたねぇ...!」
「はーい、そこまで。」パンパン
エンドレスに突入する前に止める舞。
「仲が良いのはわかったから、これでお仕舞い。今日の活動始めるわよ〜。」
「活動ってまた同人誌ですか?」
「今話したばかりじゃない。勧誘のことよ、勧誘。」
「例え勧誘しても辞めるのが関の山じゃないかしら?」
「私もそう思った。」
「そんなこと私だってわかってるわよ。だ・か・ら、あんた 達2人が妹を作って入部させればいいのよ。そうすれば、我が美術部も、安泰、ってワケ。わかるでしょ?2人共?」
「そりゃあわかりますけど、ねえ?」
「ええ。そういう部長こそ、妹はお作りにならないんですの?」
「あんた達?わかって言ってるでしょ。
私が去年の黄薔薇革命に乗じて逃げられたのを!あー今でも思い出すと腹が立つ!」
「そんな事ありましたっけ?」
「自業自得ですわ。」
「2人共、シバくぞコラ。」
「冗談ですよ、冗談。」
「些細な事で目くじら立てるなんて、大人気ありませんわ。」
「(恵には言われたくないと思うぞ?)」
「...まあいいわ。私が作ってもまた逃げられるだろうから、2人が妹を作って入部させなさい。これは部長命令よ、いいわね!」
「「は〜い」」
「どっかに猫みたいな妹落ちてないかな〜っと。」
「猫って貴女...」
「例えだよ、例え。そういう恵は?さっきも言ったけどあのおチビちゃんなんかいいんじゃない?小さくて可愛いものが好きなんでしょ?」
「子守はイヤ。」
「ふ〜ん。じゃ、貰っちゃうよ?あの子、子猫みたいで可愛いし。」
瞳がそう言うと、
「ど、どうぞご自由に...」
と、動揺する恵。
「何々、何かいいのでも入ったの?」
「ええ。いいのが入りましたよ。部長の好きそうなランドセルが似合いそうなロリっ子が。」
「本当?」
「本当です。昼休みに会いましたから。名前は...確か...」
内心ドキドキしながら聞く恵。
「確か?」
「確か...みは」
「わー!わー!」
「な、何よ、突然大声なんかだして。」
「こ、個人情報は保護されるべきだと思います!」
恵は突然叫び出した。
「ふ〜ん。そういう事。」
「そういう事です。」
「な、何よ。」
「恵。」
「は、はい。」
「愛の言葉をかけるなり、感動でもさ
ごきげんよう、お姉さま方。
1話目【No:3028】2話目【No:3029】3話目【No:3034】4話目【No:3041】番外編【No:3032】
***
「愛の言葉をかけるなり、感動でもさせるなりして妹にしなさい。」
「嫌です!」
恵はそう言ってそっぽを向く。
その瞬間、2人の目が怪しく光る。
「瞳。」
「了解です。舞さま。」
アイコンタクトをする2人。
「名前は?」と言いつつ扉を開ける舞。
ガシッ
「ん?何するのよ?瞳。まさか...」
焦る恵。
恵を羽交い締めにしながら「そのまさか。」と瞳は恵の耳元で囁く。
「三橋 早苗ちゃんでーす。舞さま。」
「な...」
絶句する恵。
「じゃ、軽く拉致って来るから、あとよろしく〜。」バタン
「ま、待ちなさい!」
もがく恵。
「おっと、行かせないよ?」
と、巧みに恵を封じ込める瞳。
「は、放しなさい!」
「嫌。それに恵の弱点はわかってるんだから、無駄な抵抗しない。」
と、恵のうなじにキスをする。
「ひっ...」
ビクッとする恵。
「せっかく2人っきりになったんだし。」
瞳は言う。そして
「揉むと大きくなるって本当かな?」
と、瞳が恵の残念な胸に触れようとした時。
ガン。
「いい加減にしなさい!」
と、瞳に頭突きをかます恵。
バタンと倒れる恵。
「きゅー」
瞳は気絶したようだ。
「まったく、悪ふざけばっかりするからそうなるのよ!」
怒りつつもまんざらではない恵。
気絶した瞳を見つめる恵。
「ごめんなさい、でも貴女が悪いのよ。」
頭突きで赤くなった額にキスをする。
「は...こんな事してる場合じゃないわ!」
と、我に帰る恵。
「あの『婦女子』より先に見つけないと。」
恵は部室から飛び出した。
***
その頃
「待っててね〜、可愛い仔猫ちゃん〜。今お姉さまが優し〜く保護してあげますからね〜。」
と、ご機嫌の様子の舞。
「何が似合うかしら〜。バニーちゃん?『ご奉仕するピョン!』うーん、なんかしっくりこないわね〜。タヌキちゃん?『ご奉仕するんだポコ!』なんか変ね。やっぱりここは、ネコ耳メイド服で『ご奉仕するにゃん!』がいいかしら...」
と妄想しながら廊下を爆走する舞。何か途中でシスターが怒っていたような気がするが、まあキニシナイ。
***
その頃、(いちおう)主人公の早苗達一年生はと言うと...
「ねえ、早苗さん。」
「なぁに?春菜さん?」
「早苗さんはクラブ活動は、どうされます?」
ごきげんよう。【No:3031】の続きです。
選挙の結果が発表された。
残念なことに静様は落ちていた。
僅かな差だった。
『黄薔薇革命』が影響したのか、『黄薔薇の蕾』である支倉令様はギリギリで静様をかわしたのだった。
たぶん知名度の差だと思う。薔薇の信奉者たちは『黄薔薇革命』なんて関係無く彼女に投票しただろうから。
わたしのような外部受験者たちからの指示は全く得られなかったらしいから、わたしはこの結果は別のところで満足している。
でも大好きな静様の敗戦はやっぱり悔しい。
「静様…」
「負けちゃったわね」
静様はそう言って舌をペロッと出した。
「残念ですね…」
「そうね。残念ではあるけど遅かれ早かれ留学は決めていたから、少しお別れが早くなっただけよ。それに早く向こうへ行って早く祐沙ちゃんの所に帰って来たいもの」
「静様…」
その言葉が素直に嬉しくて静様に抱きついた。
静様は何も言わずにそのまま抱きしめてくれた。
「それに、向こうへ行きっぱなしていう訳じゃないわ。時々帰ってくるつもりよ。その時は必ず貴女の時間を私に頂戴。ね?」
「…はい。…もちろんです」
さっきよりさらに強く抱きしめてくる静様。
その言葉に偽りは全く無いと確信できた。
「あ〜あ。アツアツだね、二人とも」
「聖様…」
乱入者を睨みつけてしまった。
「うわ、怖いよ、祐沙ちゃん。私は静に呼ばれて来たんだから睨んじゃやだよ」
「静様?どうして聖様を?」
「ちょっとね、聖様に伝えることがあるのよ。ちょっと待ってて?」
「はい」
聖様と向き合う静様。聖様は『白薔薇様』になるだけあって凄く綺麗な人だけど、やっぱり静様の方が100倍も1000倍も魅力的だ。
わたしは静様の綺麗な黒髪が大好き。
それだけで聖様よりも50倍くらい魅力的。
「当落に関係無くって言ってたけど、言葉通りだったね」
「嘘は吐きませんよ。そんなことしたら祐沙ちゃんに嫌われちゃいますから」
「羨ましいくらい愛し合ってるんだね」
「はい。自分でも信じられないくらいです。こんなに誰かを想う事が出来るなんて…彼女のおかげです」
「………それで。結果は知ってる?」
「ええ。見届けてきました」
「ひとつ訊いていい?どうして選挙に出馬したの?」
「ふふふ。訊くまでもないと思いますが?」
「…そうだね」
「私、イタリアに行くんです」
「イタリア?」
「音楽の勉強のために。中学の卒業時点で、あちらに渡るつもりだったのですけど。2年も延ばしてしまいました」
「どうして?」
「貴女がいたから」
「そう…」
「嬉しいです。たったひと時でもこうして貴女の瞳に私の姿を映すことが出来て」
「そうなんだ。私も嬉しいよ。貴女みたいな人にそんな風に思ってもらえるなんて」
「貴女の真似をして髪だって長くしていたんですよ」
「……ごめん、気付いて無かったよ」
「そういうところも含めて好きでした」
「もし、当選していたら?」
「さっきも言ったとおり、祐沙ちゃんとの学園生活を延ばすために出馬したんです。まあ、それは叶わなかったですけど…志摩子さんが立派に貴女の後を引き継いで素晴らしい『白薔薇』を咲かせます」
「貴女は魅力的だ」
そう言って聖様は静様に顔を近づける。
キスするつもりなんだ。
「餞別……って静?」
聖様のキスは静様の一刺し指にされていた。
静様はあっかんべーをしている。
「ふふふ。残念でした、聖様。貴女の事は『好きでした』、過去形ですよ?」
「……え?」
「貴女からじゃなくて祐沙ちゃんから貰いますから、ご心配なく。どうです?貴女は私に気付いてくれなかった、その仕返しは」
「……まいったな」
聖様はガシガシと頭を掻いている。
「それに、栞さんだけじゃなく志摩子さんや祐巳さんにまで手を出した節操無しの方にそんなことされても嬉しくありません」
「……は〜ぁ。私の負けだよ、静…祐沙ちゃんとお幸せに…」
「ふふ、ありがとうございます。それこそ私が望んでいた言葉ですよ?」
「……本当に魅力的だよ。いろんな意味で…」
そう言い残し聖様は去って行った。
「ふふふふ…」
不敵に笑う静様。ちょっぴり怖かった。
静様との残りの日々が始まった。
最近では新聞部が企画している『宝探し、蕾のチョコレートはどこだ!?』が話題の中心だ。
「ねえ、祐沙さん」
教科書を見ていたらいつもの如く、恋歌さんが声をかけて来た。
「どうしたの?」
「祐沙さんは新聞部の企画に参加なさいますか?」
「……?ああ、宝探しのことね。参加はしないわ。あの人たちと『半日デート』なんて別にしたくないし。まあ、見物くらいはしようかな」
「そうですよね」
「そういう恋歌ちゃんはどうするの?」
紀穂さんが恋歌さんに後ろから抱きつく。
「きゃあ?!紀穂さん、後ろからはだめです!前からしてくださいって何度も言ってるではありませんか!!」
「え〜?いいじゃん別に。だって今、前からは抱きつけなかったもん」
「びっくりするんです!!」
「ねえ恋歌さん。本当にそれだけ?」
「祐沙さん?!何言ってるんですか?!ほ、他に何があるんですか!!」
「後ろからだと一方的になるから?」
「〜〜〜〜〜!!祐沙さん!!」
「あ、図星なんだね」
「そうね、図星みたい」
「お二人とも!!」
「恋歌ちゃん、可愛い〜〜。やっぱ大好き〜」
「あはは。確かに可愛いね恋歌さん」
「くぅ〜〜〜〜〜……」
さすがに可哀そうかな。
「それで、恋歌さん。恋歌さんは参加するの?」
「ふぅ………参加しませんわ…だって私には紀穂さんがいますから」
「恋歌ちゃん」
嬉しそうな紀穂さんを見て、微笑む恋歌さん。あれだけいじられてもすぐに機嫌がよくなるあたり、この二人は本当に幸せなんだな。
「アツアツね、二人とも」
「祐沙ちゃんには言われたくないよ?」
「そうかも…」
「それで…やっぱり静様にチョコを?」
「うん。どんなのにしようか、そっちの方が楽しみね」
「そうですね」
残された時間でどれだけ静様との絆を深められるか…今はそれが重要だ。
バレンタインデー当日。
いよいよ『宝探し』が始まった。
「みんな、目の色が違うわね」
「そうみたいですね。そんなに魅力があるんですね」
「そうね。だって私がそうだったから、彼女たちの気持ちはわかるわ」
「静様…」
「でも安心して?今は貴女だけよ」
そう言ってわたしを抱きしめてきた。
「静様…恥ずかしいです…誰かに見られたら…」
「誰も見ちゃいないわ…だってみんな宝探しに夢中なんですもの…」
「……そうですね」
その時…
「祐沙さん!!」
「うわぁ!!誰?!」
せっかく甘い気分に浸ってたのに誰よ…
「見ていなさい!!今日で私は変わるから!!」
お下げをしている子…由乃さんだ…
「変わるって何?」
「ふふふ…」
「貴女は令様のカードを探しているの?」
「いいえ!!探してないわ!!」
「由乃ちゃん、元気いっぱいね」
「当然ですよ静様!!この元気を手に入れるために手術したんですから!!そして今日!私は私の中でもうひとつ革命を起こすわ!!」
「はあ…」
「令ちゃんに頼っていた私は昨日でサヨナラしたから!!それじゃ!!」
「…………」
「………、彼女、どうしたのかしら?」
「………、ちょっとかっこよかったですね。意味不明でしたけど…」
「ええ…」
しばらくの間、静様と宝探しを眺めていた。
一生懸命カードを探している子たちは微笑ましさ半分、怖さ半分だった。
途中、何人かの子に何処にありそうか聞かれたりした。
祐巳が通りかかったが、後ろからついて来ている連中のプレッシャーなのか、わたし達には気付かなかった。
妙にだぼついた制服の子も通って行った。でっかいリボンを付けた可愛い子だった。
あの子、将来薔薇様になったりするのかな…
チョコレートの交換はイベントが終わってからにすることにした。
確かに今はちょっと落ち着かないし。イベントを眺めているのはなかなか楽しい。
結果が発表になった。
『紅薔薇の蕾』たる祥子様のカードは見つからなかったそうだ。
祐巳が悲しそうに項垂れている。祥子様のカードを探していたんだ。
あの状況では探すのは難しいよ、祐巳。
『黄薔薇の蕾』たる令様のカードは一年生の田沼ちさとさんが手に入れた。
図書室の料理の本に挟まっていたらしい。
令様のカードが見つかってしまったのに由乃さんはちっとも落胆していない。その隣で祐巳が驚いている。
一番驚いているのは令様。だって由乃さんが自分のカードを見つけてくれると確信していたんだから。
でもわたしと静様は知っている。由乃さんは最初から令様のカードなんて眼中になかったことを…
そして最後は『白薔薇の蕾』、志摩子さんのカード。
それを見つけたのは…由乃さんだった。
司会をしている三奈子様が由乃さんへの勝利者インタビューを始めた。
「『白薔薇の蕾』のカードはどちらで見つけられましたか?」
「委員会ボードです」
嬉しそうに答える由乃さんを信じられない、という顔で見ている志摩子さんと令様。
特に令様の方は悲しみまで含まれた表情をしているから見ないことにした。
「白薔薇の蕾、委員会ボードで間違いありませんか?」
「……え、えっと。間違いありません。私がカードを隠したのは委員会ボードです」
まだ、信じられないのか目を白黒させている志摩子さんが印象的だった。
さすが由乃さん、スケールが違う。
彼女が起こした大波乱によって宝探しは興奮冷め止まぬうちに幕を閉じた。
「祐沙ちゃん、チョコを頂戴」
「はい」
さてお待ちかねのチョコレート交換だ。
「どんなのを作ってきてくれたのかしら?」
「ええと、トリュフです」
「そう、楽しみだわ」
お菓子作りには自信がある。よくお母さんと作っていたから。
「食べさせて?」
「はい、静様」
わたしが作ったチョコを静様の口に近付ける。
何度見ても綺麗な唇だな…それのこの唇は最高の歌声を紡ぐことが出来る。
「静様、あ〜ん」
「あ〜ん」
……!!
指まで食べられた!!
「何するんですか?!」
「だって指にココアパウダーが付くじゃない?それまで味わわないと。ふふふ。美味しかったわよ」
「もう!!」
「むくれないむくれない。私も食べさせてあげるわ」
「……はい」
「はい、祐沙ちゃん」
「………あむあむ」
「どう?」
「おいし〜です」
「よかった。あ、祐沙ちゃん」
「なんですか?」
ちゅっ…
「静様?!」
「ちょっとパウダーが口の端に残ってたのよ」
「静様!!」
「ごめんごめん」
「いきなりなんてずるいです」
「したことに…じゃなてタイミングなんだ…」
「…キスした、なんかで怒るなんて今さらじゃないですか…それに待ってたんですよ、ずっと…」
「祐沙ちゃん…」
「静様…祐沙ちゃん、じゃなくて祐沙、って呼んでください…わたしは静様のお嫁さんなんですよね…?」
「そうね、祐沙…」
「静様…」
静様がわたしの頤を持って顔を近づけてくる。
なんて綺麗な人なんだろう…この人にこんなに愛されているなんて…
わたし…今…今までで一番幸せ。
そしてわたしの唇と静様の唇は一つに重なった。
これがわたしのファーストキス…(さっきのは静様の不意打ちだからノーカウントで)
当たり前だがチョコレートの味がした。
わたしと静様はチョコには若干苦味があった方が好きなのでお互いビターチョコにしたのに、すっごい甘い味がした…
「あ〜あ、見せつけてくれちゃって。ねえ、志摩子さん」
「え?ええ、そうね」
「ひゃあ!!」
いきなり由乃さんと志摩子さんが現れた。
甘い雰囲気に水を差されてちょっと怒鳴ってしまった。
「何しに来たのよ?!」
「は?何って報告よ、報告」
「なんのよ…」
「宝探しの結果よ」
「ああ。見つけられてよかったじゃない。おめでとう」
「ええ、ありがとう。志摩子さんを手に入れることが出来てよかったわ」
「え?!」
「由乃ちゃん?!」
「え…ええ?!由乃さん、今なんて…」
いきなり凄いことを口走る由乃さん。今ここにいる由乃さん以外全員がついて行けてない。
「まあ、あわてないでよ。最初から話すわ」
「是非そうしてください、由乃さん」
「今日、志摩子さんのカードを見つけることが出来たら告白するつもりだったのよ」
「由乃さん?!ど、どうして…」
「どこにそんなフラグが…?」
「フラグ?それは祐沙さん、あんたよ」
「わたし?!!」
「そう。私と志摩子さんは祐沙さんの叱咤で立ち直ることが出来たわ。だから、志摩子さんと一緒にいればそれを忘れずに、もう変な間違いをしなくなる、そう確信したのよ」
「た、確かに私も由乃さんも祐沙さんに励ましてもらいましたね…」
「そうでしょう。ついでに志摩子さんってすぐ一人になろうとするから、そんなのよくないから私にそばに居させてほしいのよ」
「由乃さん…」
志摩子さんの顔が紅くなってきている。それになんだか嬉しそう…
「イベントに乗じてって言うところが私らしくない気がするけど、このイベントはいい運だめしになったわ。志摩子さん、私の一世一代の告白、どうか受け取ってほしい」
「………。私、由乃さんに憧れていたのよ…」
「え?し、しまこさん…」
いきなりのしっぺ返しに今度は由乃さんが紅くなっている。もちろん志摩子さんはもっと紅くなっている。
「『黄薔薇革命』の時、あの時から…由乃さんが…」
「……え?あの時の私なんて最悪だったのに…?」
「ええ…確かにあの時に由乃さんがしたことは良くなかったわ。でも自分を変えるために自分の考えを貫き通した貴女の強い意志、それに強く惹かれたの…」
「……じゃあなんで志摩子さんはさっさと立候補、しなかったの?『白薔薇様』になれば由乃さんと一緒にいられるじゃない」
「そう言えばそうよね」
「あのね。キリスト教では同性愛はタブーで…」
「……ごめんなさい。わたし、そんなの知らないのに貴女にあんなこと言って…」
「いいえ、いいのよ。あの時私にシスターになるなんて無理だって確信したの。祐沙さんが言ったように私を応援してくれている人たちの想いを無駄にしようとしたし、由乃さんを好きになっちゃうし…あ、由乃さんを好きになっちゃったのはいけなくは…」
志摩子さんはちょっとテンパっている。
「志摩子さん落ち着いて…」
「え、ええ。だから私はシスターになるのは諦めたの。たった今」
「え?」
「だって由乃さんと両思いだなんて知ってしまったら、それに応えたいもの」
「志摩子さん…ありがとう」
「由乃さん…」
いきなりこの二人は…自分たちの世界を作り始めている。
「まあ、私たちがこうして結ばれることが出来たのは祐沙さん、貴女のおかげよ。だから報告に来たの。甘い時間を邪魔して悪かったわね」
「ううん。わたしも嬉しいわ」
「ありがとう、祐沙さん。今から勝負ですよ。貴女たちと、私と由乃さん。どっちの方がよりアツアツになれるか」
「ふふ。わかったわ」
「祐沙、この二人は手強いわよ」
由乃さんと志摩子さん。まさかこんな風になるなんて。
お互い恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらキスする二人を見て、心から祝福したいと思った。
………
ついに静様がイタリアに旅立つ日がやって来た。
覚悟を決めていたのにやっぱりさみしすぎる。
「祐沙、笑って送ってくれる約束だったでしょ?」
「……ひぐっ…そん…やくそく…してません」
「…もう、可愛いんだから…」
「すみません、わたしがこんなだと安心してイタリアにいけませんよね」
「そんなことないわ。貴女は私を信じてくれているから…」
「静様…」
「抱きしめていい?当分出来ないだろうから…」
「……はい。壊れちゃうくらい…強く抱きしめてください…」
「祐沙ったら…」
静様に抱きしめられる。今までで一番優しいような…強いような…
そのまましばらく抱き合っていた。
「そろそろ行かなくてはいけないわね…」
「静様…」
「祐沙、餞別をくれるかしら?」
「はい…」
わたしは背を伸ばして静様にキスをする。
ありったけの思いを込めて…
「祐沙…愛しているわ…」
「静様…わたしも愛しています…」
「それじゃあ、祐沙。夏に帰ってくるから」
「……待てるかどうか……わかりません…」
「…ふふ。私は幸せ者ね…」
再び抱きしめられる。今度はすぐに離れた。
「またね、祐沙」
「静様…」
去っていく静様の後ろ姿を見ながらわたしは自分の唇に触れていた。
まだ熱い。
胸の奥も熱い。
静様…
静様…!
「静様!!!!!」
あとがき
デラ甘になりました。
由乃さんと志摩子さん、祐沙ちゃんに怒られたままで終わらせたくなかったので、革命を起こしてみました。
令ちゃんが不憫な気もしますが…たぶんちさとちゃんが何とかしてくれた筈です。
静様と聖様のシーン、自治区的にはかなり満足です。
終わり方も絶対こうしようと決めていたので満足です。
このありえない設定のシリーズを無事完結させることが出来て本当に良かったです。
今まで支えてくださった方々、本当にありがとうございます。
今度は滞っている『出雲』か、今頭の中にある妄想を書せていただきますので、またよろしくお願いします。
ごきげんよう。
久々の短編です。
またマニアックな設定でお送りします。
ちょっと志摩子さんが変態かもです。
飼っているペットが突然しゃべり出したら、みなさんはどう思われますか?
やっぱり怖いですか?
それとも嬉しいですか?
私は志摩子。藤堂志摩子。
銀杏とか、百合根とかが大好きなごく普通の女の子。
リリアン女学園の2年藤組。
『白薔薇様』をしています。
最近、乃梨子と『姉妹』になりました。
乃梨子、可愛いです。
あと、実家では猫を飼っています。真っ白で綺麗な猫です。
「ねえ、みんなは動物って飼ってる?」
祐巳さんが唐突な質問をみんなに投げかけます。
「いきなりね、祐巳」
「すみません。なんだか気になってしまって…由乃さんは?」
「私?れ「令様、とか言わないでよ」
「ななな、そそ、そんなわけないでしょ…」
「言おうとしてたじゃん」
「よしの…ひどいよ…」
「全くね、由乃ちゃん。もう少し令を敬ってあげて?」
「祥子もひどいよ!!」
「わかりました、祥子様」
「………うぅ…」
令様、なんて不憫なんでしょう…
でもへたれなところが魅力…と言いますか、へたれを取ったら何も残らない人なので仕方ないですね…
「じゃあ、乃梨子ちゃんは?」
「わたしですか?実家で柴犬を…菫子さんのところでグッピーを飼っています」
「柴犬か、いいな〜。つぶらな瞳とか、くるんとした尻尾とか可愛いよね〜」
「そうですね」
「でも、祐巳さんも柴犬みたいで可愛いわよ?」
「もう、志摩子さん!」
ちょっと頬を膨らませる祐巳さん。そんなところが可愛らしい。
「待ちなさい、志摩子」
「はい?祥子様」
「祐巳は柴犬じゃなくてたぬきよ」
「お、おねえさま〜。それはひどいですよ…」
「ふふふ…」
「お姉さまったら…それで、あの、お姉さまは…」
「そうね。庭の池で錦鯉を10?20?だったかしら…を飼っているわ。世話をしたことが無いから『飼っている』とは言わないかもしれないけどね」
「凄いわね…」
令様を飼っているつもりの由乃さんの方がよっぽどすごいと思うわ。そんなこと言うと何されるかわからないから言わないけど。
「志摩子さんは?」
「私?」
「志摩子さんちは裏に山があるからカブトムシとかいっぱいいそうよね。羨ましいわ」
「由乃さんは虫、平気なの?」
「ある程度はね。Gは嫌だけど」
「そんなの好きな人なんていないよ、よしの…だから…だから…」
「令ちゃん?」
「わかったよ…何も言わないよ…何も…」
「由乃様の令様の扱いって…」
「普通よ、普通」
「………うぅ…」
予想以上に由乃さんは…何も言わないでおきましょう…
「話それちゃったね。で、志摩子さん」
「家には白い猫がいるわ。私が幼稚舎の頃、拾ったの」
「ずいぶん長生きね、その子」
「そうなんですよね。でも老いて来ている様子もないんです」
「そうですよね。この間しま…お姉さまの家に遊びに行かせてもらったときに見ましたけど、すっごく綺麗な子ですよね」
「ええ。毎晩私にすり寄ってきて、指を必ず舐めてくるの」
「うわ〜。それって凄く可愛いよね?!」
「ええ。自慢の子よ」
「はあ…たぬき飼ってみたいわ…」
なぜか祐巳さんの方を見ながらつぶやく祥子様。
それのせいで空気が微妙になり、この話は完結しました。
「ふぅ…すっかり遅くなってしまったわ…」
放課後、乃梨子の家に寄っていたら凄く遅くなってしまいました。
一応両親には遅くなると伝えてはありますけど、これでは怒られてしまうかもしれません。
今日は凄く星が綺麗です。
でも、新月なので月は出ていませんから、少し不気味です。
「ただいま帰りました。遅くなってすみません」
「志摩子、お帰りなさい。次からはもう少し早く帰ってきなさいね?」
「はい、お母様。夕飯は乃梨子のところで摂ってきました」
「それは連絡してくれましたから大丈夫ですよ」
「乃梨子と一緒にいるとついつい時間を忘れてしまいます」
「ふふ、いいことね」
「はい」
「お風呂に入ってしまいなさい」
「はい」
部屋に戻ると私の飼い猫『マシロ』が出迎えてくれました。
「ただいま、マシロ」
「んにゃ〜ん」
「ふふふ…」
今日も指を舐めてきました。
可愛いわ…乃梨子もこんな風に…やだ。私ったら…それじゃあ変態さんだわ…
さっさとお風呂に入ってきてしまいましょう…
カポーン
「いいお湯でした…」
お風呂にはいってさっぱり。さあ、明日の予習をしてしまいましょう。
その前に、マシロとちょっと遊びましょうか。
いいえ、楽しみは後に取っておくものです。
……?部屋の中から妙な気配です。マシロのものではありませんね…
でも、部屋にはマシロしかいない筈…
ちょっと怖いですけど…
「どなたかいるのですか?」
部屋に入ったら…
「に、にゃ〜ん…」
素っ裸の女の子がいました…
彼女は胸と大事なところを隠しています。
それが余計にいかがわしく見えます。
いけません。鼻血が出そうです…
「貴女は誰ですか?」
「わ、わたしは……マシロです…志摩子様…」
「そんなはず…」
でも、思い返せば思い当たる節が…
彼女は拾って来たその日から全く姿が変わっていないのです。
そして目の前の少女は、耳のある場所に猫耳が生えています。
いわゆる『獣耳』というやつです。
そしてプリンとした可愛いお尻から尻尾が生えています。
髪型は乃梨子のようにおかっぱ。
それらの色はすべて真っ白。
「そ、そんなに見つめないでください…志摩子様…」
「ご、ごめんなさい。貴女とマシロの共通点を探していたものだから…」
「そうですよね…急には信じていただけませんよね…」
「でも大丈夫よ。貴女の尻尾が二本である以外はすべてマシロと一致しているから信じるわ」
私の言葉に顔を綻ばすマシロ。なんて可愛いのかしら…
また見入ってしまう。
「あ、あの、志摩子様…」
「な、何かしら?」
「服を…くださいませんか?すみません…さすがに裸でいるのは…」
「ご、ごめんなさい」
彼女に似合う服を探してあげる。
下着の方は私のもので十分だった。これはいろんな意味で楽しみ…あ、いや。なんでもありません…
もう夜なので、寝まきでいいかしら…
「志摩子様、長襦袢があると嬉しいです」
「え?肌蹴やすいわよ?」
「その…パジャマってやつはなんか…」
「そう…わかったわ」
長襦袢を取り出し彼女に渡す。
「ありがとうございます」
「いいえ。着方はわかる?」
「はい。志摩子様がきているのを見ていましたから」
「そ、そんなこと…恥ずかしいわ」
「ふふふ。ごめんなさい」
「ふふ」
落ち着いた感じの彼女でしたが、本質はやっぱり猫なので…
「志摩子様〜。遊びましょ〜?志摩子様〜」
宿題をやっている時に遊べと催促してくる。
「もう少し待っていて?」
「は〜い…」
しばらくすると髪の毛の先がうるさい。
「ふん!ふん!」
「何をしているの?」
「あ、すみません。志摩子様の髪の毛でちょっと…猫じゃらしっぽく遊んでました」
「邪魔をしないでね?」
「は〜い…」
邪魔をするな、というよりそんな可愛い事をしないでほしかった。
髪型とか、つり目なところとか乃梨子と通じるものがあるので理性が…あ、なんでもありません…
今度は本棚で何かしているようです。
「志摩子様。この女の子、何で服をお召しになってらっしゃらないのですか?」
「そ、それは!!マシロ!!見てしまったのね!!それは私の『乃梨子メモリー』…」
「それで、志摩子様」
「ねえ…」
「はい?」
「『好奇心猫を殺す』っていう言葉、知っていて?」
「え?」
「こうなるのよ!!」
「にゃーーーーーー!!!!」
「ぅぅ…しみゃきょしゃみゃ…ひどいでしゅ…」
「はぁはぁ…わかった?こうなるのよ…」
彼女が窒息する寸前までくすぐり続けました。
「わかりました…静かにしています…」
「そうして頂戴…」
消灯して布団に入ると彼女も入って来た。
「ねえ、マシロ…どうして貴女は…何年も姿が変わらなかったの?」
「それは…わたしが…志摩子様に拾っていただいたとき、既に半妖だったからです」
「半妖?」
「はい…半妖になってしまうともう元の猫には戻れません…後は死ぬか…妖怪になるかのどちらかです…」
「そう…だったの…」
「だからあの時、志摩子様に拾っていただけて凄くうれしかったです」
「……」
「だから…せっかくだから志摩子様にお礼を言いたくてこうして『猫又』になったんです」
「それは…嬉しいわね…でも、どうやって『猫又』になったの?」
「それは志摩子様の体液を少しずつ貰いました。志摩子様はわたしを飼ってもいいとご両親から許可をいただいたとき、わたしに口付けをなさいましたよね?」
「…え!あれがどうしたの?」
「わたしたち一族のしきたりです。『口付けを交わしたものから力を得ることが出来る』」
「で、でもそれ以来…」
「わたしが志摩子様の指を舐めていたのはそれです」
「あ、ああ…汗ね」
「はい。指なのでごく微量だったのでこんなにも時間がかかってしまいましたが…助けてくださって本当にありがとうございました」
「いいえ…私も本当にうれしいわ。こんなにも貴女に愛してもらえているなんて…」
「志摩子様、こんなわたしですけどこれからもおそばに置いてくださいますか?」
「もちろんよ。私の方からそばにいてほしいとお願いしたいもの」
「志摩子様…大好きです…これからもよろしくお願いします」
「私の方こそ。よろしくね、マシロ」
「はい」
ふふふ。これからもっと楽しくなりそうね…
飼っているペットが突然しゃべり出したら、みなさんはどう思われますか?
やっぱり怖いですか?
それとも嬉しいですか?
私は最高の喜びを感じました。
あとがき
人外ヒロインを書いてみたかっただけです。
すみませんでした…
※2009年8月24日、少し加筆しました。
ごきげんよう。
今回は少し雰囲気を変えてみたいと思います。
時期的にはレイニーブルーのあたりです。
『もう、いいんです』
そう言って祥子から逃げてきた。
聖様や景さんの励ましがあったが、次の日、学校には行きたくなかった。
祥子とバレンタインデートの待ち合わせをしたK駅にやって来た。
ただあてもなく何処かへ行くつもりだった。
最も遠くまで行ける値段を払い切符を購入する。
おそらくこれが最期の旅になるだろう。
ちょうど到着した電車に乗り込む。
とても空いていた。
しばらく景色を眺めてみる。
行ったことのない方面なので景色が真新しいが大して面白くない。
どれほどまでに祥子の裏切りはこのいたいけな少女を傷つけているのだろう。
いつもなら元気に充ち溢れている可愛らしいどんぐり眼はまるで死人であるかのように光が無い。
買った切符で行ける限界のところまで来た。
とりあえず電車を降りてみる。
『桐の木』という名前の駅だ。
駅の中を歩いていたら4番線のホームにやって来た。
先ほどよりも空気が重く感じられた。
帽子を深々と被った不気味な駅員が切符を売っていた。
「あのう、この路線は何処まで行ってますか?」
とりあえず切符を買うことにした。
「『別れ道』までです…」
「じゃあ、そこまでの切符をください」
「………お嬢さん…本当にそこまで行くのかい…?」
「どうしてですか?」
「……ふふふ…もしかしたら、もう戻ってこれないかもしれないよ…?永遠に…」
「………」
少し怖い気もしたが。大好きなお姉さまに裏切られ、全てが嫌になっていた祐巳は、
「お嬢さん、どうするね?」
「そこまでの切符をください」
切符を買ってしまった。
「………くくく…わかりました…終点『別れ道』までは780円になります…」
祐巳は律儀にもきっちり780円払った。
「……はい、丁度ね……良い旅を…」
「………ありがとうございます」
そんな祐巳と不気味な駅員のやり取りを他の駅員がいぶかしげな表情で眺めていた。
今にも朽ち果てそうなベンチに座って電車を待っていると、古ぼけた電車が2両編成で『ギシギシ』と嫌な音を立てながらホームにやって来た。
『この列車は、折り返し『桐の木霊園』発、『別れ道』行きの普通列車です。ただ今から車内点検をいたしますので、しばらくホームでお待ちください』
ちょっと待て。『桐の木霊園』?
この駅は『桐の木』じゃなかったのか?
まあいいか。この路線はさっきの路線とは違う会社が運営しているのだろう。
しばらくして電車のドアが開いた。
祐巳の他にも何人かの乗客がいるが、なぜか全員不気味な雰囲気だ。
電車はゴトゴトと重苦しい音を立てながら殺風景な景色の中を進んでいく。
一駅停まるごとに乗客が減っていく。
新たに乗ってくる客は居ない。
しばらくすると前の車両にも後ろの車両にも祐巳以外、誰もいなくなっていた。
こんなところでもわたしは孤独なのか…
なんという皮肉だろう。
凄く悲しくて声をあげて泣いてしまった。
『別れ道、別れ道。終点です。お降りの際はお忘れ物の無いよう、お気お付けください』
ついに終点だ。
「お嬢さん、忘れものは無いかね」
「びっくりした!」
さっき切符売場にいた駅員だ。どうやら車掌も務めているらしい。
「それはすまんね…それで忘れものは?」
「ないですよ」
「………ククク……本当かい?本当に何も忘れていないのかい?」
気持ち悪い人だな…
「ないです。大丈夫です」
「そうかい。ならいいよ…お嬢さん、あんたがそれでいいならね…それじゃあ…」
そう言い残し不気味な駅員は電車の中へと戻って行った。
駅を出るとまだ線路が続いているのが見えた。
なぜかそちらに足が向かっていた。
木製の半分腐った電柱が等間隔に、これまた半分腐ったような電線を通している。
おそらくこれは休止線扱いの廃線なのだろう。
きっとさっき使った路線は赤字路線でここから先は廃止にせざるを得なかったに違いない。
一歩進むごとに空気が重くなるのを感じる。
それでもなぜか引き返すことが出来ない。
そして、『本当の』終点に着いた。
とても広い駅に着いた。
駅の構造は5島6線になっている。
かなり栄えていた駅だったのだろう。
駅の名前を表記したプレートはすでに朽ち果てていて文字を読み取るのは不可能だった。
たぶん一番線だった場所には錆びついた車両が放置してあった。
その哀愁漂う姿は、自分自身に重なって見えた。
祐巳はその車両に手を触れてみた。
日が当たっているにもかかわらず、その車体はとても冷たかった。
まるですべてを拒否した自分のように…
「お前…わたしみたいだね…」
「そうね…今の貴女はその子よりも冷たい…」
いきなり誰かの声がした。
「うわあ!!」
「あらあら、大きな声。みんなは静かな方がいいから大声出さないで」
その声の主は…
「ししし、志摩子さん?!どうしてここに?!!」
白い服を着た志摩子さんそっくりの女の人が立っていた。
「しまこ?私はしまこじゃないわ」
「え?じゃ、じゃあ貴女は誰ですか?」
「知りたいの?でも、まだ人として生きていきたいのなら私の正体は訊かない方がいいわよ」
「どうして?」
「言葉には霊力があるの。私が自分の名前を明かしてしまったら、それが貴女の心を貪り、貴女を人では無いものに変えてしまうわ」
「じゃあ、いいです」
「それより、貴女はどうしてここに来たの?」
「普通に歩いてきました」
「そう…貴女は迷い込んでしまったのね…」
「迷い込む?」
「ええ…この場所は貴女のような人が踏み入れてはいけない場所…でも今の貴女にように心に闇があると呼び寄せられてしまうの」
「心の闇…」
「そう…例えば、誰かにひどい事をされて怨んでいるとか。そういうの無い?」
「ひどいこと?………あります…」
「そう…話してくれるのなら、お願いしてもいい?」
「はい…」
祐巳は祥子にされた事、瞳子にされた事等を淡々と話した。
「それで…わたし…辛くて…もう死にたいです…」
「死にたいの?」
「はい…ちょうどいい場所ですよね…」
「それはやめた方がいいわよ」
「どうしてですか?」
「貴女のように不義理を犯している人間は死をもってしても楽になることはないわ。未来永劫、成仏することもなくただ延々と彷徨い続けることになるだけ」
「不義理って?」
「今貴女が学校へも行かずこんなところにいることによって、貴女のご両親や友人、そして貴女がお姉さまと慕っている少女、みんな心配しているわ」
「え……?」
「貴女は自分は孤独だと、そう思っているのね?」
「…はい」
「でも実際はそうじゃない。さっき話してくれたお姉さまのことだっていい方へ考えればいいじゃない」
「いい方へ?」
「そう。最近貴女に対する行動は、何か大変なことになっていて大事な貴女を巻き込みたくない、そこから来ていると」
「え?」
「大好きな貴女を思って、辛いことに巻き込みたくないのよ」
「でも…どんなに辛くても…わたし、お姉さまのそばに居たい…」
「なら、逃げるのではなくて、面と向かってそう言えばよかったと思うけど?だから貴女たちはすれ違ってしまった」
「……あ…」
その言葉に涙が出そうになってしまった。
「わたし…自分のとこしか考えてなかった…お姉さまに…ひどい事をしちゃった…」
「それは相手も同じよ」
「……でも……でも」
「ふふふ…でもね、それでいいのよ」
「…え?」
「大好きな人とはケンカしたくないし、しないのが理想よね」
「はい…」
「でもね、それはあり得ないのよ。自分と同じ人間なんて存在し得ないのだから、当然考えていることだって違うわ」
「そうですね…」
「だから言葉が大事なのよ」
「はい…」
「それと、ケンカするのだって大事なのよ」
「どうしてですか?」
「ケンカして、仲直りして、そうやって人の関わりは強くなっていくの。ケンカしなくてもうわべだけの仲良しなんて価値は無いわ」
「……」
「だから貴女たちはチャンスなのよ。もう一度しっかり話し合えばきっとわかり合える。以前よりも素敵な関係を築くことが出来るわ」
「はい!」
「いい返事ね。それなら大丈夫よ。それじゃあ私をしっかり見ていてね」
「…はい?」
『何が見えるか…それが重要だから…しっかり集中するのよ…』
彼女は耳ではなく心に聞こえるように言ってきた。
そして彼女を激しい閃光が包み込んだ。
眩しかったので目を瞑ってしまった。
『祐巳』
その時、お姉さまの声が聞こえたような気がした。
目を開けると志摩子さんに似た女の人はいなくなっていた。
『今、貴女が感じた声は貴女が今、真に求めているもの。さあ早く、走って。遅れてしまったら二度と手にすることはできないから…もう振り返ってはだめよ』
彼女の声が心に聞こえてきた。
「わかりました!」
急いで走る。きっと電車が出てしまったらわたしは二度とお姉さまに会うことはできない。
一歩戻るごとにどんどん足が重くなっていく。
この場に巣くっている何かが、わたしを帰らせないように邪魔しているのだろう。
負けるもんか!
早く帰ってお姉さまに謝るんだから!!
もう許してもらえないかもしれない。でも、そんなの関係無い。
だって、わたしのお姉さまは世界一だから!!
「はあはあ…あと少し…」
駅が見えてきた。
すでに電車は到着している。
『ピー!』
車掌が笛を吹いた。
早くしないと!
早くしないと!!
「待ってーーーー!!!」
「おやぁ?」
車掌が気付いてくれた。
早くしろと手招きしている。
「……はあはあ…まに…あった」
わたしがそう言うと、車掌はニヤッと笑った。
「………お帰り。間に合ってよかったね…わしが言ったことの意味がわかったかい?」
「……はい」
「……ふふふ…そいつは良かった。さあ、出発だよ…」
『桐の木、桐の木。終点です』
あれ?さっきは『桐の木霊園』だったのに…まあいいか。
それより凄く眠い…
「……お嬢さん。今度は忘れ物が無いみたいだね…もう忘れちゃだめだよ…」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあ、気を付けて帰るんだよ…」
「……は…い…」
わたしは意識を手放した。
「お客さん、お客さん。どうしました?起きてください」
だれかがわたしを起こそうとしている。
「ふあい…」
「気分でも悪いのですか?」
「いいえ…『別れ道』まで行って帰ってきたら疲れちゃいまして」
「『別れ道』?それは何処ですか?」
「ええ?そこの4番ホームから出ている路線の終点ですよ」
「4番ホームなんてありませんよ」
「ええ?!だって…あの帽子を深く被った駅員さんは?」
「……そんな人いませんよ」
「……そんな…」
「タヌキにでも化かされたんですか?」
「……」
「とにかく次の電車がK駅行きの終列車になりますから」
「うそ?!」
「本当です。ご利用なら準備してください」
「は、はい!!」
お姉さまには今日中に会いたかったが無理だろう。
明日、朝一番にお姉さまの家に行って…迷惑かな…
家に帰ったらきっと大目玉に違いないが、山で会った女の人の言葉を思い出す。
怒られるのは嫌だが、わたしを思ってのことだから仕方ない。
改札をくぐり駅の出口に行くと、そこには…
「お帰りなさい、祐巳」
お姉さまが立っていた。
「お、お姉さま?!どうしてここに?!!」
「なぜか貴女がここに来るような気がしていたのよ」
「お、おね…」
「全く、心配したのよ?」
「おねえさまーーー!!!」
わたしはお姉さまに駆け寄り、抱きついた。
お姉さまは何も言わずにわたしの頭を撫でてくれた。
「祐巳、ごめんなさいね」
「お姉さま?」
「ここ数日、おばあ様の容体が悪くて、貴女との約束を破ってしまって」
「そう、だったんですか」
「我が家のことだし、優しい貴女のことだからきっと一緒に悩んでしまうと思ったから黙っていようと思ったのだけど…余計に辛い思いをさせてしまったわね」
「わたしも…自分のことしか考えていませんでした…ごめんなさい」
「おばあ様にね、聞き分けのいい子なんていないのよって怒られてしまったわ」
「お姉さま…」
「貴女は人一倍我慢強い子だから、それに頼りすぎてしまって…」
「お姉さま…」
「これからはちゃんと話しあいましょうね、祐巳」
「はい…お姉さま」
わたしが乗ってしまったあの路線。
由乃さんが調べてくれたけど、結局そんな路線は見つからなかった。
知らないうちにとんでもないものに乗っていたようです。
『別れ道』から帰って来た次の日、志摩子さんがわたしにウインクしてきたけど…まさかねぇ…
それより、今貴方が乗ろうとしている電車は本当に大丈夫ですか?
あとがき
レイニーブルーで怪談話を書いてみました。
全然怖くないですけど。
祐巳ちゃんは負の感情が溜まりすぎてしまったばかりに霊界に足を踏み入れてしまった、という設定です。
すみません。あり得ないですよね…
レイニー物を書いてみたかっただけです。
本当にごめんなさい。
なお登場する駅名はフィクションです。言うまでもないと思いますが…
やっぱり、祥祐はいいですよね。
※もう、酷すぎです。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
さわやかな朝の挨拶と爆発音が、澄みきった青空にこだまする。
マリア様のお庭に集う戦士たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、人知れず修羅場をくぐり抜けていく。
汚れを知らない心身と武器を包むのは、深い色の制服。
スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、使命を果たすのがここでのたしなみ。もちろん、敵を前にしながら走り去るなどといった、情けない戦士など存在していようはずもない。
私立リリアン女学園。
明治三十四年創立のこの学園は、もとは華族の令嬢のためにつくられたという、伝統あるカトリック系お嬢さま学校である。
東京都下。武蔵野の面影を未だに残している緑の多いこの地区で、神に見守られ、幼稚舎から大学までの一貫教育が受けられる乙女の園。
時代は移り変わり、元号が明治から三回も改まった平成の今日でさえ、十八年通い続ければ温室育ちの純粋培養お嬢さまが箱入りで出荷される、という仕組みが未だ残っている貴重な学園である。
水野蓉子【No:3024】、藤堂志摩子【No:3026】、鳥居江利子【No:3036】、福沢祐巳【No:3038】は本来であればそのお嬢さまとして出荷される予定だったのだが、ちょっと間違ってしまったために、とても奇妙な学園生活を送る羽目になってしまった。
これは、そんな彼女たちの物語である。
胸騒ぎの月曜日は「今ここに福沢祐巳を妹とすることを宣言いたします」を経てお茶会に突入した。
蔦子さんに促され、蓉子は祐巳さんを妹にする事と祥子の嫌がった仕事の因果関係を説明する事になった。
「今年の山百合会の劇はね、『ルパン三世カリオストロの城』よ。クラリスはもちろん祥子でしょう」
祥子は警備対象である。
舞台に立たせている間はどうしても無防備になるので狙われやすい。舞台袖で見ていて襲撃阻止のために乱入すれば祥子は無事でも芝居は台無しになる。
それならば逆に立ち回りをやっても違和感のない舞台でリリアンで上映できるぎりぎりの演目という事でこんなものになってしまった。
「リリアンと花寺はお互いの文化祭でお手伝いを出し合うのが恒例で、カリオストロ伯爵は花寺の生徒会長と決まっていたの」
「昨日まで令が伯爵の台詞を読んでいたではありませんか」
「私は代役ってきいてたけど」
祥子は反論するも令にあっさり否定される。
「で、祥子がごねたもので、黙らせようと、ちょっと痛いところをついたら爆発しちゃったの」
「ちょっとですって!?」
妹一人作れない人間に発言権はない、と言ったのがグサッときたらしい。
「でも、『誰でもいいから妹にしろ』っていう意味ではないわよ」
「祐巳の事はずっと面倒みます。面倒を見て、立派な兵士にしてみせます」
兵士? と表の世界しか知らないお嬢さまたちが首をかしげる。
「あ、いや、とにかく一人前にしてみせます!」
その後、祥子が正式に妹にと申し込むも、祐巳さんにお断りされ、もめた末に、当日までに祐巳さんを妹に出来ればクラリス役を降板してもいいという事にした。
同時進行中の「男(O)嫌いを克服(K)して貰って僕(牧)もお嬢さま(場)の警備に加われるようにしてね大作戦」略して「OK牧場大作戦」をスムーズに展開させるため、役の交代になった場合でも手をつながせる配役を考えなくてはならない。
そこまで考えたところで迎えが来た。蓉子は頭の中を切り替えた。
同じ月曜日。
学校が終わって、某所にいた志摩子は頭を抱えた。
「紹介します。祥子の警備担当の水野蓉子さん。小笠原家付きの忍者で祥子担当の藤堂志摩子さん。JFK操縦者の鳥居江利子さん」
主君より紹介された人物は、表の世界でよく知っている人物だった。
気まずく挨拶を交わした後、主君より本題が言い渡される。
「2週間後のリリアン女学園高等部の学園祭に乗じて、国際テロ組織が祥子を狙ってくるという情報を得ました。それで、皆さんにはチームを組んで祥子を守っていただきたいと思ったのですが、残りの一人が遅れているので、具体的な話はちょっと待ちましょうか」
「いえ、もう来ています」
部屋の奥の方から声がする。
聞き覚えのある声、まさかと思いながらそちらを見る。
「なんの予備知識もなく依頼人に会うほど自信家ではないもので」
「あなた、どこのゴルゴ13よ」
江利子さまが呆れたように突っ込む。
「き、君は!? いつから部屋に?」
「いや、誰だかもう、わかってますから。話を進めてください」
うろたえる主君に、蓉子さまは突っ込む。
「私が残りの一人、佐藤聖です。ごきげんよう」
ウィンクをしながら笑顔で登場したのは、やっぱり志摩子のお姉さまで白薔薇さまの聖さまだった。
なんという展開。タイトルで読者はだいたい分かっていただろうけど。
(私がこの世界に入った意味って、一体……)
後で調べたところ、ご両親が裏の世界の「プロ」である聖さまは小さい頃からそのお手伝いをしていたため自然に裏の世界で育ち、高等部に上がる頃には「プロ」になってしまったらしい。
あの頃は家を継ぐ気がなかったとはいえ、何故、きっちりと調べておかなかったのか悔やまれてならない志摩子だった。
それぞれの役割分担と情報交換をするうちにこんな意見が出た。
「福沢祐巳さんはどうする?」
突如祥子さまの妹候補として躍り出たのが彼女である。
疑いたくはないが、もし、彼女がテロリストの関係者であれば大変な事になるし、逆に普通の生徒であれば大変な事に巻き込んでしまう。
「山百合会の劇に出すって名目でそばに置きましょう。そして、疑惑があったら速攻排除」
「それで守り切れる?」
「志摩子はクラスメイトだったわね」
志摩子は祐巳さんをマークする事に決まった。
祐巳さんを調べたが、普通の人らしく特に気になる要素はなかったが、昼休みなどは祐巳さんとご一緒する事にした。
祐巳は祥子さまの代役のみではなく、いつの間にか割り当てられた銭形警部として山百合会の劇に出る事になった。
祥子さまがピンクとブルーの蛍光ペンでクラリスと銭形警部の台詞に印をつけた台本をくれた。銭形警部はすぐに覚えたが、クラリスは全部覚えきれなかった。
稽古は進むが、花寺の生徒会長の柏木さんと対面してから、祥子さまの様子がおかしくなった。蔦子さん曰く、芯の通ったアルデンテではなく、竹輪になったという。
どんどん時間は過ぎていく。
祐巳は自宅でテレビも見ずにクラリスの台詞を覚えた。休み時間には志摩子さんに付き合ってもらって時計塔から落ちるシーンの練習をした。
なんでこんなに頑張っているのか自分でもわからなかったが、自分はクラリスの代役なのだから、万一に備えるのに越したことはない。
そして、学園祭前日が来た。
「じゃあ、最後に祐巳ちゃんのカーチェイスやって終わりね。何度も言うようだけどここは見せ場の一つなんだからね」
「はーい」
おもちゃのような車を操って、カーチェイスを繰り広げた。
伯爵の部下になった由乃さんが幅寄せしてくる。
(あれ……? 由乃さん)
これは本来銭形警部を演じる方の仕事であって祐巳がクラリスの時は祥子さまの仕事である。「なんで私がモブ」といいながらも、ちゃんと仕事はしていたのに。
「祐巳ちゃん、大成功」
「本番でもこれくらいスムーズにやってくれたら、あとは多少台詞トチっても許すからね」
「でも、祐巳ちゃんがここまで頑張るとは思わなかったわ。本番が楽しみね」
祐巳は慌てて訂正した。
「お誉め頂いて恐縮ですが、本番は祥子さまがクラリスです」
「あ、そうか」
「そういえば祥子は?」
「伯爵もいないわ」
「とにかく探しましょう」
留守番役に由乃さんを残し、二人一組で祥子さまを探した。
「やめてったら、離して!」
祥子さまの悲鳴が聞こえてきた。祐巳と白薔薇さまは我先にと走り出した。
「おのれ柏木、テロリストだったか……!」
白薔薇さまの声に祥子さまと柏木さんが振り返る。
(えっ……? えーっ!!)
「どういう事が説明してもらおうじゃないの、柏木さん」
駆け付けた紅薔薇さまが銃を突きつけながら一歩前に進み出た。
「ちょっと待った。僕の話も聞いてくれ!」
柏木さんはホールドアップとなった。
「問答無用。祐巳ちゃん、守衛さんを呼んできて」
「いけません、私。紅薔薇さまが困るから」
「え? 私?」
紅薔薇さまが聞き返す。
「銃刀法違反で紅薔薇さまが警察に連れて行かれるの、困りますよね」
「こ、これは……舞台で使ったモデルガンじゃない」
紅薔薇さまはそう言いながら、銃をしまった。
「皆さま、お騒がせしてごめんなさい。柏木さんがテロリストと言うのは誤解です」
祥子さまがそう言って頭を下げた。
「彼、柏木さんは──私の従兄で、くれるといった『ピプシロホドン』とそのナビゲーターを今さら返せと言ってきたの」
「いや、あれをやるだなんて言った覚えはない! そう言って小笠原の人間はいつもいつも柏木のものを──」
「身内のやり取りなんてよそでやりなさいよ、よそで!」
蓉子さまが突っ込むと、祥子さまが講堂の方に向かって走って行ってしまった。
柏木さんが追いかけようとしたが、ギンナンを踏んづけて転んでいたところを肩を押して転がした。
「ごめんなさい、柏木さんじゃだめなの!」
祐巳は後を追った。
日曜日。
志摩子はその時、部下からの連絡を受けて不審人物を追っていた。
「待って!」
中等部の校舎に追い詰めたところでマシンガンで反撃された。
「えっ!!」
防弾繊維で作られた制服のおかげで何とか助かるが、逆に追い詰められてしまった。
「志摩子!」
聖さまの声がすると手榴弾が敵めがけて飛んで行った。慌てて声の方に走ると、背後で炸裂音がした。
「今の時間、こんなところに誘い出すとは、陽動か!」
「急ぎましょう、お姉さま」
志摩子と聖さまは高等部の敷地に戻った。やはり銃撃音がする。
茂みに隠れて蓉子さまがサブマシンガンを構えて敵の様子をうかがっていた。
「蓉子……何じゃその格好はっ!」
聖さまは突っ込んだ。
「仕方ないでしょっ! クラスの喫茶店の手伝いしてて抜けてきたんだから」
蓉子さまはメイドの着ているエプロンドレススタイルで、何故か猫の耳のようなものがついたカチューシャをつけていた。ご丁寧に、首輪のようなチョーカーには鈴が付いている。
志摩子はノートパソコンを取り出し作業を始める。
「紅薔薇さまのネコ耳メイドって……ただでさえ別の仕事が入ってて忙しいのに断らなかったの?」
アサルトライフルを準備しながら聖さまが言う。
「クラス委員がクラスを放ってはおけないわよ」
発射しながら蓉子さまが反論する。
「でも、3年椿組ってネコ耳メイド喫茶だっけ?」
聖さまが援護射撃を始める。
「コスプレ喫茶よ。『蓉子さんはこれ』って言われた衣装を着ただけ」
蓉子さまは再び様子をうかがう。
「でも、ストッキングは自前でしょう? しかも、あのガーターベルトだよね?」
聖さまも様子をうかがう。
「ええ、『ストッキング用意して』って言われてね。あなたがバースデープレゼントにくれた黒のやつ」
志摩子はキーを打ち間違えそうになる。
「パンストにしなかったんだ」
「ガーターベルトだとナイフとか挟めて便利なのよ」
いかがわしい会話を聞きながら、志摩子はEnterキーを押した。
敵の背後で爆発が起き、飛び出してきた敵を聖さまと蓉子さまがしとめた。
「そろそろ、楽屋入りの時間よ。いきましょう」
三人で楽屋に向かった。
楽屋の更衣室に祐巳と祥子さまが到着したのは1時5分前だった。
「どこへいってたの! 12時半までに集合って言ったでしょう!」
次元大助の衣装を身に付けた紅薔薇さまがすごい形相で二人を迎えた。
「遅れたらまずごめんなさいでしょう」
「ごめんなさい」
「気が気じゃなかったのよ。二人そろって消えたのかと思ったわ」
「まさか」
黄薔薇さまが背後霊のように現れて髪を整えてくれた。峰不二子が銭形警部の髪を整えるのはどこか滑稽で楽しかった。
「ところで伯爵は?」
「約束の20分前に来て、待機してもらってる」
石川五ェ門の令さまがネクタイを締めてくれた。
「ところで、二人は何をしていたの?」
もみあげをつけてルパン三世に化けた聖さまが興味津々って感じで尋ねたので、学園祭デートの模様を語った。
「本番前にカレーを……」
「うらやましいわ。あなたたちには、緊張というものがないのね」
薔薇さまたちは口々に言った。
幕の間から観客席を見ると思ったよりずっと大勢のお客さんが入っていた。
舞台の上にはカーチェイスを行う山道のセットが準備されていた。
そして、「ルパン三世カリオストロの城」の幕が上がった。
やはり、というか。
想定されていたがテロ組織の襲撃があった。
江利子はゴーグルをつけJFKを操作していた。
敵も舞台を利用して狙ってきているせいか、芝居は全く破たんしていないどころか盛り上がっている。
何度も本物の爆撃やら銃撃やらが起こり、観客が巻き込まれていないか不安になる。
現在、クライマックスシーンに突入し、蓉子の同僚やら志摩子の部下やらも入り混じり大混戦で、ルパンの聖はクラリスの祥子を連れ出した。
追ってくる伯爵の声が微妙に違うのは、敵が柏木さんと入れ替わったらしい。
「えっ!?」
声がして振り向くと、セットの時計塔の文字盤がゆっくりと起き上っていく。
こんな演出はない。
文字盤は当初垂直だったが、実際にやってみると危険だったので、45度に寝かせて演技する事になったのだ。しかし、敵の仕業だろうか、垂直になってしまった。
何とかしたいが、江利子自身、舞台に立ってマシンガンで応戦中なのだ。
文字盤から、クラリスの祥子を連れて伯爵とルパンの聖が出てきた。
祥子は垂直になってしまった文字盤に固まっている。
ここは聖に任せるしかない。
「その子に手を出すな。その子に指一本でも触れてみろ」
聖はワルサーP38を構える。台本と違っているが、観客が不自然に思わなければなんとでもなる。
伯爵も銃を構える。
「きゃっ!」
ルパンの聖と伯爵の銃が火を噴き、クラリスの祥子がバランスを崩して落ちた。
JFKを戻そうとするが、江利子自身に襲いかかってくるものがいて、一瞬反応が遅れた。
「しまった!」
その時、銭形警部の祐巳ちゃんが動いていた。
クラリスの祥子をかばうように下敷きになる。
文字盤の方では、伯爵がゆっくりと倒れ、ルパンが飛び降りる。
挟まれてなんぼの伯爵は台本通り時計の針に挟まれた。
敵の排除が終わり、乱入者たちが撤退を始めた。
江利子も撤退して、あとはラストシーンである。
ルパンの台詞を言って、聖が引きあげてきた。
「くそー、一足遅かったか。ルパンめ、まんまと盗み追って」
「いいえ。あの方は何も取らなかったわ。私のために戦ってくださったんです」
「いや、奴はとんでもないものを盗んで行きました」
銭形警部の名セリフで幕が下りる。
「あなたの心です」
「今回、それを盗んだのは、あなたではなくって?」
最後に祥子がアドリブをつけて終わった。
柏木さんは、楽屋で気絶させられているところを志摩子に発見された。
ファイアーストームを眺めて祐巳ちゃんはぼんやりとしていた。
「探したわ」
祥子が立っていた。
「ちょっと、いい?」
「はい」
二人はマリア像の前に移動する。
「これ、祐巳の首にかけてもいい?」
それは、ロザリオだった。
「賭けとか同情とか、そんなものはなしよ。これは神聖な儀式なんだから」
「お受けします」
「ありがとう」
祥子はそっとロザリオをかけた。
「あ」
二人同時に呟いた。
祐巳ちゃんは意識を失った。
「ちょっと、同じ事を繰り返すわけっ!? 芸がないんだから」
蓉子は同僚たちに文句を言う。
「あー、もうちょっと楽しませてくれてもいいのにっ!」
祥子がむくれて言う。
祐巳ちゃんが車に乗せられて去っていく。
「あー、あの子もこっちに入れちゃうんだ。小笠原は恐ろしいねえ」
聖が呟くように言う。
隣で志摩子が困ったような顔をしている。
「まあ、面白くなりそうじゃない」
江利子が笑った。
このメンバーと月とマリア様だけがみていた。
『改めて両親に紹介しようと思ってね』
そんなに改まらなくてもいいと思ったけど、まあ、取り合えず正式にって事なの? なんか、頬辺りが緩む。 でも、いまどき珍しいようにも思うけど。
『まあ、会いたがってるのは確かだしね。 大丈夫だよ』
うん、そうだよね。 実際何度かお会いしているわけだし、うまく立ち回って印象は悪くないはず。
『さあ、着いたよ』
・・・・・・? なんだろ? 以前来た時と若干雰囲気が違う気がする・・・・・・家の周りが・・・・・・?
あれ? なんかずいぶん寂しいような気がする。
『どうしたの由乃さん? ほら入って』
祐麒くんが、玄関を開けて待っていてくれる。 私は、なぜか周りに民家の見あたらない福沢邸に招き入れられた。
以前訪問した時と同じ玄関。 ただ、土間からすぐ階段になっている。 改装でもしたのかしら?
『大丈夫だから』
そう言いながら、祐麒くんは土足のまま登り始めた。 いいの?
『うん、大丈夫。 気にしないで』
じゃあ、靴を履いたまま失礼します・・・・・・。
しばらく登ると、階段は石段に変わった。 それも、古びて放置されかけている神社やお寺の苔蒸した石段だ。 って、どう考えても二階は登ってると思うんだけど・・・・・・、どこまで続いてんのよ。
『あ、由乃さん、いらっしゃい』
あ、祐巳さん・・・・・・、どこから出てきたのよ、周りに隠し扉なんかは無さそうだけど。
『そっか〜、うんうん由乃さんなら大丈夫だね、がんばってね』
・・・・・・なにが大丈夫で、なにをがんばるんだか・・・・・・あ〜いい、いい。 改まって言わなくていいわ・・・、それより祐巳さん。 顔色悪くない? 目の下にくまが有るみたいだけど。
『へっ? ・・・・・・・・・・・・あっ!』
どこからともなく鏡を取り出した祐巳さん、目の下のくまを確認するやクルリと後ろを向き。 ポケットからなにやら取り出す。 ”キシュッ!”っと瓶入り飲料を開けるような音。 ゴキュゴキュッと喉を鳴らし何かを飲んでいる。 でもね祐巳さん、腰に手を当てて飲むのはどうかと思うわよ。 ちらっと見えた瓶からすると『ファイト〜〜〜!! いっぱ〜〜つ』ってヤツのようだ。 瓶にフタをしてポケットに納めてから、ペチッペチッと頬をたたき、こちらに向き直る祐巳さん。
『ほら、大丈夫だよ』
なにが大丈夫なんだか、いまいちよく分からない。
『由乃さん、由乃さん。 その包みはなに? おいしそうな匂いがするんだけど』
これ? 手ぶらで来るのもなんだったから、令ちゃんに作らせた太巻き寿司よ。
油揚げはダメだって言ったのに、あのヤロ〜にこやかな顔して、いなり寿司作り出しやがったから木刀で折檻して。 そしたら今度は、油揚げを刻んで巻き寿司の具に入れようとしやがったから、関兼定の日本刀で肩をポンポンって叩いて”ニッコリ”笑ったらようやく揚げを使うの諦めたって言う、ちょっとしたドラマがあった巻き寿司なのよ。
『わ〜〜い、令さまの太巻きは甘めだからおいしいんだよねぇ〜。 今夜はごちそうだ〜〜〜』
そう言うと私の手元からサッとお重をさらって”ピョ〜ンピョ〜〜ン”っと石段を跳ね登って上へと消えていった。
なに? あれ? 私は祐巳さんの跳ねていった方を指さす。
『大丈夫だよ』
いや、もう、ほんと、なにが大丈夫なんだろ、さっきから。
石段はまだ続く。 何段あるんだろ? とっくに福沢邸の屋根は突き抜けてるはずだけど。
『やあ、よくきたね。 さあ、どうぞどうぞ』
ようやく登り終えた私を迎えてくれたのは、祐麒くん祐巳さんのお父さまとお母さま。 いや、顔は知ってるんですけどね。
しかし…その場所というのが・・・・・・。
ソファーとテーブル、キャビネットが置いてあるその奥には、廃屋チックなお寺・・・・・・。 右手には緑青が浮かんだ釣鐘が下がっている鐘突き堂。 本堂の左手奥に幽霊でも出てくればピッタリの古井戸が見える。
『さあ、遠慮なく座って。 もう顔見知りではあるけれど一つ祐麒のことをよろしくね。 それで祐麒、例のことはもう話したのか?』
『いや、まだ話してないよ。 みんな揃っての方がいいかなって思って』
は? なんのこと? 福沢家にはなにやら秘密めいたことがあるらしい。
朽ちかけた本堂の中から、祐巳さんがニコニコしながらお茶とお菓子を運んで来る。 そして、その後ろにはなぜだか・・・・・・。
菜々? 何でここにいるのよ?
『私も、祐巳さまや祐麒さんのお仲間だからです。 今日は、由乃さまがお仲間になられるというので、馳せ参じたしだいです』
え? な、なんなの? なんなのよ?! 仲間って、え? 私の知らないところでなにが起きているの?!
『由乃さん、俺たちは・・・・・・・・・・・・狸なんだ』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
・・・・・・はい〜? ゆうきさん・・・。 狸とおっしゃいましたですか?!!
『多摩丘陵の開発から逃れて、人間の中で生活することを選んだ末裔……』
『末裔はちょっとな〜、お父さんだって少し戦ったんだぞ』
ぇぇぇ・・・・・・、そりゃ〜、祐巳さんは小狸とか言われているけど・・・・・・。
『祐巳が小狸なんだったら、よく似ているって言われてる俺だって小狸でしょ』
あぁぁぁ・・・でも、そんな風には見えないわよ祐麒くんは。
『まあ、祐巳の方が化けるの下手かな? でも、髪のこの辺なんか狸っぽいなって思わない?』
そう言いながら、外側に跳ねている髪を”ちょいちょい”っとなでる。 あ〜ぁ、それってそう言う意味なのか。 え〜〜と、じゃあ、菜々は?
『私はごらんの通りタレ目ですから』
タレ目の人はみんな狸なのか?! 全国のタレ目の人にあやまんなさい!
『化けるのにエネルギーいるのよ、さっきみたいに疲れてきちゃうとくまが出ちゃったり。 まず顔にでるのよねぇ〜、っで、栄養ドリンクを飲んで補給するの』
さっきのはそう言うことなのね。 えらいお手軽な気もするけど。
『さて、そう言うことで。 由乃さんには人間から狸に変化してもらわなきゃならないんだけど』
『由乃さま、怖いのは最初だけです』
『狸生活は楽しいわよ〜』
『由乃ちゃんなら大丈夫よ』
『『『『『 そいやっさぁ〜〜♪ 』』』』』
掛け声とともに五人は見事な宙返りをした。 ”ボ〜〜〜ン”っと煙が上がる。 ゲェッホッ・・・・・・。 結構むせるわねこの煙。 煙が晴れるとそこには、どっかのアニメのようにデフォルメされた、ちゃんちゃんこを着た狸が5匹立っていた。
祐麒くんが立っていた所にいた狸が”ずいっ”と前に出ると、何かを差し出した。 なんかマニアックな人達が好きだと噂に聞いたことのある物のように見える・・・・・・ネコミミカチューシャ?
『さあ、由乃さん、このタヌキミミカチューシャをつけると、由乃さんも化けタヌキになれるよ』
『祐麒と付き合うのなら、やはり狸になってもらわなくてはね』
『私とスールになるのなら、やっぱり狸である必要があります』
『冬に便利よ、天然の毛皮を着ているんですもの』
『由乃さんは、タヌキフェティダになるのね、タヌキネンシスとお揃いだ〜。 あれ? ちょっと語呂が悪い? タヌフェティダの方がいい?』
なに言ってんだか祐巳狸は・・・・・・あ〜〜の〜・・・・・・ち、ちょっと、そんな、デフォルメタヌキに迫られるのって、なにげに怖いんですけど。
タヌキミミカチューシャが、今まさに、私の頭に乗っかろうとする。
『お姉さま、大丈夫です』
いやぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・
・・・
・・
・
ぁぁ〜〜〜〜・・・・・・ぁぁ・・・あ・・・?
え? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・夢・・・・・・?
どうやらDVDを見てる途中で寝てしまったらしい。
液晶テレビにキャプチャー画面と陽気な祭り囃子風のBGMが流れてる。
そしてコタツの上には「平成狸合戦ポ○ポ○」何でこれ借りてきたんだっけ?
「鬼平犯科帳:復活の鬼平、赤く染まる陣羽織」
「暴れん坊将軍:激闘!吉宗vs踊るマハラジャ 血飛沫のマツケンサンバ、60分一本勝負」
この二本のどっちにしようと悩んだあげく。
「平成狸合戦○ン○コ」
・・・・・・いや、まあ〜これも面白いんだけど、デートの帰りに何でこれ?
まあ、デート帰りに、くだんのDVDどっちか借りようとするのもどうかと、今思えばするけど。
だからあんな夢見たのかしら?
なんなの? あの人が狸って、しかも菜々まで・・・・・・まあ、祐巳は・・・・・・や、やっぱり狸顔よね。
ってか、婚約指輪渡してくれた相手を狸呼ばわりする気は、私にはない。
DVDのパッケージの手前に無造作に置いてある・・・・・・寝入ってしまうまで、頬をゆるめてその存在を実感しつつニマニマしてたんだろう、我ながら他人様に見せたくは無いわね。
小さくて上品なビロードの指輪ケース。
そんなに重いわけではないが、私と祐麒にしてみれば、それこそ人生動かすほどの重みが十分ある。
あ、ひょっとして、夢の中でさんざん 『 大丈夫 』 を連発してたのは、私の不安の現れだったりするのかしら?
ぅぅ・・・・・・・・・・だめだ、なんか不安になってきた。
私は指輪ケースに手を伸ばす。 そうでもしないと不安に押しつぶされそうになる。
不安で不安定だよぉ〜。
”ポ〜〜ン”
指先が触れようとした時、いきなり指輪ケースが横に真っ二つに割れて煙が立つ。 そしてその中から、ダイヤモンド製の狸が現れた・・・・・・・・・・・・。
いやぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・
・・・
・・
・
ぁぁ〜〜〜〜・・・・・・ぁぁ・・・あ・・・?
え? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・夢・・・・・・?
どうやらDVDを見てる途中で寝てしまったらしい。
液晶テレビにキャプチャー画面と陽気な祭り囃子風のBGMが流れてる。
そしてコタツの上には「平成狸合戦ポ○ポ○」何でこれ借りてきたんだっけ?
「必殺仕事人! 主水赤いきつねか緑のたぬきで迷う」
「天地人 壮絶、八王子城の虐殺」
この二本のどっちにしようと悩んだあげく。
「平成狸合戦○ン○コ」
面白いのよこれも、途中で寝ちゃったけど・・・・・・寝る・・・・・・・・・。
私はきょろきょろと周りを見回す。
「あ、ぃたたたっ・・・・・・」
二度あることは三度ある。 おもいっきり頬をつねっちゃったわよ。
でも、何なのかしらね、最初の夢の中で見た夢は・・・・・・なんか、ずいぶん器用なまねしたような気がするけれど、夢の中で夢って。
祐麒くん、祐巳さん、菜々が狸で、やたら登場人物が『 大丈夫 』と言ってた。
その『 大丈夫 』は、二度目の夢、祐麒くんから婚約指輪を貰ったことに対する自分自身の不安、ってことなのかしら?
コンヤク・・・、ユウキクン ト・・・・・・ イヤダワ〜 ・・・ ワタシッテバ、ソンナコトヲ、モウ カンガエテイタノネ・・・。
まあ、夢は夢よね。
貰った指輪が狸に化けるって・・・・・・日曜夕方に放送している某国民的アニメのエンディングで、白い猫がするみたいに腰をフリフリ動かしてたわよ、ダイヤモンド製の狸が光輝きながら。
今、コタツの上にあるのはDVDのパッケージと、テレビを見ながらいじっていたロザリオ。
令ちゃんから貰い受け、今度は私が菜々に渡す・・・・・・予定・・・。
「・・・・・・・・・・・・」
ちょっとの期待、ちょっとの不安。 ロザリオを指先でいじりながらいろいろなことが頭の中に渦巻く。
『 …… おねえさま、大丈夫です …… 』
「・・・・・・・・・大丈夫・・・だよね・・・」
ロザリオを制服の胸ポケットに納めて、DVDプレーヤーの電源を切った。
〜 お・ま・け( 当初はこうしようと考えていました )〜
電気を消して床に就くと、頭の中でさっきの夢のことがグルグルしはじめた。
夢なのよ…なんで…なんで……なんで、ちょっとでも大きく……。 胸に夢を見られなかった私、なんか腹が立って来た。
ダメだ眠れん。 こういう時は発散するに限る。 理不尽だとは分かっている、百も承知だ。
私は、床から起き上がると窓を開け放ち、屋根伝いに発散場所へ向かう。
多少暗いが慣れたもの、カラカラッと令ちゃんの部屋の窓を開ける、鍵を掛けていないとは無用心な。
朝練を欠かさない令ちゃんは寝るのも早い。
ベットランプが点きっ放し。 また少女小説でも読みながら寝てしまったんだろう。
「令ちゃん! ちょっと起きてよ!」
反応なし。
「令ちゃんってば! もう! 狸寝入りしてんじゃないわよ!」
ガバッと、力ずくで妙にフリルの多い羽根布団を引っぺがす。
・・・・ いやぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
・
・
・
・・・・・・> デフォルメタヌキが寝ていた。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 了 〜 〜 〜 〜
ごきげんよう。【No:3043】の後日談です。別名続きです。
せっかくくっついた由乃さんと志摩子さんをただイチャつかせたいだけです。
はじめに、令ちゃん、ごめんなさい。
祐巳視点です。
祐沙ちゃんと静様がお別れをしてから少し経って2年生になりました。
毎日長電話をしているらしく、電話料金がかさんでしょうがないよ、と祐沙ちゃんが嬉しそうに教えてくれました。
特に事件もなく、平和な日々が続いています。
事件らしい事件といえば、少し遡るけど、やっぱり由乃さんと志摩子さんが恋人同士になったことだと思います。
新聞部の取材が凄かったのを憶えています。
由乃さんたら取材の時に志摩子さんにキスしちゃうし、それを見た令様が『黄薔薇革命』再来、みたいにショックを受けていたし…
早く令様、立ち直らないかな…
ちなみに由乃さんは剣道部に入りました。
まだまだおぼつかないところばかりらしいけど、体を鍛えて強くなって志摩子さんを守っていきたいっていうのが入部した動機だって言ってました。
それを聞いた志摩子さんの嬉しそうな顔といったら…こっちまで幸せになりそうでした。
放課後、今日も山百合会の仕事で薔薇の館に来ました。
きっと由乃さんたちがすでに来ていてイチャついてるんだろうな…
こっそり、こっそり…
ビスケット扉に耳を当てて中の様子を窺います。
「う〜ん…何も聞こえないな…居ないのかな…」
まだ誰も居ないのか、物音がしません。
「ばれてないよね」
はたから見れば今のわたしは凄く怪しいと思います。
「祐巳。何しているの?」
「中の様子を窺っています」
「そんなことしてどうするのよ?」
「それは…ってお姉さま?!」
驚いた!だって物音がしなかったよ?
「何驚いているのよ。変な子ね」
「うぅ…すみません…」
「で?中には誰かいる?」
「居ないみたいです。てっきり由乃さんたちがいるかと思ったんですけど…」
「最近あの二人、凄いものね。その二人ならミルクホールに寄ってから来るってさっき話をしたわ」
「そうなんですか」
「だから早く中へ入りましょう」
「はい、お姉さま」
「うわぁ!」「令?!」
「うぅん…?」
中に入ると令様がいました。
正直怖かったです…
「どうしたのよ?」
「ああ…ちょっと考え事をね…」
「もしかして由乃ちゃんの事?」
「まあね…正確には由乃と志摩子がいつから…ハア…」
見ていられないよ…
「「ごきげんよう」」「ごきげんよう、お姉さま方」
しばらくすると由乃さんたちが乃梨子ちゃんを伴ってやって来た。
「「ごきげんよう」」
「……ごきげんよう」
一人元気の無い返事をする令様。
そんな令様を見て…
「令ちゃん…いつになったら立ち直るのよ…」
「だって…由乃は私のカードを…」
「ハア…まだその事を根に持ってるの?いいかげんにしてよ。私たち、いつまでも依存しあったままだといつまで経っても成長できないわよ?」
「そうなんだけど…いきなりすぎるよ」
「令様…『黄薔薇革命』で何を学んだんですか?」
志摩子さん…地雷だよ、それ…
「志摩子には何も言われたくないよ…由乃と付き合ってるんだからさ…」
「ねえ、令。私も由乃ちゃんたちと同じ意見よ。乗り越えなさいよ。まだチャンスがあるかもしれないわよ?」
「祥子だって…最近祐巳ちゃんとラブラブじゃない…」
「私に八つ当たりしないでほしいわね」
「あの…令様って本当に『ミスター・リリアン』だったんですか?」
「乃梨子ちゃんまで?!」
「あ…いや…すみません…」
「乃梨子、空気読まなきゃだめよ?」
「はい…しま…じゃない…お姉さま」
それを貴女が言いますか?志摩子さん。
乃梨子ちゃんは入学して2週間ほどで志摩子さんの妹になりました。
こういうのはインスピレーションよって言っていたけど、由乃さんの影響がもう出始めてるな…
「由乃さん、お茶入れるけど何がいい?」
「そうね…今日はオレンジペコで」
「わかったわ」
嬉しそうに流しに向かう志摩子さん。今日は志摩子さんがお茶を入れる日。毎日交代で入れています。
「はい、由乃さん」
これまた嬉しそうに入れてきたお茶を由乃さんに渡している。そんな志摩子さんに由乃さんは…
「ありがと、し・ま・こ」
「きゃあ!」
お礼を言うと同時に志摩子さんのおしりを触った…
「あ〜もう!可愛い声ね、志摩子ったら」
「もう!由乃ちゃん?!みんなの前ではだめだって言ってるじゃない!!」
ん?『由乃ちゃん』?
「ねえ、志摩子」
「はい?」
「由乃ちゃんのこと、ちゃん付けで呼んでいるの?」
「え?あ!そ、それは…」
「ねえ志摩子。もうふだんからちゃん付けでいいじゃない」
「で、でも…公私混同は…」
「そんなの誰も気にしないわよ。それに今さら『さん付け』なんて他人行儀で嫌だわ」
「そ、そう?」
「そうなの」
「わかったわ。私もね、ちょっとさん付けって嫌だったの」
「ふふふ…」
嬉しそうに微笑みあう二人。この二人のせいで何回沸騰しそうになったことか…
「うぅ〜よしの…」
「なあに?令ちゃん?」
「なんでもない…」
「もう。情けない声を出さないの」
もうどっちが姉なのか分からない…
「令は家でもこうなの?」
「家では…もっとうるさいですよ」
「よしの?!ひどいよ!!」
「ひどいのはどっちよ。志摩子を呼ぶとだいたい乱入してくるんだから…」
「え?最近志摩子家に呼んでないじゃん…」
「あんまり令ちゃんが私たちの語らいを邪魔するから、最近お泊りする時は志摩子の家に行ってるの」
「ええ?!」
「志摩子の家っていいわよ。自然がいっぱいあって静かで…ご両親もいい人たちだし」
「由乃ちゃんのご両親だって気さくな方たちじゃない」
「そう?」
「ええ」
また妙な雰囲気になっている…
「ねえ、もしかしてもう…」
「当たり前じゃない。バレンタインデートの時に志摩子の家に行って『お嬢様を私に下さい』って言って来たわよ」
「由乃さん、やることが早過ぎだね」
「もちろんよ。志摩子みたいないい女、誰が男共なんかにやるもんですか」
「そ、それで志摩子の両親はなんて?」
「すっごい驚いていたけど、庭に出て土下座したら真剣なんだって受け取ってもらえてOKしてもらえたわ。チャンスは一度きりが条件だけどね」
さすが由乃さん。武士道の精神を持つ女…
「あの時の由乃ちゃん、勢い付け過ぎて小石がおでこに刺さって血が出ちゃっていたわね」
「そうだったかしら?必死だったから憶えていないわ」
「由乃ちゃんたら」
「志摩子は幸せ者ね。こんなに真剣に思ってくれる人がいるなんて」
「はい。私は世界一の幸せ者です」
「お姉さまは由乃様のご両親には?」
「もちろんご挨拶に伺ったわ。大丈夫だったわ」
「そりゃあ志摩子みたいな女の子が来たら断れないよ」
「そう?」
「うん…」
「じゃあ…プライベートではイチャイチャしまくりなんだ」
「そうなるわね」
「よしの〜」
令様、最近ボキャブラリーが低下しているな…
「はあ…うるさすぎるホトトギスっていうのも考えものよね…」
「ホトトギスって?」
「『鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス』って言うじゃない?」
信長?!由乃さんってちょっと信長っぽいと思うけど…
「そうね」
「令ちゃんの場合、鳴きすぎなのよ」
「ひどいよ由乃!!」
「『五月蠅いぞ 舌を落とすぞ ホトトギス』ってどう?」
「由乃ちゃん…」
「舌を落とすぞってどういう意味なの?!ねえ!!」
「少しは静かになるでしょ?」
「由乃さん、容赦ないね…」
「そんなことないわ。限度ってものがあるから」
「かっこいいわ、由乃ちゃん」
「そう?」
由乃さんの一言でさらに令様が落ち込んでしまいました…
「ね、ねえ祐巳。祐沙ちゃんは最近どうなの」
「祐沙ちゃんですか?」
「祐沙、まだ一人暮らししてるのよね?」
「うん。その方が何かと都合がいいからって」
祐沙ちゃんは相変わらず一人暮らしです。
お友達を呼んだりするときとか便利だもんね。
「わたしもお泊りに行ったりしてるんですよ」
「そうなの」
「紀穂ちゃんとか恋歌ちゃんとかとパジャマパーティーしたりしますよ」
「それは楽しそうね」
祐沙ちゃんは最近、わたしたち福沢家と少しずつ交流するようになりました。
2週に一回くらいうちに来るようになりました。
静様と出会ってからの祐沙ちゃんは以前よりも表情豊かになって、やっぱりわたしと双子なんだなって思います。
紀穂ちゃんたちともお友達になることが出来て嬉しい事がいっぱいです。
「今度私も一緒に行きたいわね」
「そうですか?!きっと祐沙ちゃんも喜んでくれますよ!」
「そう。楽しみね」
「はい!」
「ふ〜ん…。嬉しそうだね祥子…」
「どうしたの令?」
「祐巳ちゃんに祐沙ちゃん。姉妹ドンブリにしたいんでしょ?!不潔だァ!」
「人聞きの悪いこと言わないで頂戴!!だいたい祐沙ちゃんには静さんがいるでしょう?!そんなことしたらどうなるか分からないもの」
ついに令様、やさぐれてきちゃったよ…無理もないかな…
「令ちゃん?いいかげんにしようね?」
「はい…ごめんなさい…」
「志摩子。夏休みになったら太秦に行きましょう?」
「京都に?」
「由乃様、仏像でも見に行くんですか?それはいいですよ」
「ごめん、太秦といったら映画村でしょ」
「あ、そうですね」
「もちろんそういうのも楽しむつもりよ」
「楽しそうね、行きましょう」
「今度計画立てようね」
「ええ」
夏休みか…
「ねえ…静さんは帰ってくるの?」
「そうみたいですよ。祐沙ちゃんがイタリアへっていう話もあったんですけど、修学旅行がイタリアなので」
「そうなの」
「はい。それで静様は夏休み中祐沙ちゃんの所にいるつもりらしいです」
「それじゃあラブラブしほうだいね」
「そうだね。そのために一人暮らししているようなものだし」
「私も一夏中志摩子の家に泊まろうかしら」
「いいわよ。来てほしいわ」
「じゃあお言葉に甘えて、そうしようかな」
「そうしてもいいけれど、仕事がある日に寝坊しないでね」
「わかってます」
由乃さんたちいいな…
「乃梨子ちゃんはどんな夏休み?」
「そうですね。実家に帰ったり…」
乃梨子ちゃんが次の一言を言おうとした時…
「ごきげんよう」
縦ロールの子が入って来た。
「あ、瞳子」
「乃梨子さん。あ、は無いです」
「ごめん…」
「瞳子ちゃん久しぶりだね」
「はい、祐巳様」
最初、瞳子ちゃんとはお姉さまをめぐってぎすぎすしていたけど、お姉さまの仲介やわたしたちの話し合いの末、仲良くなることが出来ました。
やっぱり可愛い子とは仲良くしたいよね。
「今日はどうしたの?」
「乃梨子さんのお仕事を手伝って早く一緒に帰りたいと思いまして」
「瞳子…」
楽しそうに話す瞳子ちゃん。そんな彼女を恥ずかしそうに見つめる乃梨子ちゃん。
「さあ、何をお手伝いすればよろしいの?」
「瞳子待ってよ…」
妙に乃梨子ちゃんに迫っている瞳子ちゃん。
なにかあるのかな…
「早く帰って今日は瞳子のお家でお泊りの約束ですわ」
「瞳子!みんなにばれちゃう!」
「構いませんわ。全く乃梨子さんときたら、いつまでも隠そうとして…そんなだと堂々と乃梨子さんと手を繋ぐことすらできないではありませんか」
「え?」
「もしかして…」
「乃梨子は瞳子ちゃんとお付き合いをしているの?」
「あぅぅぅ…そう…です…」
「乃梨子ちゃんさあ…最初リリアンなんて頭痛いとか言ってなかった?」
「由乃様…そう…でしたね。ですけど…出会ってしまったものはしょうがないといいますか…瞳子…可愛いんですもん…しょうがないじゃないですか…」
「乃梨子ちゃん…染まったね…」
「そうですよ…いいじゃないですか…今幸せなんですから…」
「乃梨子さん…瞳子も嬉しいですわ。休暇に入ったら乃梨子さんの実家に行ってご挨拶しなければいけませんね」
「瞳子ちゃん?松平はカナダに行くんじゃ?」
「瞳子は残ることにいたしましたの。乃梨子さんの事をお話したらそうしなさいって」
こっちのカップルも速いな…
そう言えば令様がやけに静かだな…
「はあ…もう由乃に振り回されるのはもうごめんだよ…」
うわぁ…心からの叫びっぽい…
「なんか言った?令ちゃん。全く…私の令ちゃんはもっとかっこいい筈なんだけどな…」
「ごめんよしの…なんにも言ってないよ…何にも…」
……
な、何はともあれもうすぐ夏休み。
高校生活2回目の夏休み。
今まで以上に楽しくなりそうだな。
あとがき
宗教裁判、ロザリオの滴をすっ飛ばしていきなり黄薔薇注意報です。
令ちゃん不憫すぎです。すみません。
へたれを克服できた時、きっと幸せをつかむことでしょう。
この後レイニーブルーはありません。
外で雨粒の音がする。
「今日傘もって来てますか?」
「忘れたわ。それより人間って、美しいと思わない?」
「まったくそのとおりですね」
「言葉を交わすことで伝えにくい気持ちを伝えるだけならず、愛情や友情を確かめあえるのよ?」
「で…これが友情を確かめられた私の結果って訳ですか?」
私は不満げな顔でゆっくりとアコーディオンを持ち上げながら声の主に返事をする。
「いいえ、愛を確かめたのよ」
「はいはい、じゃいけんの罰ゲームで言葉も何もないでしょう。それでお目にかないましたか?…よいしょ」
アコーディオンを音楽室の楽器保管部屋に置いてまた音楽室に戻る。
「百点よ!!!!」
「静さま邪魔ですどいてください」
戻った途端に目の前で腕を広げた人間に一瞥し避けてまだある楽器を手にする。
「ツンデレね?この後デレが来るのね!」
「静さま」
「あ、あらなにかしら?」
「邪魔だから帰ってくれませんか?」
「ぐふぅっ!」
まったくいつまでドアの前に立っているんだか…
「く、わ、分かってるわね祐巳さん。ツンからデレの落差が萌えだということを…。これでデレがきたらやばいわ」
大体の楽器は片付いたかな。
後は鍵を掛けて終わりか。
「静さま、大体片付いたので鍵かけたいんですけど」
「あーら、まだ片付いていないわよ!」
「え?」
周りを見回しても楽器は特に見えない。
「ふふふ、見落としてるわね。私の愛と言う名の楽器をアナタの体という名のケースで包み込んでいないじゃない!ゴフッ」
一瞬イラッとしたが気がついたら私の拳が静さまのお腹にめり込んでいた。
「ああ、どうやら愛と言う名の楽器は打楽器のようですね。もうちょっと演奏してから片付けますよ」
「ごめんなさいすみません、鍵かけてきます」
シュンとした顔で窓の鍵のチェックをしていく静かさまを横目でサボってないかチェックしながら私は荷物を片付けようとしたが、カバンがない…
「どうかしたの?」
そこに窓の鍵を見回り終わった静さまが話しかけてきた。
「えぇ、荷物を整理しようと思ったんですけど…って何ですかそれ」
「ん?なに?」
「いつの間にそんなゴツイ肩幅になったんですか。ていうかもう何入れてるんですか」
「ひ、酷いわ祐巳さん!私が背中にカバンを隠してるって言うの?!」
「…カバンとは言ってませんが」
「……酷い!」
「どっちがですか!いいから返してください!」
「だって返したら帰るつもりでしょ!」
「はい?そりゃ帰りますよ」
「…帰らせない」
「え?今なんて…」
さっきまでの張った声とは全く質の違う低いトーンの声が急にきて一瞬何て言われたが分からなかった。
「訳の分からないこといってないでさっさと帰りましょう」
私はそういってドアを開けようとするが鍵が閉まってるのか全く開かない。
「ふふふ、帰らせない。窓も閉まってるし逃がさないわよ」
「はぁ…」
私は深いため息をつく。
「な、なによ!私と一緒にいるのは嫌なの?!」
「いえ、嫌というかなんと言うか。馬鹿ですか?」
「馬鹿とはなによ!」
「いやだって、普通に教室の鍵は内側から開くようにボタン式ですよ?」
「…あ……」
「はぁ…」
近くにあるイス二つを適当にとり、腰を掛け、静さまにも一個薦める。
「どうぞ」
「うー、ありがと…」
「で、どうしてこんなことしてるんですか?」
「だって、せっかくの二人きりだし、ちょっとでも一緒に居たいじゃない」
膨れっ面の彼女は私を見ずにぽつぽつ話し始めた。
「…そうですか」
「それなのに祐巳さん、すぐ帰りたそうにするしすぐ楽器片付けるし…」
「まったく考えが足りませんでした」
「どうしてそんなに早く帰りたかったの?」
「それは…」
私が戸惑ってるといつの間にか目線をこっちに向けて興味深げに眺められていた。
「静さまが傘持ってきてないって言うし。雨午後ぐらいで止むって天気予報でいってたから…」
「ん?どういうこと?」
「鈍い人は…嫌いです」
しばらく静さまが考えた後凄くうれしそうな顔をして自分のカバンと私のカバンを手にとってドアの鍵を開けた。
「ほら、早く早く!」
「急に元気にならないでください」
「さーて、今から帰るわけだけど。私は傘持ってないわ。困ったどうしましょう?」
今までにないぐらい楽しげな顔でこっちを見てきてる。ため息混じりに案を3つ出してみる。
「その1、全力で雨を避けながら走る」
「却下!」
「その2、帰らない」
「…却下」
「その3、す、好きな人の傘に入れてもらう」
「採用よ」
私は傘を広げて静さまの横につく。
「じゃあ帰りましょうか…」
「ええ、でもゆっくりね」
「校門まで20分掛けて歩いてみせますよ」
-fin-
※いつものようにネタバレの嵐です。
薔薇の館。
江利子、蓉子、聖、令、由乃が揃っていた。
「えー、では、これより会議を始めます」
仕切っているのは江利子である。
「今日の議題は『お釈迦様もみてる ウェット or ドライ』が2009年10月2日発売についてです」
「ええっ、まんが王でもまだ上がってないのにやるのっ?」
驚く聖。
「でも、webコバルトの来月のラインナップには入っていたわ」
冷静に言うのは蓉子。
「ところで、他のメンバーはどうしたの?」
聖が聞く。
「このSSは『お釈迦様もみてる ウェット or ドライ』の時系列に合わせたてあるから、正式メンバーでこの場にいないのは祥子ね。でも、祥子は『花寺の話の時は決まって逃げていた』という『マリア様がみてる』(無印)の設定があるから免除されているの」
蓉子が解説する。
「志摩子は? 『マリア様がみてる いとしき歳月(後編)』の『片手だけつないで』で手伝いに来る事になってるでしょう」
聖が聞く。
「確かにね。祐巳ちゃん1年の6月といえば、志摩子について『手放すのがもったいなくなっちゃった』とか志摩子が呼び捨てにされて心地いいとかのあたりだから、来てもいいはずだけど」
「その件については、志摩子さんから手紙を預かってきています」
由乃が手紙を差し出した。
手紙にはこう書いてあった。
『キリスト教の教えではBLは大罪です。
教義に反する本の宣伝には出られませんので、今日は休ませてください。
その分「マリア様がみてる」の宣伝活動には力を入れていきます。
藤堂志摩子』
「……この作者の予告SSの志摩子はBL嫌いって設定だったけど、来もしないわけ?」
「いや、わかるけど」
蓉子と聖が笑いながら言う。
ダンッ!!
力強く江利子がテーブルを叩いた。
「雑談はいいから、サクサク進めるわよ。『釈迦みて』シリーズが続けば花寺の文化祭に我々は『ミス花寺』の審査員として登場できるのよ。そのためにも、ほどほどにシリーズを続けさせる必要があるの。わかってる?」
「本当はチョイ役でも熊男の出番を確保するため?」
蓉子が突っ込む。
「そうよ! 山辺さん分が足りないのよっ!」
「いや、『マリみて』のファンはそこまで熊を求めてないと思うけど」
聖が否定的に言う。
「念のため呼びかけてみる? 『熊男が好きで好きでたまらないので熊男サイトをやっていますって方は交流掲示板に名乗り出てください』って」
蓉子が呆れたように聞く。
「いや、この作者は百合スキーだから、求めてないから」
聖が否定する。
「お姉さま、今回の会議は山辺さんサイトを教えてもらう趣旨なのですか?」
「違うわよ! 『お釈迦様もみてる ウェット or ドライ』の宣伝よ!」
令の質問に江利子が逆ギレ気味に答える。
「と、いうわけで宣伝CMを……ちょっと! なんでみんなうんざりした顔してるわけっ!?」
「……だって」
「ねえ……」
蓉子と聖が顔を見合わせる。
「自分の出てないCMなんてやってむなしくないの?」
「こんなの、祐巳ちゃんと祐麒くんに任せておきましょうよ」
聖と蓉子は揃って乗り気ではなかった。
「あら、これは何かしら?」
「し、しまった」
【佐藤聖が気乗りしないで作ったCMらしきもの】
乃梨子は道なき道を走っていた。
祠のところで立ち止まると、後ろから追ってきたアメリカ人みたいな女性が乃梨子を捕まえて聞いた。
「ようこそ、リリアン女学園へ。この学校へは受験で?」
「はい。外部受験で入学しました。『マリア様がみてる チェリーブロッサム』にも、『マリア様がみてる バラエティギフト』収録の『羊が一匹さく越えて』にもその辺の経緯が詳しく描かれています」
聖は乃梨子を捕まえたまま蓉子の方を見て言った。
「監督、台本通りいきません!」
「あなたが企画したCMでしょう!? こっち見ないで続けなさいよ!」
蓉子が叱ると渋々聖は次の台詞を言った。
「元気が良くて活きのいい子は大好きだ。今すぐ紅か白かを決めたら許してやろう」
「志摩子さんと同じ白でお願いします。なお、私、二条乃梨子が白になる経緯は絶賛発売中のCDドラマ『マリア様がみてる ロザリオの滴/黄薔薇注意報』で詳しく描かれていますので、ぜひお買い求めください」
「……」
「ところで、ギャラの仏像写真集は本当にいただけるんですよね」
「約束だ。解放してやろう」
15000円もする仏像の写真集を受け取り乃梨子は嬉々と去って行った。
「あなた、酷すぎよ! 『お釈迦さまもみてる 紅か白か』とのクロスオーバー風CMかと思ったら、全然『釈迦みて』をアピールしてないじゃないのっ! CMは作れない、妹は作れない、それで白薔薇さまなんて名乗るなっ!」
江利子はブチギレた。
「だから見せないようにしてたのに。それに、この時期妹がいないのは原作通りじゃない。それを、酷い……酷い……」
聖はどんよりとしてしまった。
「こんなの放っておいて、蓉子。あなたは期待を裏切らないわよね?」
おでこと目を光らせて、江利子は蓉子に迫った。
「え? ええー、何の事かしら?」
「あなたの用意したCMを見せなさいっ!」
「あっ、まずい……」
【水野蓉子がやっつけ仕事ですませたCMらしきもの】
講堂の舞台に由乃が進み出た。
「一年生の秋になるまで祐巳さんが山百合会に入らず、高等部一年の春から秋までは、短編しかありませんでした。そして、祐巳さんが山百合会に入り、初めてリリアン女学園の一年を知りました。ですから、『マリみて』の世界の空白が、よく見えます。『釈迦みて』はその間の補完の手助けをします。手始めに祐巳さんの私生活から補完していきましょう。私も手術をして改造人間化してネタの提供を怠りません。みなさんと、一緒に頑張ります」
由乃は構わず続けた。
「BL云々と言われた方がいましたが、『マリみて』=百合は常識ですから、我々にその例えは当てはまらないでしょう。また、がちゃがちゃ掲示板では書けないお姉さまとの手取り足取り……」
リンリンと呼び鈴が鳴った。
「島津さん、演説を終了してください」
「18禁、どこが悪いの?」
「これはひどい! うちの孫がいくら暴走系だからってそこまで貶めるとは何事よ! あなた、そんな事だから4期アニメのオーディオコメンタリーに薔薇さまなのに一人だけ呼ばれないのよ、これだから百合要員はっ!!」
「うう、オーディオコメンタリーは中の人の都合だってあるのに……酷い……酷い……」
蓉子はどんよりと落ち込んでしまった。
「令、こうなったらあなたが挽回するのよ」
「え、ええーっ!!」
【支倉令が命令されていやいや作ったCMらしきもの】
希望の丘。
アリスの漕ぐゴンドラがアテナを乗せてゆっくりと水上エレベーターを上がってきた。
灯里と藍華が見守っている。
「こう見えても、私。セイレーンの一番弟子なんですよ」
笑顔を見せ、歌い出すアリス。
今までに見せた事のないアリスの笑顔にちょっと驚いたアテナの表情がやがて穏やかなものに変わる。
カンツォーネが終わるとアテナがアリスの手袋を取る。
ペアと呼ばれる見習いからシングルに昇格したのだ。
「それと」
アテナはもう一方のアリスの手袋に手をかける。
「協会は英断を下しました」
アリスのもう片方の手袋がとられる。
一気にプリマへと昇格したのだ。
「おめでとう。お釈迦さまもみてるウェット or ドライ」
「って、なんでいきなり『マリみて』と関係ない『ARIA』なのよっ! しかも、思いっきりいいシーンでそれは酷すぎよっ! 令、『ARIA』ファンに謝りなさいっ!」
「お、お姉さまが作れと言うから作ったんですよ」
令はオロオロする。
「いいから、謝りなさい!」
「『ARIA』ファンの皆さん、ごめんなさい」
令は涙を流して謝罪した。
「由乃ちゃん、もう、最後の砦はあなたしかいないわ」
江利子は由乃に迫った。
「わかっています。山辺さんも出演するCMを作ったのでご覧ください」
【島津由乃が暇つぶしに作ったCMらしきもの】
「『お釈迦さまもみてる ウェット or ドライ』です」
父親に宣伝しなさいと言われた少女、亜紀ちゃんははっきりとした口調で宣伝を始めた。
「2009年10月2日発売でシリーズ3冊目です」
「『マリア様がみてる リトル ホラーズ』です。絶賛発売中で、シリーズ37冊目です」
「お父さんも出てるシリーズなんだよ」
「買いましょう」
私の言葉に亜紀ちゃんは下を向いた。
「江利子さんに、何かお話はないのか」
山辺さんが、娘に声をかける。気まずい沈黙をどうにかしたいのはわかるけれど、幼稚園生の娘にこれ以上宣伝させてどうする。仕方ない、ここは私が何か面白話でも提供して──。と思ったら、亜紀ちゃんが私に向かって一言いった。
「もう帰っていいですか」
いきなりパンチを食らった気がしたね。
そうですか。あなたも百合派なんですね。
BL本なんか買ったって、お金の無駄というわけですね。
そんな言葉が頭の中でグルグル回って、もう、何も言い返せなかった。
「ちょっと、正に『亜紀、何てことを』な展開じゃないのっ! ……って、みんなどこへ行ったのよっ!?」
薔薇の館にいるのは、気付けばCMを見ていた江利子一人になっていた。
同じころ、薔薇の館の外にはCMを見ている隙に脱出した蓉子、聖、令、由乃がいた。
そして、誰も買わないだろうなと思いながら帰宅した。
翌日、令がどのような目にあったのかはがちゃがちゃ掲示板には書けない話。