がちゃS・ぷち

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No.2292
作者:杏鴉
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2007-05-30 07:34:46
萌えた:1
笑った:1
感動だ:1

『理由が知りたいそれが私の望みです。』

『藤堂さんに古手さんのセリフを言わせてみる』シリーズ

これは『ひぐらしのなく頃に』とのクロスオーバーとなっております。本家ひぐらしのような惨劇は起こりませんが、気の毒なお話ではあります。
どうぞご注意を。

【No:2006】【No:2025】【No:2032】【No:2038】【No:2055】【No:2087】【No:2115】【No:2125】【No:2212】【No:2247】
【No:2255】(幕間)→【No:2254】→コレ





……ぅん?……ここは、薔薇の館?……アレ? あそこにいるの私≠セ……。

あぁ、そっか。これ夢だ。夢だから私が私≠見ている、なんておかしな状況になってるんだ。
そうだよね……夢じゃなきゃ、あんなに楽しそうに笑ったりしないよね……。

よく見ると薔薇の館には私∴ネ外にも人がいた。

――私≠ノ優しく微笑みかけているお姉さま。

――小首をかしげて乃梨子ちゃんを見つめる志摩子さん。

――そんな志摩子さんに、真っ赤な顔で何かを言っている乃梨子ちゃん。

――そして一見、美少年のようなあの人は転校≠オてしまった令さま……? そうだ、間違いない。令さまだ。

何故か困り顔の令さまは、隣に座っているおさげ髪の女の子を必死に宥めようとしているようだった。
おさげ髪の子は何か気に入らない事があったのか、頬を膨らませてそっぽを向いている。
ただそれは令さまが嫌いだから、というよりちょっと困らせてやろう、みたいな感じがして、なんだか微笑ましい光景だった。
私≠含めた皆もこの二人のやり取りをあぁ、またやってる≠ニいった感じで自然に受け入れているように見える。

なんか良いなぁ。こういう雰囲気って。

――あ、瞳子ちゃん。

薔薇の館には瞳子ちゃんの姿もあった。
瞳子ちゃんは夢の中の私≠ニ目が合うとすぐに、ぷいっと顔ごと視線を逸らした。
逸らした視線の先には偶然私がいた。
こちらを向いた瞳子ちゃんはほんの少し、はにかんでいる様に見えて。そんな彼女を私はとても可愛いなぁ、と思った。
私≠ノは瞳子ちゃんの表情は見えていない筈なのに、随分と締まりのない顔をしている。
きっと私≠燻рニ同じように、瞳子ちゃんの事を可愛く思っているのだろう。


あぁ、なんて幸せで、残酷な夢なんだろう。


……夢? これ本当に夢なのかな……?
ひょっとすると私は、別の世界を垣間見ているんじゃないだろうか……。私がいる世界とは違う……でも、ありえたかもしれない別の、世界……。
それともこれは私の願望が紡ぎ上げた、ただの儚い夢……?

……どっちでもいい。どちらでもなくたっていいから、もう少しだけこの幸せな世界にいさせ――


――ピピッ! ピピッ! ピピッ! ピ…カチッ。


私のささやかな願いは、目覚ましの無粋な音によって遮られた。





――金曜日・幻と現――


昨夜お姉さまは帰り際に言った。『明日、リリアンで会いましょう』と。
あれはどういう意味だったのか。……そんな事考えるまでもない。もう欠席するな、という事だ。
もう少し踏み込んで考えるならば、今まで通りの生活を……紅薔薇のつぼみである福沢祐巳をつづけろ、という事だろう。
そうすれば以前のお姉さまに戻ってくれるのかもしれない。私が何も知らず、何も知ろうとしていなかったあの頃のお姉さまに。

どうしてこんな事になったんだろう……?

記念碑を見たから――いや、違う。
本当に見られたくないモノならとっくに撤去している筈だ。忘れてしまえば良かったのだ。あんなモノの存在なんて。そうすればきっといつも通りでいられたのに。
蓉子さまと会ったから――いや、会うだけなら何も問題無かっただろう。
問題なのは……それをお姉さまに秘密にしていた事。そしてお姉さまが知られたくなかった事を聞いてしまったからに違いない。

だからお姉さまは変わってしまったのだ。

聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。聞くんじゃなかった。

出来る事ならあの日の私を引っ叩いてやりたい。「余計な事に首を突っ込むな!」と怒鳴りつけてやりたい。「あなた≠ェ興味本位で話を聞いた所為で私≠フ幸せな時間が終わってしまった。いったいどうしてくれるんだ!」そう、泣き喚いてやりたい……っ!

……少し落ち着こう。

上半身を起こし、大きく深呼吸した。けれどそれは盛大なため息にしか聞こえず、爽やかな朝とはほど遠かった。
ウンザリとなったが頭は冷めてくれたので良しとする。

とにかく学校には行かなければ。今度は何をされるか分からない。
言い換えれば私が普段通りの生活をしていれば、危害を加えられるような事はないのではないだろうか?
昨日のおはぎだって、全部吐き出したが仮に飲み込んでしまっていたとしても死にはしない。せいぜい嫌がらせの範囲だ(かなり悪質ではあるが)
つまりあれは脅し。もしくはおいた≠した私へのお仕置きだろう。
お姉さまはチャンスをくれたのかもしれない。進むべき道を誤った不出来な妹に正しい道≠示してくれたのかもしれない。
どちらにせよ、もう私にはそうだと信じ込むしかすべがない……。

……さぁ、もう支度しないと。遅刻してしまう。

のそのそとベッドから這い出た私の目に、ふと一枚の写真が入り込んできた。
蔦子さんが躾≠ニ名付けたその写真が、私の胸を締めつける。
けれどそれは以前の私が感じていた甘い薫りのするものではなく、ただ苦しくて痛いだけの感覚で……
耐えられなくなった私は緩慢な動きで腕を伸ばし、そっと写真立てを伏せた。幼い頃集めた宝物が入った箱を閉めるように、そっと。
そして私は愛しき日々に別れを告げた。





「祐巳ちゃん。昨夜も言ったけど、ダメよ食べ物を粗末にしちゃあ」
「……うん」

気の無い返事を返す私に、お母さんはため息を吐いた。
本当はもっと小言を言いたいが病み上がりなので我慢しているようだ。
つくづく重箱を隠しておいて良かったと思う。あんな物をその辺に置いていたら、今頃はウンザリする程の追及をされていた事だろう。

「ねぇ、祐巳ちゃん。昨日よりも顔色悪いみたいだけど大丈夫なの? 今日もお休みしたほうが良くない?」
「……うぅん。もう平気だよ」
「そお? でも、もし辛くなったら早めに帰ってくるのよ」
「うん。行ってきます」





「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう。紅薔薇のつぼみ」

ごきげんなんていいわけがない。
けれど無視するわけにもいかないので、私は曖昧に微笑み「ごきげんよう」とくり返す。壊れた人形のように、何度も何度も。
はっきり言って面倒くさい。私の事なんて放っておけばいいのに。

マリアさまの前までたどり着いた私は、いつものように目を閉じ手を合わせる。

マリアさま……。私はいったいどうすれば良いのでしょう……。

当然の事ながら答えなんて返ってくる筈も無く、途方に暮れた私はマリアさまのお姿を仰ぐ。
マリアさまはいつもと同じ場所で、いつもと同じように微笑んでいる……筈なのに、どうしてか今は私を嘲笑っているように見えてならない。
私は祈るのをやめて歩きだした。
さぁ、行こう。道化芝居の舞台の上へ。

「ごきげんよう。祐巳さま」

さわさわとしたさざめきの中でも、その凛とした声は私の耳にしっかりと届いた。私は立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
目の前にいたのは今朝夢で逢った人。でも、たぶん現実とのギャップが一番あった人。

「ごきげんよう。瞳子ちゃん」

それでも私に微笑みかけている瞳子ちゃんは、今朝見た夢の面影があって……。
今日初めて、私は自然な挨拶ができた。

「もうお身体の具合はよろしいんですの?」
「え? 瞳子ちゃん、昨日私が休んだの知ってたんだ」
「昨日、所用があって小笠原のお家にお邪魔した時に祥子お姉さまからお聞きしましたの」
「そうなんだ……」
「私がお伺いした時、ちょうど祥子お姉さまは祐巳さまのお家にお出かけになるところでしたわ」
「……そう」
「その時にお聞きしたのですが、なんでも祥子お姉さまの作ったおはぎを当てられないと罰ゲームだとか?」
「う、うん……そうなんだよ……」

思い出しただけで気分が悪くなってきた……。

「それで、お分かりになったんですか?」
「…………」
「祐巳さま?」
「えっ? あ、あぁ……それが、その……昨日は体調が悪かったから、全部は食べられなくって……」
「あらあら。それでは罰ゲームですわね」
「うん。……そうだね」
「聞くところによると、この間はずいぶん愉快な格好をされていたそうですわね」
「なっ!? なんで瞳子ちゃんが知ってるのっ!?」

慌てふためく私に、瞳子ちゃんは「ふふん」と得意気に笑った。

「白薔薇のつぼみは、私のお友達ですもの」
「の、乃梨子ちゃんめーーっ!!」

私の所為で志摩子さんにお仕置きされた事、忘れたフリしてやっぱり根に持ってたんだな! おのれ〜乃梨子ちゃんっ!

「……やっと、いつもの祐巳さまらしくなりましたわね」
「え?」
「最近、祐巳さまの元気がないと皆さま心配していらっしゃいましたよ」

思わず立ち止まった私に「ごきげんよう」とだけ言い残し、瞳子ちゃんは去っていった。
瞳子ちゃんの歩み去る方向に目を向けて、ようやく自分たちが下足ロッカーにたどり着いていた事に気が付いた。

ここがまだ道の途中だったら、私は瞳子ちゃんを呼び止めていただろうか……?





昼休み、私はお弁当を食べる気も興味本位の視線の中に身を置く気にもなれず、ウロウロと学園内を彷徨い歩いていた。
薔薇の館へ行ってお弁当を食べるのが紅薔薇のつぼみ≠ニして好ましいという事は分かっていたが、まだお姉さまの前でちゃんと紅薔薇のつぼみ≠やれる自信がなかった。

「……あ、ゴロンタ」

うつむいて歩いていると、日陰を選んでトコトコと歩いているゴロンタを見つけた。あの日みたいに記念碑の所に行くんだろうか……。
どこかのウサギさんみたいに、別の世界に連れて行ってくれないかな……。

真夏並みの気温は、私の思考回路を壊すのにうってつけだった。

「――祐巳? あなたこんな所で何をしているの?」

背後からの声に振り返った私の視界がグニャリと歪んだ。どうやら思考回路以外もやられていたようだ。
そのままバランスを崩して倒れそうになる。膝を着くすんでのところで私は声の主に抱きとめられた。

「祐巳!? しっかりなさい!」
「お姉……さま?」


――そこで私の意識が途切れた。


気が付くと私は木陰に座っていた。
えっと……、私どうしちゃったんだっけ……?
あぁ……この暑い中ずっとウロウロしてて……それで倒れちゃったんだっけ……。
バカだなぁ……私。

アレ?……倒れたのに、私どうして木陰に座ってるんだろう?

未だまどろみの中のような感覚の私は、ぼやけた頭で状況を把握しようと試みた。
力の抜けきった私が座った状態でいられるのは、すぐ隣に私の身体を支えてくれている何か≠ェあるからで……。
それはふわりと柔らかく、花のような香りがした。
私はもっとその香りに包まれたくて、寂しがり屋の子犬のようにこの身をすり寄せた。

「――祐巳? 気が付いたの?」
「……ぅ……お姉さま……?」
「大丈夫? まだ気分悪い?」

私は小さい子がするように首を横に振った。

「ごめんなさいね、こんな所で休ませて。周りに誰もいなかったから、ここまで運ぶのがやっとだったの」

私はまた首を振る。

「もう歩けるようなら一緒に保健室まで行きましょう」

私は言葉を忘れたかのように、ただ首を振る。

「まだ辛い?」

私は駄々をこねる子供のように首を振りながら、お姉さまの腕にしがみついた。

「ゆ、祐巳……どうしたの?」
「……お姉さま。私はちゃんと紅薔薇のつぼみをやれているでしょうか?」
「急にどうしたの?」

私はお姉さまの問いには答えず、しがみつく手に力を込めた。

「心配なんてしなくても、あなたは立派にやっているわ。祐巳は私の自慢の妹よ」

私の頭をそっと撫でてくれるお姉さまの手の感触を、目を閉じて味わう。
やっぱり私の考えは間違っていなかった。
私がちゃんと紅薔薇のつぼみ≠していれば……小笠原祥子の妹≠していれば……お姉さまはこんなにも優しく、こんなにも私を大切にしてくれるのだ。
なら、もういい。もういいや。
私はきつくしがみついていた手を弛め、お姉さまにもたれかかった。

「……暑いわよ」

そんな事を言いながらも、お姉さまはずっと頭を撫でてくれていたので、私は調子にのってそのままもたれていた。
ずっと、こうしていたいなぁ。

「あぁ、そういえば祐巳。昨日のおはぎ食べてくれた?」

――え?

「あの問題、やっぱり少し難しかったかしら?」

――お姉さま? 私また何か間違えましたか?

「あんこの味付けは母がしたから大丈夫だとは思うけれど――」

軋む軋む私のココロが軋んでいく。不気味な声で泣き叫ぶ。痛い痛いやめてイヤだもうたくさんだ。

「――祐巳の口に合って?」

一度潰れてしまったココロは……二度と元のカタチに戻りはしない。

「……昨日のおはぎ、とても美味しかったですよ。……泣き叫ぶほどでした」
「え?」
「やったのはお姉さまですか? まさか清子小母さまではないですよね?」
「祐巳……あなた何を言っているの……?」

分かっているくせに……。どこまで私を苦しめれば気が済むんですか……っ!

これ以上一秒たりとも一緒にいたくなかった私は立ち上がり、走り去ろうとした。
けれど夏の陽射しにやられていた私の足はもつれ、よろめいてしまった。

「あっ!? 祐巳!」
「さわらないでくださいっ!!」

私は私へと伸ばされた手を、激しく拒絶した。
目の前の美しい人は、ポーズを誤った彫像のように固まってしまった。

痛くなんてない。潰れてしまったココロは痛みなんて感じたりするもんかっ!

「……祐巳。あなたいったいどうしてしまったの?」

どうしてそんな哀しそうな眼で見るんですか……。これ以上私を惑わすのはやめてっ!

「……お姉さま。どうしてリリアンで起こっている事を私に隠していたんですか?」
「そ、それは……あなたに心配をかけたくなかったのよ」
「じゃあ、あの記念碑に近づくなと言ったのも、私に心配をかけたくなかったから……とでも言うんですか?」
「あれは……」

口ごもった……。やっぱりやましい事があるんじゃないか。

「姉妹で隠し事なんておかしいじゃないですか。姉妹っていうのはお互いに何でも話せる……そんな関係じゃないんですか?……だったら……だったら……祥子さまは私の姉妹ではありません!」
「そんなっ……そんな待って! 待って祐巳ぃ!!」

私は逃げた。

あんなめにあわされたのに……泣きそうな顔のお姉さまを見たら……そんな顔をさせたのが他ならぬ自分だという事実をつきつけられたら……平気な顔でその場にいつづけるなんてできなかった。
なんて……弱い……自分。
私はいったい何度裏切られれば懲りるのだろう?
潰れた筈のココロが痛い。
あぁ、痛い。痛い。どうして、どうして私がこんなに胸を痛めなければいけないの…………なんでよっ!?

……いけない。こんな事ではダメだ。クールに、もっとクールにならなければ。
お姉さまに……いや、祥子さまに気を許してはいけない。
油断すれば私はきっと転校≠ウせられる。

あ……ロザリオ……。

制服の上から無意識に握りしめていたロザリオの感触が、すでにひしゃげてしまった私のココロをさらにきつく締めつける。
さっき返してしまえば良かった……。
未練たらしく握ったままの右手をほどく。
掌を開くのって、こんなに難しかったっけ……?

ダメだっ! ダメだっ! ダメだっ!!

私はいろいろなモノを振り払うかのように、激しく首を振った。

クールになるんだ祐巳! 断ち切れっ!
いつまでもこんな物を身に着けているからいけないんだ! こんな物!

「――痛っ!?」

勢いよくロザリオを外そうとしたら、鎖が髪に引っかかってしまった。
力任せに引っ張るが痛いだけでちっとも外れてくれない。

「…………うっく……なんでよ……うぅ……痛いよぅ……」

今感じている痛みは、けして絡まった髪の毛の所為だけではないと分かっていた。
分かってはいたけれど、分からないフリをして泣いた。
女子高生が泣く理由としては弱いよなぁ、と自分で自分を嘲笑いながら。

私はのそのそと鎖に絡まった髪の毛をほどいた。
落ち着いてやればそれはあっさりとほどけ、私の手の中に収まった。

まだ涙は止まってくれない。でも今は……今だけは赦してあげよう……。

頬をつたって流れた涙は、顎の先で雫に変わりこぼれ落ちた。
その雫が一つ落ちるたびに、私はこれまでの私と別れを告げる。

――ポタ。

サヨナラ、お姉さま。

――ポタ。

サヨナラ、幸せだった私。





祥子さまに別れを告げたからといってそのまま家に帰るわけにもいかず、私は色褪せてしまった学園の中でただ呼吸だけをくり返していた。
ぼんやりしているうちに、放課後になっていた。
ろくにノートも取っていない。明日にでも誰かに見せてもらわなければ……。

掃除をしていても私の無気力さはあいかわらずで、今思えば同じ所ばかり掃いていたような気がする。
さぞや迷惑だったろうに、そんなことはおくびにも出さずクラスメート達は私に微笑みかけていた。
なんて優しい娘達だろう。
ただ時おり私に向けてくる、気遣わしげな視線がとてもうっとうしくてしかたなかったが。

私はさっさと家に帰りたかったが、また朝のように『ごきげんよう』責めにあうのは御免だったので、記念碑の所で時間を潰した。
ここなら誰も来ないだろう。……祥子さまだって来ないだろう。

もう部活をしている人しか残っていないだろうと思える時間まで、私はじっと座っていた。
やっぱりここには誰も来ることはなかった。ゴロンタでさえも。
さぁ、もう帰ろう。これ以上残って部活あがりの人達と鉢合わせしたんでは、もともこもない。

今学園に残っている人は、それぞれが居るべき場所ですべき事をしているのだろう。居場所のない私だけが人気の無い学園をふらつく足どりで進む。背の高い門を目指して。
マリアさまの姿が見えてくるまではまだだいぶ距離があるけれど、この様子だと面倒くさい事もなく帰れそうだ。
私が安堵の息を吐いた途端、見知った少女が視界に入ってきた。

「あ、瞳子ちゃ――」

私はそれ以上言葉を続ける事ができなかった。
何故なら彼女は、このマリアさまのお庭にはとても似つかわしくないモノを携えていたから――。

何……アレ?

「あら、祐巳さま。ごきげんよう」

瞳子ちゃんがごく普通に挨拶してくるが、私は彼女が握りしめているモノに釘付けになっていて、それに応えられない。

ねぇ、瞳子ちゃん? どうして鉈なんて持ってるの……?

「どうかされましたか?――あぁ、コレですの? 演劇部の舞台で使う小道具ですわ」
「え? じゃあ、それってニセモノなの? な、なんだ……」

てっきり本物かと思っちゃった。

「祐巳さま、ひょっとして本物だとか思ってらっしゃいました?」
「え? ア、アハハ……。最近の小道具って良く出来てるよね」
「ふぅ。まったく、祐巳さまは……。本物なわけないじゃありませんの」
「そ、そうだよね。そんなわけないよね」
「えぇ。もちろんですわ。なんなら試されます?」
「……へ?」

試すって、どうやって?
そう問おうと私が口を開く前に、瞳子ちゃんは勢いよく鉈を振り上げた。

……瞳子ちゃん? こんな所に薪なんてないよ?

「コレが本物なら、祐巳さまの頭は真っ二つですわ」

あぁ、そっか……私の頭が薪なんだ……。

私の思考が気持ちの悪い答えを出した時、身体がガクリと崩れ落ちた。力の抜けたヒザでは、私の体重を支えきれなかったのだ。
私は口を中途半端に開いたままで瞳子ちゃんを見上げていた。
重そうな鉈を片手で軽々と振りかぶったままの瞳子ちゃんはそんな私の姿を見下ろしながら、狂ったように笑いだした――。

「アハッ! アハハハハハハハ! アーハッハハハハハ! アハハハハハアハハハハハアハハアハハハ!」

――怖い……怖い……恐い……こわい……コワイ……。

私は恐怖で頭がどうにかなってしまいそうになりながらも、笑い続ける瞳子ちゃんから目を逸らす事ができなかった。
瞬きすらできない。
たとえ一瞬でも目を離したら、目の前の少女は間違いなく私の頭に鉈を振り下ろすだろう。
そこにあるのは――死。

イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ死にたくない死にたくないよ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないよ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたく――

見開いたままの目が乾燥してきた頃、瞳子ちゃんの笑い声がピタリとやんだ。
その顔には一切の表情がない。完全なる、無。
まるで道端の石ころでも見るような目で私を見下ろす瞳子ちゃんは、やがてゆっくりと、その可憐で無表情な顔を近づけてきた。
目を逸らしたくても逸らせない。逃げ出したくても身体が動いてくれない。
瞳子ちゃんは鉈を振りかぶったまま、互いの吐息がかかる程の距離まで接近してきた。もう私の視界には瞳子ちゃん以外の存在はない。
このままでは口づけを交わしてしまうのではないかと思った時、瞳子ちゃんがニタリと笑った。

「――冗談、ですわ」
「…………え?」

私が発した、たった一言の言葉は自分でも滑稽なほど震えていた。
けれど瞳子ちゃんは表情を変える事なく「ごきげんよう」と囁くように言い残して私の傍らを通りすぎていった。

瞳子ちゃんが視界から出て行ってくれた時、その姿を目で追おうとしてしまうのを必死に堪えた。
私が妙な動きをすれば、気が変わって襲いかかってくるかもしれない。それが恐ろしくてしかたなかった。
ただ聴覚だけは研ぎ澄ませておいた。もしこちらに引き返してくるような足音がしたら……その時は全力で逃げなければ。
振り返っている暇なんてない。とにかく逃げなければ私は――死ぬ。


――ザッ、ザッ、ザッ、


早く……早く消えてっ!!

瞳子ちゃんの足音と気配が完全に消えるまで、実際のところは数分だったのだろうと思う。
けれど私にとっては、吸血鬼の徘徊する村で待つ夜明けくらいの長い長い時間に感じられた。

何故こんなめにあわなければいけないんだろう……。
どうして……? どうしてっ!?

私は今朝苦労してまとめた髪の毛が乱れることもかまわずに、頭を掻き毟った。
無惨な髪形の私はのそのそと立ち上がり、夢遊病者のような足どりで歩きだした。背の高い門をくぐる為に。


……私は転校≠ネんてしない。絶対に消えたりしないんだからっ!


マリアさまへのお祈りをしていない事に気付いたのは、バスがM駅にたどり着いた後のことだった。





(コメント)
素晴 >前回の話。何かの内臓は、私の中で鶏肝に変換され、ついでに醤油に漬け込んでニラと一緒に炒めることにしました。でないと眠れそうにありませんでしたので。(No.15325 2007-05-30 22:17:57)
杏鴉 >>素晴さま うわぁ、美味しそうですねぇ。でもおはぎに混入した時点で破滅的な味わいになりそうですが(笑) できれば解答編も書きたいな、と思っているので多くは語れないのですが・・・私の書くSSではいつだって小笠原さんは福沢さんの事が大好きなんですよ。・・・少しは安眠材料になりましたでしょうか?(苦笑)(No.15345 2007-06-01 20:41:37)

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