がちゃS・ぷち

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No.2577
作者:海風
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2008-03-28 02:30:15
萌えた:3
笑った:24
感動だ:5

『もういちど』


 これは過去作「ルルニャン女学園シリーズ」の第0話に当たります。


 【No:2235】 → 【No:2240】 → 【No:2241】 → 【No:2243】 → 【No:2244】
 → 【No:2251】 → 【No:2265】 → 【No:2274】 →  終【No:2281】 → おまけ【No:2288】










「それでは、第一回ルルニャン女学園カードゲーム開発会議を始めたいと思います」

 紅薔薇になった福沢祐巳の口から、長い旅路の第一歩は踏み出された。
 ルルニャン女学園カードゲーム。
 この時、全てはまだ、白紙だった。




 すでに猛暑が襲い来ている春の終わり。
 ――リリアンを舞台にしたカードゲームを作りましょう。
 発端は、ただそれだけの話だった。

「それで!? まず何から始めるの!?」

 松平瞳子が持ってきたこの企画に異常な興味を示したのは、黄薔薇になった島津由乃だった。
 祐巳も、二年生から白薔薇を務めている藤堂志摩子も、そもそもカードゲーム自体があまりよくわかっていなかったので、賛成も反対もできなかった。
 何もわからないのに乗り気な由乃を正面から止めるのも問題があるので、「途中で無理だと思ったらその時は無条件で開発中止」という約束を取り付け、開発本部は結構気楽に発足された。ついさっき。
 現段階では、祐巳と志摩子が判断保留、二条乃梨子が「どっかで聞いたことがあるような気がするけど興味なし」ということで判断保留。由乃の妹である有馬菜々は剣道部のため欠席だ。
 実質、由乃と瞳子しか、やる気はなかった。

「まずはカードゲームのジャンルを決めたいと思います」

 企画者たる瞳子が、自分が思いついたことを無造作に書きとめたノートを捲りながら候補を読み上げる。

「えー……トランプにリリアン生のプリントをする」
「却下。だからどうしたって感じだし」
「ウノみたいなゲームにする」
「却下。ならウノでいいじゃない」
「どんなものかは知りませんが、水道管ゲームというものもあったかと思いますわ」
「却下。私もやったことないけど、名前が地味だしやることも地味そう」
「人生ゲーム風にボートとカードを使うもの」
「うーん……却下。カードだけで遊べる方がお手軽じゃない」
「何の役にも立たないコレクション用カード」
「絶対却下。作る意味がないわ」
「じゃあ……やはりバトルものになるかと」
「賛成!」

 由乃のやたら張り切った声に従い、倉庫から運んできたホワイトボードに乃梨子が「カードゲームはバトルもの」と書き込んだ。ダルそうなその目その表情は非常にやる気がなさそうだ。
 
「それではバトルものということで話を進めましょう。これについては追々考えてきますので、今日のところはここまでです」
「え? もう終わり?」

 露骨に「期待はずれ」と言わんばかりに肩を落とす由乃に、瞳子は言った。

「端末でもあれば楽ですけれど、そういうものも存在しませんので。それより由乃さまは、やることがあるのでは?」
「やること?」

 由乃にはさっぱりわかっていなかった。瞳子はこっそり溜息を吐く。

「……ある程度の段階で紅薔薇さまと白薔薇さまの許可を頂かないと、頓挫の恐れがありますわ。由乃さまはお二人にきちんと説明して、その都度理解を仰ぐ必要があると思いますけれど」

 瞳子の言う通り、祐巳と志摩子は一切わかっていない。読み上げたカード候補の「トランプ」と「ウノ」はわかったが、その他と今決定した「バトルもの」というものがなんなのか、さっぱり理解できていない。
 そして、そんな人物が企画決定権を持っているという現状。
 二人は目の前であっと言う間に終了した会議(にはとても思えなかった、むしろただの会話)に、目を白黒させているだけだ。

「うーん……私も別に詳しいわけじゃないから、説明って言われても……」

 口ごもる由乃に、祐巳と志摩子は思わず顔を見合わせる。

「知らないのに話を進めてるってこと? あんなにノリノリで?」
「つまり、由乃さんも私たちと同じくらいしか造詣を持っていない、ということ?」

 あ、痛い――由乃は、衝撃の宇宙人を見るような二人の視線に、内心チクチクと胸を刺されていた。

「そ、そんなことないわよ!? もう、バッチリよ! ええバッチリ知ってるわ! なんでも聞いてよ!」
「そうだよね。あんなに乗り気で強引に推して来たんだから、知らないわけないよね」
「ふふふ、そうよね。いくらなんでもよく知らない企画を推奨するわけないものね。ふふふふふふふふふふ」

 やたら笑っている志摩子が気になるが、由乃のハッタリはなんとか通ったようだ。









「それでは、第ニ回ルルニャン女学園カードゲーム開発会議を始めたいと思います」

 祐巳の口から、第二回会議の口火が落とされた。
 企画者たる瞳子が、自分が思いついたことを無造作に書きとめたノートを捲り出す。

「その筋の方から意見を頂いたところ、『バトルもの』の大まかな形式がはっきりしました。――乃梨子、代わって」

 ホワイトボード前で待機中のやる気のなさそうな乃梨子と入れ替わり、瞳子がペンを取る。

「素人が作る以上、大掛かりになればなるほど作成が困難になる恐れがあるそうです。一応は個人ではなく団体での企画になるので、この人数なら最低90枚、最高120枚程度が丁度良いだろう、とのことです」

 ボードには「枚数は低90枚〜高120枚」と書かれた。

「色々と分類しなければいけませんが、ここからは専門家に一任し、私たちは違う仕事に取り掛かることになります」

 はい、と、由乃が手を上げた。

「専門家って?」
「科学部に数名、カードゲームに詳しい人がいます。少し話してみたところ、この企画に大変乗り気で、ぜひとも参加したいとのことです。ちなみにさっき言った『その筋の方』とは、その人たちのことですわ」

 なるほどと一同がうなずくと、初めて由乃以外の幹部が動いた。 

「私たちはこれから何をするの?」

 祐巳だった。相変わらずよくわかっていないが、今は自分たちがやることだけはしっかり把握しておく必要があると思っている。

「山百合会の仕事は、この90枚から120枚のカードの選出です」
「カードの選出?」
「カード化したい生徒を選ぶのですわ。まず私たちは決定でしょう。他には、主だった学校行事など、そういうものをカードとして選んでいけばいいでしょう」

 妹の説明もなんだかよくわからないが、祐巳は会議を滞らせるのもイヤなので「ふうん」と一見わかったような返事を返した。

「ゲームバランスに直結する部分は詳しい人達に一任した方がいいと思いますわ。素人が口を挟むのも開発の邪魔になりますし」

 それは異論なしだ。専門家からしても素人参入は鬱陶しいだろうし、詳しく知らない話し合いに混ぜられる素人も困る。

「まず科学部に正式な応援要請を出し、ゲーム内容は全て委任します。科学部が必要と判断した各クラブへの応援要請は、山百合会で受理してこちらから交渉します。結局、私たちがやれることは現状把握と雑務ですわね」
「普段とあまり変わらないわね」

 志摩子が理解を示すと、瞳子は「そうですわ」とうなずき、厳しい顔をする。

「鉄は熱い内に打て、と言います。ここから先はスピード勝負、飽きる前に勢いに乗ってどんどん開発を進めましょう。幸いこの企画に乗り気の方々も多いようなので、協力を申し出てくれる方はどんどん投入するべきですわ。――差し当たって漫研には、科学部と平行して早めに応援を頼むべきです」

 なんだか気分だけで乗り気だった由乃を圧倒するような瞳子の本気に、皆の胸が熱くなった。
 本気で考え、先を見据え、必ず成功させるという情熱が感じられた。
 ――この時、ようやく山百合会の企画に対する意識が変わり始めていた。

「一ついいかしら?」

 ある程度静観していた志摩子が口を出したのも、それが理由だったのかもしれない。

「何でしょう? 志摩子さま」
「このカードゲームって、開発に成功したら、どうなるの?」
「どう、と仰いますと……?」
「無料で配布するの? それともいくらかのお金を取って販売するの?」

 それはまだ、瞳子も悩んでいた。

「……正直に言いますが、まだ私の中では結論が出ていません。ただ、全てを素人が作る以上、売り物になる最低ラインというものはあると思いますわ。ある程度完成して、それから決定しても遅くないと判断していますが……」
「もし販売するなら、学園側の許可も要るものね」
「はい。まあ、もし学園側がノーと言えば、無料配布という形になると思います。販売はノーでも、それまでの労力を無駄にする理由はないと思いますから」
「販売という形になったら、企画者である瞳子ちゃんが利益を得るの?」
「そこら辺は少し考えがありまして。話がつくまで、お任せしていただけませんか? その時は必ず皆さまに意見を仰ぎますので」
「――わかったわ」

 志摩子がうなずくと会議は終了し、瞳子は急いで科学部へと走り出した。

「……瞳子、本気ですね」

 テーブルにポツリと投げかけられた乃梨子のつぶやきに、一同はうなずいた。
 祐巳はちょっと難しい顔をして、志摩子に目を向ける。

「志摩子さん、どう思う?」
「それは、カードゲーム企画のこと? それとも瞳子ちゃんのやる気のこと?」
「うーん……どっちも」
「瞳子ちゃんが本気なら、私にできることはやるつもりよ。どうしてあそこまでやる気なのかまではわからないけれど」

 でも、本気になるだけの理由も追々わかるんじゃないかしら、と、志摩子はおっとり微笑んだ。









「それでは、第三回ルルニャン女学園カードゲーム開発会議を始めたいと思います」

 祐巳の口から、第三回会議の口火が落とされた。
 企画者たる瞳子が、「これをごらんください」と高等部全校生徒分のリストと、写真部が今までで公開した写真を大きな黄色い封筒からテーブルにばら撒いた。
 特に、その写真の量に、思わず「おおっ」と声が漏れてしまう。どう見ても百枚以上はある。きっと写真部提供だろう。

「科学部から、カード総数は120枚、各30枚ずつ紅・黄・白の系統に別れる、という提案が出ています。これが一番最善だと判断する、とのことなので、こちらから反対が出なければそれで進めるそうです」
「三色各30枚で総数120枚? 紅・黄・白で90枚だけど、残り30枚は?」

 ばら撒かれた写真を何気なく手にして、乃梨子は問う。

「残り30枚は補助……特殊な道具や学校行事に宛てる枠よ。真っ先に思い浮かぶものと言えば、ロザリオや修学旅行とか」
「マリア祭とか?」
「そうね。できればリリアン独特のものの方が、らしいんじゃないかしら? あ、『ロザリオ』はゲームシステムに関わるから必ず入れて欲しい、という要望もありました」

 わかった、と納得した乃梨子を置いて、瞳子は先に進む。

「各色30枚は、それぞれの薔薇ファミリーが選出すればいいと思います。補助30枚は、全員で意見を出し合って決定すればいいかと。道具や学校行事は別枠にありますので、できる限り生徒を選んでください。それで」

 瞳子は立ち上がり、ホワイトボードに書きながら続ける。

「問題は生徒の割り振り方ですが。学年は去年の、紅薔薇さまに祥子さま、黄薔薇さまに令さまの代で行こうかと思っています。
 そして紅薔薇は趣味的なクラブや無所属の生徒、黄薔薇は運動部関連、白薔薇は文科系クラブや委員会関連の生徒を選ぶと、ちょうどバランスも取れると思いますわ。
 それともう一つ。カードとして選ぶ基準は、校内で有名な方がいいでしょう。この場にいる五人の内、三人以上知っている方が好ましいかと」

 今述べられた注意事項が書かれていく。皆はうんうんとうなずきながら、瞳子の企画に目を向け耳を傾ける。

「他にも決めなければいけないこともありますが、ひとまずここまでです。まず山百合会は、各色30枚のカード候補を決めましょう」

 初めて具体的な仕事が回り、各色のメンバーがそれぞれ別れて、リストと写真に手を伸ばす。
 その中、テーブルに両肘をついて思案げに眉を寄せている由乃。

「……ねえ瞳子ちゃん」
「はい?」

 早々に祐巳の隣に戻っていた瞳子は、由乃の呼びかけに顔を上げる。

「これって、外部に漏らしちゃいけないって話じゃないわよね?」
「ええ。ただ、途中で企画中止になる危険もあるので大っぴらに宣伝されても困りますが、特に緘口令は敷いていませんわ」
「そっか。……じゃあ、持ち帰ってもいい?」
「持ち帰る?」
「うん。菜々とも相談して決めたいから」

 できたばかりの妹は、薔薇の館ではなく剣道部の方に入り浸っているので、ポツンと座る由乃は少し寂しげに見えた。









「それでは、第四回ルルニャン女学園カードゲーム開発会議を始めたいと思います」

 祐巳の口から、第四回会議の口火が落とされた。
 企画者たる瞳子が、「まずはこれを見てください」と、手近なところにいた志摩子にクリップ止めの書類を渡した。

「……あら」

 志摩子の目が大きく見開かれた。

「あ」

 横から覗き込んだ乃梨子の動きも止まった。

「その書類は、カードにプリントするイラストのラフ画です。先日山百合会で選んだカード化仮決定リストは、科学部から漫研に回され、このように漫研からラフ画として上がってきます」
「「へえー」」

 瞳子が志摩子に渡した書類は、カードの顔になるイラストのラフだ。
 こうして形として見せられると、あまりやる気のなかった面々も、ちょっと興味が沸いてくる。
 祐巳も由乃も興味津々だが、残念ながら志摩子と乃梨子のチェックが入念なため、まだまだ回ってきそうにない。
 特に、乃梨子の瞳がにわかにちょっと怖くなってきている。

「今回は山百合会メンバーのみのイラストですが、今後は選出した生徒および学校行事がラフ画として回ってきます。私たちがチェックして、OKならそのままイラストに。NGなら描き直してまた回ってくることになります」
「はい!」

 説明が終わるまでジリジリ待っていた乃梨子が、えらい勢いで挙手した。

「こ、こ、この、この、この絵に描かれているネコ耳っぽいのは何さ!?」

 熱が入りすぎて若干言葉使いが怪しい親友に、瞳子はフフンと鼻で笑う。どうだ見たか、って感じで。

「ルルニャンはネコ耳モードですから」
「「ネコ耳モード!?」」

  よこしなさいよ もうすこし はやくみせて もうちょっと いいからよかさんかおら ぼ、ぼうりょくはんたい

 マリア様には見せられない乙女たちの醜い争いが起こった。
 終末に、なぜかマジックで志摩子の額に「桃白白」、由乃の額に「イケイケ」と書かれて二人は涙ぐみ。
 瞳子と乃梨子はバッタリ床に倒れ。

「な、な、な、なんで…!?」

 少々もみくちゃにされた肝心の書類を祐巳が勝ち得て、ただただ立ち尽くしていた。
 どうしてこんな惨劇が起こったのか、そもそも何が起こったのかすら理解できなかった祐巳は、戸惑うことしかできなかった。
 結局のところ、瞳子と乃梨子が己の姉のためにぶつかり合っただけなのだが。









「それでは、第五回ルルニャン女学園カードゲーム開発会議を始めたいと思います」

 祐巳の口から、第五回会議の口火が落とされた。
 企画者たる瞳子が何をするでもなく、もう企画は動き出す。

「ラフのチェック終わった!? 選出リストと一緒に提出するよ!?」
「他はいいけど、やっぱり瞳子ちゃん幼すぎない?」
「これじゃ小学生よね」
「可愛いからいいの! いつまでも保留にしててもアレでしょ!? 瞳子のお姉さまの私がいいって言ってるんだからいいの!」
「……いえ、お姉さま、さすがに私もちょっと幼すぎるんじゃないかと……」
「い・い・の!! それより志摩子さんのラフの方が問題なんじゃないの!?」
「な、なんでですか!? 何が問題なんですか!?」
「乃梨子ちゃん何回リテイク出してると思ってるの!? もう単にネコ耳志摩子さんが見たいだけになってるでしょ!?」
「そ、そんなことないですよ! ただこうもうちょっと志摩子さんらしい感じがあるんじゃないかと入念なチェックで対応してるだけです!」
「ガチ!」
「ガチじゃないです! 祐巳さまこそネコ耳じゃなくてタヌキ耳の方が似合うんじゃないですか!? どうせなら尻尾もつけてもらったらどうです!?」
「なんですって!?」
「なんですか!?」

 ――由乃は思った。修羅場だ、と。









「それでは、第六回ルルニャン女学園カードゲーム開発会議を始めたいと思います」

 志摩子の口から、第六回会議の口火が落とされた。

「もうカードの選出も終わったし、あとはラフのチェックだけよね?」

 確認するように問うと、瞳子は「はい」と答える。
 慌しい毎日が飛ぶように過ぎていき、何度も揉めつつ、なんとか一段落ついたところだった。山百合会の仕事とも平行しての二束の草鞋状態も、今日で解放である。

「枚数オーバーしたカードは、科学部が検討して決定するそうです」
「そう。こちらで選べなかったのだから、しょうがないわね」

 由乃が「あーあ」と、がっかりした息を漏らす。

「どうしても入れたかったカードが落とされるのか……地味にショックだわ」
「ショックと言えば、菜々ちゃんは?」

 ここに来るまで、菜々はカード選出には何度か顔を出したものの、会議には一度も出ていない。

「ああ、気にしなくていいよ。即レギュラー入りしたから忙しいらしいし」

 ぼやく由乃。だが私生活の方で仕事を持ち帰って菜々と協力しているので、コミュニケーションの点では問題ないのだ。
 むしろ二人きりで意見をぶつけ合う作業により、お互いが強く強く結びついたように思える。まだ姉妹暦は短いが、この一件でしっかりと土台を組めた――と、由乃は内心満足している。

「由乃さんはいいの? 剣道部」
「言うな」

 志摩子の質問は、きっぱりと拒絶された。

「――ただいま」

 ここで、カード化希望リストとラフチェック済みの書類提出を終えた祐巳が、部室棟から帰ってきた。
 なんだか、微妙な顔をして。

「おかえり。どうだった?」
「……通っちゃった」
「「え!?」」

 自分でも意外だと思っているらしい祐巳は、微妙な顔のまま数枚の書類をテーブルに並べる。

「……アリスだ」
「アリスね」
「ウサ耳だ……」

 そう、その書類――祐巳が広げたラフイラスト数点には、隣の男子校の生徒が描かれている。リリアンの制服を着て微笑んでいるのは、まごうことなき男の子だ。ウサ耳にしたのは、恐らく区別をつけるためだろう。たぶん。深い意味はないだろう。
 冷静に考えて、女学園なのに男子がいるというおかしな話だ。通るわけがないと誰もが思っていたが。

「実は――」

 祐巳の話だと、一枚くらいならこういう遊びも面白いんじゃない、という方向で話が付いてしまったらしい。
 どうせ断られるだろう、と思っていた一同は、本気で驚いていた。

「……いいのかなぁ」
「打診した祐巳さんがそれを言うの?」
「だって自分でも信じられなくて」

 その気持ちは、由乃にも十分よくわかった。

「まあ通ったんならいいんじゃない? アリスも喜ぶだろうし」
「そうね」
「……いいのかなぁ」

 由乃と志摩子が気楽なのに対し、色々と責任を負ってしまった祐巳は、やはり首を傾げる思いだ。

「まあいいや。ところで、瞳子はどうしたの?」

 祐巳が薔薇の館を出る前には居たはずの妹が、今は姿を探すことが出来ない。

「最後の打ち合わせに行ってくる、とのことで、帰るそうです」
「え? そうなの?」
「すっかり温くなってますけど、今日は祐巳さまに紅茶を淹れるためだけに来たみたいですよ」

 「可愛い妹をお持ちですね」などと軽く冷やかされつつ、祐巳たちは久しぶりにのんびりとお茶を楽しんだ。









「それでは、第七回ルルニャン女学園カードゲーム開発会議を始めたいと思います」

 祐巳の口から、第七回会議の口火が落とされた。
 企画者たる瞳子が、ホワイトボードの前に立った。

「現在、科学部他各部が仕上げに入っています。向こうは相当な修羅場らしいですが、特に大きな問題は起こっていませんが、ひどい有様なので絶対見に来ないでほしい、とのことです。
 次に、カード化したい生徒全員に許可を頂く必要があります。いくらなんでも勝手に作成するのは問題がありますから」

 それはそうだろう、と一同は思った。

「ちなみにこれは、もう新聞部が動き出しているので、明日か明後日にも人数分の許可証が上がってくると思います。後で書類を配りますので、私たちもサインしておきましょう」

 意外や意外、瞳子の指揮はなかなかのものである。意見を仰ぐべきところはしっかり仰ぐし、そうじゃないところはさっさと自分で片付けてしまう。
 カード選出時も各クラブの状況把握、応援要請と割り振り、一連の作業の流れなど、すべて瞳子が仕切っていた。
 かなりの働き者である。

「学園側の許可は、全てが出来上がったらルールブックとカードごと提出するつもりです。許可が下りたら商業として、不可なら無料配布という形になります」

 そういえば、と、志摩子は言葉を発した。

「ずっと前に話した利益の話は、もう決着がついたの?」
「はい。今からお話します」

 瞳子は一呼吸入れて、一番肝心な話をし始めた。

「実は、商業にするしないに関わらず、カード作成は業者に頼んであります。スポンサーも快く資金援助をしてくれることになりましたので」
「「資金援助?」」

 なにやら大事な話に、皆は目を見開いた。

「といっても、イラストもルールブックもリリアンからです。プロに委託するなどのお金を使わなくていい分だけ、相当安く上げられます。援助は私、松平家、小笠原家、柏木家の三つからなり、会社も小笠原直属の業者が動いてくれることになっています」

 松平。小笠原。柏木。聞き覚えのある名前であると同時に、結論も出てしまう。
 お金持ちのやることは一味違う、と。

「そもそも資金的にあまり掛かっていないので、商業で売ることができれば、利益分ですぐに返済が可能です。そうじゃなくても三家分担で負債は微々たるものなので、気にしないで欲しいとのことです。
 あ、そうそう、祥子さまの伝言で『お世話になったリリアンへの恩返しに出資する』だそうです」

 うーん。
 果たしてこれでいいのかと考えていると、瞳子は続けた。

「それで、今日はこれを見ていただきたいんですが」

 瞳子がポケットから出したのは、普段見るような普通のカードである。

「昨日、カードのサンプルができました。全カードはこのような形になります」
「「できたの!?」」「まあ」

 祐巳、由乃、乃梨子が歓喜に身を乗り出し、志摩子だけ驚いている。

「……って、これ……」


 ――000 補助  先代三薔薇
 一代前の薔薇の称号を持った三人。その圧倒的カリスマは、ルルニャン女学園を去りし今もなお威光を放つ。「偉大なる三薔薇」の能力で、退学者カードの中から三枚だけカードを復活させ、手札に戻すことができる。


 カードの中でネコ耳付きで微笑むのは、もう先々代になってしまう懐かしき薔薇さま方。水野蓉子、佐藤聖、鳥居江利子の三人だ。
 予想外の人たちのカードを見て、皆は更に驚いた。

「純粋にサンプル用に作成したので、カード化予定のない先々代のお三方を起こしてもらいました。能力もメチャクチャだそうです」
「「へえー」」

 イラストにも驚いたが、しっかり商業用のカードになっていることにもまた驚く。裏表紙のネコ耳付きマリア像に薔薇の蔦が絡まる絵も、なんだか神秘的で良い。デフォルメ調だけれど。

「――正式登録しないの?」
「え?」

 静かなその声に、盛り上がる皆の言葉が途切れた。

「正式登録しないの?」

 その質問を、志摩子は繰り返した。
 微動だにせず瞳子の目を見て、微笑みながら。
 何やら逆らうことを許さないすごい迫力をかもし出しつつ。

「あ、あの……一応サンプル用ですし、カードにするには世代が一つ違」
「そんなことはどうでもいいの。正式に登録するの? しないの? どっちなの?」

 ――瞳子は震えた。断れば必ず殺られると、本能で察したのだ。
 そしてそれは瞳子だけではなく、この場の全員が同じことを思っていた。









「それでは、第八回ルルニャン女学園カードゲーム開発会議を始めたいと思います」

 祐巳の口から、第八回会議の口火が落とされた。

「……といっても、もうやることないんだよね?」

 大活躍した妹に労いの気持ちを込めて微笑むと、瞳子も充実した疲れの見える笑顔を見せた。

「はい。私は最後の仕事が残っていますが、粗方済みました」

 ルールブックも仕上がって、イラストも残り数枚で全121種に到達し、もうサンプルではないカードの量産に入っている。
 後の大仕事と言えば、学園側に提出して、商業販売の許可を貰うだけだ。
 ――ちなみに、もし許可が貰えなかった場合。
 その場合、出資負債分が返済できないので、一日契約で出資した松平、小笠原、柏木の三家に、山百合会メンバー全員で無料奉仕しに行く約束がなされた。
 いくら「気にしなくていい」と言われても、そういうわけにもいかない。

「瞳子ちゃんも秘密主義よね。最後の仕事って何?」

 由乃は目を細めて問い、瞳子は苦笑を返す。

「別に秘密にしているわけじゃないですわ。――最後の仕事は、いわゆるシナリオ作成です」
「シナリオ?」
「どうせなので、カードゲームにストーリーを付けようという話です。バトルものなので、こう、三薔薇同士が戦う理由などを。強いて必要でもないんですけれど、あればいいな、程度の話です」
「なるほどね」
「あまり時間がないので、皆で話し合うと返って時間が掛かってしまうと思います。どうしてもと言うならこの場で会議をしてもいいと思いますが」
「意見を出し合うと本当に時間が掛かるだろうから、私は任せるよ」

 と、由乃が返事した時。階段がぎしぎしと悲鳴を上げていた。

「あ……」

 一年前はなじみ深く、一番それを待っていた祐巳にとっては、懐かしい足音だった。

「――ごきげんよう」
「お姉さま!?」
「「祥子さま!?」」

 優雅に微笑み顔を出したのは、祐巳の姉である麗しき先代紅薔薇、小笠原祥子だった。
 
「どどどどどどどうしたんですかお姉さま!?」

 祐巳は席を立って祥子を出迎える。
 祥子が卒業してほぼ二ヶ月。私生活では会っているが、懐かしいこの場所で会うのとはまた違う。

「相変わらず落ち着きがないわね」

 苦笑する祥子は、優しく祐巳のタイを撫でた。片方が私服を着ていてもリリアンに居たあの頃の二人にしか見えなかった。

「瞳子ちゃんに聞いたわよ? 製作が終わったそうだから、簡単な打ち上げに参加しに来たの」

 ほら、と掲げる手の先には、某有名店のケーキの箱。相当おいしいと噂だ。

「お茶、淹れ直しますね」

 席に座る祥子と入れ替わりに、乃梨子と瞳子が流しへ移動する。

「ほらお姉さま、こうしてカードもできてるんですよ」
「ええ、そうね」

 祐巳がはしゃいでいる。そしてそんな姉を横目に、瞳子がちょっと不機嫌そうな顔をしている。

「たまには返してあげなよ」
「……別になんとも思ってないわ」

 憮然とした瞳子を、乃梨子がなだめた。
 久しぶりに会った先輩と、某有名店のおいしいケーキを食べながら談笑する。
 忙しく走り回っていた日々で凝り固まった緊張感が、少しずつ溶けていく。
 大半以上の苦労話も、珍しく意見が真っ向対立した出来事も、今なら笑って話せる。
 思えば、山百合会であそこまで物事に熱中したのは始めてかもしれない。
 いろんな意味で良い経験になったと、全員が思っていた。

「菜々ちゃんは剣道部?」

 盛り上がったりしんみりしたり盛り上がったり盛り上がったりした後、祥子が由乃に聞いた。

「はい。レギュラーですから」
「そう……じゃあ、ケーキは帰りにでも持たせればいいとして」

 はたと、全員が気付いた。
 苺のミルフィーユは菜々が好きらしいので優先的に由乃が確保。その菜々の分を除くと、残るケーキは二つ。
 モンブランとレアチーズ。
 恐らく「瞳子と乃梨子に妹もしくは妹候補あるいは手伝いが居た場合」を想定して、祥子は多めに買ってきたのだろう。

「私はいいから、あなたたちで食べなさい」

 と、言われても。
 某有名店のケーキは、それはそれはおいしかった。
 誰もが思っていた。
 ――あ、もう一つくらい食べたいな、と。

「こういうのはどうでしょう?」

 誰かの出方を伺い視線を巡らし始めたその時、先ず乃梨子が動いた。

「各薔薇ファミリーで、一つずつ妹と分けて食べるというのは」
「賛成!」
「賛成!」
「賛成」
「反対!」

 賛成多数の中に、断固とした反対の手が上がる。もちろん由乃だ。
 乃梨子の提案は、この場に妹がいない由乃は自動的に省かれることになる。

「私が食べられないじゃない!」
「ミルフィーユ、菜々ちゃんと半分ずつ食べれば?」
「甘いわ祐巳さん! そうしたら菜々が半分しか食べられないってことになるでしょ!」

 全員一個半。菜々だけ半分。確かにそうなる。

「では、祐巳さまが遠慮するというのはどうでしょう?」
「へ?」

 更に乃梨子の思いがけない言葉に、祐巳は驚いた。

「最近、顔が丸くなってきているような気がするのは、私の目の錯覚でしょうか」
「…………」

 言われてみると確かに最近少し糖分摂取量が……と、祐巳は顔を青ざめた。

「……い、いや、いい! 食べた分だけ運動するから!」

 ダイエット中の甘いものの誘惑に勝てない人がよく言いそうな、紙のごとき脆い言い訳を振りかざす祐巳。

「五人で食べればいいんじゃないかしら」
「「却下!!」」

 志摩子の平和的意見は、満場一致で却下された。
 乃梨子が言った「妹と分け合って食べる」という意見が強力すぎて、それ以外は認めたくない。認められない。

「…………」

 なんだかグダグダな論争が始まって、祥子は呆れたような顔で優雅に紅茶を口に運び。
 そして瞳子は、一歩離れた意識で、「あ、もうこれでいいや」と気楽にシナリオ案を思いついていた。








 ルルニャン女学園  第一次生徒大戦 〜薔薇は咲き誇る〜


 猫マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
 汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。
 スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。もちろん、猫耳を伏せて警戒心を露にしたり、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。
 私立ルルニャン女学園。
 この学園には、最強と云われる三人の薔薇さまがいる。
 凡庸万能の紅薔薇さま。
 運動部を束ねる黄薔薇さま。
 文化部・委員会を支配する白薔薇さま。
 この三人による自治は完璧で、ルルニャンはいつも平和だった。

 そんなある日。
 とある魔女が、「魔法のケーキ」を薔薇さまに謙譲した。

「これは魔法のケーキです。食べると願い事が叶います。ただし、食べられるのは二人だけです」

 薔薇さまは三人。
 食べられるのは二人。
 最初は平和的解決を試みるべく話し合っていたが、すぐに結論は出た。
 これは、力で勝ち取るものだ。

 紅薔薇さまが立ち上がり。
 黄薔薇さまが竹刀を構え。
 白薔薇さまが嘲笑う。

 ここに、ルルニャン女学園を暗黒に誘う、第一次生徒大戦が幕を開けるのだった――









 ルルニャン女学園カードゲームが発売されるまで、あと数日。
 それは、松平瞳子が「ケーキ一つで大戦始まるの!?」と激しく突っ込まれるまでの猶予だった。









(コメント)
海風 >リクエストものです。まさかまた書くことになろうとは…(No.16370 2008-03-28 02:31:02)
菜々し >海風さんの原点とも言える作品ですね。そう言えばローカルに保存してなかったなこのシリーズ…保存しとこ。(No.16371 2008-03-28 03:15:36)
くま一号 >……これば某カードゲーム開発本部掲示板(実在)のログ……ではありませんねありませんね。東子がK吹さま、美雪さまがなにをするasdふじこ(No.16372 2008-03-28 06:49:16)
愛読者 >ルルニャン女学園キターーーー! このシリーズクオリティーも高くマジ好きだ!!(No.16373 2008-03-28 21:01:46)
海風 >コメントありがとうございます。 菜々しさん>原点、なんでしょうか……でもこれを書くために一話からざっと見直してみたんですが、そろそろ一年が経つようです。月日が過ぎるのは早いですね。 くま一号さん>長々書く必要はなかったかもしれませんが、調子に乗って書いちゃいましたw  愛読者さん>続けていた当時、そういうお声があったからこそ最後まで書けました。今では次のSS書く活力になっています。今一度、当時も今も温かく見守ってくださった皆さん、ありがとうございました。(No.16389 2008-04-03 09:50:09)
素晴 >ああ、そういえばWikiの方も含め思いっきり放置していますごめんなさい。ちょっといろいろまとめないと……。(No.16400 2008-04-06 23:03:08)

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