【401】 うちら陽気な中等部  (いぬいぬ 2005-08-21 22:22:33)


「瞳子さん?」
「なんですの敦子さん」
「やはり戻ったほうが・・・」
「そうですわ。今ならまだ中等部の敷地内ですし・・・」
「何をおっしゃるの美幸さんまで。私達はたまたま高等部の敷地に近付いているだけですわ」
リリアン中等部三年の、瞳子、敦子、美幸の三人は、高等部と中等部の境目となる地点まで来ていた。
瞳子は平然としているが、敦子はいくぶん腰が引けていた。
「・・・わざわざコートでリボンを隠して?」
「寒いからですわ」
瞳子はさらりと言い訳を口にするが、美幸も不安さを隠せないでいる。
「・・・みんなして髪型まで変えて?」
「気分転換ですわ」
不安げな二人と対照的に、瞳子はなんでもないという口調ですらすらと答える。おそらく、何かあった時のために頭の中でシミュレーションを繰り返したのだろう。
三人は中等部のリボンが見えないようにコートを着込み、それぞれ髪型を変えていた。
瞳子など、特徴的な縦ロールが無く髪を降ろしているので、クラスメートですら気付かないかも知れない。
「もう!お二人とも最初は乗り気だったじゃありませんか!」
「・・・・・・でも」
「まさかこんなに近付くなんて・・・」
今日は二月十四日。高等部で薔薇の蕾達の一日デート権を賭けたバレンタインのイベントが開催されているのである。瞳子達は、その様子を伺おうと、こうして軽い変装までして高等部の敷地すれすれまで来ていたのである。
「お二人とも少し緊張し過ぎですわ。別に高等部に入り込んでイベントに参加しようって訳じゃないのですから、もう少し堂々としていて下さい」
瞳子は演劇部に所属しているので、何かあってもうまく演技で切り抜けられる自信があるのだろう。だが、演技の経験など無い他の二人は、そこまで開き直れなかった。キョロキョロと辺りを見回し、もう逃げ出すタイミングを伺っているようだ。
「もし高等部の方に何か聞かれても瞳子がお答えしますから、お二人は堂々としているだけで良いですわ」
「・・・・・・そういう事なら」
「もう少しだけ近付いてみましょうか?」
現金なもので、厄介ごとは瞳子が請け負うと宣言したのを聞き、二人は笑顔で相談し始めた。まるで帰る様子を見せない瞳子の落ち着きぶりに、二人もやっと安心したようだ。
急に元気を取り戻してきゃあきゃあと喋り始めた二人に、瞳子も思わず苦笑していた。
その時、三人のすぐ隣りの茂みから、一人の少女が突然飛び出してきた。
『きゃあ!』
突然の事に、瞳子までも小さく悲鳴を上げて驚いている。飛び出してきたほうの少女は、一瞬ぽかんとした表情をしたが、三人に気付くと慌てて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!脅かすつもりじゃなかったんですけど・・・」
そう言ってうつむく彼女の胸元には、高等部の証であるタイが結ばれていた。どうやら彼女は瞳子達と違い、正真正銘の高等部のようだ。
瞳子は先程の悲鳴を打ち消すように、コホンと一つ咳払いをすると、茂みから駆け出してきた少女に問いかけた。
「こんな所で何をなさってるんです?」
「あれ?・・・そう言えばココってどの辺だろう?」
「・・・・・・もしもし?」
「あ、あれって中等部の校舎だ。逃げ回ってるうちにこんなトコまで来ちゃったんだ・・・」
「あの・・・私の話、聞いてます?」
会話の噛み合わない少女の様子に、瞳子もどうしたものかと思っていると、突然その少女が問いかけてきた。
「今何時ですか?!」
「え・・・よ、四時三十分です」
あまりに勢い込んで聞かれたもので、瞳子は思わず腕時計を見て素直に答えてしまった。
「あと十分・・・やっぱりあの場所に賭けるしか・・・」
少女とはやはり会話が噛み合わない。一人ブツブツと呟く彼女に、瞳子は慎重に聞いてみた。
「あの・・・紅薔薇の蕾の・・・・・・祥子ぉ・・・さまのカードはもう見つかったのですか?」
「えっ?!」
彼女は突然警戒するように振り返ってこちらを見た。
「紅薔薇の蕾の妹も参加なさっているんでしょう?さしずめ彼女ならカードを見つける最有力候補かしら?」
瞳子は警戒されないよう注意を払いながらも自分の欲しい情報を引き出そうとしていた。しかし、茂みから現れた少女は不思議そうにこちらを見ている。
(何か変な事言ったかしら?)
瞳子が内心ドキドキしている後ろで、敦子と美幸はジリジリと中等部の敷地内へと後ずさっていた。どうやら瞳子をイケニエにして自分達だけでも逃げるつもりらしい。
(・・・・・・イベントに参加しているのに私の顔を知らない?それに後ろの二人、何で中等部の敷地のほうにジリジリと?・・・・・・あ!もしかしてこの子達、中等部?!)
普段はニブイくせに変な時に鋭い祐巳は、瞳子達の正体に気付いたようだ。
(なんか必死で取り繕ってるところが微笑ましいなぁ・・・)
大勢の追跡者に追われているのも忘れ、祐巳は思わず微笑んでいた。
その人懐っこい笑顔につられ、瞳子も微笑んでしまう。
(・・・・・・・・はっ!なんで私まで微笑んでるのかしら?意外と侮れないかも知れないわね、この人。・・・・・・顔は子狸みたいだけど)
少し顔の赤くなった瞳子はそう思い、慌てて笑顔を消した。瞳子が内心失礼な事を思っていると、彼女は服に付いたホコリを払って歩き出そうとしていた。
(祥子お姉さまのカードについての情報は聞けず終いかしら・・・)
瞳子が少し残念に思っていると、彼女はまた唐突に喋り始めた。
「・・・紅薔薇の蕾の妹は、カードの在りかにだいたいの当りをつけて、頑張って走ってると思うよ。・・・彼女をヒントにカードを探してる追跡者を巻きながらね」
それを聞いた瞳子は、少し憤慨してこう言った。
「まあ、そんな卑怯な方達には祥子ぉ・・・さまのカードを見つけて欲しくありませんわね。蕾の妹には是非とも頑張って欲しいものですわ」
勝負するなら正々堂々と行きたいタチの瞳子は、思わず顔も知らない蕾の妹にエールを送ってしまった。それを聞いた高等部の少女は、一瞬キョトンとした顔をしていたが、急に瞳子の両手を掴み、ブンブン上下に振りながらこう言った。
「うん!頑張る・・・ように伝えとくよ!ありがとう!」
またさっきのような人を引き付ける笑顔を浮かべながら。
瞳子は急に顔が熱くなってきた事で、自分が赤面している事に気付いた。
「べ・・・別に応援している訳じゃあ・・・」
そっぽを向きながら、もごもごと言い訳じみた事を呟く。
(私、何でこんなに動揺しているのかしら?・・・きっと急に手を握られたりしたからね、うん。そうよ、それだけよ)
自分の気持ちに無理矢理整理をつけている瞳子に、彼女は尚も微笑みかけてきた。
「ん、でも私も何か元気出たし。やっぱりありがとう!それじゃ、私もそろそろ行くね!」
「あ・・・」
急に離されて熱を失った自分の手を、瞳子は少し寂しい気持ちで見ていた。
(いえ、別に寂しくなんかありませんわ!ただちょっと急に手が寒くなっただけで・・・)
心の中で言い訳をしている瞳子を置いて、彼女は走りだそうとしていた。
「あ!」
彼女は突然急停止して、三人の方にクルリと向き直った。
「誰かに見つからないうちに中等部に帰ったほうが良いかもよ?」
笑顔のまま、そんな事を言い出した。
突然自分達の正体を見破られて、三人は固まってしまっていた。
そんな三人を見て、彼女はもう一度微笑むと、今度こそ何処かへ向かい駆け出していった。スカートのプリーツをばっさばさとひるがえしながら。
彼女が自分達の事を咎める事も無く駆けて行くのを見て、三人はやっと緊張を解く事ができた。
「・・・高等部のお姉さまの余裕ってやつなのかしら?」
走り行く彼女を見送りながら、敦子が呟く。
「少しカッコイイと思いません?あんな方がお姉さまなら良いかも・・・」
なんだか嬉しそうに美幸までもが呟く。
瞳子はさっきまで暖かい手に包まれていた自分の手を見下ろし、
「・・・・・・・・・そうかも知れませんわね」
珍しく素直に同意している。
後ろで「高等部に入ったら、どんなお姉さまと出会えるかしら?」などと喋り出した二人の声を聞きながら、瞳子は彼女の姿が見えなくなるまで、その後ろ姿を見送っていた。
その特徴的なツインテールを。


【402】 志摩子、巻き返し  (OZ 2005-08-22 01:02:35)


293 → 322 → 今回、
更新遅くてすみません、て、言うか忘れられて居たらどうしよう・・・




「いたいた、 志摩子さん。」 志摩子さんは私たちの思い出の桜の下呆けていた、というか上の空だった。
「志摩子さん、ねえ、志摩子さん。」私が静かに声を掛けたが反応が無い。
よく見ると、志摩子さんは口元に笑みを浮べ 『うふふ・・ 祐巳さん可愛い・・ ねえ乃梨子?  なんて幸せなのかしら・ふふ・・ふふふふふ・・・』 いつも天使のような笑顔をしている志摩子さん。  
でも・・・ どうしたのかな? 腐った銀杏でも食べて、おかしくなったの? なんか黒い感情を物凄くいっぱい感じる。

「志摩子さんたら、ねえ志摩子さん!!」 反応が無い。
「し・ま・こ・さ・ん・!!」やっぱり、反応が無い。

クッ、 チクショウ、恥ずかしいが私は「お・ね・え・さ・ま〜〜ん 」 と、 耳元で甘声を出してみた。 
「は!! 乃梨子。」 良かった、効いた。 何とか志摩子さんの意識をこっちに取り戻した。
「ああ・・ 乃梨子、ごめんなさい、ちょっと考え事していて」  すみません、私にはとても考え事には見えませんでした。
「とは言え、乃梨子、腕をあげたわね、私は嬉しいは。」
「は、はあ、恐れ入ります・・・」

気を取り直し 「聞いたよ、祐巳様、記憶喪失になってしまわれたって。」
「ええ、そのようね。」 さらっと志摩子さんは言った。
「志摩子さん、悲しくないの? 下手をすれば祐巳様から私たちの記憶が無くなってしまうかも知れない、私たちと過ごした日々が全部無い物になってしまうんだよ? それでいいの? ねえ!志摩子さん!! 私はそんなのいや!!」 


少しの沈黙の後、志摩子さんが真剣な目を向け私に言った。
「乃梨子、あなた祐巳さんのこと好き? 正直に言って。 ちなみに私は好きよ。」
「ええ・・・ なんと言うか、その、尊敬できる大好きな先輩です。」私の答えに志摩子さんは不満げに、私を見て言った。
「そう、じゃあ、私が祐巳さんを貰っても良いわよね?」 
「へ? 貰う? 貰うって何のことですか? 」一瞬、何のことか判らず変な返事をしてしまったが。
「何って、そのままよ、祐巳さんを私だけのものにして、毎日・毎日、私一人で愛でるの、ああ、もう、考えただけで身もだえるは、ゾクゾク感が止まらないは!! 『いや〜〜ん』 とか 『うふ〜ん』 とか全部独り占め、 あまつさえ、『志摩子さま』なんて言われたら・・・    んもう、最高!! 志摩子ったらはしたない、 キャッ!!」 自分の世界に入っている志摩子さん。 

 何を言っているのだろう? 私のお姉さまは、というか、この人は!?

 なので、私はお姉さまである志摩子さんに聞いた。
「すみません、なんだか、私には理解できません、判りやすく、もう一度説明をお願いします。」
 「そうね、乃梨子には説明不足だったわね、ごめんなさい。 いい、祐巳さん、学校に復帰するらしいのよ。」
「聞いてます、でも、だって、記憶がまだ戻っていらっしゃらないと聞いてますが、そんなことをして祐巳さまは大丈夫なのですか?」
「これは、容子様、あ、容子様というのは祥子様のお姉さまなんだけど、とまあ、この方の提言もあり。『いっその事リリアンに通わせて様子を見てみませか? 』と言う結果になったそうよ。荒療治を兼ねてね、祐巳さんのお母様も反対なさらなかったそうだし。」

「で、でも、いくらなんでもそれは危険な行為なのでは?」
「どうして、危険だと思うのかしら?」
「だって、そうじゃないですか!! 噂に聞けば、病院で祥子様にそ、その・・・ なんと言うか・・・み、操を奪われそうになった、って話じゃないですか!!それと・・」
「ええ、私も聞いたわ、でも、以前の祐巳さんは確かに祥子様のことが好き、これは乃梨子も判っていることでしょう? あと、それと?」
「と、とても失礼かと思いますが、私には祥子様は邪すぎると思います、姉という立場をかさに、あまりにも祐巳さまを独り占めしています!!いろんな意味で卑怯です!! 次にええと、祐巳さまをお慕いしているやからはごまんと居ます、状況を聞けば今の祐巳さまの状態は、言ってみてば雛、そう、生まれたての雛同然!! この状態、ともすれば『インプリンティング』を狙って画策を練ってくるのは至極同然!!」
だんだん熱くなってきた。

そうよ、このままほっとけば私の祐巳さまがどこぞの馬の骨に奪われる可能性だって無くは無い。そんなのいやだ!!
「やっぱり乃梨子も祐巳さんのこと、好きなのね。」
「はい、大好きです!!」お姉さまの志摩子さんも大好き、でも祐巳さまも大好き!!自分に嘘は就けない。
「乃梨子の言うとおり、かなりの数の敵、いえ、お邪魔虫が群れてくることが容易に予想できるは。そんなの許せる?祐巳さんを手篭めにしようと考える輩を。」
「許せません!!」 志摩子さんが耳元でささやいた。
「だから、私たちで いい、わ・た・し・た・ち・で  祐巳さんを保護するの、いい、あくまでも祐巳さんの保護なのよ。」
「ほ、保護・・・なんですか?」
「ええ、保護、そして、その報酬はかわいい、かわいい祐巳さん。想像してみなさい。」

「かわいい、かわいい祐巳さま、 略してかわゆみ・・・  ゆみゆみ・・・」想像でなく妄想してみた。
『乃梨子ちゃん好き・・・ ねえ乃梨子ちゃん?  乃梨子ちゃんは祐巳のこと、好き?』頬を赤らめる祐巳さま
『「好き」ではないです。』
『え!! ほ、本当に? なんで・・・? 』顔を青ざめる祐巳さま
『私は祐巳さまを「好き」ではないです、なぜなら、私は祐巳さまを愛しているからです!!』
『の、乃梨子ちゃんのばか〜〜ん いや〜〜ん』涙を溜めながら私に飛びつく祐巳さま、 いい!! 可愛い、最高にいい!! なんて幸せなのかしら・ふふ・・ふふふふふ・・・ などと、妄想していたら、脳天に凄まじいチョップを食らった。

「乃梨子、私はそこまで大それた想像しろとは言ってないわよね?」そこには、笑顔ながら青筋ピクピクな志摩子さんがいた、怖かった。
素直に 「ごめんなさい。」
「まあ、いいわ、それじゃあ祐巳さんの教室にいって祐巳さんを『保護』しにいきましょうか。」
「はい、『保護』しましょう。」
私と志摩子さんは祐巳さまの教室に向かった、そしたらクラスの前で紅薔薇様とばったり会ってしまった。
「あら、志摩子、こんなところで何をしてるのかしら?」睨みをきかす紅薔薇様
チッ!! 志摩子さんの舌打ちが聞こえた。
「何?というか、薔薇の館に一緒の行こうと私の祐巳さんを迎えに着ただけですけど、それが何か?」
「まあ!!それには及ばないわよ、祐巳は、いいえ、私の祐巳はきちんと姉である私が責任を持って薔薇の館まで連れて行く、これは当然のことなのだから。」
「あら、でも祥子様に任せたらなんだか、言ってみれば薔薇の館ではなくエロエロな館へ連れて行きそうなんですけど?」
「その発言は、宣戦布告と受け取るわよ・・・ 私に勝てると思って? 志摩子?」
「もともと、負け戦はしない主義なので。」
「まったく、何で白薔薇の系譜は紅薔薇にちょっかい出すのかしら?」
「いやですは、祐巳さんだけです。誰が好き好んで祥子様なんかに手を出すと御想いで?」
2人の間にバチバチと火花が飛び散る。

怖い、はっきり言ってここに居たくない!! でも、祐巳さまは『保護』したい。ああ、私はどうしたらいいの?
其の時、2人が動いた、同時に扉に飛び込み、そして・・・教室の扉につまった・・・

「し、志摩子、どきなさい!!」
「さ、祥子様こそ、どいてくださいませんか!!」

「「祐巳(さん)!!」」2人は同時に叫んだ、けど、返事は無い。

「祐巳は、いない、の、かしら?」
「そのようですわね。」

「あの・・・ 祥子様に志摩子さん、祐巳さんなら先ほど由乃さんが薔薇の館に連れて行くと言って、さっさと出て行きましたけど?」
「「へ?」」 ポカーンと口をあける御2人。
「あ、そうそう、『先手必勝!!』って、叫んでいましたわ。」
そうだ!! このクラスには黄薔薇の蕾という強敵が居たことを忘れていた!! これはやばい!! 非常にやばい!!
「志摩子さん!!」
「ええ、行くわよ!! 乃梨子!!」

「よ〜〜し〜〜の〜〜 !!」
走り出した私たちの後ろから、紅薔薇様の怒号と物凄い黒いオーラを感じた。

こんなことに巻き込まれた私は、本当に生きて帰れるだろうか? 帰れなかったらごめんね、菫子さん。




ここは体育館の裏

「祐巳!!」
「は、はい、えっと、よ、由乃さん? で、いいんだよね? ごめんなさい、記憶がおかしくなちゃってるので・・・」
「『由乃さん』なんて他人行儀で呼ぶの止めて!! 前みたいに『由乃』って呼んで、お願い・・・」
「前みたいに? え? それはどういうこと・なの?」
由乃はガバッと祐巳に抱きつき言った。
「祐巳!! 私とあなたは恋人同士なのよ、お願い、私との愛の日々だけは忘れないで。 あと、結婚の約束もしたんだから。」

「そ、そうなんだ、私と由乃さんは恋人で、結婚の約束をって・・・!! うええええええ〜〜〜〜〜〜〜  」

抱きついた肩越しに、ニヤリと微笑む由乃さま。 呆けている祐巳さま。
ふふふ、赤にも、白にも祐巳さんは渡さないわ、ここのまま私だけの祐巳さんにするんだから。ふふふふ・・・




お願いします!! 乃梨子は身が持ちません!! 早く、早く・・・

祐巳さまの記憶、戻ってください・・・

「ふふふ・・・ 祐巳さんは渡さない! 絶対に!!」


まだ続く・・・ のです。 ううう、、


【403】 葱を握り締めた志摩子世界の終わりには陰謀を暴け  (水 2005-08-22 03:31:10)


『いいえ祐巳さん、それはギンナンでは無いわ!』


  その時薔薇の館に――


『由乃さんなんだからしょうがないよ』


  何が起こったのか……


『ぎゃう!』


  近日公開


『それは瞳子ちゃんじゃない! 早く気付いて!!』


  乞うご期待!!



『私のお墓の上には…… これを蒔いてね……』





  ―――――


「あら、令。 何を書いているの?」


【404】 黄色い我が家の味一度食べたら忘れない  (水 2005-08-22 19:44:23)


「ごきげんよう、令さま」
「ごきげんよう。 あれ、祐巳ちゃん一人?」
「はい、由乃さんはお家に忘れ物があって取りに帰りました」
「そう。 祥子も用事で遅くなるって。 先にお昼にしようか」
「そうですね。 令さまはお飲み物は?」
「あ、緑茶で」
「はい」


「いつ見ても、令さまのお弁当ってやっぱり綺麗だなあ。 それに比べて私のは……」
「ははっ、ありがと。 祐巳ちゃん今日は自分で作ったの?」
「はあ、そうなんですけど……」
「上手に出来てるじゃない。 彩りも考えてあるし」
「そう言って頂けると…… あ、そうだ令さま、味見をお願いできませんか?」
「ふふっ、良いよ、私で良ければ。 どれにする?」
「えっと、じゃあ玉子焼きで」
「私のと交換ね、はい」
「あ、ありがとうございます。 うわぁっ、令さまの玉子焼きって、私、初めて……」
「そうだった?」


「うん、上手に――」
「ええ〜〜〜〜〜〜っ!?」
「な、何!? どうしたの祐巳ちゃん!?」
「すっご〜〜い!! これ、甘くないのに美味しいっっ!? 信じられない!」
「…… 玉子焼きの事?」
「令さまっ、これ美味しいですっ。 令さまって、すごい! 甘くないのにどうやって……」
「祐巳ちゃん、それ大袈裟すぎ。 単なるだし巻き卵だって。 お出汁にコンソメを工夫した程度だよ」
「でも甘くないのに……」
「ああ、祐巳ちゃんのは確かに甘いね。 お家の味なの?」
「いえ、母のはもう少し控えめですが、美味しく作りたいなって思って……」
「祐巳ちゃんもちゃんと出来てるよ。 卵は綺麗に巻けてるし、砂糖が多いのにちょっとしか焦げていないし。 うん、上手だよ」
「でも、令さまのとは全然比べ物にならないです」
「そんなに気に入ったなら、残りの玉子焼きも交換する?」
「良いんですか!? 嬉しいっ! ああ…… 美味しい…… 私、令さま尊敬します!」
「ふふっ、今度教えてあげようか。 由乃の所のついでにでも家に寄りなよ」
「はい! ありがとうございます!!」




「令ちゃん。 これってどういう事? 祐巳さんに何をしたのよ?」
「令。 何故祐巳があなたばかり見つめているのかしら。 説明なさい」
「べ、別に……」
「お姉さま、由乃さん。 令さまを虐めないで下さい! 令さまは尊敬できる方なんです!」
「令ちゃん!?」
「令!?」
「なな、何も無いって……」
(ううっ、針のむしろだ……)

「ああ…… いっそこのまま祐巳ちゃんを手なずけちゃおうかな……」


【405】 長き夜の  (くま一号 2005-08-22 21:02:40)


注意:微妙にR指定です。

 正月二日。

 高等部一年のあのときから、祐巳は毎年祥子さまの邸に泊まる。

「祐巳、祐巳。」
「はい、祥子。」
「お母様に任せておいたら、今日はコンビニ鍋焼きうどんになりかねないんだから、私達で作るのよ。」
「私が、でしょ? 祥子。」
「あら、今年の初反抗ね。」
「だって祥子に任せたらやっぱりコンビニ鍋焼きうどんになるわ。」
「ゆみっ。」耳をひっぱろうとした祥子の手を引っ張ってぐいっとだきよせる。
そのとたん、祥子の反撃はいきなりキス。うぐっ。

・・・・・・

「ひざが笑ってるわよ、祐巳。」
「そういう祥子は壁にもたれてるんですけど。」
「うふふふふ。」
「うふふふふふ。ことしもよろしくお願いします、お姉さま。」
「こらっ、お姉さまはなしっ。」
こつん。げんこつが降った。

”女房を ちっと見直す まつのうち” 江戸川柳


 あのころなら絶対考えられない呼び捨てとタメ口。
そう、私達は結婚して独立し、アパートに住んでいる。小笠原本社の部長待遇で研究職をしている祥子さま、いえ祥子は、将来グループを率いるための修行中、といったところ。
 そして、私は秘書、というのか助手、というのか、研究主幹付アシスタントディレクターというよくわからない肩書き。まあ、肩書きなんてなんでもいい。要は祥子のサポートをしている。

 内輪だけの結婚式の少し前のこと。
「祥子さま、もうすぐですね。」
「あのね、祐巳。その呼び方やめなさい。結婚して夫のことを様付けで呼ぶ妻が今時いる? そんなのいやよ。絶対いや。」
「お姉さまのままでいいじゃありませんか。」
「あと3年もたってごらんなさい? 一つの年の差なんて関係なくなるわよ。」
「そんなことありえませんっ。お姉さまはお姉さまですっ。」
「いーやと言ったらいや。じゃあお姉さまの命令よ。祥子って呼びなさい。」

「・・・・・・さち・・こ・・」 うわああああ、これってこれって一種の拷問だよ。きっと首から頭まで真っ赤にちがいない。

「はい。ゆみ。」
顔中満開で笑みを浮かべる祥子・・・さま。ってお姉さまも真っ赤だってば。
それが2年前のこと。

 ところが慣れというのは恐ろしいものだ。
カリフォルニアで1年、二人でプロジェクトの立ち上げをやったら、すっかりファーストネームを呼び合うのになれてしまった。
 でもね、『祥子』って呼んでても心の中では今でもお姉さまって言ってるんだよ、ねえ、お姉さま。

 カリフォルニアで違和感がなくたって、日本でそのまま周りが納得する訳じゃない。
まず日本に戻ってきたとき、成田に迎えに来た弁護士として仕事を始めている蓉子さまと、今売り出し中まさに旬の女優になった瞳子ちゃんが驚くの驚かないのめっちゃ驚いたって。
 結婚した、といってももちろん、法的な同性婚が認められているわけじゃない。夫婦別姓でさえ、この間法改正されて認められたばかり。同性婚が日本で正式なものになるには、まだまだ何十年もかかるだろう。結局、融義父さま清子義母さまの養子になる、ということで戸籍の話は片づけたのだった。


 元旦は、小笠原家にとっては公式行事の日。年頭のなんとかがあって、賀詞交換があって、めまぐるしく過ごした。だから、二日は昔から休みの日なのだ。そうじゃなければ使用人も休めない、だから二日は男は妾宅へいっちゃったほうが合理的だったのよ。

 そう言っちゃう祥子に昔の暗さはない。祐巳を妻だか夫だかに迎えてしまったら、いつのまにか男性恐怖症もぱったり収まってしまった。いつかは男性を伴侶にしなくちゃいけないって考えなくてすむようになったらあっさり解決してしまったらしく。今は男女合わせて200人からの部下がいる。人混みが怖かった、なんて今びしびし鍛えられてる部下が聞いても絶対信じないだろうな。高いところだけは今でもだめだけどねー、お姉さま。


なかきよの
  とおのねふりの
      みなめさめ

 なみのりふねの
   おとのよきかな


「ねえ祐巳、これ。七福神に宝船。2年ぶりね。」
「あれ? 『なかきよ』最初から書いてある。」
「江戸時代にはじまったときには、木版の印刷物だったそうよ。大江戸最大のヒット商品だったんですって。昨日持ってきた人がいるのよ。」
「ふーん、じゃ、これが元のカタチなの?」
「そうらしいわ。いつの間にどこの地方で、自分で書いて船を折る風習になったかよくわかんないんだけどね。ほらずいぶん前に『お江戸でござる』なんてテレビでやってたじゃない。」
「最初にここに泊まった時は、祐麒たちの部屋の方はなかきよの半紙なんてぐちゃぐちゃになってたわね。」
「ふふふ、今日だってぐちゃぐちゃになるわよ。運動するもの。」
「運動ってあのお姉さまあ?」
「お姉さまじゃないわよ。ふーん、そらっとぼけて。」
「・・・・・・・」こういうときはあさっての方向を向くに限る。

 結局祥子は指を切り、清子義母さまはやけどをした。まあ、毎年のことだ。
にぎやかでいいじゃないの。

 夕食が終わって、以前祥子が使っていた部屋へ引き上げる。ベッドとかはだいたいそのままになっているのだ。

「さて、祐巳、問題です。」
「はい。」
「正月二日と言えばなに?」
「なかきよ」
「それから?」
「えーと、なかきよをするんだから、初夢。」
「それからそれから?」
「初荷でしょ。物流部は今日出勤してるもの。」
「今日は仕事は忘れなさい。それから。」
「まだあるんですかあ?」
ぷっ、とふくれてみせる。

「ふーん、そこまでそらっとぼける気なの?」
それなら覚悟しなさい、っていきなりくすぐり攻撃ですかー。
「きゃあ、お姉さま。」
「お姉さまじゃないでしょっ。」
「祥子やめなさいっ。」
「いや。」
「・・・・・・・ひ・・・。」

祥子が手を止める。
「・・・・・・ひめ・・・・はじめ・・・でしょ。」
「そうよー♪」

きゃん、いくら広ーくて頑丈なこのベッドだってきしむってば、あん。


『二日の夜 浪のり船に 楫のおと』

ぎぃっ


【406】 志摩子は見た目には見えぬ絆  (柊雅史 2005-08-22 22:54:03)


「ほら、祐巳。足元、気をつけなさい」
「あ、はい、お姉さま」
並木道に広がった水溜りを前にして、祥子さまがさりげなく祐巳さんの手を取る。
少し恥ずかしそうに、そして何よりも嬉しそうに祥子さまに手を引かれ、祐巳さんは軽く跳ねて水溜りを越えた。
「それにしても、ようやく上がったわね」
「そうですね。このまま晴れてくれれば、良いんですけど」
朝から続いていたみぞれ混じりの雪がようやく上がった曇り空を見て、祐巳さんが言う。その手はしっかりと祥子さまと握られていて。もう水溜りはないのに、祥子さまも祐巳さんも敢えてその手を離そうとはしなかった。
初々しい姉妹の姿。そこにはまだ少しぎこちないけれど、確かに愛情という絆が感じられた。


「ね、令ちゃん。帰りにちょっと寄っていきたいところがあるんだけど」
「由乃、寄り道はダメだよ」
「えー、ちょっとくらい良いじゃないー」
祐巳さんたちの後ろで、由乃さんが令さまの腕にしがみつきながら、ゆさゆさと抱えた腕を揺すっている。
「ダーメ。校則にもあるでしょう、寄り道は厳禁」
「令ちゃんはちょっと固すぎるのよー」
ぷっくり頬を膨らます由乃さんを見る令さまの目は、本当に優しい光に満ちている。
何年も続いた、決して揺るがない関係。
我が侭を言う由乃さんも、それを受け止めている令さまも。
そこにはきっと、リリアン女学園に存在するどの姉妹も手にすることが出来ない、強固な絆が存在する。


「由乃ちゃんは相変わらずだけど、祐巳ちゃんところも中々どうして、初々しさが堪らないねぇ」
そんな二つの姉妹を眺めて、お姉さまが楽しそうに笑っている。
「ああ……今ここで、ちょっかいかけたい。抱きついたら、祥子怒るかなぁ? うーん……」
祥子さまが聞いていたら、それだけで怒りそうなことを真剣に考え込んでいるお姉さま。
志摩子はそんなお姉さまから、2・3歩後ろを歩きながら、その前を行く二つの姉妹を眺めていた。


手を握り合ったまま、他愛のない会話をしている祐巳さんと祥子さま。
腕を組んで、じゃれるような言い争いをしている由乃さんと令さま。
握られた手や、組んだ腕からは、そこにある確かな絆を感じられる。
それは志摩子が求めているような絆とは、全く別のものなのだ、ということを、志摩子は知っている。お姉さまと手を繋ぎたいとも、腕を組みたいとも、考えたことはない。志摩子が求めているのは、そういう類の繋がりではないのだから。
それでも――最近、ふと考えてしまう自分がいる。祐巳さんと祥子さまの姉妹を見るようになってから、時折感じてしまう漠然とした不安。
志摩子の前を歩くお姉さま。2・3歩離れた位置を歩く自分。
それが志摩子とお姉さまとの『距離』なのだけど……。


ふと、志摩子は足を止めた。
手を繋いでいる祐巳さんたちと、腕を組んでいる由乃さんたちと。その様子を楽しげに見ているお姉さま。
志摩子との距離が、少しずつ開いて行く。
1歩、2歩、3歩、4歩、5歩……。
そしてお姉さまが6歩目を踏み出したところで、不意にくるりと志摩子の方を向いた。
「志摩子、どうしたの?」
怪訝そうな表情で問いかけて来るお姉さま。
その声に祐巳さんと祥子さま、由乃さんと令さまも足を止める。
「あ、いえ――なんでもありません」
慌てて志摩子は足を速めて、お姉さまに追いついた。
「そう?」
首を捻ってお姉さまが歩き出す。志摩子とはほんの少し距離を開いたままで。


前を向いて、志摩子の方を見ようとはしないお姉さま。
けれどまた、志摩子が少し足を止めれば、お姉さまはすぐに気付いて振り向いてくれるだろう。
手は繋がないけれど。腕も組んだりしないけれど。
ほんの少し離れた距離。
けれどその間を繋ぐ、絆を確かに感じられたような気がして、志摩子の心は少しだけ温かくなった。


【407】 気がつけば日曜日  (いぬいぬ 2005-08-22 23:07:49)


きらめく朝日に照らされた早朝のリリアン女学院で、祐巳はいそいそと薔薇の館へと向かって歩いていた。
朝の静寂に遠慮するかのように静かに階段を登り、ビスケット扉を開ける。
「ごきげんよう、祐巳さん」
「・・・ごきげんよう、志摩子さん。・・・誰もいないかと思ったのに」
柔らかく微笑む志摩子の姿に一瞬固まった祐巳だったが、どうにか挨拶を返せたようだ。
「昼に職員室に提出する書類をもう一度確認したくて」
「そうなんだ」
透明な朝の空気に溶け込むかのように、志摩子は静かに紅茶を飲んでいる。
「祐巳さんは?」
「昨日、筆箱をココに忘れて行っちゃって」
そう言いながら、テーブルの上の筆箱を取り上げる。
祐巳が筆箱をカバンにしまっていると、志摩子が話しかけてきた。
「祐巳さんも紅茶をいかが?」
そう言いながら、テーブルの上のティーポットを手で示している。
「そうだね・・・うん、私もいただこうかな」
まだ早い時間なので問題は無いだろうと判断した祐巳は、自分のカップを持ってきて席に着いた。
朝の空気というのは特殊なもので、なんとなく静寂を破るのがためらわれる厳格さがある。二人は示し合わせた訳でもないのに無言で穏やかに紅茶を飲んでいる。
「・・・・・・静かだね」
「そうね、なにか神聖な感じがするわ。こんな静かな朝は」
祐巳の問いかけに、志摩子は窓の外の朝日に目をやりながら答えた。
「・・・・・・・・・・それにしても、本当に静かじゃない?」
「そうね」
志摩子は紅茶を一口飲むと、こう続けた。
「それは、今日が日曜日だからじゃないかしら?」
「・・・・・・・・・・・・・・・気が付かないで登校しちゃった」
「私もよ」
「・・・そっか」


『ボケが揃っていてもツッコミがいないと話にオチがつかない』
二人はそう結論を出し、「こんな時、由乃さんがいてくれたら・・・」と、由乃に思いをはせ、薔薇の館を後にした。
どうやら由乃には山百合会と剣道部の他に「ツッコミ」という三足目のワラジを履く多忙な学園生活が待っているとしのばれる、そんな朝の一コマだった。


【408】 レポートドリル万博  (琴吹 邑 2005-08-23 13:40:36)


 祐巳たちが薔薇さまとなった今年の文化祭。
 どうやら劇をやらないで、別の展示になったらしい。
 詳しいことを教えてもらえなかったので、早速、見に行ってみることにした。 

 展示場は、どうやら薔薇の館らしい。
 薔薇の館に行ってみると、人はほとんどいなかった。
 そんなに面白くないのだろうか。
 首をかしげながら、館に近づいていくと、入り口に机が並べてあり、
 そこには小学1年生から6年生までの漢字ドリルと計算ドリルが展示してあった。

 参考書の展示なのかな? それなら、この人の少なさも納得できる。
 つまらない企画考えたなあ、と思いながら、中に入る。
 1階は家庭用ゲーム機がおいてあり、ディグダグやミスタードリラー、ぐるみんが遊べるようになっていた。
 ここにはさすがにゲームの好きな子供たちが列をなして順番を待っている。
 小学生の夏休みがテーマか? と首をかしげつつ、階段を上る。
 階段横にも展示がされていた。それはどうやらロボットもののプラモデルのようだ。
 真ゲッター2や、マシンロボレスキューのイエローギアーズなど、ずいぶんと渋いチョイスのロボットたちが鎮座している。

 しかし、女子校の展示とは思えない展示だなあと思いながら二階に上がりビスケット扉を開けた。
 そこには、祐巳と瞳子さんがいた。

 俺は祐巳の横に座っている瞳子さんを見て首をかしげた。どうやら瞳子さんは、展示物の一つのようだ。


「あ、祐麒 いらっしゃい。どうだった、面白かったでしょ? 瞳子ちゃんは今回の展示の目玉なんだよ」
「そうなのか?」

 そういって俺は、瞳子さんをじっくりと見つめた。
 普通女性をじっくり見つめるのは良くないと思うが、今回彼女は展示物のはずだから、怒られないだろう。
 今までの展示と彼女の共通点を見つけるためにかなり長い間俺は瞳子さんを見つめた。
 しかし、今までの展示と祐巳の横に座っている瞳子さんの共通する部分が俺には見つけることができなかった。

「なあ、祐巳。今年の山百合会の展示はいったいなんだ?」
「え? わからない? 今回の山百合会の発表は、ドリル万博。あえて工具じゃないドリルを集めてみたの」

 そううれしそうに言った祐巳の横で瞳子さんは滂沱の涙を流していた。


【409】 幸せスクランブル  (ケテル・ウィスパー 2005-08-23 17:06:39)


No.363→No.364→No.375→No.379→No.393 の続きです。


 D-day 2月14日 PM 16:08 花寺学院正門前

 祐麒君とすれ違わないよう正門を観察している、なんか………だんだん増えてるんですけど。 100人近くいそうだけど…花寺ってこんなに人気あったの? 連絡をつけようにも今日は携帯を持って来ていない、衆人環視の中渡すなんて……避けたいところ。

「なにやってるのこんな所で?」
「正門前人がいすぎるからここで祐麒君が出てくるのを監視し………あひゃ〜〜?!」

 いきなり後ろから声を掛けられて妙な声を上げてしまった。 あ、なんかポーズも変。

「な、なによ、またデートの時みたいに覗き見しようってのじゃないでしょうね」
「あら見せてもらえるのなら見てみたいわね」
「デートの時覗き見た?」
「志摩子さん話してないんだ。 由乃さんの記念すべきファースト・デートの時後をつけて様子を観察していたのよ」
「………悪趣味ですね」
「志摩子さんも楽しんでたよね?」
「なかなか出来ない経験もさせてもらったわ」
「………いい趣味ですね」
「どっちなのよ? それで? どうしたっての?」
「公務で来たのよ、これ由乃さんの分よ」

 志摩子さんは、カバンから数枚の用紙を取り出して私に手渡した。

「月例会議議案書……え? 今日だっけ?」

 志摩子さんと祐巳さんがコクリとうなずく。
 『月例会議』とは、リリアンと花寺の生徒会で行われる月に一度の連絡会議のことで、それぞれの学校の生徒からの意見であるとか、部活やクラブからの協力の要請などの連絡を行う、持ち回りで会議場を設けることになっていて2月は花寺側で開くことになっていた。 ちなみに、祥子さまと令ちゃんの時は、祥子さまが男嫌いのため何かと理由をつけて逃げ回っていたため開かれたためしがない。

「由乃様が出られて少ししてから、私の所に回っていた仕事の中に紛れたのを見つけたんです」
「あ〜、そういうことね。 ……今日の書類の仕分けは志摩子さんよね………まさか…」
「さあ、どうかしら。 行きましょう、連絡はしてあるから」

 私の疑問には答えずに微笑む志摩子さんを先頭に、祐巳さん、私、それと付き添いで乃梨子ちゃんは、普段より少しピンクがかっている花寺学院の正門に向かって歩き出した。 




 D-day 2月14日 PM 16:53 花寺学院生徒会室→廊下

 正門までアリスが迎えに来てくれて、すぐに会議が始まった。 とは言っても、それほど難しい懸案事項があるわけでもなく、また大きな学校行事と言えば卒業式くらいな時期これは日付の申し送りくらいですぐ終わってしまった。
 私は会議なんかうわの空。
『あれって祐麒君のカバンだよね………その横の紙袋は? ……あのラッピングは……』

「…し‥ん、よ…のさん。 由乃さんってば!」
「うぁわぁ〜!! びっくりした〜〜、な、なによ?」
「帰るわよ。 それともここに泊まっていく?」
「帰らせてもらいます」



 花寺側も仕事は終了していると言うことで一緒に帰ることになった。 廊下、階段、また廊下……進むうちに祐巳さん、志摩子さん、乃梨子ちゃんの連係プレーで、私と祐麒君とが集団から少しずつ離れていく。
 気を使ってくれているのはありがたいんだけれど、私はやっぱり祐麒君が持っている紙袋が気になって気分が悪い。 
 やっぱり中身はチョコよね?

「なんか、今日機嫌悪いね」
「悪いわ。 どっかの誰かさんの手荷物見るまではドキドキワクワクしてたんだけど」
「……手荷物? ひょっとして…これのこと?」
「……………いいわね、もてる人は」
「う〜〜んもてるねぇ〜? うれしいんだか何なんだか」
「それだけあるんだからもうおなかいっぱいでしょ?」
「あ〜そうだね〜、これだけあるとおなかもいっぱいになるかな? 非常食にはいいかも」
「あ〜〜〜う〜〜〜〜〜も〜〜〜〜う! 祐麒君なんかチョコ食べ過ぎて頭の先から尻尾の先までチョコになっちゃって、祐巳さんの餌食になればいいんだわ!!」
「その発言は、危なすぎるような気がす‥‥あ、由乃さん待って!!」

 のらりくらり話している祐麒君に耐えられなくなって走り出す。 

 バカバカバカ!! 祐麒君のバカ! 無神経すぎる、私の前でチョコのいっぱい入った紙袋を持ち歩くなんてどういう神経よ?! しかも自慢げに! 私の気持ちなんかちっとも考えてくれてないじゃない!!

「あっ、由乃さん! ちょっと?!」

 先行して下足箱の所にいた祐巳さんたちを追い付いてしまう、もちろん私が走ったくらいでそんなに引き離せるわけも無く祐麒君もすぐにやってきた。

「由乃さん、待って。 誤解だって!」
「誤解じゃないでしょ!」
「だから少し落ち着いて釈明くらいさせろ!」
「釈明の必要なんか無いでしょ現実にチョコの入った袋を持っているんだし!」
「だからこれからして誤解なんだって!」
「現物の証拠をそれだけ持ってて誤解のしようが無いでしょ?! それだけ数があるなら私が作った貧相なチョコなんかお呼びじゃないでしょ?!」
「あの〜〜お二人とも……」
「なによ!!」
「なんだよ?!」

 いきなり走ってきたと思ったら喧嘩を始めた私達にあっけにとられていたようだが、いち早く復帰した乃梨子ちゃんが恐る恐る声を掛けてきた。

「ここで痴話げんかはやめたほうがいいと思います」

 ここは……来客用の下足箱前、一般生徒の下足箱もすぐ近くにある。 人数は少ないものの生徒の姿もちらほら見られる。 そんな所で、しかも乃梨子ちゃん”痴話げんか”なんて言ってくれたものだから注目されている。 あ、あ、あ、穴があったら入って埋まっちゃいたい……。 

「祐巳」
「……え? え〜〜〜? わ、私ですか?!」
「これ、家まで持って行ってやろうと思ったけど、悪いけどここから持って行ってくれ」
「え? ………あ〜例の。 あらら、また今年は多いわね〜。 ん? ひょっとしてこれが原因? 由乃さんこれだったら誤解だよ」
「………え?」
「なぜか知らないけど俺、ヴァレンタインの日に男からチョコを貰っちゃうんだよ。 たいてい祐巳に回しちゃうんだ」
「え〜〜〜?! それじゃあ私のも最終的には祐巳ちゃんが食べるの?」
「アリスのだけ返しておこうか?」
「いや、祐巳にやるから……」
「ユキチ〜〜、そういうことは、せめて本人のいない所で言ってよね」
「そ、そんな……、由乃さんと……ユキチが…そんな……、由乃さんと……ユキチが…そんな……、由乃さんと……ユキチが…そんな……」

 いやいやと駄々をこねているアリス、それを慰めている祐巳さんと志摩子さん、なんか暗い顔をしてエンドレスに同じ事を言っている小林君、高田君は………なんか腕を組んでうなずいてる、乃梨子ちゃんはため息を吐きながら志摩子さんの後ろに控えている、私の横には……祐麒君……。

「……ご、ごめんなさい…」
「俺もごめん、わかっててやっちゃったから」
「……そう。 じゃあこれで…」
「ぃたぁ!?」
「許してあげる」

 笑顔を向けながら祐麒君の腕をつねってやる。 これくらい許されるわよね? 



 D-day 2月14日 PM 17:01 花寺学院正門前

 花寺の生徒会の面々に守られながら正門前に近づくと、それまできゃあきゃあ華やかだった空気が変わった。 え? なに? どういうこと?

「え〜〜と……走るぞ!!」

 急に私の手を取ってそう宣言する。 心得たとばかりにうなずく花寺生徒会の面々。 祐麒君に引っ張られる様に走りだす私、高田君は両手で志摩子さんと乃梨子ちゃんを抱えて、小林君は祐巳さんの手を引いてその祐巳さんの背中をアリスが押していく。 なに? どうしたっての? 
 人ごみをすり抜ける。 今まで散っていた女生徒達が生徒会の面々の方に一斉に寄ってくる、ゾンビの群れか何かの様だと思いながら必死に祐麒君の後に続く。 

  〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

「はぁ…はぁ…はぁ…。 こ、ここまでくれば……大丈夫…かな?」

 走って走って、バス停も一つ行き過ぎてようやく足を止めた。 ここどこ? 祐巳さん達ともいつの間にかはぐれてしまった。

「はぁ……はぁ……。 な、なんなの? あれは……」
「いや…あれはね。 俺達にチョコを渡そうとしていた近隣の女生徒達……かな?」
「……はぁ…はぁ……、かな? どういうこと?」
「え〜〜とね…………」

 なんでも花寺は、まぁ、言っちゃあ何だけど名門校なわけ、そこの生徒ともなれば”ブランド”とも言えるんだそうだ実態はともかく……。 そしてその生徒会役員ともなれば目立つからこういうことになりやすいんだとか。 去年は一人で引き受けていたどこかの王子様がいたようだけれど。

「一個受け取ろうものなら、ピラニアの群れみたいにやってくるから……」
「ゾンビの群れかと思ったわ」
「そっちの方が近いかな? ……え? いつの間に……」

 コートのポケットに片手を突っ込んだ祐麒君は、ポケットの中の物体を恐る恐る取りだす。 小ぶりな箱にファンシーな包装紙にリボン、あわててもう片方のポケットを確認する祐麒君、そちらには2個入っていた。 
 走っていたにもかかわらず合計6個のチョコ……なかなかいい腕しているわ。

「どうしたもんかな〜」
「……受け取っておけば? せっかく押し付けられたんだし」
「いや、誰かさんが焼きもち焼くから。 押し付けられた?…」
「じゃあ捨てるの?」
「まあ、食べ物を粗末にするわけにもいかないしなぁ〜、最終的にはやっぱり祐巳の所かな」
「行き先が分かったなら、いいわ」
「……それで……?」

 祐麒君がニコッと笑いながら、私の方を見る。 

「(クスクス)さ〜て、どうしましょうかね〜」
「え〜〜〜〜? くれないのかぁ〜」
「だ〜って、最終的には祐巳さんの所に行きそうだしぃ〜」
「責任を持って俺が食べるけど?」
「ふふふ、わからないわね〜♪」

 そんなことを話しながら、私の家のまで送ってくれると言う。

  〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

 フッと思い立って、私は近所の公園に誘った。 
 2人でベンチに腰掛けてカバンの中から自分で作ってラッピングしたヴァレンタイン・チョコを取り出す。 祐麒君うれしそうに笑うけれど、私はその目の前でラッピングを解く。

「え?」

 びっくりしてるびっくりしてる♪
 中から、自分でもいい出来だと思う甘さ控えめのトリュフチョコを一つつまみ出して、自分の唇でくわえて少し上目遣いに目を細める。 指と指を絡めて、顔と顔が近づく。
 祐麒君の唇がチョコをくわえ、私は舌を使ってチョコを送り出す。

 チョコを口の中に納めた祐麒君はそのまま・・・・・チョコの味だけでない甘い甘いキスをくれた。

                 〜〜〜〜〜 了 〜〜


【410】 守銭奴令さま極上チーズ  (西武 2005-08-23 21:34:41)


「だめよ、由乃」
「今月だけだって」
「お小遣いの前借りは禁止でしょ。わたしが貸してあげたら意味ないじゃない」
「禁止だからお願いしてるんじゃない。令ちゃんの石頭」
「ふう。いったい何に使うのよ」
言えたら苦労しないわよ。というか、本当にわからないの?
「高校生なんだから、必要なお金は用意しておかなきゃ」
してたわよ。
「すぐにお年玉なんだから、我慢できるでしょ」
だから、今月いるんだってば。
「もういいわよ、けち」

出てきてしまったものの、どうしよう。
祐巳さんと志摩子さんに頭を下げようかとも思うけど、二人だってこの時期お金はいくらあっても足りないはずなのだ。祐巳さんは祥子さま相手に引け目を感じたくないだろうし、志摩子さんもお姉さまとしていろいろ計画していることだろう。
「令ちゃんもわたし相手に計画立ててるんだろうし、やっぱり無茶だったかな」
そうつぶやいたとき、何かいいにおいがただよってきた。
「由乃、おなかすいたでしょ。今日のは自信作よ。チーズがなかなか手に入らないやつで…」
ぶちっ。
「ばかーーーーー」
こっちは、プレゼントの送り先をいきなり1人増やされたってのにー。


【411】 桂さんの名字はエレガントドリル  (joker 2005-08-23 21:53:55)


 桂さんが髪をドリルにしていた。

 このニュースは瞬く間に学校中を駆け巡った。
「ちょ、ちょっと、桂さん。一体どうしたの?」
 ニュースを聞き付けた祐巳は数ヶ月ぶりに元クラスメートの所に駆け付けた。
「あら、祐巳さん。ごきげんよう。」
 駆け付けて来た祐巳を見て、華麗に挨拶をする桂さん。
 その髪型は昨日までとは違い、縦ロールになっている。
 しかも、左右に二本ずつ、腰までの長さの縦ロールだ。
 しかもしかも、瞳子ちゃんのと違いドリルっぽくない。
 例えて言うのならエレガントドリルといった所だろう。
「ご、ごきげんよう。桂さん。…ってそうじゃなくて、その髪!いきなりどうしたの?」
 祐巳がそう問うと、桂さんは優雅に答える。
「だって、私の名字、エレガントドリル、だもの。」
「……………はぃ?」
「だって、何時までも名無しって言うわけにはいかないでしょ?大体、何で私の名字は無いわけ?一巻から出てるのよ?もしかして、最終巻まで名無しで終わるつもりなの?そんなの認めない!!私、認めないわよ!!」
 どんどんヒートアップしていく桂さん。それを止められず、祐巳はオロオロしている。
「私は猫じゃないのよ!名字がまだ無い状態が何時まで続いて良いわけがないじゃない!こうなったら、ドリルでも何でも良いわよ!」
「お、落ち着いて、落ち着いて、桂さん。」
 必死になだめる祐巳だが、その暴走は由乃どころか、初号機や機龍(通称エヴァゴジラ)を越えていたという。
 そして、数日間のあいだ、桂さんは、『エレガントドリル・桂』として、注目を得続けていた。


【412】 勧善懲悪デコポン  (高見屋 2005-08-23 23:34:53)


「静まれ、静まれぇいっ!」
「この御凸が目に入らぬか!」(ズシャーーーンッ♪)
「こちらにおわすお方をどなたと心得る!恐れ多くも先の黄薔薇さま、鳥居江利子様であらせられるぞ!」
「ものども、御前である。頭が高い控えおろう!!」
「ああ!神々しいまでに光り輝くあの御凸は!」
「ああ!道行く人全てがご覧にあそばすあの御凸は!」
「ああ!お話していてもそこしか見えないあの御凸は!」
「ああ!目が!目があああぁぁああぁあああ!!のあの御凸は!」
「ああ!プラスチック定規で思わずペチペチしたくなるようなあの御凸は!」
「ああ!テカリ取るのに油取り紙何枚使うんだよってくらい光り輝くあの御凸は!」
「「「「「「まさしく伝説の御凸将軍、鳥居江利子さま!ああん、シビレる憧れるうっ♪」」」」」」
「…………切り捨てなさい」「ははっ!」
「「「「「「ええーっ、なんでー?!」」」」」」


【413】 黒志摩子ハンドブック  (柊雅史 2005-08-24 00:18:29)


最近、志摩子は悩みを抱えていた。
妹問題に揺れる紅薔薇・黄薔薇姉妹に比べて、白薔薇姉妹は平和で平穏で猫が縁側でぬくぬく欠伸をしちゃってるのだ。
「はぁ……これが倦怠期というものなのかしら」
図書館で『倦怠期を乗り越えろ・結婚3年目の夫婦に贈る日常の刺激』を読みながら、志摩子はそっと溜息を吐いた。
乃梨子に不満は感じない。自分にはもったいないくらいの妹だとは思う。
けれどそれ故に、何かこう、縁側で緑茶片手に猫のノミ取りに励んで一日が終わるような気分なのだ、最近は。
「倦怠期のピークは3年だと書いてあるのに。どうして私たちにはこんなに早く倦怠期が来てしまったのかしら? いやだわ、相性が悪いのかしら?」
それは困る。もはや志摩子は乃梨子ナシでは生きていけない。貴重なツッコミ役――もとい、大事な支えなのだ、乃梨子は。
もしも乃梨子も同じように感じていたらどうしよう。志摩子は身震いした。
「――ふふふ、悩んでいるようね、志摩子」
「え? ――あ、あなたは!?」
いきなり背後に現れた人影に、志摩子は驚きと共に立ちあがる。
志摩子に声を掛けたのは、仮面で顔を隠した女性だった。顔は分からないし、声もボイスチェンジャーでも使っているのか、変な声だった。
けれど、志摩子は仮面の上、燦然と輝くオデコに見覚えがあった。
「あなたは――とり」
「おおっと、私は退屈仮面! 日々、退屈と戦う謎のセクシーウーマンよ!」
志摩子の先を制して、見覚えのあるオデコの退屈仮面がポーズを決める。
「分かる、分かるわよ志摩子。退屈は敵。退屈は悪。退屈は銀杏王子だわ!」
「はぁ……」
「そんな志摩子にはこれを上げるわ。日々を刺激的に過ごすためのノウハウを凝縮した、退屈印の指南本よ!」
「……退屈印じゃダメなんじゃ」
「シャラーップ! 細かいことを気にしちゃダメ。バウムクーヘンが何巻か数えちゃダメ。死にたくなるから」
「いえ、そんなことはしませんけど」
「これを実践すれば、あら不思議。退屈な姉妹関係とはオサラバ、これまでとは違った雰囲気が訪れること間違いなし! ヒトラーもナポレオンもネロ皇帝も愛用した小冊子、それがこの本よ!」
退屈仮面が手渡してきた本に視線を落としてみる。
『黒志摩子ハンドブック・平成版  著者・退屈仮面』
すげーツッコミどころ満載だったが、あいにく志摩子は乃梨子のようなツッコミ技能を有していなかった。
黒志摩子ってなんですか?
平成版って書いてあるんですけど?
そもそもヒトラーもナポレオンもネロ皇帝もちょっとマズイんじゃないですか?
どのツッコミがベストか志摩子が考えている間に、退屈仮面は高笑いを上げながら、颯爽と図書館を出て行ってしまった。
残された志摩子は、真っ黒な表紙のその本を手に立ち尽くす。
「えっと……どうしよう……?」
困ったように呟いて、志摩子はちょっとその本をめくってみた。
その本には、挨拶編から始まるシチュエーション別黒志摩子のススメが、ぎっちりと書き込まれていた。


「あ、志摩子さん!」
翌朝、マリア像の前で志摩子は乃梨子に声を掛けられた。
乃梨子の弾んだ声に微笑みを浮かべながら振り向きかけ――志摩子はそこでふと、昨日目にしたシチュエーション別黒志摩子のススメを思い出す。
「志摩子さん、ごきげんよう!」
「いつも機嫌が良いと思ったら大間違いだーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


乃梨子に指を突きつけながら、志摩子は思う。
えり……退屈仮面さま。これはちょっと、違うんじゃないでしょうか……?
心の中でひっそりとツッコミを入れながら、しかし志摩子は巷で蔓延する黒志摩子への脱皮を、確実に開始したのだった。


【414】 紅薔薇一番白薔薇二番  (篠原 2005-08-24 01:51:44)


「黄薔薇はおやつかー!!」
「ああ、由乃。おやつならカステラ焼いてみたんだけどどう?」
「令ちゃんのバカーーーーーーー!!!!!」
「ああっ! 何故!? 由乃ぉ」

 すでにカステラを頬張っていた祐巳と電話をかけていた志摩子が由乃の怒りに拍車をかけていたのは言うまでもない。


【415】 楽しくなかった江利子を逆行した  (水 2005-08-24 03:16:14)


「江利子〜、今日はやけに元気じゃん。 なんか楽しいことあるの?」
「ナ・イ・ショ♪」
(こんな貴重な体験、他人に言うのは勿体無いわ♪ あっ、ここで祐巳ちゃんが――)




 翌日。

「江利子。 いつにも増して元気ないわね、どうしたの?」
「…… 別に……」
(飽きた……)


【416】 暗黒大決戦ちびかなこ  (水 2005-08-24 19:25:42)


作者:水『ちびさちこイライラ職権濫用【No:362】』の続きです
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 ちびっこの生活にも大分慣れて、乃梨子の今朝の登校は静かなものだった。
 一緒だった志摩子さんと、教室の入り口で別れるまでだったけれど。


 乃梨子が中に入ると、教室内が何か騒がしい。
 見ると教室の隅の方に人だかりがある。 反対の隅にももう一つあるようだ。 机の下越しに沢山の人影が見える。
(何か事件かな?)
「…… ごきげんよぅ」
 まあ関係ないし、おざなりに挨拶して席に着くと、その二つの人だかりが乃梨子目掛けて押し寄せて来た。 口々に何か言っているが、同時に聞き取れるものじゃないし。
「ご存知でした?――」「私ビックリして」「瞳子さんが」「お醤油取って」「山百合会で」「可南子さんは」「もぐもぐ」「ちびのりこさん、聞いていますの?」
「ああもぅっ、うるしゃいっ! わたしはしょーとくたいしじゃないんだから、いちどにゆーな!!」
 乃梨子がこう怒鳴りつけてやっと静かになった。 聞き取れた中から気になることを訊いてみる。
「いま、だれかごはんたべて――じゃなくって、とぉことかなこしゃんがどうかしたの?」
 乃梨子がそう問うのに、皆を代表して恭子さんが答えてくれた。
「こういう事です」
 その言葉に二つの人だかりが割れ、それぞれの中央から現れたのは――
「とぉこ…… かなこしゃん…… あんたらもか……」

 それは、『ちびとうこ』と『ちびかなこ』の二人だった。


「まあ、とにかくはなしをきかしぇて」
 乃梨子は二人を教室の後ろ、少し開けたところへ誘う。 三人をクラスメイトがやや遠巻きに囲む形になった。

 まずは瞳子。 『ちびとうこ』は『ちびのりこ』よりも少しちっちゃくて、短いドリルをちょこんと纏め、愛くるしい感じ。 なんだけど。
「ごめんとぉこ。 あんたにもうつしちゃったみたいだね…… わたしのめんどーみてもらってたから」
「……」
 瞳子はずっとムッツリしてる。
「なんかげんきないね。 わたしができること、なんでもしてあげるから、げんきだして」
「……」
「…… なんかゆってよ。 しょれともわたしのこと、きらいになっちゃった? うつしちゃったから……」
「ちっ、ちがぃまちゅわ!」
「!」
 ――全員静まり返る。 今の何?
「とぉこ、あんた…… いまのこえ……」
 言うなれば―― 『アニメ声』
「――ふ、ふはははっ! え〜? あんたなに、しょのこえ! どちたんでちゅか〜 かわゆいでちゅね〜 はっははは――」
「の、のりこたんっ! わらわないでくだたい! もぉっだからちゃべるのが、やだったのでちゅわ! のりこたんなら、わかってくだたるとおもっていまちたのに!」
 クラスの皆で容赦なく笑い飛ばす。 あの可南子さんまでどっかツボに入ったようだ。
「みなたんひどいでちゅわっ。 もぉとーこないちゃいまちゅっ」
「ごめんごめんとぉこ。 あまりにもはまってたもんだからつい。 かわゆくてとぉこににあってるって」
「…… ほんとでちゅか?」
「ほんとほんと」
 うんうん、とクラス全員でうなずいて。
「…… ゆるちてあげまちゅ。 もぉ、わらわないでくだたいね」
 やっと瞳子は笑顔を見せてくれた。 一応元気なようだから安心した。
「しょれで、とぉこはちびのげんいんにこころあたりある?」
「…… なにもわかりまちぇんわね……。のりこたんもかわらぢゅでちゅか?」
「うん…… なにも……」
 二人で押し黙った。


 気を取り直して、乃梨子は今度は可南子さんに向き直る。
「あれ? しょぅいえば、かなこしゃん、なんかひしゃしぶりのよぅな?」
「乃梨子さんご存知ありませんでした? 可南子さんずっとお休みでしたのよ」
 周りの誰かが乃梨子の疑問に答える。 そうか、休んでたのか。 毎日テンパってて気付きもしなかった。
「かなこしゃんはげんきだった? やっぱりちびになったからやすんでたの?」
「――それもあるわね」
「しょれも?」
「いえ、べつに」
「?」
 何か引っかかるものを感じて、乃梨子は可南子さんを見つめた。 『ちびかなこ』は確かにちびっこ、なんだけれど。
「かなこしゃんって…… ちびになってもでかいね……」
 乃梨子より頭ひとつ分近くデカい。
「むかしから、けんこうゆうりょうじなので。 うらやましいかしら?」
(ううっ、確かに今は羨ましいかも。 一応ちゃんと話せているし)
 そんな事を考える乃梨子の後ろの方から、敦子さんが話しかける。
「それにしても、新鮮ですわね。 可南子さんを見下ろせるなんて。 何だか可愛いですわ♪」
「がいやはだまれ」
 間髪おかず、可南子さんが反応する。 毒の強さは相変わらずだ。
「ええ、敦子さん。 可愛らしくて頭をなでなでしたくなっちゃいますわ♪」
 今度は美幸さん。
「うるさいだまれ。 ぼんじんがでしゃばるな。 おまえらものろうぞ」
 キレた、ように見えるけれど。 何かほんのり顔が赤い。 まさか照れてるのか? 柄にも無く。
「まあまあかなこしゃん。 のろうって、あんた――」
「ふん、しんじないの? わたしののろいのちからはみんなみているのよ」
『は?』
 どこで?―― 周りも俄かにざわめき出す。
「めのまえにあるじゃない、しょうこが。 それもみっつも」
『えっ?』
 ―― その言葉に全員沈黙する。
(それは、なんというか、まあ、あれだ……)

 息を吸い込んで。
『かなこっ!! あんたがげんいんかっ!!』
 全員でつっこんだ。


 みんなで呆れ返っていると、瞳子が踵を返してちまちま歩き出した。
「とぉこ、どこいくの?」
「ぢぶんのちぇきにかえるのでちゅ!」
「おこらないの?」
「ふん、とーこはあんなひとの、ようちないたぢゅらにちゅきあうほど、こどもではないのでちゅわ。 では、ちつれいちまちゅ。 ちねっ! ほちょかわかなこっ!」
 捨てぜりふを残して、瞳子はよちよち歩いていった。 余程可南子と関わり合いたくないらしい。 強がりは相変わらずのようだ。 ほっとこう。

「しょれでなに? なにがもくてき? へんとうしだいではただじゃおかないけど」
 乃梨子は可南子に返答を迫る。
「ふ、どうたたじゃおかないというの? そのみじかいおててでなぐる?」
「…… あんただけがちょーじょーのちからをもつとおもわないほーがいーよ」
「そう…… あなたも……」
 睨み合う二人。 じりじりと距離を離す。
(さて、どう出るか……)


 先に動かれた!

「せんてひっしょう! ふぁいあぼーる!!」
 何処からか取り出した巻物を、可南子が勢い良く広げる!
「くっ! おん・まりしえい・しょわか!!」
 守りの護法。 乃梨子は両手で素早く印を結ぶ!
「きゃ〜!」「二人とも落ち着いて!」「もぐもぐ」「に、逃げないと!」「自分で取ってよ」「瞳子さんドリルで!」「お、お姉さま!」「先生呼んでくる!」
 観客が悲鳴(?)を上げる!


 ―― 二人の魔道対決が今……!

「…… ひがでないわね……?」

「ゆ、ゆびが…… いんがうまくむしゅべないよぅ……」

 終わった。


「かなこ、あんたまりょくきらしてるの?」
 乃梨子はとりあえず仕返しは諦める事にした。
「そのようね。 のろいにかかりきりだったので」
 そこが解らない。
「だいたいなんでわたしたちをのろったの? わたしにとぉこにしゃちこしゃま。 あと、じぶんまでのろうなんてどうかしてる」
「しっぱいしたのよ。 ほんらいのねらいはひとりだったんだけど」
「はぁ? しっぱい?」
(おいおい、失敗で私はずっと苦労する羽目になったのかよ……)
「のろいをかけるごとに、はねかえされて」
「はねかえしゃれた?」
「いるじゃない? はねかえしそうなものぶらさげたやつが」
『―― あっ』
 『なるほど』と、全員で納得する。
 アレにそんな効能があったとは。 アレの乱反射で乃梨子や祥子さまが呪われた訳だ。 二人とも割と傍に居たから。

「じじょーはわかったけど、しょれならどーやってとぉこをちびにできたの?」
「ゆみさまにけーきをふたつ、ゆうそうさせていただきました。 『とうことふたりでたべてください』と、かーどをそえて」
「じゃあ、ゆみしゃまもいまごろは……」
「なっておられます」
『まあっ!』
 可南子の言葉に、周りから歓声が上がった。 聞くと、「是非お会いしたいですわ」「次の休み時間にご一緒に」等々。 
 まあ乃梨子にも気持ちは分かる。 あの祐巳さまなら、さぞ愛くるしい『まめ狸』に成り果てている事だろう。 でも。
「ゆみしゃまも、おきのどくに…… よしのしゃまにようしゃなくかわいがられるな……」
 想像するだにお気の毒な事だ。
「そのしんぱいは、いらないわ」
「え、なんで?」
「ろさ・ふぇてぃだ・あん・ぶぅとんも、ちびにしてやったので」
 ―― 今度は歓声は上がらなかった。 こちらもあるイミお気の毒。
「…… なんでまた」
「ろさ・ふぇてぃだと、とりひきしました。 せいふくがほしかったので。 よにんぶん」
 ―― これはまたお気の毒な理由で。 そういや二人の制服も高等部のデザイン。
「へぇ……」
「きのうのうちに、それぞれのいえにとどいたので、きょうわたしはとうこうしたのよ。 せいふくがなかったから」
「……」
「できあがりがはやかったので、よしのさまにはねこみみもさーびすではやしといたわ」
「かなこ……」
「なにかしら?」
「あんた…… しゅげえな……」
 とんでもねえ奴。
「ふふふ、それほどでも」
 ニヤリと可南子が笑う。
(しかし、今頃は……)
 乃梨子は想像を巡らせる。

 平和な教室に放たれた『ネコ科の猛獣』が「ガルルッ!」とか「キシャ〜ッ!」とか言って、怯える『まめ狸』に襲い掛かるのを『七三と眼鏡』が「メモメモパシャパシャ」やっている、二年松組の光景を。

 祐巳さまには本当にお気の毒なことだ…… 知らず涙が出る。

 乃梨子が悲しみを振り払って。
「そんなわけだから、なおすのはしばらくまって。 まりょくがかいふくするまで」
「まあしょーがないよなあ……」
 可南子とそんな遣り取りをしていると、周りの集団から手が上がった。 敦子さんだ。
「あの…… 発言しても良いですか?」
「まあ、いいけど。 いまはのろえないし」
「…… それでは、遠慮なく。 あの、魔力がお切れでしたら、宿屋に一晩お泊りになれば回復するのでは?」
「「はぁ?」」
 周りから「そうですわね!」「流石は敦子さん」などと聞こえてくる。
「…… このあたりで『INN』と、きのかんばんをかかげたやどやがあるとでも?」
 その返事に『あっ』と皆が思い当たる。 「そう言えば確かに……」「新宿の方になら、もしや……」「相場は何Gですの?お高いのかしら」などと口々に言っている。
 ―― まあ、心配してくれて居るのだから、有り難い事なんだろう。
 「はいっ! 良いですかっ?」
 美幸さんだ。
「―― こんどはなに?」
「はいっ、それが駄目でしたら、エリクサーなどをつかえば良いと思いますっ!」
「……」
 今度も周りから、「それなら一発ですわ!」「美幸さんもやりますわね」「何故気付かなかったのでしょう」などの声。
「じゃあ、かってきて」
 その返事に今度は『えっ』と皆が引く。 「ミルクホールに有りますかしら……」「どくけしの方が良いのでは」「秋葉原の方になら、あるやも……」「ギルの持ち合わせがございませんわ」等々なんか言っている。
 ―― その『不死の薬』がホントに在るならこんな事に使っちゃダメだろうに。

「あの、しんぱいしてくれるのはありがたいけど、のろいならじぶんでもとけるから」
 そう乃梨子が言うのに、『へ?』と全員気の抜けた声を出した。 可南子も同様だ。
「みてて。 ゆっくりとていねいにしゅれば、いんがくめるから、こうして…… あとはくじゃくみょうおうの――」
「乃梨子さん、ちょっとお待ちになって」
 何故か恭子さんが呼び止める。 早くこの忌々しい体から解放されたいのに。
「なに? なんかあるならはやくゆってよ!」
 乃梨子の返事はつい怒気を含んだものになったが、恭子さんは呑気な感じで言った。
「呪いを解いた後、何をお召しになるんですの?」
「あ」

 今日一日は我慢しなくてはならないようだ。



 そんな訳で今日の一年椿組は、ちびっこ三人が最前列に並んで座っている。

「ふむふむ……」
 ど真ん中でノートパソコンをぺちぺち叩いている乃梨子が、右を見ると。
「もぢが…… もぢがかけまちぇんわ……」
 瞳子がベソかいていて。 左を見ると。
「くすくすくす……」
 可南子が、こっちは乃梨子同様パソコンを叩きながら不気味に笑っている。

 授業中、可南子から電子メールが来た。乃梨子が開けてみると。

『瞳子さんをちびにしたのは、瞳子さんが困っていれば祐巳さまがほっとかないから。
 そうこうするうち、結果スールになるだろうという作戦。了解?』

 と、書いてあった。 乃梨子は「可南子も優しい所あるじゃないか」と思って。

『作戦は良く解ったし、私も協力はするけど。
 アホか!? 手段は選べよな、コノヤロウ!!』

 と、返信しておいた。






 後日。
 体もすっかり元通り。 瞳子以外は。
 瞳子も作戦に乗っかったから。 祐巳さまにベッタリ甘えて、祐巳さまも満更じゃ無さそう。 もう時間の問題かもしれない。
 あの件は、一年椿組だけの秘密になった。


「乃梨子さん、用事って何?」
 ここは人気の無い校舎裏。 乃梨子は可南子を呼び出した。
「借りを返して貰おうと思ってね」
「何? やるって言うの?」
 可南子の目つきが俄かに鋭くなる。
「やらないよ。 可南子、あんた、ちびの呪いの逆って出来ないの?」
「は?」
「たとえば…… 志摩子さんを…… はぁはぁ」
「ああ、そう言う事…… 祐巳さま…… はぁはぁ」
「…… 私も協力するよ?」
「どんな?」
「これを…… こう……」
「それは良いわね……」

「「うふふふふふふふ――」」



 そこには黒い笑いだけが存在した。


 おしまい♪


【417】 ファーストコンタクトリクエスト  (琴吹 邑 2005-08-24 23:13:24)


「乃梨子ちゃん。何か悩みがあるなら、話聞くよ?」
 文化祭が終わって何もないこの時期、薔薇の館にいるのは、私と紅薔薇のつぼみの祐巳さまだけだった。
 黄薔薇姉妹は部活。紅薔薇さまは家の用事で帰られていた。志摩子さんは委員会で、まだ来ていなかった。
 私はぼんやりと窓の外を見ていたのだけど、そんな私から何か感じ取ったのか、祐巳さまがそんなことを言ってきた。
 祐巳さまにしては、察しが良いのかも知れない。そんな失礼なことを考えながら、考えていたことを多少なりとも形にする。
「うん。悩み……かな。でもまだ、自分でも、よくわからないんです。いや、漠然とはわかってるんだけど」
「私で良かったら、相談に乗るけど……志摩子さんの方が適任かな?」
 小首をかしげてそう言う祐巳さまを見て、私は決心をした。
 元々、うじうじ悩むのは趣味じゃないのだ。
「実は、祐巳さまにお願いがあるのですが……」
「うん、私でお役に立てるなら、いくらでも話を聞くけど」
 私は薔薇の館に私と祐巳さましかいないことを確認して、そして、祐巳さまに近づいた。
 そして、祐巳さまの耳元で、小さな事でそっと祐巳さまにあることを告げる。
「え! 祐麒に?」
 びっくりした声で、叫ぶ祐巳さまの口を慌てて塞ぐ。
「えっと、本気? なの?」
 びっくりした顔で、私を見つめる祐巳さまを見て、私はこくりと頷いた。

私がお願いしたこと。それは今度に日曜日に祐巳さまの弟さん――祐麒さんに逢いたいと伝えて欲しいというものだった。



【No:418】に続く


【418】 ファーストコンタクト  (琴吹 邑 2005-08-25 00:19:39)


琴吹が書いた【No:417】「ファーストコンタクトリクエスト」の続きになります。   

 翌々日。薔薇の館で、こっそりと祐巳さまが耳打ちしてくれた。
「OKだって。M駅の改札に10時で良いか聞いていたけど……」
「それで大丈夫とお伝え下さい」

 これで、願いが叶えられる。そう思うと、知らず知らずに顔がにやけている。
「あれ? 乃梨子ちゃん何か良いことあった?」
 興味深そうに訪ねる由乃さまの追及をかわすのが大変だった。



 待ち合わせの日。私は、いつもより一時間早く、目が覚めた。
 仕事が休みの菫子さんはまだぐっすりと寝ているようだ。
 私は、棚からフレークを出して、牛乳を掛けて食べた。
 朝ご飯を食べた後、顔を洗い、部屋に戻って、服を着替える。
 その服は私のお気に入り。以前志摩子さんに見繕ってもらった白地のワンピース。
 昨日どんな服を着てこうかさんざん悩んだ末に決まった服だった。

 服を着ていつもより少し念入りに髪をとかす。
 そして、少し迷って色つきのリップを唇に塗った。

 まるで、デートに行くみたい。そう考えて思わず苦笑した。
 男の子と二人で出かけるのだから、ある意味デートには違いないのだ。

 時計を見ると、出発予定時刻から5分過ぎていた。
 そろそろ行かないと遅刻してしまう。こちらから呼び出しておいて、待たせるのは、いくら何でも失礼だろう。

「いってきます」

 菫子さんが寝ているから小さな声でそう言って家を出た。

 もう季節は秋。いい加減に残暑も和らぎ、もう長袖が手放せない時期になっている。
 空は高く、馬肥ゆる秋と言ったところだ。
 バスを待ちながら、祐麒さんにあったら最初にどんなことを言おうか考える。
 やっぱり、最初は、急にお呼びだて済みませんと言ったところだろうか。
 そんなことをぐだぐだと考えているうちにバスが来た。
 ファーストコンタクトまで、あと30分。


 バスは快適に流れ、無事にM駅に到着した。バスから降りて、待ち合わせ場所の改札前へと向かう。
 今日は休日のせいか、いつもより人の流れは少ないようだ。
 電車通学しているクラスメイトから話を聞くと、通勤電車はすし詰めという言葉がぴったりと言うくらいの混みようだと言うことだから。
 ぼんやりと、改札を見て待っているのも落ち着かなくて、私は鞄の中から本を取り出す。
 新井素子の『くますけと一緒に』お気に入りの一冊だ。
 でも、ページを開いても文書は全然頭の中に入ってこなかった。
 しばらく本を眺めていると、声を掛けられた。
「お待たせしました。ちょっと遅れちゃったかな?」
 気が付くと目の前に立っていたのは、花寺の生徒会長。祐巳さまの弟さんの祐麒さんだった。
 祐麒さんは白い襟付きの長袖のシャツと、少しくたびれたジーパン。そして、デニム地のジャンバーを羽織っていた。
 その言葉で時計を確認してみると待ち合わせに時間の10分前。少し早めに出てきてくれたのであろう気遣いが少し嬉しかった。
「お久しぶりです。お元気でしたか? 祐麒さん」
 私はそう言って、彼にほほえみかける。
 彼は、ぼけっと私の顔をじっと見つめてた。
 その様子に、私は首をかしげる。
「なにか?」
「いや、その、なんでもない」
 少し顔を赤くして、しどろもどろに答える祐麒さん首をかしげながら、私は言葉を紡ぐ。
「とりあえず、お茶でも飲みませんか?」
「あ、そうだね。ファミレスで良いかな?」
「はい」

 そんなやり取りをしたと、私たちは近くのファミレスに向かった。
 これが、私と祐麒さんのファーストコンタクトだった。
 もちろん厳密には花寺の文化祭や劇の時にあっているのだからファーストコンタクトではないのだけど。


【No:420】へ続く


【419】 瞳子大変身清水の舞台から飛降た  (柊雅史 2005-08-26 03:08:12)


「わたくし……頑張ってみますわ」
七転八倒、七転び八起き。紆余曲折の上、急がば回れの格言通り、遠回りに遠回りを続け、すったもんだの挙句に九十九折をえっちらおっちら登りつめ、ようやく決意に満ちた目で瞳子が宣言した。
「そう……」
頷く可南子さんの目はどこまでも優しい。まさか可南子さんがこんな目で瞳子を見る日が来るとは思わなかった。天敵同士だった二人がここまで親しくなったのには、本当に山あり谷ありで大変だった。
「瞳子、頑張って。私は――瞳子以外の人と、山百合会やってくつもりはないんだからね!」
ぐっと瞳子の手を握り、乃梨子も力強く瞳子を励ます。
可南子さんもそうだけど、乃梨子自身、このやかましい友人に、こんなセリフを贈る日が来るなんて、考えてもみなかった。
けれど、それは乃梨子の本心だ。
「乃梨子さん、可南子さん……ありがとうございます」
ちょっぴり目を潤ませて頷く瞳子。
こんな風に素直な瞳子も珍しい。
「お二人には本当にお世話になりましたわ。怖くない、と言ったら嘘になりますけど、でも、例えわたくしの心が祐巳さまに届かなかったとしても――わたくしには乃梨子さんも可南子さんもいる。それが、とても心強いですわ」
瞳子が乃梨子と可南子さんを見て微笑む。
そこにあるのは信頼と友情。乃梨子たち三人の間に流れる、確固たる絆。
それを手にするまでに、本当に色々なことがあった。衝突もした。でもそれがあったからこそ、今、乃梨子たちは固く手を握り合える。
残念ながらその全てを語る時間はないけれど、大事なことは過去じゃない。これから、瞳子がどうするのか。そう、未来のことなのだ。
「よし、行ってこい、瞳子!」
乃梨子は過去の出来事を頭の片隅に追いやって、大事な親友の背中をバシッと叩いた。
「当たって砕けろ、だよ。骨は拾ってやるからね!」
「はい!」
乃梨子と可南子さんに見送られ、瞳子は駆け出して行った。
決意を込めて、祐巳さまの下へ……。


「――祐巳さま!」
中庭で祐巳さまを発見した瞳子が、決意に満ちた表情で祐巳さまを呼び止める。
「瞳子ちゃん……」
「祐巳さま……」
振り向いた祐巳さまに、瞳子が大きく深呼吸をする。
遠くから様子を見守っていた乃梨子と可南子さんは、思わず違いの手を握り合っていた。
――頑張れ、瞳子!
声には出さないけれど、乃梨子も可南子さんも想いは一つだ。
「祐巳さま……わたくし、祐巳さまに伝えたいことがあります」
「伝えたいこと……?」
「はい……」
瞳子の真剣な様子を感じたのか、祐巳さまも真剣な目で瞳子を見詰める。
その祐巳さまの目を真っ直ぐに見詰め――瞳子がぐっと拳を握った。
「――瞳子さん……」
「大丈夫。瞳子なら――やれる」
可南子さんの不安げな声に、乃梨子は可南子さんの手を強く握り返して言った。
そうだ、瞳子。瞳子ならやれるはずだ。
勇気を振り絞って。頑張れ、瞳子!
「わたくし……わたくし……本当は……」
瞳子が、正に清水の舞台から飛び降りるくらいの勇気を振り絞り――
言った。



「本当は……祐巳さまに縦ロール弄られるの、嫌いじゃないですから!」



「「えーーーーーーーーーーーーっ!?」」
瞳子の宣言に乃梨子も可南子さんも思わず叫ぶ。
ちょ……待って欲しい。待て、瞳子。
アンタ、これだけ私に壮大かつ遠大かつ豪華絢爛で装飾華美な前フリ語らせておいて、それだけか!? それだけなのか!?
お前の清水の舞台はそれっぽっちの高さなのか!?
「え、そうなの? じゃ、じゃあ、ちょっと引っ張って良い?」
「は、はい……構いませんわ」
「わーい♪」
目の前には瞳子のドリルにじゃれつく祐巳さま。
それを見守るのは、紆余曲折で七転八倒で七転び八起きな過去を乗り越えた親友二人。
「――ま、まぁ、これはこれで」
「――良いの?」
一筋の汗を垂らしながらも、納得しようと頷いている可南子さんに、乃梨子は聞いた。
「ほんっとーに、これで良いの?」


とりあえず。
紆余曲折で七転八倒で七転び八起きな過去を乗り越えたらしい瞳子の親友二名の急務は、瞳子印の清水の舞台とやらを、突貫工事で立派な代物に作り変えることにあるらしい。
なんかもう、前途多難だ。


【420】 傘は1本  (琴吹 邑 2005-08-26 18:39:47)


琴吹が書いた【No:418】「ファーストコンタクト」の続きになります。 

 改札を離れ、ゆっくりと近くの、ファミレスに向かう。
 天気予報では夜から降ると言っていた割には、空はどんよりと曇っている。
 念のために折りたたみを鞄に入れてあるけれど、降らないといいなと思う。
 雨降りの移動は大変だから。せっかくのワンピースが汚れるのも悲しい。
 空を見た後、祐麒さんをこっそりと見る。
 相手との距離はつかず離れずの距離だ。
 この距離は、志摩子さんが何か考え事をしているときに取る距離。
 近くもなく遠くもない距離だ。
 それは、相手の邪魔にならない距離で、邪魔にならない範囲で一番近い距離。
 その距離で、正しいと認識しているはずなのに、もう少し、近づきたいと思っている自分がいる。
 理解できない。いや、理解したくない、不思議な感覚。それがいやでないことも事実だ。

 そうこうしているうちに、ファミレスに着いた。

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「えっと、二人でいいんだよね?」
 その言葉に首をかしげる。今、私この場には二人しかいないはずなのに。
「ええ」
「じゃあ二名で」
「おタバコはお吸いになりますか?」
「いえ」
 そんなやりとりの後、私たちは奥の壁際の席に通された。

 席に着くとすぐにウエイトレスがお冷やをテーブルに置きに来た。
 「ご注文は、ございますか?」
 お冷やを置いたウエイトレスがそう聞いてきたので、私はアイスティーを祐麒さんはホットコーヒーを注文した。
 
 ウエイトレスが戻るとしばし、テーブルに沈黙が訪れる。
 私は冷やに口をつけると、その沈黙を破るように先ほどの疑問を口にした。
「入るときに何で、2名って確認したんですか?」
「藤堂さんが後から来るのかなって思ったから。白薔薇姉妹は黄薔薇には負けるけどものすごく仲がいいって祐巳が言ってたからね」
 なるほど、来るかもしれない志摩子さんに気を遣ってくれたわけだ。この場にいない人に気を遣うのはなかなかできる事じゃないと思う。
 薔薇の館の住人が、そういうことを無意識にやるとしても、ほぼ完全な部外者の祐麒さんには意識してやらないと無理だろう。
 私はその行動に少し感心した。だてに花寺で癖のある生徒会役員たちをまとめている訳じゃないんだなと思った。
 だから、私は心のメモ帳に、「福沢祐麒 −2」と書き込んだ。
 願わくば、今日別れる前までにこのポイントがプラスになっていればいいと思いつつ。
「そうでしたか。でも、今日は私だけなんです。あそこに行くには、白薔薇さまは目立ちすぎてしまいますから」
「それはそうかもしれないけど、それは二条さんも同じだと思うよ」
「ええまあ、でも、何かあったときに志摩子さんを巻き込みたくないですし」
「なるほどね。結構うるさいんだって? 新聞部?」
「そうですね。でも、祥子さまたちの話を聞く限りでは、去年の方がもっとすごかったといってましたから、今年はさほどでもないのかもしれません。新聞部の真美さまと祐巳さまが同じクラスだとかで、多少融通を利かせてくれていると言うことです」
「へぇー」
 私がそういうと、祐麒さんが感心したように声を上げた。
「報道関係を抱え込んでるとは祐巳も意外とやるんだな。報道関係抱き込めば、いろいろ前段階で対処できるものな」
「祐巳さまにはそんな意図全くないと思いますが」
「まあ、そうだろうなあ」
 そういって、お互いにくすりと笑う。誰にでもとけ込んでしまうあの先輩は、この場にいなくても、場を和ませてしまうのだから、ある意味ものすごい才能だ。
 そんなことを思っていると、ウエイトレスがやってきて、注文したものを届けに来た。
 私の前にアイスティーが、祐麒さんの前にホットコーヒーが置かれる。
「ごゆっくりどうぞ」
 その言葉で、テーブルに再び沈黙が訪れる。
 お互いに距離感をはかりあっているという感じで微妙な緊張感が場に漂う。
「えっと」
 その沈黙を破ったのは、今度は祐麒さんの方だった。
「今日の予定だけど、10時20分のバスに乗って、向こうに行く予定だから」
 その言葉に時計を見ると10:10分を指していた。
「はい。楽しみです」
 その言葉は嘘じゃない。今回行く場所も目的の一つだ。私にとっては珍しく、それがメインじゃないのだけど。
「ずいぶん急だったよね? なんかあったの?」
「急にお願いしてすみませんでした。文化祭も終わりましたし、このままだとせっかく誘っていただいたのチャンスが無くなってしまうかもと思ったんです。まあ、結局は思い立ったが吉日なんですけど」
「なるほどねえ。今日二条さんが行きたいって言うことを伝えたら、すごい喜んでたよ。普段かわいい女の子なんか来ないからだと思うけど」
 何気なく言った祐麒さんの言葉にドキドキする。ちょっと顔がほてる。男の子からかわいいと言われるのにはなれていないから。
 でも、そんなそぶりは見せないように、アイスコーヒーをすすりながらぼんやりと思う。
 祐麒さんは間違いなく祐巳さまと姉弟なんだなとおもった。さらっと、人が赤面するようなことを自分では全然気づかずに言うのだから。
 メモ帳にさらに、−2を追加した。

 しばらく話を続けていると、時間になった。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
 その言葉にほっとする。先ほど祐麒さんが言った言葉が、ぐるぐる回り、舞い上がってるのがわかっていたから。
 受け答え自体は問題なくできているはずだから、相手には気がつかれていないだろうけど、正直、全然何をしゃべったか覚えていない。


 会計をすまして、外に出ると雨が降っていた。
 「まいったな。傘持ってきていないんだよな。天気予報夜まで降らないって言ってたのに」
 「降って来ちゃいましたね」
 そういいながら空を見る。それほど強くないが、傘を差さないで歩くと数分でぐっしょりになってしまう。そんな感じの雨。
 鞄の中にには折りたたみ。傘がないこともない。ただし1本。ここで傘を差し出せば、一本の傘に二人ではいることになる。
 バス停まではそれほど距離がある訳じゃない。走れば、それほどは濡れないだろう。
 どうしようか…………。
 私はしばらく悩んでから祐麒さんに声をかけた。

【No:424】へ続く


【421】 ってなに?仏様?  (水 2005-08-26 22:55:44)


「ゆ、祐巳さまはまた…… それはロシアの民芸品で、全く何の関係もありません」
「へぇ、そうなんだ。 なぁんだ関係ないんだ」

 x x x x

「………… 単なる熊のぬいぐるみです」
「ふ〜ん」

 x x x x

「………… それ饅頭……」
「あれ? 何か元気ないね?」

 x x x x

「―― いいえ、むしろ祐巳さまがそうなられます。 これから……」
「え? それってどう言う――」


【422】 かわいい娘には眼鏡と麦わら帽子  (柊雅史 2005-08-27 04:07:51)


「うわー、すごい!」
車から下りた祐巳は目の前の光景に感嘆の声を上げると、真っ白なワンピースの裾をはためかせながら、緑の絨毯へと駆け出していった。
冬には雪に覆われるゲレンデは、夏になると草花が一面に咲き乱れ、とても綺麗な風景を見せてくれる。
スキーのメッカとして有名なこの地方の、夏だけに見られる秘密の風景。あまり人には知られていないこの風景が、祥子は好きだった。一面の緑、白や赤の花、ひらひらと舞っている白い蝶。
冬のゲレンデよりも、夏のこの風景の方がどんなにか美しいだろう。
その美しい風景を祐巳にも教えてあげたくて、祥子は苦手な車を出してもらって、祐巳を連れてきたのだが、祥子の意図は大いに成功したようだ。祐巳は輝くような笑顔で緑の絨毯の中を舞い、楽しそうな笑い声を上げている。
「――祐巳、こっちへいらっしゃい」
祐巳のことを目を細めて見ていた祥子は、用意しておいた麦わら帽子を手に車を出て、祐巳を手招いた。
この場所は高地にあるので、夏でもそれなりに涼しくて過ごしやすい。けれど夏の日差しは強いから、油断をしていると日射病にかかってしまう。
小走りに戻ってきた祐巳に、祥子は麦わら帽子を渡す。
「これを被っておきなさい。日射病になってしまうわよ?」
「はい、ありがとうございます」
祐巳が素直に頷いて帽子を被る。
「麦わら帽子なんて久しぶりです。――どうですか?」
麦わら帽子を頭に載せてつばを両手で支え、祐巳はくるりと一つ回って笑顔を向けた。
「――おぶっふぅ!!」
「お、お姉さま!?」
祐巳のあまりの可愛さに、思わずなにかよく分からないものを吹き出した祥子に、祐巳が驚いたように駆け寄ってくる。
「な、なんでもなくってよ、祐巳。とても似合っているわ。なんて言うのかしら、祐巳の素朴さと純情さがパワーアップして無敵のスターマリオって感じよ」
「すたーまりお……?」
僅かに首を傾げたものの、とりあえず誉められたことは分かったのだろう。祐巳が嬉しそうに微笑む。
「私、麦わら帽子って好きです。どことなく可愛らしいですよね」
「ええ、全くもってその通りだわ。不覚にもこれまではココまで破壊力のある代物だとは気付かなかったけれど。白いワンピースに、麦わら帽子。ポイントは帽子に結んだ白いリボンね。しかもあなた、くるっと回ってみせるなんて荒業をどこで習得したの? 危うく昇天するところだったわ……」
無邪気に笑う祐巳に対して、祥子は額に浮かんだ汗をふぅと拭った。
祐巳、恐ろしい子……なんて、ちょっと呟いてみる。
「お姉さま、この辺りに咲いてるのは、クローバーなんですね。――四葉のクローバーとか、あるかもしれませんよ?」
祐巳が帽子を被ったまま、地面を見ながらてくてくと歩いている。
それは一枚の絵画のような光景だった。
「――素晴らしいわ」
思わず祥子は呟く。
素晴らしい。本当に素晴らしい。祐巳+白のワンピース+麦わら帽子。最強のコンボだ。祥子の心にクリティカルである。
これ以上に素晴らしいコンボがこの世に存在するだろうか?
否――と首を振りかけ、祥子はちょっと待てよと首を振るのを止めた。
「眼鏡」
唐突に思い浮かんだその単語。祐巳+白のワンピース+麦わら帽子+眼鏡。
「ちょ、祐巳、そんな……」
想像した。想像しちゃった。眼鏡をちょこんとかけた祐巳が、麦わら帽子を被って手でつばを支えながら、くるって回っちゃう姿を。
凄い破壊力だった。
「祐巳! 祐巳! ちょっといらっしゃい!」
祥子は車に半身を突っ込んで目当ての物を探しながら、祐巳を呼んだ。
「お姉さま、どうかしましたか?」
夢中で四葉のクローバー探しをしていた祐巳が戻ってくる。
祥子はそんな祐巳に、はい、と眼鏡を渡した。
「これをかけておきなさい。えーと、ホラ、紫外線で赤外線で可視光線がビビビ電波だから」
「は……?」
にっこり微笑んだ祥子だが、祐巳はワケが分かりません、という表情になった。
「だから、夏の日差しよ、祐巳。太陽光線がこう、ね? 分かるでしょう?」
「は、はぁ……」
正直分かりません、と祐巳の表情が語っている。
「良いから、危ないからかけておきなさい」
「は、はい……」
何が危ないんだろう、って表情で、それでも祐巳は素直に眼鏡をかける。
確かに、危なかった。物凄く危なかった。主に祥子の心臓と理性が。
「えっと……どうですか?」
「そうね……さっきみたいに回ってくれるかしら?」
軽く首を傾げて聞いてくる祐巳に、祥子はリクエストする。
「回るんですか?」
不思議そうな顔をしながらも、祐巳が帽子のつばに手を添えながら、くるっと一つ回転する。
「――おぶうっ!」
「お、お姉さまぁ!?」
ばたり、とその場に崩れ落ちた祥子に祐巳が慌てて駆け寄ってくる。
そんな祐巳にぐっと親指を立てて、祥子は言った。
「よくってよ、祐巳!」


夏の草原にはこれしかない。
可愛い祐巳と眼鏡と麦わら帽子。
これでもう、祥子はごはん3杯は食べれる自信があった。


【423】 みたこともない散歩猛スピード  (西武 2005-08-27 22:02:30)


この話はNo.276「週刊やっぱり猫が好きあなたのために」の後日談となります。

「ようこそ山百合会へ、黄薔薇のつぼみ」
「白薔薇のつぼみ、よろしくお願いします」

「菜々ちゃんは犬と猫どちらが好みなの?」
「そうですね、犬でしょうか」
「そうなの?………」
「意外ですか?」
「うん。期待してただけにね。2年生は祐巳さまの影響で犬派というかイヌ科派が多いんだよね」
「すみません。でも、犬は刺激的ですよ」
「そうなんだ?」
「なんというか、リードをつけないで散歩するスリルは最高ですよ。いきなり走り出して何が起こるかわかりませんしね」
「ああ、そういうこと。あの方ずっと猫だとおもってたよ」
「そうなんですか」
「リードはつけてくれないかな、山百合会としては」
「つまりませんよ」
「新聞部の真美さまと話が合うようなそうでないような気がするよ」


【424】 間が悪かった二条乃梨子  (琴吹 邑 2005-08-27 22:27:36)


琴吹が書いた【No:420】「傘は1本」の続きになります。 

「傘、有りますから、入ってください」
 そう言いながら鞄の中なら折りたたみを取り出す。
「え? でも……」
 やはり一つの傘に二人ではいるというのは抵抗があるのだろう。
 ここで、にっこり笑ってありがとうとでも言ってくれれば、+にポイント入れるのに。
「近くにコンビニもあるし、そこで買うよ」
「ですが、お金ももったいないですし、時間もありませんよ」
 そういって、腕時計を祐麒さんに見せる。
 時計は10:17を指していた。
 3分という時間は結構長いのだが、コンビニで買い物をするには少し短い。ましてや指定の時間のバスに乗るには全然足りないだろう。

「そうだね」
 祐麒さんは時計を見ると諦めたように頷いた。

「じゃあ、俺が持つよ」
 私が傘を広げると、祐麒さんはそう言って傘を取り、私にそれを差し掛けた。
 雨に濡れないように、祐麒さんの方に近づく。
 ぱらぱらと雨が小さい折りたたみの傘をたたく。
 その音を聞いて、走っていきましょうと言わないで良かったなと思う。
 傘をたたく雨の音は私が思っていたよりも大きかったから。
 走っていったら、二人ともぐっしょり濡れてしまっていただろうから。


 一つの傘で二人で入る。別に何でもない光景のはずだ。
 相手が男の子でないのならば。
 実際、志摩子さんとで有れば何回かやったことがある。その時も少しどきどきした。
 志摩子さんは私の中で、やはり特別な存在だから。
 でも、相手が男の子――祐麒さんであると思うと、志摩子さんなんて比べものにならないくらいどきどきする。
 くっつきそうで、くっつかない距離。
 ファミレスに入る前は、これぐらいの距離も良いかもと考えていたのに、実際になってみると、こんなにどきどきするものだとは思わなかった。
「急がないと乗り遅れちゃいますね」
 私は内心のどきどきしているのを隠して、そう促した。
 祐麒さんの顔を見ると少し赤くなっているのがわかる。
 祐麒さんも緊張しているのだろうか?
 それから、バス停に向かう間。私たちの間に会話はなかった。

 バス停に着くと既にバスは到着していた。
 置いていかれないとおもうが、二人して少し早足になる。
「先に乗って」
 そう祐麒さんに言われて、ステップに足をかけたところでふと視線を感じた。

 そこにはあまり会いたくない顔がいた。何とも間が悪いというか。
 別にこんな時に、しかも二人そろっているときに出くわさなくても良いのに。
 それは、にんまりと笑って何かをメモしている真美さまと嬉しそうにカメラを持っている蔦子さま。
 休み明けのリリアンかわら版は物凄いことになりそうだ。
 もっとも、この計画を立てたときから、そうなることは想像の範囲のうちだったから、問題はないのだけど。

 私は小さくため息をついて、今はその二人を見なかったことにした。

【No:438】へ続く


【425】 薔薇ファミリー対抗戦シャルウイードリル?  (柊雅史 2005-08-27 23:53:07)


「色別薔薇ファミリーダンス対抗戦?」
「そうよ!」
えっへん、と胸を張る由乃さんが差し出した企画書に、祐巳と志摩子さんはあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
それはそうだろう、その企画書の発案者の欄には、燦然と『黄薔薇姉妹』の文字が輝いていたのだ。
黄薔薇姉妹。去年だったらそこに山百合会の良心こと令さまが含まれていたので安心だったのだけど、今年はちょっと事情が違う。意味するところは由乃さんと菜々ちゃんの二名。車で例えるなら、アクセルとターボモードである。
「せっかくこの時期まで、薔薇ファミリーが揃って二人組みなんだし、それを活かさない手はないと思うのよ」
「それは私たちへの嫌味ですか?」
由乃さんの指摘に乃梨子ちゃんと瞳子が渋い顔をする。
「そういうわけじゃないわよ。その点、私には何を言う権利もないしね。あくまでもこれは面白そうだから、よ」
「ふーん。でも、そんなに面白いかなぁ……」
祐巳は首を傾げながら、ぺらっとページをめくってみた。
「――ん? 黄薔薇さま、この出場ファミリーの紫薔薇姉妹ってナニ?」
「ああ、それ? ホラ、花寺の助っ人を迎えるのが伝統じゃない」
「なるほど、花寺の助っ人コンビにも出場して頂くわけですわね」
由乃さんの答えに瞳子が頷く。
「確かまだあちらの会長はお姉さまの弟さまだったと記憶していますわ」
「そうよ! 当然、紫薔薇『姉妹』を名乗る以上、しっかり姉妹になってもらうわよー!」
ぐっと拳を握る由乃さんに、祐巳はようやく由乃さんの狙いが分かってきた。色別薔薇ファミリーダンス対抗戦の何が楽しいんだろうと思ったのだけど、話を聞いて納得した。由乃さんは――そして恐らく由乃さん以上に、菜々ちゃん辺りが祐麒の女装姿を見たがったのだろう。
なんとも妹には甘い――というか、すぐに乗せられる――由乃さんらしいことだと思いながらも、祐巳はこれなら別に構わないかな、と薄情にも思う。
祐麒には悪いけれど、下手な企画を黄薔薇姉妹が思いつくくらいなら、いくらでも女装してもらいたい気分だ。これなら祐巳は適当に瞳子と踊っていれば良い。去年みたいなドタバタ学園祭はゴメンである。
「――これは内容的に考えて、紅薔薇さま次第じゃないかしら?」
だから、志摩子さんにそう話を振られて、祐巳はにっこり微笑んで答えた。
「私は全然構わないよ。良いんじゃないかな、これで」
「そうこなくちゃ!」
由乃さんがパチンと指を鳴らす。
これで今年の学園祭は、セリフ覚えに苦労することもなく、楽が出来そうだ――と祐巳が思ったところで。
由乃さんが不用意な一言を付け加えてくれちゃった。
「よーし、今度の学園祭でベスト・スールを決定するわよ!」
由乃さんのこの一言に対して、ピクッと三人の妹たちが肩を震わせた。


「――特訓をしましょう、お姉さま」
「――は?」
会議を終えてみんなが帰宅し、祐巳と瞳子だけになったところで、瞳子がおもむろに口を開いた。
「特訓ですわ、ダンスの。学園祭に向けて」
「特訓? そんな、大袈裟な」
「大袈裟ではありませんわ!」
バンッと瞳子が机を叩く。
「先程の黄薔薇さまのセリフをお忘れですか? あれは明らかな挑戦状でしたわ!」
「挑戦状って、そんな。由乃さ――黄薔薇さまは、単にうちの祐麒の女装が見たいだけだと思うけど?」
「甘い、甘いですわ! ええ、祐巳さまが今飲んでいる特製ミルクティくらいに甘いですわ! 正直、私はお姉さまの血糖値と体脂肪率が心配ですわ!」
「さりげなくキツイことを」
「お姉さまは騙されているのです! 想像してくださいまし、黄薔薇さまがダンス大会に優勝した時のことを! それこそ鬼の首を取ったように、菜々と二人で自慢しまくるに決まっていますわ! お姉さまは悔しくないのですか!」
「考えすぎじゃないかなー」
「いいえ、あの二人は必ずやります。なぜなら、私と乃梨子さんの反応が楽しいからですわ」
「ぅあ、凄い説得力」
言われてみれば確かにそうだ。あの二人なら面白い反応が見られるなら、相手が親友だろうと先輩だろうと薔薇さまだろうと、お構いナシにからかってくるだろう。
「乃梨子さんも私と同意見でしたわ。これからお二人で日舞の特訓だそうです。社交ダンスに日舞の動きを取り入れ、個性を演出する戦略だそうですわ」
「なるほど、考えたなぁ、乃梨子ちゃん」
「感心している場合ではありませんわ、お姉さま。日舞の白薔薇さまに、武道の黄薔薇さま。大して粗忽者のお姉さまには誇れるものがございません」
「――いや、事実だけど。だからってそこまできっぱり言わなくても」
「成長は自己を素直に見詰めることから始まるのですわ。――とにかく、まともに行っては私たちに勝ち目はございません。もちろん私は幼少の頃より社交ダンスを嗜んで参りましたが、お姉さまにはそのような経験はございませんでしょう?」
「普通はないってば」
「ですから――私は考えました。ええ。ベスト・スールの栄光を得るために、全てを擲ってでも勝利するために。結果――1つの結論に達しましたわ。私たちにあって白薔薇にも黄薔薇にもないもの。とてつもないインパクトを与えられるものが、存在することに気付いたのです。もはや、それを活かすしか、道はないのだと」
「インパクト……?」
「ええ、そうです」
瞳子が一つ頷いて、どこか遠い目を暮れかけた窓の外へ向ける。
そして――言った。
「……ドリルですわ」
「――へ?」
「私たちには、もはやドリルしかございません!」
「――ええええぇぇぇぇ!?」
血走った目を向ける瞳子に、祐巳は思わず立ち上がる。
「ど、ドリル? ちょ……瞳子、落ち着いて! あなた、自分が何を言っているか分かっているの!? 目の前の『ベスト・スール』なんて言葉の響きに騙されないで!」
「お姉さまには分からないのですわ! 『ベスト・スール』の言葉の魅力が! 妹にとって、これほどの名誉がございますでしょうか! いいえ、ございません反語っ!」
「と、瞳子……」
余りの鬼気迫る勢いに、がくがく震える祐巳に向かって瞳子が手を伸ばしてきた。
がっし、と肩に両手をかけて、瞳子が血走った目で祐巳を見詰める。
「お姉さま……しゃる・うぃ〜・どり〜る?」
そう問いかける瞳子への答えを、祐巳は一つしか持っていなかった。
「い、いえ〜す……」


ああ、マリア様。これは弟を売り渡した私への罰か何かなのでしょうか……?


【426】 空の箱羽毛掛け布団  (くま一号 2005-08-28 00:29:49)


忘れた頃にやってくる1/1マリア観音シリーズ
【No:61】 琴吹さんの「達人の域に達した聖が否定する」の続きになっているかどうかも、もはやさだかではなく。
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「祐麒!? 祐麒!! なによこれ。」

 日曜日の朝っぱらから福沢家の玄関先にどっかんと置かれているのは、空の箱、それも大きさ形は棺桶とも思える長方形の立派な木箱。しかしなんだか立派な塗りの箱で、なかには布団みたいなものが敷いてある、といえば棺桶じゃないよね。

「なんだよー祐巳ー。あ・・・。」
「あって何よ、あって。なにこれ? なにか知ってるの?」
「いいいや、知らないけど。お父さんの仕事関係じゃない?」
「事務所じゃなくてうちに?」
「建材のサンプルとか。」
「塗りの木箱にふかふかクッション? 建材ってより美術工芸品って感じよね。」
なかを覗いて見る祐巳。

「これ、羽毛布団だよ。わーなんかだれかこれに閉じこめて誘拐してきたところみたいだわ。」
「そ、そ、そう?」
「なんかあわててるわね、祐麒。まさか。」
「人さらいなんてしないよっ。」

・・・・・そういえば、もう2ヶ月近く前だけど。どういうわけだか私の等身大フィギュアが、それも別口で二つ作られたって噂があったのよね。お姉さまたちも、蔦子さんや真美さんもどうみてもあやしかったんだけどだれも口を割らなかったのよねー。
そういえば、乃梨子ちゃんのマリア観音はどうなったのかしら。

「邪魔でしょ、片づけとくよ。」
「ちょっとまて、祐麒。そのフタ見せて。」
「いや、別に何もないから。」
「見せなさいってば。」
「あああ、あの、こういうものは空箱も中の布団もヤフオクなんかで値段が付くんだから、あんまり乱暴に扱うと」
「なんですって? ちょっと貸しなさい。」

宛先 福沢祐麒、 差出人・・・・・・佐藤 聖。
あああぁぁぁぁ。
やっぱりそうかい。

「祐麒っ!」
「はいっ。」
「持ち物検査。」
「いや、あのね、祐巳、送りつけられたものはしょうがないわけでその、佐藤さんが」
「男の子は言い訳しない。」

じりじりと後ろ向きに階段を上らされ、自分の部屋の方へ追いつめられる祐麒。
こういうときにはどういうわけか迫力のある祐巳がずずずずずっと迫る。

「あんな大きな物簡単に隠せるわけないでしょ。きりきり白状しろいっ。」
「いや、そのちょっと、祐巳が見たらショックかなーと。」
「そのショックなものを祐麒が自分の部屋であーしたりこーしたりしてるわけ?」
「いいいやあの祐巳、仮にもおとおとおとととうとなわけで。」

ばたん。
「きゃーーー、なにこれーーーー。」
「・・・・・・(ついに最後の日か・・・・)。」

「本人の私よりいいもの着てるじゃない〜〜〜〜〜〜。なんなのよ〜。」

(がうぉ。つっこむところはそこかい。)

「これ、ゴスロリっていうの? こういうふわふわひらひらって、由乃さんだと似合うんだけどねー。どうせ聖さまのことだから、私のサイズそのままに作ったんでしょ。この衣装ちょうだい。」
「は?」
「だからあ。人形が本人より豪華なもの着てるって許せないからちょうだい。」
「おまえ、そんなの着るの?」
「うーん、コスプレって一度はしてみたいと思わない?」
「俺のコスプレで充分だろ。」
「へんなこと思い出させないでよ。」
「で、その、中身はどうするの?」
「そうねえ、目の前にいると気持ち悪いから祐麒どうにでもして。」

(あ、そう)

「で、俺が・・・・ぬがすの?」
「相手はマネキンよ。」
「そりゃ・・・・(そうだけど)・・・。」

・・・・・・衣ずれの音だけ3分27秒。

「ありがとー。聖さまにも御礼しとこっかなー。じゃね。」

(先代白薔薇様、祐巳はとてつもなく健全に育ってます。)
ぐったり、と、倒れ込む祐麒、と、つぶされたフィギュアから

『ぎゃう』

(どきいいいいっっっっっ。って、あれか、祐巳って抱きつくとこんな声をだすのか。)
(って、聖さんってうらやまじゃなくてあぶない人だったんだなあ。)

最近、あらゆる相手とカップリングでモテモテの彼も所詮ただのシスコン、
服をぬがされた1/1祐巳フィギュアの前でひとり悶々と悩む祐麒であった。

(これ、さわれない、よなあ。どうしよう。あっちへ送りつけるか・・・・・)


【427】 せつなさ炸裂強化型ぺったんこ  (高見屋 2005-08-28 00:33:40)


「ちょっと聞いてよ令ちゃん!みんなヒドイのよ、私のこと貧乳貧乳って!!」
「バカだな由乃は。そんなの気にするなよ」
「令ちゃん……」
「どんなに小さくたって由乃の胸が最高さ!」
「令ちゃんのバカー!!」
「ええっと……小さいほうが感度がいいって言うじゃない?」
「令ちゃんのドアホーーッ!!!」
「わ、わかってるよ。わかってるさ、由乃が一番望んでいる言葉は、あれでしょ?」
「ほう。令ちゃん?」
「私が、揉んで大きくしてあげるから、大丈夫だよ!!!」
「……もういい」
「あ、あれ、由乃さん?その右手に持っているものはなんですか?由乃さん……由乃ー?!」


「ねぇ、ちょっと聞いてよ祐麒くん!みんなヒドイのよ!」


【428】 紛れもないパワー強力マスコットガール  (くにぃ 2005-08-28 07:55:37)


「乃梨子さん、見てくださいまし」
放課後の教室でそう言って瞳子が鞄から取り出したのは、今はやりの携帯音楽プレイヤーだった。
「へぇー、赤色のeyePodって初めて見た。新色が出たんだ」
瞳子からそれを受け取りしげしげと眺める乃梨子に、瞳子は誇らしげに応える。
「違いますわ。これは小笠原グループの一翼を担う、我が松平電機産業が総力を結集して開発した新しいプレイヤー、その名も『yPod』ですわ!」
「yPod? でもこれ、色以外はeyePodそのものじゃん」
「まあ確かに多少似ているようですが、同じものを求めて突き詰めていけば似てしまうのも必然でしょう。瞳子は気にしていませんわ」
「あんたは気にしなくても世間やJobsは気にすると思うけど」
「乃梨子さんたら、そんな細かいことはこの際どうでもいいですわ。それよりこれをご覧ください」
「いや、細かくないだろ」
ツッコむ乃梨子の手からyPodを取り上げると、瞳子は電源を入れて説明を始めた。

「まずこのオープニング画面。本家eyePodは愛想のないメニューですが、これはほら!」
「本家ってやっぱりバリバリに意識してるじゃん」
「いちいち茶々を入れないで見てください」
そう言われて乃梨子がディスプレイをのぞき込むと、そこには。
『ごきげんよう、瞳子ちゃん。来てくれてうれしいな。何が聞きたいのかな? それとも写真見る? 動画いってみる?』
にっこり微笑んだ祐巳さまが尋ねてくる。それを見て乃梨子はがっくりとくずおれた。

「……何これ?」
「素敵でしょう? これだけで消費者のハートを鷲掴みですわ!」
「それ無理。鷲掴みにされるの、瞳子だけだって」
「そんなことありませんわ。試しに瞳子とは全く相容れるところのない可南子さんに見せたら大絶賛してくれて、発売したら必ず買うっておっしゃってましたから」
「それリサーチする相手を間違ってるから」
「で、ミュージックを選択して、このプレイリストを選ぶと……」
「無視かよ」
『瞳子ちゃん、さっきもそれ聞いてたよね。また同じのいく?』
「OKっと」
『そうだよね。祐巳もこの曲大好き!』
「で、電源を落とす時はですね」
『瞳子ちゃん帰っちゃうの? 祐巳さびしいな。また来てくれるよね? 待ってるからね』
「祐巳さま……」
「おーい、瞳子ぉー。戻って来ーい」
「ハッ! と、こんな具合にナビゲート機能が付いているんですの」
うれしそうに語る瞳子の説明によると、どんな選択をしても祐巳さまが極上の笑顔で同意してくれるそうだ。確かにそれはうれしいかも知れない。祐巳さまを知る者にとっては、だが。

「これだけではありませんわ。リリアン女学園高等部の写真部と新聞部の協力により、yPodにはデフォルトで祐巳さまのお宝画像、お宝動画が満載なのです。でも瞳子の一番のお奨めは、西園寺の曾おばあさまのお誕生パーティでの「マリア様の心」独唱の動画、これにつきますわ。もうこれだけでごはん三杯はいけますわ!」
あきれ顔の乃梨子をよそに、その後も瞳子は目を輝かせて滔々と説明を続けてくれる。そして最後にこう言った。
「実はこれ、きのう祐巳さまに一台プレゼントしましたの。試作品で、どうせ廃棄するものだから遠慮なさらずにって言ったら喜んで受け取ってくださいましたわ。それで今日はこれから薔薇の館に感想を聞きに行くんですの。いくら鈍い祐巳さまでもこれを使って頂ければ瞳子の熱い想いが届くはずですわ!」
「ああ、そうかもね」
乃梨子はもうどうでもよかった。それよりもお嬢様のいいなりでこんなものを開発して、その上発売までしようとしている会社の方が心配になってくる。自分が株主だったら絶対に株主代表訴訟を起こすだろう。乃梨子はそう確信していた。

「でもさ、正直これ、あまり売れないと思うんだけど。だって全ての人が祐巳さまを見て喜ぶとは限らないでしょ?」
「そんなこと考えられませんが、確かに万が一ということもありますわ。だからそんなもののあはれを解さない気の毒な人のために、オプションでナビゲートのキャラを独自のものに変更できる機能もあるんですの。好きな人の写真数枚と声のサンプルデータを入力すると、自動的にそれらを解析して祐巳さまの代わりに笑顔でナビゲートしてくれるようになりますわ」
それを聞いた乃梨子の目はにわかに輝きを取り戻した。

「ほんとに? じゃあ私も買う! それで志摩子さんをゴニョゴニョ……。それでいくらなの?」
「オープン価格ですが、市場価格としては○○○○○円くらいが予想されますわ」
「高っ! 高校生のお小遣いじゃあなかなか買えないよ」
アルバイト禁止のリリアン生にはいささか高すぎる値段にがっかりする乃梨子に、意味ありげに笑って瞳子は言う。
「そこで瞳子に考えがありますの。乃梨子さん、聞くところによるとその筋では結構有名な造形師らしいですわね」
「うっ。ま、まあ、そうらしいわね」
「なんでも白薔薇さまの1/1フィギュアを作って色々楽しんでらっしゃるとか」
「色々楽しむってなによ! 私はただ部屋に飾って時々メイド服を着せたり、スクール水着を着せたり。って私のことはどうでもいいでしょっ!」
言わなくてもいいことまで言ってしまって赤面する乃梨子だが、瞳子が次に発した意外な言葉に救われたのだった。
「瞳子も祐巳さまの1/1フィギュアで色々したいですわ」
「つまり祐巳さまのフィギュアを作ってyPodと交換ってこと?」
「どうですか? 乃梨子さん」
「……おぬしも悪よのう」
「お代官様にはかないませんわ」
こうして水戸黄門の悪役ごっこを経て、二人は物々交換の合意に達した。



交渉が締結した後、乃梨子は瞳子とともに仲良く祐巳さまの待つ薔薇の館へと向かった。そして二階へ上がりビスケット扉を開け、祐巳さまを見止めると瞳子は期待に満ちあふれた顔で祐巳さまにご挨拶をする。
「ごきげんよう、祐巳さま」
「ごきげんよう、瞳子ちゃん、乃梨子ちゃん。瞳子ちゃん、昨日は素敵なものをありがとう」
「あれ、いかがでしたか?」
「うん。祐麒、とっても喜んでたよ」
「えっ? それってどういう……」
「私、メカに弱いから使い方を祐麒に教えてもらおうとしたんだけど、弄ってるうちに祐麒のやつ、なんかすごく気に入っちゃったみたいでどうしても譲って欲しいって言いだしたの。それで瞳子ちゃんには悪いかなと思ったけど私が持ってても宝の持ち腐れだし、結局貸してやることにしたの。ごめんね、瞳子ちゃん」
いつものように邪気のない笑顔で祐巳さまは謝るものだから、瞳子はわなわなと震えるが、それでも必死に平静を装って応える。
「い、いえ。祐麒さんが喜んでらっしゃったのなら瞳子もうれしいですわ。祐麒さんによろしくお伝えください」
作り笑顔でそれだけ言うと、瞳子はごきげんようと挨拶をし、これ以上ないほど肩を落としてビスケット扉を開けて出て行った。
こうして壮大な手間暇と費用を掛けた瞳子の目論見は、今回もあっさり潰えさったのだった。たった一晩で。

「やっぱりまずかったかな? 乃梨子ちゃん」
本当に鈍いだけなのか、実はわざとなのか。いつも瞳子の気持ちをかわし続ける祐巳さまの問い掛けに、乃梨子はそっと小さなため息をついた後に言った。
「いえ、大丈夫だと思います。いつものことですから」


【429】 菜々のおねだり講座  (いぬいぬ 2005-08-28 08:31:09)


※このSSは、菜々が由乃の妹になった後という設定でお送りします


「基本は『ピンポンダッシュ』です」
「ぴ・・・ピンポンダッシュ?」
良く晴れた休日の昼下がり、令は菜々の口から飛び出たキーワードに面食らっていた。
ここは島津邸、由乃の部屋である。由乃の所へ遊びに来た菜々と、「リリアンでできなかった分まで孫を可愛がってよ」とせがむ由乃に連れてこられた令が二人きりであった。
由乃はお茶を入れに行っていて、もうしばらくは帰ってこないだろう。
「ピンポンダッシュって菜々ちゃん・・・」
「要は相手の注意を引き付けて、そこで身を引けば、後は向こうが勝手に追いかけて来てくれるという事です」
「怒らせちゃマズイでしょう・・・」
「別に怒らせなくても良いんです。・・・いえ、むしろこの場合は少し怒らせたほうが良いかも?」
「そんな事したら由乃がヘソを曲げちゃうわよ」
二人は由乃についての会話をしているのであった。
事の発端は、令が雑談の中で菜々に「由乃の相手は大変でしょう?」と聞いたことだった。菜々は令の言葉に「やり方次第ですよ」とニヤリと笑い、冒頭の「ピンポンダッシュ」発言に繋がったのである。
「『先手必勝』なお姉さまは普段から攻める事に慣れています。でも逆に先手を取られる事に慣れていません。こちらが先手を打ち、お姉さまが戸惑っている隙にうまく誘導するんです」
「・・・・・・そんなに上手く行くかな?」
令の疑わしげな視線に、菜々は懐から二枚の紙切れを取り出してこう言った。
「ではコレで実践して見せましょうか」
「そ・・・そんなもので?」
令が驚いたそれは・・・



「目黒寄生虫館?!」
「ええ。是非お姉さまとご一緒に・・・」
あからさまに嫌そうな顔の由乃に、令は「やっぱりアレは無理だろうな」と思っていた。由乃はカナブンとかの普通の虫なら平気だが寄生虫となれば話は別だ。
「絶対行かない」
しかし、きっぱりと宣言する由乃を見ても菜々は落ち着いたものだった。
「でも、珍しい物がいっぱいありそうですよ?全長8・8mのサナダムシとか、寄生虫入りストラップだとか・・・」
「8・8m?!どんな虫なのよそれは・・・いやいや、騙されないわよ。絶対行かないからね」
少しだけ由乃の興味を引く事に成功したようだが、すぐに我に返ってしまった。
「お姉さま、こんな言葉を知っていますか?敵を知り己を知らば・・・」
「・・・百戦危うからず。孫子の兵法でしょ?知ってるわよそれくらい」
菜々が由乃の興味を引きそうなキーワードをさりげなく出すと、由乃は少し得意そうに答えた。
「そうです。敵と己の情報を入手する必要があると思うんです」
「敵って・・・寄生虫が?」
「たまにお刺身に隠れているらしいですよ、寄生虫」
「うえっ!ホントに?」
「ええ。イカ、鰯、鮭、鰹、あと牛や鶏にも」
「そんなに?!じゃあ何なら平気なのよ!」
「その辺も行けば解かるかと。資料も展示しているそうですから」
「そうか、その資料読めば・・・・・・いやいやいや!だから行かないってば!」
どうやら興味だけは出てきたようだ。つまり菜々はチャイムを押して「ピンポン」を鳴らす事には成功したようだ。そして「ダッシュ」に移る。
「そうですか・・・まあ、寄生虫が怖いなら無理にお誘いするのも悪いですし・・・」
「別に怖いなんて言ってないじゃない!ただちょっと気持ち悪いだけで・・・」
すかさず反応する由乃を見て、菜々は内心「釣れた!」などと思ったりしていた。そして尚も「ダッシュ」する。
「そうだ!令さま行きませんか?」
「私?!」
いきなり話を振られて令が驚く。隣では由乃が複雑な顔をしていた。
「菜々。令ちゃん連れて行く気なの?」
「だってお姉さまは行ってくれないんでしょう?」
「う・・・いや、それは」
「さっきお姉さまが行ったんじゃありませんか。「リリアンでは会えなかったけど、私の妹なら令ちゃんとも仲良くなって欲しい」って」
言った。確かにそう言った。しかしそれは、自分を間に挟んでの事だ。別にヤキモチを焼く訳じゃないけど、二人っきりにするのは何かこう・・・
由乃は軽いジレンマに陥る。二人とも大好きなのだが、その二人だけで行動されるとなると令ちゃん美形だし頼りになるし、何か別の意味で仲良くなりそうで・・・
「・・・・・・・・・行く」
「はい?」
「だから、私が行くって言ってるのよ!」
菜々は勝利を確信していたが、由乃の気が変わらないうちにトドメを刺しておく事にした。
「でも・・・怖いなら無理をしなくとも・・・」
「だから怖くないって言ってるでしょ!行くわよ、絶対行くわよ!」
由乃は仁王立ちになって宣言する。最初と言ってる事が180°違うが。
「良かった!じゃあ、次の日曜に行きましょう」
菜々は嬉しそうに笑い、令は「参った」とでも言いそうな苦笑を浮かべていた。


後日、令も「ピンポンダッシュ」を実行してみたが、「ダッシュ」に失敗し、捕まった挙句鉄拳制裁を喰らったそうな。


【430】 女王恋と危険渦巻くキャンペーン実施中  (くま一号 2005-08-28 09:21:11)


【No:428】 紛れもないパワー強力マスコットガール くにぃさん作 の続きです。

 そういうものが、この人に報告されないわけはない。

 小笠原家のリビング。訪ねてきたのは松平電機産業パーソナルオーディオ事業担当専務と技術者が二人。
 松平姓なので、どこかで瞳子と親戚らしい専務が言う。
「どうでしょう。お嬢様。われわれとしては、音楽配信サービスを同時に立ち上げて日本国内生産の地の利とドリソニックブランドでeyeTunesに先行したいと考えておりますが。」
「松平専務。この、マスコットガールとってもよくってよ。これは瞳子ちゃんが持ってきたデータを使ったんだと思うけど、現実のキャンペーンではどうするの?」
実務レベルではその程度の理性は持っている祥子である。

「は、今回も、まゆ、で行きたいと。デジカメで好調を維持しておりまして好感度は高いですから。」
「うーん、また体脂肪がどうとか言いすぎると女性の反発を買うわよ。」
「いえ、あれが女性の購買層に訴求力が高いんでございますよ。」
「そうねえ、でもどう見ても祐巳の方が上ですわね。」
「はあ、その小笠原、松平両家のお嬢様がそうおっしゃるのならば、あるいはその方をキャンペーンと同時に売り出す・・・。」
「だめですっ。それは許しません。」
何百万人が祐巳の姿と声を毎日あんなことやこんなことして楽しむなんて許すわけがないじゃないですか。って、そういう理性なわけね。そのへん、瞳子はまだまだ、である。

「はあ、実際のところ、社内には祥子お嬢様や瞳子お嬢様の方がまゆよりもよほど売れるのではないかという意見もございますのですが。」

 そういえば、瞳子ちゃんにプレゼントしてもらったのを祐麒さんに貸しちゃった、そう祐巳は言ってたわね。
「ふふふ、おもしろいわ。それなら松平さん。ほんの冗談ですけど、わたくしと瞳子のモデル、一つずつお作りくださいませんか。自分がどんなふうに見えるのか、商品として見てみたいわ。」
「はあ、喜んでお作りさせていただきます。ですが・・・。」
「本番のキャンペーン? まさか私や瞳子ちゃんがやるわけはないわよ。まゆで結構だと思いますわよ。それとねえ、このデザイン。ちょっと似すぎてるわねえ。」
「はあ、それはちょっと検討段階でも問題になったのですが。」
「インパクトがたりないのよ。たとえばね。」

・・・・・・・・・・

「瞳子ちゃん。」
「祥子お姉さま、あれは商品化しないって申し上げておりますのに。」
「これでも?」
「って・・・・あ・・・・。」
「祐巳に祐巳のyPodを渡すなんて、ばかね。」

『祐巳さま、次の曲をお選びくださいませ。』

「祥子お姉さま、ありがとうございますっ。すぐ祐巳さまにお渡しに」



「今すぐ行けなんて言ってないのに・・・・。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ドリソニック ハードディスクタイプ携帯音楽プレーヤー
『Drill-snap』
 イヤーホンのコードが邪魔にならないためと衝撃吸収のため「本体の両側から『ドリルのようなカールコード』が出ている」のが特徴。これが実に使いやすい。
 本体を顔のイメージにデザインして『縦ロールのお嬢様』の雰囲気を出したのが女性層になぜかうけている。まゆが「お蝶夫人のような縦ロール」でキャンペーンを張り、eyePodを急追する勢いである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あ、お姉さま。これありがとうございました。お姉さまのアヴェマリアを弾く姿を見ていたら通学時間なんかあっというまに過ぎちゃって、結局ダウンロードした曲ってほとんど聴いてないんです。」
「よろこんでもらえてよかったわ。祐巳。」
「瞳子ちゃんにももらったんだけど、余っちゃうからまた祐麒に。瞳子ちゃんのファン、花寺にも多いんですって。」

 まだまだ甘いわね。瞳子ちゃん。


【431】 何度でもデンプシーロール  (いぬいぬ 2005-08-28 09:48:45)


「はあぁぁぁぁぁぁ・・・・・」
「どうしたんですか?祐巳さま」
放課後、薔薇の館に向かう途中で、長々と溜息をつく祐巳を見て、乃梨子は問いかけた。
「いやぁ、最近瞳子ちゃんがね・・・」
「瞳子が何か?」
乃梨子が聞き返すと、ちょうど瞳子が通りかかった。ふと横を見ると、瞳子を見つけた祐巳の瞳に闘志が宿っている。
「よし!何度でもチャレンジするもんね!」
そう言って祐巳は駆け出して行ってしまった。
「祐巳さま?!」
乃梨子の呼びかけにも答えず駆け続け、祐巳は瞳子のところに辿り着いた。
「瞳子ちゃ〜ん」
そのまま瞳子の頭をなでようとする祐巳。しかし瞳子がフイっとその手をかわす。
「ごきげんよう祐巳さま。気安く頭に触らないで下さいと何度言ったら解かるんですか」
「ん〜、思う存分撫でられるまでかな?」
笑顔で答える祐巳に、瞳子は頬を赤らめる。
「何でそんなに撫でたがるんですか!」
「瞳子ちゃんがカワイイからだよ」
その台詞に瞳子は首まで赤くなる。
「そ!・・・そんな事言っても誤魔化されませんからね!私は祐巳さまの妹でも何でもないんですから!」
「妹になれば良いの?」
「え・・・いやそれはそのあの・・・またアナタは!」
真っ赤になって口ごもる瞳子の隙を衝き祐巳が手を出すが、瞳子もすかさず頭を振ってかわす。
「ちょ・・・瞳子ちゃん・・・・・少しくらい」
「このっ!・・・・祐巳さま・・・・・・いい加減に!」
祐巳が手を伸ばせば瞳子は反対側へ頭を振って逃げる。逃げた方向に祐巳が手を出せば瞳子は動きを止めずに円運動で逆方向へ再度頭を振る。
「瞳子ちゃん・・・まっ・・・・・少しだけ・・・」
瞳子は両足を肩幅に開き上半身のみで祐巳の手をかわし続ける。
「祐巳さ・・・・・あなたって人は・・・・・まったく・・・・・・」
瞳子の動きはしだいに滑らかな8の字を描き出した。高速の体重移動、そして体を振った反動を殺さずに次のモーションへと繋げる。その洗練された動きは、8の字と言うよりも無限軌道の『∞』を連想させた。
「・・・・・・・・デンプシー・ロール」
二人の様子を見ていた乃梨子が呟く。
「1920年代の古(いにしえ)のブロー・・・って何してんだよあの二人は」
二人の攻防は、通りかかった祥子の「はしたなくてよ祐巳」の一言と共に繰り出されたガゼル・パンチに祐巳が沈黙させられるまで続いたのだった。


【432】 祥子お嬢様の運転免許取得日記  (いぬいぬ 2005-08-28 10:50:26)


薔薇さまの選挙も終わり、新しい紅薔薇となった祐巳に引き継ぎも終わった頃、祥子は突然運転免許を取得しようと思い立った。
いまさら受験勉強などしなくとも平気なだけの学力はあるし、なんと言っても祐巳を隣りに乗せてドライブができるというのが魅力的だったから。
祥子は夢想する。助手席に座る祐巳、きっとデートの時にはお弁当を用意してくれるだろう。そしてお弁当を食べ終わったら今度は祐巳を美味しく「小笠原さん?聞いてますか?」
祥子ははっと我に帰る。ここはすでに教習所の中、これから所内で実技講習の一時間目を受けるところであった。
「すみません。ちょっと考え事を・・・」
「何を考えたらあんな妖しげな笑顔に・・・いや何でもありません。それではさっそく始めましょうか」
相手はあの小笠原財閥の一人娘である。しかも何やら一人で妄想の世界に浸って笑っている。あまり深く関わるとロクな事が無さそうだと判断した講師は、祥子の妖しい微笑みを華麗にスルーして講習を開始した。
「それでは乗車する前に、車の前後を確認して下さい」
そう言われ、祥子は素直に車の前後を見る。
「汚れていますわ」
「・・・・・・それはほっといて下さい。前後に走行の障害になる物が無いかどうか確認するだけで良いんです」
しょっぱなからくじけそうになる気持ちを無理矢理奮い立たせ、講師は次のステップに移る事にした。
「じゃあ、とりあえず乗ってもらいましょうか」
そう言って運転席を指し示す。
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・どうしました?小笠原さん」
何故か車に乗ろうとしない祥子に講師が聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「ドアを開けてくれないと乗れないじゃないですか」
「あぁ、それは気がつきませんで・・・・・・いやそうじゃないでしょう!自分で開けるんですよ!」
あまりにも堂々と祥子に言われたもので講師は思わずドアを開けかけたが、我に帰ってそう叫んだ。
「時間が限られてますから早く乗って下さいね」
講師はそう言って、自分は助手席へと乗り込む。今度はドアの開く音がして、祥子が自分で乗り込んできたようだ。
「それではまずはシートベルトを・・・・・・・・・」
運転席に呼びかける講師。しかし、そこには誰もいなかった。
「あれ?小笠原さん?!」
「何ですか?」
答えは後ろから帰ってきた。講師が慌てて振り返ると、後部座席にちゃっかり納まる祥子と目が合った。
「・・・・・・何で後ろに乗ってるんですか」
そう言われ、祥子は「あ」という顔をしている。
「すいません。いつものクセで」
車といえば乗せてもらうだけか?後ろでふんぞり返りやがってこのブルジョワめ、庶民を舐めんなよ!などと口には怖くて出せないので心の中で叫んだ講師は、祥子に運転席に座るよう指示する。
しかし祥子は「はい」と答えたまま動かない。
「・・・・・・・・・・・小笠原さん?」
「ドアを・・・」
「自分で開けて下さい!!」
祥子が卒業するまでに、この教習所では五人の講師がストレスで病院送りになったそうな。


【433】 黄薔薇ごっこは  (joker 2005-08-28 17:34:41)


「祐巳さまのバカぁーー!!」
「と、瞳子ちゃん〜。」


「あれは、言わない約束でしたのにー!!」
(ドスドス)
「や、やめてよー、瞳子ちゃん〜」



「……何をやってるの、二人とも。」
 薔薇の館から聞こえてきた叫び声を聞き、何事かと急いで館に入ると、そこには祐巳をどつく瞳子の姿があった。
「「げっ、由乃さん(さま)」」
 祐巳と瞳子は由乃の姿を見るなり、淑女らしからぬ声をあげる。
「げっ、て何よ、二人とも。それより、さっきのは、何?」
 怪訝そうな顔をして問いつめる由乃に、祐巳も瞳子もオロオロ。
「え〜っとね、う〜んとね……」
「ゆ、祐巳さま、正直に白状したほうが助かるかも知れませんわよ。」
「で、でも……」
 二人の煮えきらない態度に、由乃のイライラも限界を突破する。
「ああっ、もう!イライラするわね!何をやっていたのよ!」
 ついに爆発した由乃に、物凄い形相で睨みつけられた二人は、脅えながら、恐る恐るといった感じで答えた。

「「………黄薔薇ごっこ」」



「ごきげん――」
「れーいちゃーん♪」
「よ、由乃?」
 剣道部の会合も終わり、令が薔薇の館に行くと、中に入るなり、由乃に抱きつかれた。
 ここしばらく由乃に怒鳴られてばかりであった令は思わず目頭を熱くする。
「?涙なんか流して、令ちゃん、どうしたの?」
 心配そうに覗きこんでくる由乃に令は、何でもないよ、と軽く答える。
「…?そう?それより、令ちゃん。この前テレビでやってた、美味しいコーヒーの作り方で、コーヒーを『令ちゃんの為に』作ってみたの。今から煎れるから、早く座って?」
 かいがいしい由乃の姿を見て、「あぁ、私はなんて幸せなんだろう」と感動しながら、自分の席に急ぐ。
「……ん?」
 席に目をやると、何故か祐巳と瞳子が暗い表情で黙ってコーヒーを飲んでいた。


【434】 真っ黒クロスケ作りたい  (西武 2005-08-28 17:41:19)


「うわ、何してるのよ」
「ちょうどいいわ、令ちゃんも手伝って」
「だから何なのよ。あ、菜々ちゃん、ごきげんよう」
「ごきげんよう。令さま」
「こんどマリア祭があるでしょ。普通じゃつまらないから、この子たちをかけていこうかと思うのよ」
「うーん」
「どうされました?」
「こう、片目をつぶらせたほうがよくないかな」
「それよ。かわいいじゃない」
「さすがです。令さま」
「うふふ。さ、どんどん、作っちゃおう」
「「おー」」

「却下です」
「何でよ。かわいいじゃない」
「かわいいは別に正義じゃないです。学校行事で何してるんですか」
結局、大量のすすわたりは館につるされる事となった。
「古い建物だとよく似合いますから、これはこれでOKですね」


【435】 パンツ丸見えヘアバンド身が持たない  (いぬいぬ 2005-08-28 21:49:34)


でん!でん!でん!でん!
小さい足で大きな音をたてながら走り回る四歳児。
でん!でん!でん!でん!
フローリングの床の音が面白いのか、わざと大きな音をたてながら楽しそうに走り回っている。
「コラ!パンツ履きなさい!」
笑顔で走り回る全裸の四歳児を江利子はやっとの思いで捕まえた。
「うさぎさーん!」
「そうよ、うさぎさんのパンツよ。だからおとなしく履きましょうね?」
「クマさんじゃなきゃヤー!」
そう言ってまた走り出す四歳児。江利子は仕方なくタンスからクマの絵がプリントされたパンツを取り出し、再び追いかけ始める。
「ほら、クマさんのやつよ」
「クマさんだー!」
今度はお気に召したらしく、自分から駆け寄ってきた。江利子はもはや「育児は愛情も大事だが何よりも忍耐と体力だ」と悟りつつあった。
江利子は彼女の傍にしゃがみ込むと、自分の肩につかまらせてパンツを履かせる。普段なら自分で履かせるのだが、追いかけっこで体が冷えているとまずいので、手早く服を着せるために手を貸してやる。
「えっちゃんのデコー!」
片手で江利子の肩につかまって、空いたほうの手で江利子のデコをペチペチと叩く。何だかやけに嬉しそうだ。
「・・・・・・山辺さんの娘じゃなけりゃブン殴ってるかも」
引きつった笑顔を浮かべながら、江利子はそれでも服を着せる手を休めない。
そう、彼女は山辺氏の娘である。出合った当初は父親の陰に隠れて出てこないほど警戒していたが、今では「えっちゃん」呼ばわりでえらくなついていた。
山辺氏も何度か「江利子さん」とか「お姉さん」とか呼ばせようと努力したのだが、注意されたその場ではおとなしくそう呼ぶが暫らくすると「えっちゃん」に戻っているのである。
江利子ももう「えっちゃん」で良いと思っていた。なついてくれているし、嬉しそうに「えっちゃん」と呼ぶ顔を見ると、自分も少し嬉しかったから。
服を着せ終わり、江利子は彼女の髪を手櫛で整える。お風呂上りの濡れた髪が艶々と輝いていた。
「ありがとーえっちゃん!」
「はいはい。それじゃあお昼寝でも・・・」
「カルピスー!」
彼女はそう叫びながら台所へ突進して行ってしまう。お風呂上りのカルピスは彼女の至高のひと時なので、江利子は黙って見送ってやる。
しばらくすると、彼女はコップを二つ持って、そーっと歩きながら帰ってきた。
「・・・・・・えっちゃんのも作ったのー」
そう言いながら差し出されたコップを、江利子は少し感動しながら受け取る。彼女が自分でカルピスを作れるのは知っていたが、江利子の分まで作ってくれたのは初めてだったのだ。
「ありがとうね」
江利子も追いかけっこで喉が渇いていたので、カルピスをゴクゴクと流し込んだ。

ゴフゥ!!

そしてイッキに吹き出す。
江利子はかすかに震えながら彼女に聞く。
「・・・・・・ひょっとしてコレ」
「源液ー!」
そう言って、自分の分のコップの中味をゴクゴクと飲み出した。
(四歳児の味覚ってどーなってんのよ・・・)
江利子は珍獣でも見るような目で彼女を見つめる。
(もしかしてアッチのコップの中味はちゃんと水で割ってあるとか?)
そうでなきゃ、こんな甘いモノをああも見事に飲み干せないかもなどと江利子が考えていると、彼女は空になったコップを見つめている。
「・・・・・・コレも飲む?」
江利子が試しに聞いてみると、彼女はとたんに笑顔になった。
「うん!」
元気良く返事をして江利子のコップを受け取り、さっきと同じペースで飲み干した。
(やっぱり四歳児の味覚って判らない・・・)
「ごちそうさまでしたー!」
彼女は二つのコップを持ち、元気良く台所へ引き返して行った。
(彼女の将来のために味覚を矯正しなければならないかも・・・)
甘いモノ好きにも限度がある。ヘタをすると味覚障害になりかねない。
(この間もチョコレートに蜂蜜かけてたし・・・)
「白ー!」
(そう白・・・って、え?)
気がつくと彼女が江利子のスカートをめくり上げていた。なんだか嬉しそうに。
「・・・・・・ダメでしょう?そんな事しちゃ」
さすがに江利子も注意する。人前でめくられてはたまらないから。
「ごめんなさい」
しゅんとして謝る彼女に、江利子は「良い子ね」と頭を撫でてやる。すると彼女はまた笑顔になった。くるくると表情の変わる彼女を見ていると、懐かしいツインテールの少女を連想してしまう。
(そうだ、今度みんなにも紹介してみようかしら?この子。由乃ちゃんなんかどんな反応するのかしらね?)
江利子が懐かしい顔ぶれに思いをはせていると、玄関が開く音と「ただいま」という声が聞こえてきた。
「お父さんだー!」
彼女はまたでん!でん!と足音を響かせながら玄関へと突撃して行く。江利子も静かに後をついて行った。
「ただいま。良い子にしてたかい?」
そう言いながら娘の頭を撫でる山辺氏。大きな手で撫でられて気持ち良さそうな娘は「うん!」と元気良く返事をする。
「ただいま江利子さん。悪かったね、娘と留守番なんかさせて」
「おかえりなさい。気を使わなくても良いわよ、この子といると楽しいし」
江利子も彼女の頭を撫でてやる。
(思えば頭を撫でさせてくれるまでも時間が掛かったっけ)
最近は三人でいる事がごく自然な事に思えるようになってきた。そんな変化が江利子の心を暖かくしてくれる。
「今度また三人で出かけよう」
「そうね」
「おでかけー!」
出合った頃とは違う優しい笑顔を見せてくれる二人。これからもっと違う顔を見せてくれるんだろうか?江利子はワクワクする気持ちを抑えきれない。
「次の日曜にでも三人で何か食べに行こうか?」
「そうねぇ・・・何が良いかしら?」
「白ー!」
『・・・白?』
山辺氏と江利子の疑問の声が重なった。二人して娘のほうを見ると、彼女は嬉しそうに江利子のスカートをめくっていた。
さっき怒られたばかりなのにもうコレである。さすがに江利子の顔が引きつる。
江利子が娘に注意しようとした時、娘がこんな事を言い出した。
「お父さん良かったねー!」
江利子はどうにか笑顔を作り、冷静な声で娘に聞いてみる。
「・・・どういう事?」
「お父さんねー、えっちゃんには白いパンツが似合うはずだって言ってたのー!てゆーか白以外認めないってー!」
江利子は笑顔で山辺氏の方へ振り向く。
「いや!それはその・・・なんと言うか・・・」
しどろもどろになりながら弁解する山辺氏に、江利子は優しくこう言った。
「とりあえず殴るわね?」
「そんな!これはその・・・誤解で」
すると娘は弁解する父の努力を無にするような事を言い出す。
「お父さん、えっちゃんのパンツ見たいって言ってたもんねー!嬉しいー?」
江利子は拳を握り締めながら呟く
「何か言い残す事は?」
「え・・・いや、その、白は男の浪漫で・・・・・おぐうっ!!」
江利子のショートアッパーが山辺氏のボディに突き刺さった。
「えっちゃん強ーい!」
うずくまる父を見ているのに、娘は何だか嬉しそうだった。その原因が自分だと判ってないのかも知れない。


育児は愛情と忍耐と体力。それは夫婦生活にも言えるかも知れないと江利子は思った。


【436】 月の光の下で眼鏡を取った蔦子さん  (春霞 2005-08-28 23:50:48)


  【No:463】 『女心と秋の空すなわちそんな一日』  (黄薔薇革命)、
  【No:471】 『気をつけて寒すぎる冬の一日は』    (いばらの森)、
  【No:481】 『ダンス・イン・ザ・タイトロープ』      (ロサ・カニーナ)、
  【No:889】 『麗しき夢は覚め私に出来ること』     (ウァレンティーヌスの贈り物〔前編〕)、 
           と同じ世界観ですが、単独でもご賞味いただけます。
           原作『マリア様がみてる --無印--』 を読了後、ご覧下さい。


              ◆◆◆


 ファイヤーストームの火が全て落ちて、真っ暗になってしまった校庭では最後の点検をしている先生方の懐中電灯だけが揺らめいている。 
 地上の火勢と狂騒に押されっぱなしだった満月が、ようやく自分の出番とばかりに透明な天蓋の上で自己主張を始めた。 
 目が慣れてくれば、世界は真珠色にほの明るく輝いて見えて。 
 子羊たちは、心地よい興奮の余韻を引きずりながら、すでに帰宅の途についている。 
 まもなく通用門以外は皆閉められてしまうだろう。 
 なのに、何故自分はいつまでもこんな所に座り込んでいるのか。 

「なんて、きれい」 世界はこんなにも美しいのに。 
「なんてきれい」 彼女たちのたどたどしいワルツは、あんなにも愛らしかったのに。 
 この胸の奥に転がる、冷たく凝った感情は何だろう。 

 全てが始まったマリアさまの前。 あの時と同じように茂みの中でカメラを抱えて、蔦子は ふっ と吐息を付いた。 この超高感度フィルムを現像すれば、おそらくはきっと、また美しい光景が記録されているのだろう。 手応えは有った。 お月さまの助けも得られた。 
 いつもなら、速攻で暗室に飛び込んで現像するのに。 
 『祐巳さんと紅薔薇のつぼみの儀式』 
 きっと彼女の興味を引く事、間違いなし。 また、『罪作り』って膨れた顔を見せてくれるかしら。 
 蔦子は自分の右の手のひらに目を落とした。 大声を上げた祐巳さんの口元をふさいだ右手。 ちっちゃくって柔らかな唇の感触を、まだ、覚えている。 あんな風に、少しだけ距離を縮めたかっただけなのに。 だから『躾』を持って行ったのに。 彼女が、もう絶対に自分のものにならない事が確定してしまった。 

 ゆらり。 眺めていた右手の姿がゆらゆらと揺れる。 
 蔦子はそっと眼鏡を外し、レンズにたまった涙を拭った。 

 彼女と、クラスメートである事は変わらない。 
 カメラマンと被写体の(一方的な)関係も、そのままだ。 
 彼女と、幾つかの秘密を共有し、少し親密な友人にはなれた。 

 喜びこそすれ、嘆く事など何も無いはずなのに。 

 同学年で有るが故に押さえ込んできた、この十年越しの思いを、何所に下ろせばいいのか。 
 蔦子はようやくゆっくりと立ち上がると、眼鏡を外したまま瞼躁とした足取りで部室棟に向かった。 結局のところ、この胸元に抱え込んだフィルムを現像せずには居られないのだ。 
 自分の半生を超える思いに、区切りをつける儀式のために。 





 ほほの上に光るものを見咎めるものは誰もいない。 

 ただ。 

 月と、マリア様だけが彼女を見ていた。 


【437】 会いたいの三賢者  (joker 2005-08-29 00:04:20)


 私は賢者蓉子…。

「貴方、どうしてもやめないのね…?」

三賢者(通称MAGI)のうちの一人……

「ああ、やめるつもりは無いね。こんなチャンスは二度と無いからね。」

赤の賢者(マギ・キネンシス)だ……

「そう、仕方が無いわね……。」


 そう言って、私は、炎の神槍ローレライを聖に向ける…。

「私だって、やられてばかりじゃ無いよ…。」

 聖はそう言い、聖なる神剣エクセリオンを構える…。

 私はゆっくりと間合いを詰めながら、半円を描くように動く。
 聖は隙を見せず、私の動く方向と反対方向に動きつつ、間合いを詰める

 ………一瞬、強い風が二人の間を吹き抜ける。
 そして同時に仕掛ける。

「汝裁つ、この刃…。告死ロストセフィ!」

「これが神意、裁きの時…。告死ディザレスタ!」

 炎の槍と聖光の刃が今、当に交差す……



「やめい!」

 ザバー

 突然、水を浴びせられ、私と聖は立ち止まり、水が来た方向を見る。そこには、桶を二つ持った凸一人。
「あなた達は、たかが喧嘩でこの辺り一体を焼き野原にするつもりなの?面白いけど、さすがにそれはヤバイわ。」
 非常識の塊にまともな事を言われ、とりあえず落ち着いた。
「…ありがとう、江利子。」
「それはいいから、一体何があったの?(ワクワク)」
 期待に凸が眩いている……。
「…聖がね……。」
 あらすじはざっとこうだ。



「聖、何処に行くの?」
 キリストの生誕地について早3日。未だに私達はキリストに会っていなかった。
 そんな中、聖がかなりの上機嫌で、出掛けようとしていた。
「お、蓉子。ごきげんYO!今からキリスト様の所に行ってくるの、サー!」
 とは言うものの、その格好は、明らかに、いつものナンパ用一張羅だ。
「貴方、まさか…、マリア様に手を出す気じゃ……」
「げっ!?バレてた!?」
 …やっぱりかー。私は深くため息をついた。
「だ、だってさー、遠目からだったけど、あれはかなりの美人だよ?」
「……駄目に決まってるでしょ。今回ばかりは貴方の軽率な行動が、私の命に関わるのよ。」
 私は聖を捕まえるために、間合いを詰める。
「…くっ!でも今回ばかりは、諦められない!」
 そう言って、神剣をかざす聖。
「やるのね…?」
 私も神槍をかざす。
〜そして冒頭へ〜


「こんな訳なのよ。」
「なるほどね、じゃあ、今から行きましょうか。」
「…えっ?」

続く


【438】 帰ってきた風景  (琴吹 邑 2005-08-29 02:05:00)


琴吹が書いた【No:424】「間が悪かった二条乃梨子」の続きになります。

 私たちが乗ったのはいつものバス。
 いつも通学で使っているバス。だから、リリアンの生徒が乗っていてもおかしくないのだけれど、今は時間が中途半端なせいか、リリアンの生徒らしい人は乗っていない。そもそも指折り数えられるくらいの人数しか乗っていないのだけれども。
 そんな中、私はバスの一番後の右の端に座った。
 入り口で傘を折りたたんだ祐麒さんが、私の隣に座る。
 そうこうしているうちにバスが発車した。

 その距離は少し離れた距離。どきどきしない距離。
 その距離に私は少しほっとする。ほっとしたもつかの間、祐麒さんの左半身を見てびっくりする。
 彼の左半身は雨でぐっしょりと濡れていたから。

 私は自分の右半身を軽くなで回した。わかっていたことだが、私は一つも濡れていなかった。
 さりげない気遣いだなと思った。でも、あの状態だったら、男の子は普通女の子を優先してくれるものではないだろうか?
 そう考えるのは男女平等の現代に置いて、やはり良くない事なのだろうか。
 少し迷って、メモ帳に、−3(保留)とつけた。次にマイナス点があったときに、一緒に減点することにする。

「かばってもらったようで済みませんでした」
 私はそう言って鞄の中から、ハンカチを取り出した。
「気にしないで。傘に入れてもらったのは俺の方だからね、むしろこれで済んでるんだから助かったよ」
 祐麒さんはそう言いながら、私の差し出したハンカチを押しとどめると、自分のポケットからしわくちゃなハンカチを取り出した。
 いかにも男の子らしいなと思い、何となく目尻が下がる。
 祐麒さんはそんな私を見て少し顔を赤くすると、そっぽを向きながら濡れた服にハンカチを押し当てた。
 そんな祐麒さんを見て、かわいいなと思う自分がいた。

 それから、二人の間に特に会話がなかった。
 公共施設であるバスの中で騒がしくするのはどうかと思い、私は祐麒さんに話しかけず窓の外を見ていたし、祐麒さんも私に話しかけることはなかった。
 そんな中、雨の風景はバスの進行と共に流れていく。
「次はリリアン女学園。リリアン女学園でございます。お降りの方は御手近のブザーを押してください」
 バスのアナウンスが流れると、ピンポーンとボタンが押される音がした。
 思わず身体がぴくりと反応してしまう。何しろここは毎日降りている場所なのだから。
 リリアンで降りたのは、恰幅の良い頭の髪の毛が少し後退したおじさんだった。家にでも帰るところなのだろうか。
 ぼんやりと、おじさんを見つめているとバスが発車した。
 そしてすぐに、次の停留所のアナウンスを始める。
「次は花寺学院前。花寺学院前ございます。お降りの方は御手近のブザーを押してください」
 そのアナウンスに、祐麒さんが近くのブザーを押し、ピンポーンと言う音が車内に響いた。

 バスはしばらく走ると減速し止まった。
ます、祐麒さんが先に定期券を見せてバスを降る。
 私も、運転手さんに定期券を見せ、差額の160円を払いバスを降りた。
 バスを降りた私に祐麒さんは直ぐに傘を差し掛けてくれた。
 私が降りると、バスは軽快にウインカーをならし走り去っていった。

 私たちは花寺学院の校門前に立っていた。
 「直ぐ近くなんですけど、ここにくるのは久し振りです」
 「花寺の文化祭以来だものね」
 あの時、あの話を聞いたときからもう一度は必ずここに来たいと思っていたから、ある意味この場所に帰ってきたとも言えるだろう。
「それじゃあ、いこうか」
 しばらくの間、私は花寺学院の校門を見つめていた私を祐麒さんがそう言って促した。


【No:446】に続く


【439】 夢か現か幻か!桂×祐巳日本上陸  (柊雅史 2005-08-29 02:34:40)


ごきげんよう、桂です。
祐巳さんの親友の桂です。
本日、この不肖桂。
なんと祐巳さんと……デートなんです。


「あ、桂さーん!」
「え? 祐巳さん?」
とぼとぼとカメラのない――もとい、人気のない廊下を歩いていた桂は、不意に懐かしい声に呼び止められて足を止めた。
ぶんぶん、と手を振って廊下を走ってくるのは、今や紅薔薇のつぼみとして全校生徒に知られた親友、福沢祐巳さん。かつては地味系一年生同盟に所属していた親友だ。
「ごきげんよう、桂さん。ちょっと今、良いかな?」
「ええ、良いけど……?」
にこにこ笑っている祐巳さんに、桂はちょっと戸惑いながらも心が躍るのを感じた。こんな風に祐巳さんが話しかけてきたのなんて、いつ以来だろうか。
「あのさ、桂さんってこの映画、知ってる?」
祐巳さんがポケットから取り出したのは、よく新聞屋が3ヶ月くらい契約するとくれる、無料の映画招待券。
チケットを見て桂はぎょっとした。髪の長い女性が描かれた、いかにもホラーっぽいチケット。なんとなく見覚えがあった。確か『全米が震撼した恐怖のホラー超大作・ついに日本上陸!』なんてキャッチコピーで宣伝されていた、かなり怖いと噂の映画である。
「それって確か、凄く怖いって噂の」
「うん、そうなの。桂さん、一緒に見にいかない? チケット、二枚あるから」
「――――え!?」
ちょっと怯える様子を見せながら祐巳さんが口にした誘い文句に、桂は思わず驚きの声を上げる。
「ど、どうして? えっと、祥子さまとか、由乃さんとかは?」
「それが、お姉さまはホラーはお嫌いで。由乃さんは令さまと、志摩子さんは乃梨子ちゃんと、既に見ちゃったみたいなの。瞳子ちゃんもお友達と見た、って言ってたし」
「蔦子さんとか、真美さんは?」
「うーん、あの二人と一緒だと、怖がってる姿とか写真に撮られるかもだし、変な記事にされそうなんだもん」
「そ、そう……」
ドキドキする心臓に、桂は心の中で落ち着け、落ち着けと繰り返した。
これはチャンスだ。物凄いチャンスだ。
多くの事情が重なり合って巡ってきた、千載一遇の大チャンス。今こそ祐巳さんの親友ナンバー1として返り咲くチャンスである。
休日に映画館デート。しかもホラー映画なんて、ラブコメの王道そのものではないか。
「もしかして、都合悪い? もう既に見ちゃったとか」
「そんなことないわよ!」
桂は慌てて首を振った。例え見ていたとしても、こんな機会を逃してたまるものか。
「もちろん、お受けするわ。私もちょっと、興味あったし」
「ホント? 良かったー。持つべきものは友達だよね。一人で見に行くことになったら、どうしようかと思ったよぉ。由乃さんたちにチケット見せた手前、今更見に行かない、なんてことになったら、絶対にからかわれるもん」
祐巳さんが安心したように笑って桂にチケットを一枚渡す。
「じゃあ、今度の日曜日。10時くらいに駅前で良いかな?」
「う、うん」
桂は頷いて、ぐっと拳を握ったのだった。


かくして週末、日曜日。桂は駅前の待ち合わせ場所で祐巳さんの到着を待っていた。
「桂さーん!」
「あ、祐巳さん!」
しばらく待ったところで、祐巳さんが人ごみの中から姿を現す。
もちろん制服じゃなくて、ワンピースの私服姿。一見地味な服装だけど、祐巳さんが着るとなんか凄く可愛く感じられる。
「ごめんね、待った?」
「ううん、今来たところ」
「良かった。この時間ならゆっくりで間に合いそうだね」
祐巳さんが腕時計で時間を確認し、それじゃ行こうか、と手を差し出してくる。
「そ、そうだね」
その手を握り返して、桂はついに人生の春が来たのだと、涙を流した。


映画は前評判通り、かなり怖い内容だった。
「か、桂さ〜ん」
「だ、大丈夫よ、祐巳さん。手。手を握っていましょう」
スクリーンで展開される恐怖映像の連続に、ぶるぶる震えながら祐巳さんが桂の腕にしがみついてくる。
「ひ〜〜〜ん!」
ぎゅう、と祐巳さんが桂の腕を掴む度に、なんかぽよぽよした感触が上腕部辺りに生じる。その感触が気になって気になって、桂は全然スクリーンに集中できなかった。
それが幸いしたのか、恐怖に震える祐巳さんに比べて、桂は結構精神的に余裕だった。
「桂さん、凄いね、怖くないの?」
涙目で問いかけて来る祐巳さん。映画の途中なので、もちろん声を潜めている。
お陰で祐巳さんはぐっと身を乗り出していて、桂の頬に唇が触れそうな距離になっていた。
「こ、怖いけど。なんとか、大丈夫」
「桂さん、凄いね。カッコイイ……」
祐巳さんが涙目でそんなことを言い、ぎゅっとより強く桂の腕を抱えてきた。
「ゆ、ゆ、ゆ、祐巳さん……」
がくがく震える桂だけど……もちろん、それは恐怖からではない。
涙目でしがみつく祐巳さんが、それはもう可愛くて可愛くて。なんかワケの分からない衝動を理性で押さえ込むのに必死だったからだ。
「はうう〜。怖い〜!」
祐巳さんがスクリーンから顔を背けて、桂の首筋辺りに顔を埋めてくる。
映画館に響き渡る「きゃー!」という悲鳴に紛れて、桂も思い切り叫びたかった。
「うほーーーーー!」って。



――という、夢を見た。
「……そりゃそうよねー」
遠い目で朝日の差し込む窓を見て、桂は呟く。


桂×祐巳の日本上陸予定は――全く、ない。


【440】 クールでセクシーお姉さまの蔦子さんは  (くま一号 2005-08-29 14:41:23)


 蔦子は悩んでいた。そう、笙子ちゃんにデジカメを使わせるかどうか。

 デジタルカメラに対して、銀塩カメラなどと古い呼び名が戻ってきたフィルム式のカメラ。蔦子は頑なにデジカメを使わない。

 昼休み、今日もお昼抜きで現像室にこもっている。カラーネガフィルムの現像は結構難しい。独特の酢酸のにおい。このにおいが落ち着く、と言うと、やっぱりねえ、という納得したような不思議なものを見るような目で見られる。そういえば笙子ちゃんに最初に液の調合をさせたときには、目を白黒させていたっけ。その笙子ちゃんも、もうすっかり「このにおいの子」だ。

 銀塩の白黒フィルムの原理というのは、光が当たったところの銀塩が分解して、現像したときに銀になる。そのあと定着液で残った銀塩を取り除くと黒い銀が光をさえぎって画像になる、という仕組みだ。

 カラーフィルムはこれにもう一段階加わる。現像で分解してできた銀が化学反応を起こしてまわりに塗られた色素を発色させる。ところがそのままでは銀の白黒画像も重なってしまうので残った銀をもういちど銀塩にもどす「漂白」という工程が入る。そのあと銀塩を取り除くと、赤緑青の三層の色素だけが残り、カラー画像になる。

 DPEのお店にある自動装置ではないから、液の温度、漬ける時間、液から液へ移す手際、これも写真部員のウデにかかる。これを失敗するとムラになったり、濃すぎたり薄すぎたりするのだ。家庭用に売られている現像セットを使うときは湯せんにかけるのだが、そこは学校。理科実験室で古くなった恒温槽をもらってきて、液温は±0.5℃に保たれている。水は水道水では塩素が入っているので、家庭用浄水器を通している。純水がほしいところだけど、そこまでお金はかけられない。

 実を言うと・・・・現像に必要な薬品を考えると、DPEのお店に頼むよりも高くつく。しかし、蔦子をはじめ、歴代写真部員たちは「これだ!」と思った写真は自分で現像することにこだわってきたのだった。撮ったものはすぐに見たいし、ね。

 そういうわけで蔦子、化学にはめっぽう強い。メカだけではないのだ。そう、もうひとつ蔦子は特定化学物質とか危険物取扱いとかの資格を持っている。プロになろう、というからにはダテではない。いや特定化学物質の方は二日講義を受ければだいたいだれでもとれるんだけどね。危険物の方は試験が結構難しい。それで、りゅうさんひどろきしるあみん、だの、ほるむあるでひど、なんて単語を新入部員に教えるのは蔦子の役である。乙女の白魚の指に薬でやけど、なんてのは許し難い。って蔦子自身の手は結構ぼろぼろだったりする。『蔦子は現像液に耐性ができてる』と先輩にはよくつっこまれる。


 確かな手順で自動的に手が動いていく。その間、頭は笙子ちゃんのことを考えている。
「あの子の撮りたいものって、ちょっと私とちがうんだな。」

 蔦子は、女子高生の今、この瞬間を永遠に切り取って画におさめたい、そう思って撮り続けてきた。心が表に現れる瞬間。それを切り取るために盗撮まがいのこともする。だから、たまたまそれが三奈子さまや真美さんの興味と一致することがあっても、ゴシップを追っているわけではない。いや、その点はどうも真美さんとは同じなのかもしれない。

 軽井沢で小笠原家の別荘をさがしあぐねて二人でさまよった時のことを思い出す。彼女もやはり心を切り取って書きたいのだ、と思う。
「紅薔薇さまと祐巳さん、何かあったのよね、あの時。」
急に絆が強くなって、祐巳さんが自信をつけたように見えた。惜しいことをしたな。

 そう、笙子ちゃんだった。
「ポートレートを撮りたいんだ、あの子。」
ちょっと違うかな。美しい人は美しく、そうでない人もそれなりじゃなくてより美しく。

「商業写真に慣れてるもんな。」
モデルをやってた子供の頃から、写真は加工されて美しくなるのが当たり前だと思っている。加工修正に抵抗がない。
 と考えて、『商業写真』なんて単語を使ってしまう自分に苦笑いする。

 蔦子にはそれは考えられない。今、犯罪などの場合、デジカメのデータは証拠になりにくい。いくらでも加工できる。遺跡の発掘なんかの時には、フィルムを残しておくのだそうだ。ねつ造疑惑なんてあったもんね。

「ふーん、だいたい思った通りかな。」
目星をつけていたコマだけを焼き付けする。昼休みに焼ける枚数ってせいぜい数枚。
残りは放課後にゆっくりやることになる。

 焼き付け、というのは微妙な作業だ。DPEに頼むとネガの露光具合に合わせて自動的にやってくれるのだが、そこでどれくらいの露光時間をかけるか、色合いをどう出すのか、これは本当は腕前のモンダイになる。だいたい、露光が不足で自動焼き付けではなにも映っていない写真だって、きちんと焼き付けすれば写っていることはよくある。夜間撮影だって多い蔦子としては、それができなくて何の写真部員か、と思う。
 フィルムの現像は頼んでもいいけどね。焼き付けはダメだよ。

 フィルムは普通のISO-400。超高感度フィルムなんか使ったら、ストロボ焚いたときに白とびしてしまう。普通のでいい。

 これ、という写真は何度も焼き付けして発色を試す。『躾』を焼いたときは、まだそれほど熟練していなかったこともあって、レギュラーサイズの時で10枚くらい焼いたんじゃないだろうか。

 これが、実はデジカメのデータを画像ソフトで修正するのとだいたい同じことをやっているのだ、というのを、もちろん蔦子は承知している。でもねえ。

 アナログで鍛えた感覚がある。だからフォトショップでも何でも使える蔦子ではある。しかし、そのなんでもできてしまう自由さが蔦子には気に入らない。それは蔦子にとって「今」を切り取ったものではないのだ。

 しかし。そのデジタル画像処理に、興味を示しているのが笙子ちゃん。
『だってえ。』 自分に自信がない子だって輝くんですよ。
「それって嘘じゃないの?」
『じゃあ、本当ってなんですか?』 イメージ通りに作った写真の方が、心の中の本当かもしれないって思いませんか?

「できた。」

 振り返って『蔦子さま』と呼びかけた瞬間の笙子ちゃん。夕暮れ、セピア色の風景の中でやわらかく微笑む顔に、快心の笑みを漏らす。

 瞬間、暗室のドアが開いた。
パシャッ

「わっ、笙子ちゃん。」
「やっぱりここでしたね。ほら、ゼリーインビタミンです。お昼、食べていらっしゃらなかったのでしょう?」
「そうだけどね、笙子ちゃん。あのね。作業中だとは思わなかったの?」
「予鈴2分前。きっちり蔦子さまの現像の完成時間ですわ。」

・・・・・うわ。私ってそこまで職人してる?

「負けた。あ、それデジカメじゃない。」
「うん、日出実さんに借りたの。」
「今の写真見せてよ。」
「いやです。」
「どうして。」
「蔦子さまが信じてくださらないから。」
「あー、そういうことを言うか、笙子ちゃん。」

 親はなくても子は育つ、か。考えるのはよそう。たぶん、新聞部のDTPソフトをまた日出実ちゃんに借りて使うだろう。蔦子がやってきたように、あとは自分で試行錯誤するのよ。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 放課後、新聞部の部室。
「うわあ、これ、誰? すっごい美人ってかこんなプロポーションの人写真部にいた?」
「え、日出実? 暗室でこんなポーズとってるの蔦子さまに決まってるじゃない。」
「・・・・・・・蔦子さま、なの?」
「うふふふふ。」
「腕を上げたわね、笙子。」
「こんな風に撮れるのは、まだ蔦子さまだけだけどねー。ねえ、これパネルサイズにできるかな。」
「うわー、こんなのパネルにして学園祭に出したら、卒倒する人がでるわよ。と、言いたいけど、これさあ瓦版に載せることしか考えてないカメラだから、200万画素なのよ。パネルにするには荒すぎるわ。」
「ふふ、どうかしら。なんだか新しいソフトが入ってるじゃない。」
「そっかあ。『蔦子さまとは主義がちがうのよっ』だったわね。で、パネルにしてどうするの?」
「家宝にする。」
「おい。」
「日出実には真美さまがいるから見せたけど、こんなの他の人にはみせないもん。笙子のもの。」
「はあ、そう。がんばってね。」
「うんっ。」


【441】 燃えるような月だった  (水 2005-08-29 14:51:08)


 今日も遅くなった。
 疾うに日は落ち、辺りは暗い。
 帰りのバスの中。
 室内灯に照らされ車窓に写り込んだ己の顔を見て、志摩子は嘆息する。
(酷い顔……)
 このところ滞っていた山百合会の仕事を片付けるべく、皆で残業に励む日々に疲れの色は隠せない。
 バスの空調ですら、志摩子にはつらく感じる。
(あと数日で目処が付くのだから、今は頑張らないと)
 我が身を抱くように、志摩子は半袖の制服から剥き出しの腕をさすった。



 夜中というにはまだ早い時間だが、この辺りになると人通りはかなり少ない。
 人気の無い自宅最寄の停留所でバスを降りると、今度は逆に、初夏とは思えぬ酷い暑さ。
 不意打ちのような熱気に堪らず、志摩子の足がふらつく。
(こんな調子では体調を崩してしまうわね……)
 志摩子は重い足を引き摺り、程近い脇道へと大通りを歩き出した。 そこから細い上り坂が志摩子の家の、寺の住居部へと続いている。
(今夜は早くに寝てしまわないと。 疲れた顔で乃梨子に心配かけては……)
 そう己に活を入れ、志摩子は家路へと急いだ。

 歩みが細道へと差し掛かる頃、志摩子はふと気付いた。
 今夜はやけに明るい。
 そこの細道を覆う暗闇の際、そして己の影もくっきり見て取れる。
 思い至って、志摩子が何気なく振り向いた先には丸い月。
(今夜は満月ね……)
 心を囚われる。
(でも…… 何だか……)
 妙な感情を覚えさせる、その光。
(こわい……)
 志摩子の視線の先、遠く山の稜線の上に浮かぶのは。
 赤く輝く、血塗られたような、燃えるような月だった。

 気付いて見れば、辺りは風も無く。 虫の音も聞けずシンと静まり返り、物音一つしない。
(は、早く帰らないと……)
 不意に訪れた奇妙な恐怖に志摩子は我に返り、慌てて振り返ると。
「待っていました」
「ひゃっ!?」
 目の前に人が立っていた。


「な、何っ!?」
 あまりの恐怖に、思わず志摩子は後ずさり尻餅をつく。
 そのまま気をやりそうになるのを何とか堪え、目の前、志摩子のほんの鼻先に、音も無く立っていた人影を凝視する。
(だ、誰……?)
「待っていました」
 伏目がちに佇むその人影、細道を覆う影に隠されよくは見えないが。 その声は。
「の、乃梨子、なの……?」
 志摩子の呼びかけに答えるかのように、その少女は月明かりの下にスウっと出てきた。
 その姿を確かめる。
 少し長めのおかっぱに切り揃えられた黒髪に、整った面立ち。 赤いチェックのワンピースにカーディガンを羽織っている。
 その装いには志摩子も確かな記憶がある。 乃梨子だった。

 未だ俯き加減の乃梨子の顔は月影に隠され、眼差しは見えない。
「の、乃梨子?」
「はい、そうです。 志摩子さん」
 その乃梨子の答えに、恐怖に張り詰めていた志摩子の緊張がやっと解けた。 フウッと大きく息をつく。
「お、驚かさないで、乃梨子…… 本当に心臓が止まってしまうのかと思ったわ。 はぁ、まだ胸がドキドキしてる……」
「済みません」
 そう乃梨子が口元に笑みを浮かべたのに安心した為なのか、忘れていた疲労を唐突に思い出し、途端に志摩子の体が重くなる。 このままくず折れてしまいそうだ。
 乃梨子に心配かけまいと何とか気を取り直して、志摩子がようやく起き上がりスカートを払っていると、落としていた鞄を乃梨子が拾って手渡してくれた。


 落ち着いてきた所で、志摩子は気になる事を質問した。
「そういえば乃梨子は何をしていたの。こんな所で……」
(本当に、乃梨子は何を……)
「志摩子さんを待っていたんです」
「私を?」
「遅かったですね。 私、ずっと待っていたんですよ。 みんなも向こうで待っています」
「そうなの? 皆さん家へ来ているの?」
 どう言った用事だろうか。 志摩子には話が見えてこない。
「いいえ、向こうです。 みんなを待たせていますから、一緒に行きましょう」
 そう言って乃梨子は通りの向こうを指差した。 向こうには何があるのだったか。 志摩子にはなんだかよく思い出せない。
「事情がよく分からないのだけれど……」
「心配なんてしなくて良いのです。 志摩子さんは全てを私に任せて下さい。 さあ私と一緒に行きましょう」
 そう言い諭す乃梨子の声に、志摩子は奇妙な安心感に満たされてゆく。
「そう。 良く分からないけれど、乃梨子がそう言うのなら」
 良く分からないけれど、乃梨子と一緒に行かなくては。 みんなも待たせているようだから。

「こちらです。お手をどうぞ」
 乃梨子が手を差し出してきた。
 志摩子がその手を取ろうと右手を上げようとした、その時。
(…だ……ちが……)
 志摩子の耳、いや脳裏に誰かの『声』が聞こえた。 後ろを振り向くが、二人の他、相変わらず人影は無い。
「…… 何か言ったかしら?」
「気のせいです」
「そう? そうね、乃梨子がそう言うのなら……」
(空耳かしらね……)
 しかし、何か妙に気になる感じだった。 志摩子はしばし考え込む。
「みんな待っています。 さあ、お手を」
「乃梨子。 ええ、そうね」
 志摩子は気持ちを切り替えて、乃梨子の手を取ろうと向き直ったが。
(駄目だよ志摩子さん! それは違うんだよ!)
「えっ?」
 再度の『声』。 その『声』の主を志摩子が間違えようも無く。
 今の『声』が聞こえた瞬間、志摩子は何かから目が覚めた。


「どうかしましたか。さあお早く」
 そう言って手を差し出す『乃梨子』を見やって、志摩子は唐突に気付いた。
 今まで何故疑問に思わなかったのか。
 途中まで一緒に帰ってきた乃梨子が何故、志摩子より先に此処に居るのか。
 その先回りした『乃梨子』の服装は何故、この暑い最中に長袖のカーディガンなのか。
(これ…… 誰……)
 何故か忘れていた感覚が、急速に志摩子の全身を駆け巡り、その恐怖に足がガクガク震えた。
(私が気付いたのは内緒にしないと…… 何をされるか……)
「あ、あの…… きょ、今日はもう、遅いから…… 帰らないと……」
 両手で鞄をギュッと握って、震える声を何とか絞り出す。
「でもみんな待っているんですよ」
 『乃梨子』は手を差し出したまま、姿勢を崩さない。
「そ、そうね…… じゃ、じゃあ、一度帰宅して制服を着替えて来るから、あなたは此処で待って居て……」
 志摩子はそう言って、震える足を何とか動かし踵を返したが。
「待ってください」
「――――!?」
 『乃梨子』にいきなり手首を掴まれ強引に抱き寄せられた。 その勢いに鞄は放り出され、そのままもう片方の手首も掴まれて。
 志摩子は『乃梨子』に背中を預けた形で完全に捕われた。
 あまりもの急な事に恐怖も極まって、志摩子は全身が竦み声すらも出せない。

(だ、誰か……)
 助けを求めて目だけで周囲を見渡せども辺りはシンとして居り、猫の仔一匹通らない。
 『乃梨子』の腕の中に囚われ恐怖に震えるだけの志摩子に、耳元で甘く囁くような声が聞こえて来た。
「やっぱり持って無かった」
「〜〜〜〜!!」
 その声に志摩子は更に震え上がるが。 『乃梨子』の言葉の意味する所に疑問を持った。
(な、何の、話を……?)
「今日は半袖だったからやっと確かめられた」
 『乃梨子』の言うとおり、志摩子は今日から半袖の制服を着ていた。
 普段はあまり着ないのだが、最近のあまりの暑さに耐えかね、昨日の晩取り替えていた。 だが、それが何だと言うのだろうか。
「待っていたんですよ」
「……な…に……?」
 声が掠れながらも何とか言い返し、志摩子は怯える己を如何にか奮い立たせて身動ぎしてみるが、『乃梨子』が背後から重く圧し掛かり全く体を動かせない。
「私、此処でずうっと待って居ました、志摩子さんが守りを手放すのを。 右手に持っていたでしょう」
「!!」
 その言葉の意味する所に思い当たって―― 志摩子は絶望に支配された。
「あ…ぁ……」

「やっと捕まえました。 志摩子さんはもう逃げられません」
「――!! は、離してっ……っ!」
 志摩子は恐怖に我を忘れて拘束を振り解こうと暴れたが、掴まれた両腕はビクとも動かない。
「か、鞄の中に守りは持っていますっ! だ、だから離してっ!」
「鞄は確かめました」
(あっ……! さっき拾った時に……)
「みんなも向こうで志摩子さんを待っていますから、私と一緒に早く行きましょう」
 地の底から響くような声でそう囁きながら、志摩子より背が低い筈の『乃梨子』が肩越しに顔を覗き込んでくる。
 志摩子の瞳を覗き込んでくる『乃梨子』の顔は。 乃梨子とは似ても似つかぬ……
「ヒッ!?」
 その眼差しと目が合った瞬間、志摩子は金縛りにあったかのように動けなくなった。
 『乃梨子』の眼差し、その瞳は。
 この頭上に怪しく輝く満月のように。
 真っ赤に輝く、鮮血のような、燃えるような、瞳。
(………… 何も……考え、ら、れ……)
 気が、遠く、なる――――
「……」
『喝ぁーーーーーーっっ!!』



 いきなり怒声が辺りに轟いて、志摩子は一気に覚醒した。
「あ……?」
 取り戻した自由に背後を振り返ると、もう『乃梨子』は何処にも居らず。 志摩子は呆然としてその場にへたり込んだ。
(助かった、の?)
「おい」
「わあっ!?」
 背後からの呼びかけに文字通り跳び上がって、志摩子は急いで振り返ったが。
「…… お父さま?」
「なんだ、誰だと思ったのだ」
 小寓寺住職の、志摩子の父だった。

「お前があんまり遅いもんだから、ちょっと出て来たのだ。 何時だと思っている」
 その言葉にハッとして空を見上げると、そこには天頂ほど近くに満月が白く輝くだけ。
「ほお、今夜は満月か」
 見上げる父の横顔を見るうち、志摩子はふと気が付いた。
「そういえば、先ほどの大声はお父さまが?」
「うむ。 此処まで出てきたら、お前が空を見上げたまま突っ立って居ったから起こしてやろうと思ってな。 ハッハッハ、近所迷惑だったかな」
 此処は我が家への道を半町ほども行き過ぎた路上。 知らぬ間に歩いて来ていたのだろうか。
 父の高笑いを見ながら志摩子は思う。
(夢だったの?)
 まさか、疲労の為に本当に立ったまま眠ってしまい、夢を見たのか。
 だが、その答えは直ぐに否定される。 志摩子の両腕の確かな痺れと、幽かに残る指の痕に拠って。
 改めて背筋がぞくりとした。

「さてと、帰るぞ志摩子」
「……」
「しかしお前も随分と器用なやつだな、立ったまま眠るとは。 なかなか面白かったぞ」
「……」
「どうした志摩子、何を泣く」
 志摩子は涙を流していた。
「薬が効きすぎたか、すまんすまん。 起こしてやるついでに、一寸脅かしてやるだけの積もりだったのだ」
「違います…… ただ、自分が情けなくて…… 乃梨子を間違えるなんて……」
「なんだ、違うのか」
 何故乃梨子と見間違えたのだろう。 あんな禍々しいものを。
「ふむ、夢の話ならばお前の所為では無かろう」
「でも、あんなものと乃梨子を間違えてしまうなんて……」
「ん、お前の言っている事は良く分からんが、泣かずとも良い。 まあ、あまり気にせん事だな」
「はい……」
 それから父は、志摩子が泣き止むまで肩を抱いて居てくれた。

 帰り道、父が言い出した。
「ところで志摩子お前、その、何だ、ロザリオはどうした。 持っておったろう」
「あれは乃梨子にあげてしまいました」
「なんだ、ノリちゃんにやったのか。 そうか、もう持って歩かんのか」
「そう言うわけでは……」
 『あのロザリオ』以外を持つのは、志摩子にとってどうにも抵抗がある。 ただそれだけ。
「ノリちゃんといえばお前、前に数珠を見せておったな。 また見せてやってはどうだ。 明日学校へ持って行くがいい」
「そうですね、そうします」
 守りの代わりとして。 そう言うことだろう。
「話は決まったな。 さて、急ぐぞ志摩子。 父は腹が減った」
「え? お待ちだったのですか? お母さまも?」
「うむ、家内安全は一緒の食事から、と言うからな。 言わんか?」
 その心使いがとても嬉しく、流しそうになる涙の代わりに志摩子は言葉を贈った。
「ありがとうございます。 お父さま」
「何だ志摩子あらたまって。 何も出んぞ、ハッハ」
 こうして父の高笑いと共に、夜更けの道を我が家へと帰った。





 翌朝、途中の駅で乃梨子と一緒になった。 待っていてくれたようだ。
「ごきげんよう乃梨子、昨夜は本当にありがとう。 あなたの声には助けられたわ」
「ごきげんよう志摩子さん。 それ何の話だった?」
 乃梨子は当然とぼけてくる。 予想はしていた。
「それから、ごめんなさい。 あんなのを乃梨子と間違えてしまって……」
「ん、志摩子さんの言ってる事良く分かんないけど、気にしないで良いよ。 騙す方が悪いんだから」
 これも当然の反応。 志摩子は心の中でもう一度「ありがとう乃梨子」と言った。

「それより志摩子さん手を出して。 はい、これプレゼント」
 それは、銀の細鎖のブレスレット。 小さく可愛い十字架が付いている。
「これは……?」
「昨日、半袖の志摩子さんの右手が淋しそうに見えたから、帰り道で買ったんだ。 着けてあげる」
 そう言って右手につけてくれる乃梨子の姿が滲んで見える。 志摩子は慌ててハンカチで目元を拭った。
「ありがとう乃梨子。 可愛いロザリオね、嬉しいわ」
 乃梨子から貰ったロザリオなら、『あのロザリオ』も同然だ。
「えへへ。 気に入ってもらえた?」
「ええ、とっても。 ただ、これって校則違反、よね?」
 半袖ではあからさまに目立ちすぎる。
「あっ、そう言えば。 しまったなぁ…… あれ? 志摩子さん去年はどうしてたの?」
「二学期に入ってからだったから、長袖しか着てなかったわね」
「そうなんだ…… う〜んどうしよう」
 乃梨子は手を口元に当てて考え込んだ。 その可愛い姿に妙案を思い付いた。
「いいわ。 家に帰れば予備の長い鎖はあるのだし、今日の所はこのままで。 見せびらかしましょう」
「え? それって?」
「みんなに「どうしたの?」って訊かれたら、「乃梨子に貰ったの♪」って自慢するの」
「わっ!? し、志摩子さんっ、それ恥ずかし過ぎるっ!」
 真っ赤になって詰め寄ってくる乃梨子を見て、志摩子は今日は楽しい一日になると確信した。


【442】 呉越同舟相合傘  (くにぃ 2005-08-29 19:14:12)


まえがき
このお話は『パラソルをさして』で弓子さんがリリアン女子大学にやってきてから蓉子さまがリリアン女学園に祐巳を迎えに来るまでの間、という設定でかかれています。





「まだちょっとパラついているね」
 仕事の後片づけを終えて祐巳が薔薇の館の扉を開けた時は、既に夜の七時を三十分ほど回っていて、リリアン女学園の中は外灯の周りを除いて夜のとばりが落ちていた。



 梅雨の明ける数日前のある日の放課後、今日は都合が付かなくて薔薇の館に集まれないメンバーが多かったので、集まれた者だけでたまっていた事務処理をしていた。
集まれた者、とは志摩子さん、乃梨子ちゃん、瞳子ちゃん、そして祐巳の四人。令さまと由乃さんは部活の都合。お姉さまは……、祐巳の知らない理由で、今日もいなかった。

「後片づけは私がやっておくから、みんな先に帰って」
「いえ、大勢でやった方が早いからみんなでやってしまいましょう」
 すっかり遅くなってしまったので、一番通学時間の長い志摩子さんをなるべく早く帰してあげようとさりげなく言ったつもりだったが、志摩子さんにはそんな祐巳の気遣いはお見通しのようだった。
「うん、でも私このところずっとサボってたから今日は罰ゲームって事で。乃梨子ちゃんも志摩子さんと二人っきりで毎日遅くまでお仕事しててくれたから、たまには後片づけぐらいは私が変わってやらないとバチが当たっちゃう。だから、ね」
そう言って微笑む祐巳に、一呼吸ついて志摩子さんも笑い返して言う。
「そうね。じゃあ今日だけは祐巳さんのお言葉に甘えようかしら。ね、乃梨子」
「はい。お姉さま」
祐巳の心遣いがうれしくて、だからこそその気持ちを無にしないように、志摩子さんは祐巳の申し出に同意してくれた。そしてそんな志摩子さんの思いを察して乃梨子ちゃんも志摩子さんに従う。
こんな風に自然に相手を思いやれる仲間のいる薔薇の館へ帰ってこれたことを、祐巳は心からうれしく思うのだった。

「では、瞳子も後片づけをお手伝い致しますわ」
「え? いいよ。瞳子ちゃんも二人と一緒に帰って」
 瞳子ちゃんがそんなことを言おうとは思っていなかった祐巳はあわてて首を横に振るが、瞳子ちゃんは続ける。
「さっきの祐巳さまの論理ですと、あまりお役に立っていない瞳子も祐巳さまと一緒に罰ゲームを受ける必要があるでしょうから」
「そういうつもりで言ったんじゃないんだけど……。それに瞳子ちゃんは臨時のお手伝いで来てもらってるんだからあまり遅くまでやってもらうわけにはいかないよ」
「ですけど」

「祐巳さま」
 そんな二人の押し問答に割って入ったのは乃梨子ちゃんだった。
「祐巳さまお一人でここに残ると帰りもお一人になってしまって少し物騒だと思います。だから瞳子を使ってやってください」
乃梨子ちゃんが言外に言おうとしたことを察して、志摩子さんも続ける。
「乃梨子の言う通りね。瞳子ちゃん、悪いけどお願いできるかしら」
「はい、白薔薇さま」
祐巳と話していた時の仏頂面はどこへやら、瞳子ちゃんは祐巳に対しては決して見せない笑顔で志摩子さんに応える。その様子に少し複雑な祐巳だったが、この三人を相手に議論して勝てる自信はなかったから、素直に瞳子ちゃんの申し出を受けることにした。

「ごきげんよう。お先に失礼します」
「ごきげんよう。お疲れさま」
 ビスケット扉を出て行く志摩子さんと乃梨子ちゃんを見送ると、祐巳は水屋でティーカップとポットを洗う瞳子ちゃんに言った。
「ごめんね。瞳子ちゃんにまで残ってもらうことになっちゃって」
「別にかまいませんわ。演劇部の練習ではもっと遅くなることもありますし」
祐巳に背中を向けたまま、瞳子ちゃんはいつものように愛想のない口調で返事をする。
「それよりも祐巳さま、お手が止まってますよ。早く済ませてしまいましょう」
「う、うん。そうだね」
手伝いに来てもらっている瞳子ちゃんに祐巳がこんな風に言われてしまうのは、このところの薔薇の館ではもう日常になっていた。
 祐巳はテーブルの上にある仕掛かりの書類を片づけ、ふきんでデーブルを拭き、床を簡単に掃いて掃除を終えた。そのころには瞳子ちゃんも洗い上げた食器類を拭き終わり、棚の中に納めていた。
「やっぱり瞳子ちゃんに手伝ってもらって助かっちゃった。さ、私たちも帰ろう」
「そうですね」
二人は交代で手を洗いながらそう言った。



「あれ、どうしたの? 瞳子ちゃん」
 水色の傘を差して薔薇の館を出たところで待っていた祐巳は、なかなか出てこない瞳子ちゃんに声を掛けた。
「いえ、何でもありません。祐巳さまは先に行っててください」
見れば瞳子ちゃんは鞄を開けて中を探っている。おそらく折りたたみの傘を探しているのだろう。
「傘、ないの?」
「確か鞄に入れてあったと思ったんですが……」
放課後、薔薇の館にやってくる時には降っていなかったが、今は濡れながらバス停まで行くには少し強めの雨粒が落ちてきている。
「じゃあ一緒に行こ」
そう言って傘を差し掛ける祐巳に、瞳子ちゃんはいつもの勝ち気な顔で応える。
「いえ、瞳子はバス停まで走っていきますから」
「それじゃあ意味ないよ」
「えっ、意味って?」
祐巳の言葉の意味を理解しかねたのか、少し驚いたように聞き返す瞳子ちゃん。
「一人では物騒だって乃梨子ちゃんが言ってたじゃない。だから一緒に行こ」
「ああ、そういう意味ですか。……それでは失礼して入れて頂きます」
そう言う瞳子ちゃんが少しがっかりしたように見えたのは祐巳の気のせいだろうか。でも他にどんな意味があるのか、祐巳には思いつかなかった。

「瞳子が持ちますわ」
「いいよ。私が持つから」
「この場合入れてもらった方が持つのが普通です。祐巳さまも少しはその辺を察してください」
「そ、そうなのかな。じゃあお願いね」
そんなやりとりを経て、二人は一つの傘で薔薇の館を出た。



 銀杏並木を正門へと向かって歩く祐巳は、少し気まずかった。
瞳子ちゃんと二人、雨の降る暗い中を一つの傘に身を寄せ合って歩く日が来るなんて、ついこの間まではとても考えられることではなかったのだから。
 瞳子ちゃんとは祥子さまを挟んでライバルだったはず。いや、今でもそうかもしれない。それなのに祐巳はいつの間にかごく自然に瞳子ちゃんに笑いかけることができるようになっていた。
 自分は瞳子ちゃんとの間の垣根を取り払うことが出来たのだろうか。そう自問してみるが答は分からない。
ふと気づけば、瞳子ちゃんもやっぱり気まずいのか、さっきから黙り込んでいる。だから祐巳は思いきって言ってみた。

「雨もたまにはいいものだよね」
「えっ?」
言葉の真意を計りかねたのか、思わず祐巳の顔をのぞき込む瞳子ちゃんに、前を向いたまま祐巳は続ける。
「だってほら、こんなふうに瞳子ちゃんと二人で歩けるんだから」
どう応えていいのか分からないらしい瞳子ちゃんは、うつむき加減でそのまま黙って聞いている。
「私ね、この間まで瞳子ちゃんのことちょっと苦手だった。瞳子ちゃんもそうでしょ。でも今ではこうして二人で一つの傘に入って歩くことができる。お互い少しずつ歩み寄れている。それってなんだか素敵なことだよね」
「瞳子にはよく分かりません」
心なしかいつもより勢いのない瞳子ちゃんの答に、かまわず祐巳は続けて言う。
「だからきっと私たち、この先もっと仲良くなれるよ。そうなれたらいいよね。……あっ、雨、もうあがってるみたい」
傘の外に手を差し出した祐巳は、雨粒が落ちてこないのを確かめると瞳子ちゃんから傘を受け取り、そっと閉じた。

「ほら見て。きれい」
 祐巳が指さす先には、雲の切れ間から白く輝く月がのぞいている。
「本当。きれいですね」
外灯の薄明かりに照らされて月を見上げる瞳子ちゃんの横顔は、いつもより軟らかい表情に見えた。


【443】 大スキ!志摩子×祐巳  (柊雅史 2005-08-29 22:55:59)


最近、志摩子さんがおかしい。
「志摩子さん、そろそろ帰らない?」
暮れ始めた窓の外を見て乃梨子が声を掛けると、書類をまとめていた志摩子さんは、ちょっと困ったような顔を乃梨子に向けた。
「ごめんなさい、乃梨子。悪いのだけど、今日も先に帰ってもらえるかしら? まだ少しかかりそうなの」
「じゃあ待ってるよ」
「そんな、悪いわ。どのくらいかかるか分からないし」
「でも……」
「最近は日も短くなってきてるし、早めに帰った方が良いよ。瞳子ちゃんもそろそろ上がりだし、一緒に帰った方が良いよ。最近、物騒だし」
食い下がろうとする乃梨子に、横から祐巳さまがにこにこしながら志摩子さんを援護してくる。声を掛けられた瞳子はといえば、手元の書類と祐巳さまを見比べて、ちょっと戸惑い顔だった。
「あの、祐巳さま。瞳子の仕事は――」
「ん? そこまでやってくれれば、後は私がやっておくから。瞳子ちゃんは助っ人なんだし、あまり遅くまで残ってもらうのは悪いもんね」
祐巳さまが瞳子のやりかけの仕事を手に取る。
乃梨子は瞳子と思わず顔を見合わせた。
「残りは私と志摩子さんでやっておくから。瞳子ちゃんと乃梨子ちゃんは、先に帰ってて良いよ」
祐巳さまににこやかに言われては、乃梨子に抗う術はない。志摩子さんが相手なら我が侭も言えるけど、乃梨子から見れば人懐っこさがウリの祐巳さまと言えども、山百合会の大先輩だ。
あれよあれよという間に、乃梨子と瞳子は揃って薔薇の館から追い出されてしまった。いやもちろん、本当に無理矢理追い出されたわけではなくて、祐巳さまと志摩子さんの笑顔パワーを前にして、反論の余地なく身支度を整えさせられて、笑顔で「また明日〜」と見送られたのだけど。
ぱたん、と薔薇の館のドアを背中で閉めて、乃梨子は同じく追い出された格好の瞳子を見た。瞳子も乃梨子のことを見て、二人の視線が絡み合う。
「――絶対、おかしい」
「私も同感ですわ。一日くらいならまだしも、ここのところ毎日この調子ですもの。祐巳さまと志摩子さまが、最後まで残って。私たちは早めに帰るように言われる。私と祐巳さまは別に一緒に帰る謂れはありませんけれど、あの志摩子さまが乃梨子さんと一緒に帰らない、というのは、怪しいと言わざるを得ませんわ」
乃梨子と瞳子は頷き合い、揃って上を見上げた。一つだけ明かりのついた部屋。その窓に影が一つ映っている。祐巳さまか、志摩子さんか――影からは判別できないけれど、立ち位置はなんとなく分かる。
「――こちらの様子を伺っていますわね」
「瞳子もそう思う?」
「はい。――ひとまず、校門の方へ向かいましょう」
瞳子に促され、乃梨子は校門の方へ足を向けた。途中、ちらりと背後を伺ってみると、カーテンに映った影は相変わらずこちらを見ている様子だった。
校舎の角を曲がり、薔薇の館から見えない位置まで来たところで、乃梨子は足を止めた。
「――どう?」
「まだこちらを見ていますわ」
校舎の影から手鏡を伸ばし、向こうからは見付からないようにして瞳子が様子を伺っている。昨日、志摩子さんと祐巳さまの様子がおかしいと、この友人に相談したのは正解だったようだ。こんな小道具まで用意して、ノリノリで乃梨子に協力してくれている。
「明らかに変ですわ。あそこまで警戒するなんて……」
瞳子が眉をしかめる。
「どうするの?」
「幸い、薔薇の館には執務室から見えないルートで近付く方法がございます」
「……なんで知ってるのよ、そんなこと」
「乙女の秘密ですわ。――とにかく、そのルートを使って戻りましょう。何をしているか分かりませんけど、乃梨子さんに内緒で何かしているのを放置してはおけませんわ」
並々ならぬ気合いで言う瞳子に手を引かれ、乃梨子は瞳子が準備していた『薔薇の館からは見えないルート』を使って、薔薇の館へと戻った。
見上げると、ここでようやく窓辺に立っていた影が消えたところだった。
「――中に入ったみたい」
「では、参りましょう。さすがに入り口までは、どうしたってあの部屋から見えてしまいますから。素早く参ります」
言いながら、瞳子は鞄から小さな瓶のようなものを取り出す。それが何か問う間もなく、瞳子が足音を殺して入り口に向かった。
乃梨子も極力足音を殺して入り口に向かう。ドアを開けようとする乃梨子を制して、瞳子は手にした瓶をちょいちょいと蝶番に触れさせた。
瞳子が頷いてそっとドアを開けると、ドアは音もなく開いた。目を丸くする乃梨子に、瞳子は「早く中へ!」と小声で囁く。
乃梨子と瞳子は比喩ではなく、音も立てずに薔薇の館への侵入を果たした。
「――瞳子、それ何?」
「ただの潤滑油ですわ。ここまでは予定通りです。問題は階段ですわね――出来る限りゆっくりと参りましょう」
瞳子の目にゆらりと炎のようなものが揺らいだ気がした。
もしかして乃梨子よりもよっぽど瞳子の方が、真剣に祐巳さまと志摩子さんの間を疑っているんじゃなかろうか。
そう思わせられるような瞳子に導かれ、乃梨子は階段を上がった。どうにかこうにか階段を上がりきり、そっと執務室のドアの前に移動する。
『ぁん……志摩子さん……』
途端、聞こえてきた声に、乃梨子の心臓がドキンと跳ねる。
『うふふ……祐巳さん、ここ? ここが良いの?』
『あ、ダメ……そんな、急に……』
一瞬、乃梨子の頭が真っ白になり、それから――まぁ、色に例えるとピンク色のビジョンが浮かび上がる。
「―――――!!!?」
思わず瞳子を振り返ると、瞳子も顔を赤く染めて乃梨子を見ていた。
『じゃあ祐巳さん、ココ……少し強くしてみるね?』
『え? ダメだよ、志摩子さん、そんな……あ、あうっ!』
『くすくす……祐巳さん、痛い?』
『ん……痛い……けど、気持ち良いかも』
『そう? きっともっと気持ち良くなるわ』
聞こえてくる志摩子さんと祐巳さまの会話に、乃梨子はぱくぱくと瞳子に向かって口を動かした。声を潜めた、というよりも、何を言葉にすれば良いか分からなかったのだ。
「の、乃梨子さん……」
「瞳子……」
顔を赤く染めた瞳子が真剣な目を向けてくる。
「意外でしたわ、志摩子さまが攻めなんて」
「うん、私もてっきり――って、違うでしょ!」
ひそひそ声でツッコミを入れる。確かにイメージ上志摩子さんが攻めってのはアレだけど、祐巳さまだって攻めってイメージじゃない――って、私は何を言っているのだろう。
乃梨子はぶんぶん、と首を振った。
『ね、祐巳さん。今度は祐巳さんがしてくれる?』
『うん、良いよ』
『あまり痛くしないでね?』
『えー。どうしようっかな〜?』
なんだか楽しそうな祐巳さまの声。ちょっと甘えるような志摩子さんの声。
こんな志摩子さんの声は乃梨子も聞いたことがない。祐巳さま、ズルイ!
乃梨子はぐっと拳を握って立ち上がった。
「の、乃梨子さん?」
「吶喊よ、瞳子。これ以上、放置は出来ないわ」
「え、ええ。そうですわね。ちょっともう少し聞いていたい気分でもありますけど……あ、いえ、冗談ですわ」
ちょっと不穏当なことを言う瞳子を視線一発で黙らせて、乃梨子はノブに手をかけた。
そして――
「そこまでです、お二人ともっ!」
「「えっ!?」」
一気にドアを開け放って飛び込んだ乃梨子の目に、志摩子さんと祐巳さまのあられもない姿が映った。
はしたなくもテーブルの上に、志摩子さんが横になっていた。
その志摩子さんの裸足の足を祐巳さまが抱え――
その綺麗なおみ足に、祐巳さまは足ツボマッサージを敢行していたのだっ!!
「の、乃梨子!?」
慌てて志摩子さんがスカートを押さえ、テーブルから飛び降りる。
「と、瞳子ちゃん!?」
祐巳さまが慌てて志摩子さんの足を離し、立ち上がる。
飛び込んで指を突きつけたままの格好で慌てふためく二人を見ていた乃梨子は、そこでがっくりとその場に崩れ落ちた。


……いや、そんなところだろう、とは思っていたけれど。


「ホラ、最近忙しかったじゃない? それで祐巳さんとマッサージをし合っていたんだけど。あまり他人には見せられない格好だし。特に乃梨子に見られるのは、恥ずかしかったし……」
しょんぼりしながら言い訳する志摩子さんに、乃梨子は呆れて溜息を吐いた。
「それならそうと言っておいてくれれば良いんです。それに、マッサージでしたら私がいくらでもして差し上げます」
「え、ホント?」
「本当です」
乃梨子は頷いた。だって志摩子さんのあんなあられもない姿、いくら祐巳さまが相手でも他の人には見せたくないではないか。
「あれ? でもそうすると、私はどうなっちゃうの?」
困ったように祐巳さまが言う。
「私も仕事の後のマッサージが、ここ最近の活力だったんだけど。志摩子さんを取られたら、日々の生きがいが」
「そんなところに生きがいを求めないで下さいませ」
瞳子が溜息を吐く。
「分かりました、乃梨子さんの心の平穏のためです。不肖、私が祐巳さまにマッサージをして差し上げますわ」
「え、ホント?」
「仕方ありませんわ。他に人手はありませんし」
不承不承の態で言う瞳子だけど、どこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「じゃあ、明日は4人でマッサージ合戦ね。楽しみだわ」
志摩子さんがにっこりと笑った。




最近、祐巳さんと志摩子さんと乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんがおかしい。
「由乃さん、そろそろ帰っても良いよ?」
ようやく部活が一段落して、山百合会に復帰した由乃だけど、ここのところ毎日のように先に帰らされる。最初は部活で大変な由乃を慮って、と思っていたけれど、こう連日だとさすがに怪しいと思えてくる。
一体この4人は、何を隠しているのだろう?
同じく、薔薇の館から追い出された令ちゃん・祥子さまと顔を見合わせて、由乃は明かりのついた窓を見上げた。


今日こそは、あの4人が何をしているのか、由乃たちは確かめるつもりだった。


【444】 ワケが違う悪夢  (くま一号 2005-08-30 00:26:13)


「瞳子ちゃん、瞳子ちゃん。みんなSSリンクとかに登録を始めて盛り上がってるわねー。」
「そうですわ祐巳さま。今日の投稿ってみなさん気合い入ってますわねえ。クオリティ高いですわ。」
「だれかひとり妙に技術話にもちこんだやつを除いて。」
「それは言わない約束なのですわ。」
「私たちも登録してみようかしら。」
「祐巳さま、それ、ちょっと待ってくださいな。」

「どうして? 瞳子ちゃん。」
「あの・・・・・・この掲示板ができたころ、柊さまが言ってらしたSSリンク登録の柊自己基準がありましたでしょう。」
「あ。あの、萌えた、笑った、感動だの合計が」
「30以上。」

「うきゃああああ。それって、私たちにはむりよきっと。今まで30越えたのなんてないでしょ。」
「まあその、おのれに厳しい柊さまの自己基準ではあるのですけれども。」
「で、くまの30越え、あるのないの?」
「いえ・・・・・あることは・・・あるんですけど。」
「いくつ?」
「・・・・・・・・・ひとつ。」
「あ、そう。」

「それで、どれなのよ。え。言ってみなさいってのよ、瞳子ちゃん。」
「キレないでくださいませんか祐巳さま。江利子さまがクマをぽかぽかするシリアス編No.52が感動票集めて、かろうじて30越えてます。その一個だけです。いっこだけ。」
「1/37かあ。数で稼いできたのがたたったわね、瞳子ちゃん。くまだけにクマネタしか書けない。」
「笑えませんっ。ぐーでボディーブローいれますわよ。」
「ちょきでボディーブローってあんまり聞いたことないわよ。」
「ですから、そういう問題じゃなくて。」

「で、登録するのしないのっ。」
「(真美さまに妹にするのしないの、って言われてた頃が花だったなあ。)」
「なにたそがれてるのよ、瞳子ちゃん。」
「ですから、その・・・・・・いっこだけ、登録、しますか?」
「そのくらいがくま相応ね。」
「うん。」


【445】 きっと幸せあんかけ焼きそば  (水 2005-08-30 00:26:42)


作者:水『あつかましいさーこさまとアイデア料理【No:353】』の続きっぽい物?です。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 今の時間は調理実習。 先生の説明の後、クラス一斉に調理に取り掛かった。

 由乃は祐巳さんと一緒に具と中華スープ作り。 今は大さじ小さじや台秤で、調味料の計量中。
 直ぐそこでは同じ班の真美さんと蔦子さんが、小麦粉の塊と格闘している。
 これは真剣勝負。
 由乃はあまり料理は得意ではないが、やるからには負けられない。 それになにより昼食も掛かっているのだし。

「祐巳さん、野菜は洗い終わった?――って、まだいじけてるの?」
 祐巳さんは先生の説明の直後からずっとこんな調子。
「だって…… 酷いよ、こんなの……」
 由乃にも気持ちは分からなくも無い、気がしないでもないが。
「そんなの普通間違える方がおかしいわよ。 ほら、祐巳さんいそいで」
「私、騙されたんだね……」
「騙された、って、そりゃまた大げさね」
「あらかじめ、違うものなんだってちゃんと説明してくれたっていいじゃない。 私、先週からずっと楽しみにしてたんだよ」
「…… そんな説明、普通『親父ギャグ』って笑われるだけだわよ」
「私、世界がこんなに厳しい物だって知らなかったよ……」
「あのね……」
「生きるって辛い事だったんだね……」
「…… 祐巳さん、もしかしてギャグで言ってるの?」
「そんなわけないじゃないっ! こんな裏切り、私許せないよ…… 酷いよ…… う、うぇ〜〜ん……」
「ああもう、こんな事で泣かないでよ…… しょうがないわね。 真美さん、蔦子さん! こっち私一人でやるから、手が空いたらヘルプお願いね!」
 それから三人慌ただしく働いて、戦力四分の一減の割には確たる戦果を挙げる事が出来た。 美味しかった。
 祐巳さんはずっとあの調子でベソかいていたんだけど、我ら三人の戦果はきちんとたいらげてた。


 その後お昼休み以降も祐巳さんは塞ぎこんだままで、みんな困っていたんだけど。
 不思議なお客様、岡持ち下げた祥子さまのお母さまが、放課後の薔薇の館に突然訪れて。
 甘党の祐巳さんの空想上の『あんかけ焼きそば』を人数分置いていかれたので、祐巳さん一人だけには笑顔が戻った。


【446】 天使に会った  (琴吹 邑 2005-08-30 01:04:35)


琴吹が書いた【No:438】「帰ってきた風景」の続きになります。


 祐麒さんは校門の中に入らず、敷地と平行して歩いていく。
「入らないんですか?」
「中から入った方が近道には違いないんだけどね。こっちからなら、学校の中に入らずともいけるから」
 そういって花寺の敷地の外周を歩いていく。
 5分くらい歩いたところで、それは見えてきた。

 花音寺、今日の目的地だ。
「このお寺って、学院の外から入れたんですね。地図で見たとき学院の敷地内にあったので、入れないと思ってました」
 このお寺が、学校経営しているからね。確か地域福祉の理念がどうこう言ってたと思うよ」
 そういいながら、境内に足を踏み入れる。
 外から見る感じ、本殿と母屋が廊下でつながっているようだ。
 志摩子さんの家と同じような作りをしているなと何となく思った。

 境内は、木々が生い茂っている、雨が降っているせいもあり、遠くで車が通りすぎる音と、私たちが玉砂利を踏む音。そして、雨が傘をたたく音しか聞こえない。
 何となく、このままの時間が続いてもいいなと感じている自分がいる。お寺に来たときにはいつも一刻も早くみたいと心がはやるのに。
 でも、そんな自分の気持ちとは関係なく、二人は歩き続け、母屋の前に立った。
 祐麒さんが、躊躇無く母屋の呼び鈴を押した。ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーんと三回音がして、やがて、初老のお坊さんが出てきた。

「おお、あなたが二条さんですか。福沢君の言うとおり確かに若い女の子だ。雨の中、ご苦労だったね。どうぞこちらに」
 お坊さんはそういって、私たちを先導した。

 私たちが連れてこられたのは、本堂。正面には漆塗りなのかかなり大きな黒塗りの厨子が安置されている。
 この中に目的のものがあるのだろう。

「普段は公開しないものですが、今回は特別にお見せします」
 そういって、ゆっくりと、扉を開けた。
 
 私はその中身に釘付けになった。その仏像は、今まで見たことがないものだったから。
 「すごい、羽が生えてる」
 ぽつりと、つぶやいた言葉に、お坊さん――このお寺の住職はうれしそうに説明してくれた。
 「すごいと言う言葉が出てるのは、仏像をよく見ている証拠ですね。感心します」
 「羽が生えてるのは珍しいのですか?」
 不思議そうに祐麒さんがそういった。
 「仏像をよく知っている方なら、この仏像の特異性がわかるでしょう」
 住職は祐麒さんの言葉に応えず、解説を始めた。
 この仏像は羽藕観音といいます。日輪を背中にしょっているものはよくあるのですが、これは蓮の花ビラをを鳥の羽のようにかたどっているのものを背負っているのが特徴になります。
 天使のようにも見えることから、この仏師はキリスト教にも深い造詣があったのではないかと言われていますが、作者は阿雨とされています。この阿雨という作者について詳しいことはわかっていません。
 作成された年代は、江戸時代初期のものとされています。
 「マリア観音の一種なのでしょうか?」
 「時期的には、キリスト教禁止令の時期と一致していますし、キリスト教に影響を受けた仏師が天使の像を作ったと考えてもおかしくはないと思います」
 私はこの時ばかりは祐麒さんのことを完全に忘れ珍しい観音様に見入っていた。


【No:495】につづく


【447】 理想と現実_| ̄|○  (くにぃ 2005-08-30 02:41:42)


このお話はくにぃが初めてマリみてSSリンクに登録した
 呉越同舟相合傘 【No:442】
の続き(?)です。マリみてSSリンク登録初心者の方は
 大スキ!志摩子×祐巳  【No:443】 作者 柊雅史さま
と合わせて読むとためになるかもしれません。ならないかもしれません。


由「やっちゃった」
志「ええ、やっちゃったわね」
祐「由乃さん、志摩子さん、二人とも何言ってるの?」
由「何ってあれよ。自分の実力も顧みず、無謀にもマリみてSSリンクに登録して見事玉砕したあれ」
祐「ああ……、あれ……」

由「初めのうちは票が入ってたんだけど途中からピタリと止まっちゃって」
志「瞬間接着剤みたいよね。印刷してお守りとして持っておくといいんじゃないかしら」
由「誰に言ってるのよ。失礼しちゃうわね」

祐「うう、なんか私責任感じちゃうよ」
由「何言ってるのよ。祐巳さんに責任があるわけないじゃない。責任はあくまで作者にあるのよ」
志「そうよ。でないと私にも責任があることになってしまうわ」

祐「で、でもほら。本来のタイトルで登録できたらもう少し違った結果になったかも知れないし」
由「甘いわね、祐巳さん。リンクをたどって来てくれた人は一応本文も読んでくれるはずよ。それであの結果なの。現実は厳しいのよ」
祐「それに今回は作者の得意分野じゃないお話だったっていうのもあるし」
由「それこそ大甘よ。得意か不得意かなんて読んでくれる人には関係ないの。作品のできだけが問題なのよ」
志「そもそも不得意なら投稿自体をするなって事ね」

由「それにしても後から登録した柊さまはみるみる得票数が伸びているわね」
志「定量的に結果の分かってしまう投票制って恐ろしいわよね」
祐「でもいいこともあるよね。柊さまと並んでるおかげでいい例と悪い例のベンチマークになって、後に続く人の目安になるから」
由「それフォローになってないから。まあ度胸だけは褒めてやるけど、これからも挑戦する気があるのなら登録する前に100回読み直せってことね」
志「由乃さんが言っても説得力ないわね」


【448】 三賢者へ行ってみませんか  (joker 2005-08-30 02:47:59)


No437の続きです。




「じゃあ、今から行きましょうか?」
「…えっ?」

 江利子の思わぬ言葉に、私はびっくりした。
 果たして、江利子は私の話を聞いていたのだろうか?今、聖を連れて行ったら、さすがに私も止めれるかどうか。私はまだ、聖のせいで、死にたくない。
「聖のせい、だなんて、つまらないわよ、蓉子。」
「人の心を読むなっ!」
 思わず私は、胸を両腕で覆う様に隠す。
「……そんな事しても、心は読めるわよ。それより、さっさとキリスト様のところに行くわよ。せーいー!」
 江利子が大声で聖を呼びはじめて、少し焦る。
「ちょっと、江利子!さっきの話を聞いていたの!?」
「まあまあ、蓉子。落ち着いきなさい。聖は、美人を目の前にして話す事すら出来なくて、いらついてるだけよ。マリア様に会わせて2、3話しをさせれば、いつもの聖に戻るわよ。そうなれば、蓉子でも、いつもの様にぶっとばせるようになるわ。」
「…いつもの様に、って……」
 聖にそんなに酷い事をしてただろうか?あやつの行動からして、ちょうどいい方法をとっていたが、少し考え直した方がいいかもしれない。
 と、丁度聖が服を着替えて部屋に入ってきた。
「聖、ちょうど良いところに来たわね。今、蓉子を説得したから、キリスト様のところに行くわよ。」
「えっ?ホント?やった〜♪」
 何だか、江利子に言いくるめられた様な気がするが、聖が子供の様に喜ぶ姿を見て、まぁいいか、と思うことにした。




また続く。


【449】 世界で一番  (水 2005-08-30 08:59:35)


とつぜんですが、福沢祐巳です。私に妹が出来ました。
うわさの彼女? ええそうです、松平瞳子ちゃんです。
このあいだ古い温室に呼び出して告白したんだ。その時のセリフは……探してみてね♪
ちょっとどころじゃなく照れくさかったけど。勇気出したよ。
やっぱりこう言う事は、私からきちんと言わないといけないって思って。
ん?今頃何を言ってるって?
だって、私には瞳子ちゃんの気持ちが今まで良く分からなかったから。
いもうとにするなら『紅薔薇のつぼみ』じゃなくて、『私自身』を選んで欲しかったし。
すきだったんだけどね、ずっと前から。瞳子ちゃんの事。ホントだよ。
きついことばかり言うけれど、ホントは優しいし。
いじっぱりな所もあるけど、そこもなんか可愛いし。
もう少し素直になってくれたらなって思う事もあるけど。とにかく世界で一番可愛いんだから。
うつむいた瞳子ちゃんが「はい」って言ってくれた時、私ちょっと泣いちゃった。
とうこちゃんが妹になってくれて本当に嬉しかったから。今思い出しても…エヘヘ。
にやけちゃうのはしょうがないよね。あ、そうだ。悪いニュースも……
なんと早くも昨日ケンカしちゃった。私が謝っても瞳子ちゃんは知らんぷりで。でも。
つんと澄ましてる瞳子ちゃんに、私が「私のこと好き?」って聞いたら真っ赤になっちゃって。
てれに照れまくっちゃった瞳子ちゃんがと〜〜っても可愛かったな。
くせになりそう♪
だきついちゃえば許してくれるし、またやろうかな。ダメかな?
さちこ様にはまだ言ってないんだ。これ書いたら覚悟決めてご報告に行くつもり。
いじょうで報告終わりです。ごきげんよう♪   桂さんへ


【450】 特別1日体験反抗期  (いぬいぬ 2005-08-30 13:03:10)


※このSSは、江利子が山辺氏の妻となってから数年後という設定でお送りします。


ある晴れた休日の山辺邸。江利子は夫となった山辺氏から相談を受けていた。
「最近、娘があまり素行の良くない友達と付き合っているらしいんだ」
「あら、最近帰りが遅いと思ったら・・・」
江利子は軽い口調で相槌を打つ。最近、娘がなんとなくよそよそしいのは気付いていたのだが、中学一年という年齢のせいだろうと思い放置していたのだが・・・
「やはり反抗期というやつなのかも知れない。私も友達は選ぶように言ってみたのだが・・・」
山辺氏は深刻な顔で俯いている。大事な一人娘だから無理も無い。
しかし、江利子は割りと楽観的だった。母になって数年、娘が基本的に父親譲りの真面目な性格である事は判っていたので、このまま非行に走るような事にはならないと信じていたから。
「そう心配しなくても、あの年頃にはありがちな事なんだから大丈夫よ」
「しかし・・・悪い男に騙されでもしたら・・・」
「娘が信用できない?」
「そうじゃないんだが・・・」
江利子はまだランドセルを背負っても違和感の無さそうな娘の顔と小柄な体を思い浮かべ、悪い男もまだ興味を示さないんじゃないだろうかと思ったが、山辺氏の不安げな顔を見て少し思い直す。
「判ったわ。私がなんとかしましょう、明日にでも」
「君が?」
「ええ、まかせてちょうだい」
そう言って微笑む江利子の顔を見て、山辺氏はまだ数年とは言え夫婦として暮してきた経験から江利子が何やら企んでいるのに気付き、早くも相談した事を後悔し始めていた。
「あの・・・あまり手荒な事は・・・・・・」
「いいからまかせてってば!」
やたらと張り切っている江利子を見て、山辺氏は江利子がこうなったら誰にも止められない事にも気付いてしまった。
(・・・もしかして相談する相手を間違えたのか?)
もしかしなくてもそうだった。
隣りで微笑む江利子を見ながら、山辺氏は「すまん、父さんには止められそうも無い。なんとか一人で乗り切ってくれ」と、心の中で娘に詫びていた。




放課後の中学校の校舎というのは、意外に活気にあふれているものである。ただしそれは部活動などを行っている場所に限った話で、少し裏に回れば人気の無い場所も存在している。
そして、江利子達の娘はそんな場所に佇んでいた。山辺氏の言う「悪い友達」を待っているのかも知れない。
「まあ、ずいぶんと寂しい所にいるのね」
唐突に声をかけられ、娘はビクっと身をすくめた。
「・・・・・・何しに来たのよ」
しかし、相手が江利子だと気付き冷静さを取り戻す。江利子が突拍子も無い行動に出るのは今に始まった話ではかったから。
「あら、やっぱり反抗期なのかしら」
そう言ってくる江利子を無視して、娘は江利子に背を向ける。
「これから悪いお友達と若さにまかせた暴走でもするのかしら?」
「“悪い友達”なんて一括りにしないで!みんなちゃんとした名前があるんだから!」
「そうね、みんなそれぞれ違う人間だものね。でも、紹介してくれなきゃ判らないじゃない?いつ紹介してくれるの?」
「紹介したって・・・大人はみんな私の友達の事なんか理解してくれないわ。だいたい友達と遊ぶのに親なんか連れてったら恥ずかしいわよ!」
「そんな事言わずに私も混ぜてよ〜。私、こんな性格だから明確な反抗期って無かったのよね。まあ、聖に言わせると“あんたは産まれた瞬間から死ぬまで反抗期”らしいけど、あいつに言われたくないわよね」
なんだか無理にでも自分の友達に混ざろうとする江利子を置いて、娘は人気の無い方へと歩き始めた。親と一緒にいる所を友達に見られるのが、なんとなく恥ずかしかったから。
「ねえ、今日は何して遊ぶの?やっぱりシンナー片手にヤンキーの群れにケンカ売ったりするの?」
なんだかヤケに乗り気な様子でやたらと凶暴なイメージを夢想している江利子を無視して娘はズンズン歩いて行く。悔しいが口では勝てないと判っているからだ。
「いや、やっぱりこの辺から始めるのが王道かしらね」
そう言いながら、江利子は背後からバットを取り出した。
「え?」
娘があっけに取られていると、江利子はオモムロにバットをフルスイングした。
窓に向けて。

ガッシャァァァン!!

「な・・・何してんのよイキナリ!」
「いや〜、思ったより気分良いわね♪」
江利子は満足げな顔で呑気に感想をのべている。
「“気分良いわね♪”じゃないわよ!ガラス割れちゃったじゃない!」
「ついでだからもう一枚・・・」
「やめなさい!!」
もう一枚の窓に狙いを定める江利子からバットを取り上げ、娘は絶叫する。
「何考えてんのよ!てゆーか何でバットなんか持ち歩いてんのよ!!」
しかし、血管が切れそうなほど顔を紅潮させる娘を見て、江利子は困ったような顔になる。
「え〜?こういう事するんじゃないの?反抗期って」
「しないわよ!なんでそんなバイオレンスな青春送んなきゃなんないのよ!」
『コラーッ!!誰だガラス割ったのはー!!』
遠くから響いてきた男性教師の声に、娘は一瞬で顔色を赤から青へと変えた。
「うわ、どうしよ、どうすれば・・・ちょっと?!」
オロオロする娘を置き去りに、江利子はもうすでに10mほど逃げ出していた。全力で。
このままではバットを握り締めて立ちすくんでいる自分のせいにされてしまうと思い、娘も慌てて江利子の後を追った。
「ちょっと!・・・どうすんのよ窓!」
「若さ・・・ゆえの・・・あやまちって言えば・・・笑って許して・・・」
「くれる訳ないでしょ!!・・・だいたいお母さん・・・そんなに若くないじゃない!」
互いに全力で走りながらなので会話も途切れ途切れである。
窓を割った場所からかなり離れた所で、二人はスピードを落とした。すぐ傍に駐輪場があるので、どうやら校門の傍まで走って来てしまったようだ。
「・・・ふう・・・・・・失礼ね!お父さんは『君は学生の頃のまま美しいよ』って言ってくれるわよ!」
「うっわムカつく!ついでにノロケないでよ!実際三十近いくせに!」
「・・・お母さん喉渇いちゃった。自動販売機かなんか無いの?」
「ウッキ────!!都合が悪くなったからって話題変えないでよ!」
江利子はゴソゴソとポーチの中を漁っている。財布でも探しているのであろう。
「だいたい娘の学校の窓ガラスをバットで粉砕する母親がどこに・・・・・・何してんの?」
財布でも探していると思われた江利子が、ポーチの中からマイナスドライバーやニッパーといった工具を取り出し始めた。
「そんなモノ取り出して何・・・・・・ちょっと!!」
江利子は何気ない調子で傍に停めてあったバイクのキーシリンダーにマイナスドライバーを突き立てた。
「何してんのよ!それ先生のバイクよ?!」
「えっと・・・キーロックをねじり壊したらこの配線を・・・・・・」
江利子はヤケに手馴れた調子でキーシリンダーから伸びる配線をニッパーで切断している。
「ちょっと!シャレになんないわよ!」
また顔を赤くしだした娘の様子などお構いなしに、江利子は淡々と作業を進める。
「メインケーブルにスターター電源を・・・コレかな?」

キュルルルル・・・・・ブオン!

「かかった!」
ものの三分でバイクのエンジンを始動させた江利子は嬉しそうにバイクに跨る。
「うわぁぁぁ・・・・ど、どうすんのよ!これ立派な盗難じゃない!」
それに対し、江利子は平然とこう言った。
「だって、盗んだバイクで走り出すのって非行の王道じゃない?」
あまりの事に言葉を失う娘を尻目に、江利子はヘルメットホルダーもマイナスドライバーで破壊すると、掛けてあったヘルメットを娘に被らせアゴ紐を締めてやる。
「何?どうすんの・・・きゃあ!」
ヘルメットを着けた娘を無理矢理タンデムシートに横座りさせ、江利子はバイクを発進させた。初めて乗るバイクの加速に、娘は思わず江利子の腰にしがみついていた。
「そうそう、ちゃんとつかまってないと落ちるわよ?」
江利子自身は首に巻いていたスカーフを鼻まで上げ、簡単なマスクの代わりにしていた。
「とりあえず顔さえ見られなきゃ大丈夫よね?どお?このカッコ変じゃない?」
「なんかヤンキー漫画に出てくるレディースみたい・・・って違う!そういう問題じゃない!!とにかく降ろし・・・ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
笑顔で聞いてくる母親に娘は思わず突っこむが、江利子がさらにバイクを加速させたため、まともに喋れたのはそこまでだった。
バイクは校門を飛び出し、大通りの車の流れの中に強引に割り込んで行く。後ろから盛大なクラクションの歓迎を浴びながら、江利子は尚もバイクを加速させてゆく。片側二車線の道路を60km/hほどで走る車の群れの隙間を、強引なスラロームで切り裂くように追い越しながら駆け抜けて行った。娘は振り落とされないようにしがみついているのがやっとだった。
しばらく走ると車の列も途切れ、江利子はやっと真っ直ぐ走り始める。すると娘が息を吹き返し、また抗議を再開し出した。
「・・・なんて危ない運転するのよ!ホントに免許持ってんの?!」
「持ってないわよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・え?」
「バイクに乗ってる兄貴がいてね、広い空き地で貸してもらってるうちに乗り方覚えちゃった♪」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ところでブレーキってどれだか知らない?」
「降ろしてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「やあねぇ、冗談よ」
娘の絶叫でドップラー効果を残しつつ、尚もバイクは走り続けた。





中学校から10kmほど離れた海岸に、江利子はバイクを停めて娘を降ろした。
娘はすっかりグロッキーで、先程から一言も喋らない。
「・・・だめよ赤は止まれよ。死ぬ。てゆーか死ぬ。ダンプはやめてダンプは。横に並んだダンプ二台の隙間に突っ込むのはホントにやめて・・・」
いや、何かうわ言を繰り返しているようだ。
江利子は娘の為に何処かから飲み物を買ってきた。
「ほら、飲めば少しは落ち着くわよ」
缶を差し出す江利子に娘は憎々しげな視線を送ったが、ニッコリと微笑み返されて反抗心を粉々に砕かれてしまった。
今更ながら、口で何を言ってもこたえるような母親ではないと思い出したのだ。
「今度は四輪にチャレンジしてみようかしら?」
「・・・・・・勘弁してよ、マジで」
本当に楽しそうな江利子の顔を見てしまい、娘は搾り出すように哀願する。
スピードの恐怖と破壊活動の緊張感から開放され、軽く頭痛のする頭を力無く振り、江利子から渡された缶ジュースを開けて一口飲む。
「・・・・・・・・・?何コレ?変な味」
「度数は3%と控えめなんだけど・・・」
「アルコールかよ!」
娘は力いっぱい缶を投げ捨てた。
「コレも非行の王道かと思ったんだけどねぇ。あなたにはコッチのブドウ味のほうが良いかしら?」
もはや性も根も尽き果てた娘は、黙って江利子の差し出す缶を受け取った。
(どうせ私はお酒よりジュースの似合う子供よ・・・今に見てなさい!絶対私が優位に立ってやるんだから!)
反抗期とは、自立するために自分より優れた存在である親を乗り越えようとする一面を持つと言う。若い彼女は認めようとはしないかも知れないが。
心の中でリベンジを誓う娘は、缶の中味をイッキに飲み干した。
「・・・・・・・・・?コレもなんか・・・」
喉の奥から何か熱いモノがこみ上げてきた。
「どうしたの?」
「コレ、ホントにブドウのジュース?」
「原料はブドウよ」
しれっと答える江利子の顔に嫌な予感を覚えた娘は缶のラベルを確認する。
『red wine』
またやられた。そう思ったときにはすでに視界が傾いてきていた。頭痛も酷くなってきた気がする。
薄れ行く意識の中、娘は「不良って言われる行動の行き着く先がこんなモノなら真面目に生きていこう」とあきらめと共に決意していた。
と言うか、この母親に勝つのはまだ無理だと悟っていた。







「はいコレ」
突然江利子に渡された紙切れに、娘は戸惑いの声をあげた。
「・・・何?コレ」
良く見てみると、何やら数字が書き込まれているようだ。
「ガラス一枚¥6495、キーシリンダー交換工賃込み¥12500・・・・・何?」
その他にも色々書き連ねてあり、合計で10万円近い金額が書き込まれている。
「アナタへの請求書」
「何で?!」
さらっととんでもない事を言い出した江利子に娘は納得が行かず、思わず叫んでいた。
「アナタのドロップアウトを防ぐ為にやったんだもの。その代価をアナタが払うのは当然でしょ?」
「あれはお母さんが勝手にやったんじゃない!」
「あの後大変だったのよ?全部弁償して、娘を非行の道から救うためとは言えスイマセンでしたって色々な所で頭を下げて・・・それに、あれからアナタのお友達、何人か補導されたそうじゃない」
「うっ!・・・」
そう、あの後、娘の友達は万引きや傷害などで何人か補導されていたのだ。結果的に江利子が娘を事前に救った形になる。
「それに、馬鹿な事をするとどういう末路が待っているかも勉強できたでしょう?」
それは身に染みて思い知っていた。江利子に騙されてワインを飲み干した後、色々な事をやらかした緊張感も手伝い、娘は二日間寝込んだ。その時、世間一般に非行と呼ばれる事をしても、ろくな結末が訪れないと理解した。
だから娘はあの後きっぱりと悪友達との縁を切ったのだ。
「何かを手に入れるなら、それには必ず代価が必要なのよ?反抗期を乗り越えて一歩大人に近付いたアナタなら判ってくれるわよね?」
そう言ってウインクしてくる江利子の笑顔を見て、娘は何を言おうがこの代金を払わされるであろうと判ってしまった。

娘は新たに決意する。もはや反抗期とかは関係無い、この母親を倒して乗り越えないと本当の意味での自立は勝ち取れないのだと。そして、そのためには真面目に勉強して実力を貯えていくしか道は無いと。


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