がちゃS・ぷち

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No.2312
作者:杏鴉
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2007-06-18 17:40:45
萌えた:2
笑った:0
感動だ:2

『叫び声ひっそりと変わる世界』

    ねぇ あなた知っている? あの場所に咲く 小さな花の名前

    ねぇ あなた知っている? ここから見える あのきらめく星の名前

    じゃあ これは知っている? あなたが犯した罪の名前


                              [ある少女の日記より]




『藤堂さんに古手さんのセリフを言わせてみる』シリーズ

これは『ひぐらしのなく頃に』とのクロスオーバーとなっております。本家ひぐらしのような惨劇は起こりませんが、気の毒なお話ではあります。
どうぞご注意を。

【No:2006】【No:2025】【No:2032】【No:2038】【No:2055】【No:2087】【No:2115】【No:2125】【No:2212】【No:2247】
【No:2255】(幕間)→【No:2254】【No:2292】【No:2303】→コレ





――土曜日――


「ごきげんよう。紅薔薇のつぼみ」
「ごきげんよう」

私は薄笑いをうかべて彼女たちに挨拶を返す「ごきげんよう」
何度だって「ごきげんよう」
笑みを絶やさず「ごきげんよう」
昨日の朝はうっとうしくてしかたなかったこのごきげんよう責め≠セが、今朝は違う。うっとうしいどころか大歓迎だ。
何故なら彼女たちが私の周囲にいる限り、祥子さまや瞳子ちゃんだって迂闊なマネはできないだろうから。
今思えば瞳子ちゃんが豹変したのは、いずれも辺りに誰もいない時だけだった。
だから彼女たちは私を守ってくれる防御壁といえる。ごきげんよう≠フ十回や二十回くらいおやすいごようだ。

わざわざ混みあう時間帯に登校してきただけあって、マリアさまの前ではお祈り待ちをしている生徒がいた。
素通りしてしまおうかと思った時、お祈りしていた一人と目が合った。

「ごきげんよう、紅薔薇のつぼみ。どうぞこちらへ」
「ごきげんよう。あなたのお祈りはもういいの?」
「えぇ。ちょうど終わったところですから」
「そう? ありがとう。じゃあ、遠慮なく」

せっかく好意で言ってくれているのだから、と私はマリアさまに手を合わせた。

――でも。

『…………』
『………………』
『……………………』

マリアさま…………私にはもう、あなたに祈る言葉が見あたりません……。

私は祈る事すら、できなくなってしまっていた。
私は自分の番がくるのを待っている清らかな少女たちに場所を譲り、さっさと歩きだした。
ここで立ち止まる意味を失ってしまったから。

「祐巳……」

それは小さな小さな声で。呼びかけているというより、独り言に近かった。
それなのに私はその声に気付いてしまった。
このリリアンで私を呼び捨てにするのは、たった一人……。

振り向くな。振り向いてはいけない。

そう命じる脳とは裏腹に、私の双眸は太陽に焦がれるヒマワリのように声の主に吸い寄せられた。

「お――」

――姉さまだった人が、そこにいた。
でも違う……もう違うんだよ……。

「祐巳……お願い。私の話を聞いてちょうだい。昨日あなたが言っ――」

もう私は何も聞きたくないんです。サヨナラは昨日済ませましたから。

「ごきげんよう。……祥子さま」
「ゆっ……」

呆然とする祥子さまを視界から外し、私は歩きだす。
スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように
私はゆっくりと歩んだけれど、やっぱり祥子さまは追いかけてこなかった。
けれど背中に感じる視線は、いつまでもいつまでも消えてくれなかった。

お願いです。お願いですから、そんな顔をしないでください。お願いですから、そんな哀しげな瞳で見つめないでください。
お願いですから……もう私を赦してください。
まだ足りませんか? 私のこの苦しみではまだ足りないというのですか?

ねぇ、祥子さま知っていますか?
あの日祥子さまに呼び止められてタイを直された時から、私は楽園の住人になったんですよ。
今になって楽園を追われ、地上に堕とされた私はいったいどこへ行けばいいんでしょうか?
ねぇ、祥子さま……。





ふと気付くと授業はすべて終わっていた。先生方によく注意されなかったな、と思う。
何やってるんだろう、私は。このままじゃあ、平均以下になっちゃうなぁ……ハハっ……。
あぁ、そうだ。人の多いうちに帰らないと……。

私は手早く帰り支度を済ませ、人の波にまぎれるように銀杏並木を歩いた。

「祐巳さま。お待ちください」

これなら誰も手出しできないだろう、そう高を括っていたのに……。
相変わらずよく通る声だね、瞳子ちゃん。嫌でも耳に入ってくるよ。でも振り返らないよ。

「祐巳さま」

だから振り返らないんだったら。

「祐巳さま。逃げるんですか?」

逃げるよ。だって瞳子ちゃん怖いもん。

「……最低っ」

もう銀杏並木を歩いていた生徒で振り返っていないのは私だけだった。
それでも私は真っすぐ前だけを向いて歩き続けた。ほんの少しでもいいから瞳子ちゃんと距離をとりたかった。
イライラするくらいゆっくりと背の高い門が近づいてくる。なんで私の足はこんなにも遅いんだろう。
あぁ、そうか。走ればいいんだ。
右足が力強く地面を蹴りつけるのと、左腕を捕らえられるのとがほぼ同時だったから、私の身体は反動で捕獲者の元へと献上された。
つまり私は瞳子ちゃんの腕の中。

「そうやってずっと逃げるんですか? 私からも祥子お姉さまからも」
「……どうしてあなたにそんな事言われなくちゃいけないの?」

逃げなきゃならないように仕向けたのは、あなたと祥子さまでしょう!?
そう喚いてやりたかった。でも私にできたのは瞳子ちゃんのイマシメを振りほどき、駆け出す事だけだった。
振り返らずにバス停まで全力疾走する。
閉まりかけていたバスのドアに身体をねじ込んだら、後部座席に座っていたおばあさんに眉を顰められたが気にしている余裕なんてない。
走り出したバスの窓にへばりつくようにして瞳子ちゃんの姿を捜したけれど、彼女の姿はどこにもなかった。

大丈夫。今日は≠烽、大丈夫だ。

だけどそれは甘過ぎる考えだったと、私は後になって嫌というほど思い知らされる事になる……。





気付いたのは本当に偶然だった。
普段は気にもとめないお店だけど、ショーウィンドーに飾られているスカーフが……以前祥子さまが身に着けていた物とちょっと似ていたから、つい覗き込んでしまった。
そうしたら、反射したガラス越しにその人≠ェ映っていた。その人≠ヘ私が気付いた事に、まだ気付いていないようだ。
あれはいつだったっけ……? あぁ、そうだ火曜日だ。
あの日私をつけていた男の人が、今また私の様子を窺いながら後ろに立っている。

何故……?

そんな事考えるまでもない。
私は自分で思っている以上に危険なトコロまできてしまった、ただそれだけの事なんだろう……。
怖いというより、どちらかというと私は途方に暮れていた。
周りの状況は何一つ分からず、自分がどこへ向かっているのかも……どこへ行けばいいのかも分からない。
しかも一歩間違えば転校≠ニいう名の奈落の底へと真っ逆さま。
それは濃霧の立ち込める山道をアクセル全開でとばすようなものだ……それも目隠し状態で。

――逃げよう。

とにかく、今はあの男の人から逃げなきゃ。
私は曲がり角を曲がると同時に駆け出した。
真っ直ぐに走っていたのではすぐに見つかってしまうと思った私は、眼についた曲がり角をデタラメに曲がり続けた。

「ハァ……ハッ……ハァハァ……」

いい加減、息があがって立ち止まった時に振り返ってみたが、あの男の人が追ってくる気配はなかった。
うまく撒けたみたいだ。良かった。良かったんだけど……ここ、どこ?
もう家の近所のはずなんだけどなぁ……。でも家の近くにこんなお社あったっけ?

私は目の前の小さなお社を見つめて、迷子になったかもしれない自分にため息を吐いた。
誰か知っている人に会わないかな……。
私はキョロキョロしながら、細い路地をとぼとぼと歩いた。

「あっ……」

しばらく歩いて広い通りに出た私は間抜けな声を上げた。
その通りはよく見知った場所……というか、家のすぐ近所だった。さっき見たお社は、家から歩いて十分もかからないような場所にあったのだ。
迷子にならなくて良かった……。それにしても家の傍にあんな場所があるなんて全然知らなかったなぁ。

私は家のすぐ近くまでたどり着いた事で油断していた。
よく考えれば、あの男の人は火曜日に私をつけてこの辺りまで来ていたのだから、先回りして待ち伏せしていてもおかしくないのに……。

不意に背後で車の音がして、私は端に寄りながら振り向いた。
白いワゴン車がゆっくりとこちらに向かってきていた。
とっさに乗っている人の顔を確認したが、運転席と助手席に座っていたのは作業着を着た見知らぬ男の人だった。
ほっと息を吐いたのも束の間、何故かワゴン車は私の横で停まり、助手席の窓が開いた。
通り過ぎるものとばかり思っていた私は、不審感をあらわに助手席の男の人を見た。
けれど助手席の男の人は、そんな私の様子に気付かぬような笑顔でこう言った。

「すんません、役所にはどうやって行けばいいんでしょうかね?」

よく見ると手に地図を持っている。
なんだ。ただの迷子さんか。
警戒心を解いた私は地図を覗き込み、車だとどういうルートを説明すべきか思案した。
視界の端で運転席の男の人が後部座席(カーテンで仕切られていて私には後ろの様子は見えない)の方に何か合図をおくっていたのが見えたが、私は後ろにも人が乗っているのだな、くらいの感想しか抱かなかった。

――ガーーッ。

突然後ろのスライドドアが開いた。

「え?」

私の疑問の声が大気に溶け込む前に、開いたドアから伸ばされた手によって私は自由を奪われた。
悲鳴を上げる間もなく、口に布のような物を押し当てられ、車に引きずり込まれる時にはもう私の意識は薄くなっていた。

「――おいっ! 何してるっ!?」

朦朧とする意識の中で最後に耳にとどいたのは、どこかで聞いた覚えのある声だった……。





……ぅ……ん……頭痛い……私……どうなったの……?

まるで糊付けされたようなまぶたを、なんとか意思の力で開く事に成功した私は、まず目に入ってきた天井を見るなりここがどこだか分かった。
私の部屋だ。
天井にあるあのシミはちょっと顔みたいで嫌だな、といつも思っていたんだから間違いない。

でもなんで私、自分の部屋で寝てるの……?
たしか白いワゴン車に連れ込まれたんじゃなかったっけ?
まさか夢……だったの? でも、じゃあこの頭痛はいったい……?

とりあえず起きようと身動ぎした時、私は初めてこの部屋にいるのが自分だけではない事に気が付いた。
その人は私に悟られぬよう、そっと息をひそめて座っていたのだろう。
目が合った今も無意味にそれを続け、口を開かない。

どうして? どうして黙っているんですか? いや、そんな事はこの際どうでもいい。
もっと他に聞きたい事がある。もっと重要な質問がある。
どうして?≠ニ問うならば、この場合これほど相応しい言葉はない。

「何故ここにいるんですか?……祥子さま」

祥子さまは私の質問には答えず、ただぎこちなく微笑んだ。
その微笑みはどうしてか私の胸を締めつけ、私の口は自然と閉じてしまった。

どれくらい見つめ合っていたのだろう? 数秒かもしれないし、ひょっとしたら数分かもしれない。
私は時間の流れが分からなくなっていた。それくらい祥子さまだけを見つめ続けていた。祥子さまもまた、私だけを見つめていてくれた。
やがて祥子さまの艶やかな唇が、何かを言おうとするように薄く開いた――

――コンコン。

突然のノックに、私以上に驚いた様子の祥子さまは、素早く私から身を離した。

お母さんかな? それとも祐麒? お父さん……は年頃の娘に気を使って、あまり部屋へは来ないから可能性としては低い。
私が想像できる人物なんてこの三人だけだ。だってここは私の部屋なんだから、基本的に家族以外の人がノックするなんて考えられない。
私は目の前にいる人が家族でもなく、自分が招き入れたわけでもない、という現実を正しく認識できていなかった……。

――ガチャ。

「……え?」
「あら、祐巳さま。お気付きになられましたの」

なんで瞳子ちゃんが……?

「連絡はとれたかしら?」
「えぇ。できるだけ早く、こちらに来ていただけるそうですわ」

何の話ですか……? 誰が来るっていうんですか……?

「まぁ祐巳さま、随分と元気になられたんですのね」
「あら、本当ね」

私は無意識の内に身体を起こし、ベッドの上で後ずさりしていた。
私は元気になんてなってません。相変わらず頭は痛いし、胸もムカムカしています。
本当は寝ていたいんです。でも、できません。あなた方二人が怖いから。
瞳子ちゃんが部屋に入ってきてから、祥子さまの雰囲気がおかしい。さっきまでは普通だったのに、なんでこんなに今は……怖いの……?

「じゃあ、今のうちに済ませてしまいましょうか」
「え? 今からですの?」
「……な、何をする気ですか?」

震える声を出す私に、祥子さまはニタリと笑った。

「祐巳。あなたこの間の問題解けなかったでしょう? だから罰ゲームよ」
「罰って……何を――っ?」

祥子さまが私に見せつけるように取り出したのは――

――縄。

「そっ……そんなモノでいったい何を……私に何をする気ですかっ!?」
「いやねぇ、祐巳。あなただって薄々は気が付いているんでしょう? 自分が何をされるか」

えぇ。そうですね。気付いています。気付きたくなんてありませんでしたけど、それでも気付いてしまいました。
祥子さまはその縄≠ナ私の首を絞めて*してしまうおつもりなんでしょう?

皮膚という皮膚が、すべて泡立つほどの美しい笑みをうかべて祥子さまが近づいてくる――近づいてくる。

――逃げなきゃ。早く逃げなきゃ。このままじゃ、私……。

だが私のそんな考えは、いつの間にか私の背後をとっていた瞳子ちゃんによって阻止された。
私を羽交い締めにしている瞳子ちゃんのクスクス笑う声が、吐息と共に耳をくすぐっている。

――ヤダ……ヤダ……ヤダよぅ……。

「……正面を向かれているとヤリ辛いわね。――瞳子ちゃん」
「はい。祥子お姉さま」
「……え?」

小柄な瞳子ちゃんのどこにそんな力があったのか、私の身体はあっと言う間もなくうつ伏せにされていた。
逃れようにも瞳子ちゃんが伸し掛かっているので、さっきよりも身動きできなくなっている。

こうしている間にも近づいてきている――近づいてきている。
そして祥子さまが私に触れようとしているのが背中越しに伝わってきて――


「……い、いやぁあぁあぁぁぁぁぁあぁああぁっ!!」





――カナカナカナカナカナ……。


いつの間にかすっかり日は傾いていて、夕陽が部屋を赤く染めていた。
うるさすぎるほど声を張り上げていたセミたちも今は声をひそめ、代わりにひぐらしたちが束の間の宴を開いていた。

「あれ? 私こんなモノ持って何してたんだっけ……?」

何故か私は昨日の夜祐麒に借りたモノを握りしめ、赤い部屋の中でボーっと突っ立っていた。
えっと、さっきまで私何やってたんだろう……? 頭がボンヤリして思い出せない。なんだか妙に身体もダルいし……どうしたんだろう?

首をひねると視界の端に何か大きなカタマリが入り込んできた。
途端に頭を割るほどの勢いで警報装置が鳴り響く。

――見てはいけない。ソレを見てはいけない。

でも私は……視界に入ってきたソレを……赤い部屋の中でもハッキリと分かる、流れるような緑の黒髪を持つソレを……見て……しまった……。

「……え? お姉さま?……え? な、なんで……?……あれ? 瞳子……ちゃん?」

ソレ――お姉さまのすぐ傍に瞳子ちゃんもいた。二人は何故か床に転がっていて、動かない。
なんで二人が私の部屋で寝てるの……?
不意に握っているモノの感触が、やけに生々しく感じられた。
私はゆるゆると記憶の糸を手繰り寄せ、やがてすべてを思い出した――。
汗でヌルつく掌からゆっくりと凶器≠ェ滑り落ちていく……。

「……わ、私が……お姉さまと……瞳子ちゃんを…………うっ……うわあぁぁあぁああぁあぁぁ……!」

何故こんな事にっ!? どうして!? どうしてぇっ!?
私はお姉さまが大好きだったはずなのに……。
瞳子ちゃんだって苦手に思っていたけど、こんな事したいと思うほどキライなんかじゃなかったのに……。なんでよっ!?

「ああぁあぁぁあぁぁぁ……うわぁあぁあぁああぁぁあぁ……」

私は声を上げて泣き続けた。
過ぎてしまった時は、どうやったって戻らないと知っているのに……。
泣いていれば、誰かがなんとかしてくれると思い込んでいられた歳は、もうとっくに過ぎ去っているのに……。

「っぐ……うぁあ……あぁ……」

いいかげん声も水分もかれてきた頃、車のドアがバタンと閉まる音が聞こえた。泣き叫んでいる時なら聞こえなかっただろう。
そういえば瞳子ちゃんはここに誰か来ると言っていなかっただろうか……?
私はそっと窓辺に近づき、外の様子を窺った。
家の前に見た事のある黄色い車が停まっていた。その傍らに立っていたのは――

「聖さま……っ!」

どうして聖さまが家に来たのか、なんてどうでもよかった。私はただただ少しだけ懐かしい先輩の姿に、とてつもない喜びと安堵を感じていた。

――来てくれた! 聖さまが来てくれた! いつもいつもピンチの時に現れて私を助けてくれる、聖さまがまた来てくれたっ!

だが私のそんな喜びの感情は、次の瞬間凍りついた。
今日私を連れ去ろうとした白いワゴン車が黄色い車の真後ろに停まり、中から数人の男たちが飛び出してきたのだ。

『聖さま逃げてっ!!』

私はそう叫ぼうと、息を吸い込んだ。
けれど結局私は叫ばなかった。叫ぶ必要がなかったのだ。
息を大きく吸い込んだまま固まる私の目には、ワゴン車の男たちにきびきびと指示を出している聖さまが映っていた。

あぁ……聖さま、あなたまで私を……ウラギルノデスネ……。

私は静かに窓際から離れ、音をたてないよう注意深く一階へ下りた。

ここはもう安全な場所ではなくなってしまった……逃げなければ。
捕まれば私は終わりだ。どう終わるのかは分からないが――いや、ごまかすのはよそう……。本当は分かっている。たぶん*されるのだ。
そして表向きは転校したように細工されて、私の存在は消えてしまう。そうに違いない。
私は思わずロザリオを握ろうとした右手を見て、苦笑する。
何やってるんだろう、私。もうロザリオは無いのに。
去年お姉さまからいただいたロザリオは、さっき部屋を出る時にお姉さまの手の中に返してきた。花を手向けるように……そっと。
できる事なら私が終わってしまうその時までずっと身に着けていたいと思っていたが、こんな事になってしまった以上、それは赦されない事だと理解していた。
だから私はお姉さまに――祥子さまに返したのだ。
まさかこんな形でロザリオを返すだなんて、夢にも思っていなかったけれど……。

ロザリオをそっと手の中に落とした時、祥子さまが泣いているように見えたのは、きっと私の願望が見せた優しい幻だったのだろう。
それでも私は嬉しかった……。
実際は瞳子ちゃんと寄り添い、重なるように眠っていたのだけれど……それでも……私は……


――ピ〜ンポ〜ン。


来たっ!!

私は素早く気持ちを切り替える。
一刻も早くここから離れて、蓉子さまに連絡しなければ。もう信じられるのは蓉子さましかいないのだから。
私は裏口のドアの前で人の気配を窺う。

――大丈夫。まだ玄関の方にしかいないようだ。

私は絶対に転校≠ネんてしないんだから……。

さぁ、行こう。……いち……にの……さんっ!!





平成 **年 *月*日  リリアンかわら版 **号

ここリリアン女学園の在校生同士で痛ましい事件が起こった。
傷害事件である。

被害にあったのは、リリアン女学園高等部においてアイドル的人気を持っている紅薔薇さま≠アとOさん(三年生)、そしてOさんの親戚筋にあたるMさん(一年生)の二人である。
加害者は被害者Oさんの姉妹制度上の妹であり紅薔薇のつぼみ≠ニして学園内でも人気の高かったFさん(二年生)。

被害にあった二人は事件当日、共にFさん宅へと訪れており、その際なんらかのトラブルが発生したものと思われる。
犯行当時、F家には加害者のFさんしか在宅しておらず、目撃者は皆無である。

犯行後、加害者であるFさんは逃走。
自宅からおよそ数キロ離れた電話ボックスの中で倒れているところを、リリアン女学園高等部卒業生であり前紅薔薇さま≠ナもあるM氏に保護される。
その後M氏はF家へと急行し、第一発見者となる。

M氏が駆けつけた時、被害者の二人は外傷こそ少ないものの精神的ショックが大きく、そのままO家と懇意にしている医師の下へと運ばれた。
現在もOさんは体調不良を理由に休学中である。
もう一人の被害者であるMさんは事件後、数日間欠席したものの現在は平常どおり登校してきている。
しかし完全に取材を拒否しているため、未だ事件の全容は明らかではない。

昨年黄薔薇のつぼみ≠ニ黄薔薇のつぼみの妹≠ェそろって転校してしまった。
そのため黄薔薇さま≠ナあるT氏が卒業すると同時に、薔薇の館から黄色い薔薇が姿を消した。
今回このような事件が起こり、紅い薔薇の名を冠する人物が現在一人もいないこのリリアンで、かつては薔薇の館に咲き誇っていた三色の薔薇が、近い将来白い薔薇一輪になってしまうのではないかと危惧しているのは、本紙記者だけではあるまい。


      ――以下は余白に書かれた走り書き――


どうして祐巳さんはあんな事をしたのだろう? 彼女は本当に祥子さんの事を慕っていたのに……? 分からない。
分からないといえば、小笠原家もだ。
被害者側であるはずの小笠原家が、何故あんなにも執拗に事件を隠蔽しようとするのか。
娘が妹に暴行を受けただなんて体裁が悪いからか……。それとも……。
いずれにせよ小笠原家が手を回している事で、ただでさえ少ない証言者の口が完全に閉ざされているのは痛い。

思えば私が最後に祐巳さんと話をした時、すでに彼女の様子はおかしかった。
あの時、強引にでも話を聞きだしておけば良かったのだろうか? そうすればあんな事にはならなかったのだろうか……?

この記事は紙面に載せる事はおろか、誰の目にも触れる事はないかもしれない。それでも……
あの日福沢家で何があったのか? 祐巳さんに何があったのか? 私は知りたい。
これを読んでいるあなた。あなたもどうか真相を……

あなたが隠蔽する側の人間でない事を祈りながら。
そして転校先の学校で、彼女が平穏に過ごせているよう願いながら。
                                   

                                                   [記者・T]







ここまで読了して下さった方、本当にありがとうございます。
これにて『藤堂さんに古手さんのセリフを言わせてみる』シリーズその1・姉妹隠し編は終了でございます。

ささやかなおまけ≠用意しましたので、そちらも読んでいただけると嬉しく思います。



お疲れさま会への扉が開きました→【No:2313】





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