がちゃS・ぷち

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No.3616
作者:海風
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2012-01-07 13:23:24
萌えた:7
笑った:1
感動だ:71

『行く先も分からぬ旅』

【No:3157】【No:3158】【No:3160】【No:3162】【No:3170】
【No:3171】【No:3174】【No:3177】【No:3183】【No:3187】
【No:3196】【No:3205】【No:3233】【No:3249】【No:3288】
【No:3327】【No:3380】【No:3397】【No:3443】【No:3464】【No:3498】【No:3501】 解説書【No:3505】
【No:3509】【No:3515】 【No:3538】【No:3541】【No:3589】【No:3593】【No:3597】【No:3601】【No:3613】から続いています。









 知っていた。

「桂さん」

 たぶん自分はそうなることがわかっていたんだ。
 それを望むか望まないかの答えはすでに出していて、だからこそ、そこへ向かうのだ。

「私、たぶん、ミルクホールで大怪我すると思う」

 福沢祐巳のその言葉は、ただの予感だったのか、それとも予知だったのか。

 ――本人もわからない。




 昼休みに入って少しして。
 昼食を取らないリリアンの子羊がこぞって教室を飛び出し、一般生徒はそれぞれの昼食を広げる。
 力のない一般生徒は、争奪戦というイベント中でも、特にできることもないし何より危険なので、参加しようという命知らずは今のところ見当たらない。
 いたっていつもの昼休みに、しかし、福沢祐巳の周囲は違っていた。

「祥子さんが呼んでいるわ。来てくれる?」

 見覚えのない二年生が、紅薔薇の蕾・小笠原祥子の使いとして一年桃組にやってきていた。
 名乗りもしない、というより名乗れないその上級生は、紅薔薇勢力暗殺部隊所属“bS”である。

「祥子さまが?」

 祥子に限らず、大好きな山百合会の誰かが呼んでいるというのであれば、島津由乃は微妙だがそれ以外は二つ返事で付いていく。
 今朝のことがなければ、祐巳は即答していただろう。
 ――今朝、山百合会の名を語って騙されて、結局山百合会に迷惑を掛けたのだ。
 どのように迷惑を掛けたのかとか、どんな事情で巻き込まれたのか。
 真相は誰にも聞けないままだが、よくよく考えたら祐巳は自分が迷惑を掛けたに違いないという結論に至った。同じクラスの藤堂志摩子が何も言わないのも、自分に気を遣っているからだろう、と。

「……あの、本当に祥子さまが?」
「ええ。信じられない?」
「すみません。今朝騙されたもので……きっと白薔薇にすごい迷惑を掛けたはずです」

 祐巳は巻き込まれただけである。
 しかし、自分がほいほい騙されなければ、白薔薇・佐藤聖があのようにボロボロにされることもなかっただろう、と思っている。
 逆だ。
 結果的に、祐巳がいたから被害者が限りなく少なかった、というのが真相である。
 今朝の白薔薇狩りは、抵抗なく志摩子を確保できたのは非常に大きかったのだ。
 志摩子の味方は多い。
 それこそ把握できないくらい沢山いて、いつ横槍が入るかわからない状況だった(実際、島津由乃という横槍も入った)。だから強行手段に出られるよう、ありえないくらいの数を藤堂志摩子誘拐に注いでいたのだ。もちろん周囲の警戒も兼ねてだが。
 もし祐巳を先に確保できていなかったら、志摩子なりの抵抗――逃げたり、非暴力非服従の姿勢を見せたりと、かなりまごついたはずだ。志摩子はあれが白薔薇狩りであることを知っていた。自身のお姉さまに被害が及ぶ事である。抵抗しない方がおかしい。
 少しでも時間が掛かれば、それだけ横槍が入る可能性が高くなる。場所的にも大人数を要した作戦的にも、戦闘になれば一般生徒を巻き込んだ可能性も捨てきれない。
 つまり、祐巳の確保で事がスムーズに進んだのだ。
 仮に祐巳を確保できなくても、結果的に白薔薇狩りは決行されただろうし、聖はボロボロにされていたに違いない。そのための数の投入だ。

「祥子さんが待っている場所は、一階の廊下よ。そう遠くないし、何なら私は同行しない。行ってくれない?」
「というか、祥子さまは私に何の用なんですか?」
「聞いたけれど教えてくれなかった。紅薔薇にもまだ教えられないこと、とは言っていたから。大切な話だとは思うけれど」

 大切な話。
 そう言われて、祐巳は二つ心当たりがあった。
 一つは、例の写真だ。
 祐巳と祥子を結びつける一番の理由は、あの写真のことしかない。
 もう一つは、やはり、アレだろうか。
 今朝のことで怒られるんじゃないだろうか。力のない一般生徒のくせに山百合会に関わるな、とか。文句を言われてしまうのではないだろうか。
 あの写真から中断した劇の稽古に至りこれまでの間に、大した接点もないのだ。呼ばれる理由が二つくらいしか思う浮かばなかった。

「面白い」
「は?」
「考えてることが全部顔に出てた」
「はっ!?」

 祐巳は慌てて頬に手を当てた。

「もし気が進まないなら」

“bS”は、祐巳――の、後方を見た。

「彼女に同行してもらったら?」

 振り返ると、祐巳と一緒に昼食を取っていた“黒の雑音(ブラックノイズ)”桂が、敵意も友好もない無表情で、じっと見覚えのない上級生を見ていた。
 祐巳の反応、そして“bS”の当たり障りのない対応に、祐巳にとって敵かどうか判断できかねている。そんな心境なのだろう。

「……いえ、いいです」

 ここまで言うなら大丈夫だろう。祐巳はそう思い、桂に「ちょっと行ってくる」と断りを入れた。

「本当にいいの? 付き合うよ?」

 今朝の誘拐のことを祐巳本人から聞いている桂は心配そうに言うが、祐巳は首を横に振った。
 ――中庭に放り出された“影”を救ってからずっと教室にやってこなかった祐巳の行動を聞いて、桂は同行しなかったことをすごく後悔したのだ。戦力としては物足りないが、最悪祐巳一人ならなんとか庇えるだけの力はある、と、本人は思う。希望も含めて。一緒に誘拐されたとしてもできることは少なかっただろうが、それでも放り出したいとは思えない。
 そして祐巳は、そんな心配をしてくれる親友を巻き込みたくないから、同行を断った。
 それに、目覚めていない者に力を振るう者など少ない――そう考えると、一緒にいたら祐巳より桂の方が危険な気がした。

「すぐ戻るから」

 そう言って、祐巳は食べかけの弁当をそのまま残して“bS”と歩き出した。




「……すごい心配」

 背中が見えなくなるまで祐巳を見送り、桂は席に戻りながら思わず呟く。
 やはり付いていくべきか。
 自分なら、バレずに尾行できるのだから。
 席の椅子の背に手を付いた時、やはり祐巳を追おうと決めた。何もないならないで、それでいいのだから。もしもの時の備え、桂の付き添いはその程度でいい。

 ……という杞憂も束の間で、振り返った先から祐巳が戻ってきた。

「どうしたの? 忘れ物?」
「いや。なんか近くで戦闘が始まりそうだからって帰された」

 なるほど本当に敵ではなかったのか、と桂は思った。
 それからすぐに、どこぞから響く爆発音が校舎を震わせた。リリアンには相変わらず暴力と凶行が闊歩している。
 それでも一般生徒はできるだけ気にせず、それぞれの昼食を取っている。気にしたらきりがないのだ。
 祐巳と桂も二人で昼食の続きを取りつつ、「そう言えば」と桂は思い出した。

「祐巳さん」
「ん?」
「今朝のお礼を要求したい」
「へ?」

 桂は胸を反らせて妙に偉そうな態度である。

「親友に人助けを付き合わせておいて、挙句にほったらかしで置いていったじゃない。おまけに名前呼ぶなって言ったのに呼ぶし」
「……あ」

“影”の件である。
 祐巳はあの後色々ありすぎてすっかり忘れていたが、確かに桂の言う通り、あの時から今言われるまで、今朝の桂のことなど綺麗さっぱり頭になかった。

「なんか具体的なお礼があってもいいんじゃないかな!?」

 わざとらしく怒った顔をする桂を見て、祐巳は笑ってしまった。

「ごめんね。具体的なお礼って、たとえば?」
「ミルクホールでカフェオレ。これ食べた後どう?」
「わかった。……あ、でも、桂さん」

 祐巳は何気なく言った。

「私、たぶん、ミルクホールで大怪我すると思う」
「え?」

 桂には、祐巳の言葉の意味がわからなかった。

「財布的に大怪我って意味?」
「いや……え? 私、大怪我するの?」
「自分で言ったんじゃない」
「……?」

 祐巳は本気で不思議そうな顔をして、首を傾げた。

「私、なんであんなこと言ったんだろう」
「知らないわよ。……大丈夫?」
「うん。問題ない。はず」

 はず。
 問題がなければ絶対に口にしないことだ、というのは、祐巳も桂もなんとなくはわかる。
 だが、「じゃあ何の問題があるんだ」と考えると、何もない。
 だから「はず」である。

「今日はやめておこうか」

 意味も理由もわからないがケチは付いた気がして、桂は延期を申し出た。
 しかし祐巳の答えは違った。

「どうして? 行こうよ」
「行こうって。だって祐巳さん、大怪我するかも知れないんでしょ?」
「やだな。そんな予感いつだってしてるよ」

 今日もどこかで爆発音に銃声に金属同士が打ち合う危険な音がこだまする。
 怒声、悲鳴、破壊、血の痕、破滅の足音。
 そんなものに慣れるしかなかった悲しい子羊達は、いつだって誰かの餌食になる可能性を考えている――少なくとも祐巳はそうだった。
 今更なのである。心配なんて。
 それに、祐巳の心配は「自分より桂を巻き込まないか」の方が重要だった。目覚めていない祐巳を露骨に攻撃する者などいない――山百合会から教えてもらったことだ。
 リリアンは弱者には最悪の環境だが、無法地帯ではないことだけはしっかり理解できた。諸悪の根源だと思っていた頂上に近い人達が、諸悪の根源などという汚名など気にも留めず、「強者こそ絶対」のルールでリリアンを、そして弱者を護っている。

「それに、行かなきゃいけない気もするから」
「それも予感?」
「なんだろうね。自分でもよくわからない。でも、そんな気がする」

 首を傾げるしかない祐巳の言葉だが、祐巳が行きたがっているのであれば、桂は強く止められない。そもそも「大怪我をする」の根拠がないのだから信じるだけの理由もない。
 ――もし桂が、祐巳が目覚めていることを知っていたら、無理にでも止めていたかも知れない。
 しかし今の祐巳は、本人も、知っているわずかな人達も、覚醒については口を閉ざしていた。諦められている、という風に。いったい何があったのか、どうして目覚めたのに力がないのか、誰にもわからないのだ。
 唯一、藤堂志摩子だけは、祐巳の力の秘密のきっかけを掴んでいた。
 そしてそれは今、小笠原祥子にも伝わっている。
 この先、もし祐巳の身に何かがあるのであれば、きっと祥子が祐巳を導くのだろう。その辺のことを話すために呼び出したのだが、雲行きが怪しくなってきたことを察知した“bS”の独断でキャンセルされてしまった。
 この判断が正しいか否かはわからない。
 だが、「ミルクホールに行くこと」は、祐巳は自分に必要なことだと確信を持っていた。根拠も何もない、桂の言う通り「予感」としか言いようのないものだが、それでも確信があった。
 なんとなく納得いっていない桂と一緒に昼食を片付け、教室を出る。

 ――なんか納得できていないのは、祐巳も同じだった。

 まるで操られているかのように頭がそれを深く捉えようとせず、ただあるのは「ミルクホールに行くこと」だけだった。
 リリアンは今日も暴力に満ちている。
 全身血まみれでふらふら歩いている女生徒と擦れ違う――手にある“契約書”に周囲の視線を集めて。

「あの、」

 なんのつもりか自分でもわからないが、祐巳はその女生徒に「大丈夫ですか」と声を掛けていた。

「ああ……今にも倒れそうだけれど、なんとか」

 彼女は俯いたままそう答えた。血に濡れた黒髪の奥にある素顔を見せず、「もう血は止まってるから。心配してくれてありがとう」とだけ言い残し、また歩き出した。

「祐巳さん……」

 桂は渋い顔をしていた。

「今朝のことはともかくさ。お願いだから厄介事に自分から関わろうとしないでよ」
「あ……うん。ごめん」
「意識がないのは危ないけれど、歩ける内は大丈夫だから。ね?」

 桂に諭される。自分でもちゃんとわかっていることを。
 でも、なんだろう。
 なぜか疑問を抱く。
 血だらけの人が歩いていれば、普通は心配くらいするだろう。祐巳が声を掛けたのはごく普通でごく自然なことのように思えるのに、なぜ今までそれを避けていたのだろう。
 それは、自ら厄介事に関わろうとするからだ。力のない子羊には自殺行為に等しいことだからだ。

(ああ、そうだったそうだった)

 だから今まで見て見ぬ振りをしてきたのだ。
 そうしないとリリアンで生活できなかったから。

「祐巳さん、本当に大丈夫?」

 そんな桂の質問に、祐巳はなんだか答えられなかった。




 ほぼ同刻。
 紅薔薇の蕾・小笠原祥子と“鴉”の一戦が終わり、ギャラリーもぱらぱらと散っていく中、一人の女生徒が血痕の残るその場に歩み出ていた。
“bS”である。
 福沢祐巳を連れてくるよう祥子に伝言を頼まれたが、諸々の事情で祐巳を教室へ返してしまった。そのことを伝えようとギャラリーに混じって待っていたのだが――

(あの“鴉”と張るのか……祥子さんも強いな)

 あの髪が変色する能力を使い初めてからの祥子の動きは異常だった。が、この衆人環視で見せた以上、近い内にあの能力も誰かに解明されるだろう。
“鴉”も去ったし、祥子も行ってしまった。“鴉”は図書室、祥子の行き先は保健室だろう。
 この場で報告をするには、人目が多すぎた。
“bS”は、半ば焦げている、祥子が脱ぎ捨てた制服を拾い上げた。
 ――いい闘いだった。
 紅薔薇の蕾として恥ずかしくない一戦をした。
 だがそれ以上に“bS”が評価したのは、先の一戦の結末である。
“鴉”の示した覚悟は、闘えなくなっても諦めない。
 そして祥子の出した答えは、「奪っていけ」という、“鴉”の主張と己の立場を弁えたものだった。
 己のテリトリーを護ること以外、貸し借りでしか動かない“鴉”の要求を飲むことは、即ち“鴉”の身を立てることに他ならない。“鴉”の名誉や誇りを傷つけないために祥子は“契約書”を譲ったのだろう――あの状況で双方どちらも譲らなければ、間違いなく出血多量で“鴉”が先に倒れていただろう。というかあの状態で自分の足で歩き去ったというのも信じがたい。いくつか急所に入っていたはずなのに。最強の噂に恥じないタフさである。
 祥子はまだ、薔薇ではない。三勢力総統でもない。
 だが、彼女らに必要なものを祥子はすでに兼ねているという証明のように思えた。
 ――三薔薇も三勢力総統も、相手を立てることを忘れないから。
 それはただ勝ち続けることより難しい。

「……おっと」

 さて自分も保健室へ、と一歩踏み出した時、祥子の制服からひらりと何かが零れ落ちた。
 写真である。
 反射的に手が出そうになったが堪える。“bS”の基礎能力なら素早く床に落ちる前に拾えたが、今は一般生徒に成りきっているので床に落ちてから拾い上げた。
 そして、中腰のまま動きが止まった。

「…………………………………………え?」

 随分長い間凝視してしまったが、じっと見詰めても視覚情報がうまく処理できない。
 見覚えのある女生徒と、これまた見覚えの女生徒が、マリア様の御前で向き合って、……という、どうしてもロケーション的にもシチュエーション的にも意味が限定されてしまいそうな構図。
 片方は祥子で、片方は祐巳で。
 二人は見詰め合っていて。
 祥子の手は祐巳の胸元に伸びていて。

(わかった。胸を揉もうとしてるんだ)

 なわけない。わかっている。
 これはどう考えても、ロザリオの授受だ。神聖な儀式だ。
 もしや祥子が祐巳を呼び出した理由はこれか――

「あー。これは大事ね」
「ええ……ええっ!?」

 振り返る先に、顔があった。

「うわ近い!」
「でしょ? この距離が好きなの」

 聞いてないことを言うその人のピントのずれた答えに、なんだか奇妙な感情がわきあがってきた。

「……“十架(クロス)”さま?」

 派手な寝癖頭に、眠そうな瞳。
 間違いなく紅薔薇勢力突撃隊隊長“十架(クロス)”である。――そうじゃなければ“bS”がここまで接近を許さない。
 ちなみに“十架(クロス)”は、“bS”のことを隠密くらいにしか認識していない。

「その写真、どうしたの?」
「というか“十架(クロス)”さまの方がどうしたんですか?」

 もう、三薔薇や紅薔薇勢力とさえ目を併せても、自分から話しかけることなんてなかったのに。
 まさか――そんな一筋の希望が胸に差し込む。

「復帰したの」

 その「まさか」が的中した。

「本当ですか!? 本当に!?」
「うん。私の力が必要なんだってさ」

 喜びと驚きが綯い交ぜになった感情がこみ上げる。真っ先に思ったのは、「これで“鵺子”を止める際、怪我をさせずに済む」ということだった。
“十架(クロス)”は欠伸交じりに「で、その写真は?」と問題のブツを指差す。

「わかりません。祥子さんの制服から出てきたんですが……」
「お、タイムリー。これから祥子さんの様子を見に保健室に行こうと思ってたんだ。祥子さんと“鴉”、どうなったの?」

“bS”は簡単に説明した。

「なるほど。試合に負けて勝負に勝ったってところか。まあ紅薔薇の蕾としては妥当なオチね」
「妥当ですか」
「安易に勝ちも負けも選ばない辺り、お姉さまの教育の賜物よね。まあ紅薔薇の妹ならそれくらいはやってほしいけれど」
「厳しい目で見てますね」
「そうじゃないと来年の祥子さんが苦労するでしょ? 紅薔薇の後継者ってだけで皆が付いてくるほど、リリアンの子羊は簡単じゃないから。紅薔薇の後押しだけじゃなくて、ちゃんと実力も度量もあるところを見せないとね」

 まあ、それは同感である。“bS”だって祥子が認めるに足る人材じゃなければついていく気はなかったから。

「で? 祥子さんに妹ができたの?」
「あ、いえ、どうでしょう」

 ――この写真は、“罪深き相貌(ギルティ・アイ)”武嶋蔦子が撮った未来である。
 しかしそれを知らない二人には、現行で撮ったものだとばかり思っている。
 つまり、祥子は祐巳にロザリオの授受を済ませている、と。

「この子、誰?」
「一年の福沢祐巳さんです。でも未覚醒のようですが」
「それは…………祥子さんが妹として選ぶとは思えないわね」
「ですよね」

 だが写真の二人は、どちらも微笑んでいたりする。仲が良さそう以外の関係が連想できない。

「祥子さんがおっぱい揉もうとしてる可能性を指摘するべきかしら」
「私も一瞬考えましたけど、無理があります」
「そうよね。祥子さんならおっぱいの相手に困らないものね」
「言い方はどうかと思いますが同感です」

“十架(クロス)”は「うーん」と唸りながら、寝癖頭に手を突っ込んだ。

「興味あるし、会いに行ってみようかなぁ」
「え? 保健室は?」
「祥子さんの勝敗が気になっただけ。無事そうだし、もう聞いたからいいわ。それより今はこの……祐巳さん?の方が気になる」
「……あんまり引っ掻き回さない方がいいと思いますよ?」
「ちょっと話すだけよ。すでに眠いし面倒はイヤ。――その写真のことだけど、お互い見なかったことにしましょう」
「そうですね」

 実際どうだかわからないが、まだ公表していない関係であることは間違いない。ならばその時が来るまで外野は黙っているべきだ。
 だがしかし、祥子の妹になるということは、行く行くは紅薔薇になる可能性が大いにあるということでもある。
 事が公になる前に、“十架(クロス)”は紅薔薇の幹部として、福沢祐巳なる人物に会ってみたかった。周囲の目を気にせず会いに行けるのは、まだ復帰の報が広まっていない今しかないようにも思える。今を逃せば、会えるのは「祥子の妹として」というお披露目の時ではないだろうか――さすがにそれでは遅い。

「何組?」
「一年桃組です」
「わかった。あなたはどうするの?」
「保健室に行ってきます。祥子さんに話すこともあるので」

“十架(クロス)”と別れてすぐ、“bS”はふと思った。

(そう言えば“鵺子”はどこだろう?)

 予定通り紅薔薇と接触できたのだろうか。
 それに、“十架(クロス)”の復帰は知っているのだろうか。




 廊下の先に変わり果てた姿を発見し、“雪の下”は駆け寄った。

「“鴉”さん!」
「耳元で叫ばないで」

 血まみれで足取りも怪しい、大怪我にしか見えない“鴉”だが、しかし発する言葉はしっかりしていた。

「これ。約束のもの」

 血に染まってしまった“契約書”を差し出す。

「5分過ぎていた? 悪かったわね。でも文句が出るほどオーバーしてないでしょう?」
「そんなことより怪我は!?」

 俯いていた“鴉”の視線が上がった。

「怪我より取引の方が大事なのよ。私にとってはね」

 オプションがついて普段の数十倍は怖い顔に「ひいっ」と息を飲むも、顔の印象よりギラつく瞳の方が強い。

「『そんなこと』なんて言わないでちゃんと受け取って」

 取引相手がこれでは、“鴉”の顔を立てた小笠原祥子の顔にも泥を塗ってしまう。たとえ拒否しよう とも、無理にでも受け取らせるつもりだ。
 しかし、“雪の下”はいつもの気弱な態度は見せない。
“鴉”に負けないくらい強い瞳で、“契約書”の紐を握る手を掴む。

「そんなものより怪我の方が大事でしょう!?」

 ――“雪の下”らしいセリフだな、と“鴉”は思った。普段はただの間抜けのくせに、こういう時には絶対に退かないのだ。

「“治癒”のやり方は!? 私にならできるでしょう!? 方法は!?」

 力だけは強い“雪の下”だ。恐らく“治癒”の能力も使えるだろう。
 だが、“鴉”は首を横に振った。

「“治癒”は難しい。今のあなたみたいに『力をそそぐだけ』なんて強引なやり方では無理」
「……じゃあいいです。勝手にやりますから」
「やめて。“力ずく”でやっても無駄に消耗するだけよ。消耗しすぎたら午後から動けなくなる」
「それくらいなら問題ないです」

 あなたは午後からどうやって“契約書”を護るつもりだ――とでも言ってやろうかと思ったが、“鴉”はもう諦めた。
 何を言っても聞かないだろう。そういう奴だ。

 ほんの2、3分ほどの“治癒”で、“鴉”は全快した。

「うぉぅ……」

“雪の下”は立ちくらみでもしたのか、ふらりとよろめいて壁に寄りかかった。――“鴉”の言った通り、急激に力を使いすぎたせいだ。まだ力の使い方が慣れない内は、体調に影響を与えることも少なくない。

「だから言ったのに。半分くらい使ったでしょ?」
「も、問題、ないです」

 大有りである。
 これから“雪の下”は、“契約書”を護らねばならない。きっとこの光景も誰かが見ているはずだ。この有様ではいきなり襲われても不思議ではない。
 しかし、それはもう“鴉”の管轄外だ。
 アフターサービスはなし。そういう取引だから。

「はい」

 まだ頭がクラクラしている“雪の下”の首に、“契約書”を掛けた。
“鴉”はこの後すぐ、“冥界の歌姫”蟹名静と、新聞部の一年生・山口真美と合流せねばならない。予定が詰まっているのだ。

「じゃあ、私は行くから」
「ええ……大丈夫です。もう大丈夫ですから」
「別に人の忠告を無視するような奴の心配なんてしてないけど。あと感謝もしない」
「ひねくれてますね」
「お節介の押し付けよりマシよ」
「押し付けとはなんですか押し付けとは!」
「怒った? もしかして気にした?」
「あなたは本当にひねくれてますね! だいたいなんですかその顔は! 怖いですよ!」
「顔は生まれつき」

 ――と、遊んでいる場合ではない。“雪の下”は知らないが“鴉”には用事がある。
 この状態の“雪の下”を置いていくのはほんの少しだけ気に掛かるが、“雪の下”はもういっぱしのリリアンの子羊だ。肩入れしすぎるのはお互いのために好くない。
 その時だった。

「…?」

 まだ文句を言っている“雪の下”を無視し、“鴉”は廊下の先に目を向けた。
 ――とんでもないものがやってきた。
 それは蒼いオーラを撒き散らす刀を抜かず鞘ごと持って、かなりのスピードで走ってくる。

「あ、“竜胆”」
「知り合い?」

 そんな問答をしている間に“竜胆”なる刀使いは二人に迫り、――頭上を飛び越えて走り去った。
 そのすぐ後から、6人もの一・二年生が、“竜胆”を追って駆け抜けていった。
 どちらも、“雪の下”と“鴉”は目に入らなかったようだが。

「あれは黄薔薇の遊撃隊だったような……」
「“鴉”さん」

 理由はわからないが追われているのは間違いない――それがわかった“雪の下”は、

「私は行かなければいけないようです」

 次の自分の行動はわかった。

「“雪”、“契約書”のことだけど」
「はい?」
「気をつけて。それを持ち続けるのはかなり難しい」
「――大丈夫です。護り切る自信があります」

 この言葉に偽りなく、この“雪の下”が手にした“契約書”は、この時点から追跡不可能となった。
“戯言を囁く地図(バベル・クラフト)”上からも姿を消すという異常事態に、やれ「焼失した」だの「消滅した」だのの憶測が飛び交い、「紅薔薇三枚」から更なる混乱を招くことになる。
 完全に姿を消した“三枚目”の行方。
 それは、意外な人物が暴くことになる。




 その頃、元白薔薇勢力総統“九頭竜”と華の名を語る者“鳴子百合”は、とある人物に捕まっていた。

「――というわけで力を借りたいの。どう?」

 二人が二階の廊下の片隅で偶然出会ったのは、紅薔薇・水野蓉子だった。
 蓉子には二人がどういう関係なのかはわからないが、今はそれを気にしている余裕はない。「思念体使いと闘うから力を貸して欲しい」という至極短い説明だけして、“九頭竜”に協力を求めていた。

「どうって言われても、私の力は操作系よ?」

 伊達に三勢力総統を務めていたわけではない。“九頭竜”にはそれだけでだいたいの事情は察することができている。そもそもが紅薔薇である蓉子が動いているという事実だ。それだけで大問題なのである。それだけで協力せざるを得ないほどの大問題なのだ。
 だが、“九頭竜”の能力は操作系である。どこまで行っても物理法則から抜けることはない。それは蓉子にもわかっているはずだが――

「“闇”があるじゃない」

 蓉子は遠慮なくそれを口にした。
 闇――“闇竜”。
“九頭竜”が三年間で数えるほどしか使わなかった奥の手だ。別名“九匹目”。

「あれを人前で使えと?」
「三年生でしょう? もう何を出し惜しむ時期でもないと思うけれど」
「……」
「それに、見せたところでアレに対抗策なんてある?」
「ないなら考える。それがリリアンの生徒の気概でしょう?」

 図らずも逆に納得されられ、蓉子は笑った。

「ボケてないわね。昼行灯はやめたの?」
「やる理由もなくなったから」

 白薔薇勢力をまとめるのに必要だったから表向きは動かなかった――それが三年生、白薔薇勢力を率いる“九頭竜”の姿だった。それまでの“九頭竜”を知っている者は、そんな腑抜けた姿に随分もやもやしたものだ。
 しかし、もうその必要はない。
 勢力は解散し、“九頭竜”は誰に遠慮することなく動けるようになった。

「まだやるべきことは残っているけれど。とにかく今は忙しいのよね」
「じゃあ断る?」
「紅薔薇に恩を売れるなら安いわね」
「OKよ。詳細は後でまとめて説明するから。たぶん明日からになるから、予定を空けておいてね」

 素早く約束を取り付け、蓉子は早々に立ち去った。実に慌しい限りである。

「いったいなんだろうね」

 黙ってやり取りを見守っていた“鳴子百合”は、問わずにはいられなかった。

「あの紅薔薇が自ら使いっ走りに走り回るほどの大事件が起こっている、もしくは起ころうとしている、というのが確定事項。ただの思念体使いなら紅薔薇一人で充分だし、その辺を加味すると危険度が伺い知れるわね」
「……簡単に言うと?」
「協力者が集まらなかったら紅薔薇が負けるかもね、ってところかしら」
「え、大変じゃない」
「さっきからそう言っているけれど」

“九頭竜”は考える。
 あの紅薔薇が協力者を求めるほどの大事件である。恩を売るだの貸し借りだの関係なく、協力するべきだろう。
 自然とそう思えるのは、偏に、水野蓉子の品格である。
 蓉子は私欲で動くことは少ない。今回のことも、きっと失敗すれば蓉子以外が大変なことになるだろう。尻を叩いて煽り立てるような言葉がなくても、彼女の品格がそれを想起させる。

「大変なんだね」
「ええ」
「…………」
「…………」
「大変なの?」
「そう言っているじゃない」
「…………」
「…………」
「そんなに大変ならなんで『あなたも手伝え』って言わないのよ」
「え? 戦力にならないからだけど」
「そういうデリケートな話題に触れるならオブラートに包んでよ!」
「苦い薬をぐずる歳じゃないでしょ」

 ここにきてタイトなスケジュールになってきた。早いところ“雪の下”を勧誘しなければ。もちろん彼女以外の確保もする予定だったが……

「“鳴子百合”さん、“雪の下”さんの居場所に心当たりない?」

 教室を尋ねてみたが、いなかったのだ。

「戦力にならないからわからない」
「すねてかわいい歳でもないでしょ」
「おい!……ああ、もういい。図書室の“鴉”さんとは仲が良いみたいよ」
「“鴉”さんと? そう言えば……」

“雪の下”の情報を集めた際、その繋がりの報告も聞いていたか。

「図書室か……行きづらいわね」

 今年の“図書室の守護者”は特に厳しい。あの“鴉”が見守る場所で勧誘なんてやったら、何を言われるか。彼女はそういうもの全てを持ち込ませない
 だが迷っていても仕方ない。次の予定も入ってしまった。
 こうなっては行くしか――

「あ、“九頭竜”さん。あれ」
「ん?」

“鳴子百合”が見ているのは、窓の外の中庭。今は校舎内で黄薔薇勢力総統“銃乙女(ガン・ヴァルキリー)”と紅薔薇勢力遊撃隊隊長“鍔鳴”がそこで暴れている。

「あの二人ならさっき見たじゃない」
「じゃなくて向こう。奥の方」
「奥?」
「あ、もう見えない」
「……何なのよ」

 非難げな目をする“九頭竜”を無視し、“鳴子百合”は再び「あっ」と声を漏らした。

「見た?」
「何を」
「“雪の下”。探してたんでしょ?」
「え? どこ?」
「もう。ちゃんと見てなさいよ。向こうを駆け抜けていったんだから」
「“雪の下”さんが?」

“鳴子百合”が見たものは、黄薔薇勢力の遊撃隊に追われる“竜胆”と、更にその後を追いかける“雪の下”である。

「黄薔薇の遊撃隊に? なぜ? 前々から?」
「聞いてないから前々からってことはないと思うよ。ついさっき揉めたんじゃない?」

 そう、揉めたのだ。一時間目の休み時間に。

「本当に見たのね?」
「うん。だって“飛んで”たし」

 なら間違いない。“飛行”は今のところ“雪の下”だけ使える能力だ。
“九頭竜”は素早く窓から外へ飛び出した。慌てて“鳴子百合”も後に続く。
 地に降り立ち、まっすぐ進む。

「ほ、本気!?」

 後ろから聞こえる声など無視して、まっすぐに走る。

 ――銃弾と刃が絶えない最短距離を。

 目の前を過ぎる凶弾も、耳元を掠る刀身も無視して、“九頭竜”は駆け抜けた。
 脇目を振らず微塵も迷わない度胸もすごいが、きっと当たりそうなものは避けられる自信があるのだろう。“鳴子百合”も少し躊躇して後を追う――彼女の場合は「基礎能力が高いので多少当たっても大丈夫」と自分に言い聞かせて。
“雪の下”らがどこへ向かったのかはわからないが、姿が見えたのなら追いかけられる。行った方角がわかっているならまだ望みはある。後のスケジュールが詰まったので、なんとか昼休み中には接触したい。
“銃乙女(ガン・ヴァルキリー)”と“鍔鳴”は間を通過した者達など目で追うこともせず、デート相手に夢中になっていた――というより危険すぎて目を離せなかった、と言った方が正確か。
 長髪をたなびかせる“蛇”と短髪を弾ませる新参者は、一直線に彼方へと駆けていく。




 なんだか騒がしいな、程度にしか思わなかったのは、だいたいいつもこんなもんだからである。
 騒然としている廊下を普通に素通りし、祐巳と桂はミルクホールへやってきた。

 悲鳴が溢れていた。

「私のサバの味噌煮がー!」
「ハンバーグ最後まで取ってたのにー!」
「ほうれん草のおひたしー!!」

 ――なんの騒ぎだ。
 さすがに喧騒にも暴力事件にも慣れきったリリアンの子羊でも、この騒ぎは無視できなかった。入り口付近で足が止まった祐巳と桂は、何事かとその場で観察する。

「あ、祐巳ちゃん」
「えっ? あ、令さま!」

 すぐ横にいたのに気付かなかった。そこにボロボロの制服に血だらけの黄薔薇の蕾・支倉令がいた。どう見ても死闘後という姿だが、声に張りもあるし佇まいもしっかりしているので、充分元気そうだ。

「あの、何があったんですか?」
「……ちょっと野生の動物が舞い込んだっていうか、……まあ、そんな感じ」

 意味がわからない。だが令が言葉を選んで説明したのはわかった。
 野生の動物とは、紅薔薇勢力突撃隊副隊長“鵺子”のことだ。
 ――麻痺毒が残っている令は、まだアレを追いかけられるほど体調が回復していない。だからここに網を張って“鵺子”の出入りを封鎖しているのだ。
 よくよく見ると、黄薔薇・鳥居江利子と“鋼鉄少女”が“鵺子”を追い掛け回しているのがわかる。
 一般生徒が溢れ返っているこんなところ、こんな状況で力を使えば、間違いなく誰かを巻き込む。そのせいでまともに攻撃することなく、隅の方に追い込むように巧みに追い立てているが――
 しかしそこは元は人間の“鵺子”である。
 そんなことは承知とばかりに、一般生徒が“鵺子”を避けるように右往左往する場所を選んで逃げ込み、テーブルに並んでいる食物――皆の楽しく美味しい昼食を片っ端から手づかみで口に入れている。大量に出血して弱っているので、それを補うように栄養を取っているのだ。
 一般生徒に手を出さないのは幸いだったが、違う意味で被害は甚大である。特にメインディッシュを盗られるのはつらい。カツ丼のカツだけ盗られるとか。
 ミルクホール全体が大混乱である。この様子では、封鎖を解くと、一般生徒達が出入り口になだれ込んでくるだろう。そうなったらそれこそ“鵺子”がそれに紛れて一緒に脱出しかねない。だから、かわいそうだが、誰も出すことはできない。
 令からすれば、自身の姉である鳥居江利子が投入されているのだから、心配はしていないが。だが被害は広まるばかりである。

「聖! 手伝いなさいよ!」

 苛立つ江利子の怒声に、どこかからのんびりと、

「無理ー。うどん伸びるー」

 という、間の抜けた返答が飛んだ。
 あ、聖さまもいるんだ、と祐巳は思った。この騒ぎでもうどん食ってるんだ、と。
 ちなみに聖は、定食二枚に丼一杯を平らげ、今最後の締めとして海老天うどんをすすっている。これだけ食べれば放課後にはだいぶ回復しているだろう。

「もしかしてランチ? この状態だから今はやめた方がいいよ」
「はあ、そうですね」

 この状況でのんびりランチできるのは、白薔薇・佐藤聖くらいなものだろう。

 そして、悲劇は起こった。

「おうっ!?」

 悲鳴の中に違和感しかないその声は、驚愕に満ちていた。
 祐巳には見えなかったし、問題児を追いかける江利子と“鋼鉄少女”も同じだ。たぶん被害者以外誰も見ていなかっただろう。
 しかし、悲劇は確かに起こっていた。

「――私の海老天返せやーーーーーー!!」

 突如、聖の怒りが爆発した。
 なんということだ。
“鵺子”はついに、最悪の獲物に手を出して、最悪の生物の逆鱗に触れてしまった。
 だが、これは吉兆だ――江利子にとっては。
 気分屋が動く気になってくれたなら、この問題は簡単に答えを導き出せる。

「聖! 上に誘導する!」
「任せたでこちん!」
「でこちん言うな!」

 あっと言う間だった。
 文字通り「上」に誘導した“鵺子”を、計ったかのようにジャンプして攻撃態勢に入っている聖が、これ以上ないというタイミングで捉えた。
 とんでもない連携である。
“瞬間移動”で一気に距離を詰めた江利子は、“鵺子”と共に聖のほぼ真上に“移動”し、瞬時に自分だけ脱出した。“鋼鉄少女”には無理だが、聖の火力――“シロイハコ”の一撃なら、充分“鵺子”を仕留められる。そして聖は江利子がそうすることが予めわかっていたかのように動いていた。
 薔薇の二人は簡素極まりない打ち合わせから1秒で、逃げ回る“獣”をたやすく捕まえていた。

「令! あとは任せた!」

 そう言い放ち、“シロイハコ”から飛び出した“右手”が、“鵺子”を叩き落した。テーブルに叩き落され、跳ね、計算したかのように令の足元に転がってきた。

 失策はなかった。
 単に、“鵺子”の“進化”が進みすぎていただけだ。

 閉じかけていた胸の傷が開き、“鵺子”はまた血を吐いたが、令が反応するより早く反射的に飛び起き……ようとして、大きくよろめいた。
 よろめいたせいで、令は“鵺子”を捕らえることに失敗した。

 そして、よろめいた“鵺子”は、呆然としている祐巳にぶつかった。




 それが始まりだった。




「えぐ」

 変な声が漏れた――と思った次の瞬間、祐巳は膝から力が抜け、ごぼりと血を吐いた。

「祐巳さん!?」

 桂は隣の友人の変調にいち早く気付き、自分がやるべきことを察した。
“黒い雑音(ブラックノイズ)”に寄る五感の停止――何が起こったのかわからない、祐巳の苦痛を“塞き止める”ことだ。
 跪く祐巳の肩に触れ、祐巳の全ての感覚を“止めた”。意識はあるが、何も見えないし何も感じられず、しゃべることもできないはずだ。今はこれでいい。

「な、なんで……?」

 何が起こったのかわからないのは、この場の全員である――祐巳も含めてだ。
 中でも一番驚いているのは、“鵺子”だ。
 そこにいる“鵺子”は憑依を解き、理解に苦しむこの状況を、血を吐いている祐巳を見詰めていた。

 ――今のはいったいなんだ?

 理性はなくなる。
 だが記憶はそれなりに残っている。
“進化”が進めばところどころ断片的になるが、最後の今の瞬間だけは、間違いようもなくちゃんと憶えている。

「“鵺子”!!」

 普段は決して見ることのない鬼の形相の令が、“鵺子”の胸倉を引っ掴んだ。

「なぜ祐巳ちゃんを攻撃した!?」

 そう――傍目にはそう見えただろう。
 だが、実際は違う。
“鵺子”は触れただけ。
 それも、

「違う。被害者はどっちかと言うと私」

 あの一瞬、“鵺子”は確かに垣間見た。
“底なしの黒”を。

「たぶん“力を呑まれた”。怪我ごと“呑まれた”」

 だから地力解除ができなかった“鵺子”は憑依が解け、ごっそり“呑まれた”力の喪失感を残してここにいる。紅薔薇に“削ら”れた時以上に消耗し、ほとんど力を使い切ったような状態になっている。
 令に斬られた胸の傷はなくなっているし、聖の一撃であばら数本と防御に使った右腕の骨折も、なくなっている。
 たぶんそれが祐巳の吐血の理由だろう。

「呑まれ……た?」

 責めはしたが、令の目にも“鵺子”が攻撃を仕掛けたようには見えなかったのだ。それは見間違いなどではなく、冷静な“鵺子”に釣られるようにして令も頭を冷やした。

「おーいどうしたー?」

 違う問題が起こったことを察して、聖と江利子と“鋼鉄少女”がやってくる。




 これが福沢祐巳の、二度目の覚醒の予兆だった。













(コメント)
海風 >あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。 「マリばと」調べましたよー。あんなの出てるんですねー。マリみての逆転裁判みたいなのが出てるのは知ってましたが、まさか格ゲーまで出てるとは……原作愛されてますねーw(No.20447 2012-01-07 13:25:39)
ゴロン子 >祐巳キターーーーー!(No.20448 2012-01-07 23:08:38)
えろち >あけましておめでとうございます。更新お疲れ様&ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします。です。いや、年明け後の一本目もおもしろすぎて、読み応え、ありますね。今年も楽しみにしてます。気になるのは九頭竜さんです。(No.20449 2012-01-08 00:08:37)
愛読者v >きちゃーーーー!!!(No.20450 2012-01-08 01:09:18)
ピンクマン >第三の反逆者(て言うかこれは貧乏くじか)現る?(No.20451 2012-01-08 23:14:23)
ピンクマン >祐巳の大怪我予言→オーラ写真を撮られたときに蔦子さんの"罪深き双貌"未来予測をわずかでも吸収したんじゃなかろうか<と、先日気づいた(オーラが見える第二スキルについてはどうなのかわかりませんが)(No.20477 2012-01-28 20:27:19)

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