がちゃS・ぷち

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No.2240
作者:海風
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2007-04-23 09:55:30
萌えた:2
笑った:28
感動だ:5

『それでいいのかよ!生きるってことが』

ルルニャン女学園シリーズ 2話

 【No:2235】 → これ → 【No:2241】 → 【No:2243】 → 【No:2244】
 → 【No:2251】 → 【No:2265】 → 【No:2274】 → 終【No:2281】 → おまけ【No:2288】

一話ずつが長いので注意してください。







 夏。
 頭がゆるくなるような強烈な陽射しの下、私、水野蓉子は歩いていた。
 懐かしい町並。
 懐かしい匂い。
 たった二年くらいでは、六年間も慣れ親しんだここは、そんなに変わらないらしい。



「――あ、蓉子。こっちこっち」

 指定されたファミレスに入った途端、懐かしい声が聞こえた。
 遅刻常習者の待ち合わせ相手は、珍しく時間より早く来ていたらしい。
私は呼び声に答えて視線を巡らせる。

「ああ、せ……」

 飛び込んできた衝撃映像に、言葉が喉で止まってしまった。ハンカチで汗を拭く手も止まってしまった。
 ニコニコしがなら手招きしている親友。
 そして親友に肩を組まれている、迫られたり迫られたり頬チューくらいされたかも知れない顔を真っ赤にしてもじもじしながらうつむいている母校の制服を着た73分けの女の子。
 私はそんな二人に歩み寄り、まず言った。

「二人とも、ご結婚おめでとう。式には呼んでくれるの?」
「もちろん」「けけけけけっこん!!??」

 にこやかに答えた佐藤聖と73の女の子の声が、不調和音で重なった。

「ダ、ダメです結婚なんて! 私にはちょっとだけ信頼する姉も可愛い妹もいるんですから!」

 ……いや、本気にされても困るんだけどね。日本は同性婚は認められてないし。
 でもこの懐かしい反応は、まさに生粋のリリアンっ子のものだ。根本的な部分で間違っていてその自覚がないところなんか、特に。

「えー? 私より姉と妹を選ぶの? あーあ、歴代白薔薇さまも卒業しちゃえばただのお姉さんか」
「いやそんな偉そうに選ぶなんてそんなっ!」

 まあとにかく、聖は相変わらず元気なようだ。




「……あら? あなた確か、新聞部の……」

 二人の向かいに座ってよくよく見てみると、73の女の子には見覚えがあった。

「お、お久しぶりです、蓉子さま。新聞部の山口真美です。在校中は姉が大変ご迷惑をお掛けしました」

 姉がご迷惑……あ、思い出した。

「三奈子さんの妹だったわね?」

 問うと、真美さんは「はい」と元気よくうなずいた。若干頬が赤いのは、聖が過剰なスキンシップを取っていた名残だ。
 そうそう、確かこの子は新聞部の生徒だった。卒業式で姉妹そろって中途半端に見送ってくれたのを憶えている。

「で? 二人のゴールインはいつなの?」
「まだ付き合って20分ぐらいだよ? どんなスピード婚よ」
「だだだ、だからっ! 聖さま、もう勘弁してくださいっ!」

 ニヤニヤ笑う聖の横で、面白いくらいに動揺している真美さん。

「ま、冗談はこれくらいにして。お久しぶり、蓉子さん」
「学園祭で会って……かれこれ半年以上ですわね、聖さん」

 他人行儀な聖の挨拶に合わせて、私も畏まって応えてみる。まるであの頃に戻ったかのように。……まあ聖とはこういうやり取りしてないけれど。

「江利子は呼ばなかったの?」
「クマと楽しそうにやってるからいいんじゃないかと」
「なるほど」

 あの二人まだ続いてるんだ……そりゃそうか。あの鳥居江利子があんな面白そうな玩具を簡単に手放すわけがない。

「とりあえず元気そうで何よりだわ」
「まあね。ほら、周りに女子大生って若いエキスがみなぎってるから。ちょっと足を伸ばせばピチピチ女子高生もいることだし」

 本当に呆れるほど相変わらずか。
 ウエイトレスにコーヒーを注文して、しばらく近況報告や昔話に花を咲かせる。主に私達が卒業してからのリリアンの話を真美さんに聞きつつ。

「――ふーん。そういう経緯で祐巳ちゃんがあのドリルと姉妹になったのかー」
「あら。聖は知らなかったの?」
「蓉子は? 祥子から聞いてた?」
「あなたの方が聞いていたんじゃないの? 同じ大学でしょう?」
「よく会うけど、あんまりリリアンの話はしないかな。いつまでも妹離れ姉離れできないようじゃ示しが付かないでしょ」

 なるほど。当然のことながら私の妹の祥子も、その妹の祐巳ちゃんも成長しているか。
 話も一段落して時間を確認すると、私が入ってから早一時間が過ぎていた。こうしてだらだら話すのも悪くないけれど、そろそろ本題に入っておこう。
 ……その前に、一応確認しておくか。

「それで聖、どうして真美さんを連れて来たの?」

 よっぽど「誘惑してきたの?」と言いたかったが、ようやく場に慣れてきた真美さんがまた動揺すると話が進まない。
 聖はジーンズのポケットから、渋い色合いのシガレットケースのようなものを出した。

「たぶん蓉子の予想通りだよ」

 言いながらケースの中から出されたのは、見覚えのないカードだった。



「……やっぱりそうだと思った。リリアンの大学だったら、高等部の情報も入りやすいものね」

 急に「会いたい」と連絡をくれた聖の用件は、少し前から私も予想が付いていた。
 そう、今聖が手にしているカードのことだ。

「伊達に近くないからね。蓉子はどこから情報を仕入れたの?」
「お節介な友達から。リリアンの大学部に入ったのは聖だけじゃないわ」
「さすが蓉子さん。顔が広い」
「聖の噂も色々聞いてるわよ?」
「そりゃ怖い」

 軽いジャブを素知らぬ顔でかわして、聖は鞄からクリップ止めの書類を私に差し出した。
 そこに書かれているのは、やはり、予想通りのものである。

「『ルルニャン女学園』ねぇ……さすがに口に出して呼ぶには恥ずかしい名前ね。ねえ真美さん?」
「は、そ、そうですね……」
「ねえ真美ちゃん? 私達に許可なくカードにしちゃダメなんじゃないの?」
「わわ、私が発案したわけじゃないんで、私に言われてもっ……!」
「はいはい。聖、あまり真美さんいじめないの」
「なんかいじめ甲斐があるんだよなぁ、この子」

 聖は小さくなっている真美さんの肩に手を回して、耳元で「今晩空いてる? お姉さんとデートしない?」とか言っている。……高等部を卒業してから、たらしパワーが六割くらい増しているようだ。

「よしなさいって。――それより真美さん、これってネット通販のみの販売なの?」
「あ、は、はい。一応全国発送もしてるんですけど、広報にまったく力を入れていないので、リリアンを中心にしか売れてないのが現状です。リリアンの生徒並びに関係者なら割引も付きますし」

 そう。私もこのカードの話を聞いて引っ掛かるものがあり、ネット通販のホームページを見てどこまで本気でやっているのかを知ったのだ。
 結果としては、商業として真面目に機能しているようなので驚いた。会社だって聞いたこともないが、きちんとしたところのようだし。

「そうなの? そんなんで採算取れるの?」

 聖はあまり事情を知らないようだ。

「あ、出資が小笠原と松平と柏木で、元から儲けは考えてないみたいです。この間リリアン高等部で大会を開いたんですけど、その景品も利益から捻出されました」

 小笠原と松平と柏木……これはまた、かなり強力なスポンサー群だ。

「お二人もお察ししてると思いますが、カードゲーム開発には元手が掛かってないんです。全て現リリアン在校生の力で作っていて、あとの製品化のみ資金が動いてます。でもそれも三つのスポンサーからすれば微々たるものらしくて」

 それはマニュアルを見ればわかる。在校生でしか知り得ない情報と個人情報が載っているのだ。在校生が作った、あるいは在校生の総意の上で公式な情報提供が成されたと考えるべきだろう。でなければ逆におかしい。
 その他も色々あるだろうけれど、ちゃんとしたスポンサーや企業が動いているのなら問題ないだろう。個人経営かどうかが、私が一番気になったところだし。

「むう……こんなに可愛いカードに柏木が関わってるのか……」

 聖がカードを見詰めて複雑そうに顔をしかめる。気持ちは嫌になるほどよくわかる。

「裏事情はもういいわ」

 これ以上話していると、あの鼻につく顔を思い出してしまいそうだ。

「それで聖、私にはここからがわからないのよ」
「ん? 何が?」
「この話だけで終わるなら、電話で済むんじゃないの?」

 なぜ呼び出す必要があったのか。……まあ互いの元気な顔を見て積もる話をしたかった、というのなら、それはそれで構わないけれど。
 でも聖は、そんな可愛いことは言わない奴だ。

「ああ、うん。コレで蓉子と遊んでみたかったから」

 だから席も目立たない隅っこを取ったし人の少なそうな時間を選んだの、と聖。

「……それだけ?」
「うん。実はさ、このカードゲーム、あの祐巳ちゃんがリリアン最強と呼ばれてるんだって」
「…………」

 ……おっ、と。予想外の言葉にちょっと止まってしまった。

「あの祐巳ちゃんが、最強?」

 確認するように問うと、真美さんは「そうです」と見間違えようもないほどはっきりうなずく。

「祐巳さんは強いですよ。本当に強いです」

 ……う、うーん……

「どう? 興味出てきたでしょ?」
「……少しだけね」

 祐巳ちゃんには失礼だけれど、あの祐巳ちゃんが最強と呼ばれているって……どんなゲームなのかちょっとだけ興味が沸いてきた。

「というわけでやってみようよ。私も初めてやるから、ナビ役を連れて来たってわけ。ついでに志摩子からカードも借りてきてね」

 なるほど、だから真美さんを連れて来たのか。

「いいわ。このために呼ばれたんだったら、一回くらいやりましょう」

 リリアン高等部で大流行していると言うのだから、低レベルなゲームではないはずだ。きっとそれなりに面白いに違いない。どうせ今日はもう予定もないし――聖と遊ぶなんて、本当に久しぶりだし。

「負けたらここの支払いね」
「真美さんはともかく、聖にオゴるのは癪だわ」
「はっはっはっ。遠慮しなくていいよ」
「いや遠慮じゃないから」



 真美さんから「紅薔薇主体と混合どっちがいいか」と聞かれて、紅薔薇主体のカード……ブックを借りてみた。

「紅薔薇系譜は特別何かが飛び出ているわけじゃない基本を踏まえたカードで、黄薔薇系譜は運動部関連が集中しているのでHPや攻撃防御が高いです。で、白薔薇系譜は能力そのものは低めですけど、特殊能力を持つカードが多いです」

 私と聖は30枚のカードをシャッフルしながら、真美さんの説明に耳を傾ける。紅薔薇は基本ね……良く言えば欠点がなくて、悪く言えば欠点がない代わりに特徴もない、か。

「まず、よく切ったカードをテーブルに伏せて置き、その山から自分の手札に五枚取ります」

 言われた通りに五枚取り、それをポーカーのように聖に見せないよう広げてみる。

「……あ、祥子」

 手にあるカードに我が妹がいた。なんか可愛い猫耳なんて付けているが、これは紛れもなく私の妹だ。


 ――001 幹部  3年生 紅薔薇潔癖お嬢  HP400 攻撃500 防御600
 容姿端麗、頭脳明晰、山よりも高いプライドこそ正真正銘のお嬢様の証。彼女の特殊能力「筋金入りの負けず嫌い」は、HPが尽きたら一度だけその場で復活することができ、毎ターン一度だけ発動する。
 そしてもう一つの特殊能力「弱点狙い」は、このカードが攻撃する度に、相手プレイヤーの手札を一枚ずつ破壊していく(使用プレイヤーがランダムに選び、退学にする)。「弱点狙い」の能力は、002「満面タヌキ」と姉妹になった場合のみ使用不可能にならない(「筋金入りの負けず嫌い」はなくなる)。
 呼び出し条件は、002「満面タヌキ」が場に出ている時か、091「ロザリオ」と紅薔薇系譜の1年生カードが場に出ている時。


 ……「紅薔薇潔癖お嬢」? なんだその名前は。そのまんまか。

「祥子いるの? こっちは由乃ちゃんがいるよ」

 あー由乃ちゃんか。懐かしいな。

「いやあの、これ一応バトルなんで、手札を言っちゃダメですよ……」

 真美さんの遠慮がちな注意に、「あ、そりゃそうだ」と私と聖は呟いた。

「手札の中に『通常』とか『幹部』とか『補助』とか『罠』とか書かれたカードがありますよね?」
「あーあるある」
「攻撃や防御と書かれているから、通常と幹部が戦闘用のカードなのね?」
「その通りです。まず勝負の準備から始めます。プレイヤーの身を守るために、『通常』カードを場に出すことができます。場に出せるのは最高三枚までなので注意してください」

 ほうほう、三枚ね……

「二枚でもいいの?」
「あ、はい。もうここから戦略が始まっているので、思い思いに出してください。出すのに条件付きのカードもありますので、詳しくはマニュアルを読んでください」

 ふむふむ、と私達はマニュアルにざっと目を通す。

「なんか注意することは?」
「注意すること? そうですね……手札が五枚しかなくて、毎ターン一枚しかカードを引くことができないので、カードの無駄遣いは避けた方がいいです。一勝負に30枚しか使えませんから」

 言われてみれば確かにそうだ。手札は五枚、無闇に使っていたらすぐに尽きてしまう。

「……うん、だいたいわかった。会戦前でも罠カードは一枚だけなら出していいんだね」
「はい。でも罠カードは最高二枚までしか出せないので、最初はピンポイント効果のものよりも幅広く対応できるカードを出しておくと有効です。まあ強い人になればなるほど、自分のブックが何に弱いかを真っ先に考え、絶対にそれを防ぐ方法を考えるんですけどね」

 なるほどなるほど……それじゃ私も、この罠カードを伏せて置いておこう。後は、プレイヤー……私を守る通常カードを出しておくわけか。
 プレイヤーのHPは1000。通常カードを出すことで、それが盾の役割を果たす、と。

「私は『ロボ子』と『ロサ・カツーラ』を出しておくわ」

 この二人には残念ながら見覚えがない。『ロサ・カツーラ』の方は、私達が卒業する年に一年生だったみたいだけど……うーん、知らないなぁ。

「んー? ……ねえ真美ちゃん、これってどんな感じの組み合わせなのかわかる?」
「あ、志摩子さんはテクニカルなブックを組むので、初心者向きじゃないんですけど……」

 聖の方は判断に迷う手札らしく、横に座る真美さんにカードを見せながら意見を求めている。

「なんなら私のブックをお貸ししましょうか?」
「いや、いいよこれで。とりあえず『ロザリオ』だけ出しとこう」

 あ、ロザリオだ。これも懐かしい。さすがはリリアンをモデルにしているだけあって、基本はしっかり押さえているらしい。

「それじゃ、お互い準備が済んだら先攻後攻を決めます。最初に場に出ているカードの合計攻撃力が高い方が後攻になります。ちなみにここで先攻になった方は、そのターンは通常・幹部カードを出せませんので」

 つまり聖からで通常・幹部カードは出せないよ、ということらしい。何せロザリオは攻撃力も防御力も0だから。

「じゃ私からね。……補助カードはもう使えるんだよね?」
「はい」
「ならこれを出して、と」

 聖が出したカードは……bP07「ジ・エンド」。なんだか縁起でもない絵が描かれている。そう、ロザリオを誰かに投げつけるような……


 ――107 補助  ジ・エンド
 浮気している姉に対する、妹の最後の怒りと悲しみ。その行為は確実に心へと届く。一枚の通常・幹部の防御を無視して、一度だけHPに直接攻撃することができる。このカードはどんな罠・特殊能力でも防ぐことはできない。


「……あなた、よくそのカード使えるわね」

 マニュアルを読んで、まさに聖のためにあるようなカード……というか行為であると確信する。

「失礼な。私はいつでも浮気二歩手前よ」

 それは余計に性質が悪い。

「これで『ロサ・カツーラ』の防御力を無効化して、更にこのカードを使う」

 もう一枚聖の手札から出されたのは、補助カードbO98「竹刀」。


 ――098 補助  竹刀
 ただの竹刀。誰が使ってもそれなりに痛い。通常・幹部生徒の攻撃力を永続的に+300。032「三つ編み」と037「遅れてきたホープ」の専用補助カード。


「これでロザリオの攻撃力300で、『ロサ・カツーラ』を攻撃ね」
「あら。やられたわ」

 「ロサ・カツーラ」の能力は全て300だ。だから防御を無視された状態で300の攻撃を食らうと、HPがちょうど0になってしまう。

「ちなみに防御力は、HPに上乗せされて真っ先に減る仮のHPだと思ってください。HPは回復しませんが、防御はターン終了と共に最大まで回復します」
「あ、戦闘一回ごとに回復じゃないんだね」
「はい。三枚場に出ている状態で同じカードを三回攻撃すれば、だいたいのカードは退学にできます」

 なるほど。どうしても倒しておきたいカードは、繰り返し攻撃をするといいわけね。

「で……やられたカードは退学の山に積む、と」

 山も何もこれが一枚目なので、「ロサ・カツーラ」を脇に一枚ポツンと放り出す。

「……退学って言い方もどうなのかしらね」
「死亡よりマシなんじゃない?」
「それもそうね」

 聖は「一枚場に伏せてターン終了ね」と、自分の番を終わらせた。
 さて、私の番か。

「使用制限がネックよね……」
「いかにそれをクリアするかが重要なんだろうね」
「うーん……意外と奥が深いわ。それじゃこれを出そうかしら」

 私は山から一枚引いて、bO08「親切な上級生」を出した。


 ――008 通常  3年生 親切な上級生  HP400 攻撃400 防御500
 紅薔薇のクラスメイト。バレンタインに紅薔薇を訪ねてきた下級生に、親切な取り次ぎをしてあわよくばチョコレートの受け渡し現場をニヤニヤしながら見守ろうとした。


「ん? 祥子のクラスメイト?」
「でしょうね」

 三年生ともなれば、あの祥子のバレンタイン風景なんて知り尽くしているはず。祥子はチョコレートを突き返すことで有名だから。
 ならば「紅薔薇を訪ねてきた下級生」を祥子に取り次いだ……ということは……あ、この下級生は祐巳ちゃんか。
 システム上、このゲームは自由に姉妹関係を結ぶことができるみたいだから、カードやマニュアル上は公式に姉妹とは言い切れないわけだ。

「可愛い子だね」

 私が出したカードを、上半身を伸ばして熱心に眺める聖。表情に締まりがない。

「あなたね。これはあなた用のお見合い写真じゃないのよ」
「見惚れるのは自由じゃない?」

 ……もう勝手にやってくれ。

「『親切な上級生』と『ロボ子』で、聖のロザリオを攻撃」
「あ、罠発動」
「ん?」

 聖は手を伸ばし、ロザリオの脇に伏せられているカードを捲った。


 ――113 罠  なんかやって
 上級生が下級生に隠し芸をやらせる魔法の言葉。先輩の期待に応えられないのはルルニャン生徒の恥。痛みを負う覚悟でなんかやらずにはいられない。一枚だけ通常生徒へ対する攻撃の半分を軽減し、半分を直接相手プレイヤーに返す。幹部、姉妹、特殊効果のあるカードの攻撃は返せない。 


 ……うーん。

「あなたの変な思いつきが、カードになっているわね……」
「あの時の祐巳ちゃんはすごかったね。身体を張ったというか、芸人になったというか」
「言わないでよ」

 二年経った今思い出しても笑えるんだから。

「…? 祐巳さんに何かあったんですか?」

 さすがの新聞部も、祐巳ちゃんの「安来節」までは掴んでいないらしい。きっと彼女の名誉のために、誰もが口をつぐんだのだろう。
 というわけで、私達も祐巳ちゃんの名誉のために口をつぐんでおこう。

「それにしても、そのカード三年生にも効果があるなんておかしくない? 上級生からの命令で実行されるんだから、これ以上の上がないじゃない」
「私達の代が発端だからじゃないの? だとしたら私達こそ最上級生、とも言えるじゃない」

 ……まあそれでいいけど。この場で文句を言っても仕方ないし。

「これで蓉子のHPは800ね。で、私のロザリオが250か」

 ふむ。
 なるほど、確かに聖の……というか、志摩子のブックは特殊なものが多いようだ。基本はきっと通常カードで攻めるだけなのに、向こうのカードは攻撃を防ぎつつ攻撃もこなす術が凝縮されているんだろう。
 なんとなく志摩子らしい。性格的に直接攻撃って感じじゃないから。
 
「段々わかってきたわね」
「そうだね。こっちはちょっと扱いにくいけど、まあなんとかなるでしょ」

 こうして、私達は試合を進めた。



 そして、徐々に熱くなってきた。



「甘いわ、聖!」

 ここがファミレスであることなどすっかり忘れて、私は高らかに叫びカードを出す。「良い歳して……」などと恥ずかしくなったのは、少しだけ未来のことだ。

「『かしら&かしら』に補助『竹刀』を使って攻撃力プラス300、元の攻撃力と合わせて500×2回の1000よ!」
「うわ……1000行ったの!?」

 聖は驚いている。

「そしてさっき聖も使った『ジ・エンド』をも場に出すことで、その黄薔薇系譜の姉妹のHPに直接攻撃よ!」
「……おおー……」

 こうして聖の守りと攻めの要だったbO37とbO60の黄薔薇系譜姉妹を退学にした。


 ――037 通常  2年生  遅れてきたホープ  HP400 攻撃500 防御550
 第一回バレンタインイベントで黄薔薇のカードを得た生徒。このイベント後、剣道部に入部。同学年からほぼ一年遅れのスタートを切った彼女は、持ち前の生真面目さで今もがんばっている。専用補助カードで攻撃力が2倍になる。

 ――060 特殊通常  未来の黄薔薇幹部  HP600 攻撃750 防御700
 ルルニャン女学園中等部在席の剣道部の生徒。様々な理由でこの頃から黄薔薇幹部に因縁があり、未来では黄薔薇幹部になる。剣の腕はまだ未熟だが、光る才能の片鱗が見える。3年生を除く黄薔薇系譜のみ姉妹にすることが可能。
 031「三つ編み」と姉妹になると、「三つ編み」の特殊能力「暴走」が「大暴走」にチェンジする。「大暴走」は相手プレイヤーの通常・幹部のHPと全能力を3分の1にする。


 かなり厄介なことになっていた強力な二枚組カードを、渋々な顔の聖が渋々な態度で渋々退学カードの山に送る。
 相手のカードを退学にすることで姉妹化するカードがあるなんて本当に驚いたものだが、いつまでも構っていられない。

「これで楽になったわね」

 今、聖の場には通常カードが出ていない。つまり無防備状態だ。

「もう一枚、場に出ている『ドリルっこ』で攻撃して聖のHPを削っておくわ。それでターン終了よ」
「これで私のHPは250か……結構削られてきたなぁ」

 ここまでの傾向を見ていると、志摩子のブックは通常生徒が少ない。代わりに補助や罠を増量してあり、少ない通常カードをいかに退学させずに戦うかがキーポイントのようだ。
 なんとかごり押しで姉妹を退学させ、聖の場には通常生徒がいなくなった。だが地味に罠や補助で私自身を攻撃され、残りHPが200になっている。あと一押しされたら本当にまずい。

「……ふっ」

 劣勢にいるはずの聖がニヤリと笑う。またこの状況を覆すカードがあるらしい。志摩子め、本当に厄介なブックを組んでいる。

「今度は私のターンね。一枚引いて――あ、来た。……ふうん。志摩子はこの三枚を揃えることを想定してブックを組んだのか……」
「な、何が来たの?」
「おかっぱ。とりあえず補助『猫マリア様の微笑み』発動!」
「えっ!?」

 どんな効果があるのかと、私は急ぎマニュアルを捲った。


 ――092 補助  猫マリア様の微笑み
 慈愛に満ちた猫マリア像の微笑み。無償の愛を振りまく彼女は、ルルニャン女学園の全生徒をいつも見守っている。山からカードを二枚引くことができる。


 二枚引く、か……いいなぁ。

「それじゃ蓉子、二枚引いて」
「「……え!?」」

 私のみならず、ナビ役の真美さんまで驚いている。

「確か注書きがない補助は、自分にも相手にも使えるんだよね?」
「え、ええ……でも……あ」

 真美さんは何かに気付いたらしく、またしても驚く。
 ……また厄介なアレが来るんだろう。まったく。

「ほらほら蓉子、早く二枚引いて引いて」
「…………」

 私は聖の余裕の笑みを睨みつつ、カードを二枚引いた。これで手札五枚だ。
 しかし、いったいなんなんだ? 聖の手札も「猫マリア」を出すことでさっきの私と同じく三枚。ここで多く引けるのは非常に有利だと思うのだが……

「蓉子、さらばだ」

 そんなふざけたことを言いつつ、聖はパシッとカードを三枚場に出した。手札全部だ。
 ……由乃ちゃんと志摩子と……なんかおかっぱの女の子だった。去年の剣道大会で見たような……?

「うわ、えぐい……」

 真美さんが呟く中、私はマニュアルを捲った。


 ――032 幹部  2年生 三つ編み  HP100 攻撃150 防御200
 心臓病を乗り越えた可憐な少女。これまでの抑圧された生活のせいか、最近のハジケっぷりは見事の一言。周囲を巻き込む特殊能力「暴走」は、相手プレイヤーの通常・幹部のHPと全能力を半減させる。このカードが場に出ている限り常に有効。もう一つの特殊能力「レイちゃんのバカ」は、031「黄薔薇騎士レイ」のみに有効で、このカードの攻撃が成立すると同時に無条件で退学にすることができる。どちらの能力も031「黄薔薇騎士レイ」と姉妹になる場合のみ、使用不可能にならない。
 使用条件は、自分の場に通常カードが一枚も出ていないこと。会戦時の使用不可。専用補助カード098「竹刀」で、HPと全能力が300になる。


 よ、由乃ちゃん……なんて厄介な特殊能力を……!
 次に、志摩子。


 ――061 幹部  2年生  西洋人形風の白薔薇  HP400 攻撃400 防御400
 2年生ながら白薔薇の称号を持つ少女。銀杏が好きなやや天然ボケ。おっとりした懇願の特殊能力「銀杏踏まないでね」は誰もが聞き入れずにはいられない。毎ターン最初に攻撃を仕掛けてきた通常・幹部の攻撃を一枚だけ無効化する。もう一つの特殊能力「公孫樹並木の桜の下で」は、毎ターン、プレイヤー任意でカードを二枚引くことができる。062「市松人形風のおかっぱ」と姉妹になる場合のみ、どちらの特殊能力も使用不可能にならない。
 自分の場に幹部生徒が一枚出ていて、相手プレイヤーの手札が四枚以上の時のみ呼び出すことができる。


 これはまた、かなりきついカードだ。志摩子きつい。そして私にカードを引かせた理由もわかった。
 更にもう一枚も、実は幹部だ。


 ――062 幹部  1年生 市松人形風のおかっぱ  HP500 攻撃500 防御500
 最年少の白薔薇幹部。外部受験をトップクラスで切り抜けてルルニャン女学園高等部に入学した彼女は、非常に成績優秀。特殊能力「クールな判断」は、常に相手の防御を無視した攻撃が可能。もう一つの特殊能力「上級生でも言いたいことは言う」は、上級生の通常・幹部に1.5倍の攻撃になる。姉妹には発動しない。
 061「西洋人形風の白薔薇」と姉妹になる場合のみ、特殊能力「白薔薇大好き」が発生する。これは攻撃を仕掛けてきた特殊能力のない生徒全てに、攻撃力300の防御力無視の反撃をする。だが、この幹部の特殊能力は白薔薇と姉妹になっても消えてしまう。
 呼び出し条件は、白薔薇が場に出ているか、108「針金ノッポさん」発動中に相手プレイヤーの生徒カードが三枚出ている場合のみ。


「な、なんてことを……!」

 マニュアルを読んで、幹部生徒(山百合会の面子)が色々と厄介な特殊能力を持っていることはわかっていた。ただしそれも、呼び出し条件が厳しいからどうかと思っていた。現に私の手札に最初からいる祥子は未だ出すことができない。まあ令だけは使用条件がない代わりに、特殊能力もないみたいだけれど。
 しかし、まさか三枚も一度に出せる状況が作れるなんて……!
 やはりさすがは聖、一ヶ月の努力で大学受験を通っただけのことはある。

「志摩子さんのブックすごい……二枚までは比較的簡単なのに、幹部カードが三枚同時に出せるなんて……」

 驚愕している真美さんに、聖は「たぶん、全てがこの三枚を一度に出すための組み合わせなんだと思うよ」と説明する。

「マニュアルを読む限りじゃ、幹部カードには欠点もあるからね」
「欠点、ですか……?」 
「そ、欠点。これら幹部カードは使用条件も難しいけど、それ以上にピンだとそんなに強くないってこと。由乃ちゃんなんてHP100だよ? しかも呼び出し条件が、場に一枚も出ていないことだよ? つまり由乃ちゃんが出てくる時は、かならずこれ一枚きりになる。その後は知らないけど。
 で、たとえばbP18の罠『びっくりチョコレート』。これは自陣にいる紅薔薇系譜の総攻撃力の2分の1を、相手カードにダメージとして与える」


 ――118 罠  びっくりチョコレート
 紅薔薇幹部が始めたゲーム感覚を含んだチョコレート。考案した生徒は、これでまんまとチョコレートを渡したお姉さまとデートの約束をした。2分の1の確率で当たりとハズレがあり、ハズレだと非常においしくないチョコレートが口いっぱいに広がる。自陣に出ている紅薔薇系譜の総攻撃力の2分の1を、相手の通常・幹部カード一枚にダメージとして与えることができる。紅薔薇系譜には使用不可能。


「こんなの伏せられてたら、場合によっちゃ由乃ちゃん瞬殺されるんじゃない? それに『ジ・エンド』みたいな防御無効の特殊能力も効くみたいだしさ」

 ……うん、そうだ。聖の言う通りだ。
 「びっくりチョコレート」には使用条件に「攻撃した際」と注意書きがないから、由乃ちゃんが場に出た瞬間、罠として発動させることができる。由乃ちゃんのHPは100、防御は200だから、600……いや、特殊能力「暴走」があるから1200の攻撃力があれば退学にさせられる。
 私の「かしら&かしら」は現在攻撃力が500×2なので、これとあと一枚、攻撃力200以上の紅薔薇系譜のカードがあれば退学にできる。
 だからもし私が今「びっくりチョコレート」を伏せていれば、場に出ている「かしら&かしら」と「ドリルっこ」で十分対処ができているのだ。
 そう考えると、由乃ちゃんは呼び出した瞬間に本当に退学になるかも知れない。使い所も非常にシビアだ。
 それに基本的に特殊能力を発動させた場合、そのカードは攻撃に参加できないらしい。攻撃の代わりに能力を使うのだ。攻撃と一体化していない能力は、使った時点で行動終了である。
 どんなに有効な特殊能力を持っていても、それ一枚だけじゃ、攻撃すらできないこともあるはずだ。
なかなか特殊能力と攻撃のバランスがよく取れているゲームだ。

「他の幹部も一緒でしょ。志摩子も乃梨子ちゃんも、そんなに能力は高い方じゃない。能力だけで言うなら令がダントツよ。でも令は特殊効果がないのがネックよね」

 あのおかっぱは乃梨子ちゃんというらしい。そう言えば志摩子の妹だったっけ。

「とまあ、説明終わり。じゃあ蓉子、覚悟はいい? 私はまず志摩子の特殊能力で二枚引いて――」
「待ちなさい。その前に」

 得意げな聖に待ったを掛けて、私は伏せカードを捲った。

「罠カード『御御堂の裁判』発動! 相手が白薔薇系譜の通常・幹部を出した場合のみ、一枚だけ強制的に手札に戻すことができる!」
「なにっ……!」

 今度は聖が驚く番だ。


 ――105 罠  御御堂の裁判
 白薔薇の秘密が明るみに出た「御御堂の裁判」は、ロザリオの授受はなくとも美しい姉妹愛を見せてくれた。自分の手札を一枚、任意で選んで退学させることで発動し、相手が出した白薔薇系譜の通常・幹部カードを強制的に相手の手札に戻すことができる。その際、次のターンまでそのカードを出すことはできない。


 そして、私が余裕の笑みを浮かべる番でもある。

「残念だったわね、聖。『御御堂の裁判』を志摩子に発動することで、連鎖して出すことができた乃梨子ちゃんも手札に引っ込めることになるわ」
「む、むむぅ……!」

 さすがの聖も、これには焦ったらしい。何しろ聖の手札は三枚で、三枚とも幹部カード。補助も罠もありえない。
 そこから私が捲った「御御堂の裁判」で、由乃ちゃんを除く幹部カードは場に出せなくなった。
 つまり、事実上これで終わりである。どう足掻いても次のターンで私の勝ちが確定するのだから。




「……はーやれやれ。負けちゃったか」

 聖はふーと息を吐きながら、背もたれに深く寄りかかった。
 ……危なかった。本当に負けるところだった。
 もしあの時、補助「猫マリア様の微笑み」で私じゃなくて聖が二枚引いていたら、勝負は本当にわからなかった。

「手札が少ない時は自分で引いた方がいいんじゃないの?」
「そうだね。とりあえず由乃ちゃんだけ呼び出し確定させておいて、あとは引いたカードでなんとかできたかもね。まあ出たカードによっては結果は同じだったかも知れないけど」

 でも、確かに聖のやり方は正しかったと思う。志摩子もきっと、幹部三枚を一度に出すことを想定してブックを組んだのだろう。
 あの三枚が集えば、攻撃も防御もかなりのものだ。特に能力半減の由乃ちゃんと、防御無視の乃梨子ちゃんが揃うと凶悪だと思う。そしてそれを補助するように、志摩子の一枚攻撃無効と二枚カードを引くがある。
 私だって「とりあえず出しておこう」程度の気持ちで「御御堂の裁判」を伏せておいただけに過ぎない。断じてこんな結果を見越していたわけではない。
 ……通常生徒の少ないブックの欠点か。少ない通常生徒や幹部生徒を封じることができれば、勝機はぐっと近くなるわけだ。

「お、お二人とも、これで初めてですか!?」

 なんだか真美さんがまた驚いている。心なしか冷や汗が出ているような。

「自分で組んだわけじゃない借り物のカードだし、こんなもんだよね?」
「そうね。こんなものでしょう」

 見るカード、起こる現象全てが初体験だ。自分だって自分のカードを引くまで何があるのか把握できないのだから、ある程度ぶっつけになるのも仕方ない。
 すっかりぬるくなったコーヒーを飲み干し、備え付けの紙ナプキンで手を拭く。我に返ると久しぶりに時間を忘れて何かをやっていた三十分間だった。

「ね、蓉子」
「何よ」
「このゲームで最強と呼ばれる祐巳ちゃん、気にならない?」
「なるわね」

 即答した。
 なかなかどうして、それなりの知略を必要とするゲームだ。勝負はたった30枚のカードを組むことからすでに始まっている。
 果たして祐巳ちゃんがどんなカードを組むのか? そしてどんな戦い方をして最強と呼ばれるのか?
 手に汗握るくらいには熱中したのだから、気にならないわけがない。

「ところで真美ちゃん。志摩子ってどれくらい強いかわかる?」
「かなり強いですよ。白薔薇ブックなら最強は志摩子さんだって噂されてます。祐巳さんとよくやるみたいですけど、勝敗はほとんど五分五分だそうです」
「ふうん。志摩子も結構強いんだ」

 それはまあ、さっきのブックを見れば……という感じだが。明らかに基本ではなく、特殊能力で戦っているような印象が強い。
 となると、カードとゲームを知り尽くしていないと組めない類のものだ。一切の無駄をなくし、合理的に組まれたものだ。そういう意味では、私が借りた真美さんのブックには穴というか、遊びが多い。さっきはその遊びで救われた。

「志摩子さんと祐巳さんの勝負は、お互い普段は使わないカードを使った遊び要素満載のブックでやってるようで。だから全力を尽くした真っ向勝負というのは少ないみたいです」

 ……ふん。
 私と聖は同時に笑った。

「まだまだ探しているわけね」
「だね。できることを模索中ってわけだ」

 遊びに勝る学習はない。毎日毎日そんな遊び方をしていれば強くもなるだろう。

「時に蓉子さん」

 聖がとても輝いた笑みを浮かべた。

「たまには母校に、後輩達の様子を見に行ってみたくない? お忍びで」

 その笑顔に、私もきっと輝かんばかりの笑顔を返していただろう。

「それはとてもいいわね、聖さん。私も最強の祐巳ちゃんと遊んでみたいわ」



 一週間後、リリアンかわら版にリリアン女学園を震撼させる記事が載った。



 〜白薔薇仮面、紅薔薇仮面、降臨する。

 ここ数日、リリアン女学園高等部でまことしやかに囁かれていた噂の一つに「白薔薇仮面」というものがある。
 オペラ座の怪人のような仮面を着け、不気味で不審ながらもやたら陽気で女たらしで神出鬼没な正体不明人物の自称である。
 だが不審なのは仮面と女たらしな部分のみで他はまともである。
「白薔薇仮面」は、あのカードゲーム「ルルニャン女学園」のモデルとなっている生徒を狙ってカードゲームを申し込む。そして勝つと「勝利のチューを」などと言いながら接吻を求めるらしい。くれぐれも誤解のないよう記しておくが、それ以上のことは絶対に求めない。頬にキスだけだ。するのでもされるのでもいいらしい。
 蔓延する噂が真実かどうか。
 尾ひれがついて何が真実なのか解らなくなっていた上に、急増する白薔薇仮面の被害者、口説かれて彼女を指示する一派まで出てきたこの噂は、我ら新聞部も調査中であったのだが。
 先日、ついに噂のベールに包まれていた白薔薇仮面が公の場に現れた。
 それも、仲間と思しき「紅薔薇仮面」とともに。

 この二人組は、土曜日の放課後に突如現れ、薔薇の館に奇襲を掛けた。
 もちろんカードゲームを申し込むために、だ。

 突然乱入してきた白薔薇仮面のお相手は、黄薔薇のつぼみこと有馬菜々嬢(一年生)。彼女の三色混合ブックは定評のある強さを持っている。
 勝負は有馬菜々嬢の勝利かと思われたが、大方の予想に反して勝ったのは白薔薇仮面だった。白薔薇仮面の名に恥じない華麗なる白薔薇ブックは、有馬菜々嬢をあっと言う間に叩き伏せた。
 一切の攻撃を受けつけなかったそれは、まさにテクニカルで圧倒的な特殊効果の数々を操る現白薔薇さまこと藤堂志摩子嬢(三年生)に、勝るとも劣らないものだった。
 こうして白薔薇仮面は、まんまと有馬菜々嬢のキスを手に入れたのだ。

 そしてもう一人。
 噂すら聞いたこともなった紅薔薇仮面のお相手は、紅薔薇のつぼみこと松平瞳子嬢(二年生)。突出はしていないが安定感のある守りの紅薔薇ブックは、誰が相手でもそう簡単に敗北を許さない。
 だがこれも、同じ紅薔薇ブック使いである紅薔薇仮面の勝利に終わった。彼女のブックは、このカードゲームに必ず存在する攻守の波が小さく、常に攻め、常に守っているという完璧な布陣を敷いたという。

 有馬菜々嬢と松平瞳子嬢をやぶったことで満足したのか、白薔薇仮面と紅薔薇仮面はこれで退散した。 
 この二人は何者なのか。
 それは鋭意調査中である。

 特にカードのモデルになっている生徒は、セクハラオヤジのような白薔薇仮面の動向に注意してほしい。

                                 新聞部部長 山口真美



「……だってさ」
「あ、ダメ。なんかダメ」
「どうしたの、蓉子?」
「……なんかすごく楽しくなってきた……」
「でしょー? これ絶対ハマるって。今度は江利子も誘ってみようか?」
「それはよしなさい。江利子がハマッたらとことん行くわよ。こそこそやるだけで十分よ」
「ま、それもそうか」
「――それじゃ白薔薇仮面、行きましょうか」
「――うん。さーて、今日は誰が相手してくれるかなぁ」

 私達は歩き出した。
 二年前にクローゼットの奥に仕舞い込んだ高校時代の制服を着て、髪型を変えて、仮面を着けて。


 あと正体がわかっていて知らん振りして遊んでくれる祐巳ちゃん、由乃ちゃん、志摩子に感謝。





本日の使用カード


001 幹部  3年生 紅薔薇潔癖お嬢  HP400 攻撃500 防御600
 容姿端麗、頭脳明晰、山よりも高いプライドこそ正真正銘のお嬢様の証。彼女の特殊能力「筋金入りの負けず嫌い」は、HPが尽きたら一度だけその場で復活することができ、毎ターン一度だけ発動する。
 そしてもう一つの特殊能力「弱点狙い」は、このカードが攻撃する度に、相手プレイヤーの手札を一枚ずつ破壊していく(使用プレイヤーがランダムに選び、退学にする)。「弱点狙い」の能力は、002「満面タヌキ」と姉妹になった場合のみ使用不可能にならない(「筋金入りの負けず嫌い」はなくなる)。
 呼び出し条件は、002「満面タヌキ」が場に出ている時か、091「ロザリオ」と紅薔薇系譜の1年生カードが場に出ている時。


008 通常  3年生 親切な上級生  HP400 攻撃400 防御500
 紅薔薇のクラスメイト。バレンタインに紅薔薇を訪ねてきた下級生に、親切な取り次ぎをしてあわよくばチョコレートの受け渡し現場をニヤニヤしながら見守ろうとした。


032 幹部  2年生 三つ編み  HP100 攻撃150 防御200
 心臓病を乗り越えた可憐な少女。これまでの抑圧された生活のせいか、最近のハジケっぷりは見事の一言。周囲を巻き込む特殊能力「暴走」は、相手プレイヤーの通常・幹部のHPと全能力を半減させる。このカードが場に出ている限り常に有効。もう一つの特殊能力「レイちゃんのバカ」は、031「黄薔薇騎士レイ」のみに有効で、このカードの攻撃が成立すると同時に無条件で退学にすることができる。どちらの能力も031「黄薔薇騎士レイ」と姉妹になる場合のみ、使用不可能にならない。
 使用条件は、自分の場に通常カードが一枚も出ていないこと。会戦時の使用不可。専用補助カード098「竹刀」で、HPと全能力が300になる。


037 通常  2年生  遅れてきたホープ  HP400 攻撃500 防御550
 第一回バレンタインイベントで黄薔薇のカードを得た生徒。このイベント後、剣道部に入部。同学年からほぼ一年遅れのスタートを切った彼女は、持ち前の生真面目さで今もがんばっている。専用補助カードで攻撃力が2倍になる。


060 特殊通常  未来の黄薔薇幹部  HP600 攻撃750 防御700
 ルルニャン女学園中等部在席の剣道部の生徒。様々な理由でこの頃から黄薔薇幹部に因縁があり、未来では黄薔薇幹部になる。剣の腕はまだ未熟だが、光る才能の片鱗が見える。3年生を除く黄薔薇系譜のみ姉妹にすることが可能。
 031「三つ編み」と姉妹になると、「三つ編み」の特殊能力「暴走」が「大暴走」にチェンジする。「大暴走」は相手プレイヤーの通常・幹部のHPと全能力を3分の1にする。


061 幹部  2年生  西洋人形風の白薔薇  HP400 攻撃400 防御400
 2年生ながら白薔薇の称号を持つ少女。銀杏が好きなやや天然ボケ。おっとりした懇願の特殊能力「銀杏踏まないでね」は誰もが聞き入れずにはいられない。毎ターン最初に攻撃を仕掛けてきた通常・幹部の攻撃を一枚だけ無効化する。もう一つの特殊能力「公孫樹並木の桜の下で」は、毎ターン、プレイヤー任意でカードを二枚引くことができる。062「市松人形風のおかっぱ」と姉妹になる場合のみ、どちらの特殊能力も使用不可能にならない。
 自分の場に幹部生徒が一枚出ていて、相手プレイヤーの手札が四枚以上の時のみ呼び出すことができる。


062 幹部  1年生 市松人形風のおかっぱ  HP500 攻撃500 防御500
 最年少の白薔薇幹部。外部受験をトップクラスで切り抜けてルルニャン女学園高等部に入学した彼女は、非常に成績優秀。特殊能力「クールな判断」は、常に相手の防御を無視した攻撃が可能。もう一つの特殊能力「上級生でも言いたいことは言う」は、上級生の通常・幹部に1.5倍の攻撃になる。姉妹には発動しない。
 061「西洋人形風の白薔薇」と姉妹になる場合のみ、特殊能力「白薔薇大好き」が発生する。これは攻撃を仕掛けてきた特殊能力のない生徒全てに、攻撃力300の防御力無視の反撃をする。だが、この幹部の特殊能力は白薔薇と姉妹になっても消えてしまう。
 呼び出し条件は、白薔薇が場に出ているか、108「針金ノッポさん」発動中に相手プレイヤーの生徒カードが三枚出ている場合のみ。


092 補助  猫マリア様の微笑み
 慈愛に満ちた猫マリア像の微笑み。無償の愛を振りまく彼女は、ルルニャン女学園の全生徒をいつも見守っている。山からカードを二枚引くことができる。


098 補助  竹刀
 ただの竹刀。誰が使ってもそれなりに痛い。通常・幹部生徒の攻撃力を永続的に+300。032「三つ編み」と037「遅れてきたホープ」の専用補助カード。


105 罠  御御堂の裁判
 白薔薇の秘密が明るみに出た「御御堂の裁判」は、ロザリオの授受はなくとも美しい姉妹愛を見せてくれた。自分の手札を一枚、任意で選んで退学させることで発動し、相手が出した白薔薇系譜の通常・幹部カードを強制的に相手の手札に戻すことができる。その際、次のターンまでそのカードを出すことはできない。


107 補助  ジ・エンド
 浮気している姉に対する、妹の最後の怒りと悲しみ。その行為は確実に心へと届く。一枚の通常・幹部の防御を無視して、一度だけHPに直接攻撃することができる。このカードはどんな罠・特殊能力でも防ぐことはできない。


113 罠  なんかやって
 上級生が下級生に隠し芸をやらせる魔法の言葉。先輩の期待に応えられないのはルルニャン生徒の恥。痛みを負う覚悟でなんかやらずにはいられない。一枚だけ通常生徒へ対する攻撃の半分を軽減し、半分を直接相手プレイヤーに返す。幹部、姉妹、特殊効果のあるカードの攻撃は返せない。 


118 罠  びっくりチョコレート
 紅薔薇幹部が始めたゲーム感覚を含んだチョコレート。考案した生徒は、これでまんまとチョコレートを渡したお姉さまとデートの約束をした。2分の1の確率で当たりとハズレがあり、ハズレだと非常においしくないチョコレートが口いっぱいに広がる。自陣に出ている紅薔薇系譜の総攻撃力の2分の1を、相手の通常・幹部カード一枚にダメージとして与えることができる。紅薔薇系譜には使用不可能。





【No:2241】へ続く







(コメント)
海風 >長くてすみません…orz これでなんか自分では全部出し切ったような感じです。こんなゲーム出ろっ、という祈りを込めて投稿。(No.14937 2007-04-23 09:59:08)
あうん >だから、絵と個々のカードのテキストを送ってくれれば、(No.14938 2007-04-23 11:38:09)
あうん >こちrでカードのデザインとか色々やると何(ry(No.14939 2007-04-23 11:39:08)
ROM人 >カードゲーム自体も面白そうですが、それをプレイする面々が面白いですね。このシリーズ続投希望。(No.14941 2007-04-23 15:01:12)
良 >私も、続投希望してます。最近は、学校から帰ってくる楽しみが増えてワクワクしてます。(No.14946 2007-04-23 22:26:01)
菜々し >やっぱり難点は絵、ですか、実用に供するまでにある山は(No.14947 2007-04-23 22:42:55)
菜々し >当然続編きぼん。面白いです。(No.14948 2007-04-23 22:43:26)
カイム >同じく続投希望です。読んでるとカードを作ってみたくなるのが怖いですけどね。(No.14949 2007-04-23 22:50:17)
海風 >皆さんコメントありがとうございます。シリーズ化っすか…シリーズとは言えないかもわかりませんが、切りのいいところまで書かせていただこうかと思います。(No.14950 2007-04-23 23:06:11)
海風 >あとカード作製について、個人的な意見を。作り始めるのも実際作り上げるのも簡単かもしれませんが、それで後々コバルトさんや今野先生に迷惑を掛ける可能性が少しでもあるなら、一ファンとして自粛した方がいいと私は思います。公式で市販されるのが一番の望みです。なんか水をさすようなつまらないこと言ってすみません…(No.14951 2007-04-23 23:15:28)
朝生行幸 >敦子・美幸とロボ子の公式デザインが存在しないから、完成は難しいのでは。(No.14952 2007-04-23 23:41:42)
通りすがり >実際にはファミレスとかでカードゲームやると注意されます…(No.14954 2007-04-24 02:58:25)
A01 >海風さんのカードに関するご意見はきわめて良識的なものだと思いますよ。ただ、そうなると二女捜索や同人誌はどうなってしまうのか、というところにまで話が敷衍しかねないのが少々困りどころですけどね。(No.14956 2007-04-24 15:21:55)
A01 >失礼、「二女捜索」ではなく「二次創作」ね。どうやったら間違えるんだろう・・・・・・(汗)(No.14957 2007-04-24 15:23:09)
海風 >>通りすがりさん マジですか!? そうか、ファミレスでやると怒られるのか…覚えておきます。 A01さん>人は人、自分は自分と考えてます。同人、二次は否定しません。でも誰かがやってるから自分もやる、というのも少し違うんじゃないかと思います。金銭が絡むことなら特に。でも本音を言えば、カード化よりこのがちゃがちゃにある神ssこそ挿絵とか入れて同人でもいいから出ろっ、とか願ってたりします。ああもう何が言いたいんだか…orz(No.14958 2007-04-24 19:34:22)
YHKH >マリみてキャラを使ったカードゲームは多数存在してます。他のシステムとかぶらず真面目な方向で、さらにはあくまで「同人作品として頒布」(営利目的ではない)する場合はそうそう御本家にメイワクは掛からないのではないかと小生は愚考します。(No.14966 2007-04-25 20:56:39)
KOU >絵柄はDVDのおまけのマリア様には内緒っぽくデフォルメされてるのがいいなぁ(No.14967 2007-04-26 00:11:18)
C.TOE >あれ?ひょっとして猫耳でない例外の一枚って祐巳ですか?志摩子さんだと信じきっていましたが・・・(No.14968 2007-04-26 00:24:51)
菜々し >ゆみすけの狸耳と理解してましたが…そういえば志摩子さんのうさ耳もあり得る<猫耳以外(No.14970 2007-04-26 00:50:37)
カイム >海風さん>あ〜・・・・・・「人がやってるから〜」と聞え(?)ましたか。私はただ単に「二次創作や同人をやる上で、ある意味永遠の命題(あるいは矛盾)なんですよね」と言いたかっただけなんです。もう少し言葉を選ぶべきでした。すいません。(No.14971 2007-04-26 07:47:13)
海風 >YHKHさん>似たようなことを考える人はいるんですね…すでにカード化した人がすでにいるなんて驚きました。……で、カードのイラストは可愛いんでしょうか? そこはとても重要だと思うんですけど、可愛いんでしょうか? KOUさん>とても同感です。 (No.14972 2007-04-26 13:12:35)
海風 >C.TOEさん、菜々しさん>例外の一枚、覚えていてくれた人がいて嬉しいです。話が進むと出てくるので、ネタバラシはそこで。でも大したオチは用意されていないので、期待しすぎるとガッカリするかもしれません。ご注意ください。 カイムさん>えっと、A01さんと同じ人ですか? ここで同人、二次の議論が始まると皆さんに迷惑を掛けると思ったので、あんな風に意見しました。だから謝るのはむしろ私です。気を遣っていただいてごめんなさい、言いたいことは伝わっていたと思います。(No.14973 2007-04-26 13:27:31)
YHKH >自分が持っている「ドンジャラ」タイプのカードは良い絵師さんがついてらっしゃいました。美麗です(No.14975 2007-04-26 20:01:08)
篠原 >まあ、SS自体が二次創作なんですが(笑) さておき、ロボ子はロボット、2人組みは影絵でごまかして………って、忘れてたけど『かしらかしら』って原作設定じゃないじゃん!(No.14983 2007-04-26 23:05:32)
朝生行幸 >見たことある人もおられるでしょうが、一応レギュラーメンバー(含桂)の絵はあるんですよね……。内緒ですけど(笑)。(No.14986 2007-04-26 23:47:46)

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