がちゃS・ぷち

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No.2241
作者:海風
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2007-04-26 13:08:22
萌えた:5
笑った:31
感動だ:1

『せっかくだから頭の中までハッスル』


ルルニャン女学園シリーズ 3話

 【No:2235】 → 【No:2240】 → これ → 【No:2243】 → 【No:2244】
 → 【No:2251】 → 【No:2265】 → 【No:2274】 → 終【No:2281】 → おまけ【No:2288】

一話ずつが長いので注意してください。







 今、リリアン女学園はかつてない賑わいを見せていた。
 否、賑わいではなく。
 それは喧騒と呼んでもいいものなのかもしれない。
 全ての発端は、あたたたたかなあたまがうみだしたカードゲームである。



 私、山口真美は頭を抱えていた。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 やはりアレだろうか。
 普段真面目な人がはっちゃけると、普段では考えられないことを色々ヤッしまうということか。
 私の姉、築山三奈子なら、あるいは喜んで記事にしただろう。
 だが、私は――



「お姉さまっ!」

 ドバン、と走る勢いのまま開け放たれたドアの向こうに、妹の高知日出美がいた。その顔は歓喜に輝いている。

「一昨日の記事、ものすごい反響です!」

 またその話か。もううんざりだ。

「はあ……」
「……お姉さま?」

 考えもしなかった温度差を感じたのか、歩み寄ってきた日出美もテンションを下げて探るように顔を覗き込んできた。

「白薔薇仮面は誰なのか」
「え?」
「紅薔薇仮面は誰なのか。……あの新聞を出してから、ずーっと同じことを聞かれ続けてるわよ」

 言わぬが花なのか、知らぬが花なのか。
 もし私があの二人の正体を知らなければ、日出美や他の部員達のように喜び勇んで校内を駆け回り、件の人物を追い掛けていただろう。
 もし私が、あの人達が誕生した場所に存在していなかったら、どんなに気が楽だったか。

「……お姉さま、まさか……」

 生まれ持っての才能なのか鍛え上げた観察眼なのか私結構顔に出やすいのか、日出美は私の様子で気付いたようだ。

「まさか、あの二人の正体を……」
「日出美」
「は、はい」
「あの二人からは手を引きなさい」
「……やっぱり正体を知ってるんですね」

 日出美の声に導かれるように、私はカクンと力なく首を落とした。



「他の人達は?」
「あの二人の調査。命じるまでもなく新聞部は動いているわよ」

 私だって正体を知らなければ、血眼になって走り回っている。
 部室にはポツリと、私というロウソクの火のような弱々しい熱源しかなかった。
 噂が噂を呼び、憶測が飛び交い、無責任に加速する正体不明人物へ対する情熱は、ドアの向こう側の世界にしかない。

「そうですか」

 賢い日出美は察しただろう。「正体がわかっても記事にできない理由がある」ということを。
 隣に座り、パンの袋をガサガサと漁っている。

「残念ですね。すごいスクープなのに」
「まったくね」

 腐っていても仕方ない。私は苦笑しながら顔を上げ、昼食へと手を伸ばす。ちなみに私もパンだ。

「それで?」
「はい?」
「日出美は誰だと思った?」
「……お姉さまが記事にできない方、でしょう?」
「だいぶ限られると思うけど」
「はい、そうですね。うーん……」

 眉間にしわを寄せ考え込む妹の横で、私はチョココロネをちぎって口に運ぶ。嫌味のない甘さがとても優しい。

「…………あ」
「わかった?」
「なんとなくですけど」
「じゃあ、ズバリ正体は?」
「薔薇さま方と懇意にしているお姉さまなら、薔薇の館に出入りする山百合会の人達だって記事の対象内です。本人の許可が得られずとも、今まさに『ぜひ記事に』と説得に当たっているはず」
「うん」
「一般生徒だってそれは同じでしょう。でも、そのお姉さまがここにいる。一度や二度断られたからって諦められるスクープじゃないですから、そこが一番おかしい」
「そうね。それで?」
「――ズバリ、犯人は部外者」

 犯人じゃないけど一応当たり、と私は笑った。犯人じゃなくて正体だ。いつ妹は探偵になったんだ。

「そして更にズバリ言うと!」

 私の注意なんて聞いていなかったのか、日出美は立ち上がってオーバーアクションをこなす。無意味にターンしたりして。指なんか突きつけたりして。どうした日出美。

「犯人はお姉さまのお姉さま――三奈子さまです!」

 ……あー……ある意味ちょっと惜しいな。卒業生の部分は当たりだから。

「ハズレ。もしお姉さまなら、バレンタインの時みたいに少しずつ正体を明かしたり、密着取材も可能よ。むしろ本人もそれを望むだろうしね」
「……あ、そうか」
「それに考えてみなさい。いずれ正体がわかった時、ただの昔の新聞部部長って言われて、みんな納得する? 下手したら暴動が起きるわよ。しかもヤラセだって言われて新聞部の権威も信頼も地に落ちるわ」
「それもそうですね……ああっ」

 今度こそ、本当にわかったらしい。

「そ、そうなんですか?」
「そうなのよ。純然たる部外者じゃ、ただの不法侵入者で警察に突き出されるかも知れない。だから卒業生であることが第一条件ね。在校生じゃないことは日出美が推測した通り、私がここにいるから除外していいわ。
 そして、もし誰かに正体がバレた場合でも、誰も知らないような普通の卒業生なら、同じく教師側に突き出されて大恥を掻く可能性は大いにある」
「……先代薔薇さま、ですか……」
「残念。先々代よ」

 まあ、日出美がまだ高等部に上がる前の薔薇さまだから、そう推理するのも無理はないし、逆に当然だとも思うけれど。

「先々代……もしかして、bO00の『先代三薔薇』ですか?」
「そう。その紅薔薇さまと白薔薇さまが正体よ」
「うわあ……!」

 日出美の目がキラキラ輝き出した。ぜひ記事に、って感じで。

「先々代って、今の三年生が一年生だった頃の方々ですよね!? 私、かわら版のバックナンバーでしかお姿を拝見したことがないです!」
「私だって久しぶりにお会いしたわよ」

 相変わらず麗しいお姿だった……直視できないくらいだった……感動した……じゅるり……

「お姉さま、よだれ出てます」

 ハッ!?

「先々代かぁ……それでお姉さま、なぜ先々代が仮面なんてかぶってリリアンの敷地に?」
「実はね――」

 私は一週間前の「紅・白薔薇仮面誕生秘話」を語って聞かせた。例のファミレスの一件だ。

「その時は今後何をどうするか、なんて聞かされなかったけどね。でもすぐにわかった」
「紅薔薇仮面は先週の土曜日に初めて登場したけど、白薔薇仮面はちょくちょく現れていましたもんね」
「そうなのよ」
「……悩みますよね、それは」
「でしょ?」

 何をどこまで記事にしていいのか。私があの方々の正体を知らなければ、きっと三日で噂や証言の記事をまとめ上げている。もちろん正体だって探っているだろう。
 カードゲーム流行に伴う正体不明のヒーロー誕生。あるいは悪役かも知れない。
 それは今まで存在しなかったテレビゲームのボスが突然現れたようなもので、カードにハマッている者ほど挑戦してみたい、正体を知りたいと思うだろう。実際相当強いわけだし。
 そりゃあ私だってぜひ記事にしたい。薔薇の館の住人は、基本的に強いし大会優勝者や優勝候補が詰めているが、決して敵ではない。敵と認識している生徒もほとんどいない。
 今のリリアン女学園は勝負勝負と熱くなってはいるが、基本的に和気藹藹と仲良く遊んでいるだけなのだ。それまで話したこともなかった同級生や下級生、上級生へのコミュニケーションツールとして大いに役立っている。
 でも、それだけだった。
 だが思わぬヒーローあるいは敵の登場で、皆が浮き足立った。そう、まるで少女漫画で突然冴えない主人公の前にカッコイイ男性が現れて壮大なラブロマンス巨編が今始まるがごとく。
 そしてその主人公は自分だ、みたいな。

「先々代と打ち合わせなどは? どこまで記事にしていい、とか」
「してないわ。……そうね」
「はい?」
「もし部員達が正体を突き止めたら、その時は記事にしていいのかもね」

 紅薔薇仮面はともかく、白薔薇仮面はかなり活発に動いている。一般生徒の中で正体に気付き、気付きながらも口を閉ざしている生徒がいる可能性は非常に高い。
 bO00の注書きにあるように、今でもあの方々のカリスマ性は根付き、ファンだって多数いるのだ。当時高等部にいなかった日出美だって名前くらいは知っているほどに。

「……はあ」

 日出美が、さっきの私のようなどんよりとした溜息をついた。

「記事にしたいのに、こういう形で知っちゃうと記事にしていいのかどうか迷いますね……向こうが正体を隠したいのが丸解りですし……」
「――腐っている暇はないわよ」

 自分のことなんて雲の向こうの遥か彼方まで棚上げして言ってみる。言っていいのだ、だって私はお姉さまだから。

「もう一つの記事をまとめるから、手伝って」
「え? もう一つ?」

 あの方々が動いていなければ、本来ならこっちが本命の記事だった。次は仮面の二人の記事と、本命の記事との二つで行こうと思っている。
 どうせあの方々の記事は、戦歴を追う程度のものしか書けまい。

「先々代以外にまだスクープが?」
「そのネタに比べると弱いけどね。――名付けてルルニャン現象よ」

 グッと握り拳を固めると、日出美は見てはいけないものを見てしまったかのように曖昧に微笑みながら目を逸らした。

「……その名前、口に出すのはちょっと恥ずかしいですよね」

 ……言うな。その反応もやめろ。



 バンッ

「――ハァーイ真美さん♪」
「「…………」」

 早速記事を書こうとしていた私と日出美は、無言のまま、真顔でその人物を見詰めていた。
 
「……いやちょっと。なんか反応ないと切なくなっちゃうじゃない」

 やたら軽い調子でごきげん麗しく登場した写真部のエース武嶋蔦子さんは、苦笑しながらずかずか入ってきた。

「どうしたの蔦子さん? 写真部なら隣よ?」
「思いっきり名前呼んだでしょ。部室を間違えたわけじゃないわよ」

 蔦子さんはずかずかとその辺の空いている椅子に座る。もう我が物顔だ。まあ、日出美も他の部員ももう慣れたものだけど。二年生の時に一緒のクラスになって、妙に気が合って、あっと言う間に仲良くなってしまった相手だ。
 最近は写真部の写真を使うのが当たり前のようになってきているので、こうして写真部の部員がネタを売り込みに来ることが多々ある。写真から記事を立ち上げたりもするので、ネタがない時は特に重宝している。本当に理想的な関係だ。

「真美さんが喜びそうなネタ持ってきたんだけど、見たくない?」

 「見たくない?」とか言いながら、すでに蔦子さんはその写真を私達にずずいっと見せ付けていた。

「「……ああ」」

 私と日出美は「それか……それね……」という顔でうなずく。

「え……ちょ、何その覇気のない反応? どうしたの真美さん? 日出美ちゃん、これ欲しくない?」
「はあ、今はもう……って感じです」

 ほんの十五分くらい前なら、喉から手を出して欲しがっただろう。だが今は日出美も、私と同じく憂鬱になっている。

「……そうか。真美さん達ももうこの人達の正体知ってるのね」

 真美さん達も、か。
 さすがは蔦子さん。蔦子さんはきっと見ただけで正体に気付いたのだろう。大した観察眼だ。
 そして彼女の腹がグルルルと咆哮を上げた。
 つまり、そういうことらしい。

「せっかくだから写真は貰うわ。パン一個でいい?」
「……安く買い叩かれたわね」

 私が差し出した「よくがんばりましたで賞」のクリームパンと、蔦子さんの写真を交換した。



「さすが『盗撮ちゃん』、よく撮れているわね」
「その呼び方やめてよね。迷惑だわ」

 いや、問題は蔦子さんの迷惑じゃなくて、「盗撮ちゃん」という名前だけでリリアン全生徒が蔦子さんだとわかってしまう日々の積み重ねの方だと思う。
 まあ、それはもうなんか容認って感じになっているのでいいとして。
 蔦子さんから受け取った写真数枚は、仮面をつけたリリアンの生徒(卒業生だけど)が歩いている姿だ。ピン惚けなんてしていない。
 ……髪型を変えるだけでここまで印象が違って見えるのだから、これで気付く蔦子さんもすごいものだ。そして更にすごいのは、こんなに怪しげな格好なのに威風堂々という四文字熟語がバッチリ似合ってしまう被写体だ。
 けど、だからこの写真は使えない。
 これを見て正体に気付いてしまう生徒が必ず現れるはずだ。一人が気付いたら噂はあっと言う間に広まり、聖さま扮する白薔薇仮面が活動できなくなってしまう。

「蔦子さん」
「んー?」

 早速パンをはぐはぐかじっている蔦子さんは、参考用に部室に置いているカードを眺めていた。
 実は蔦子さん、カードゲームにはまったく興味がなく、むしろカードゲームに一喜一憂している人達の方にご熱心だ。非常に蔦子さんらしいと思う。

「ルルニャン現象の写真が欲しいんだけど、ある?」
「は? ……ああ、ルルニャン現象ね」

 名前を聞いてすぐにピンと来たらしい。そう、あの現象のことだ。

「もしかして真美さん、煽るの?」
「煽る気はないけど、結果的にはそうなるかも。でも今回は幹部の関わりもないし、前例のようには行かないと思うの。というか前例と真逆だしね」

 新聞部ではない一生徒としての蔦子さんは、非常に大人な見識を持っている。

「蔦子さんはどう思う? 反対?」

 過去の前例「黄薔薇革命」を繰り返すのは、私だって本意ではない。後追い姉妹解消現象の締め括りに、申し訳程度の「復縁している」なんて記事を書くのもまっぴらだ。
 私と同じく快く思っていなかった蔦子さんは、少し肩をすくめた。

「いいえ。遊びが繋ぐ縁っていうのも有りだと思うわよ。楽しそうでいいじゃない」
「そう思う?」
「今度のは前と真逆でしょ? 姉妹解消だろうと真逆だろうと、どちらにしろリリアンの生徒は真剣に考えていた、考えているのは保証できる。まあとにかく遊びで一緒に楽しめるってフィーリングが合うのは大事だと思うし」

 なるほど。蔦子さんは……いや、蔦子さんも賛成か。

「でもその線で記事にするなら、一応は薔薇の館に一言告げておくことを勧めるわね」
「そのつもりよ。二年生が大変なことになるものね。後から文句を言われて友情にヒビを入れたくないわ」
「さすが真美さん。先まで考えてる」
「褒めても食べかけのチョココロネは渡さないわよ」
「一口。一口だけ」
「――あの」

 話が微妙にわかっていない日出美が、言い辛そうな顔で割って入った。

「いったい、なんの話なんですか?」

 それはもちろん。

「「ルルニャン現象の話」」



 〜ルルニャン現象勃発

 このリリアン女学園で、かのカードゲーム「ルルニャン女学園」が流行して少し。本紙では紅薔薇さまが考えた連鎖、白薔薇さまとっておきのカード、黄薔薇さまの激戦日記と、カードを中心に取り上げてきた。
 昨今、正体不明人物の出現で更なる盛り上がりを見せている最中、前だけではなく足元を見てみよう。
 そこにはきっと、花が咲いていることだろう。
 今回は、このリリアンにひっそりと芽吹いている花について触れてみようと思う。

 花の名は、姉妹。
 周りを見て欲しい。そこには見慣れない組み合わせの二人がいることだろう。
 遊びをきっかけに知り合い、遊びを通じて心を通じ、遊びを経て真剣に相手のことを考えた人達がいる。
 目の前の人を、改めて見て欲しい。
 共に遊ぶその人は、貴女の大切な人になるのではないか。

 新聞部の調査では、カードゲームがきっかけで姉妹になった人達は、優に十組を超えている。
 思い切って言ってみるのもいいかもしれない。
 気になるあの人に、「私が勝ったら姉妹にしてください」と。

                                 新聞部部長 山口真美



「「許可」」

 由乃さんを筆頭に、現薔薇さま方……というより、私の友人達は笑顔で快諾した。

「一気に書き上げたからまだ推敲もしてないんだけど、こんな感じで出していい? 何か注意することは?」

 放課後の薔薇の館二階会議室には、三薔薇さまと乃梨子ちゃんのみ。瞳子ちゃんと菜々ちゃんはまだ来ていない……いや、部活かも知れない。
 私が差し出したできたてほやほやの記事は、友人達を経て、今は乃梨子ちゃんが読んでいる。へーとか言いながら。

「真美さん良い記事書くわね。腕上げたでしょ?」
「ははは……」

 由乃さんの冷やかしを苦笑で受け流す。「過去にあった黄薔薇革命とは真逆の現象が――」とか書かなくてよかった。

「日出美にも言われたけど、あんまり記事っぽくないでしょ?」
「でもいいと思うよ。この時期は終業式やバレンタインみたいに、姉妹になるきっかけのイベントもないからね」
「そうそう。きっかけがないと苦労する人達もいるんだからね」

 妹問題で苦労した祐巳さんと由乃さんは、こういう「誰かと誰かをくっ付ける」的な記事は大筋賛成のようだ。まあ茶話会とか開いちゃったくらいだから、当然と考えるべきかもしれないが。

「私も問題ないと思うわ。強いて言うなら――」
「志摩子さん、言わなくていいよその先は」

 志摩子さんが強いて言うことを察している由乃さんは、志摩子さんの微笑みに微笑みのような威嚇の目を向ける。

「…………」

 強いて言われなかったその先の言葉を察したのか、乃梨子ちゃんが微妙な顔をしていた。

「……これ、本当に許可しちゃうんですか?」

 できれば反対してほしい、でも自分で言うだけの理由が弱いことも察している乃梨子ちゃんは、頼れる姉にすがるような目を向けている。

「乃梨子」
「はい」
「勝てばいいんじゃないかしら」
「……はい」

 志摩子さん強いな。力押しで納得させるなんて珍しいものを見てしまった。

「ところで真美さん」
「ん? なに、祐巳さん?」
「仮面の二人の記事はないの?」

 ……さすがにここの住人が気付かないわけがない、か。特に由乃さんは、一年生の最初から薔薇の館に出入りしていて、欠席がちながら丸一年間の付き合いがあったのだ。
 あの「白薔薇仮面、紅薔薇仮面、降臨する」の記事は祐巳さんや由乃さんから事細かく情報のリークがあったけれど、この人達は私があの方々の誕生の場に居たことは知らない。

「私も正体を知ってるから」

 言うと、友人達とその妹に感心したような目を向けられてしまった。やはり三年生は軒並みわかっているらしい。

「乃梨子ちゃんも知ってるの?」
「あ、私は聖さまと直接お会いしたことがありますから。紅薔薇仮面の正体はお姉さまにこっそり教えてもらいました」

 なるほど。それじゃ――

「知らないのは、瞳子ちゃんと菜々ちゃんだけ?」
「あ、ううん。瞳子ちゃんはおね……祥子さまと知り合いだったし、中等部の頃から薔薇の館にご執心だったみたいだから、知ってはいたみたい。勝負が終わってから気付いたって言ってたよ」

 なら……

「まさか菜々ちゃんだけ?」
「いやあ、聖さまにボロ負けした時の菜々の悔しそうな顔と来たら! もし蔦子さんがいたら絶対焼き増し頼んでる!」

 ……嫌な姉だなぁ。でもこれで上手く行っているのだから本当に姉妹関係って不思議だ。

「あの方々の記事は、これまでの戦歴とカード傾向でも書こうかと思ってる。仮面まで着けて出入りしてるんだから、もうしばらくは正体を明かして欲しくないだろうしね」
「そっか。真美さんも隠す方を選んでるわけか」

 「も」、ね。山百合会でも隠す方向で考えているから、仮面の二人の記事は発表される前に目を通しておきたいわけだ。不都合や正体がバレそうなら不許可を出すつもりだったのだろう。
 もしくは、その時は正体をちゃんと教えてくれたかも知れない。

「じゃあ、その方向でお願いね」
「了解。他に何かある?」
「――私の激戦日記の続きは?」

 ああ、由乃さん枠の記事か。激戦日記は、新聞部取材の下に由乃さんが強いと噂される人と対戦する、という内容のものだ。只今の戦歴は9戦6勝3敗。

「今はやめた方がいいと思う」
「どうして?」
「あの方々のインパクトの方が強いから。どんな記事も霞むと思うわよ」
「……先々代の威光、なお健在か」

 納得したようで何よりだ。



「あ、もう一つ」

 と、祐巳さんが小さく挙手した。

「たぶん夏休み挟んだらカード熱も冷めると思うから、近い内にまた大会を開こうかって話が出てるんだけど」
「え、本当に!?」
「うん」

 予想以上に早い第二回大会を企画していたとは驚いた。ほんのちょっと前にやったばかりなのに。

「で、そこで蓉子さまと聖さまの正体を大々的にドドーンと明かしちゃおうかと思ってるんだ。まあまだ本人達には話してないから、未確定なんだけど」

 「どうかな?」と聞かれて、私は即座にうなずいた。そういう形で正体が明かされるのは、こちらとしては非常に好ましい。記事にもできるし、取材にも応じてくれるだろう。
 誰よりも先駆けて独占スクープ、ってわけにはいかないけど、その形ならインタビュー企画も十分作れるはずだ。本人達も正体を憚ることもなくなるはず――あ、いや。

「学校側にバレちゃうと、さすがの歴代薔薇さまでもまずいんじゃない? いくら卒業生でも、今は部外者に近いし……」
「そのことなら問題ないわ」

 志摩子さんの話によると、新聞に記事が載った一昨日の翌日、つまり昨日、現薔薇さま三人で学園長に直接掛け合った。
 「この記事の紅薔薇仮面と白薔薇仮面は蓉子さまと聖さまですよ」と説明した上で、今後あの方々の出入りを裏で容認するよう話を付けたんだそうだ。
 昨日、そんなことがあったなんて知らなかった。
 が。
 実はこの話には更に裏があって、現薔薇さま達が話に行く必要もなく、すでに容認されていたらしい。
 もちろん話を付けたのは、紅薔薇仮面と白薔薇仮面の二人である。
 どんな風に話を通したのかは知らないが、学園側は好意的に卒業生二人の出入りを許可したそうだ。
 恐るべし先々代、である。
 まあ本当に捕まって厄介なことになるのは本人達なので、それは話を通しもするだろう。じゃないと本当に正体不明人物だ。

「というわけで、なんかの事故でも公開でも正体がバレるのは問題なし。かわら版に『日取りは未定』って入れて、近々また大会やるって載せてくれないかな?」

 そこまで話が出来上がっているなら、もうこちらに不安要素はない。

「あの方々も参戦するかも、とか加えてもいい?」
「いいよ。反対しても逃げられないようにするから、そっちで外堀埋めちゃって」

 お、祐巳さんが若干黒いことを。これぞ紅薔薇さまの威厳かな?

「じゃ決定ね!」

 指をパチンと鳴らして、由乃さんは立ち上がる。

「真美さん、明日からイベントの打ち合わせに入るから参加してね!」
「あ、やっぱり新聞部は強制参加なのね」
「嫌ならいいけど?」
「ぜひやらせていただきます」

 新聞部の大掛かりなイベント事はバレンタインくらいなので、こういうチャンスはモノにしておかねば。
 さて、また少し忙しくなりそうだ。



 翌日。



「か、勘弁してよ笙子ちゃん! 私カードはやってないんだから!」
「いいえ、絶対勝負していただきます! そして私が勝ったら、い、い、い、妹にしてください!」

 ガタ ダダダッ バサバサ ガッ

「あいたぁっ!? こ、小指がっ、足の小指がっ!」
「お、おねえさまって呼んでいいですか!?」
「ダメ! って言うか笙子ちゃん目が怖い! 目が怖いって! しかも近いって顔が! あ、だめ、ちょっとっ……!」

 昨日の放課後、遅くまで残って刷り上げたかわら版は、本日朝一番に配布された。
 やや過激なルルニャン現象は、隣の部室でも起こっているらしい。

「「…………」」

 新聞部一同、写真部から聞こえる悲鳴のような声を、手を止めて聞いていた。
 ――全員がニヤリと笑いながら。
 蔦子さんも賛成した記事を載せたのだ、文句を言われる筋合いも助ける筋合いもない。
 というか、蔦子さんはそろそろ笙子ちゃんをどうにかするべきだ。いつまでも待たせるからこういうことになるんだ。笙子ちゃん焦らされてもう限界、って感じだもの。

「さ、行くわよ、日出美。皆は引き続き取材をしてちょうだい」
「「はい!」」

 私達は次なるカード大会に向けて動き出した。





【No:2243】へ続く







(コメント)
YHKH >とりあえず、祐巳VS蓉子様&志摩子VS聖様のバトルが見たい…(No.14974 2007-04-26 19:58:29)
藤崎 >いいです。ホントにカード化して欲しくなりました。(No.14976 2007-04-26 21:39:34)
通りすがり >ひょんなことからカード大会を聞きつけた江利子が(ry(No.14977 2007-04-26 22:26:58)
菜々し >テーブルゲーム同好会とか勢いで出来てそうですねえw(No.14978 2007-04-26 22:31:05)
にふ >はじめまして。とりあえず今までのカードの表をCSVで作って見ました。(No.14979 2007-04-26 22:45:16)
にふ >それで気になったのが,人間の中で唯一HP等がないのが針金ノッポさん。ロザリオにもHPがあるので,ぜひ補助から通常へお願いいたします(No.14980 2007-04-26 22:46:43)
にふ >それで気になったのが,人間の中で唯一HP等がないのが針金ノッポさん。ロザリオにもHPがあるので,ぜひ補助から通常へお願いいたします(No.14982 2007-04-26 23:05:11)
あうん >いや……、冒頭、明らかに【た】が多いって!!(汗  (No.14984 2007-04-26 23:32:17)
あうん >「あたたたたか」って……。で、何度も言うけど、テキストと画像送ってくれれば、カードを製作してみると何度(ry(No.14985 2007-04-26 23:33:36)
あうん >新聞部一同、新聞部 …。新聞部一同が新聞部の悲鳴は確かに聞こえますよ?だって、現場ですもん。(No.14987 2007-04-26 23:56:28)
砂森 月 >珍しい蔦子さんの自爆に受けました(笑) 番外編としてがちゃSオリキャラ版があっても面白いかも。。(えぇっ!?(No.14992 2007-04-27 02:34:59)
海風 >皆さんコメントありがとうございます。 にふさん>初めまして。CSVってなんでしょう? あと針金ノッポさんは、通常より今の方がおいしいんじゃ? なんて思うんですけど……。 あうんさん>ミスご指摘ありがとうございます。最近あたたたたたかくなってきたのでどうもミスが多いんですよ。困ったもんです。(No.14995 2007-04-27 11:05:37)
菜々し >csvってのは、コンマでデータを区切った形式のファイルのことですね。Excelなどで読み込むことが出来る形式で結構利用されてます(No.14996 2007-04-27 22:25:08)
にふ >返事が遅れてごめんなさい。既に投稿されていたデータを元に,適当にフィールドに区切って表一覧にしてみました。(No.14997 2007-04-27 22:58:03)
にふ >no.,種別,学年,名前,HP,攻撃,防御,キャラ形容,キャラ特徴・能力,特殊能力1,特殊能力1説明,特殊能力2,特殊能力2説明,特殊能力3,特殊能力3説明,使用条件(No.14998 2007-04-27 22:58:55)
にふ >001 ,幹部  ,3年生 ,紅薔薇潔癖お嬢  ,400,500,600,容姿端麗、頭脳明晰、山よりも高いプライドこそ正真正銘のお嬢様の証。,,「筋金入りの負けず嫌い」,HPが尽きたら一度だけその場で復活することができ、毎ターン一度だけ発動する。,「弱点狙い」,このカードが攻撃する度に、相手プレイヤーの手札を一枚ずつ破壊していく(使用プレイヤーがランダムに選び、退学にする)。「弱点狙い」の能力は、002「満面タヌキ」と姉妹になった場合のみ使用不可能にならない(「筋金入りの負けず嫌い」はなくなる)。,,,002「満面タヌキ」が場に出ている時か、091「ロザリオ」と紅薔薇系譜の1年生カードが場に出ている時(No.14999 2007-04-27 22:59:25)
にふ >という感じです。菜々しさんが仰るように,excelだと表のようになります(No.15000 2007-04-27 23:00:47)
海風 >菜々しさん>そうなんですか…Excel使ったことがあるのに知りませんでした。 にふさん>なんかえらく手間が掛かってそうですね…(汗 とにかく、少しでも楽しく読んでいただけたら嬉しいです。(No.15002 2007-04-28 01:57:44)
ガチャSファン >>>私はチョココロネをちぎって口に運ぶ。嫌味のない甘さがとても優しい。<この何気ない一文が好きです。(No.15011 2007-04-29 02:19:56)
ROM人 >うん、これはいい蔦笙だ。(No.15022 2007-05-01 19:29:21)

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