がちゃS・ぷち

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No.3727
作者:杏鴉
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2013-05-05 16:59:18
萌えた:2
笑った:2
感動だ:7

『許すまじ』

※今更という気もしますが……百合的表現がございますので、苦手な方はご注意ください。

これは以前掲載したお話を別視点から描いたものです。
先にこちら↓をお読みいただかないと、理解しづらい迷惑な代物です。

『祐巳side』
【No:2557】【No:2605】【No:2616】【No:2818】【No:2947】【No:2966】【No:3130】【No:3138】【No:3149】【No:3172】(了)

『祥子side』別名:濃い口Ver.
【No:3475】【No:3483】【No:3486】【No:3540】【No:3604】【No:3657】【No:3660】【No:3722】→これ。





子どもの頃、夜が怖かった。
得体の知れないモノの存在を感じさせる闇が怖かった。

この間までは夜が恐ろしかった。
私の命を容赦なく削り、明けていく夜に怯えていた。

けれど今は――




茶色い部屋で眠る祐巳を見つめていた。
たぶん、もう真夜中だろう。
祐巳が穏やかな寝息を立て始めてからかなりの時間が経っている。
サチコも眠っているようで、この夜に取り残されているのは私だけだった。

ここでの私は眠りを必要としないらしい。
いくら横になって目をつぶろうとも、意識を手放すどころかほんのわずかな眠気を感じる事すらなかった。

薄暗がりの中で私はただ祐巳だけを見つめていた。
愛らしい寝顔に目を細めながら、幸せだった祐巳との日々に思いを巡らせる。

それが、今の私にできるすべてだった。




祐巳と出逢った日から、私が私でいられた時までの記憶を心に描いていく。
――まだ夜は明けない。

その時々に感じた気持ちをできるかぎり鮮明に思い出しながらもう一度当時を振り返ってみる。
――それでも夜は終わらない。

祐巳と過ごした時間はすべてかけがえのないものだったけれど、思い出の量はあまりに少なかった。
当てつけのようにいつまでもやってこない朝に私はひどく苛立った。

これからだったはずだ。
私たちはこれからもっと多くの時間を共に過ごし、そして素晴らしい思い出をつくっていくはずだったのだ。
それなのに……。
私は何故こんな目に遭っているのだろう。

幸せな思い出に浸るのをいったんやめ、今の理不尽な状況について考えてみる。

初めは単純に体重が減っただけだと思っていた。
ただその減り方が妙だったからお医者さまに診ていただいただけで。
それだって母から指摘されるまで自覚していなかったくらいだ。
けれど、あの時すでに始まっていたのだろう。
私から身体を奪い、自分が小笠原祥子になるというサチコの計画は。

こうなってしまうまで何も気付けずにいたのが悔しい。
……たとえ察知できていたとしても、どう対処すべきかなんて分かりはしなかったのだろうけれど。

そういえば――、
私の体重の減少を母が気付いたあの日、祐巳も私の事を不思議そうな目で見ていた。
ほんのわずかな間だけだったから今の今まで忘れていたけれど、あの子も私の異変を感じてくれていたのかもしれない。
そうだとしたら嬉しい。

そんな状況じゃないだろう、とは自分でも思うけれど。
嬉しいものは嬉しい。
あの頃の私は祐巳の事ばかり考えていたから。
祐巳も私の事を気に留めていてくれたのだと思うと胸が躍った。
微笑んでいる自分に気付き、呆れた。

――こんな時だっていうのに。

しかし次の瞬間には、呆れは喜びへと変わった。
どんな時であろうと私の心を軽くしてくれる存在。
それが祐巳なのだと再認識できたのだから。


――あの子は私の太陽だ。


以前から変わらぬ気持ちを心に浮かべたその時、
胸が激しく騒いだ。
闇の中から伸びてきた手に、そっと首筋を撫でられたように私の身体はゾクリと震えた。


『――でも、私だけの太陽ではない』


気持ちが追いつくのを待ってもくれず、


『ひとりじめしようと太陽を抱きしめる愚か者は――』


言葉が次々と襲いかかってくる。


『跡形もなく燃え尽きるだろう』


分かっている。
だからこそ必死で自分を抑えていたではないか。
あの子の姉として相応しくあろうと私は努力していた。


『祐巳のちょっとした仕草や表情、私を呼ぶ声、そのすべてが可愛くて――』


仕方がないじゃない!
想いを止めることなんて誰にもできないでしょう!?

私は無意味だと分かっていながらも耳を塞いだ。
けれど言葉は容赦なく私の頭に響きわたる。


『どうかそこで見ていてください。

 私が太陽に手を伸ばさないように。

 この暖かな光を失わぬように』


それは私自身の祈りの言葉。
日々募っていく祐巳への気持ちを抑えようと、私がマリア様にあの日祈った言葉だった。

――今、くもりひとつない透明な壁が私たちを隔てている。
どれだけ手を伸ばそうとも、祐巳の寝顔に届く事はけしてない。


『どうか教えてくださいマリア様。

 この子を誰にも渡したくないと思うことは

 この子以外には何もいらないと思うことは

 罪なのでしょうか?』


あぁ。そういう事か。
いつかした問いの答えをマリア様がくださったのだ。
――それは罪だ、と。

自虐的な笑いがこみ上げてくる。
そう。罪には罰が必要だ。

「ふっ……なんて効果的な罰なのかしら」

こんなにも近くにいるのに触れられない。
私の声は届かず、彼女は私以外の人を見つめている。

「あははっ!」

私は腹を抱えて笑った。
あぁ、マリア様はなんて慈悲深いのでしょう。


『――離れたくない。

 祐巳が傍にいてくれるのなら何を失ってもかまわない』


罪人である私の望みを叶えてくださったのだから。
祐巳は私の目の前にいる。寝息を感じられるほど傍に。
そして私はすべてを失った。

「あはっ。あはははは! 完璧だわマリア様!」

私は床を転げまわって笑った。
笑いすぎたせいで涸れたと思っていた涙がまた零れ落ちた。
それでも私は笑うのをやめなかった。
この耳障りな笑い声が消えたその時、私の心は凍りつくだろう。
襲いかかってくる絶望に、たぶん私は耐え切れない。
だから私は笑いつづけるしかないのだ。
恐怖に顔を引きつらせながらも。

――たすけて、祐巳。

精神的に限界が近づいていた私は、これまで意図的に逸らしていた視線を祐巳に戻した。
すると、

「……え?」

眠っていたはずの祐巳が動いている。
いや、祐巳は相変わらず目を閉じ穏やかな寝息をたてているから、移動しているのは祐巳を見ている側。
つまりサチコだ。

寝ていたのではなかったのか。
サチコの不審な行動に、私は笑うことも絶望することも忘れて外側の様子を窺った。

サチコは寝ていた身体を起こして祐巳を見下ろしているらしい。
いったい何をしているのだろう。こんな真夜中に。

私は胸騒ぎを覚えた。
まさか祐巳に危害を加えようとしているのでは……?
私に対してはともかく、祐巳には悪意を持っていないようだったから油断していた。

「サチコ。祐巳におかしなまねをしたら許さないわよ」

残っていた涙を拭い、私は毅然と言い放った。
聞こえているのかいないのか、サチコはゆっくりと祐巳に近づいていく。
私は立ち上がり透明な壁を叩いた。

「聞いているのサチコ!? あなたが憎いのはこの私でしょう? 祐巳に手出しするのはおやめなさい!」

けれどサチコは止まらない。
祐巳の寝顔がどんどん近づいてくる。

「祐巳、起きなさい! 起きて逃げてっ!」

私の叫びは見えない壁に阻まれ、誰の耳にも届かない。
サチコは動きを止めず、祐巳がその目を開けることもなかった。
すでに私の視界は祐巳でいっぱいだ。
そしてサチコは――、

「……えっ?」

眠る祐巳に口づけた。

固まっている私をよそに、サチコは唇を離すと祐巳の隣で大人しく眠りについた。
二人分の寝息が聞こえるようになってから、さらにかなりの時間が過ぎた頃になって、
ようやく私は目の前で起こった出来事を認識することができたのだった。
つまり、サチコが――

「コラァァァァアアア! サチコォォォォオオオ!!」

祐巳にキスをしたという事実を。

「な、何てことしてくれるのよ! 私だってしたことないのよっ!?」

悔しさのあまり床に拳をだむだむと打ちつける。
おのれ、サチコ……。




サチコへの嫉妬に身をゆだねているうちに、いつの間にか夜が明けていた。
さすがに多少冷静になってきた私は考える。
サチコがどういうつもりで祐巳にキスをしたのかを。

祐巳を害するため?
――違う、と思う。
祐巳に明確な悪意を持っているのなら、もっと他にやり方があっただろう。

では、私を苦しめるため?
……分からない。
その可能性がないとは言い切れない。
現に私は夜通し身悶えしていたのだから。
けれど……、

クスクスと笑っていたサチコの声が今も耳に残っている。
それはいつも私に向けられるあの不愉快なものではなく、大人に隠れて内緒話をしている時のような、そんな楽しげな笑い声だった。

「まさかサチコも祐巳を……」

私の疑問に答えをくれるものは、ここにはなかった。






(コメント)
杏鴉 >今回登場した祥子さまの魂の叫びを書く為にこのSSを始めたのですが……、それで何故ここまでシリアスになったのか自分でも理解不能です。(No.20811 2013-05-05 17:08:03)
ななし >続きキターッ!!(No.20812 2013-05-06 10:05:39)
杏鴉 >ななし様コメントありがとうございます!次回は妄想全開の内容になる予定です!よかったらまた見てくださいませっ!!……いつになるかは分かりませんが(小声)(No.20813 2013-05-06 12:54:20)

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