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在りし日の  No.3498  [メール]  [HomePage]
   作者:海風  投稿日:2011-04-27 13:40:52  (萌:6  笑:8  感:25
【No:3157】【No:3158】【No:3160】【No:3162】【No:3170】
【No:3171】【No:3174】【No:3177】【No:3183】【No:3187】
【No:3196】【No:3205】【No:3233】【No:3249】【No:3288】【No:3327】【No:3380】【No:3397】【No:3443】【No:3464】から続いています。










 走りながら自分の仕事を考えてみる。
 ――正直どうでもいいし関わりたくないし疲れたので帰りたい。
 とは、思うのだが。
 それでも足が止まらないのは、ここで投げ出したら睨まれそうだからである。
 ……いや、まあ、すでに手遅れ感はひしひしと感じてはいるのだが。
 だからこそ、半ば自棄になってもいるのだが。
 どのように自棄になっているかと言えば、たとえばこうである。

「あなたの妹が誘拐されました」とか。
「きっと卑怯にも十数名で囲んで色々すると思います」とか。
「早く誰かが助けにいかないと」とか。
「犯人は白薔薇の仲間らしいですよ」とか。
「これはもう黄薔薇にケンカを売っているようなものですよね」とか。
「もしや目的はロザリオ狩り…?」とか。

 決して口にしてはいけないグレーゾーンの情報を、さも事実かのように言葉にしてしまったりして。
 まあ、確かに八割くらいは憂さ晴らしで口にしたことだが、

「……情報ありがとう。今すぐ行ってみるから」

 残り二割分は、確実に己に割り当てられた仕事だと自負している。
 でも少し後悔した。
 あの温厚な黄薔薇の蕾が、目に見えそうなほどの敵意と殺意を漏らし始めたから。

(まあ、いいか)

 伝令として走らされた立浪繭の仕事は、何が何でも助っ人――支倉令を動かすことである。
 「島津由乃が関わっている」という情報は、由乃のお姉さまを動かすだけの理由になる。他所事極まりない白薔薇関係の内輪揉めではあるが、たとえ相手が何者であろうとも手を上げることを正当化する世論は用意できる。自身の妹が誘拐されれば、逆に動かない方が姉として問題があるだろう――という流れで、この支倉令に助っ人要請の白羽の矢が立てられた。この状況でこれほど動かしやすく、しかも強い助っ人なんて早々いない。
 繭は白薔薇関係のことはほとんど吹き込んでいない。一から正直に包み隠さず説明するのは面倒だし時間も掛かるし、何より、変に勘ぐられて助っ人要請に失敗すると最悪だ。
 ここで支倉令を動かすことができなければ、それこそ繭は方々から睨まれることになるだろう。令からは顔を憶えられ、きっとこの状況を見ているであろう黄薔薇勢力の誰かにもマークされ、これから生まれる新しい白薔薇勢力にいきなり恨まれてしまう。いや、あっちは白薔薇勢力として立ち上がらない場合の方が恨まれるだろうか。ここで令を動かすことができなければ、その可能性は非常に高くなる。理想としては、情報をくれた繭に令が感謝するパターンだ。……あくまでも理想だが。
 まあ、自棄になって当然である。
 気楽な独り身で自由に飛び回っていたのに、何の因縁もないのに絡まれて重責を背負わされてここにいたるわけで。本当は山百合会関係者に顔を見せることさえ遠慮したいのに。
 これだから巻き込まれたり睨まれたりするのは嫌なのだ。
 この負の連鎖がどこまで続くのかはわからないが、今回ひとまずは、これで繭の仕事は完了である。
 支倉令の耳に入った情報に多少誤りと脚色はあるかもしれないが、あとは現場の人達がどうにか上手いことやってくれるだろう。
 繭と違って自分達のことだから。


 ――仕事を終えた繭が自分の教室に戻る途中、ふと考えたことがある。
 それは、「もしかして黄薔薇はここまでの流れを読んで島津由乃が関わったことを自分達に伝えたのではないか」と。
 あの令の反応は、明らかに初耳という感じだった。
 冷静に考えれば、黄薔薇勢力の諜報員辺りから黄薔薇・鳥居江利子の耳に情報が入ったのだろう。なのに由乃の姉である支倉令の耳に入っていなかったのは、いささかおかしくないだろうか。それこそ情報そのものは黄薔薇より先に令の耳に入ってもおかしくないのに。
 令への情報だけが遅れていた?
 違う。
 そんな愚鈍な組織なわけがない。
 黄薔薇勢力の情報の流れや優先順位や情報系等がわからないので断言はできないが、「島津由乃誘拐」の報は、きっと黄薔薇で止まっているのだ。順当に行けば、そのまま令や各幹部に知れ渡り、どう動くかを決める頃にようやく全体に行き渡るはず。
 しかしそうではなかった。
 なぜか?
 ――そこまで考えたところで、繭の思考は停止した。
 考えるまでもなく、自分には関係ないし、関係者にもなりたくなかったから。
 ただ。

(黄薔薇の策略も動いてるのかも)

 少々事情を知ってしまった分だけ、新生白薔薇勢力の動向、とりわけこれからほんの十数分の間に起こるであろう出来事には興味が湧いて来ていた。
"白き穢れた邪華"佐藤聖に、藤堂志摩子を支持するというあのメンツに、闘わない繭でも二つ名を知るほどの白薔薇勢力幹部達。更に追加された黄薔薇・鳥居江利子の策略と、助っ人に向かった支倉令。関わる者は有名所ばかりだ。
 近い内に関係者を捕まえて聞いてみようかな、程度に関心を寄せつつ、繭はとっとと自分の教室へと引っ込んだ。




 鳥居江利子の策略。
 さすがに繭の考えすぎである。
 だが、「白薔薇勢力解散」の情報を得た直後から江利子はこの流れは予想しており、予想していたからこそ自分からは令に何も吹き込まなかった、というのは事実である。
 令にまで情報が行かなかったのは、江利子が個人的に由乃にマークをつけていたから。表向き三勢力は解散しているので、幹部や関係者方々に伝わるような情報系等も生きていない。そして白薔薇・佐藤聖がどのように関わったのかわからなかったから、大事になるのを避けた。だから自ら聖と接触しようとしたのだ。
 江利子が令に事実を伝えなかった理由は二つ。
 一つは、自分が下手に首を突っ込むと、黄薔薇勢力まで動き出してしまうから。それも“銃乙女(ガン・ヴァルキリー)”辺りは嬉々として手近な白薔薇勢力人員を襲い始めるだろう。それも楽しそうだが、そうなればきっと争奪戦どころではなくなってしまう。せっかくの争奪戦期間中だ、できるだけこっちを楽しみたい。総力戦なんてやろうと思えばいつでもできるのだから。
 そしてもう一つは、新生白薔薇勢力を立ち上げるというふざけた連中の手腕を試すため。理由としてはこちらの方が重い。
 来年からの話になるが、彼女らは江利子の後を継ぐであろう妹の敵になる。が、来年のことはともかく。
 ここで重要なのは、強すぎても弱すぎてもダメ、という点である。
 薔薇の三すくみは三位一体にして、総合的に均等であることが求められる――それが江利子が黄薔薇として出した結論だった。
 今のリリアンを維持するためには、決して崩してはならない三面三立。
 誰が倒れても均衡は保たれない。
 それが、今年の紅・白・黄の薔薇の称号を持つ三人の関係だと思っている。
 新生白薔薇勢力が立ち上がるのであれば、まずやることは、佐藤聖を支えることからだ。ぽっかり空いてしまった白薔薇勢力という大きな穴を埋める必要がある。藤堂志摩子を護るのは来年からの話で、志摩子が白薔薇になるまでは、その姉である聖を支え続けねばならないだろう。白薔薇勢力が聖を見捨てた以上、世襲失敗という可能性は相当高くなってしまうのだから。
 まあ来年のことは来年の妹達が考えればいいことだが、今年の三薔薇の関係は、弱すぎても強すぎてもダメなのだ。
 もし新生白薔薇勢力が三勢力の一つとして台頭し、潰されるのであれば、リリアンの未来は暗いものになるかもしれない。立ち上げがかなり難しいだろうことは、当人達が一番よくわかっているはずだ。それでもやる覚悟をしたから、動き出そうとしているのだ。何事にも覚悟を決めた者は強いものだ。
 ――というところまで、江利子は考えていた。
 その上で、かなり、楽しみにしていた。
 紅薔薇・水野蓉子は、リリアン崩壊を阻止したいようだが、江利子はそれも楽しそうだ、と思っている。関係ない人達が巻き込まれるのを望みはしないが、そうなってしまうのなら構わない、と。
 とにかく。
 生半可な覚悟なら即座に潰されるし、定石を打ち違えたら即座に行き詰まる。
 過酷極まりない状況で、どこまでやってくれるのか。
 藤堂志摩子を護るために立つ御旗の勇姿の今後が、楽しみで仕方なかった。




 いまいち状況がわからなくなったのは、体育館付近に潜伏している“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”である。

(あいつ何やってんだ)

 体育館内で白薔薇狩り(?)が始まったのを皮切りに場所を移動したものの、元・次期白薔薇勢力総統という嘘としか思えないような肩書きを持ったとてつもなく不安な一年生“鼬”が単独行動を開始し、いきなり体育館出入り口まで突っ走ってドアに手を掛けた。
 潜伏して様子見するんじゃなかったのか。
 そう言っていたじゃないか。
 違うのか。
 そうか。
 それはまあいい。
 見張りが立っていない時点で予想はしていたが、予想通り体育館への出入りは禁じられているようだ。下手な鍵ならこじ開けられるが、不安な一年生には強引に押したり引いたりの試行錯誤がなかった。つまり“結界”による封鎖の線が濃厚だ。
 そこまではいい。
 だが、直後である。
 見覚えのある者もない者も含めて、十四名ほどの団体がやってきて、“鼬”と接触した。

(ああ……そうか)

 ちらほら見覚えがあると思えば、あの団体には白薔薇勢力の幹部が混じっている。有名な二つ名持ちは当然“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”もしっかりリサーチしている。
 それに、よくよく見れば、馴染みはないが全員知っている顔ぶれだった。
 あの十四名、全部が全部二つ名持ちである。他所の組織の人だったり、穏健派の無所属だったりと、目立たない者、闘わない者も混じっているのでピンと来なかった。
 通説として二つ名持ちは全員強いか曲者である。あれはそこらの中規模組織と言えるほどの数と質だ。それなりのブレインがいればそれなりに立ち回れるだろう。
 これは、まずいのではなかろうか。
 十四名と対峙する“鼬”。
 どう見ても友好的には見えない――それが問題だ。
“鼬”は相変わらずへらへら笑っているし、その“鼬”を見て団体さんはイライラを募らせているのが遠目にもわかる。というか遠目に見ている“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”でさえイライラしてきている。大事な局面で笑うなと言ってやりたい。そのうち言おうと決めた。

(めんどくさ……)

 あの団体がいかなる理由で現れたのかはわからないが、一触即発ムードである。
 こちらはまだまだ少数で、精鋭である自負はあるが、だからこそ一人でも欠けると都合が悪い。特に仕事で潰されるなら本望だが、それ以外で潰されるなんて許されないだろう。“鼬”とあの団体がどんな関係かはわからないが、今優先するのはその団体の相手ではなく、体育館内の方だ。もっと言うなら藤堂志摩子の保護だ。この先何が起こるかわからない以上、志摩子のために身を捨て、また温存もしなければならないのに。
 ――行くしかないだろう。
 今は“鼬”と共闘して、早々にあの団体にお帰り願うのが正解だろう。あの団体の目的はわからないが、半分も潰せば気が変わるかもしれない。あの人数でしかできないことが目的ならば充分狙う価値はある。たとえば、白薔薇狩りが目的だったりしたら、とかなら。
 体育館は“結界”による封鎖が成されているはず。ならばここらで暴れても中から誰かが出てくる可能性は非常に低い。仮に出てくるのであれば、その時こそこちらから突入もできるというものだ。
 さて行くか、と覚悟を決めて立ち上がろうとする“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”の肩を、誰かが押さえた。
 驚いて振り返ると――こちらも元白薔薇勢力の三年生幹部“神憑”がいた。

「ほっといていいから」

 違う場所に潜伏していたはずだがいつの間にか背後を取られ、手が届く距離まで詰められ、なお気配を感じさせなかった。さすがである。

「優しそうな顔をして、意外と薄情ですね」
「そういうあなたは厳しい顔をして案外面倒見がいいのね」

 皮肉もさらりと返された。さすがである。

「さっき言った通り、“鼬”は次期白薔薇勢力総統だったのよ」
「だから大丈夫と?」

“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”は、“神憑”の言葉にも苛立ちを覚えた。どれだけ“鼬”がすごかろうと、二つ名持ち十数名を一人で相手にするなんて、三薔薇や三勢力総統並みの実力が必要だろう。それでも無傷で勝つのは難しいと考えられる。
 なのに、次期総統だから応援に行かなくていいと言う。
 どんなに素質が高かろうと、英才教育を受けていようと、経験不足の一年生が一人で立ち向かうには酷な状況である。それがわからないほど間が抜けているとは思えないが……
 そう、わからないような人じゃない。その読みは正解だった。

「大丈夫か否か、という問題でもないのよね。彼女はまずいと思ったら私達を呼ぶでしょうから」
「……」
「状況を読まない。無駄に戦力を減らす。犬死に。そんな指揮者のタブーを侵すような子が次期総統に選ばれるほど、白薔薇勢力は甘くなかったわ。必要なら応援を要請するし、必要じゃないならしない。それくらいは私だって常識レベルでやるから」

 つまり。

「じゃあ、あの状況を一人でなんとかできる、と?」
「少なくとも“鼬”はそう判断したんでしょうね。――ちなみに私も勝つのは無理だと思うけどね」

 そうだろう。それが正しい判断である。

「とにかく様子を見ましょう。戦闘になるかどうかもわからな――」

 言いかけたその時、“鼬”が跳んだ。




 まさに電光石火だった。

「あははー。綺麗に入ったなー」

“鼬”の放った身体ごとぶつけるような飛び膝蹴りは、先頭に立つ元白薔薇勢力幹部“完全防護服(フルメタルジャケット)”の左後方にいた者の顔面に入り、そのまま意識を奪い取った。
 十四――いや、十三名の集団のど真ん中に、“鼬”は立っていた。この一瞬に何が起こったのかわからなかった彼女らは、しかしそこは全員二つ名持ちである。すぐに気持ちを切り替えて戦闘体勢に入る。じゃり、と地を踏みしめ距離を取り、ある者は武器を具現化し、ある者は闘う準備を始める。
 囲まれても敵意を向けられても、“鼬”はへらへら笑っている。

「なんで私がいつも笑ってるかー、お教えしましょうかー?」

 今の一撃。隠密としても訓練を積んで来た“鼬”ならではの、一種の暗殺術である。極限まで気配を消し、仕留める一瞬だけ殺気を放つ。
 基礎にして奥義。暗殺も兼任する隠密が、真っ先に覚えさせられるテクニックである。ただしそれを実戦中にやる者は少なく、だから初見の相手はよく引っかかる。目で追っていると対処が遅れるのだ。
 油断しているなら尚更だ。

「こうして笑ってるとー、お姉さま方のようなおばかさんがー、勝手に油断してくれるからですよー。……なんちゃってー。本当は元々こういう顔だからでしたー。あははー。真面目な顔すると顔の筋肉が引きつりそうになっちゃうしー。あははー」

 どう見ても勝ち目のないこの状況で、この一年生は笑うのである。何名かはあまりの不気味さに寒気を覚えた。
 次期総統という信じられない肩書きが真実味を帯びてくる。

 未知数だった“鎌鼬”の実力が、今明かされる――




 開戦約20秒で、勝敗は分かたれた。

「って負けるんかいっ」

“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”のツッコミが入るくらい、見事に“鼬”は負けた。思いっきり大の字である。

「見事だわ」
「まあ、そうっすね」

 ツッコミは入れちゃったものの、“神憑”の「見事」は認めるしかない。
 開戦後約20秒の決着である。
 数字的に言えば、充分に優秀である。二つ名持ち同士なら一対一でも10秒以内にケリがつくこともザラなのだ。そして逆の立場なら、十名以上の数で囲んでいるのに、たった一人を狩るのに20秒もかけているのでは程度が知れる。あの団体、恐らくは即席のチームだ。連携もバラバラの烏合の衆、という印象が強かった。だが今後はあの十四名が組織立って動くのかもしれない。
 それだけではない。
“鼬”は最初の一人を入れて八人もの猛者を倒している。密集し、四方八方からやってくる攻撃を掻い潜りながら、半数以上を一撃必殺で仕留める体さばきは、そこらの二つ名持ちと比べるなら圧倒的に強い。
 総じて、これが元白薔薇勢力隠密部隊副隊長“鼬”の実力だ。

「やっぱり三勢力の幹部レベルとなると違うなぁ」
「そう?」
「一対一で強い人は多いけれど、一対多数で強い人は少ない。ただの二つ名持ちと大組織の幹部との違いはこの辺だと思います」
「ふうん? ちなみにあなたはどっち?」
「一応後者です。というか無所属の二年生以上は、一対多数がデフォでしたから。でも私なら、あの数だったら瞬殺だったでしょうね」

 あの一年生は、己には不可能なことをやってのけた。
 さっき本人が言った通り、“鼬”は“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”より強いみたいだ。
 ――倒すべき相手が増えたのだ。燃えざるを得ない事実である。
 やや認めたくない気持ちもあるが。

「ちなみに“神憑”さまは、アレより強いですか?」
「わからない、というのが正直なところね。だってあの子、能力使わなかったから」
「具現化でしたっけ?」

 遠目で見る限りでは、“鼬”は徒手空拳のみで相手をしていた。それも加味して実力の高さが伺える。

「自分が負けることまで計算して、あえて私達を呼ばなかった。そんなところかしら」
「……これが組織のやり方ですか」

 自らのことまで駒の一つと考え、自分で自分を切り捨てるような真似さえする。
 自分の身を護ることを第一に考えてきた“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”や他の無所属者には、選択肢の一つにさえなかった行為である。

「冗談抜きで捨て駒扱いもあるわよ。イヤになった?」
「いいえ」

 事務的で、無機質で、偉そうに捨て駒を顎で使うような組織しか知らなかった。そして無駄に戦力を消費し最期にはまともに闘うことなく消えていく腐った組織をたくさん見てきた。そんな組織の一員になる覚悟をして、今ここにいる。世話になった藤堂志摩子のためならそれでもいいと思ったから。
 だが、“鼬”は違うものを見せてくれた。
 組織の勝利のため、目的のため、個人を捨てる。
 そんな組織のあり方を見せてくれたから。
 ちょっと蹴りとか入れられていたぶられているけれど。

「想像以上に面白いし、誇り高いです」

 自己犠牲なんて冗談ではないと思っていたが、あれはそんなに綺麗なものではない。
 自己犠牲?
 違う。
 あれは勝つために負けることを選んだだけ。誰かのためでもなく、自分のためだ。どこまでも冷静に、冷徹に考えた末に負けたのだ。勝つために。その貪欲さは意地汚く諦めが悪く泥臭いが、しかしどこまでも誇り高い。ちょっと悲鳴を上げているけれど。
 闘いの新たな可能性を見た気がした。
 今まで見たことのない勝負の世界を見た気がした。
 「ぎゃーたすけてー」とか言っているけれど。

「ノラはノラで楽しかったんですけど、こっちも充分楽しそうだ」

 団体さんは適当に“鼬”を痛めつけると、意識を失った仲間を連れてとっとと引き上げた。――やってきた目的はわからないが、「“鼬”をいたぶる」もしくは「半数以上を失ったから目的達成不可能」のどちらかになったのだろうと思われる。

「……で、どうします?」

 引き上げる十四名を見送り、制服をはたきながらゆっくり立ち上がる“鼬”を見守り、とりあえずこちらの任務は続行となるが。
 しかし続行しようにも、体育館は封鎖されている。

「いったん“鼬”と合流しましょうか。“結界”で出入り禁止になっているなら、こちらからの突入は不可能だわ。それより――」

“神憑”は、藤堂志摩子救出任務をすでに破棄、いや、保留扱いにしている。突入ができない、という時点で。だから“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”と再び合流したのだ。

「次のお客さんに備えた方がいいでしょうね。今度の客は、一人でどうこうはできないでしょうから」
「次の……ああ、次の客か」

“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”も、次の可能性にシフトする。

「来ますかね?」
「私なら動くわ」
「ですよね。私だって勝負所はわかります」
「ええ。今後これほどのチャンスは二度と来ないかもしれない。今が攻め時でしょう」

 大仕事である突入のことだけ考えていたが、その大仕事がこなせなくなった以上、次の動きに対処しなければならない。

「白薔薇と“冥界の歌姫”の対決から、白薔薇勢力の不穏な動き。何もないわけがないわ。特に白薔薇が不利になる要素が伺える。血の気の多い一年二年なら、上からの指示も待たずに来るはず。――本来なら全勢力を投入して本気で狩りに行くべきでしょうけれど」
「今は名目上解散しているから、薔薇や総統辺りが率いて動くのは、少々世間体が悪いですね」

 世間体が悪い=その勢力の長である薔薇の格が落ちる、となる。三薔薇レベルともなると、それがどれほどの侮辱であり屈辱かは想像に難くない。そして落ちた薔薇を認めるような山百合会ではない。
 ポジションの高い者は相応に誇りある行動を求められるのだ。
 面倒だしご苦労なことだ。

「白薔薇のことはあまり心配していないけれど、万が一にも倒れられると困るのよ。志摩子さんを立てるために、私達は白薔薇に味方しなければ」
「でも、こっちは三人ですよ」

 おまけに一人はついさっき目の前でボコボコにされていた。
 これから来るかもしれない客は、まあ、少なく見積もって二桁は来るだろう。それも今の団体のような烏合の衆っぽいのではなく、バリバリに前線で闘ってきたような連携もできる強者ばかりが集うだろう。
 何せ、次の客は紅薔薇勢力の精鋭達だから。
 一昨日の昼休みの一件から、佐藤聖と紅薔薇勢力の間に確執が生まれている。彼女らがこの機を逃すとは思えない。みすみす逃す理由もないだろう。

「とにかく合流して待ちましょう。今はそれしかできそうにないわ」
「そうですね」

 二人の――いや、“鼬”も考えている「次の客」は、予想通りにやってくることになる。
 紅薔薇勢力の精鋭十八名。
 彼女らが体育館に突入する心配はないが、普通に佐藤聖を出待ちし更なる戦闘を余儀なくされるパターンがある。中の様子はわからないが、さすがにこれ以上の連戦は薔薇でも危ういだろう。
 志摩子のためにも、聖が堕ちるのは看過できない。




 その佐藤聖は体育館内で、元白薔薇勢力隠密部隊隊長“宵闇の雨(レイン)”と死闘の真っ最中である。
 まさに満身創痍で、立っているだけでも辛くなってきている。
 だが、それでも闘気は揺らがない。
 その瞳は未だ負けを映さず、その身体はまだ前へ行こうとしている。
 目の前の敵を倒して、前へ。
 対する“宵闇の雨(レイン)”は、無傷である。そして傷だらけの聖を前にしても、油断なんてしていない。
 この時点で、聖の勝算は、誰の目から見てもゼロである。本人さえそう思っている。
 このままでは、負ける。

(やっぱり手加減できそうにないな……)

 聖は、これまで異能を絡めて本気で闘ったことがほとんどない。やれば必要以上に相手を傷つけてしまうからだ。
 しかし、もはや方法を選んでいて勝てるだけの余裕はない。身体の自由は利かなくなってきているし、万全の状態でさえ無傷で勝利できるほど“宵闇の雨(レイン)”は弱くない。実際強烈な一撃を貰っている。あれは怪我がなくても食らっていた。

「“レイン”ちゃん」

 聖は、いつものように笑う。

「覚悟はいい?」

“宵闇の雨(レイン)”は澄ました顔でスカートを広げ、舞踏に誘われたお姫様のように会釈した。

「どうぞ」

 一呼吸分だけ、時が止まった。
 そして二人は掻き消えた。

 目にも止まらない速攻。
 壊れた身体に鞭を打つ聖と、その動きに不足なく合わせる“宵闇の雨(レイン)”が肉薄する。
 聖の拳と、“宵闇の雨(レイン)”の左足がぶつかりあう。
 ドン、という衝撃音が体育館を震わせる。
 聖がぐらつく。
 単純に力で押し負けたのではなく、“宵闇の雨(レイン)”が圧縮した“水”を間に挟み、コンマ以下のタイミングで解放したのだ。
 相手を崩せば、自分の次の手が出せる。
“宵闇の雨(レイン)”ほどの実力があれば、わずかでも崩せば不可避の一撃を確実に叩き込める。並の相手ならば先の一手で終わっていた。聖の見切りと優れたバランス感覚が、不可避に等しい一撃必殺を避けることを可能としたのだ。しかし保険に掛けた視界外からの一撃は見事に入った――聖が必殺回避を全力で優先し、保険分を捨てたからだ。
 この瞬間、“宵闇の雨(レイン)”は勝利を確信した。
 今度こそ回避させない。

 ――しかし、甘い。

 聖はこの展開を読んでいた。
“宵闇の雨(レイン)”ならば回避やカウンターを狙うのではなく、崩しからの確実な一撃を狙うだろう、と。
 相手の体勢を崩すとは、次の手を出す隙を作るということでもあるが、相手の次の手を潰すということでもある。当然攻撃を、場合によっては防御や回避をも潰す行為だ。
 聖の勝機は、ここに見ていた。
 ――続く“宵闇の雨(レイン)”の回避不能の一撃の前に、自分の一撃を割り込ませる。
 二人の間にわずかに空いた空間に入ったのは、“宵闇の雨(レイン)”の“水”ではなく、“朽ちた白”である。
 零距離からの“シロイハコ”発動。
 弾き飛ばされた聖の拳の先から飛び出すように具現化した白い物質――迫る“女神”を、“宵闇の雨(レイン)”は驚きながらも確実に防御した。
“シロイハコ”の弾丸より速い体当たりを両腕で受け、あまりの速度と力強さに靴底が床を焦がした。
 恐ろしいまでの反応速度である。防御できる方がおかしいようなタイミングのカウンターにも関わらず、“宵闇の雨(レイン)”は付いてきた。ありえないはずの「崩されている状態での攻撃」に対応した。これまでの豊富な実戦経験が成せる業だ。
 間違いなく、聖と同じくらいの領域で反応する生き物である。
 賞賛に値する。
 万雷の拍手を送りたいほどに。
 元白薔薇勢力隠密部隊隊長の肩書きに恥じない動きだ。

 だが、それだけだ。

“宵闇の雨(レイン)”は、一つ目の予想外には対応できたが、二つ目の予想外には反応できなかった。
 ――目前で、またしても零距離で、“シロイハコ”の扉が開いたのだ。

 呼び出しと同じくらいの瞬発力を持って、密着している“シロイハコ”の二撃目が、その両腕のガードごと“宵闇の雨(レイン)”の身体を撥ね飛ばした。
 強烈な打撃音を響かせ、舞い上がる“宵闇の雨(レイン)”。

 そして、空を舞う“水”は、“滅んだ女神”の無慈悲な“左手”に叩き落された。
 決して割れない床板に弾み、転がり、“宵闇の雨(レイン)”はそのまま立ち上がらなくなった。




 音が消える。
 観戦している者も、応援している者も、息をするのも忘れている。
 今見せた「“シロイハコ”の“中身”以外の使い方」は、聖の奥の手だった。それも攻撃気配の読めない特性を活かした中・長距離を得意とする具現化能力、という根底を覆すような技だ。近距離で使うとすれば“それ”自体を盾にすることしかしなかったのに。
 元々体術も得意な聖だけに、これで近距離も体術以外でカバーできることが証明されてしまった。しかもあれはもう一撃必殺級の威力である。決して苦し紛れの悪あがきなどではない。
 中・長距離の“シロイハコ”は厄介で、それら全てが一発で戦闘不能になるほどの威力がある。おまけに“中身”は実際の手のように器用に扱うこともできる。
 だからこそ、勝算を見出すポイントがあるとすれば近距離だと、“宵闇の雨(レイン)”は結論を出していた。“宵闇の雨(レイン)”だけではなくそう見ているベテランは多い。
 しかし、聖も薔薇の名を冠する者である。
 やはり奥の手を隠している。

「あー……やっぱ“レイン”ちゃんきついわ」

 どこまで強いのか本当にわからない。
 皆の想像を更に超えてしまった化け物を唖然と見詰める視線の最中、動く者は本人のみだった。
 自然と脇腹を押さえる聖は、深く深呼吸をして激痛に耐える。ちょっと全力を出すだけで足が止まってしまう。気を抜けば膝が折れそうだ。
 しかしそれでも苦痛を微塵も顔に出さないのは、白薔薇のプライドか、それともただ一個の闘う者の礼儀か。
 残り一名。

「……」

 いつものように余裕を湛えている聖と、冷たい眼差しの“氷女”の視線が、噛み合った。

「そう言えば、“氷女”とやり合うのって初めてだっけ?」
「そう。よく口論はしたけど」
「だって“氷女”ちゃんって堅物なんだもん」
「ちゃん付けで呼ぶな。腹が立つ」

 肌寒くなったのは気のせいではないだろう。
 実際に、体育館内の温度が急激に下がり始めているのだ。

「あなたの真面目なところ、好きよ」
「私はあなたのそういうところが嫌いだ」

 いつ崩れ落ちてもおかしくない白薔薇と、元白薔薇勢力最強の戦士が、向かい合った。
 リリアン史に残るであろう一戦が始まる――




 その頃、体育館の外では。

「助けに来てくれないんだもんなー。なんなんだよー」

 間延びした口調のまま“鼬”がむくれていた。別にかわいくない。

「だから悪かったって。本気で助け求めていたように見えなかったのよ」
「“神憑”ねえさんってそういうとこあるよねー。結構放置プレイとか好きだよねー」
「プ、プレイ?」
「放任主義っていうかー。下級生の面倒見たがらないっていうかー。そんなんだから妹いないんですよー」

 「うわめんどくさ」と、“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”は苦々しく呟いた。
 もはや隠れることもなく堂々と体育館出入り口前を占拠し、三人はその場で話し合い……というか一人ボコボコにされて埃っぽくなった一年生の文句を聞き流していた。
 とにかく待つしかない。
 次の客が来るのも、中から誰かが出てくるのも。
 特にこの状況、この三人にとっては相当まずい立場にある。
 できることなら、いや、ほぼ確実に、来るであろう紅薔薇勢力の白薔薇狩りをこの三人で食い止め、なおかつ追い返さねばならない。
 出てくる時の白薔薇の余力や状態は予想もつかない。あの佐藤聖が負けるとは思わないが、無傷で元気よく出てこられるとも思えない。大事をとってこの上の連戦は避けさせるべきだろう。楽天家の明るい未来予想より、悲哀家の最悪の未来を想定し、それに合わせて動くべきだ。そうじゃないとあっと言う間に行く手が塞がってしまう。
 やるしかないのだ。
 まあ、来ないに越したことはないが。その可能性は低かろうとも。
 せめて中にいる連中と合流し、藤堂志摩子を保護できていれば、心境的にもまた違うのだが。いや、中の仲間達の安否さえわかっていれば。
 この状況では背水の陣に近い。勝つか負けるかの二択のみで、逃走もできないのだから。

「もういいじゃない。“鼬”さん元気そうだし。大した怪我もないんでしょ?」

 助けに行かなかったのは“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”も同じなのに、まるで他人事のように横槍を入れてみる。

「そういう問題じゃないよー。こういうことが今後もあるかと思うとー、おちおち背中を預けられないっていうかー。そういうことじゃ困るよー。困るよキミィー」
「あれ?」
「なんだよー。尊敬しないお姉さまなんかに敬語なんか使わないぞー。私はそういう奴だー」
「……ちょっとボコボコにされた“鼬”さんって可愛くない?」
「はあー?」
「うっ-――そ、そうね。そういう気もしないでもない気がそこはかとなく香り漂う感じもするかもわからないわね」

 「話を合わせろ」というニュアンスを含んだ“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”の肘が若干痛かった“神憑”は、「いやさすがにそのごまかしは無理じゃない?」という疑問を抱えたまま、微妙に同意する。

「なにそれー。急に何言い出したのー」
「いやいや本当に。なんかアイドル風じゃない? ボロボロ感が」

 どんなアイドルだ。

「ほら。なんか駆け出しアイドルがロケ行って売れたくて頑張ってわざとらしく必死感を出そうと若干汚れてみるパターンよ。畑仕事やったらわざとらしく顔に土汚れ付けてみたり。汗的に見えるように顔に水を足してみたり。そんな感じで」
「……えー? うそー? まじー?」
「まじまじ。可愛い可愛い。なんていうか素朴で粗野ながらも野性的な可愛らしさがスパークしてる系。略してSSYスパーク」
「ほんとー? かわいいー?」

 むくれていた“鼬”はニヤニヤし出した。別にかわいくない。どうやら信じたようだ。「まじかよ」と呟いた“神憑”は、もう一度肘を食らって「うっ」と呻いた。若干痛かったらしい。
 ちなみにこの三人、言った本人も含めて、言葉の意味がよくわかっていない。SSYスパークってなんだ。だが大事なのはそこじゃない。

「そっかー。私超かわいいかー。……あ、でもー。“白黒”さまは気をつけてくださいよー?」
「え? 何が?」
「こんなに超かわいくて愛され系の私だけどー。私って面食いだからー。“白黒”さまの妹にはなれないっていうかー。愛されちゃっても困るっていうかー。まあ愛するのはいいけどー、愛されすぎると重いっていうかー。そういうの迷惑だしー」
「……………………あ、そう。あーそう。せいぜい気をつけるわ」

 衝動的に張り倒さなかった自分を褒めてやりたいくらい我慢して、“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”はようやくそれだけ口にできた。本当にむかつく一年坊だ。照れてる顔もむかつく一年坊だ。かわいくないし。

「それより、さっきの何だったの? “完全防護服(フルメタルジャケット)”もいたみたいだけれど」

 相当イライラしている“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”から庇うように、“神憑”は話を戻した。そう、まずはそれを聞くべきだろう。

「あの人達はー、たぶん“氷女”さまへ復讐に来たんですよー」
「“氷女”さんに?」
「昨日の解散宣言後にやられちゃったみたいでー」
「やられちゃった、って……どうして?」
「どうして?……あ、部署違いか」

“鼬”は低く呟くと、“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”にもわかるように手短に説明した。

「勢力内に白薔薇への反感を煽ってた人達がいたんですよー。それがさっきの人達でー。“氷女”さまは前々からそれが気に入らなかったからー、勢力解散直後にケジメを取ったんですよー」

 納得したのは“神憑”ではなく、“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”の方だ。白薔薇と白薔薇勢力不仲説は有名だったし、煽り立てる者がいたとしても不思議ではない。
 いや、むしろそれがあったから、不仲説が外部にも漏れていたのだろう。ただの不信感なら他勢力に有利になる情報なんて早々漏れない。意図的に漏らされていた、という可能性は充分考えられる。

「大きな組織にはアジテーターくらいいるでしょ。いわゆるサクラみたいなのから、それこそどっかのスパイみたいなのも潜入してるもんだし。大組織の宿命ってところ?」
「そうですねー。“白黒”さまの言う通りですよー」
「うん、それはわかる」

“神憑”は「んー」と唸る。

「でもあの“九頭竜”さんと“レイン”さんがいたから。そういう異物の排除は完璧にこなして統率していたと思っていたのよ」

 一年生の頃から見ているだけに、“神憑”は確信を持っていた。あの二人の切れ者ぶりは尋常ではなかった。裏切り者をあぶり出すにしろ極秘裏に調査するにしろ、そういうのは闇から闇へ処理しているものだとばかり思っていた。
 実際はその認識で間違ってはいないのだが。“九頭竜”と“宵闇の雨(レイン)”は、そうできる部分はそうしてきた。
 ――その辺のことは、「あえて触れないことで勢力を生かしてきた」という裏がある。“鼬”は気づいているが、長くなりそうなので今は言わなかった。

「まあとにかくー、その扇動者達に腹を立てていたのでー、“氷女”さまが粛清したとー。そういう恨みからさっき駆け込んできたみたいですよー」
「へえ……私の知らないところで色々あったのね」
「あったんですよこれがー。雑務長の“神憑”さまやそっちの班にはノータッチだったみたいですけどー。白薔薇に反感を持った人達を集めてー、反乱みたいなことを起こそうっていう動きもありましたよー」
「あら。まあ」

 「あらまあ」じゃないだろう。大変すぎる事実じゃないか。この人も度胸があるのか天然なのかいまいちよくわからないな、と“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”は思った。
 本当に“神憑”には初耳だった。部署違いであってもここまで情報が流れてこないのも珍しい。
 いや、冷静に考えれば、珍しいなんて話ではない。

「その反乱を起こそうって動き、結構深く食い込んでた?」
「ええだいぶー。私も完全に把握してたわけじゃないですけどー、相当広がってたみたいですよー」

 そう、いくら部署違いでも幹部への一部情報が滞るくらいには、根強く広まっていたのだ。
 白薔薇勢力に巣食っていた反乱分子は、佐藤聖という最強にして揺らがぬ共通の反感対象があったからこそ、潰えることなく生き続け、勢力を拡大していった。
 扇動者としては優秀である。半年以上を掛けてゆっくりじっくり進めてきた計画なだけに、“神憑”の耳にも入っていなかった。
 ただ惜しむらくは、

「残念なことにー、ここ数ヶ月ほど計画や作戦だけに集中して動いていたからー、すっかり腕がさび付いちゃってましたけどねー。ああいや、腕がさび付いたんじゃなくてー、成長がなかったと言うべきかなー」

 あれでは十四人いても、“氷女”や“宵闇の雨(レイン)”のどちらにも勝てなかっただろうと、“鼬”は結論を出している。
 だが、

「あなた負けたじゃない」

 そう、あっさり負けた“鼬”の言えることではない……というわけでもないのだろうが、礼儀として“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”のツッコミが入った。

「もし私が勝っちゃったらー、遺恨が残っちゃうでしょー? 私は確実に勝たなければいけない死合い以外はー、勝敗に興味ないんですよー」
「大物ぶったセリフね」
「あははー。だって大物ですからー」

 まあ、大物か馬鹿かのどっちかではあるのだろう。

「だからー、もし怖くなったのならー、私に任せてお二人は逃げちゃってもいいんですよー?」

 ――遠くから足音が迫ってくる。
 一、二、三……軽く十を越える足音が、まっすぐここへとやってくる。
 待ち人来たり。
 別に待っていないが。
 来ないことを願っていたが。

「来ちゃったわね」
「ですね」
「あははー。超多いしー」

 三人はそれを見た。
 直視したくない現実を見た。
 紅薔薇の精鋭二十人弱の姿を。
 ――なんとも気が滅入る光景だった。

「……てゆーかほんとに多いしー……」
「多いわね」
「あれを三人で追い返せってか……」

 げんなりと(でも笑いながら)漏らす“鼬”、こんな時でも平常心に見える“神憑”、心底面倒臭そうなのが顔にはっきり出ている“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”。
 お互い何ができるかもわからないような仲間と一緒に、あれを撃退せねばならないのだ。
 連携は絶望的で、きっと質でも数でも負けている。
 この状況で勝てと。
 そんなの不可能だろう。

「あははー。お姉さま方ー、死ぬ気で頑張りましょうかー」
「びびったから逃げたい。“鼬”さんあとお願いね」
「待てこらー。うそつけこのやろー。もう覚悟決めてるくせにー」

 確かに決まっているが。
 ――逃げる気も退く気もさらさらなくて、ここで踏ん張ることしか考えていないし、相手が誰であっても牙を突き立てる覚悟を決めている。
“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”も、“神憑”も、“鼬”も。
 それに、大きな希望もある。
 そろそろ来るはずだ。

「もうすぐ黄薔薇の蕾が来るはずだから、それまでは持ちこたえましょう」

 そんな“神憑”の冷静な意見に、下級生二人は頷く。
 瞬殺に気をつけること。
 その一点だけを心に留め、三人は戦闘体勢に入った。




「――ん?」
「……」

 体育館中央で対峙する聖と“氷女”は、同時にドアを見た。出入り口付近で何者かが闘っている気配を感じたからだ。

「どうやら嗅ぎつけられたみたい。時間的にもう限界か」
「“忠犬”のお仲間かな?」
「“紅蓮の魔犬(ケルベロス)”の性格を考えれば、一時的にしろ解散している勢力を堂々と使うとは思えない。彼女以外の幹部の独断だと思う」
「あの子も“氷女”ちゃんと一緒で堅物だもんね」
「ちゃん付けするな。腹が立つ」

 吐息が白くなっている。
 今この体育館内は、真冬の気温とほぼ一緒である。

「そろそろ準備できた?」

 笑みを崩さない聖。“氷女”の瞳に感情が生まれる。

「そうやって余裕を見せて相手の得意な状況に合わせる癖も大嫌い」
「余裕でも癖でもないよ。なんというか……そう、山百合会の務め、白薔薇の務め、ってやつ?」
「ならば――」

 ピキピキと、氷が鳴る音がする。

「その白薔薇の誇りごと凍り付けにしてやる!」

 激昂した“氷女”から、それこそ身の毛もよだつような殺意が放たれる。足元からぴしぴしと“霜”が噴き、踊るように舞い上がる氷の粒はキラキラと輝く。

「前から思ってたけどさ」

 派手にやる気になっている“氷女”に、聖は言った。

「“氷女”の怒ってる顔って結構かわいいよね」
「今すぐぶっ潰す!!」

 寒い。
 聖が油を注いだせいで、気温が更に下がった。周りはいい迷惑だった。
 だが、そんなことは、すぐに気にならなくなった。
“氷女”が動いたからだ。
 そして聖も動く。
 足跡に“霜”を降らせて猛スピードで迫る“氷女”に、聖も真っ向から立ち向かう。
 そこから展開されるのは、原始的で、捻りもなく、ただただ激しいだけの肉弾戦だった。
“氷”をまとう両拳を駆使する“氷女”と、それを素手で対処する聖。
“氷女”の右の拳が聖の顔を張り、聖の膝が“氷女”の内臓を抉る。しかしそれでも二人は怯まず、引かず、前に出て衝突を繰り返す。両方とも、かなりいいのが入っている。にも関わらず引かない。
 一言で言えば、野蛮である。
 能力者同士の闘いにしてはお粗末で、ただの殴り合いに近い。
 しかしそこには全てがある。
 小細工を排除し、持てる力の全てを振り絞り、二人は激突している。これほど潔い闘いも珍しいが、闘う子羊達の多くの胸を熱くさせる闘いだった。
 優勢なのは、やはり“氷女”だ。
 聖の身体は少しずつ“凍り”始めており、袖がなくなり痣の残る白い両腕は膜のような“氷”が付着し、顔や髪にも白いものが残っている。
 降り散る粉雪に星屑を思わせる“氷女”の猛攻は、着実に聖の生命を蝕んでいる。しばらくすれば目に見えて聖の動きが鈍くなっていくだろう――凍えて。
 いや、そもそもだ。

「っ…!」

 突然、聖の膝が折れた。
 踏ん張っていた右足から力が抜け、ガクリと身体が傾ぐ。
 そろそろだろうと、全員がわかっていた。
 むしろここまで持ったことがすごい。
 無理を押してここまで闘ってきた聖の身体の限界が来てしまったのだ。

  ゴッ

 もはや“氷塊”に等しい“氷”をまとった突き上げるような拳が、聖の肩にまともに入った――本来なら顎をかち上げる一撃必殺の軌道だったが、聖が身を捻って無理やり避けたのだ。
 膝を着きかけていた身体を無理やり起こす衝撃に、大きく仰け反る。

「勝機!」

“氷女”は地を蹴った。

 顎が上がり、天井を見上げるように上半身が仰け反る聖の右足が床から離れ――そこから“シロイハコ”が呼び出された。
 完全に虚を突く形だった。
 いつだって手から出されていたそれが、足からも出せるだなんて、誰も想定していなかった。
 当然のように“氷女”も想定していなかった。

 だが。

 どんな状態であろうと油断できる相手ではないことを悟っている“氷女”は、最短距離の正面からではなく、高速サイドステップから聖の背後に回り込んでいた。
 真正面からのアタックは危険だということは、ついさっき友人が教えてくれた。
 だから“氷女”は、刹那で取れる速攻の追い討ちではなく、瞬き一回分を使った移動を行った。
 その選択は限りなく正解に近かった。
 正面に“シロイハコ”を呼び出したことで、それによる回避や防御を自ら潰し、無防備な背後を取られた聖。
 読み違えたのだ。見事に。
“氷女”が駆け引きに勝ったのだ。

 これで決まる。
"白き穢れた邪華"佐藤聖の不敗記録が破れ、白い薔薇が手折られる。
 誰もがそう思っていた。


 そう思っていなかったのは、聖だけだった。




「――一応聞くけれど、あなた達は何なの?」

 出入り口前で通せんぼする三人を囲むように見ているのは、紅薔薇勢力の精鋭が十八名である。
 一年生も混じっているので全部が全部文句なしに強い、というわけでもないようだが、有名な二つ名持ちもちらほらいる。
 予想以上の数と質だった。

「……やっぱ仲良し組織は違うなー」

 半ば羨望、半ば呆れ気味で、でもへらへら笑っている“鼬”は隣の“神憑”に顔を向けた。

「うちは仲悪かったですもんねー」
「そうね」
「そうなんですか?」
「同じ部署同士の結束は固かったけれど、他部署との仲が悪くてね。まあ今だからこそ言えるけれど、仲違いさせる動きもあったみたいだしね」
「へえー。組織って色々あるんですね。私は元々仲が良い者同士が集まってそういうの立ち上げるんだとばかり思ってましたけど」
「“白黒”さま達はそういう関係じゃないんですかー?」
「いや全然。あの人達も友達じゃないし、見た目ほど仲が良いってわけでもないのよね」
「それも意外ね。私は仲良さそうに見えたけれど」
「――私の声、聞こえたかしら? それとも聞こえなかった?」

 目の前の脅威を無視して世間話を始める三人に、その人は言葉を重ねた。
 十八名を代表して話しているのは、紅薔薇勢力遊撃隊長“鍔鳴”。総統“紅蓮の魔犬(ケルベロス)”の次点――紅薔薇勢力ナンバー2と言われる強者だ。
 その強さと、高潔にして人格者であることを兼ねていることから、次期紅薔薇勢力総統にとの声も多い。が、本人含めて幹部連は、“鍔鳴”が集団を率いるような性格ではないことをよく知っているので、きっと来年も遊撃隊隊長のままだろう。ちなみに今代表として話しているのは、他に彼女以外の幹部がいないからだ。その一点のみは救いである。
 決して少なくない刀使いの一人だが、刀使いとしてなら他の追随を許さないほどの使い手――誰に聞いても彼女が最強と答えるだろう。それくらい圧倒的に強い。
 ちなみに二年生で、

「そっちの二人はなんとなくわかるけれど、“白黒”さん。あなたはどうしたの?」
「答える義務はないわね」

 もう一年も前になるが、“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”はこの“鍔鳴”とやりあって、負けている。それも言い訳できないような惨敗でやぶれた。その事実を知る者は多い。

「早くどかないとまた斬られちゃいますよ?」

 調子に乗った一年生が挑発してきたものの、“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”は微動だにしない。
 そして動いたのは“鍔鳴”の方だ。

「余計なこと言わない。彼女はあなたの数倍は強いわよ」

 睨まれた一年生は身を縮めて引っ込んだ。
 当時はただの紅薔薇勢力遊撃隊の一人だった“鍔鳴”と、無所属で名前を売っていた“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”との一戦は、目撃者も多い中庭で行われた。
 時間にして1分程度だった。
 話だけ聞けば、一方的に“鍔鳴”が無傷で斬り捨てただけの勝負だったが、実際に見た者は稀に見る名勝負だったと語る。“鍔鳴”自身もそう思っている。名前を憶えておきたいくらいには。

「あなた馬鹿にしてるでしょ」
「…?」
「そんなひよっこと比べるなら、数倍じゃなくて数百倍は強いわよ」

“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”は手のひらに拳を打ち付ける。

「いい機会だわ。あの時とは違うってことをその身に教えてあげる」
「ちょっと待って」

 いきなり好戦的なライバルに待ったを掛け、“鍔鳴”は腕を組む。

「今あなたとやり合う気はない。こっちには別に目的があるから」
「あいっかわらず鈍いわね。そのマイペース直しなさいよ」
「……というと?」
「あなた達の目的を私達が邪魔してるっていい加減気付いてほしいって言ってるのよ」

“鍔鳴”は「おお」と頷いた。

「そういうことね。……え? どうしてあなたまで? そっちの二人は白薔薇繋がりで見張りに立っているのはわかるけれど、あなたはなぜ?」
「言う必要ある?」
「闘う理由くらいは知っておきたいわね。私闘じゃないのなら」
「まだ秘密。その内わかるわよ」
「そう」

 あっさり引いた“鍔鳴”の視線は、三人の中で最年長である“神憑”に移る。

「“神憑”さま、道を空けていただけませんか?」
「できないわね」

 次に、不気味なほど情報が流れてこなかった隠密副隊長“鼬”に向けられる。

「“鼬”さんも?」
「あははー。てゆーかー、“結界”で封鎖されてるんでー、道を空けても体育館には入れませんけどー」
「ああ、大丈夫。待たせてもらうから」
「あー……じゃあだめですねー」

 へらへらしている“鼬”は、紅薔薇精鋭に殺気を向ける。

「今すぐ失せないとー、」
「――っ」

 見えなかった。
 感じもしなかった。
 何をしたのかもわからなかった。
 ゆえに、誰もが、何かが起こったことすら認識できていなかった。
“鍔鳴”の左頬に、一筋の切り傷ができていた。伝う赤はすぐに溢れ、ポタポタと地を濡らしていく。

「全員切り刻んじゃうぞー?」

 ――カマイタチ。
 風のように素早く駆け抜け、衣類や肌に裂傷を残すと言われる古来の妖怪の名だ。あるいは原因不明の切り傷そのものを指す場合もある。
 今や“鼬”とだけ呼ばれてはいるが、このカマイタチ現象こそが、二つ名の由来である。

「……」

 行動なし。原因不明。そして見えない以上は回避不能の攻撃であること。
 この三つを認識した相手は、正体不明の“鼬”の能力にまず恐怖を覚える。
 ようやく“鼬”の攻撃に気付いた紅薔薇勢力精鋭達は、狙い通り恐怖を覚え、浮き足立った。回避不能の斬撃など、怖くない方がおかしい。こうしている間にも自分の腕や足が斬り飛ばされるかもしれない。その現象が恐怖以外のなんだというのか。味方の二人さえ恐ろしい能力だと思っているのに。
 怖いはずなのだ。
 恐怖を覚えるはずなのだ。
 普通なら。
 ――“鍔鳴”は頬から雫を垂らしたまま、しかし表情を変えない。

「この状況で子供騙しとは恐れ入るわ」

 最も恐れてもいいはずの斬られた“鍔鳴”は、見えもしないし感じもしなかったそれの正体を、的確に見抜いていた。そこには恐れも気負いもない。

「斬るとは――」

  チン

 わずかな金属音――溜息のような鍔鳴りが鳴った。

「こうするのよ」

“鼬”のタイの結び目が、斬れていた。
 刀の具現化から一閃、そして鍔を鳴かせる納刀までの、それこそ魔風のごとき一連の業。文句のつけようがない一撃必殺の居合い斬りである。
 それが鳴るまで斬られたことにさえ気付かない――まさに“鍔鳴”の二つ名に相応しい。
 これも、怖い。
 気構えし、油断していないにも関わらず、回避を許さない速度である。正面切っての不意打ちが可能で、なおかつそれが必殺になりうるという事実。恐るべき使い手である。
 しかしこちらも負けていない。

「あははー。さすがは“鍔鳴”さま、具現化するところさえ見えやしないー」

 本気で言っているのか、それとも強がっているだけなのか、“鼬”の癪に障る笑みは消えなかった。動揺も見せず、感情も揺れず、ただただ不動の殺意だけを放ち続けている。

「おい“鼬”さん、私の獲物に手ぇ出すな」
「えー? 私も“鍔鳴”さまがいいよー。強いしー。美人だしー」

 「はあ?」「凄んだって怖くないっすよー」と、何気に剣呑な雰囲気で睨み合う味方同士を見て、“神憑”は解決案をひょいと放り込んだ。

「本人に選んでもらったらいいんじゃない?」
「……」
「……」

 …………

 妙な間が5秒ほど過ぎ――彼女らは動き始めた。
 絶望的な戦力差でありながら、それでも負けられない乱闘が始まった。




 まず、散開する。一人一人に向かうであろう数を減らすために。
 背中合わせで闘うには、相手一人一人の戦闘力が高すぎるのだ。下手に退路を断ってしまうと、回避という選択肢が消えてしまう――背後に護るべき存在を置くか置かないかは勝敗を大きく左右する。

「はずれか」

“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”は、渇望していた“鍔鳴”との再戦が叶わずがっかりした。彼女は“鼬”の方へ行ってしまっている。
 目の前には六名の二年・三年生がいる。彼女らが相手をしてくれるようだ。
 こちらにはちょうど三分の一が割り当てられたようだが、“神憑”や“鼬”の方に行った数は均等ではない。何せ“神憑”の方には十人も行っている。大人気である。モテモテである。羨ましくないが。

「さて」

 六人もの数である。二年生だけならまだしも、三年生まで混じるとなると、勝つことは非常に難しい。なので思考をシフトさせねばならない。
 つまり、長期戦になるよう立ち回る必要がある、ということだ。それもこの数と質では、持って3分くらいがせいぜいだろう。

(もしくは速攻か)

 難易度はかなり厳しくなるが、一人倒せば20秒は確実に延命できる。そして時間だけではなく勝算まで上がる。防御し続けて時間を稼ぐよりは応戦した方が、仲間の負担も減るかもしれない。
 しかし、攻撃する瞬間はどうしても隙ができる。攻勢ではなく護りを重視して立ち回るべきだろう。
 ――方針を決めた“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”の両手に、白と黒の“手袋”が生まれる。
“右手の白”に“左手の黒”。
 材質は使い込んで柔らかくくすんだ牛革に近く、光沢もそれそのものだ。
“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”が戦闘状態に入ったのを見て、六名は先制とばかりに突っ込んできた。

「“黒”に気をつけなさい!」

“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”の能力を知る誰かが叫んだ。
 ――“左手の黒”に気をつけろ。
 だが、これだけでは不十分なのである。
 声に従い、“左手の黒”を警戒して、右手側に攻撃が集中する。投げナイフ、西洋剣、巨大ハンマー、様々だ。
 パッと見ただけでは全てを把握できなかったものの、数が多ければそれだけ場所取りが重要になる。長物などを武器とするなら、不用意に振り回せば味方を傷つける恐れがあるからだ。たとえ六名いようと、一度に仕掛けられる数は限られる。そこが一対多数における勝機の一つだ。
 攻撃を掻い潜る“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”は、その重量で叩き伏せようと唸りを上げるハンマーを“選んだ”。
 渾身の一撃を“左手”で受けた。
 ハンマーは、その重量が嘘のように、止まった。ハンマー使いの少女は驚く。その重量も慣性も惰性も全てが消え失せたのだ。
 ただ受けたわけではない、ということはわかったが、それが何を意味するのかまで考える時間は存在しない。
“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”は、驚いている少女に“右手”で触れた。

「…っ!」

 激しい衝突音とともに、ハンマー使いの少女は声も出せずに後方に大きく吹き飛ばされた。具現化したハンマーは消え、少女は倒れて動かなくなった。

「う、うそ……」

 注意を促した誰か――三年生が、呆然とそれを見ていた。

「すみませんね。今日は“白”が発動なんです。次は“黒”かもしれませんけど」

 ――“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”と名づけられたこの“手袋”の原理は単純で、「どちらかの“手袋”で受けた衝撃を蓄積し、反対側の“手袋”で放出する」というシンプルな構造である。
 ただし、その性能を入れ替えることができる。だから「注意しろ」と言った“黒手袋”での攻撃ではなく、“白手袋”での攻撃を行った。まあ攻撃というか、振るわれたハンマーの衝撃をそのまま返しただけだが。
 蓄積と放出。
 どちらかが攻撃で、どちらかが防御。
 それが“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”という能力だった。
 そしてこの能力の強みは、殴る蹴るなどの攻撃方法ではなく、「どちらかの“手袋”で触れるだけで攻撃となる」という点だ。
 相手の攻撃を受ける、という防御行為と併せて完全なカウンターとして放出ができる。
 攻防一体の隙のない能力だ。
 しかし。

「今の……衝撃を吸い取って、返した?」
「私もそう思う」
「じゃ、飛び道具に弱そうね」

“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”はイヤーな顔をした。

「これだから経験豊富な三年生は……」

 たった一手で、異能の特性と弱点まで探られてしまった。
 首尾良く一人は始末できたが、ここから先は苦労しそうだ。

(ま、“鍔鳴”相手じゃないだけ楽か)

 再戦は渇望したが、こちらの方が楽な闘いではあった。“鼬”はご愁傷様だが。
 ――とにかく、支倉令がやってくれば、戦況はきっと変わる。はず。というかそこにしか希望がないと思っていいだろう。
 それまではなんとか耐えねば。


 その考えは、三人ともに共通している。


“神憑”を囲む精鋭達は、三年生二名、残り八名は一年生である。

(一年生は軒並みこっちに来たわね)

 まあ、これも当然と言うべきなのかもしれない。
 ――“神憑”は、自分がずいぶん軽視されていることを自覚している。
 温厚で雑用係で後始末専門のお姉さま。
 周囲にその程度の認識しかされていないことを知っている。
 無所属で名前を売ってきた“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”は、その事実だけで強いことがわかる。
 先程の挨拶で“鼬”の異能に恐怖し、だから能力も戦闘用ではなく、風評からも比較的楽に勝てそうな“神憑”の方に、一年生達がなだれ込んできたのだ。
 しかし、こちらに付いた――というより、一年生達を護るために来たのであろう三年生二名は、ちゃんと認識している。
 この“神憑”こそ、この三人の中で最も強いだろうということを。
 雑務専門だろうが後始末専門だろうが、三大勢力の幹部を張っていた者である。普段闘わないだけであって、弱いわけがない。
 それに、表に出回っていないだけで、“神憑”の武勇伝はちゃんと存在する。

「さ、始めましょうか」

 まるで「ちょっと散歩でも」と言うような気軽さで、“神憑”は弱々しい闘気を放ち出す。
 本当に弱々しい。
 拍子抜けするほどに。
 ――だから恐ろしいのだ、と、三年生は知っている。

「不用意に近付かないで! 強いわよ!」

 そんな三年生の注意が飛ぶが、軽んじているだけの一年生がすでに突っ込んできた。

「食らえ!」

 具現化した金属製の小手で殴りかかってくる。
 愚直な特攻である。
 きっと名を上げたくてたまらないのだろう。
“神憑”は、すり抜けるように一年生の拳を外側へと払い、そのまま一歩前に出た。一切の力みもなく、あまりにも静かな受け流しである。
 軽くあしらわれた一年生が振り返る。
“神憑”は背を向けたような状態のままだ。
 更に襲い掛かろうと振り返る一年生――だが、もう“神憑”の攻撃は終わっている。

「解除! 急いで!」

 三年生が叫ぶが、もう遅い。

「えっ!?」

“神憑”が触れた金属の小手がぐにゃぐにゃと“変形”を始めている。それはもう使用者の意志を無視し、解除さえできず、伸びたり縮んだりして一年生の腕に絡みつく。反対の手でこそぎ落とそうとしても軟体のようでありながら金属の硬さで剥がせない。
 まるで何らかの意志を持つ生き物のように、這い上がってくる。

「気をつけて」

 まとわりつくおぞましき金属性のスライムに生理的嫌悪感を覚える一年生を背に、“神憑”は至極冷静に言った。

「その子、“噛みつく”わよ」

 指を差す。
 九名の立つ、“地面”を。

 急に“地面”が波打ち、一帯が泥のようにぬかるむ。慌てて逃げようとするがもう手遅れで、“地面”から細長い触手のようなものが絡みつき自由を奪っていた。
 そして触手が襲い掛かる。
 蛇のように牙を剥き、“噛みつき”始めた。

 本来戦闘用ではない、物質に生命を吹き込む“創世(クリエイター)”という能力。
 その枠はピンからキリまで幅広い。
 その多くは、損壊の修繕などに当てられ、このリリアンではあまり陽は当たらないがいないと絶対に困る存在として生きている。
 しかし。
 神業とさえ言われ、“神憑”などという大層な二つ名を付けられた彼女の“創世(クリエイター)”は、性能も規模もまるっきり違う。
 もはや別物だと判断したいほどに。

 蟻地獄に捕まった哀れな犠牲者が悲鳴を上げる――目の前に広がる地獄のような光景を、“神憑”はじっと見詰めていた。
 この時点でも勝利を確信していない。
 だから、目を逸らさない。




「やったー。“鍔鳴”さまゲットー」

 見事に獲物を横取りした“鼬”は、やはり、いつものように笑っていた。
 こちらは二名。
 遊撃隊長“鍔鳴”と、同じく二年生。
 考えられないほど少数だが、“鍔鳴”だけで三年生5人分くらいの働きは軽くするので、決して楽ではないだろう。
 更に、

「“神憑”さまの方に行って」
「いいの? 私は二人掛かりで速攻で“鼬”さんを潰すべきだと思うけれど」
「今優先するべきは、相手を倒すことじゃなくて、自分達が怪我をしないこと。こっちは私一人でいい」

“鍔鳴”の指示により、こちらは一対一になった。

「……というよりー、周りに仲間がいたら邪魔になるからでしょー?」
「誰かを護りながら闘えるほど、私は強くないから。でもさっきのも本音」

“鍔鳴”は、警戒を露にした“神憑”に目を向けた。釣られるように“鼬”も見た。
 ――精鋭十名が拘束され、じわじわいたぶられるという、地獄絵図のような光景が広がっていた。

「あっちに行った方が良かった、かも」
「行ってあげたらどうですー? みんな喜びますよー?」
「……で、背中を向けた途端バサッと?」
「絶対やるー♪」

 表面上はノリノリだが、“鼬”は内心舌打ちしている。
 乱戦こそを勝機と見ていたのに、見事に潰されてしまったからだ。
 こういう一対一で強い相手は、注意を逸らすことで案外脆くなるのだ。乱戦なら周りの仲間を倒していくことで、「闘う」という意識を「味方を護らねばならない」という方向に集中力を拡散させる、という搦め手を考えていたのだが。

(こりゃしんどいなー)

“鍔鳴”の強さは、ある程度知っている。彼女は本当に強い。まともにやりあえば、いいところで相打ちだ。それ以上の戦果はどう贔屓目で見ても望めない。
“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”と“神憑”の方は、もう戦闘が始まっている。
 なのに、“鼬”と“鍔鳴”は動かない。
 いや、動けないのだ。
 隙を見せれば確実に斬撃が来る。
 そして“鼬”の能力を見抜いている“鍔鳴”も、警戒して動かない。
 ふざけたように笑いっぱなしの一年生と、平静そのもの二年生。
 傍目に見ればそんな二人が向かい合っているだけだが、放たれる殺気だけが、相手を蹂躙しようとどんどん強くなっていく。
 決着は一瞬で着くだろう。
 ただし、いつ着くかは、わからない。
 精神を蝕むような終わりの見えない睨み合いが始まった。




 が、終わりは近かった。




 他所から駆けてきた力強い気配が、かなりのスピードで迫り、乱戦のど真ん中で停止した。
 その主の視線を感じた“鍔鳴”が、ついつい視線を向けてしまった。
 いつもなら敵を前にし絶対にしない行動をしてしまった。
 その理由は、乱入者の強さと、記憶にある気配だったからだ。

 だが、“鼬”は振り返らなかった。
 その気配が来ることを知っていたから。

 そして、その一瞬を“鼬”は見逃さなかった。
 微塵の迷いもなく、笑みを深くし、“鼬”は駆けた。
 元々“鍔鳴”の刀がギリギリ届かないような間合いで睨み合っていたので、その接近はあまりにも速かった。

「――っ」

 余所見は刹那である。
 しかしその刹那に“鼬”は“鍔鳴”の間合いを踏み潰し、顔と顔が触れそうなほど近くに立っていた。
 反射的に動こうとした“鍔鳴”の右手が、左手の刀の柄に手を掛けたところで、“鼬”のそれが右手と左手の動きを拘束した。

 ――先に見せたカマイタチの正体は、具現化した“糸”である。
 肉眼では見えないような極細の“糸”を放つことで裂傷させたり、巻きつけることで動きを封じることもできる。
“鍔鳴”は、きっと“鼬”以外の糸使いを知っているのだろう。だから初見で気付いたのだ。
“糸”による斬撃は、薄皮一枚を裂くのが精一杯で、実際は制服さえ斬ることはできない。
 だから「子供騙し」と言った。
 しかし、その「子供騙し」は熟練の業である。細いワイヤーならまだしも、肉眼では捉えられない極細の“糸”を使用して斬るのは、糸使いとしては相当な腕であることを意味する。
 だから“鍔鳴”は、“鼬”を相手に選んだのだ。
“白と黒の罠(ホワイト・オア・ブラック)”と“神憑”は、それなりに情報が出回っているが、“鼬”に関してはまったく知られていなかったから。だから誰が相手にするにも荷が重いと判断したのだ。

「うふふふふふ。余所見なんてしないでー、私だけを見ててくださいよー」

 あと十数センチで唇がつきそうなほどの超至近距離で、“鼬”はやはり笑っている。

「油断したつもりはないけれど」
「一年生だから舐めて掛かったとかー? それとも能力がわかったから楽勝だと思ったとかー?」
「いいえ。誰に対しても油断できるほど強くないから」

“鼬”の笑みが消えた。

「――このままお仲間と一緒に帰ってくれませんか? 怪我をするのもつまらないでしょ?」
「……」
「ましてや白薔薇の一年生に負けたとあれば、あなたの立場はあおぉぉぅっ!!」

 突然、ベキリと骨が折れたような音を発て、“鼬”は横に吹っ飛んでいった。“糸”で拘束されていた“鍔鳴”は「いたたたたたたた」と少々引っ張られる形となったが、途中で具現化が解除されてつんのめるだけで済んだ。
 何が起こったのか、わからなかったのは“鍔鳴”に見惚れていた“鼬”だけである。




 冷静に考えてみよう。

 1、白薔薇に誘拐された妹を救いに来た助っ人、支倉令がやってきた。

 2、この場にいる白薔薇勢力は二人。隠密副隊長“鼬”と、特務処理班長“神憑”。

 3、なぜ紅薔薇の精鋭がここにいるのかはわからないが、この際それは除外するとして、妹を誘拐したのは白薔薇で、この場にいる白薔薇メンバーは二人だけ。

 4、普通に考えて三年生の“神憑”が指揮を取っていると判断すると、その“神憑”を威嚇・牽制・圧力・そして自らの怒りを示すために、一年生の“鼬”は倒していいものとする。

 5、“鼬”を攻撃する。というか、した。




 心待ちにしていた助っ人、まさかの敵対である。

「――“神憑”さま! 私の妹をどうするつもりです!?」

 ほとんど駆けざま、即断して具現化した木刀で“鼬”をぶっとばした黄薔薇の蕾・支倉令の颯爽とした登場に、全員が驚いていた。
 そして“神憑”は、いち早く令の言動の理由を察する。
 だから言った。




「言うことを聞かないと島津由乃さんの身は保証しかねるけれど、どうする?」

 と、それはもうびっくりするほど卑怯なことを、「ちょっとお手洗いにでも」と言わんばかりの気軽さで。
 誘拐に絡んでさえおらず、その事実まで確認できていないのに。







 


海風 > たぶん今回のが一番長いと思います。読み切った方お疲れ! まだ読んでない人は気をつけて!  オリビアさん>作中で語らないと思いますが、能力云々は郊外には全然知られていないという裏設定があります。パパ達の情報規制がすごいんです。で、学校以外での能力の使用は自主的ながらも禁止ということになっていて、それは誰もが守る暗黙のルールとなっていたりします。だから学校以外では口ゲンカくらいしかしてません。で、質問の答えですが、彼女らは卒業したら家業を手伝ったり国の仕事に就くパターンが多い感じです。そんな感じです。 (No.19959 2011-04-27 13:51:49)
オリビア > 質問のお答えいただいてありがとうございます。で、さらに質問をお許しいただけるならば・・・。栞さんは外部に出て異能を身につけたようですが、そうなるとリリアン以外でも異能者の集団の学園があるのでしょうか?そうだとすれば、その学園も情報規制されているほどの格式の高い学園なんでしょうか? (No.19961 2011-04-27 18:10:44)
ま〜 > こんばんわ、ちこっとお願いがあるのですが・・・祐巳が出なくなり始めてから能力者と陣営と本名が微妙に私の中でリンクしなくなってきておりまして・・・できれば相関図など一度出していただけるとうれしいなぁなんて思ったりして^^; (No.19964 2011-04-27 20:43:03)
愛読者v > あぁ同時進行で複数の出来事が起こっているからねぇ、、考えると濃い放課後だぁ下校時間までまだまだある (No.19969 2011-04-29 00:57:14)

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