がちゃS・ぷち
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No.2303
作者:杏鴉
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2007-06-07 05:41:06
萌えた:1
笑った:0
感動だ:0
『孤独な闘い』
『藤堂さんに古手さんのセリフを言わせてみる』シリーズ
これは『ひぐらしのなく頃に』とのクロスオーバーとなっております。本家ひぐらしのような惨劇は起こりませんが、気の毒なお話ではあります。
どうぞご注意を。
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【No:2255】(幕間)→【No:2254】→【No:2292】→コレ
――金曜日・現と幻――
「ただいま……」
私が呟いた帰宅の言葉は、しぃんとした家の空気に溶けて消えた。
誰もいないようだ。たぶん買い物にでも行っているのだろう。そう珍しい事ではない。
そんな事よりも全身がダルくてしかたがない。早く楽な服に着がえよう。いっそベッドに横になろうかな……。
私は寄り道せずに自室へと向かった。
部屋のドアを後ろ手に閉め、一歩中へ踏み込んだ時、私の身体は凍りついた。
――誰か……いる……。
ソレは私にぴったりとくっつくようにしてこの部屋に侵入してきた。そして今この瞬間も私の背後にくっついて立っている。
ふつふつと肌が泡立ち、冷たい汗が背中を滑り落ちていく。
いやいやいや、ちょっと待って。落ち着こう。
いくら私がぼんやりしていたからって、ここに来るまでに一切気配を悟られずについてくるなんて、常識的に考えてできるわけないよ。
でも……じゃあ……今私が感じている背後の気配はなんなの?
誰か……いや、何か≠ェ私のすぐ後ろで息をひそめている、この気配はなんだっていうのよ?
もう息遣いすら感じられるほど確かな存在のコレは何っ!?
私はピクリとも動けず、後ろの何か≠燗ョこうとしない。じっと私の様子を窺っているように感じられる。
いや、そんな事ない。感じられる≠ネんて事分かりっこないし、ありっこないんだ。落ち着いて祐巳。これは気のせいだよ。
私はもうとっくに、気のせいかそうでないのかを確かめる確実な方法に気付いていた。
簡単な事だ。振り返ってみればいいのだ。首をひょいと後ろに向けるだけ、それだけでハッキリする。
けれど私にはそれを実行に移すだけの勇気がなかった。
振り向いた時、イタズラっ子みたいな顔をした祐麒がそこにいてくれたら、どんなにいいだろう。
だが現実的に考えてその可能性は限りなくゼロに近い。
そうだ、いっそ呼びかけてみよう。
そんな事を考えた私は相当精神的に追い詰められていたのだろう……冷静になれば何の解決にもならないとすぐに気付くのに。
だだ、振り向く勇気のない私がこの膠着状態を打破するには、これ以外の手はないのも事実だった。
答えがなければ、やっぱり私の気のせい。実際は何もいなかったという事だ。
答えがあったら……あったらどうしよう…………いや! このままずっとこうして固まっているよりはマシだ!
「ど……どなたですか?」
私の掠れた問いかけに反応して、背後の空気に戸惑いが滲んでいくのが分かる。
――いる。やっぱり何か≠「る。どうしよう……どうすればいいの……。
その時、背後の何か≠ヘ私の質問に答えるために「すぅ……」と息を吸い込んだ。
聞こえた聞こえたハッキリ聞こえた。女の人だ……それも若い女の――。
考える事ができたのはそこまでだった。
私の身体はこの理解不能な現象に、もっとも原始的で本能的な反応をした。
「うわあぁあぁぁあぁぁあぁっ!!」
私のケモノじみた叫びは、恐怖によるイマシメを解き放った。
私は何か≠ゥら距離をとると同時に、その辺りにある物を手当たりしだいに投げつけた。
怖くて直視できないから当たっているかどうかは分からないが、怯んでいるのは分かる。
「出てって! この部屋から出てってよ!!」
私は手に触れたもので、投げられそうな物は全部投げつけてやった。
やがて投げる物がなくなった私は息を切らせながら、そろそろと視線をドアの方へと向ける。
――誰もいない。
ドアの周囲だけ局地的な竜巻に襲われた後のようになっているだけで、それ以外はいつもと変わりない。
誰も何か≠烽「なかった。もう気配もしない。
まさか私があんな行動にでるとは思っていなかったのだろう。私自身、驚いているくらいだし。
なんにせよ、退散してくれて助かった。
でも……アレは何だったんだろう……?
幽霊……とか?
そういえば瞳子ちゃんが豹変した時、まるで何か≠ノとり憑かれているようだと思った事があったけど……。
まさか……ね。
夕食の後、すぐに自分の部屋に戻ろうとしたら祐麒に呼び止められた。
「あ、祐巳。悪いんだけど英和辞典貸してくれない?」
「うん。いいよ」
「じゃあ、後で取りにいくよ」
「ちょ、ちょっと待って。私が持っていくよ」
「え? でも貸してもらうんだから、オレが取りにいくよ?」
「いいの。私が持っていくから、祐麒は部屋で待っていて」
私は一方的に話を終わらせ、階段を駆け上った。部屋の中を祐麒に見られるわけにはいかない。
さっき投げつけた物を片づけていないのだ。
あんな部屋のありさまを見られたら、絶対何かあったと勘ぐられてしまう。
いや、実際何か≠ったのは間違いないのだが……自分でもよく理解できない事を、他人に信じてもらえるとはとうてい思えない。
寝ボケていたか、私の頭がおかしくなったと思われるのがオチだろう。
……そうだったなら、どんなにいいだろう。
本当はおかしくなってしまったのはお姉さまたちではなく、私の頭の方だったとしたら……。
どんなにいいだろう……。
そんなどうしようもない事を考えながら、私は自室のドアを開けた。
明かりをつけた私は思わずため息を吐く。
ドア付近だけとはいえ、自分のやった事とはいえ、ゴチャゴチャになっている自室の光景が目に入ってくれば、ため息の一つもでる。
家族が帰ってくる前に片づければよかったのだが……なんだかすべてが億劫になってしまい、最低限出入りの邪魔にならないようにドアを塞いでいた物を左右にどけただけで、あとは放置してしまっていたのだ。
私はぶちまけられた物の中から英和辞典を探し当てて引っ張り出し、祐麒の部屋へと向かった。
「なぁ、祐巳。何かあったのか? 最近変だぞ」
受け取った辞典をもてあそびながら、祐麒はそんな事を言ってきた。
ひょっとしたら会話のキッカケが欲しかっただけで、辞典なんて必要なかったのかもしれない。
「べつに、何もないよ……」
「……無理に話せとは言わないし、オレが力になれる事かどうかも分からないけどさ……話して楽になれるんなら聞くから」
だからいつでも相談しろと、祐麒は私を見つめて言った。
その真っすぐな瞳に私の気持ちがグラつきだす。
……祐麒なら、信じてくれるかもしれない。
両親には……特にお母さんには話せない。昨日のお母さんの言葉が今も耳に残っている――。
祐巳ちゃんは妹思いのお姉さまをもって幸せ者よねぇ
話したって信じてくれっこない。祥子さまの事を信頼しているから。
立場が逆なら、私だってとてもじゃないが信じたりしないだろうし。
でも、祐麒は……?
祐麒なら……私の言う事を信じてくれるかもしれない。
「あ、あのね祐――」
思いきって声をかけた私の視界の端に、妙なモノが入ってきた。
「……どうした? 祐巳」
「祐麒、アレ何?」
「え? どれの事?」
私はソレに近づいていって、手に取った。
軽く振ってみる。
――ビュン! ビュン!
竹刀よりもずっと手に馴染むし、扱いやすい。
薔薇の館で見つけたあの竹刀はもう持っていない。肩に担いで学園内をウロウロしていたら、シスターに見つかってもの凄く怒られてしまったから。
冷静に考えれば剣道部でもない私が袋(よく知らないが、たぶん専用の収納袋みたいなものがあると思う)にも入れず竹刀を担いでいたら、見咎められて当然だ。
面倒な事になるのは避けたかったので、私は大人しく元の場所に戻しておいた。
だから今、私は武器になるような物を何一つ持っていない。なんとも心細い状況だった。
「ねぇ、祐麒。コレしばらく貸してくれない?」
「べつにいいけど……そんなモノどうすんだよ?」
ちょっと気に入ったから、と苦しい言い訳をしてみたが、やっぱり祐麒は納得がいっていないようだった。
でもしかたない。護身用だなんて言ったら余計な心配をかけてしまうから。
さすがにリリアンには持っていけないけれど、自宅用の御守り≠ュらいにはなるだろう。
今日私の部屋に現れた何か≠ェまたやってくるかもしれないのだから、これくらいの対応策はとっておきたかった。
「祐麒こそ、なんでこんなモノ持ってるのよ?」
とりあえず話の矛先を変えてみた。
祐麒は腑に落ちない、といった渋い顔をしながらも会話に乗ってくれた。
……あるいはその渋い顔は、自分がこれから口にする人物を思い浮かべての事だったのかもしれない……後から思えば。
「ソレ、柏木先輩に押しつけられたんだよ……」
柏木さんの名前を聞いた瞬間、私の心臓は大きく跳ね上がった。
――柏木さん。
花寺学園の元生徒会長で、祥子さまのいとこで、そのうえ瞳子ちゃんともいとこの人……。これ以上ないくらい怪しい人だ。
「祐麒……柏木さんって、まだ花寺で影響力あるの?」
「……うん……まぁ、あぁいう人だから……」
祐麒は煮え切らない返事をしたが、私にはそれで十分だった。
あるのだ、間違いなく。いや、持っていると言った方が正しいか……影響力という名の権力を。
だいたい柏木さんは例のリリアンと花寺の合併話の時、二年生だったはず。
当然生徒会役員だっただろうし、関わっていたはずだ……祥子さまのように。
「祐巳?」
祐麒の不思議そうな声に、私はいつの間にかうつむいていた顔をギシギシいわせながら上げる。
目の前には声のとおり不思議そうな、そして少し心配そうな私によく似た顔があった。
――巻き込めない。
いや、巻き込んではいけない。この優しい弟を。
何も知らなければ大丈夫。きっと今までどおりの生活を続けられるはずだ。先週までの私のように……。
「じゃあ、コレ借りてくね」
さっさと部屋を出ていこうとする私を祐麒が慌てて止めた。
「おい! ちょっと待てよ祐巳。さっき何か言いかけてただろ?」
「ごめんね。何でもないの」
「何でもないって顔してないぞ」
「本当に何でもないんだったら」
「あのさ……オレってそんなに信用ない?」
信じてるよ。……だから、話せない。
「ごめん祐麒……本当にごめん……」
「祐巳……。なぁ、祐――」
――バタン。
私は祐麒の部屋のドアを閉めた。そして同時に祐麒に縋るという道をも閉ざした。
それはやけに渇いた音で……いつまでも耳に残って放れてくれなかった。
(コメント)
杏鴉 >福沢さんの長い長い一週間も、残すところあと一日となりました。こんなに長い話になるとは…。orz(No.15375 2007-06-07 05:44:39)
篠原 >そしてもうちょっとだけ続くと言いつつ長い長ーい一日が始まるのですね。(No.15384 2007-06-08 01:57:24)
杏鴉 >>篠原さま。一瞬ドラゴンボールの亀仙人のセリフを思い出してしまいました(笑) 最後の一日は一話でまとめたいと思っているので、確実に長ーい話にはなりそうです(苦笑)(No.15393 2007-06-10 20:29:30)
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