がちゃS・ぷち
[1]前
[2]次
[3]最新リスト
[4]入口へ戻る
ページ下部へ
No.2251
作者:海風
[MAIL][HOME]
2007-05-07 10:40:38
萌えた:31
笑った:18
感動だ:12
『一緒にいたい若気の至り』
ルルニャン女学園シリーズ 6話
【No:2235】 → 【No:2240】 → 【No:2241】 → 【No:2243】 → 【No:2244】
→ これ → 【No:2265】 → 【No:2274】 → 終【No:2281】→ おまけ【No:2288】
一話ずつが長いので注意してください。
☆
「集計が出たわ」
私達の目は、ホワイトボードに並んでいる名前に釘付けだった。
「本戦十四名、これで決定ね」
「さて」と真美さんがこちらを向く。今日は日出美ちゃんが後片付けに参加しているので、新聞部部長自らがホワイトボードに書き込みをしていた。
ここ薔薇の館には、部活に行っている菜々以外が揃っていた。予選直後というのに紅・白薔薇のつぼみは当然の顔をして集計を手伝ってくれたのだ。
……私の妹以外は揃っている。まったくあいつは。顔くらい出せっての。
「有名無名関わらず、面白くなりそうなメンツになってるじゃない」
真美さんは嬉しそうだが。
「そう? 半分ぐらい前と一緒じゃない」
私、島津由乃は、まあなんか水を挿すようなことを言っておく。
――妹の菜々が無事に本戦出場できたからって気分が良くなるほど単純じゃないから。
「まあ確かにね。でもさすがはつぼみ達って感じで、山百合会メンバー全員出場はすごいと思うわよ。本当に」
しかも二回連続で、と真美さんはやはり嬉しそうだ。どうやら話題性があればいいらしい。
「不正の方は大丈夫?」
祐巳さんの疑問にも、真美さんの喜の感情は揺るがない。
「平均勝負回数は9回で、プラスマイナス2は許容範囲。菜々ちゃんだけ例から漏れるけど、あの子の実力なら逆にうなずけるところよね」
ふむ……
「ちなみに聞いておきたいのですが」
集計に加わっていた瞳子ちゃんは、本戦出場が決まった今でも真面目な顔を崩していない。まあ、考えてることはわかるけど。瞳子ちゃんも優勝しか狙っていないから予選なんて通って当然、むしろ勝負はこれから、って感じだろう。
「お姉さまや志摩子さまの平均勝負回数は何回でしたの?」
「祐巳さんが十五回で、志摩子さんが十三回だっけ?」
ピキッ
瞳子ちゃんと乃梨子ちゃんの顔が引きつった。恐らく前チャンピオンである私達よりも、今度の勝負に意気込みを注いでいるせいだろう。――うん、我が親友ながらどっちも異常だと私も思うしね。
誤解されたくないけど、私だって結構強い。前回三位でカードホルダーを貰ったのだから実力はある方だと思う。
ただ、薔薇さま三人で比べれば弱い、というだけだ。いや本当に。とにかく二人の強さはインパクトがありすぎる。私だって平均出した時の勝負回数は十回で、二人と同じく負けなしだったし。
「特に注目株は乃梨子ちゃんね。勝負回数は少ないし取得カード枚数は出場者の下の方に位置してるけど、あの祐巳さんを破ってる」
おお……それは本当にすごい。山百合会メンバーで祐巳さんに勝てる可能性が高いのは、志摩子さんと菜々くらいだ。でもそれも確実じゃない。志摩子さんがほとんど五割、菜々が三割か二割ってところだ。私なんて一割未満だけど。乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんはあんまり祐巳さんとはやってなかったからわからないが、同格の志摩子さんと比べるなら私同様一割未満に近い。
だが快挙を成し遂げた当の乃梨子ちゃんは、真美さんの褒め言葉に、嬉しそうに微笑むどころか露骨に嫌そうな顔をした。
「どうしたの?」
苦い上に冷めた紅茶でも含んだようなリアクションの意味がわからなかったので、聞いてみた。
「飾ることなく率直に言いますけど、私はもう祐巳さまとは対戦したくありません」
その気持ちはとてもよくわかる。わからないのは「えーなんでー?」と寂しげにぼやく、冷たくて苦い紅茶を淹れる祐巳さん本人くらいだ。祐巳さん、あなた強すぎる以上にプレッシャーすごいのよ。無邪気なところが逆にキツイのよ。
「それに、実力で勝ったとも思ってません」
何やら納得の行かない勝負だったらしい。が、気にはなるけど今は置いといて。
「祐巳さんに勝ったのって、乃梨子ちゃんだけなの?」
「うん、15戦1敗。唯一負けたのが乃梨子ちゃん」
祐巳さんは飛び入り参加のくせに、最低でも十五枚はウィナーカードを獲得したらしい。正式に予選に出ていてもブッチギリで一位通過確定だ。
――それにしても。
「菜々が一位通過ってのは微妙に納得できるとして」
我が妹ながら、菜々は非常に可愛くない強さを誇っている。やはり予選かそこらじゃ落ちないらしい。密かに杞憂していた「勝負から逃げられるかも」というのもなかったそうだから、これが実力の結果だろう。
ちなみにウィナーカード十二枚獲得で堂々一位通過だ。
本当に可愛くない妹だ。が、今はこれも置いといて。
「二位に田沼ちさとってどういうこと? 不正?」
なんか因縁がある彼奴めの名前に、私の目はどうしても引かれてしまう。
バレンタインイベントから始まって、剣道部の先輩で、今年はちょっと楽しくデートまでしてしまった。嫌いじゃないしむしろ好きな部類に入っているかも知れないけど、仲良しと言うにはかなり違和感のある相手だ。
ちなみに獲得枚数十枚。私が予選に出ていれば同数ってことになる。
「ちさとさん? あの人強いよね?」
「ええ、強いわよ」
「うん、強いよね」
なんだなんだ。
「祐巳さんも志摩子さんも真美さんも、田沼ちさとの肩を持つ気?」
「いやそうじゃなくて。ちさとさんとやったことあるんだけど、黄薔薇主体の良いブック組んでるよ」
「私もあるわよ。かなり接戦になったもの」
「新聞部でもマーク済みだったけど? 意外でもなんでもない結果だと思うわ」
なんだ、ちさと。知らない間に祐巳さんと志摩子さんとやってたのか。しかも真美さんにマークもされてたのか。
……まず私と勝負しに来なさいよ。寂しいじゃない……なによもう……まあ来ても断ったかもしれないけどね。でもまず私に来なさいよ。
「知らない人からしたら、無名の生徒が二位通過って感じなのかもね。やっぱり前は勝負方法が悪かったね。早い者勝ちの自己申告だったから、実力より運の要素が強かった気がする」
真美さんの言う通りかも知れない。前よりは今回の方がよっぽど公平な勝負になっている。田沼ちさとが来るのは気に入らないけど。
「三位が瞳子ちゃんだね」
「こんなものでしょう」
瞳子ちゃんは姉の褒めるような視線に、余裕を持って応えた。ちなみに瞳子ちゃんも十枚獲得だが、ウィナーカード提出の方で田沼ちさとの方が若干早かったのだ。
しかし、三位か。
私と瞳子ちゃんの実力は、前は結構均衡していた。だけど瞳子ちゃん、大会用に新しいブックを組んだって言ってたから、今はどうなのかわからない。
「伊達にドリルじゃないな」という感じだ。あのドリルは伊達じゃない。
「四位と五位は、ちょっと前に見たことがある名前ね」
「そうね」
志摩子さんは少し懐かしそうに微笑み、ホワイトボードの名前を見ている。
四位、江守千保。
五位、井川亜実。
今年のバレンタインのデートで志摩子さんと色々あったらしい一年生……いや、もう二年生か。前の大会は井川亜実の方が本戦出場してたっけ。かなり強力な白薔薇ブック使いだ。ちなみに双方九枚獲得。
「で、六位が乃梨子ちゃんね。勝負数は平均以下だけど、さっきも言った通り祐巳さんを撃破してる」
「とても勝ったとは思えませんけど」
本心から言っているのが、志摩子さんの銀杏拾いの現場を始めて見た時に手伝うべきかボケと判断してツッコむべきかボケに乗るべきか逆に冷たい対応ですがってくる様を引き出すのか大いに悩んでいるような微妙な顔が物語っている。……我ながらちょっと長いな。
ちなみに乃梨子ちゃんも九枚で提出遅れである――いや遅れというより、タッチの差で四位五位の二人の後に並んでしまったらしい、との本人談。
まあそれより、今はその次の名前が非常に気になるところだ。
「ねえ真美さん」
「なに?」
「ケイさんって誰?」
「……桂さんだよ。カツラさん」
答えたのは真美さんじゃなくて祐巳さんだった。
「知り合いなの?」
「……うん。すっかり影が薄くなって色々な人に忘れられてるけどね……」
なんだか哀愁が漂っている。誰だ?
「なんで名字書いてないの?」
「それが、提出された書類の字が名字の部分だけ汚れててね、読めないのよ」
なんだそれ。なんかの呪い?
「祐巳さん、名字は?」
今度は祐巳さんに聞いてみたが返事はなく、彼女は虚ろな目で儚く笑いながら「スターは素人のことなんて覚えてない、って言ってたよね……今考えるとすごく皮肉なセリフだよね……」とかブツブツ呟いていた。
あの様子からしてあまり突っ込まない方がよさそうだ。
「暫定的に、ラッキーセブン桂さん、ってことで」
真美さんは何かから逃れるように、慌しくそんな適当なことを口走った。そんな暫定嫌だ。ラッキーとも思えないし。
でもこれはこれで面白いので放置しよう。個人的にはもう少し強そうでリングネーム的な方がいいけど。名字じゃないのよカツラは、はっはーん……なんだかいつか聞いた歌が心の底から湧きあがってきた。なぜだ?
頭の中が沸いてきたような私をほっぽって、会議は続く。
「八位は細川可南子さん。いろんな意味で意外な人が勝ち抜いてきたわね」
「可南子ちゃんって強いんだね」
祐巳さんも驚くくらいには、私も意外だと思う。可南子ちゃんはカードゲームになんて興味を示さないと思い込んでいたから。
ちなみに乃梨子ちゃん達と同数の九枚獲得。九枚からは結構多いので、提出時間で差がついている。他にも十数名の候補者達がいるものの、残念ながら予選落ちだ。敗者復活みたいなイベントがあった方が盛り上がったかも知れない。
「……あれ?」
「ん?」
乃梨子ちゃんが素っ頓狂な声を上げ、真美さんがどうしたとばかりに視線を向ける。
「いえ……ねえ瞳子、可南子さんってカードやってた?」
「初耳ね。カードを持っている姿も見たことないわ」
「うん。『針金ノッポさん』のカードを見て怒ってた姿は覚えてるけど」
「『どうせ180近いわよ』って癇癪起こしていた姿は私も覚えているけれど」
ほほう。それは興味深い。
「実は副賞狙いで最近カードを始めたとか」
「ははは」
祐巳さんは「そんなバカな」って感じで笑い飛ばしたものの、私は自分の発言を撤回する気はない。だってそう考えた方が楽しいもの。
「案外祐巳さん狙いだったりして」
「違うと思うよ。仮にキス狙いだとしたら、もしかしたら私達も知らない下級生かもね」
「下級生?」
「うん。可南子ちゃん、姉は持つ気はないけど妹は作りたいって言ってたから」
「「へー」」
瞳子ちゃんと乃梨子ちゃんの目がギラリと光った。「ぜひ茶化しがてら聞き出さなければ」とでも思っているのだろう。私も立場が薔薇さまじゃなければ参加したかった。
「そして、現薔薇さま方と仮面の二人で十三人ね」
うん。これで十三人だ。
「本戦出場は十四名ですよね? 一人足りないんじゃないですか?」
乃梨子ちゃんが当然のように聞くが、ホワイトボードに空いた一枠はちゃんと埋まっているのだ。
「日出美よ」
「……日出美さん?」
「そう。今回協力してくれた各部と新聞部代表でね。――実は応援要請に呼びかけたクラブが、『今度は実行委員じゃなくて出場したい』って言い出したのよ。前大会で盛り上がってたのを見て出たくなったんだって」
でも向こうも出場はしたいけど大会実行委員の仕事も捨て難く、要請があった以上手伝わないと開催すら怪しくなってくる、ということはゴネる前からわかっていた。
そこで、「それなら」と祐巳さんが提示した妥協案が「代表出場」だ。
「一位の人が本戦一枠を貰う、というルールで実行委員の中で出場したい子達を集めて、内輪で大会開いたのよ。誰が勝っても文句は言いっこなし。それで日出美が優勝したってわけ」
「――あ」
ふーんと納得している乃梨子ちゃんをよそに、瞳子ちゃんが声を上げた。
「そう言えば、数日前のかわら版で出てましたわね。『実行委員からも一名本戦に出場します』って。それが日出美さん?」
「そういうこと。出場したかったみんなで考えたブックでお相手するから、案外日出美はダークホースになるかもね」
確かに、新聞部の情報とカード開発に関わったいくつかのクラブが考えるブックだ。意外と手強くなりそうだ。
「というわけで、日出美は明日から実行委員じゃなくなるのよ。だから今日は思う存分好きな新聞部の仕事をさせてるってわけ」
あ、だからここにいないのか。
いやまあ、それよりだ。
聞けば乃梨子ちゃんも瞳子ちゃんも、大会用に新しいブックを組んだらしい。それで予選を勝ち抜いてきたのだから、かなり強力なんだろう。
やっぱり、私も新しいブックを組むべきなのかも知れない。
密かに考え込む私を置いて、真美さんは会議を進行させる。
いかんいかん。今は会議に参加しないと。
「それじゃ、出場者が決まったところで本戦の最終確認をしましょうか。今後一週間は薔薇さま方にもできるだけ負担を掛けないようにするから、ゆっくり準備してちょうだい。
ルールは月曜日に出すかわら版に本戦出場者発表と併せて載せるから、今つぼみ達が知ってもそんなに差はないと思うわ。本戦の内容は前回とほぼ一緒で、それはかわら版でももう言ってあるし。どうしても気になるなら外してもらうことになるけど」
「どう?」と一同を見回す真美さん。
「問題ないと思うけど」
「そうね。前回とほぼ一緒だし、一日二日早めに知ったからって何が変わるとも思えないもの」
「それより疲れてるだろうし、早めに解散しようよ」
祐巳さん、志摩子さん、そして私の三人が言うと、特に反対でも賛成でもなかったのだろう乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんは「続けてください」とうなずいた。
「じゃあこのまま続けるわね。本戦出場者はメインブックを二つ組んでもらって、本戦前日の金曜日までに実行委員に提出してもらいます。本戦中はブック内容の変更不可で、違反すると即失格。二つあるブックのどっちを使うかは直前まで選べます、と」
二つのブックを用意する理由は、相性の問題だ。
例えば誰かが対祐巳さん用のブックを組んだとして、その結果祐巳さんには勝てた。けど志摩子さんには勝てなかった。そういう「○薔薇系譜キラー」と呼ばれる、専門狩りの組み合わせが存在するのだ。
こうなってくると、もう対戦相手が決まる抽選時で優勝者までわかってしまう可能性がある。
組み合わせの運も必要ではあるけど、それもできる限り公平にするために考えたのが、この二択ブック案。
片方は得意のメインブックを組んで、もう片方はオールマイティに戦えるカードで組むのが通例だけど、組み合わせ自体は普段と同じく自由だ。
ピンポイントに「誰になら勝てる」ではなく、より「誰よりも強いかも知れない」者を決めるための措置である。
本戦中のブック内容の変更ができない、というのもそこから来ている。誰だって対戦相手の得意分野を知っていれば、それに対抗しようとするものだから。知らないから不利になる、というのは公平ではない。
これは前回からなので、特に問題ないだろう。
「次に、bO00『先代三薔薇』の使用不可。これは経済力で入手できるかどうかが大いに左右されちゃうからね。祐巳さんみたいにお姉さまに全種類のカードを貰っちゃうって稀なケースもあるし」
「はは……」
そうそう。祐巳さんはそういう理由で「先代三薔薇」持ってるんだよね。全く使わないから持ってるって知ってる人も少ないけど。
「あと、対戦表は当日の抽選で決定するけど、シード権があるわ」
多い人は四回、シードを取った人は三回の勝利で優勝が決定する。四で割り切れない十四枠だからこうなったわけだ。
「で、一位の人から順に三位まで、チャンピオンの証たるカードホルダーを選べる、と。まあ大まかこんな感じね。ちなみにキス権は五位まで枠を広げてあるから、憶えておいて」
言いながらさらさらとホワイトボードにペンを走らせ、簡略的な図や文字入りで説明する真美さん。プレゼンうまいな。
「何か質問は?」
「「はい」」
乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんが同時に手を上げた。
「じゃ、まず近い乃梨子ちゃんから」
ホワイトボードに近かったから、という理由で最初は乃梨子ちゃん。適当だけど適当でいい場面ではある。やっぱりプレゼンうまいな。つまらないことで遅延なんてしない。
「本戦中は、前と同じで会場から離れてはいけないんですか?」
あ、思い出した。
「そう言えば祐巳さん、トイレ我慢してたもんね」
「そんなこと思い出さなくていいよ……」
祐巳さんは恥ずかしそうに頬を染めて恨めしそうに睨んできた。瞳子ちゃんもなぜか頬を赤らめていた。
どうやら祐巳さん、「真剣勝負」という場の雰囲気に緊張してしまったのか、がぶがぶ水(夏場だから水分補給の意味で用意された)を飲んでしまってトイレが近くなってしまったのだ。
最終的には実行委員の人と一緒にトイレに行ったけど、それが三度も繰り返されて、祐巳さんに付き添うよう言われた実行委員の子はぐったりしていた。もちろん大会自体を円滑に進めるために最速で三往復をこなした祐巳さんも。
なんとも祐巳さんらしい逸話だと思うし、正直言えば私もちょっと危なかった。ちょっと我慢してた。
「でも大事なことじゃないかしら。本戦が始まると二時間以上は動けなくなってしまうし、本戦用カードは試合外は実行委員に預けておけば、入れ替えの問題もないんじゃなくて?」
志摩子さんの良識的意見には、私もうなずける。トイレなんて我慢するものではない。この歳でお漏らしなんてしたくもない。
だいたいこの薔薇の館、トイレ遠いのよ! 前の本戦は中庭だったけどどっちもどっちよ!
「そうねぇ……本戦中のカード入れ替えができなければ問題ないわけだし。でも一番心配なのは、カードの入れ替えじゃなくてそのまま帰って来なくなった場合なのよね」
「え? それって……」
「もうズバリ言うけど、数日ぶりのお通じが急に来ちゃった、とか。途中で止められなくなった、とか」
「「…………」」
真美さんの現実味を帯びた意見に、誰も何も言えなくなった。話題的に率先して出したいものでもないけど、無視できるほど甘いものでもないのは各自よくわかっている。
「あ、もちろん、先生に呼び止められて用事を頼まれるってパターンもあるのよ?」
微妙な空気を感じて慌てて本人からフォローが入る。でもどういうフォローなのかよくわからないので反応もない。「あるのよ?」って言われても……ねぇ。
よし、真美さん。ここは私が助け舟を出そうじゃないの。
「どっちにしろ、祐巳さんと同じで結局その場合は行かせざるを得ないじゃない。まさか漏らすまで我慢しろ、とは言わないでしょ?」
「……だから私を引き合いに出すのやめてよ……」
なんか聞こえたような気がするけど、ここで止められる私じゃない。
「基本的にOKにしといて、時間までに戻ってこなかったら失格――あ」
自分で言いながら、気付いてしまった。
「……そうだ。代打を用意すればいいんだ」
「代打?」
「そう。不足の事態にヘルプで勝負してくれる人。いざって時の備蓄米って感じで」
私の意見に「ふむ……」と真美さんは腕を組む。
「悪くないわね。それならトイレを我慢しろとも言わなくていいし、席を外したまま帰ってこない、って時にも問題なく進行できるし」
瓢箪から駒、というやつだろうか。自分でも意外な着地点に到達してしまった。自分で自分を褒めてあげよう。
やったぜ由乃! これでトイレは解決だ!
「いいわ。ルールに加えておく。『トイレや緊急の用事がある場合のピンチヒッターを用意してもいい』って感じでいいわよね? 絶対に必要でもない、って」
「いいんじゃない?」
真美さんはホワイトボードから離れて、自分の席の書類に素早く書き込みをする。
「――で、瞳子ちゃんの質問は?」
「あ、はい」
顔も上げずに進行を促す真美さんに、瞳子ちゃんはちょっとだけ驚いた顔をする。
「先のお手洗いの話と関係するかも知れないんですけれど、今回も中庭にテントを張って日除けに?」
「そのつもりよ。さすがに夏だし、日射病や熱射病の危険もあるし」
ちなみに今はあまり関係ないが、雨の場合はレンタルしたスクリーン(というかテレビ数台)を各教室に設置する許可を得ている。
「本戦を見物する一般生徒への水分供給も前回通りですか?」
「やるつもりよ。沸かしてカルキを抜いた水をペットボトルに入れて」
「なら、試合毎……は邪魔でしょうが、何試合かに一回は休憩を挟んでいただけませんか? お姉さまもそうでしたし、皆さんもお手洗いに行きたくなるかも知れませんから」
「あ、そうね」
なるほど、瞳子ちゃんの意見もいい。
前は予選から本戦までぎゅうぎゅう詰めだったから時間的余裕がなかったけれど、今回は予選と本戦を分けたことで時間の捻出が比較的簡単なのだ。
「その予定はなかったわ。そうね、三試合か四試合に一度は10分の休憩を入れましょう」
うん、その方がいいかも。
「あともう一つあるんですけれど」
早速書類に追加事項を書く真美さんは、その体制のまま「はいどうぞ」と先を促す。
「その……副賞の件なのですが」
「へ?」
意外な言葉に、真美さんはやや間の抜けた顔を上げる。
「副賞って、キスの?」
「そ、そうです」
瞳子ちゃん、顔が赤い。……ああいうの見ると、ちょっと可愛いと思ってしまう。いつもは「そのドリルなに。プッ」的なレトロな縦ロールも、イイ具合にフィルター掛かってセピア色になり、古風な制服と併せて非常に「らしく」見えるから不思議だ。
うちの妹あんな顔しないもんなぁ。
……あ。
……うん。きっとそうだ。
――今は全然関係ないが、令ちゃんが何を考えてコスモス文庫に手を出していたのか、ちょっとだけ理由がわかったような気がした。単純にそういうのが好きでもあるんだろうけど、たぶん「あー……由乃がこんな風だったらなぁ」と妄想していたに違いない。なにせ今私がしたくらいだから。
妹を持つと姉の気苦労というか、悩みというか、望みと期待というか。そういうのは姉妹を持ってからなんとなく理解できてくるものなのかも知れない。
まあでも、私しか知らない菜々の可愛いところもあるんだけどねっ。関係ないけどっ。
「キスが、どうかした?」
「いえその……あの」
おい瞳子ちゃん。それ以上可愛くなると、見惚れてる祐巳さんの頭から煙が昇るぞ。……祐巳さん、可愛い妹持ててよかったね。別に悔しくないけどっ。
「あの……先に、その、打診しておいた方がいいのではないかと……」
最後の方は小声でごにょごにょ。うつむく瞳子ちゃんは耳まで赤くなっていた。本気で可愛いな。
「打診、っていうと……?」
「ああ、そういうことね」
瞳子ちゃんの言いたいことは、訝しげに首を傾げる真美さんではなく、志摩子さんに伝わったらしい。
「真美さん、例えば今優勝者が決定したとして」
「うん」
「そうしたら、カードホルダーと副賞の授与に移るわよね?」
「もちろん」
「その時、副賞に指名する生徒が観戦会場に居るとは限らないわ」
「それはそうね」
そこまでは真美さんも予想済みらしく、「だから?」と言いたげに目を細める。プレゼン上手はわけのわからないことで時間を無駄にしたくないのだろう。
「新聞部的にどうなの? 優勝者上位五名全員が、その場で副賞を貰えなかったら――」
「冗談じゃないわ! 一番盛り上がるところじゃない!」
「え、ええ……そうよね……」
真美さんの剣幕に、志摩子さんの腰が引けた。乃梨子ちゃんが「なんだこら73志摩子さんビビらせやがってやんのか」と威嚇モードに入っている。いや実際は言ってないけど。でも目が語ってる。
「そうか……相手次第では五人ともその場での授与は流れちゃう、って可能性があるわけか……だから打診なわけね」
なんだか真美さんの背後に燃え盛る炎が見える。あれがスクープをモノにしたい記者の情熱か。
「でも突然の指名で『え、私が!?』って表情が撮れないのはちょっと痛いかな……ああでも、確かに副賞授与が不可能になることも……」
真美さんはブツブツ呟いている。重厚な雰囲気をまとって。道端の暗がりで見たらかなり怖い人になっている。
「……そうね。無しになるよりは、打診して確保しておいた方がいいわね」
「わかった」とうなずきながら、怖いくらいに真剣な顔を瞳子ちゃんに向けた。
「じゃあ本戦出場者には先に聞いておきましょう。新聞部からこっそり相手に交渉して、当日は会場にいるよう頼んでみる」
「は、はい。あ、でも」
「わかってる。交渉する相手には、誰が指名したのかは明かさない。その辺は弁えているつもりよ」
まあ、三奈子さまじゃないしね――と、真美さん含む私達三年生は思ったに違いない。曖昧に笑い合ってみたりして。
それはそれとして。ここは私も口出しをしておこう。
「参加者じゃない相手の場合はどうするの?」
誓約書の要項に「キスに指名された人は断れない」とあるけれど、もし上位五位までが参加者以外を指名した場合。予選参加者は契約書にある通り、指名されたらキスする・またはされる義務が発生している。
が、問題はキス指名相手が参加していなかった場合。かなりの人数が参加していたが、その人が参加したかどうかを知らないこともあるだろう。
志摩子さんじゃないけど、その場合も副賞授与はお流れになってしまうのではなかろうか。だって指名相手に義務がなければ、強制できるものでもないだろうから。
――などと長々説明する必要もなく、真美さんはわかっていた。
「それも含めて打診するわよ。幸いエサには困らない状況だし、かなりの確率で引きずり出せると踏んでる」
「「エサ?」」
鈍い祐巳さんと、これまた微妙に鈍い瞳子ちゃんが声を重ねて聞き返す。
「エサよ、エサ。祐巳さんだって釣れたじゃない」
「え?」
ここまで言ってもわかんないのか。最近は紅薔薇さまらしく切れるところも見せてくれるのに、やっぱり根本的に鈍いわ。
「写真」
「しゃし……あっ」
「祐巳さんも釣れたことあるでしょ? その手の写真をエサにするって真美さんは言ってるわけよ」
「たぶん釣れるでしょう。それで無理ならまた手を考える。交渉次第よ」
あの有名な「躾」並みの写真となれば、私だって釣れる可能性は大いにある。たとえ自分が映っていなくても、見ていて微笑ましい写真、美しい写真、ちょっとアブノーマルなそそる写真も蔦子コレクションには存在するんだから。それを惜しげもなく提供するとなれば、動かないリリアンの生徒は極少数派しか存在しないだろう。
このイベントは写真部の提供も得て開催されております。テレビ的広報も可能なくらい、写真部は動いてくれているのだ。
……まあ写真部の場合は、一部部員の趣味っていうか蔦子さんの趣味が絡んでいるから動いているような感じだが。蔦子さんはその特殊で犯罪スレスレ(というかギリギリ以上のモロよね)の趣味のせいで部長や副部長になり損ねたらしいが、実際は部長以上の発言力があるそうだ。
嫌な平部員を抱えてるもんだ、写真部。風景とか動物とかを撮るのが好きな部員もいるのに、一部生徒のせいで「そういう趣味の集まり」みたいな目で見られてちょっとかわいそうな気もする。
「他には何かある?」
ちょうどいいので言ってみよう。
「蔦子さんのせいで写真部がちょっと危ない犯罪者スレスレ集団みたいに見られてる件はどう思う?」
「――他に何かある?」
うわ、露骨に無視された。なんて態度だ。
……祐巳さん、責める気はないから「エサに釣られたの……」ってイタズラを叱られた子供のような顔をしないで。志摩子さん、今は微笑むところじゃない。どれだけボケボケだ。乃梨子ちゃん、「余計なこと言うな」って顔で睨まないで。瞳子ちゃん、「そこは触れてはいけない領域ですわ」と言いたげに素知らぬフリで目を逸らすな。
私が無視されたことを除けば、あとは特に問題提示されることなく、本戦の最終確認が終了した。
「最後にゲストの話ね」
「「ゲスト?」」
会議に出られなかったつぼみ二人が知らないのも無理はない。
「そう、ゲスト。これはオフレコでお願いね。かわら版でもまだ書いてないし、今後も匂わせる程度にしか書かないから」
二人が「はい」とうなずくのを確認してから、真美さんは本題に入った。
「実はゲストが来ることになってるの。一位優勝者はそのゲストと最後の勝負をしてもらうことになるわ」
「「もしかして先々代黄薔薇さま?」」
綺麗にハモるなぁ。
「悪いけど、正解かどうかも明かせないの。ごめんなさいね」
――ちなみにゲストは、あのでこちんではない。会議中に名前が出て「どうせだから先々代を三人呼ぼう」なんて流れになったりもしたが、さすがに校内イベントに卒業生を呼び出すのはどうか、という非常に常識的な問題に直面して(真美さんは泣く泣く)断念する運びとなった。
仮面二人の方はむしろ今までの責任を取るために嫌でも出てもらう、という意識が強いが。まあ二つ返事でOK出したけどね。本人達。
だが、それとはまったく違う意外な方向から、そのゲストはやってきたのだ。
「ただ言えることは、とても意外な人物ってだけ」
そうそう、とても予想なんてできない人物だ。私だって知った時は驚いたし。
「山百合会のメンバーにも教えてもらえないんですか?」
瞳子ちゃんの険を込めた目に、真美さんは苦笑する。
「というか、私も知らないのよ。知ってるのは直接のアプローチと許可を出した薔薇さま方だけ」
そうそう、本当にトップシークレットなのだ。私達三薔薇しか知らないし、真美さんにすら誰が来るかは話していない。
いや……正確にはみんな知っている人だけど。でも大会に出ることは本人と私達しか知らないし、絶対に当日まで明かさない約束になっている。諸々の問題があって。ドタキャンの可能性も大いにあるらしいから。
「えー気になるなー。志摩子さん、こっそり教えて?」
乃梨子ちゃん、急に甘えた声で志摩子さんの袖を引っ張る。構って欲しい子犬のような目をして。
「うふふ。ダメよ」
おーい。会議中にイチャイチャしないでくれますかー。というかなんだあの乃梨子ちゃんの締まりのない顔は。甘え放題のあの顔は。今にもよだれが出そうな顔して。
「お姉さま?」
「ごめんね、瞳子ちゃん。これだけは明かせないんだ」
「そうですか……」
しゅーん。瞳子ちゃん、ひどく落ち込む。
「あ、そんな悲しそうな顔しないで……その、ヒントだけね?」
おい祐巳さん。そいつは女優だ、騙されるな。そのしおれたドリルも演技の内だ。
……でもまあ、いいか。私も菜々に問い詰められたら黙っていられる自信がない。せめてヒントだけでも出せれば大助かりだ。
「ヒントは、影ながらこの話に大きく関わってる人。この人がいなかったらこの大会すら開けなかったかも知れない」
「……?」
「これ以上は出せないから、がんばって推理してね」
絶妙だ祐巳さん。そう、そんな感じの人だ。
「もしやあの人ですか?」
お、乃梨子ちゃんが普段の冷静沈着な顔に。……普段? 最近は志摩子さんに甘えてる時の方が多いから、もうこっちが裏の顔? 表裏逆転?
「だれだれだれだれ!?」
真美さん食いつく食いつく。
「あの人だとすれば色々納得できるんですよね。あの話はかなり不自然でしたから。いくらなんでも出来過ぎだろうって思ってましたから」
「だから誰よ!? 誰なの!?」
「で、お強いんですか?」
「おーい乃梨子ちゃーん! お姉さんの声が聞こえてますかー!?」
見事な無視だ、乃梨子ちゃん。尊敬に値する堂々とした無視だ。私がここまで徹底して無視したら令ちゃんはたぶん泣くだろうってくらいすばらしい無視だ。
「それがやったことないからわかんないんだよね。一説に寄ると、仮面の二人は勝負したことがあるみたいなんだけど」
祐巳さんは半信半疑、という顔でそう応えた。
「勝負したことがあるんですか?」
「らしい、としか言えないんだけどね。それで結果は教えてくれなかった。だから勝負したことが事実なら、たぶん負けたんだと思う」
「……意外ですね」
「意外だよね」
仮面の二人っていうか蓉子さまと聖さまの実力は、相当なものだと思う。
瞳子ちゃんの「負けないブック」に真正面から当たって勝利を得た蓉子さま。
あの菜々がまともに勝負できなかった聖さま。
在校中からものすごい人達だとは思っていたけど、卒業後でもゲームでもすごいらしい。私達のこれまでの経験なんて簡単に追い抜けるほどに。
「祐巳さん」
「え、なに?」
「絶対優勝してね! 私はたぶん無理だから!」
現薔薇さまとして、負けるわけにはいかないでしょう! 私は無理っぽいけど! でも無理なら無理なりに応援だけは気合いを入れてするから!
「……いや、そう言われても困るんだけどね……」
祐巳さんは本気で自信がなさそうな、なんとも声を掛けづらいなっさけない顔でニコリ……と笑った。
会議も終わって皆が帰り支度を始めた頃。
長かった土曜日の放課後も、そろそろ終わろうとしていた。
夕陽と呼ぶにはまだ早い、影を伸ばし続ける太陽が、薔薇の館にも差し込んでいる。
開け放たれた窓から光をまとって来たる夏の呼吸は、粛々と乙女のスカートを揺らして、更に遠くへと急ぎ足で駆けて行った。
「――志摩子さん、ちょっといい?」
「え?」
私は、姉妹揃って帰ろうとしていた志摩子さんを呼び止めた。祐巳さん達は先に出てしまって、真美さんもまだ仕事があるらしく急ぎ足で去って行った。
「相談したいことがあるんだけど、時間くれる?」
「ええ、もちろん」
即答してくれる親友がとてもありがたい。
「乃梨子、先に帰っていて」
「え? ……うん」
なんか微妙に私睨まれたけど、乃梨子ちゃんは不承不承お姉さまを私に貸してくれた。まあ、一週間ぶりの姉妹同士の下校タイムを邪魔して悪いとは思う。けど借りる。
皆が帰って少しして、私は紅茶を淹れている。
志摩子さんは何も言わない。急かそうともせず、いつものようにそこにいる。
あまり発言はしないけど、面白い冗談も言わないけど、かなりボケてるけど、ツッコんだらキョトンとするけど、桜の木の下で下級生を引っ掛ける術を本能的に理解していたけど、妹問題であまり苦労しなかったけど、今でもラブラブな姉妹仲だけど、時間が経つにつれ病気が進行する妹がいるけど、最近はその病気こそ本性のようになってきてるけど、でもそれに気付いてないけど、案外気付いてて「面白いなぁ」とか思いながら静観するような「黒さ」を持っているかも知れないけど。
それでも、志摩子さんがそこにいるだけでいい。
二つのカップを持って、私は志摩子さんの隣に座った。
「ありがとう――それで、何かしら?」
「うん……その……」
ああ、なんか言い辛いな。祐巳さん相手だとすらっと言えるんだけどな。
私は若干志摩子さんから目を逸らし、割と自然に見えるよう紅茶にふーふーと息を吹き掛ける。
「……新しいブックを組んでみようと思ってるの」
「そうなの?」
「うん。乃梨子ちゃんも瞳子ちゃんも新しいブックを組んだって言ってたし、私、今のままじゃ勝負にならないと思うから」
「わからないわよ。由乃さんはここぞという時の勝負運が強いもの。たぶん窮地に一番強いのは私でも祐巳さんでもなく、由乃さんだと思うわ」
褒めるなよ。照れちゃうじゃないか。
「そ、それでね、特殊能力系を入れてみようと思うのよ」
「ああ、だから祐巳さんではなくて私なのね」
白薔薇ブックを得意とする志摩子さんは、特殊能力系のエキスパートと言える。今の私にはこれ以上のアドバイザーはいないだろう。
「でも由乃さん、祐巳さんと一緒に紅と黄の混合ブックを組んだのでしょう? 菜々ちゃんに勝てるほどの」
「あれは祐巳さんの借り物だし、実力じゃないよ」
「……そう」
うわ、マリア様のごとく微笑まれた。こりゃ乃梨子ちゃんがガチになるのもわかるな。二人きりで至近距離だとすごい威力だね、その凶器。
「白薔薇系譜を使ってみたいの?」
「うん。紅と黄は基本強化の万能系、紅と白は白薔薇キラー、黄と白は」
「対基本用の黄薔薇キラー、ね」
「そう、それ」
――というわけで、志摩子さんから白薔薇系譜の特徴と注意点を教えてもらった。
白薔薇は120種のカードの中で一番特殊な部類に入るから、ちゃんと聞いておかないと扱いきれない。
「もっと具体的なアドバイスがいる? 具体的になると、自分のブックを私に明かすようなものになってしまうけれど」
「うーん……いや、あとは自分で考えるわ。ありがとう、志摩子さん」
「どういたしまして」
ところで、だ。
「志摩子さん」
「ん?」
「聖さまが勝ち抜いて、志摩子さんのキスを望んだらどうする?」
「ないわね」
……いや、ニッコリ否定されても……
「それ、ちょっと寂しくない?」
「そう? でも私とのキスなんて、望めばいつでもできるから、やっぱり選ばないわね。きっとお姉さまが選ぶ人は蓉子さまよ」
「簡単には手に入らないから?」
「公衆の面前で恥ずかしがる蓉子さまから、を加えてね」
あ、なーるほど。
「私達が蓉子さまを指名しても恥ずかしがらないけど」
「お姉さまが蓉子さまを指名したら、恥ずかしいでしょうね」
それはぜひ見てみたいっ。あの完璧と呼ばれた先々代紅薔薇さまが恥ずかしがりながらキスしたりされたりする様はぜひ見てみたいっ。
「ついでに聞くけど、志摩子さんは誰を選ぶの?」
「まだ考えてないけれど……乃梨子は妹だからダメだし、そう考えると親しい友人って山百合会にしかいないのよね」
右に同じく。
「私が瞳子ちゃんや菜々ちゃんを指名するのも、悪いものね」
右に同じく。
「正直に言えば、由乃さん達が乃梨子を指名しても、ちょっと嫉妬してしまうかも知れないし」
自分の妹を選ばれたら、誰とも知らない人なら「その場限りのことだから」と納得できるかもしれないが、親友だからこそ嫉妬する。これも右に同じく。
……だいたい聖さまの時だって、表立って抗議はしなかったけど、内心ちょっとムカッと来たしね。知ってる人がするのは、なんか嫌だ。それによって誰かが確実に怒ることくらいわかっているだろうから、わかっていてやるのは正直腹が立つ。
「由乃さんを指名してもいい?」
「い、いいけど……私はいつでもOKだから、その時しかできない他の人を選んだ方がお得な気がしない? せっかくの権利なんだし」
ストレートな好意にちょっと照れながら目を逸らすと、志摩子さんは「それもそうかも知れないわね」とクスリと笑った。
「そういう由乃さんは誰を指名するの?」
「私も考え中。だから聞いたの」
「ああ……参考にならなくてごめんなさいね」
「ううん。なんとなく方向性は見えたから」
やっぱり山百合会から選ぶよりは、よそから選んだ方が面白そうだ。それがわかっただけで今は十分だ。
のんびり紅茶を楽しんでから、私達は薔薇の館を出た。
「由乃さんと二人きりで帰るのって珍しいわね」
「そうだねぇ」
なんだかしみじみと年寄りめいた口調で応えてしまった。
「付き合い自体は短くないけど、あんまり一緒に何かしたって記憶がないね。私は病気で休みがちだったし、手術が終わって生徒会選挙があってバレンタインイベントがあって」
「三年生が卒業して、私達も進級して」
「周囲の状況に慣れてきた頃には、もう志摩子さんの隣の指定席には乃梨子ちゃんがいたもんね」
「それで、由乃さんは剣道部に入った」
「そうそう。体育祭で志摩子さんを追いかけたくらいしか、一緒に何かしたって具体的な記憶がないのよね」
祥子さまの別荘でも会ったし、一緒にイタリアにも行ったし、茶話会の時は迷惑掛けたし、二度目の学園祭もクリスマスも、祥子さまの家にお泊まりも、色々あったはずなのに。
志摩子さんと一緒に、と問われると、あまり思い出がない。山百合会とか皆で、と言われると結構あるんだけど。
「……あの時は怖かったわ……」
「……必死で逃げる志摩子さん、面白かったなぁ……」
思えば遠くに来たものだ。
二人してしみじみと空を見上げる。
「夏休み、二人でどっか行こうか?」
「どこへ?」
「志摩子さんが必死になる場所」
言うと、志摩子さんは「行きましょう」と笑ってくれた。
微笑みじゃなくて、笑ってくれた。
なんとなく心が温かくなった。
――夏休み、志摩子さんと二人で近場のキャンプ場にあるアスレチックパークへ行ってみた。
志摩子さんはターザンロープから落下した。縦に一回転して補助ロープの網に顔から落ちてバウンドする。
その後、乱れまくった髪型で目を丸くして顔に縄模様の跡を残しながら「びっくりしたわ」と一言。そりゃ驚いただろう、見ていた私も驚いたから。
私、ロープマウンテンの頂上を制覇してちびっ子達の羨望の眼差しを一人占めする。
でも上から見ると思いの外高くて、怖くて降りられなくなって監視員のお姉さんに助けられた。「暇そうだから助けさせてあげたのよ」とは、我ながら出来が悪すぎる言い訳だ。志摩子さん思いっきり笑ってたし。友達甲斐のない。
そんな思い出を作るのは、もう少し先の話。
【No:2265】へ続く
(コメント)
海風 >趣味は迷走ですorz あと三本か四本で完結させます。あと実は裏テーマに「由乃さんを可愛く書きたい」というものがあります。書けば書くほど由乃さんが好きになっていく意外な心境の変化に戸惑っております。(No.15054 2007-05-07 10:48:15)
海風 >リンク貼り忘れ修正。あぶねぇ…(No.15055 2007-05-07 13:15:29)
菜々し >お約束の隠しキャラ登場予告ですな。想像するに、悪役似合いそうなあの人が一番条件ハマるんだけど…(No.15056 2007-05-07 14:50:46)
くま一号 >さあ当てるぞ(ぇ 冷たくて苦い紅茶が似合う祐巳ちゃんもとい紅薔薇さまって、怖っ。本人は絶対に飲めるようにならないと思うけど。(No.15057 2007-05-07 21:39:52)
keyswitch >桂さん! 神(作者様)の意思を無視してでも対戦に登場してください。対戦描写無しで消えないでね… Sゲストはアノ御方かな?(No.15058 2007-05-07 22:35:01)
砂森 月 >うわぁ、思い出話の方も本編終了後に読みたいかも。。 スペシャルゲストはやっぱりあの方かなぁ(No.15060 2007-05-08 01:57:30)
ガチャSファン >本編も楽しみですが、個人的には、ちょくちょく出てくる「第一回カード大会」のいっぱいいっぱいさが微笑ましいです。…それと、特殊カードはだいたい出そろった感があるので、あとは通常カードが欲しいかなぁ。(No.15061 2007-05-09 01:38:30)
篠原 >スペシャルゲスト………「あの人」だと、確かにいろいろ納得できるし、意外でもあるなあ。(No.15067 2007-05-09 21:28:30)
えろち >スペシャルゲストは やっぱり 大ボス(笑)ですよね。(やっと現最新作読みきれました(No.15121 2007-05-15 02:53:59)
海風 >皆さんコメントありがとうございます。返事遅れてすみませんorz 菜々しさん>お約束ですよね。そこは押さえとかないとw くま一号さん>私もそうだと思いますw(No.15124 2007-05-15 10:23:48)
海風 >keyswitchさん>ネタバレしちゃうので詳しくは言えないっすごめんなさいorz 砂森 月さん>気が向いたら書きたいところですけど、場所そのものをほとんど知らないという超インドア派なもので無理かも……orz(No.15125 2007-05-15 10:28:15)
海風 >ガチャSファンさん>通常カードか……現時点でなにも考えてなかったり……どうしようorz 篠原さん>予想、当たってたらすごいです本当に。 えろちさん>一応は大ボス……なんですけど、あまり敵って意識はなさそうです。いろんな意味で。(No.15126 2007-05-15 10:32:19)
[6]前
[7]次
[8]最新リスト
[0]入口へ戻る
ページ上部へ