がちゃS・ぷち

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No.2235
作者:海風
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2007-04-16 11:50:26
萌えた:2
笑った:44
感動だ:1

『意気込みだけが怒髪天を衝く』


ルルニャン女学園シリーズ 1話

 これ → 【No:2240】 → 【No:2241】 → 【No:2243】 → 【No:2244】
 → 【No:2251】 → 【No:2265】 → 【No:2274】 → 終【No:2281】 → おまけ【No:2288】

一話ずつが長いので注意してください。







 五月が終わり、六月の頭。
 春の祝福が生命の息吹を呼び起こし、夏の手のひらが慈しむように大地を撫で始めている。
 半袖の夏服に吹く風は温かく。
 そして、一部のモノの脳をとても活発に、しかも嫌な方向へと誘う。
 いわゆる「沸いている」という表現である。
 それは純粋培養されたお嬢様も、ごく一部には例外ではなく。
 この話の発端も、「沸いている」生徒の、ほんの気紛れ、あたたかいあたまのはっそう、五月病を乗り越えたやたら無闇で無意味なヤル気から始まったのだ。

「「ごきげんよう! さあ勝負よ!!」」

 今日も、やけに熱苦しい朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。



「うぅ……」

 島津由乃は、額に汗を浮かべて悔しそうにギリリと歯を鳴らす。
 早朝、薔薇の館にて。
 本格的な夏の暑さが来るのはこれからだと言うのに、額には汗が滲んでいた。

「どうしました、お姉さま? お姉さまのターンですよ?」

 嫌味なほど無邪気な満面笑顔の妹・有馬菜々は、姉で遊んでいた。
 共に遊んでいる、ではない。一方的に遊んでいた。
 二人の手には、背表紙がゴージャスな数枚のカードがある。

「わ、わかってるわよ! まず一枚引いて――うわっ、なんでここで田沼ちさと出るかな…!!」
「勝負ありですか?」

 フフン、と菜々は鼻で笑う。

「く、くう……! こんな手札でどうしろってのよ……!!」
「――もういいですよ」

 由乃のテンパり具合を十分堪能した菜々は、勝者の笑みを浮かべて手札をテーブルに置いた。

「な、何がもういいのよ!? 私はまだ勝負を諦めてないわよ!?」
「はいはい、私の負けでいいですよ。どっちにしろもうタイムアップですから」

 菜々の言葉に由乃は壁掛け時計を見る――確かにタイムアップだった。もう部活の朝練が始まる時間で、それに出る菜々が最初に宣言していた時刻となっていた。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「待ちません」

 姉の命令を無視し、妹はカードをまとめて専用ホルダーに納めた。キラリと輝くシルバーのそれには、表紙にロサ・フェティダの凝った彫刻がなされている。
 本来なら、それは由乃が持っているものだった。
 早々に帰り支度を済ませた菜々は、冷や汗を流しながらこんな勝負のつけ方に納得できず、そのまま佇んでいる由乃に言った。

「これで9勝0敗ですね。すごく負け越しちゃった」
「…!」

 妹の投げた言葉は、姉のプライドと尊厳とその他諸々をズタズタに切り裂いた。
 そしてそんな姉の苦渋に満ちた表情に、妹はものすごく満足げな笑顔を浮かべるのだった。

「では後ほど。ごきげんよう、お姉さま」



 ――ルルニャン女学園  第一次生徒大戦 〜薔薇は咲き誇る〜
 長々と説明はあるものの、要約すると三薔薇と呼ばれる学園最強の乙女達が覇権を争い戦う、というストーリーだ。とある女学園(というか明らかにリリアン)の名前を不自然にもじったのをそのまま引用しているためか、カードに乗っているキャライラストは一枚を除いて全てが猫耳使用だったりする。
 それが、黄薔薇姉妹が……いや、今やリリアン中に流行しているカードゲームである。
 カード総枚数121枚。
 「紅薔薇」「黄薔薇」「白薔薇」「補助・罠」の四系統に大分され、それぞれ30種類ずつ。そして入手確率480分の1と言われている幻のレアカード「000 先代三薔薇」の+1で、121枚が存在する。
 プレイヤーは121枚のカードから30枚だけ選んで自由にカードを組み(組まれた30枚のカードをブックと呼ぶ)、1対1で対戦することになる。
 ダブりは二枚まで。基本的にはトレード制が適用され、勝者は敗者の使用カードを一枚貰う権利を得る。ランダムか指名かはその都度対戦者同士で口約を交わすことになっている。
 去年のリリアンがモデルになっているため、紅薔薇さまや黄薔薇さまは、卒業してしまった小笠原祥子や支倉令が務めていた。



「悔しい! 悔しい悔しい悔しい!!」
「……うん。ごきげんよう」

 床を鳴らしてわめく親友の姿を見て「ああ今日も負けたんだな」と冷静に判断したのは、山百合会の仕事があるので早めに登校してきた紅薔薇さま――福沢祐巳である。
 早朝、薔薇の館の作業前に黄薔薇姉妹がゲームをしていることは、もはや恒例である。
 由乃が怒り狂うのは、何もカードゲームで不名誉すぎる途中退場の勝利を重ねているからではない。
 いわば、姉妹関係における実力的立場の逆転。
 由乃も菜々も剣道部。
 だが菜々は一年生にして即レギュラー入り、由乃は相変わらず補欠状態で「部活より山百合会のお仕事に集中して」と、親切が時には人を傷つけることもあることを思い知らされることを言われる始末。
 もう先々代になってしまう黄薔薇さまこと鳥居江利子のように、大概なんでもそつなくこなす菜々。相変わらず感情が先走り、スチーブン・セガールも裸足で逃げ出す暴走特急な由乃。
 威厳も落ち着きも当時の成績も剣道も、由乃の方が分が悪い。
 そしてカードゲームですら(内容的には)負け続ける始末。
 それは悔しいだろう。姉としても人としても。
 由乃が菜々に勝っているものなんて、年齢と支倉令を泣かせた回数くらいだ。

「ねえ祐巳さんっ、どうして私は菜々に勝てないの!? 何をやっても勝てないわ!」
「…………」

 祐巳は「菜々ちゃんに惚れさせたことなら勝ってるよ」と心の中で呟いた。一見すると最悪な姉妹関係に思えるが、あれで菜々の方が由乃にぞっこんなのである。

「……どうしても知りたいなら言うけど、いいの?」
「……あ、ごめん。聞きたくない。許して……」

 姉の令が卒業してから、若干祐巳には素直になった由乃だ。

「あのね、由乃さん」
「な、なに?」
「他は知らないけど、由乃さん、カードは弱くないよ」
「……そ、そう?」

 親友の一言にかなり救われた気分になるのは、そこまで由乃が落ち込んでいる証である。怒りは落ち込んでいる感情の裏返しだ。

「うん。単純に菜々ちゃんが強すぎるだけ。私だって二回か三回に一度は負けるからね」

 実は祐巳、意外にも校内最強の紅薔薇ブック使いと噂されていたりする。とにかくその親しみやすさのせいで誰からも勝負を挑まれ、時間が許す限り祐巳はそれをこなしてきた。
 単純に、誰よりも乗り越えてきた勝負の回数が桁外れに多いのだ。最強と呼ばれるだけの実力と経験は、嫌でも積んできた。
 カード発売当初は、由乃と張り合うくらいの実力だったにのに――差を付けられたものだ。
 その祐巳が「二回か三回に一度は負ける」と言うのだから、菜々が強いのも認めたくはないが納得はできる由乃である。
 ちなみに由乃は、祐巳には十回に一回勝てるかどうか。最近は負けるのが嫌で勝負すらしていない。

「由乃さんが菜々ちゃんに勝てない大きな理由は、菜々ちゃんが由乃さんのブックを知り尽くしているからだよ」

 と、紅薔薇さま……いや、あの難攻不落に思えた松平瞳子を落とした時から妙な貫禄がついてきた祐巳の言葉は、スポンジが水を吸い込むように由乃の心に染み込んでくる。
 祐巳は、鞄からロサ・キネンシスの彫刻がキラリと輝くシルバーのカードホルダーを出した。

「今私に紅茶を淹れてくれる人がいたら、先着一名様に菜々ちゃん攻略のヒントを上げるんだけどなぁ。誰か淹れてくれないかなぁ」

 由乃は一瞬ものすごく嬉しそうな笑顔を浮かべた後、「ど、どうしても言いたいなら聞いてあげるけどっ」と可愛いのか可愛くないのか判断の付きかねるセリフを吐きつつ、思いっきり急ぎ足でポットへと足を運んだ。
 こうでもしないと素直に助言を聞き入れない親友に、やれやれと祐巳は苦笑するのだった。



 翌日。



「――フフン。どうしたの菜々?」
「…………」

 昨日とは立場の逆転した黄薔薇姉妹が、そこにいた。
 菜々は額に汗を浮かべながら、かなり悔しそうな目で由乃を睨みつけている。

「あー暑い暑い。そんなに見詰めないでくれる?」

 パタパタとカードをうちわ代わりにして余裕を見せ付ける姉は、妹の怒りの炎に更に油を注ぐ。

「調子に乗らないでくださいね、お姉さま――ほら出ましたよ。お姉さまを地獄に叩き落すカードがね!」

 山からカードを引いた菜々は、苦渋を嘗める顔から一転してニヤリと笑ってカードをテーブルにたたきつけた。

「……えっ!?」

 由乃の顔色が変わる。
 
「bP08補助カード『針金ノッポさん』発動! 今お姉さまの場に出ている通常生徒カードは全て『身長差の威圧』で3ターンの間は防御力0です!」
「な、なんですって!?」

 由乃は手にしているマニュアルのbP08を見て、カード効果を確認する。


 ――108 補助  1年生 針金ノッポさん
 180センチ近い超高校級の身長で相手を見下し威圧する。寒気すら感じさせる冷たい視線の特殊能力「身長差の威圧」は、相手の場の通常生徒全員の防御力を3ターン無効化する。姉妹、幹部生徒には効果なし。


 漫研の生徒達が全精力を注いだデフォルメイラスト(+猫耳)の細川可南子が、物陰から由乃を睨むように瞳を輝かせている。ちなみに正確にはもう二年生である。

「フッ……お姉さま。紅薔薇と黄薔薇の混合ブックなんて、誰が入れ知恵したのか知りませんけど? 付け焼刃の組み合わせで紅・黄・白の三色混合ブックを組んでいる私を破ろうなんておこがましいですよ」
「くっ……菜々め、ここで可南子ちゃんを引くとは……!」
「私のターンは続いていますよ。ここは通常カードは出さずに、場にある通常生徒『ロサ・カツーラ』でお姉さまの通常カードを攻撃です!」


 ――026 通常  2年生 ロサ・カツーラ  HP300 攻撃300 防御300
 HPも攻撃力も防御力も並。だが特筆すべきは、誰もフルネームを知らないほどの存在感のなさ。彼女だけは通常生徒の持つ特殊効果を全く受けつけない。幹部・罠・補助は除く。


「『ロサ・カツーラ』でお姉さまの『ドリルっこ』っていうか瞳子さまを攻撃!」

 ズゴスッ

 彼女らの頭の中では、『ロサ・カツーラ』なる見覚えのない(?)リリアン生徒が、特徴的な髪型のあの一年生(正確にはもう二年生)を、物陰から飛び出して釘バットなどで殴打する姿が思い浮んでいた。
 リリアンにあるまじき凶暴なイメージ映像であるが、これこそ黄薔薇姉妹がこのゲームに掛ける煮えたぎる情熱と言葉に尽くせない憎悪と愛である。――かなり嫌な感情だ。

「これでご自慢の盾ロールを粉砕ですね」
「ぼ、防御型生徒を一撃で……」

 由乃は頭を抱え、このブックを組むのに協力してくれた祐巳がメインに使っているbO11カードを退学カードの山に積む。


 ――011 通常  1年生 ドリルっこ  HP200  攻撃250  防御600
 自慢の盾ロールが特徴。演劇部期待の星。彼女の仮面は生半可な攻撃を全て受け流す。専用補助カードで能力が変動する。


「……どうでもいいけど、『盾ロール』って誤植よね?」
「そりゃそうでしょう。冗談にもなりませんよ、『盾』なんて」

 マニュアルの注意書きを見て、二人は小さなミスに勝負を忘れて笑う。だが果たして本当に誤植なのか? それは作った者にしかわからない。

「これで私のターンは終了です。さあお姉さま、その混合ブックの力を見せてみなさい!」
「命令するな! 言われなくても見せてやるわよ!」

 由乃は己の右側に積んだカードの山から一枚引く。

「…! よーし来た! 菜々、これで終わりよ!」
「…っ! ご、御託はいいから早く出してください!」

 思い通りのカードが来たのか、由乃は不敵に笑って手元のカードを一枚出す。

「行くわよ! bO28通常生徒『ロボ子』を呼び出し、そして更にこのカード!!」
「そ、それは……!」
「そう、攻撃力50以下の下級生カードを退学させることで呼び出せるbP10通常カード『盗撮ちゃん』! 特殊能力『秘密写真』を使って、1ターンのみ全ての条件付きカードを無条件で呼び出すことができる!」

 祐巳の操る紅薔薇ブックの最強瞬殺コンボのお膳立てが揃った。借り物ではあるが、敵にすると脅威以外のものにもなり得ないが、今だけは由乃の強い味方である。
 菜々はうつむき、小さく肩を震わせた。

「く、くく……危なかった……今朝の勝ち誇ったお姉さまを見て、念のために入れておいてよかったですよ……罠カードbP11『シチサン新聞』発動!」
「なっ……!」

 驚愕する由乃の目の前で、運命を覆す伏せカードが菜々によって捲られた。


 ――111 罠  シチサン新聞
 しっかりした取材で真実のみが記された新聞。噂を扱う特殊効果を持つ通常生徒カード及び110「盗撮ちゃん」を1枚、無効化した上でカードを巻き込んで退学になる。


 由乃は愕然とした。

「はい、ご苦労様です」

 菜々が「してやったり」の腹立たしい笑顔を浮かべ、由乃が出した『盗撮ちゃん』と自分が捲った『シチサン新聞』をそれぞれの退学の山へと放り込んだ。

「……きょ、今日も殺られるの? 私は……」
「くくくくくっ……甘い、甘すぎますよお姉さま……ハチミツを一瓶丸呑みして胸焼けするくらい甘いですよ……」
「うぅ……」
「暴走した末にできない約束をしてそれをチクチク突付かれて分をわきまえずオーディションとかしてみたり苦肉の策で出会ったばかりの中等部の生徒を『妹です』って誰かに紹介するくらい甘いですよ……」
「い、今あのオデコは関係ないでしょ!?」
「私達は出会うべくして出会ったのかも知れない。そう、妹の方が名実ともに全て姉を上回る逆転姉妹を証明するためにねっ。黄薔薇革命は形を変えて今一度リリアンに知れ渡るのですっ」
「いやそんな大袈裟な」
「そうですね、今のはちょっと言い過ぎました」

 確かに嫌な情熱はあるが、それでもたかがカードゲームである。いくら由乃でも、ゲームで勝てないから姉妹関係を解消するような子供でもない。

「ほら、お姉さま。早くターンを終了させてください」
「……うぅ」

 心が折れそうになっている由乃は、己が握るカードを見る。――そこには、負けそうになった自分を励ますように微笑む親友がいた。
 切り札を持っていながら場に出せないジレンマ。
 いつもなら、ここで手が止まってしまう。そして菜々が勝負を投げて終了だ。
 だが。
 今日だけは、親友と一緒だ。負けるのはいい、だが勝負を諦めることはできない!

「まだよ! まだ諦めない!」
「往生際の悪い人ですね」

 菜々はさっきの仕返しとばかりに、手札をうちわ代わりにして扇ぎ、すでに勝利を確信している。菜々はもう、由乃が切り札に繋がる重要なパイプを失ったことを悟っているのだ。

「と、とりあえずもう一枚、通常生徒『かしら&かしら』を呼び出し、更にカードを一枚伏せてターン終了よ」

 とにかく耐えるために、今使うには有効ではない通常生徒カードを盾にしておく。気迫のこもった目で菜々を睨みつける由乃に余裕などなかった。

「じゃあ私のターンですね。まず一枚引いて――ああ……すみませんお姉さま。もう決まってしまいそうです」

 菜々の満面の笑みに、由乃の背筋が凍った。

「まずbO31幹部生徒『黄薔薇騎士レイ』を呼び出す!」

 今引いたばかりのカードが、ぱしっ、とテーブルに叩き付けられる。

「え、ええーっ!?」

 さすがは菜々、ここで令を引くとは。由乃の脳裏に具体的な敗北が見えてしまった。


 ――031 幹部  3年生 黄薔薇騎士レイ  HP600  攻撃900  防御800  
 黄薔薇の称号を持つ、ルルニャン女学園最強の剣士。その力は比較的高い黄薔薇系譜の通常生徒を遥かに凌駕する。唯一のウィークポイントは『三つ編み』に弱いこと。専用補助カードで「独立革命騎士レイ」にチェンジし、HPを除く能力が2倍になる。


 黄薔薇を散らしながら凛々しく竹刀を構える(だが猫耳)の令のイラストは、いつもなら由乃も使っているカードだ。だが今の由乃には凛々しい姉が鬼か悪魔にしか見えない。
 今ここで出るのは、紅薔薇カードに浮気している自分に対する仕返しなのか――由乃はそんな、本当に八つ当たりじみたことを考えてしまう。

「そして更に補助カード『黄薔薇革命』と『入院』を出すことで、令さまは『独立革命騎士レイ』になる!」
「なっ……攻撃力・守備力ともに二倍!?」

 ただでさえ121種の中でカード最強の能力を誇る令が、追加カードで爆発的な能力アップを果たす。全色混合でブックを組む菜々の攻めの要である『黄薔薇騎士レイ』は、場に出たことで常に勝利を納めてきた。
 つまり、菜々の頭には勝利の道が明確に見えているのだ。

「まだまだ行きますよお姉さま! もう一枚、通常生徒『小さなザワっち』を呼び出す! ……このカードの特殊効果は、祐巳さまの紅薔薇ブックを知っているお姉さまならよくわかってますよね?」
「……通常生徒の一枚だけを無視して、プレイヤーを攻撃可能となる……」
「よくできました――まずは『ロサ・カツーラ』で『かしら&かしら』を攻撃、撃破!」

 『ロサ・カツーラ』が繰り出す強烈なガゼルパンチが、コンビの通常生徒『かしら&かしら』のレバーを強襲して悶絶させた。もちろんイメージ上で。

「ここで『小さなザワっち』の特殊効果発動、お姉さまの場に出ている特殊カード『ロザリオ』を無視して、令さまでお姉さまを攻撃です!」

 プレイヤーのHPは1000。二倍になった菜々の『独立革命騎士レイ』の攻撃力は1800。無防備ならば……いや、生半可な防御でも圧倒的なその攻撃力に瞬殺されてしまう。
 が。

「危なかった……出しておいて正解だった。罠カード『ミーちゃんじゃなくてミータン』発動。プレイヤーに対する紅薔薇系譜以外と、特殊効果のない攻撃は半減よ」
「チッ……本当に往生際の悪い」
「なんとでも言いなさい。私はもう負けられないのよ」

 由乃はさっき伏せたばかりのカードを捲り、菜々にそれを見せたところで、退学の山に放り込む。

「まあいいです。どうせ次のターンでお姉さまの負けは決定ですからね。私のターンはこれで終了です」

 確かに菜々の言う通りだ。今回は助かったが、次の菜々の攻撃を凌ぎ切るだけの手札がない。また同じような流れで、強力なプレイヤー攻撃を食らうだけ。

「これが本当に最後のチャンスか……」

 由乃は震える手で、自分が組んだカードに運命を委ね……手が止まる。
 親友アドバイスまで貰っておいて負けるなんて、親友の顔に泥を塗るようなものではないか?
 それなら、いつも通りタイムアップで不名誉な勝利を得た方が、まだマシなのではないか?
 自分の負けでも認めたくない相手なのに、今負けてしまうと、最強と噂される祐巳まで巻き込んでしまうのではないか?
 さっきは逃げるわけには行かないと思ったが、明確に負けてしまうくらいなら――

「お姉さま、手が止まってますよ?」

 菜々が挑発するように言う。今日も姉の辛酸を嘗め尽くさんばかりの表情を見たくて仕方ないのだ。
 悔しさが最高潮に達すると、由乃は顔を真っ赤にして涙目になり、まるで子供がワガママを拒否されて泣き出す寸前のような……菜々から言うと、非常に「萌える」表情になるのだ。そしてそれを見られるのは妹である自分だけ。
これも一種の愛情の裏返しである。非常に歪んでいるが。

「う、うう……」

 由乃の表情が歪み、手が細かく震え出す。菜々の爛々と輝く瞳のプレッシャーが、あのオデコの輝きを彷彿させる。
 ――そして。

「……?」

 由乃は、声を聞いたような気がした。

「カードを引くのよ。運命の輪は未だ止まらず、回り続けているのだから」

 それは親友の声だったのか、カードの背表紙で微笑む(猫耳)マリア様だったのか。
 なんかいつも危険な時になったら心の中で囁く亡くなったお師匠様のような意味深な(でも結局カード引くってだけの具体性もない)言葉を聞いたような気がした。ちなみに少なくとも祐巳は死んでない。
――たぶんテンパッてそんな言葉が「沸いた」だけなのだろうけれど。
 とにかく、そんな幻聴だかなんだかを聴いた由乃は、勇気を持ってカードを引いた。

「……終わったよ、菜々」
「あ、降参? 降参ですか?」
「いいえ、あなたがよ! これを見なさい!」

 由乃は気合いを入れて、今引いたカードを場に出した。

「あ……」

 菜々の顔色が、一気に変わってしまった。

「bO00、480分の1の確率でしか入手できない幻のレアカード『先代三薔薇』! これは退学カードの山から三枚だけ手札に復活させることができる!」
「ええーっ!?」


 ――000 補助  先代三薔薇
 一代前の薔薇の称号を持った三人。その圧倒的カリスマは、ルルニャン女学園を去りし今もなお威光を放つ。「偉大なる三薔薇」の能力で、退学者カードの中から三枚だけカードを復活させ、手札に戻すことができる。


 ちなみに正確には先々代の、水野蓉子、佐藤聖、鳥居江利子っていうかオデコの三人のカードである。

「てゆーかお姉さまレア出たんですか!?」
「残念ながら借り物よ!」
「え、借り物!? ずるい! すごくずるい!」
「ずるくない! 姉のコネクションだって立派な実力の内よ! 特に生意気な妹をヘコます時にはコネだって令ちゃんだって容赦なく使うわよ!」
「ずるいっ、ずるいっ!」
「なんと言われようと出たものは出たんだから使うわよ! 引いたのは実力だし!」

 口を尖らせて「ずるい」を連呼する妹の声を掻き消すように、由乃は声を張り上げる。

「『先代三薔薇』の特殊効果で『ロボ子』『盗撮ちゃん』『ドリルっこ』を復活!! まず『ロボ子』と『ドリルっこ』を出して、『ロボ子』を退学にして『盗撮ちゃん』を呼び出し、更に『盗撮ちゃん』の特殊効果でこれを呼び出す!!」

 由乃は手元で笑っていた切り札を、今こそ場に出すことができた。

「bO02幹部生徒『満面タヌキ』!」
「え……ええー……まさか祐巳さま入れてるなんて……」


 ――002 幹部  2年生 満面タヌキ  HP300  攻撃400  防御400
 能力平均、身体的特徴なし、パッとしないがなぜか憎めない庶民派の紅薔薇幹部。紅薔薇のためなら不可能を可能にする潜在能力があり、001「紅薔薇潔癖お嬢」と姉妹になるとHP、能力が2倍になる。
 紅薔薇系譜の1年生が二枚、場に出ていないと呼び出すことができない。特殊能力「無邪気な微笑み」は、幹部・通常生徒を素通りしてプレイヤーに直接攻撃ができる。この特殊能力だけは姉妹になっても使用不可能にならない。


 ちなみに今はもう、この「満面タヌキ」こそが三年生で紅薔薇さまである。

「祐巳さんの特殊効果で菜々の通常生徒カードを全部無視してプレイヤーに攻撃可能! ここで補助『とりかえばや台本』で『ドリルっこ』っていうか瞳子ちゃんの攻撃力倍化、場に出ている補助『ロザリオ』発動で祐巳さんと瞳子ちゃんを姉妹にし、プレイヤーに攻撃だ!」
「うわあーーーーーーーっ!!」

 ノリノリで菜々は仰け反り、倒れた。

「……攻撃力1000ジャストの黄金コンボ、ですか……良いもの見させていただきました……」
「菜々……私はあなたを越えて上へ行くわ……」
「そうですね……お姉さまこそ、上に行くに相応しい方です……」

 憔悴した笑みを浮かべる菜々と、崖っぷちの勝負に逆転勝利した由乃は、ガシィッと熱い握手を交わした。




 ――が、その手を菜々は力の限り振り払った。

「なんて言うと思いますか!? 『先代三薔薇』借り物じゃないですか! こんなのノーカウントですっ、ノーカウントっ!」
「ふっ、ふざけるな! 実力よ実力!」
「私なんて『先代三薔薇』持ってたらお姉さまごとき相手にもなりません! 第一『先代三薔薇』使っておいて接戦ってなんなんですか!?」
「接戦だろうと圧勝だろうと私の勝ちは私の勝ちなのよ! さあ、私のロサ・フェティダのカードホルダー返しなさい!」

 カードホルダー。
それは先日行われたゲーム大会の優勝者から三位までに送られた、チャンピオンベルトのようなものである。その時の由乃は黄薔薇さまとして絶対負けられなかったせいか、神懸かり的な引きの良さで三位に着けたのだった。
 常識で考えて賭けたりするものではないのだが、菜々の挑発に由乃が暴走してしまい、思わず賭けて負けて取られていた。
 なお、さすがの菜々も姉の名誉を傷つけるのはあんまりだと思い、「ゲームで勝って奪い取った」ではなく「しばらく借りている」と周囲に話している。

「嫌です! こんなのノーカウントです!」
「なによそれ!?」
「なんですか!? 文句あります!?」



 黄薔薇姉妹がケンカを始めたその頃。



「祐巳さん、『先代三薔薇』貸したの?」
「うん。由乃さんがどうしても勝ちたいって言うから」

 由乃と菜々が騒いでいるドアの向こうで、藤堂志摩子はのんびりと祐巳に訊ねた。

「それにしても仲が良いですね、黄薔薇姉妹は」
「新婚さんですもの」

 二条乃梨子が呟くと、松平瞳子は「私達もまだまだアツアツですけど」とでも言いたげな表情で応える。

「それにしても瞳子ちゃん、このカードゲーム大当たりだね」
「お姉さま、いい加減呼び捨てにしてくださいませんか?」
「あはは……」
「……新聞部、写真部、漫研、科学部、その他大勢の協力者がいましたからね。それに小笠原も共同出資しておりますし」

 小笠原。小笠原祥子。毎日カードで見ているものの、祐巳にとって少しだけ懐かしい名前が出てきた。
 無言で過去を想って目を細める祐巳を見て、瞳子は憮然とした顔をする。

「それより、そろそろ止めた方が良くないですか?」
「あ、そうだね」

 乃梨子の声に祐巳は我に返り、ドアノブに手を伸ばす。

「祐巳さん、今日はどんなブックを組んできたの?」
「ああ、今日はね、誰も使わないようなカードで混合ブックを組んできたよ。志摩子さんは?」
「ふふふふふふふふふ。それはやってみてからのお楽しみ」
「えー。気になるなぁ」

 祐巳は笑いながら、いまだ黄薔薇姉妹が言い合いを続けている会議室へのドアを開けた。



 少女達の熱い夏は、まだ始まったばかりだ。





本日の使用カード

000 補助  先代三薔薇
 一代前の薔薇の称号を持った三人。その圧倒的カリスマは、ルルニャン女学園を去りし今もなお威光を放つ。「偉大なる三薔薇」の能力で、退学者カードの中から三枚だけカードを復活させ、手札に戻すことができる。


002 幹部  2年生 満面タヌキ  HP300 攻撃400 防御400
 能力平均、身体的特徴なし、パッとしないがなぜか憎めない庶民派の紅薔薇幹部。紅薔薇のためなら不可能を可能にする潜在能力があり、001「紅薔薇潔癖お嬢」と姉妹になるとHP、能力が2倍になる。
 紅薔薇系譜の1年生が二枚、場に出ていないと呼び出すことができない。特殊能力「無邪気な微笑み」は、幹部・通常生徒を素通りしてプレイヤーに直接攻撃ができる。この特殊能力だけは姉妹になっても使用不可能にならない。


011 通常  1年生 ドリルっこ  HP200 攻撃250 防御600
 自慢の盾ロールが特徴。演劇部期待の星。彼女の仮面は生半可な攻撃を全て受け流す。専用補助カードで能力が変動する。


012 通常  3年生 小さなザワっち  HP300 攻撃200 防御400
 紅薔薇に憧れを抱く少女。急に髪型を変えたりして自己アピールするものの、やや影が薄い。特殊能力「こっそり」で、場に出ている通常・幹部生徒を1枚だけ無視してプレイヤーに攻撃可能。


026 通常  2年生 ロサ・カツーラ  HP300 攻撃300 防御300
 HPも攻撃力も防御力も並。だが特筆すべきは、誰もフルネームを知らないほどの存在感のなさ。彼女だけは通常生徒の持つ特殊効果を全く受けつけない。幹部・罠・補助は除く。


028 通常  1年生 ロボ子  HP300 攻撃50 防御400
 紅薔薇幹部の一人に強い憧れを抱く少女は、彼女に近付くだけでガチガチに緊張してしまう。紅薔薇幹部への攻撃をプレイヤー任意で受け止める。002「満面タヌキ」が場に出ていると、防御力が2倍になる。


030 通常  1年生 かしら&かしら  HP400 攻撃200×2 防御300
 011「ドリルっこ」の友達二人。別に双子ではない。かしらかしらが口癖……かどうかもわからない、謎の多い親切コンビ。コンビネーション抜群の二段攻撃が可能。「ドリルっこ」が場に出ていると攻撃力が300になる。二人組なので姉妹にすることができない。


031 幹部  3年生 黄薔薇騎士レイ  HP600 攻撃900 防御800  
 黄薔薇の称号を持つ、ルルニャン女学園最強の剣士。その力は比較的高い黄薔薇系譜の通常生徒を遥かに凌駕する。唯一のウィークポイントは『三つ編み』に弱いこと。専用補助カードで「独立革命騎士レイ」にチェンジし、HPを除く能力が2倍になる。

--- 幹部  3年生 独立革命騎士レイ  HP600 攻撃1800 防御1600
 031「黄薔薇騎士レイ」が全てから解放された真の姿。病床の従姉妹という支えを失い、己に打ち勝つ心を手に入れた彼女に、恐れるものはもう何もない。ただしチェンジすると姉妹にすることができなくなる。


091 特殊  ロザリオ  HP500 攻撃000 防御000
 「姉妹」システムを成立させるカード。場に出ている上級生と下級生の生徒カードを一組にし、確たる絆を証明する。一組になったカードはHP、攻撃、防御が足され、更に絆の力で各能力に100がプラスされる。ただし一組になったカードは、その生徒が持つ特殊能力を失ってしまう。このカードは聖なる力を持っているので、攻撃の際は特殊能力の一切を受け付けない。
 このカードは特殊で、通常生徒の代わりに場に出しておくことも、補助カードとして使用することもできる。


099 補助  黄薔薇革命
 姉妹になった一組のカードを、二枚のカードに戻す。使用プレイヤーにも相手プレイヤーにも使うことができる。その際、場に出せる制限枚数3枚を越えてしまうと、1枚は発動した陣のプレイヤーの任意で手札に戻す。031「黄薔薇騎士レイ」の補助カードの1枚。
 このカードと103「入院」を組み合わせることで、場に出ている031「黄薔薇騎士レイ」を「独立革命騎士レイ」にチェンジさせることができる。


103 補助  入院
 削られたプレイヤーのHPを最大値まで回復する。031「黄薔薇騎士レイ」の補助カードの1枚。
 このカードと099「黄薔薇革命」を組み合わせることで、場に出ている031「黄薔薇騎士レイ」を「独立革命騎士レイ」にチェンジさせることができる。


108 補助  1年生 針金ノッポさん
 180センチ近い超高校級の身長で相手を見下し威圧する。寒気すら感じさせる冷たい視線の特殊能力「身長差の威圧」は、相手の場の通常生徒全員の防御力を3ターン無効化する。姉妹、幹部生徒には効果なし。


110 通常  2年生 盗撮ちゃん  HP300 攻撃200 防御300
 ルルニャン女学園を暗躍するカメラマン。隠密行動が得意で、彼女が撮った写真には数々の乙女の秘密が写っている。攻撃力50以下の1年生カードを退学させることで呼び出すことができる。特殊能力「秘密写真」で条件付きのカードを1枚、1ターンの間だけ無条件で呼び出すことが可能。ただし特殊能力を使った時点で、このカードは退学になってしまう。


111 罠  シチサン新聞
 しっかりした取材で真実のみが記された新聞。噂を扱う特殊効果を持つ通常生徒カード及び110「盗撮ちゃん」を1枚、無効化した上でカードを巻き込んで退学になる。


115 罠  ミーちゃんじゃなくてミータン
 紅薔薇幹部を慰める心優しい少女達の一人が飼う猫の名前。紅薔薇系譜以外のカードによるプレイヤー攻撃を半減する。ただし特殊効果を持つカードの攻撃は防げない。


119 補助  とりかえばや台本
 ルルニャン女学園の学園祭で演目された劇の台本。場に出ている全幹部のHP、能力に+200。相手の幹部も対象内。011「ドリルっこ」に使用することで「ドリルっこ」の攻撃力が2倍になる。





【No:2240】へ続く







(コメント)
海風 >途中から何を書きたいのかわからなくなりました…orz あとこんなカードゲーム出ろっ、という祈りを込めて投稿。不評すぎたら消しますので……(No.14901 2007-04-16 11:57:35)
風 >菜々ちゃんの菜は菜の花の菜ですよ?(No.14903 2007-04-16 12:47:02)
海風 >あ、名前間違ってますね…orz ご指摘ありがとうございます。今携帯からなので、後日修正しておきます。(No.14904 2007-04-16 14:04:38)
通りすがり >遊戯王あたりがモデルなのかな?以外に面白かったです。ガンダムウォーなら少しわかるんデスけどね(笑)(No.14906 2007-04-16 21:28:38)
菜々し >同人でもいいからこういうの出ませんかね?w(No.14907 2007-04-17 00:10:19)
kotobuki >同人のときめき・ザ・ギャザリングを思い出しました。今回のやつ、正直、ちょっと遊んでみたいです。(No.14908 2007-04-17 01:02:56)
あうん >誰かイラスト書いて送ってくれれば、後は裏表紙をデザインして、すぐに作れるけど?もち、リリアンのマークは当然入る(No.14909 2007-04-17 08:43:36)
あうん >大きさは、GWサイズ?それとも、遊戯王サイズ?(No.14910 2007-04-17 08:44:17)
海風 >えっと、ベースはうろ覚えのアニメ遊戯王、カード内容は漫画ハンター×ハンターのGI編とPS1カルドセプトが参考になってます。というかカードゲームはこの三つしか知らないので…。自分の願望だだ漏らしですけど、実際作るとなるとさすがに著作権問題が絡んできそうですね。(No.14911 2007-04-17 11:16:23)
pao >正直自分もイラストさえあれば作りたい一品ですね、可南子の能力ワラタ(No.14912 2007-04-17 12:02:32)
Mr.K >自分がものすごくやりたくとも出来ないと思ってたカードゲームネタをそこまで上手に……尊敬します(No.14913 2007-04-18 19:35:46)
菜々し >菜々と凸ちんが合わさるととんでもないことに…なったらやだなあ。(No.14914 2007-04-18 22:07:01)
C.TOE >ウサ耳志摩子さんの特殊能力が知りたいです。(No.14915 2007-04-19 00:31:43)
篠原 >ルルニャン女学園だし大丈夫では?(>著作権)(No.14916 2007-04-19 04:14:16)
海風 >名前修正しました。 篠原さん>正直に言えば著作権云々の前に、各色で幹部除くだいたい二十八人ものキャラを捻出できるかどうかも、かなり微妙だと思うんですけど…。ああそれと、なんか意外と好評のようなので、一本か二本続きを書いてみます。由乃さんと志摩子さんは私も出したいので。(No.14917 2007-04-19 12:38:45)
あうん >いや、名前有りは何人かで良いかと…。後は、一般生徒Aとか1とか、桜組1とかで。(No.14928 2007-04-21 15:45:11)

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