がちゃS・ぷち

[1]前  [2]
[3]最新リスト
[4]入口へ戻る
ページ下部へ

No.3261
作者:杏鴉
[MAIL][HOME]
2010-08-26 11:57:25
萌えた:3
笑った:6
感動だ:0

『鍵をかけよう』

『藤堂さんに古手さんのセリフを言わせてみる』シリーズその2

これは『ひぐらしのなく頃に 綿流し編』とのクロスオーバーとなっております。
本家ひぐらしのような惨劇は起こりません。しかし無駄にネタバレしております。
そしてある人物の設定が、かなりおかしなことになっています。
諸々ご注意くださいませ。

【No:2386】【No:2394】【No:2398】【No:2400】【No:2428】【No:2576】【No:3175】→これ(幕間)





「ごきげんよう。乃梨子」

祐巳さまが常々ビスケットみたいだと言っている扉を開けて入ってきたのは志摩子さんだった。
部屋に足を踏み入れた志摩子さんはすぐに扉をパタンと閉める。
どうやら他の方はご一緒でないらしい。

「ごきげんよう。暑かったでしょう志摩子さん。今、お茶淹れるね。冷たい方がいいよね?」
「えぇ。お願いするわ乃梨子」
「待ってて、すぐにアイスティー淹れるから」

二人っきりだから、普段どおりに喋らせてもらっても大丈夫だよね?
立ち上がりつつチラリと様子を窺う私に、志摩子さんは微笑みをくれた。言葉は何もなかったけれど、いいよって言ってもらえた気がした。
よし。美味しいって言ってもらえるように頑張ろう。
私は心の中で小さく気合を入れる。

よっぽどのどが渇いていたのか、志摩子さんはアイスティーを一気に半分くらい飲んでしまった。
まだ6月だというのに連日真夏並みの気温だから、校舎からここまで歩いてくるだけでもけっこう汗をかくのだ。

こくこくと動く白いのどに、ふわふわの髪の毛が数本だけ汗で張り付いている。妙にドキドキした。
いけない、いけない。あまりジロジロ見ちゃあ失礼だ。
とは思いつつも私の視線は実に正直で。一瞬たりとも志摩子さんから目を逸らさない。
うん。やっぱり人間、正直が一番だよね。

「とても美味しいわ乃梨子」
「良かった」

志摩子さんは私が紅茶の感想を求めているのだと思ったらしい。
そういう意味の視線じゃなかったんだけどな。いや、覚られていたら困るんだけど。
水分を補給したことでまた汗ばんでしまったのか、志摩子さんはハンカチを首筋に当てた。
その仕草が妙に艶やかで、私は勝手に頬を熱くする。

「そういえば紅薔薇さまたち、いらっしゃらないですね」

内心のドキドキを覚られないように私は無難な話題を振ってみた。
すると志摩子さんの手が止まった。なんだかうっかりしていたとでも言わんばかりの表情になっている。

「今日は私たちだけなの」
「え?」
「令さまは部活で、祥子さまと祐巳さんは用事があるから来られないそうよ。乃梨子に伝えるのをすっかり忘れていたわ」

申し訳なさそうにしている志摩子さんに、私は「そうなんだ」と笑顔を向けると、お茶のおかわりを淹れる為に席を立った。
本当はニヤケそうになる顔を見られるわけにはいかなかったからだったりする。
だって今日はずっと二人っきりでいられるんだって知ったから。そりゃあ少しくらい頬も緩む。

「最近、というより最初から祐巳さんと祥子さまばかりね。このシリーズは。――いっそ『福沢さんと小笠原さんがひたすらイチャイチャするシリーズ』とかに改名すればいいのではないかしら」
「……シリーズ?」

アイスティーを淹れた私が椅子に座ると同時に、志摩子さんがよく分からないことを言い出した。
いったい何の話だ。
それとそのネーミングはどうかと思う。よく分からないながらも私はそう思った。
だいたいなんでお二人とも名字なの?

「まぁ、でも私たちはまだいいわ。少ないとはいえ、ちゃんと出番はあるもの。一般生徒に成り下がった誰かさんとは違って」
「出番……?それに『誰かさん』って――」

誰のことですか?
そう私が聞こうとした時、一階で激しい物音がした。どうやら出入り口の扉を誰かがドタバタいわせているらしい。
誰だか知らないけど入りたければ普通に扉を開ければいいのに。もしもあれがノックのつもりなら、その人は匙加減≠ニいう言葉の意味を考えた事もない人であろう。
そもそもお嬢様学校のリリアンで、あんな扉を破壊するのが目的のような騒音を立てる人がいるのが信じられない。
まさかとは思うが、不審者がリリアンに侵入してきたのだろうか。
リリアンでは門の所に守衛さんがいてくれてはいるけれど、塀の上に有刺鉄線を張り巡らせているわけでもないし、絶対にないとは言い切れない。
不安になって志摩子さんを見ると、我が姉は優雅にアイスティーを傾けていた。

「あの、志摩子さん……」
「大丈夫よ乃梨子。こんなこともあろうかと、一階の扉には鍵をかけておいたから」

あぁ。開かない扉を無理やり開けようとしているから、あんなに激しい物音が立っているのか。
そうだとしても、一階に居る人は少々やりすぎではないだろうか。
まずは普通にノックするとか、中に居る人間に声をかけるだとかあるだろう。
窓は開いているのだから多少大きな声を出してもらえれば二階に居る私たちにだって十分聞こえていたはずだ。

あれ?でもなんで志摩子さんは鍵なんてかけたんだろう。
いつも下校時以外は基本的に開けっ放しにしているのに。

「乃梨子。何事にも備えというものは必要よ」

車の往来が絶えない道路で遊ぶ子供に危険だと言って聞かせる時の母親のような口調で言われた。
それっきり、当然と思われる私の疑問はスルーされた。
これ以上は聞かない方が身の為だ。謎の思考が私自身の疑問を霧散させていった。

私が理由の分からない諦めを味わっている間も、一階の物音は鳴り止まなかった。
それどころか叫び声まで聞こえてきた。
といっても、それほど大声ではない。むしろか細いといってもいいくらいのボリュームだ。しかしそれだけに妙に不気味だった。

「志摩子さん。一階にいる人、全然あきらめる気配がないんだけど。あと、なんか『出てこい白いの!』とか聞こえてくるんですが……」
「気のせいよ」
「いや、でも……」
「いちいちうるさいな」

ええぇぇ。めちゃめちゃウザそうな顔されちゃった……。2秒前までマリア様的な微笑をくれていたのにだよ?
私は自分の心が折れていく音を聞きながら、『それって私が言われるセリフだったっけ?』という理解不能な疑問を抱いていた。
うん。分かってる。これが一種の現実逃避だってことくらい私にも分かってる。
いいんだ。今夜は自作の志摩子さん抱き枕≠ノこの哀しみごと私を受けとめてもらうから。だから平気だよ。……えへへ。
あれ?おかしいな。目から汗が……。

「乃梨子」

優しい声にうつむいていた顔をちょっとだけ上げる。
隣に座る志摩子さんの表情はいつものやわらかいもので。ついさっきとは別人のようだった。
あぁ、さっきのは無かった事にするんだなと直感的に理解した。

「風にイタズラされてしまったのかしら?」
「え?」

ハンカチを私の目元にあてながら志摩子さんが言う。
志摩子さんが何の話をしているのかは分からないけど、私はじっとされるがままになっていた。
あれ、なんだかこのハンカチいい匂いがする。
……あ。そっか。さっき志摩子さんが汗を拭っていたんだっけ。

「髪が少し乱れているわ」
「午後の授業で体育があったから」
「そう。梳かしてあげるから、もっとこっちへいらっしゃい」

何の疑問も抱かず誘蛾灯に向かっていく虫のように、私はふらふらと志摩子さんに近づいていった。
けれど私は志摩子さんの手の中に吸い込まれる寸前で理性を復活させた。

「きょ、今日は体育があったから!」
「えぇ。それはさっきも聞いたわ」
「……暑いし」
「そうね。もうすっかり夏の気温だわ。でもそれがどうしたの乃梨子?」

志摩子さんはキョトンとした顔で私を見ている。
どうして分かってくれないんだろう。
私は志摩子さんに近づきたくても近づけないもどかしさと恥ずかしさとで、少し拗ねたような声を出した。

「だから!汗いっぱいかいたから……私、汗臭いよ絶対……」
「そんなの私だってそうよ?」
「志摩子さんは汗臭くなんてないもん!いい匂いだよ!」

力いっぱい断言してからちょっと赤面する。
いくらなんでも大声で言う内容ではなかった。何やってんだ私。いや、でも本当のことだし……。
今が夏でなければ!今日体育がなければ!そのいい匂いの志摩子さんに近づけたというのにっ!
志摩子さんに髪を梳かしてもらいたい。
でも志摩子さんに汗臭い思いをさせるなんてできないし、そんなふうに思われるなんて耐えられない。

「ふふふ。ありがとう。でも乃梨子だっていい匂いよ。ちっとも汗臭くなんてないわ。私、乃梨子の匂い好きよ」

――グッバイ理性。




私は今、志摩子さんに髪を梳かしてもらっている。それも手櫛で。
理由は簡単だ。志摩子さんがブラシを持ってくるのを忘れていたから。
普段はしっかりしているのに、たまにうっかりするのが志摩子さんの可愛らしいところだ。
そして志摩子さんは責任感の強い人でもある。
だから「ブラシがないなら仕方がないわね」なんて言って私の乱れた髪を放置したりはしない。

そんなわけで、私の真っ黒な髪の中を志摩子さんの白い指が何度も何度も往復している。
くすぐったいけど気持ちいい。
いろんな感情を常に抑えておかなければならないので、一瞬たりとも気が抜けないのが辛いところではあるけれど。

マリア様ありがとうございます。
今日は人生最良の日です。
これからはお祈りの時間をもっと増やします。
だから私の鞄の中に入っている櫛のことはどうか見逃してください。

「そういえば乃梨子」
「なぁに志摩子さん?」
「さっき何か聞こえるとか言ってなかったかしら?それって今もまだ聞こえるの?」
「え?私そんなこと言ったっけ?何にも聞こえないよ。さっきも今も」
「そう。良かったわ」

なんだか館の外がざわついているように思えたけれど、気のせいだと自分に言い聞かせて放置した。
だから薔薇の館の前で二年生の生徒が倒れて救急車で運ばれるという騒ぎがあった事は後になって知った。
なんでも件の二年生は生まれつき心臓が悪いらしく、激しい運動どころか感情を昂らせるだけでも発作を誘発してしまうような状態なのだそうだ。

名前は――、忘れてしまった。
おかしいな。いつもなら名前なんて一度聞けば憶えられるのに。
まぁ、学年も違うし、これから先交流することなんてないだろうから知らなくても特に問題はない。
そんなことより早く薔薇の館へ行こう。
今日も志摩子さんと二人っきりだといいなぁ。






(コメント)
bqex >隠れ紅薔薇派ですが、これはこれで萌えますな。(No.18911 2010-08-26 19:33:18)
杏鴉 >コメントありがとうございますbqexさま。本編ではほとんど出番がないのでせめて幕間ではと思ったのですが……、乃梨子ちゃんのヘ○タイ度が上がってしまうという結果に^^;(No.18912 2010-08-26 23:00:06)

[5]コメント投稿
名前
本文
パス
文字色

簡易投票
   


記事編集
キー

コメント削除
No.
キー


[6]前  [7]
[8]最新リスト
[0]入口へ戻る
ページ上部へ