がちゃS・ぷち
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No.2400
作者:杏鴉
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2007-11-01 14:43:41
萌えた:5
笑った:10
感動だ:0
『鍵のない福沢さんの日常あちゃー』
『藤堂さんに古手さんのセリフを言わせてみる』シリーズその2
これは『ひぐらしのなく頃に 綿流し編』とのクロスオーバーとなっております。
本家ひぐらしのような惨劇は起こりません。しかし無駄にネタバレしております。
そしてある人物の設定が、かなりおかしなことになっています。
諸々ご注意くださいませ。
【No:2386】→【No:2394】→【No:2398】→これ。
「ふあぁ……」
いけない。マリア様の前であくびだなんて。でも眠いよぅ……。
昨夜はいつもと同じ時間にベッドに入ったけれど、目を閉じると祥子さま――じゃなくて、カナコさんのファンタジスタな姿がまぶたに浮かんで、なかなか寝つけなかった。
どうしてあのお店で働いているのだろう、という疑問がそうさせたのだ。けしてあの制服姿に心を鷲づかみにされたせいではない……はず。
家に帰った後でお父さんにそれとなく聞いてみたけれど、特に小笠原グループに何かあったなんて話はないみたいだ。
気になるけれど、こういう立ち入ったことは聞いちゃいけないよね……。
それにリリアンで会うのはカナコさん≠カゃなくて、私のお姉さまである祥子さま≠ネわけだから。
私の中で細川カナコ≠ニいう少女にはリリアンの外でしか会えない、会ってはならない存在だという、暗黙のルールのようなものができていた。
もし無理に会おうとすれば、知ろうとすれば、きっと彼女の存在は永遠に失われてしまう。そんな気がした。
「ごきげんよう。祐巳」
「ごっ、ごきげんよう。お姉さま!」
「お祈りがすむまで待っていてくれる?」
「はいっ」
目を閉じて祈りを捧げる祥子さまの横顔を、こっそり見上げる。
それはいつもと同じ横顔。
いつもどおりお綺麗で、いつもどおり凛としていて……いつもどおりの、ちょっぴり澄ましたお顔。
『私は祥子だから、昨日のことなんて知らないわ』
まるでそう言っているみたいに見えて、私は笑みをもらした。
じぃっと見つめていたら、お祈りを終えてこちらを向いた祥子さまとバッチリ目が合ってしまった。
その途端、私の体温は間欠泉並みの勢いで急上昇していき、自分の身体の反応に驚いた私は思わず視線を逸らしてしまった。
あ、あれ?どうしたんだろう私……?
「何なの?人のことじろじろ見たかと思えば……」
うっ……。見つめてたのバレてる。
不機嫌そうな声にオドオドと視線を上げると、やっぱりそこには眉をひそめたお顔があるわけで。
「す、すみません」
私は頭を下げることで、さりげなくまた視線を逸らした。
こっちが一方的に見つめる分にはなんとか大丈夫だけど、祥子さまから見つめられると頬が熱くなってしまう。
ドキドキ指数が普段の2.5倍(福沢比)だ。
どうやら祥子さま病が進行してしまったらしい。もう重度どころか、これじゃあ末期だよ。
「何してるの。早くいらっしゃい」
「あっ。待って下さいお姉さまっ」
顔を上げると、いつの間にか数メートル先まで歩いていた祥子さまが、立ち止まって私を振り返っていた。
わたわたしながら駆け寄った私を見ると、祥子さまは何も言わずに歩きだした。その横顔からは何も読み取れない。
昨夜、祥子さまの意外すぎる姿を見てしまった私は、いけないことだとは思いながらもワクワクするのを抑えられずにいた。
誰も知らない祥子さま。誰も知らない、私とお姉さまだけの秘密。
それはひょっとしたら、私と祥子さまの距離を今より縮めてくれるのかもしれない。……そんな淡い期待があった。
でも――、
無言で前だけを向いて歩いている祥子さまを見ると、そんな私の期待なんて風に吹かれた線香花火みたいに儚いもののような気がしてきた。
なんか私だけ舞い上がっちゃって、バカみたいだなぁ。
もしかすると祥子さまは、ご自分の秘密を知った私のことを快く思っていないのかもしれない。
私、嫌われちゃったのかな……。
祥子さまが急に立ち止まった。
深くうつむいていた私は気付くのが遅れて、ほんの少し祥子さまを追い越してしまった。
「あの、どうかされたんですか?」
「どうかしているのは祐巳の方ではなくて?」
「え?」
「もうっ。何だって言うの?」
「えっ?えっ?」
「ニヤニヤしたかと思えば急に泣きそうな顔になって……、隣にいる私はいったいどうすればいいっていうの?」
「……すいません」
「べつに謝ってほしいわけではないわ」
「……」
祥子さまは怒っているんじゃない。様子がおかしい私に戸惑っているだけだ。
ただそれだけのことなのに、どうしてこんなに涙が出そうになるんだろう。
あぁ、そうか。私、不安なんだ……。
祥子さまに嫌われることももちろんだけど、それ以上に私の存在を疎まれるのが、とてもとても怖い。
「私、お姉さまの隣にいてもいいんでしょうか……?」
「祐巳。あなた何を言っているの?」
「……」
「私の隣はあなたの場所でしょう?」
「へ?」
「何を言いだすのかと思えば……ほら、さっさと歩かないと置いていくわよ」
「あ、待って下さい。お姉さま」
すたすた歩く祥子さまは、やっぱり前だけに視線を向けて私を見てはくれなかった。
でも、そっと手を差し出してくれたから、私は離れないようにその手をギュッと握りしめた。
祥子さまは「熱いわね」なんて言いながら早足で歩くから、私は置いていかれないように小走りにならないといけなかったけど……嬉しかった。
――大好き。
泣きたいくらい切なくなるのも、眠れないくらい胸を焦がすのも、みんなみんな祥子さまだけ。
想いが目に見えるものだったら良かったのに。そうすれば私がどれだけお慕いしているか、祥子さまに分かってもらえるのに。
口にだして言えないこの気持ち、いつか祥子さまに届くといいなぁ。
放課後いつものように薔薇の館に行ったのだけれど、着いて早々、今日は特に仕事はないと祥子さまに言われてしまった。
一緒にお弁当を食べた時はそんなこと言ってなかったのになぁ。うっかりしていたのかな?
まぁ、せっかく集まったのだからと、みんなでお茶を飲んでおしゃべりしていると瞳子ちゃんがやってきた。
「ごきげんよう。みなさま方」
「「ごきげんよう。瞳子ちゃん」」
今日は演劇部のお使いとしてきたようで、祥子さまのことを紅薔薇さま≠ニ呼んでいる。
初めて会った時は祥子お姉さま#ュ言なんかもあって、ちょっと苦手に思っていた瞳子ちゃんだけど、最近はそうでもない。
祥子さまが注意したからか、リリアンでは紅薔薇さま≠烽オくは祥子さま≠ニ呼ぶようになってきているし、
それに気のせいかもしれないけど、私を気遣ってくれているように思える時があるのだ。
「――この書類を部長さんに渡してもらえれば分かると思うわ」
「はい。分かりました。それでは私はこれで失礼いたしますわ」
「あ。ちょっと待って瞳子ちゃん。すぐに戻らなくてはいけないのかしら?」
「いえ。今日は集まりがありませんので書類を渡すのは明日ですけれど?」
「そう。なら少しゆっくりしていけばいいわ」
瞳子ちゃんは乃梨子ちゃんの淹れてくれたお茶を飲みながら、視線をキョトキョトとさせている。
引き止めた祥子さまが何も話題を振らずに優雅にお茶を飲んでいるだけだから、どうしていいのか分からなくなっているようだ。
このまま放置するのもどうかと思った私が、演劇部のことでも聞こうかなと口を開こうとした時、
「――さて、そろそろ始めましょうか」
お茶を飲み終えた祥子さまが、微笑みながらおっしゃった。
どうしてこんなことに……。
「祐巳。往生際が悪いわよ」
「祐巳さん。決まりをきちんと守ることこそ、責任ある大人への第一歩ではないかしら?」
「が、頑張って。祐巳ちゃん」
「……」
「祐巳さま。どうぞ」
「うぅ……」
私は乃梨子ちゃんの差し出した袋の中から、一枚の紙切れを取り出した。
折りたたまれ、何が書いてあるのか分からない紙切れを乃梨子ちゃんに渡す。
私は目を閉じ、祈るような気持ちで乃梨子ちゃんが紙を広げるカサカサという音を聞いていた。
「えぇと……。『全員に対して妹口調でしゃべる』と書かれています」
一瞬、薔薇の館の空気が変わった気がしたが、そんなことはどうでもいい。今はこの状況を何とかしなければ……。
「お姉さま。やっぱりこういうことは良くないんではないかと……」
「何が良くないというの?負けた人が罰ゲームというのは昔から決まっているでしょう?――それと妹口調になっていないわよ?ちゃんとなさい」
「……いくら仕事がないからといって、薔薇の館でこんな悪ふざけのようなことをするのはどうでしょうか?あと、私は元々お姉さまの妹ですから、しゃべり方はこのままでいいと思います」
「何を言っているの。私が提案した時、一番嬉しそうな顔をしていたくせに。――それから、あなたは妹口調を誤解しているわ」
「それは、その……。みんなで楽しく遊ぶのはいいと思います。でも罰ゲームはしなくてもいいんじゃありませんか?それと妹口調を誤解って……、おっしゃっている意味が分かりません」
「多少のリスクがあった方が盛り上がるでしょう?あなただってさっき罰ゲームの内容を書いて袋に入れていたじゃない。自分が負けたからってワガママ言わないの。
――罰ゲームの妹というのは、世間一般の妹を指しているのよ。察しなさい」
「くっ……分かりました。――お姉ちゃん」
「――よくってよ祐巳」
今朝のトキメキを返してくださいお姉ちゃん。
「祐巳さん。次はきっと勝てるわ。頑張って」
「うん。頑張るよ。……志摩子お姉ちゃん」
「祐巳さま。お茶のおかわりいかがですか?」
「淹れてくれるの?ありがとう乃梨子お姉ちゃん」
「ゆゆ祐巳ちゃんっ。今度ケーキを焼いてきてあげるよ」
「本当!?わぁーい。ありがとう!令お姉ちゃん」
――帰りたい。
「……あの、祐巳さま?これはいったいどういうことで――」
「ん?なぁに?瞳子お姉ちゃん」
「くはぁっ!?」
「ど、どうしたのっ!?しっかりして瞳子お姉ちゃあぁん!」
「祐巳さま。そんな駆け寄って抱きしめたりしたら逆効果――っていうか、瞳子が死にかけてるのでちょっと離れてあげてください」
「えっ?えっ?」
乃梨子ちゃんが介抱すると瞳子ちゃんは5分ほどで元に戻った。凄いなぁ、乃梨子ちゃん。
それにしても瞳子ちゃん、さっきはどうしたんだろう?持病の癪かな?
瞳子ちゃんが復活したので、また悪夢のゲームが再開された。
連敗したらどうしようとビクビクしていたけれど、今回負けてしまったのは瞳子ちゃんだった。
さっきの一件が尾を引いていたのかもしれない。ちょっと可哀想だけど、だからといって罰ゲームを代わりに引き受ける気にはなれない。
あんな何が飛び出してくるか分からないデンジャラスゾーンに、進んで手を突っ込む勇気は私にはありません。ごめんよ瞳子ちゃん。
「どうして私が罰ゲームなんてしなくてはいけませんの……」
「はいはい、負けたんだからしょうがないでしょ?さっさと引く」
「――これにいたしますわ」
「えぇと……。『姉妹のことを、恋愛対象として好きになってしまったとシスター上村に相談しに行く』」
ピシリと空気が固まった気がした。
なんてシャレにならない罰ゲームだ……。いったい誰が書いたんだろう?
あれ?でも瞳子ちゃんって……
「わ、私には姉妹はいませんから、この罰ゲームは無効ですわねっ!引き直しますわ!」
何もなかったことにしたいらしい瞳子ちゃんが再びデンジャラスゾーンに手を入れようとした時、乃梨子ちゃんがストップをかけた。
「ちょっと待って瞳子。注意書きがあるよ」
「な、なんと書かれていますの……?」
「『瞳子ちゃんが引いた場合は、相手を祐巳さんにすること』って書いてある」
「な、な、なぜよりにもよって祐巳さまなんですのぉおおぉぉ!?」
「知らないよ。私が書いたんじゃないんだから」
確かにこれは乃梨子ちゃんが書いたものじゃない。
この中で私を祐巳さん≠ニ呼ぶのはたった一人だけ。
「にぱぁ〜☆」
もしかしたら天使よりも無邪気な笑顔かもしれない志摩子さんに、私は引きつった笑みを返しながら、この人の書いた罰ゲームだけは引きたくないと心の底から思った。
ごてまくっていた瞳子ちゃんだが、志摩子さんの「瞳子ちゃんは女優さんだから、これくらい演技力でなんとかできるんじゃないかしら?」というセリフで観念したようだ。
部屋を出ようとした瞳子ちゃんに祥子さまが、マッチ箱を少し大きくしたくらいの、何だかよく分からない黒い物体を手渡した。
「祥子さま。何ですのコレ?」
「盗聴器よ」
ずいぶんサラっと言いましたね、お姉さま。
あぁ、瞳子ちゃん固まっちゃってるよ。
「さすがは祥子さま」
今、感心するとこかな志摩子さん?
「――行ってまいります」
これから負け戦にでも赴くような悲壮感あふれる表情で、瞳子ちゃんはビスケット扉の向こうに消えていった。
手に盗聴器を握りしめて。
その背中にかけられた、志摩子さんの「ふぁいと、おー。なのです」という声援(?)が追い討ちのように聞こえたのは私だけだろうか……?
さて、瞳子ちゃんが学園長室に着くまで何をしていようかとなった時、それまで黙り込んでいた令さまが静かに口を開いた。
「あのさ。私も姉妹がいないんだけど。あの罰ゲーム、私が引いちゃってた場合はどうなってたのかな……?」
そうだ。令さまは去年、妹である島津由乃さんにロザリオを返されて姉妹がいないんだった。
私は由乃さんとは同じクラスになったことがないし『黄薔薇革命』なんて呼ばれている一連の騒動の時、私は肺炎でお休みしていたから詳しいことは何も知らないんだけど。
そっと罰ゲームの紙を見てみたけど、注意書きには瞳子ちゃんのことしか書かれていなかった。
「あの、志摩子さん?」
「なぁに?祐巳さん」
「ナンデモアリマセン」
『聞いてもいいけど、どうなっても知らないぞ(はあと)』と志摩子さんの目が言っている。
聞けない。聞けやしない。ごめんなさい令さま。私は弱い子です。
「お茶でも淹れますね……」
「祐巳。私のもお願い」
「あ、お手伝いします」
「乃梨子、私には緑茶をお願い」
「……うぅ」
さすがに全員でスルーはないと思っていたんですが、どうやら私の買いかぶりだったみたいです。
本当にごめんなさい令さま。できれば強く生きて下さい。
お茶を飲みながら令さま以外の人が和んでいると、祥子さまが「瞳子ちゃんが学園長室に着いたみたいよ」と言って受信機のボリュームを上げた。
みんな一斉におしゃべりをやめて受信機に身を乗りだす。
瞳子ちゃんは盗聴器をポケットに入れているのか、少し雑音混じりだったけど感度は良好だ。
――コンコン。
「はい。どうぞ」
「オスっ!一年椿組、松平瞳子!ご相談したいことがあり、参上いたしましたっ!」
「……お入りなさい」
「オスっ!失礼いたします!」
瞳子ちゃんはいったいどんな設定の人物を演じているんだろうか?
「まぁ、おかけなさい。――それで松平さん。何か悩みごとでもあるのですか?」
「は、はい。実はその……二年生の……ふ、ふくっ、ふくざ――」
「――複座機?」
「違います……。そうではなくて……福沢祐巳さまに関することなのですが……」
「福沢さんというと、紅薔薇のつぼみの?」
「えぇ。そうです」
「彼女がどうかしたのですか?」
「……」
学園長のどこまでも静かな問いかけに、瞳子ちゃんは微妙な演技をするのも忘れ、黙り込んでしまった。
「ねぇ、志摩子さん。やっぱり相手が私っていうのは無理があるよ。学園長にはすぐに嘘だってバレちゃうよ?」
「どうして私に言うのか分からないけれど、心配いらないと思うわ」
「そうかなぁ……」
祥子さまが相手っていうなら瞳子ちゃんも演技しやすいと思うけど、私じゃそんな気になれないんじゃないかな?
瞳子ちゃんが身動ぎしたのか、ガサリと大きな音が鳴った。
私は考えるのをやめ、受信機を見つめた。
「……私は、あの方を……祐巳さまのことを……好きになってしまいました。自分でもどうしてなのか、ちっとも分からないのですけれど」
「誰かを好きになるというのは、大抵そういうものではないかしら?誰にも――本人にだってどうして≠ネんて分からないものですよ」
「そうなのですか?」
「えぇ。もちろん好ましく思う部分というのは挙げていけるでしょう。でも、それだけでは到底説明できない気持ちなのでしょう?」
「……はい」
「それはきっと、あなたの心が彼女の心に寄り添いたいと思っているんではないかしら?」
「私はどうすれば……」
「これからゆっくりと考えていけばいいのですよ。あなたと彼女の二人で」
「私と、祐巳さまとで……」
「えぇ。ただ、この世界はけしてあなたと彼女の二人だけではないということ。あなたと彼女はとてもたくさんの人たちに愛されて、今ここにいるのだということ。それを忘れてはいけませんよ」
「――はい」
瞳子ちゃんは将来すごい女優さんになるかもしれない。
だって演技だって分かってるのに、こんなにドキドキさせられちゃうんだから。
瞳子ちゃんは凄いなぁ。本当に想われてるような気になっちゃったよ。
「あンのドリル、いつの間に……っ!」
「え?何かおっしゃいましたか?お姉さま」
「何でもないわ。それより祐巳。口調が元に戻っているわよ」
「あっ。ご、ごめんなさい。祥子お姉ちゃん」
「グッジョブよ。祐巳」
――帰りたい。
瞳子ちゃんが戻ってきた時、私は拍手で出迎えた。
「な、なんですの祐巳さま?」
「だってさっきの演技凄かったから。つい」
「……演技?」
「さすがは演劇部だよねー」
「……」
「あれ?どうしたの瞳子ちゃん?」
「なんでもありませんわっ!さぁ、次は負けませんわよっ!」
「えぇっ!?まだやるの!?」
これで終わりにしたかったのに……。
その後、私たちはゲームをくり返し、結果として全員が最低一回は罰ゲームをするというわけの分からない事態に陥ってしまった。
私たちは何をやっているんだろう……?
たぶん答えなんてどこにもないんだろうけれど、問わずにはおれない。
「ねぇ、祥子。もうやめにしようよ」――ネコ耳の令さまが言った。
できればもっと早く、そのセリフを言っていただきたかったです。
欲をいえばゲームを始める前に。
「そうですね。そろそろ守衛さんが見回りにいらっしゃる頃ですし」――そう言う志摩子さんの首には、鈴付きの首輪が。
動くたびにチリンと可愛らしい音が鳴っている。
ちなみに、髪の長い志摩子さんは一人で着けるのが大変なので、乃梨子ちゃんが手伝ったんだけど……、
後ろ髪をかき上げて、白いうなじをさらした志摩子さんの「乃梨子お願い……」という言葉に、乃梨子ちゃんが鼻から命の水を噴きだしてしまい、薔薇の館は一時騒然となった。
「……」――今も鼻を押さえて志摩子さんに血走った目を向けている乃梨子ちゃんは、会話に参加する気ゼロだ。
イタさに目をつぶれば、乃梨子ちゃんは罰ゲームを受けたように見えないけれど、もちろん彼女も罰ゲームの洗礼を受けている。
乃梨子ちゃんの背中には、
『三度の飯より志摩子さんが好き』
という、理解はできないが納得はしてしまう謎の言葉が書かれたルーズリーフが貼り付けられていた。
乃梨子ちゃんはさっきアレを背中に貼り付けたまま、部活で賑わっているであろうクラブハウスを練り歩くという指令を見事完遂してきた。
今はただ、蔦子さんに激写されていないことを祈るばかりだ。新聞部への対応は志摩子さんに任せよう。
ちなみに、あの文字は祥子さまが書いた。達筆さがこれほど無駄に思える言葉もめずらしい。
「……さっさと終わりにしていただきたいですわ」――私の腕の中で瞳子ちゃんがつぶやいた。
そう。私は瞳子ちゃんを抱き寄せていた。もちろんこれも罰ゲームのひとつだ。
赤くなってうつむく瞳子ちゃんは、ずっとぶつぶつ文句を言いながらも絶対に私と目を合わそうとしない。
なんか可愛いなぁ。去年、聖さまが私にちょっかいかけてきた理由が分かった気がする。
「……何をデレデレしているの祐巳っ」――妙に籠った声で祥子さまが言った。
「い、いえ、デレデレなんてしてませんよ」
私はつい視線を逸らしてしまった。
なんであんなモノ#ってるのに見えるんだろう?というか、こっち向かないで下さいお姉さま。
「祐巳。人と話す時は相手の目を見て話しなさい」
「そ、そんなことおっしゃられても……」
「祐巳っ」
「……はい。…………ふっ……ぶふぅっ!」
「あなた人の顔を見て笑いだすなんて失礼にも程があるわよっ!!」
「あははっ!……す、すいま……すいませ……くくっ……」
ダメだ。笑いが止まらない。祥子さまが視界に入っただけで、もうダメだ。
私は笑っているのをなんとかごまかす為に、抱き寄せたままだった瞳子ちゃんの首すじに顔を埋めた。
「ゆゆゆゆ祐巳さまーーっ!?」
「ごめん瞳子ちゃん。ちょっとだけこのままでいさせてっ。お願い」
「は、はぃ……」
「ななな何をしているのあなたたちっ!?離れなさいっ!!」
ダメですお姉さま。もうちょっと、もうちょっとだけ私の笑いの波が治まるまでは、顔を上げるわけにはいきません。
お姉さまは今、ご自分がどれほど凶悪な見た目なのか分かっていないのです。
祥子さまが引いてしまった罰ゲーム。
それは――
『馬の面を被る』
という、シンプルかつ強力なものだった。
バラエティー番組でたまに見かける、頭からスポンと被る面。ちょっと目が逝っちゃってる馬の面。――アレだ。
誰が被っても一定の笑いは確保できる強力アイテム、馬の面。
そして馬ヅラの下にはリリアンの制服。さらに聞こえてくる馬ボイスは小笠原祥子の美声。
それに負けず嫌いで天の邪鬼な祥子さまは、まったく何事もなかったように振る舞うから、よけいタチが悪かった。
美しい所作でティーカップを持つ馬ヅラ。紅茶を飲もうとして頑張ってみるが、やっぱり無理だと悟ってあきらめる馬ヅラ。
どうやったら笑わずにいられるというのか……?
「祐巳ぃいいぃ!!」
「お、お姉さまっ!?馬ヅラのままこっちに来ないで下さい!ぶはっ!あははあはははっ!誰かーたぁーすけてぇええぇぇ……」
「まったく……。酷い目に遭ったわ」
それはこっちのセリフです、お姉さま。あぁ、笑いすぎて腹筋が痛い。
ネコ耳やら首輪なんかは祥子様が持ち込んだ物だけど、あの馬の面だけは一階の物置にあった。
あの罰ゲームを書いた人はそれを知っていたんだろう。ご丁寧にどこに置いてあるかも書いてくれていたから。
というか、あんなモノいったい誰が何の為に持ち込んだんだろう……?
いや、特に知りたくはないけどね。
あの後、見回りにきた守衛さんに促され、私たちは後片付けもそこそこに帰ることにした。
あの守衛さんは私たちの様子を見て、何だと思っただろうか。
参加していた私ですらわけが分からなかったのだから、きっと第三者からしたらもっとわけが分からなかったに違いない。
……学園には内緒にしていてくれると、ありがたいなぁ。
みんな疲れた顔で銀杏並木を歩いていた。疲れた理由は、それぞれ微妙に違うんだろうけれど。
志摩子さんだけはいつもどおりだったけど、隣りにいる乃梨子ちゃんはかなり顔色が悪い。
さっき志摩子さんが鈴付き首輪を外す時、お手伝いを頼まれてまた命の水を噴きだしてしまったから。
貧血で倒れないか心配だ。というか、いろんな意味で心配だ。
家に帰ったら、晩ご飯の前にちょっと寝ちゃおうかなぁ。
なんて考えながら、何の気なしにポケットの中をまさぐってみたら――カギがない。
「あれ?」
鞄に入れっぱなしだったかな。
そう思い、立ち止まって鞄をごそごそしてみたけれど、――ない。
「どうしたの祐巳?」
「家のカギが見あたらなくて……」
「お家に忘れてきたのではなくて?」
「う〜ん、そうかもしれません。今朝、鞄に入れた記憶がないですから」
「お家にあればいいけれど、なくしてしまっていたら大変ね」
「今日は大丈夫ですけど、ないとこれから困りますねぇ。あ、そうだ。昨日着ていた服のポケットに入れっぱなしになっているかも」
「……祐巳。あなたのカギって、ひょっとしてタヌキのキーホルダーが付いていたりする?」
「へ?付いてます……けど?」
「寝ているような感じで、目をつぶっているタヌキの?」
「はい。そうです。ご存知なんですか?お姉さま」
「あなたエンジェルモートで落としていたわよ」
「えっ?そうだったんですか……じゃあ、取りに行かないと」
「いいわ。私が――カナコに頼んでおくから」
「いえ、そんな。自分で取りに行きますよ」
「いいから。任せておきなさい」
「……はい。ではお願いします」
言えなかった。
もう一度カナコさんに会いたかっただなんて、祥子さまには言えなかった。
(コメント)
馬ヅラ >「――グッジョブよ。祐巳」「お、お姉さ、まの、、、方、が、グッ、グッジョブ、で、すぅぅぅい(お腹痛い)」(No.15872 2007-11-03 14:31:44)
杏鴉 >「どうしたの祐巳っ!?しっかりなさい!」「ーーごふっ!?お、お姉さま……今ご自分の顔が前に突きだしている事を忘れないで下さい……(うぅ、鼻痛い)」 (No.15873 2007-11-05 23:30:05)
杏鴉 >そこはかとなく修正。(No.18596 2010-05-22 16:41:16)
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