がちゃS・ぷち

[1]前  [2]
[3]最新リスト
[4]入口へ戻る
ページ下部へ

No.3722
作者:杏鴉
[MAIL][HOME]
2013-04-07 16:36:39
萌えた:2
笑った:1
感動だ:15

『さらわれて現実から違う世界に突然ですが来ました』

これは以前掲載したお話を別視点から描いたものです。
先にこちら↓をお読みいただかないと、理解しづらい迷惑な代物です。

『祐巳side』
【No:2557】【No:2605】【No:2616】【No:2818】【No:2947】【No:2966】【No:3130】【No:3138】【No:3149】【No:3172】(了)

『祥子side』別名:濃い口Ver.
【No:3475】【No:3483】【No:3486】【No:3540】【No:3604】【No:3657】【No:3660】→これ。





何かおかしい。
そう気が付いたのはいつだっただろう。

いや、私はけっきょく気付けなかったのだ。
これまでの日常を奪われ、非現実的で不条理な日々に放り込まれた私は、些細な変化に鈍感になっていたのかもしれない。
そしてそれ以上に、私は祐巳が傍にいてくれる事に浮かれていた。

だから気付きもしなかった。

いつからか祐巳と過ごす時間をとても短く感じてはいた。
夢の中の出来事のように、どこかふわふわとした感覚になることだってあった。
でもそれは、彼女との時間が愛おしすぎるからだと思っていた。
今の私にとって唯ひとつの幸せだったから。
らしくない言動も、きっと非現実的なこの状況がさせているんだと気にしないようにしていた。

……気にしないようにしていた?

いや、違う。
そう仕向けられていたのだ。
あの忌々しい子どもに。


あぁ……。
祐巳が微笑んでいる。
でもその笑顔は私に向けられたものではない。

きっと祐巳は私に笑いかけているつもりなのだろう。
けれど違う。
今、祐巳が見つめているのは私ではない。
無遠慮に祐巳に甘えているソレは私とは違う存在だ。

この事実を、どうすれば祐巳に伝えることができるだろう。
どうすれば私はここから逃れられるのだろう。
考えるまでもない。
答えはすでに出ている。

――そんな方法などありはしない。

私は閉じ込められていた。
この表現が正しいのか、本当のところよく分からない。
けれど、ほぼすべての自由を奪われた状態にあるのだから、それほど的外れでもないだろう。

いつものように優しい温もりの中で目覚めるはずだった。
可愛らしい声が私を夢の世界から連れ戻してくれるはずだった。
寝ぼけまなこの愛しい人と共に、また新しい朝を迎えるのだと信じていたのに……。

今朝、夢から醒めた私はひとりだった。
そしてこれまであたりまえに所有していた自分の身体が、すでに私のものではなくなっているという現実を突きつけられた。


祐巳にベタベタと甘え、癇に障る笑い声を上げているのは、


私の身体を乗っ取り、小笠原祥子に成り済ましているのは、


夢の中で何度も悪意をぶつけてきた私と同じ顔をした≠の子どもだった。


今なら思い出せる。
あの子どもの嘲笑も、憎悪に満ちた言葉も、見慣れた顔の見慣れない表情も。
けれど、もうすべてが遅い。

今、私は小笠原祥子だったものの中に囚われている。
ここでの私は年相応の姿に戻っていたけれど、それがいったい何になるというのだろう。

目の前に、外の様子が映っている。
まるで映画館のスクリーンのようだ。
それは嫌味なほどクリアな映像で、手を伸ばせばあの子に届きそうな気がした。
けれどこの手に触れたのはやわらかな頬ではなく、硬くて透明な壁だった。

祐巳は私の中身が入れ替わっている事にまったく気付いていないようだ。
無理もない。
誰がそんなバカバカしい事を想像できる?

それにあの子ども、――暫定的に『サチコ』と呼ぶ事にする。
不本意だが他に呼びようがないので仕方ない。

サチコのやり口は巧妙だった。
これは今だから気付けた事だけれど……、
完全に入れ替わる前から、私は何度もサチコに身体を乗っ取られていた。

サチコは今この時の為に、着々と布石を打っていたのだ。
私にも周囲にも祐巳にすら不審を抱かせず、完璧に入れ替われるように。

おそらく皆はこう思っているだろう。
身体の若返りが止まった代わりに今度は精神が若返ったのだと。
それがあたかも徐々に進行していったように思い込ませる為、サチコは私の隙をついて実にうまく立ち回った。
そしてその結果がコレだ。

小笠原祥子のふりをしたサチコの傍若無人ぶりを、私はここで指をくわえて見ているしかできない。


……私はすべてを失った。


すぐ傍に祐巳がいる。
とても優しい顔でこちらを見つめている。
けれどそれは私へのまなざしではない。
祐巳は私ではなく、サチコを見つめているのだ。

堪らず祐巳に駆け寄った私は透明ガラスのような壁に弾かれ倒れた。
起き上がり力いっぱい見えない壁を叩く。

「祐巳! それは私じゃないっ! 私はここよ! お願い気付いてちょうだい!」

手が壊れるくらいに強く叩く。
祐巳にこの声が届くように、サチコを痛めつけるように強く。

けれど、目の前の光景に何も変化はなかった。
祐巳はサチコに微笑みを与え、サチコは祐巳に甘えた声を出している。
そんな穏やかな時間が私の前でただ流れていく。

「どうして……どうして気付いてくれないの……祐巳ぃっ!」

2人は楽しそうに笑っていた。





座り込む私の前に、おとぎの世界が広がっていた。
自分たちの家にいつの間にか入り込んでいた美しい少女の姿を見て、小人たちが驚いている。

私は眼前の白雪姫の世界をぼんやりと眺めていた。
頭上から、ゆっくりと物語を紡ぐ祐巳の声が降り注いでいる。
ページを捲ろうとする祐巳の手に、あきらめの悪い私の手が力なく伸びていく。

ふいに視界が切り替わって祐巳の顔が現れた。
祐巳の膝に座り、絵本を読んでもらっていたサチコが振り返ったのだろう。

中途半端に伸びた私の手は止まり、そのまま身動きできなくなった。

祐巳がこちらを見ている。
それは私には向けられた事がないまなざしで。
今も、私に向けられたわけではないもの。

――慈愛。

言葉にするならば、たぶんそれが一番相応しい。
私は伸ばしていた手を握りしめ床に振り下ろした。

「どうしてなの!? それはサチコなのよっ! なぜ私ではないと分からないの!」

髪を振り乱し喚き散らす。
タチの悪い駄々っ子のように、みっともなく暴れまわった。

誰ひとりいないこの閉じられた世界では人目を気にする必要などなく、私の感情を抑止してくれるものもなかった。
胸の中に重くどす黒いものが澱のように溜まっていくのを感じる。

「……どうして分からないのよ祐巳。確かに顔は私と同じだけれど、中身はまるで違うじゃない。あなたこれまで私のどこを見ていたの?」

溜まりに溜まったナニかを吐き出したくて口を開いたのに、出てきたのは自分でもぞっとするほどの冷たい声だった。

「私ならすぐに気付くわ。あなたが別人と入れ替わっていたら。だって私はあなたの姉ですもの。
 あなたの外見だけでなく、中身も等しく愛しているのだから気付かないわけないわ」

ふいに笑いが込み上げてきた。

「あぁ……そういうことね。分かったわ」

嫌な笑いだった。
けれど止まらない。
笑いすぎて涙まで出てきた。

「あなた本当の私なんてどうでもよかったんでしょう?
 ただあなたが憧れるに足る容姿をしていたから、紅薔薇のつぼみだったから、私とスールになったのでしょう?
 じゃあ仕方がないわよね。分からなくて当然だわ」

私は涙でグシャグシャになった自分の頬を思いきり引っ叩いた。
我ながら滑稽すぎて泣けてくる。

『お姉さま』

耳をくすぐるような声。
顔を上げると、そこには祐巳がいた。
私ではない私を見つめている愛しい人がいた。
出会った頃と変わらない。けれどあの頃よりもずっと親しみを込めたまなざしの祐巳が。

じんじんと痛む頬を撫でるように、ひとすじの温かい涙が流れて落ちた。

「……祐巳は悪くない」

囁くような声だった。
それが気に入らなくて今度は叫んだ。

「祐巳は悪くないっ!」

その言葉は鞭となり、私自身に振り下ろされた。
衝撃が全身を駆け抜けていく。

そうだ。
いくら精神的に追い詰められていたとはいえ、祐巳を疑うなんてどうかしている。
あの子はいつだって、まっすぐに私自身を見てくれていたじゃないか。
私はわずかな間だけでも祐巳を信じられなかった自分を恥じた。

「ごめんなさい。ごめんなさい祐巳」

透明な壁に掌をぺたりと張り付けて祐巳に謝罪する。
聞こえないと分かっていても、そうせずにはいられなかった。
そんな私の気持ちを嘲笑うかのように、目の前から祐巳が消える。
サチコが視線をよそへ向けたのだ。

また私は白雪姫の世界へ戻された。
けれど一瞬だけ、
視線を祐巳から絵本へと移す途中で、サチコは部屋に備え付けてある鏡台をチラリと見た。
鏡越しに見えたあの顔を私はけして忘れない。

サチコは薄笑いを浮かべていた。

祐巳への感情ではないだろう。
鏡に映るサチコは、間違いなく私を見ていた。

サチコへの憎しみが膨れ上がっていく。
彼女が私に対して感じているのと同じように。

何故かは知らないけれどサチコは私に憎悪を抱いている。
身に覚えはないが、それには彼女なりの理由があるのだろう。
だから私に悪意をぶつけてくるのはまだ理解できる。納得はできないけれど。

しかし、客観的に見てどれだけ正当な理由があろうとも、祐巳を巻き込んだサチコを私はけして赦さない。
サチコは祐巳を騙している。
赦せるわけがなかった。


『おばあさん、ありがとう』

絵本の中では白雪姫が毒入りリンゴを食べてしまうくだりにさしかかっていた。
とても上手に絵本を読んでいる祐巳の声を聞いているうちに、ふと疑問がわいた。

祐巳は今の私をどう思っているのだろう……。
誰にも分からない理由で身体が若返った姉。
元に戻す方法も見つからないまま、今度は精神までもが若返ってしまった姉。
そんな姉を傍で見ている祐巳は、どれだけ心を痛めているのだろう。

……やはり祐巳をこの家に留めておくのではなかった。
いや、そもそも異変が起こった後、私は祐巳と関わってはいけなかったのだ。
あの日私が会いに行かなければ、祐巳は何も知らずに日常を送れていた。
苦しむ事も、悲しむ事もなかったはずだ。


――けれど私は祐巳に会いに行った。


私に会いに来てくれた祐巳を突き放していれば、まだ傷は浅くて済んだのかもしれない。
見た目はともかく心は私のままだったのだから。
姉として、祐巳と接する事ができていたのだから。


――けれど私は祐巳を迎え入れた。


いつの間にか白雪姫は眠りから醒めていたけれど、私はその幸せな結末をちゃんと見る事ができなかった。

「好きだったから」

視界が滲んで、絵本はよく見えなくなっていた。

「あなたが大好きだから……。会いたかった……傍にいてほしかったの」

絵本が、ぱたんと閉じられた。
『王子さまが来てくれて本当によかったですね』
祐巳が笑っている。

「ごめんなさい」

私はしゃくり上げながら謝罪の言葉をくり返した。
小さな子どものように、ずっと。




(コメント)
杏鴉 >また随分と放置してしまいました……。短編祭りにも参加できず残念です。これからはもう少しマメに顔を出せたらなぁ、と思っています。(No.20803 2013-04-07 16:40:56)
もも >復活していただいてうれしいです。(No.20804 2013-04-10 21:55:50)
杏鴉 >もも様、ありがとうございます。そう言っていただけてこちらの方こそ嬉しいです。書き上げようという意欲がわいてきました。(No.20805 2013-04-10 23:29:28)

[5]コメント投稿
名前
本文
パス
文字色

簡易投票
   


記事編集
キー

コメント削除
No.
キー


[6]前  [7]
[8]最新リスト
[0]入口へ戻る
ページ上部へ